COLORS









あたしと勇音はほとんど毎日話をする。

"話"といっても、これは死神の言うところの『斬魄刀との同調訓練』という修行の一環で、死神が自分の斬魄刀と語り合うことにより、お互いに分かり合い絆を深め、より力を発揮させるうというのがこの修行の趣旨なんだそうだ。

他の死神と斬魄刀がどんなふうに意思疎通しているかはわからないけれど、あたしと勇音の場合は仕事…主に隊長の卯ノ花や隊員の誰某のこと…とか、妹の清音がどうしたとか、女友達とどこへ行ったとか、そんな他愛もないことを勇音が話して、あたしは大抵聞き役になることがほとんどだ。

そんな中、ここ最近ある名前が頻繁に登場するようになった。

最初はああ、新しい女友達ができたんだなぁぐらいにしか思っていなかったんだけど、話を聞いているうちになにやら違和感を覚えるようになった。

というのも、その人物について語る勇音の様子はあの女のことを話していた太一朗ととてもよく似ていたから。


…いやな予感がした。

とてもとても。


そして、大概そういう予感というのは当たってしまうものなのだ。

いまいましいことに。






第8話*碧の螺旋-4-







勇音を背負った射場と凍雲は狛村のいる野営地へと向かって歩き始めた。

空は濃い紫から群青色へと変わりつつあり、日が翳ってきたせいか頬に当たる空気もどこかひんやりと感じられるが、背中からは勇音の熱が伝わってきてそこだけが暖かい。


なんだか妙なことになったのぅ……


射場は心の中でそっと嘆息する。

最初は何気ない頼みごとのつもりだった。

しかしそのせいで勇音はこのとおりへばってしまい、その挙句に斬魄刀の具象化したのまで登場する始末だ。

気を失った(失わされた?)勇音は射場の背に身体を預けたままで未だに起きる気配はない。

先ほど技を使ったため霊圧を急激に消耗してしまったせいもあるが、瀞霊廷からここに到着するまでほとんど休みなしで動き回っていたし、それに加えて今回は隊長不在からくるプレッシャーで気疲れしてしまった…というのが凍雲の弁だ。

その凍雲といえば、先ほどは何か話があるようなそぶりをみせていたものの、考え事でもしているのか眉間にしわを寄せたまま黙り込んでいる。

自分と凍雲の間になんともいえない気まずい空気が流れているのを射場は自覚していたものの、それを打破するような気の利いた言葉も話題も思い浮かばず、ただ黙って歩いていた。

そもそも話があると言ったのは凍雲の方である。

だから射場は凍雲が口を開くのを待つことにしたのだが、目的地である野営地に到着するまでそう時間はかからないし、この調子だと一言も言葉を交わすこともなく終わってしまうかもしれないなぁ…などとぼんやり考えながら凍雲を窺うと、不意に視線がぶつかった。


「・・・あんたが"射場さん"だったのね」


ぽつりと凍雲が不機嫌そうに呟いた。


「ここ最近、勇音と一緒に遊んでるんでしょう? よく話題に上る名前だからどこかで聞いたような気がしてたんだけど、想像してたのとまるで違うんだもの。まさかあんたみたいのだったとは全くの予想外だわ」


"遊んでいる"と凍雲が言っているのはおそらくお互いが非番の日に数回、流魂街へ出かけたことをさしているのだろう。

もともと流魂街出身の射場と違い勇音は下級とはいえ貴族のお嬢様なので、仕事以外では瀞霊廷から出ることは皆無だし、流魂街などそれこそ足を踏み入れたこともない場所であったせいか、食べ物はもちろん見るもの聞くものすべて面白いらしく、ひどく感謝されてしまって、逆に射場が恐縮してしまったくらいだ。

射場にしてみれば、先日勇音に世話になった礼がわりのつもりで案内しただけで、一度きりのはずだった。

それなのに、日暮れ時に次の約束をして別れたのは、単に勇音と気が合ったからにすぎず、それ以上でもそれ以下でもない。



…一体、勇音は自分とのことをどんなふうにこの斬魄刀に語っているのだろうか?



斬魄刀とその所有者との関係は、友愛、敵対、服従、対等…等など、繋がり方もさまざまだが、先ほどの彼女たちのやりとりからすると、他者のそれよりももっと強い絆のようなものがあるのは一目瞭然で、それは射場にとってたいへん興味深かった。




「わしみたいな男と遊んどるんがそがいに意外か?」


好奇心から射場がわざといたずらっぽく訊いてみると、凍雲はふぅと肩をすくめた。

勇音の休日といえば、大抵妹の清音や他の女副隊長たちとつるんでる事が多い。男友達といえば真央霊術院で同期だった連中くらいだが、それにしたって皆でどこかへ出かけることはあっても彼らと個人的な付き合いは皆無に等しい。

護廷に入ってからの勇音の目標は少しずつでもいいから隊長の卯ノ花に近づくことだったから良くも悪くも仕事一筋で、つきあった男も数人いたようだがあまり長続きしなかったように記憶しているし、副隊長になってからというもの、男どころか浮ついた話すらない。

そんな勇音の口から久しぶりに男の名前が出たのだから、そりゃあ晴天の霹靂、凍雲が驚いてしまうのも無理はなくて。



「最初は新しい女友達ができたのかって話を聞いてたら、実は男だっていうじゃない。もう何事かって思ったわよ」



凍雲は射場の頭からつま先まで、値踏みするようにじろじろと眺めた。



「もしかしたら来華(らいか)はあんたみたいなのが好みかもね。あれは眉目秀麗な美形よりも見るからに男くさいというかむさ苦しいのが好みの変わり者だったから」

「来華?」

「ああ、【来華】っていうのは勇音の母親のことよ。ホント、親子ってヘンなところばっかり似るものなのね」


凍雲は以前、勇音の父親の斬魄刀だったというのだから、母親のことを知っていても不思議ではないけれど。

それにしたって、言うに事欠いて【ヘンなところ】って…

なんだか随分と失礼なことを言われているような気がしたが、凍雲は思ったことをストレートに口にしているだけで悪気はないのがなんとなくわかったので、射場は苦笑するしかない。



「変わっとるんは、あんたの方じゃろうが」

「私が? どうして?」


きょとんとした表情で凍雲が聞き返す。…ひょっとして自覚がないだろうか。


「斬魄刀っちゅうもんは所有しとるもん以外においそれと具象化した姿を見せんもんじゃと聞いとったし、戦い以外のことに口出しする小姑みたいな斬魄刀なんぞ初めて見たわい」


射場のからかうような口調に、凍雲は頬を膨らませる。


「失礼ね、小姑ってどういう意味よ?! それに言っておきますけどね、あたしだってそんなにしょっちゅう人前に出てくるわけじゃないわよ。今回は緊急事態。こんなに無防備になってるこの子を男と二人きりになんてできないもの」

「はぁ? なんじゃそりゃ!? わしが虎徹副隊長に悪さでもするっちゅーんか?!」

「うるさいわねぇ、耳元で怒鳴らないでよ。でも勇音は随分と信用してるみたいね。単なる同僚程度じゃアレを使った理由がつかないもの」


先ほど勇音が使った技・・・圧縮した治癒霊圧を斬魄刀から患部に直接注ぎ込むことにより、回復スピードを格段にアップさせて一気に傷を治す。その効力は絶大だが、その分使用者への反動も大きい。

「霊圧の消費量もハンパなくかかるし、それに加えてかなりの集中力が必要なの」

「集中力?」

「一歩間違えば傷を治すどころかサクッといっちゃうかもしれないから。使う方も結構緊張するし、覚悟がいるのよ」


それを聞いて、もし失敗していたら…と思うと射場は背筋が凍りそうになった。あの時勇音が『何があっても絶対に動くな』と強く念を押したのはそういうことかと漸く合点がいく。


「教えた私が言うのもなんだけど、あれはかなり高度な技で、完璧に使いこなすにはそれこそ卍解クラスの実力が要るのよ。今の勇音の実力じゃちょっと荷が重いというか…修行してる最中なのよね。。だから卯ノ花はよほどのことがない限り使用しないよう厳命してたの。勇音にとって卯ノ花の命令は絶対よ。なのにあえ使ったってことは、あんたが今現在の膠着状態を打破するだけの力があるって勇音は思ってる」


凍雲の金色の瞳がまるで射抜くような強い視線でじっと射場を見つめた。


「…もしくは、怪我のせいで本来の実力を発揮できないまま撤退を余儀なくされそうなおマヌケ野郎に同情しただけかもしれないけど」


相変わらず口の減らない斬魄刀だと射場は思ったが、不思議と腹は立たなかった。むしろここまでストレートに言いたい放題されるとかえって清々しいくらいだ。


「ねぇ、あんたホントに強いんでしょうね?」

「当たり前じゃろ。そうでのうて副隊長なんぞやれんわい」

「ふぅん、言い切ったわね。それじゃあお手並み拝見と行きましょうか。せいぜい勇音の期待に応えられるよう頑張って頂戴」


凍雲の白い指先が勇音の髪を緩く漉く。すっと目を細めて愛しそうに微笑むとみるみるうちにその姿がぼやけ霧散するかのごとく消えていった。

驚く射場の背の上で勇音が目を覚ましたのはその直後のことだった。






名前だけですが、オリジナルキャラその3・虎徹姉妹の母登場。とっとと今の章を終わりたいんですが、なかなか(TT)

20090810up

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