第一部「メイジと使い魔たち」(第一章・第二章・第三章・第四章) 番外編短編1「刃の先にダーク・ナイト」 第二部「トリステインの魔教師」(第一章・第二章・第三章・第四章) 番外編短編2「ルイズ妖精大作戦」 第三部「タルブの村の乙女」(第一章・第二章・第三章・第四章) 番外編短編3「ゼロのルイズ冤罪を晴らせ!」 外伝タバサの冒険「タバサと獣神官と暗殺者」(前編・中編・後編) 番外編短編4「千の仮面を持つメイジ」 第四部「トリスタニア動乱」(第一章・第二章・第三章・第四章) 番外編短編5「いもうとクエスト 〜お嬢さんのためなら〜」 第五部「くろがねの魔獣」(第一章・第二章・第三章・第四章) 番外編短編6「少年よ大志を抱け!?」 第六部「ウエストウッドの闇」(第一章・第二章・第三章・第四章・第五章・終章) 番外編短編7「使い魔はじめました」 第七部「魔竜王女の挑戦」(第一章・第二章・第三章・第四章・第五章・第六章) 第八部「滅びし村の聖王」(第一章・第二章・第三章・第四章・第五章・第六章) 番外編短編8「冬山の宗教戦争」 番外編短編9「私の初めての……」 第九部「エギンハイムの妖杖」(第一章・第二章・第三章・第四章) 番外編短編10「踊る魔法人形」 第十部「アンブランの謀略」(第一章・第二章・第三章・第四章) 番外編短編11「混ぜ物、ダメ、ゼッタイ」 第十一部「セルパンルージュの妄執」(第一章・第二章・第三章・第四章) 番外編短編12「ハルケギニアの海は俺の海」 第十二部「ヴィンドボナの策動」(第一章・第二章・第三章・第四章・第五章) 第十三部「終わりへの道しるべ」(第一章・第二章・第三章・第四章・第五章) 番外編短編13「金色の魔王、降臨!」 第十四部「グラヴィルの憎悪」(第一章・第二章・第三章・第四章・第五章) 番外編短編14「ヒラガサイト双月草紙」 第十五部「魔を滅せし虚無達」(第一章・第二章・第三章・第四章・第五章) |
月と星とを背に負って、夜の王宮は静かに佇む。 それでも中では、まだ起きている者がいるのだろう。淡い魔法の光があちらこちらに灯っている。 「ここから忍び込むわよ」 巨大な正門のかげに身を寄せて、私は小さな声で言う。 「ここから......って、まっ正面じゃないの!?」 やはり身をひそめたままのキュルケが、不服の声を上げる。 ......と、一応ことわっておくが、私たちは決して怪しい者ではない。怪しいのは格好だけである。 どこにでも売っているような、かなりゆったりとした長袖の上着に長ズボン。動きやすいよう要所要所を革のベルトで軽くまとめ、目だけを出してマスクで顔も隠している。当然のように服の色は全て黒一色! 「......私に任せて。もともと私はトリステインの人間よ。ゲルマニア人のあんたより、この場の状況は正しく判断できるわ」 「こういう仕事に、トリステインもゲルマニアも関係ないと思うけど......」 「うだうだ言わないのっ! とにかく行くわよっ!」 そう、私たちは盗賊稼業に身をやつしたわけではない。これも、さる高貴な人物の依頼なのだ。 そもそも、事の起こりは......。 ######################## 「......けど、思っていた以上に混乱しているようですね。この街」 シエスタはサイトの隣を歩きながら、小さな声でそう言った。 黒い髪がさらりと揺れる。 年齢は私と同じくらい、タルブの村から来たメイド少女である。 今はメイド服ではなく、草色のワンピースに編み上げのブーツ。そして小さな麦わら帽子という、ちょっとしたよそいきの格好をしていた。 なにしろ彼女は、今後しばらく厄介になる親戚の家へと向かう途中。そんな彼女にゾロゾロ同行しているのが、三人と一匹――私とキュルケとそれぞれの使い魔サイトとフレイム――であった。 「まあ、仕方ないんじゃない?」 「......そうね。この国も意地はってないで、早くゲルマニアと同盟結べばいいのに」 「そうはいかないわ。あんたのところみたいに、歴史の浅い野蛮な国じゃないから......」 「あら、その言い方は酷いんじゃなくて? ちょっと聞き捨てならないわね......」 軽く火花を散らす私とキュルケ。 仲裁役を買って出るのは、シエスタだ。メイドの性分なのだろう。 「まーまー。お二人とも、こんな街中で争ったりしては......」 さらに。 「しっかし......なんだってこの街、こんなにざわざわしてるんだ?」 サイトの言葉が、私とキュルケを脱力させた。 シエスタも目が点になっている。 「......あ......あんたねぇ、サイト......」 私は、痛むこめかみを押さえながら。 「ひょっとして、この街がなんで今ごたついてるか、そのあたりの事情ぜんっぜん知らない、なんて言い出すわけじゃないでしょうね?」 「ぜんぜん知らない」 「ぅだぁぁぁっ!? ここまで来る道中ほとんど毎日みたいに、私とキュルケとシエスタが話してたでしょーが!」 「だって......ハルケギニアの地名とか人名とか、長くて覚えらんねーもん」 「いばるんじゃない! この......クラゲ頭のバカ犬が!」 貴族のフルネームが長いのは認めよう。たぶん、こいつ、御主人様である私の名前も最後までは言えないだろう。ちょっと腹立つが、そこまでは許そう。 しかし。 地名は、そんなに長くないぞ!? トリステイン王国とか神聖アルビオン共和国とか帝政ゲルマニアとか、それすら知らんというのでは酷すぎる。 「あのう、サイトさん? わかりやすく説明すると......まず、私たちが今いる場所はトリスタニアといって、トリステインの首都なんです」 シエスタがサイトに微笑みかけながら、小さな子供を諭すように、やさしく噛み砕いて説明する。でも、さすがに、そこから始める必要はなかったらしい。 「トリステインって名前と、ここが中心ってことは、俺も知ってる」 「......よかった。じゃあ、次です。......トリステインは王国なのですが、前の王様が亡くなった後、新しい王様が即位していません」 「へえ、それは知らんかった。......あ、もしかして! それじゃ今、お家騒動とか起こってるわけ? それで街も大変なのか?」 「うわぁ。よくわかりましたね、サイトさん! 私が説明しなくても、ちゃんとわかってるじゃないですか!」 これシエスタじゃなかったら、サイトを馬鹿にしてるようにしか聞こえないのだが、たぶん彼女は本気で言ってるんだろうなあ。 サイトもサイトで、照れたように頭をかいている。 「へへへ......。俺、意外と頭いいのかな?」 「そうですよ! だってサイトさんですもん!」 ちょっと二人のノリについていけない......。 でも、あれでサイトが納得したのであれば、それで終わらせておこう。本当は、もう少しばかし複雑なのだが......。歩きながら説明したところで、サイトの頭では理解しきれまい。 ふと、サイトの背中の剣と目が合った。 ......剣にハッキリした『目』があるわけではないので、厳密には『目が合った』気がするだけなんだけど。 魔剣デルフリンガーは、カタカタと私に喋りかける。 「気にするなよ、娘っ子。相棒はガンダールヴ、娘っ子の盾だ。ややこしい背景は、おめーさんが把握しておけばいーさ」 こいつだって物忘れの激しいボケ剣なのだが、こいつの方が、サイトよりは賢いかもしれない......。 ######################## 「ここなのね?」 「そのはずです、地図によれば。......ほら、看板にも『魅惑の妖精』亭って書いてありますし」 一軒の店の前で、キュルケの言葉に答えるシエスタ。 大通りに面した、立派な店構えの酒場である。 この四人と一匹の中で、実は私だけは、この店に来たことがあるのだが......。敢えて言うまい。 「......なあ、この店しまってるみたいに見えるんだけど?」 サイトにしては珍しく、的確な指摘をする。いや、別に観察眼まで悪いわけではないだろうし、『珍しく』は言い過ぎか。 ともかく、たしかに扉はピシャリと閉ざされていた。まだ営業時間ではないにしても、開店準備などで忙しいはず。だが、そんな様子もない。 どうやら『魅惑の妖精』亭は、休業状態。 はて、また何かのトラブルにでも巻き込まれているのだろうか......? 「裏に回ってみましょうよ」 キュルケの提案で、裏口へ向かう。 こちらは表通りとは違って、少しゴチャゴチャした路地。従業員用の戸口があり、シエスタがその前に立った。 スーッと深呼吸するシエスタ。それを見て、キュルケが優しく声をかける。 「娘さんとは面識あるけど、御主人とは初対面なのよね」 「はい。でも、いとこのジェシカの話では、優しくてハンサムな人だそうですから......」 「父親なのに、外見まで母親に似せて、母親の代わりもしてくれてる......って話だっけ?」 「そうです。だから、いい人のはずですわ」 期待に胸躍らせる少女たち。 私は、一切言葉を挟まなかったが......。 「あれ? ルイズ、なんか変な顔してるけど......どうしたんだ?」 「......なんでもないわ」 サイトの言葉をきっかけに、私も会話へ参加する。 あまり期待し過ぎると後でガッカリするだろうと心配して、話題のすり替えを試みた。 「ところでシエスタ、念のために聞くけど、ここの店の人たちには、ちゃんと連絡してあるのよね?」 「はい。途中の街で、伝書フクロウを送りましたから、そろそろ私が着くってわかってるはずですけど......」 「そうするとやっぱり、ここで給仕として働くの?」 「できればそうしたいですね。ジェシカもお店のために、わざわざタルブのメイド塾まで修業しに来ていたわけですから......。けっこう大変なお店だと思うんです。お世話になる以上、私も手伝わないと」 「それじゃ......」 なんとなく中に入るのが嫌で、ついつい私は会話を引き伸ばしてしまうが、そこにストップをかける者が。 「......ねえ、いつまで立ち話してるの? それより......早く行きましょうよ!」 「そうですね」 キュルケに促され、ドアをノックするシエスタ。 待つことしばし。 「......留守でしょうか?」 小首をかしげ、彼女が再びドアを叩こうとした時。 少し開いたドアから顔をのぞかせたのは、黒髪ロングの少女。スタイルはシエスタ同様とっても女性的で、やや太い眉も彼女の魅力を損ねることはなく、むしろ活発な雰囲気を漂わせてプラスになっている。 ちょっと警戒するような表情をしていたが、シエスタを見ると同時に、それも消し飛んだ。 「シエスタ! 本当に来たのね!」 一転して笑顔を浮かべ、扉を大きく開け放つ。 「久しぶり、ジェシカ」 やはり笑顔で返すシエスタ。 二人はしばらく再会の抱擁をしていたが、それからジェシカは、私に気づいて。 「......あら? ルイズじゃない?」 「うん。久しぶりね、ジェシカ。......そのせつはどうも」 普通に挨拶した私を見て、皆が「えっ?」という顔をする。 「ルイズ......あなた、シエスタの親戚と知り合いだったの?」 「まあね。ほんの一時期、ここで世話になってたことがあって......」 「何それ。そういうことは早く言いなさいよ」 キュルケの質問に一応の返答をしてから、私は、あらためてジェシカに。 「......ところで、スカロンさんは元気? なんだか、お店が休みのようだけど......大丈夫?」 「あ、お店ね。うん、平気よ......」 微妙に言葉を濁すジェシカ。 ......なんだ? ちょっと困ったような口調で、彼女はシエスタに尋ねる。 「......それより、他の人たちは?」 「ルイズさんたちも、タルブの村の事件の当事者なの。事情を説明するにも、いっしょにいていただいた方が確実だと思って」 「......そ、そう......」 シエスタの言葉に、ジェシカは妙に落ち着かない様子で、店の中と外とをキョロキョロ見回す。 ......すると。 「大丈夫よ! シエスタちゃんやルイズちゃんの友だちなら、きっと信用できる人たちだわ〜〜」 ジェシカの後ろから出てきたのは、派手な格好の男。しかし私たち貴族の言うところの一般的な『派手』とは、方向性が違う。 撫でつけた黒髪はオイルでピカピカ。紫のサテン地のシャツの胸元は大きく開いて、モジャモジャ胸毛がコンニチハ。鼻の下と割れた顎には小粋な髭。強い香水の香りも、気持ち悪い。 「トレビア〜〜ン!」 初対面の者たちを見て、気に入ったらしい。 彼は両手を組んで頬によせ、唇を細めてニンマリと笑う。 これがジェシカの父親、つまり『魅惑の妖精』亭の主人、スカロンさんである。 「紹介するわ。私のパパ」 「スカロンよ。お店では『ミ・マドモワゼル』って呼んでね」 父と娘の名乗りを聞いて。 「......え?」 シエスタがかすれた声で小さくつぶやき、かたまった。 「ほら、シエスタ。この人が、あんたの言ってた......『外見まで母親に似せた、優しくてハンサムな人』よ」 彼女の硬直を解いてあげるため、私は背中をポンと叩いたのだが......。 「......はうっ」 シエスタは、その場で卒倒した。 ######################## なし崩し的に、中に入る事になった私たち。 ジェシカはシエスタを連れて二階へ。 がらんとした店内で互いの紹介を終え、次いでタルブの村での出来事を説明し終わったちょうどその頃、ジェシカが降りて来た。 「どう、シエスタちゃんの具合は?」 尋ねるスカロンさんに、彼女は小さな笑みを浮かべ、 「今は静かに眠ってる。最初は少し、うなされてたんだけどね。......でも、どうしちゃったんだろう? そんなに弱い子じゃなかったはずなのに......」 「......たぶん、やっとここに着いて安心したんで気が抜けて、今までの疲れが一気に出たのよ」 私は適当なことを言う。 「そうねえ。シエスタちゃんも大変だったのよねえ......」 身をくねらせながら、しみじみした口調でうなずくスカロンさん。 ......むろん事実は、それだけじゃない。私が言ったような意味もあるだろうが、メインは別だ。 彼女は自分が抱いていた『母親似の優しいおじさん』に対するイメージと『気持ち悪いオカマ』という現実のギャップに耐えられなかったのだ。 普通の時ならばいざしらず、故郷の村と家族をすべて失って、頼るべくやってきた親戚がこれでは......無理もなかろう。 「......と、ともかく......」 話を変えようと、わざとらしく店内をキョロキョロ見回す私。 おもての様子から『魅惑の妖精』亭が休業中なのはわかっていたが、思った以上に静かな雰囲気なのだ。給仕の女の子すら、誰も来ていない。 「どうしちゃったの? また......どっかのカッフェと抗争中?」 「ルイズちゃん。うちはヤクザじゃないのよ。そんな言い方、やめてくれる?」 両手を頬によせ、ヌッと顔を突き出すスカロンさん。気持ち悪いから、やめてくれ。 一方ジェシカは、ちょっと表情を曇らせている。 どうやら、よほど話しにくい事情があるようだ。 ......と思っていたら。 「スカロンさん? なんだか階下が賑やかなようですけど......?」 二階から降りてくる人影。涼しげな、心地良い女性の声だが、シエスタのものとは違う。 「あ! 今は来ちゃダメです......」 慌ててジェシカが駆け寄るが、少し遅かった。 私たちの前に姿を現したのは......。 ######################## 「姫さま!?」 私は、椅子から飛び上がる勢いで叫んでいた。 すらりとした顔立ちに、薄いブルーの瞳、そして適度に高い鼻が目を引く瑞々しい美女。灰色のフードつきローブに身を包み、貴族崩れのメイジか街娘のようなナリをしているが、滲み出る高貴さは隠しきれない。 それに。 「ルイズ......? ルイズ・フランソワーズ......!?」 むこうも私を見て、目を丸くしたように。 知らない仲ではないのだ。どうして見間違えようか。 「姫殿下!」 私は椅子をどけて、膝をつこうとする。しかし走り寄って来た彼女が、それを止めて、私を抱きしめた。 「ああ、ルイズ! 懐かしいルイズ!」 「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へ、お越しになられるなんて......」 「ちょっと、ルイズちゃん!? 『魅惑の妖精』亭は、歴史ある由緒正しいお店なのよ〜〜? 下賎な場所だなんて、ひどいじゃないの......」 「え? これってどういうこと......?」 「さあ? 俺にもサッパリ......」 スカロンさんやキュルケやサイトが何か言ってるが、私はロクに聞いちゃいなかった。 「ああ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい呼び方はやめてちょうだい! あなたとわたくしはおともだち! おともだちじゃないの!」 うーむ。 そう言われると、困ってしまう。 格式やら何やらが全てではないことくらい、旅に出てから身をもって知った私であるが......。 なにしろ相手が相手だからなあ。 「姫殿下......」 「幼い頃、いっしょになって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの! 泥だらけになって!」 これはまた懐かしい話を。 私は、思わず相好を崩す。 「......ええ、お召し物を汚してしまって、侍従のラ・ポルトさまに叱られました」 「そうよ! そうよルイズ! ふわふわのクリーム菓子を取り合って、つかみあいになったこともあるわ! ああ、ケンカになると、いつもわたくしが負かされて......」 「いいえ、姫さま。アミアンの包囲戦では、姫さまの一発が私のお腹に決まって......」 子供の頃の思い出話に花を咲かせる私たち。 聞いているスカロンさんやジェシカは、唖然としていた。 「ルイズちゃん......。姫殿下相手になんてことを......」 「......というより、小さい頃に姫殿下の御相手をするくらい、ルイズも身分の高い貴族だったのね」 ジェシカの言葉に、キュルケが肩をすくめる。 「そりゃあ、そうよ。こう見えてもルイズは、ラ・ヴァリエール公爵家の娘なんだから」 「ええっ!? トリステインの貴族たちからも恐れられている......あのラ・ヴァリエール公爵家?」 「トリステイン貴族の間の評判は知らないけど。......そのラ・ヴァリエール公爵家よ。他に同じ名前の公爵家があるわけないし」 一方、サイトは背中の剣と話をしている。 「なあ。ヴァリエールって名前......俺もどっかで聞いたことあるような気がするんだが?」 「うんにゃ、相棒。わるいことは言わねえ。思い出せねーことは、思い出さんほうがいい......」 あれ? 魔剣がガタガタ震えているが......どっかで我が家の者と出会ってるんだろうか。 「うーん。まあ、デルフがそう言うなら、それでいいや。......それよりキュルケ、俺にも教えてくれよ。キュルケは、もう正体、察してんだろ。......あのきれいな女の子、誰?」 「あのねえ、サイト。『姫殿下』って言葉で、わからないかしら? ......いいわ、あたしが教えて上げる。あそこでルイズと喋ってるのは、トリステイン王国の王女アンリエッタさまだわ」 「へえ、王女......。って、え!? じゃあ、この国のお姫さまぁぁっ!?」 ようやく理解したらしいサイトが、ひときわ大きな声を上げた。 ######################## 説明せねばなるまい。 姫さまは、先代のトリステイン王の一人娘。ただし先王はアルビオンから婿入りしてきた王様であり、トリステイン王家の血を引いていたのは、彼女の母マリアンヌ大后である。 そのためマリアンヌ大后こそが正統な王だと信ずる者たちもおり、彼らにとっては先王崩御も良い機会だった。これが『マリアンヌに即位してもらうよ派』だが、肝心のマリアンヌ大后は王座に就くのを嫌がっている。あくまでも自分は王妃......ということらしい。 ならば、少し若いが一人娘を女王に......と考えるのが『アンリエッタに即位してもらうよ派』。いやいや女王はダメだ王様は男であるべきだ先代に倣おうというのが『アンリエッタに婿を迎え入れてそれを王様にするよ派』。 しかし、どの派別も決定打にかけるため、今でも王は空位となっており、結果的には『このままでいいよ派』が勝っている......。 ......と、ここまでが、旅に出ていた私でも知っている事情なわけだが。 「......そうです。これが、しばらく前までのトリステイン王家の状態です」 私たちを前にして、内情を語る姫さま。 うん、あらためてまとめてみると、この国とんでもないわ。よく崩壊せずに成り立ってるもんだと不思議になる。 「こんなゴタゴタした我が国に、ウェールズさまが亡命してこられたのです」 現在は貴族議会による共和制となった国、アルビオン。その元王家の遺児プリンス・オブ・ウェールズが、少し前にトリステインに逃げ込んで来たのだ。 ウェールズ王子の父親は先代トリステイン王の兄であり、ウェールズ王子は姫さまのいとこにあたる。そうした血縁を頼ってトリステインに来たわけだが、これがトリステインのお家騒動を再燃させるきっかけとなった。 つまり。 世が世ならアルビオンの王になるはずだったウェールズ。でもアルビオンで王制が復活する可能性は極めて低い。ならば彼をアンリエッタとくっつけてしまおう、ということで『アンリエッタに婿を迎え入れてそれを王様にするよ派』が力を盛り返してきたのだ。 すると対抗するように他の派閥も暗躍し始め、もう国内はゴチャゴチャ。 「姫さま。街の噂では......暗殺騒ぎまで起こっているそうですが、本当ですか?」 「ええ。ひどい話でしょう? 王宮に勤める貴族たちが殺し合うなんて......。それも、どうやら私までターゲットになっているようなのです」 「え!? 姫さまが!?」 驚いた。 そこまで悪化しているとは......。 「水面下で政治的な駆け引きが色々と行われる......。それが王宮というものです。しかし暗殺は許せません。ですから、その背後にいる者をあぶりだすため、また、刺客たちの目を引きつけるため、私は街に潜伏することにしたのです」 「うわ。そりゃ、また大胆なことを......」 「......ま、ルイズの幼馴染みのお転婆姫だもんな。それくらいしても、おかしくないか」 キュルケとサイト。ハルケギニアの貴族と異世界出身の平民とでは、抱く感想も異なるようだ。 それより私は、別のことが気になった。 チラッと見ると、スカロンさんやジェシカが、ちょっとだけ誇らしげな表情をしている。以前に『偉い人とコネがある』と言っていたが、どうやら、それは姫さまのことだったらしい。 「スカロンさんには迷惑をかけ、すまないと思っていますわ」 「姫殿下......そのようなもったいない御言葉を......。姫殿下のためならば、このミ・マドモワゼル、お店の一つや二つ潰しちゃっても構いませんわ〜〜」 身をくねらせながら、かしこまるスカロンさん。 なるほど、姫さまが隠れているとなれば、店を開くわけにゃいかんわな。まあ、店を潰してもいいは言葉の勢いだけで、本心じゃないだろうけど。 「......ねえ、ルイズ」 姫さまが、あらたまって向き直り、私の手を握った。 ちょっと冷たい手が、姫さまの心細さを象徴しているかのようだ。 「お願いがあるのです」 「どうぞ、なんなりと」 安請け合いと言うことなかれ。相手は姫さまなのだ。 「......私が王宮を抜けだしたことを知るのは、ごくわずか。でも彼らも、私の消息を心配しているはず。まだ暗殺者にやられたわけじゃない、って知らせてあげないと......」 「つまり、内部の人間につなぎを取って欲しい......と?」 「ええ。こんなこと、おともだちのあなたにしか頼めないから......」 そうだろうなあ。 正面から乗り込むわけにもいかないし、相手が王宮から出るのを待って接触をはかる......というのもダメ。この御時世では、外出時にも警護や監視の兵士がついているに決まっている。 すると残るテは、やはり王宮に忍び込むしかない。さすがにスカロンさんやジェシカには無理だろう。旅で荒事にも慣れた私の出番である。 「わかりました」 「ありがとう、ルイズ。伝言してもらいたい相手は三人。その中の一人だけに接触して、残りの二人にも伝言してくれるよう伝えてくれればいいわ」 「姫さま。そのうちの一人は......ウェールズさまですね?」 私が言うと、姫さまはハッと息を呑んだ。 ######################## 三年くらい前だっただろうか。 まだアルビオン王家も健在であった時期の話である。私が旅に出る前であり、ラグドリアン湖の『水の精霊』も穏やかだった頃......。 ラグドリアンの湖畔で、大規模な園遊会が開かれた。トリステイン王国、アルビオン王国、ガリア王国、そして帝政ゲルマニア......。ハルケギニア中の貴族や王族が、社交と贅の限りをつくしたのだった。 二週間にも及ぶ大園遊会だったが、途中から姫さまは、毎晩のように一人で抜け出していた。その際に姫さまの影武者を務めたのが、何を隠そう、この私ルイズ・フランソワーズである。 ......といっても、たいしたことをしたわけではない。魔法染料で髪を染め、姫さまの格好をして、姫さまのベッドに入って、布団をすっぽりかぶるだけ。 『気晴らしに、一人で湖畔を散歩したいのです』 その姫さまの言葉を、当時の私は丸々信じきっていた。 しかし、今にして思えば......。 あれは姫さまとウェールズ王子の密会だったのだ。王子と王女の秘密のデート。あの頃から二人は、おおやけには出来ない恋を育んでいたらしい。 そのウェールズ王子がトリステインの王宮に滞在している以上、二人の気持ちもさらに加速しているはず......。 ......そんな私の想像とは裏腹に。 「ああ、ルイズ! わたくし、すっかり忘れておりましたわ......。ごめんなさい、あなたは失恋傷心旅行の途中だったのですね」 哀しげに首を振りながら、あさっての話を口にする姫さま。 これでは私の方が唖然としてしまう。 「......はぁあ? 姫さま、いったい何のことやら私にはさっぱり......」 「いいのですよ、隠さなくても。ウェールズさまのことを言われて、思い出しましたから。......だってルイズは、婚約者のワルド子爵が裏切者だったと判明してショックを受けて、それで旅に出ていたのでしょう?」 ワルド子爵は、トリステインの魔法衛士隊『グリフォン隊』の隊長だった男。しかし裏ではアルビオンの反乱勢力と内通しており、それがバレてアルビオンへ逃げ込んだのだが......。 反乱勢力が共和国の体裁を為す過程で、そこからも追い出されたらしい。旅の途中で私は偶然、落ちぶれたコイツに出会ったこともある。 まあ彼の現状はともかく。問題は、この裏切者が私の婚約者であったということ。といっても、私が小さい頃に決まった婚約関係であり、憧れっぽい気持ちはあったものの、恋愛感情なぞなかったわけだが......。 「姫さま!? それは大きな誤解です! そういう理由で旅に出たわけではありません!」 くにの姉ちゃんに言われたから、旅に出たのだ。ワルド子爵は無関係である。 姫さまに誤解されるのも嫌だが、もっと気になるのは、後ろでニヤニヤしているキュルケやサイトたち。彼らには、あとでちゃんと説明しておかないと......。 「ああ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! ごまかすのは、やめてちょうだい! あなたとわたくしはおともだち! おともだちじゃないの! わたくしにだけは、どうか本心を打ち明けてくださいな!」 うーむ。 姫さまがそう思い込んでいるのであれば、訂正するのは難しそうだ。 ......というより。 今度は、私がハッとする番であった。 気づいたのである。姫さまが、ウェールズ王子の名前から、失恋傷心旅行を連想したということは......!? 「姫さま。もしかして......ウェールズさまと、今......?」 「私が連絡をとりたい相手は、ウェールズさまではありません」 姫さまは、私の質問とは少し違う答を――少し前の質問に対する答を――返す。 続いて、寂しげに微笑みながら。 「ウェールズさまは......昔のウェールズさまとは違うのです。なんだか......冷たくなってしまわれました」 ######################## かくて......。 私は真夜中の王宮で、ドロボーの真似をやることになったわけである。 こういう仕事には向いてなさそうなサイトは、『魅惑の妖精』亭においてきた。一応、姫さまを護衛するという意味もあるし、こっちはサイト無しでも大丈夫だと思う。 代わりというわけではないが、『アンロック』とか『レビテーション』とか必要になるであろうと考えて、キュルケにも一緒に来てもらっている。 早速、その彼女の出番だ。 「じゃ、お願い」 「わかったわ」 闇色の服に身を包み、二人は潜入開始。『レビテーション』の術で、正門そばの歩哨たちの頭上をゆっくり通り過ぎ、黒々とそびえる壁にヤモリみたいにはりつきながら、こそこそ上へと昇っていく。 正門の上にて、王宮の様子を一望する。幼少の頃に姫さまの遊び相手だった私は、この王宮にも何度か来ているわけだが、それも昔の話。自分の記憶と姫さまから聞いた間取りと実際に目で見たものを重ね合わせて......。 「誰のところに行くつもり?」 私の隣に身をひそめるキュルケが、小さな声で聞いてきた。 「......将軍よ。さすがに大后さまのほうは、警備が厳重すぎて無理だろうし。侍従長も、姫さまの身近な人間として、チェックされてるだろうし」 姫さまが言った三人は、マリアンヌ大后とラ・ポルト侍従長とド・ポワチエ将軍。マリアンヌ大后は姫さまの母親、ラ・ポルトは昔からの侍従だから当然として、ド・ポワチエの名前は、私には意外だった。 ド・ポワチエは、トリステインの将軍の一人。階級は、たしか大将だったかな? しかし勝利よりも自身の出世を優先する愚将だときく。そんな男が動乱の中で姫さまの味方をするというのは、噂とイメージが合わない気がしたのだが。 『彼は、どの派閥にも属していないのです。......その意味では、信用のおける人物です』 ......姫さまの言葉で、私は納得せざるを得なかった。 立身出世しか考えていないから、お家騒動にはノータッチ。誰がトップであれ、そこに媚びへつらうだけ。 そんな将軍くらいしか味方がいないとは......。おいたわしい話である。 ともあれ。 私とキュルケは、その将軍が泊まっている建物へ。ある程度まで近づいたところで、いったんストップ。芝生の上に身を伏せて考え込む。 「どうするつもり? ここも結構きびしいみたいだけど......」 キュルケの言うとおり。 出入口は言うに及ばず、建物の周囲にも歩哨がびっしり。 ド・ポワチエの部屋は、ここの最上階にあるらしい。が、建物全体が魔法の明かりで皓々と照らし出されており、各階数カ所のベランダにも、やはり見張りが立っている。 「キュルケの得意系統は『火』だから......『スリープ・クラウド』は無理よね?」 「無理ね。だいたい、これだけ警備がしっかりしてるんだから、魔力探知もあるって考えるべきよ。これ以上は『レビテーション』も危険だわ」 「......そうよね。でも、ここで留まってるわけにもいかないし......」 結局。 私たちは、外から『レビテーション』で大回りして、屋根の上に降り立った。バレるかな......と少し心配だったが、探知されずに済んだらしい。 「魔法を使うのは、これで最後にしましょう」 天窓のひとつを『アンロック』で開けて、ようやく内部に侵入。廊下には兵士がいるかと思いきや、屋内の警備は意外に手薄だった。 「罠かしら?」 「......というより、最上階には要人が泊まっていないんじゃなくて?」 うむ、その可能性もある。 どこの派閥でもないド・ポワチエなど、誰にも相手にされておらず、だからこそ最上階なのかも。 彼の部屋の前まで、私たちはアッサリと辿り着き......。 カチャリ。 姫さまから借りて来た合鍵でドアを開け、すばやく中にすべり込んだ。 ######################## 二間つづきの奥の部屋。外の明かりが差し込むベッドに、ひとりの老人が眠っている。 あれ? ド・ポワチエ将軍って、たしか四十過ぎくらいのはず......。 私が不思議に思っている間にも、老人は私たちの存在に気づいたらしい。パチリと目を開けて、首をこちらに向ける。 「刺客......か......? あるいは......姫殿下の手の者?」 私はキュルケと顔を見合わせてから、質問に質問で返す。 「ド・ポワチエ将軍......ですね?」 すると老人は、微笑みながら体を起こした。枕元に置いてあった杖を手に取り、小さな窓を魔法で開ける。 サッと夜風が入り込み、私はブルッと体を震わせた。 風の寒さだけではない。嫌な予感が背中を駆け抜けたのだ。 案の定。 「......違います。ウェールズ殿下の侍従、パリーでございます」 つぶやきながら、杖を振るう老人。 私とキュルケも隠し持った杖を引き出すが、間に合わない! ボンッ! 杖の先から飛び出す火の玉。さいわい、狙いは私たちではなかった。開いた窓から、炎は外へ。 「何!?」 「やっぱり罠だったんだわ! 人が来るわよ!」 敵に少し気のきく奴がいたらしい。将軍をべつの部屋に移し、ニセモノを寝かせていたのだ。コンタクトを取ってきた姫様のメッセンジャー――つまり私たち――から姫さまの潜伏場所を聞き出そうという魂胆だ。 「任務失敗! 脱出!」 もはや部屋の中の老人は無視。私とキュルケは、入ってきたドアから飛び出した。 先ほどは静かな廊下だったが......。 「何だ!? 今の音はっ!?」 「何があった!?」 「行くぞ! 最上階だ!」 兵士たちのやりとりと共に、ドヤドヤと階段を上がってくる音が聞こえる。 「キュルケ!」 一声かけてから、私は反転。偽ド・ポワチエがいた部屋に戻る。 「おや......? 私を相手にするつもりですか? 老いぼれとはいえ、このパリーは殿下の侍従。そう簡単に......」 ドーン! 立ちふさがる老メイジを小さなエクスプロージョンで吹き飛ばし。 ゴグォン! それより大きなエクスプロージョンで、開いてた窓を完全に破壊。人が通れるくらいの出口を作った。 私の意図を察したキュルケが、後ろからついて来ていると信じて......。 「えいっ!」 夜の闇へと身を踊らせる私。 警備の兵士たちが真面目に階段を上がってくるなら、外の方が一時的に手薄なはず。 そう考えたのだが......少し甘かった。 「何者だ、きさまら!」 げ。 メイジを乗せたマンティコアが飛んでくる。魔法衛士隊のひとつ、マンティコア隊だ。 私には空中戦は無理だぞ!? ......でも、神は私を見放していなかったらしい。 「ぎゃ!?」 ちょうど私の落下コースに来たため、こちらを見上げていた衛士の顔面にキックが炸裂。 そのまま彼を蹴り飛ばした私は、マンティコアには振り落とされるが、キュルケの魔法でやんわりと着地。空中を浮遊してきたキュルケも、私の隣に降り立つ。 「......でもピンチね」 「ま、なんとかなるでしょ」 私たち二人は、すっかり取り囲まれていた。 さきほどとは別のマンティコアもチラホラと飛んでおり、そのうちの一匹が、私たちの前に着陸。ごつい体にいかめしい髭面のメイジが、幻獣にまたがったまま声を上げる。 「怪しい奴め! 杖を捨てろ!」 「そう言われても......」 とりあえず何とか口先で誤摩化すしかない。そう思って口を開いたところで、邪魔が入る。 「何を悠長なことをしているのかね、ド・ゼッサール君」 言いながら歩いてきたのは、丸い帽子をかぶり、灰色のローブに身を包んだ男。体格は痩せぎす、伸びた指は骨張っており、髪も髭も真っ白である。 「......夜間に王宮へ忍び込んだくせ者だ。捕縛する必要もないであろう。......殺しなさい」 普通は『捕えて背後関係を吐かせる』というシーンで、問答無用で処刑命令。私達も驚いたが、マンティコア隊の面々も十分驚いたらしい。 「枢機卿!? いくらなんでも、それは......」 皆が目を丸くして、視線をローブの男へ。 しめた! わずかな時間ではあるが、皆の注意が私たちから逸れたのだ。他のメイジなら呪文詠唱が間に合わないが、私の失敗爆発魔法ならば余裕! ドンッ! 「うわっ!?」 「騒ぐな! 囲みを崩すな!」 いきなりの爆発で一同が混乱する中。 爆煙を目くらましにして、小さなエクスプロージョンを連発。キュルケも適当に炎の魔法を操り、さらに撹乱。 私たちは、かろうじて脱出したのであった。 ######################## 「......とまあだいたいこんなところです」 私は紅茶のカップをコトリと置いて、一応の事情説明を終わる。 『魅惑の妖精』亭に戻って、一夜明けての朝である。 「逃げる時には別の方角から王宮を出ましたし、大きく遠回りしてきましたから、ここがバレるってことはないはずです」 「ああ、ルイズ! あなたとあなたのおともだちを危ない目にあわせてしまって......」 「気にしないでくださいな。トリステインの王女さまに貸しを作るのも、なかなか面白いわ」 いとも気楽な調子で言うキュルケ。姫さまに対してかしこまった態度をとらないのは、姫さまが身分を隠して潜んでいるからか、はたまた、キュルケ自身の性格なのか。 「ルイズもキュルケも、これくらい慣れっこだもんな!」 私の後ろに立つサイトが口を挟む。フォローのつもりらしい。 ちなみにシエスタは、いまだ寝込んだまま。スカロンさんは別の部屋におり、ジェシカは街へ買い物である。 「で、灰色ローブの痩せぎすが、枢機卿って呼ばれていたんだけど......」 私のつぶやきに、姫さまが反応して。 「マザリーニ枢機卿ですわ。ロマリアから来てくださった人物で、無能な役人や大臣に代わり、現在のトリステインの外交と内政を一手に引き受けてくれています」 マザリーニという名前は、旅の途中で、私もチラッと耳にしたことがある。 『光の国』とも呼ばれるロマリアは、始祖ブリミルの弟子を開祖とする国であり、教皇が統治している。マザリーニは、先代教皇の時代には、次期教皇と目されていたこともあったはず。 だが結局は別の者が教皇になったわけで、いわば権力争いに破れた人物。そんな男が、お家騒動真っ盛りの王国で実権を握っているとは......。 「街では今、こんな小唄も流行っているそうですよ。『トリステインの王家には、美貌はあっても杖がない。杖を握るは枢機卿。灰色帽子の鳥の骨』......」 「姫さま。街娘が歌うような小唄など、口にしてはなりませぬ」 私は、諌めの言葉を口にした。 今やトリステインを牛耳るのは『鳥の骨』マザリーニである......。民衆も姫さまも、そう認識しているのだ。 この状況、古くからの重臣たちは、良くは思っていないはず。マザリーニの力を削ぐ意味でも、早急に王を即位させたいであろう。しかし誰を王にするのか、意見は割れているわけで......。 ふむ。マザリーニの存在も、お家騒動を加速させている原因の一つかもしれない。 「いいじゃないの、小唄ぐらい。本当のことですから。枢機卿がいなければ、もうトリステインは立ち行かない状態なのです」 姫さまは複雑な表情をしていた。 国を運営してもらっていることには感謝するが、国を乗っ取られているような気もして、やはり不快なのであろう。 「......そんなマザリーニ枢機卿をトリステインに連れて来てくださったのも、ウェールズさまなのです」 言いながら、姫さまがため息をついた時。 バタン! 部屋の扉が大きく開いた。 「大変よ!」 立っていたのは、買い物に出ていたはずのジェシカである。 「......どうしたのです?」 問いかけたのは姫さまだが、皆の顔にも疑問の色が。 それを見回しながら。 「今、街で......王宮からの告知が出て......。『昨夜、暗殺者と思われる侵入者たちと接触をしたド・ポワチエ将軍を逮捕した』と......」 「な!?」 一気に色めき立つ一同。 「『ド・ポワチエ将軍は今回の暗殺騒ぎの重要人物と見られている。厳しい処分がくだされるであろう』と......」 「ひどい話ね。あたしたち、接触できてないというのに」 口惜しそうに言うキュルケ。そういう問題じゃないと思うが、彼女の言い分も判らんではない。 「失敗したからこそ、こうなったのよ......」 キュルケに対して一言、それから姫さまに向かって。 「もうしわけありません。私たちが見つかったばかりに......」 「いいえ、そうではないでしょう。身替わりまで用意されており、しかもそれがウェールズさまの侍従であったというなら......」 姫さまが椅子から立ち上がる。 その表情から先ほどまでの憂いは消え、何かを決意した人間の顔になっていた。 「......これ以上、事態を見守っているわけにもいきません。動くときが来た、ということです」 「それって......」 「はい。王宮に戻ります。......あなたも一緒に来てくれますね、ルイズ?」 「......もちろんです」 私だけではない。 サイトやキュルケも、力強く頷いていた。 (第二章へつづく) |
「門を開けなさい! アンリエッタ・ド・トリステインが、戻ってまいりました!」 鮮やかな紫のマントとローブを羽織った姫さまが、毅然とした態度で言い放った。 歩哨に立った兵の一人が、あわてて通用門から中に飛び込んでいく。 そして......。 きしんだ重い音を立て、王宮の門は奥へと開く。 堂々とした足取りでまっすぐ進む姫さま。その後ろにつき従うは、私とサイトとキュルケの三人。 「......こ......この三人は......?」 私たちを見とがめて、兵士の一人が姫さまに聞く。 私とキュルケは、黒いマントに、白いブラウス、グレーのプリーツスカート。つまり典型的な学生メイジのスタイルであり、兵士にしてみれば、なぜ学生が王宮に連れられて来たのか、不思議に思ったのだろう。 さらにサイトは、もっと怪しく思われたはず。いつもの青と白の服を来ているが、これはパーカーという異世界の着物である。ハルケギニアの者の目には異様に映る。しかもサイトは、魔剣デルフリンガーを背負っているのだ。 「わたくしのおともだちです。失礼のないように」 姫さまがピシャリと言い放つ。これで、もう兵士たちは何も言えなくなった。 私たちは、広場をずんずん進んでいく。 「姫殿下だ!」 「姫殿下がお戻りになったぞ!」 口々に呼ばわりながら、次々と集まってくる兵士たち。 姫さまは、彼らに対して優雅に手を振りながら、民衆向けの営業スマイルを返す。 だが......。 突然、姫さまの表情が強ばった。自然に、その足も止まる。 彼女の視線の先にいるのは、凛々しい金髪の若者だった。後ろには老メイジを従えている。昨日の偽ド・ポワチエ、たしか名前はパリー。 ということは、この若者が......。 「ウェールズさま......」 つぶやく姫さまの声が聞こえたかのように、彼が両手を広げて駆け寄ってくる。 「おお、アンリエッタ! ようやく戻って来てくれて、嬉しいよ! 君がいなくなって、僕がどれだけ心配したことか......」 人目も憚らずに、姫さまを抱きしめようとするウェールズ王子。姫さまは、それをソッと押しのけて。 「およしになってくださいな、こんな場所で......」 姫さまは少し頬を染めているが、なんだかんだ言っても恋人同士。本心から嫌がっているようには見えなかった。若い王族二人のロマンスに、誰も口を出せない中。 「......それで、後ろの方々は?」 わざわざ尋ねたのは、灰色ローブに丸帽子の男。 いつのまにか来ていた、マザリーニ枢機卿だ。 かげでは『鳥の骨』と呼ばれているそうだが、なるほど、昼の陽の光の下では、いっそう痩せぎすに見える。この男から、人々が鶏ガラを連想するのも無理はない。 「わたくしのおともだち。ルイズとキュルケさんとサイトさんです」 「ルイズ......? ほぉう、あなたが、ラ・ヴァリエール公爵家の末娘の......あの『ゼロ』のルイズ」 姫さまの紹介に、マザリーニは面白がるような声を上げた。 さすがに王宮までは『ゼロ』の噂も届いていないと思ったのだが......。このマザリーニ、事情通な男である。昨夜の侵入者の一人が私であることも、顔を隠していたとはいえ、バレているのかもしれない。 「ちょうどよかったですわ、あなたまで来てくれて。......枢機卿、ド・ポワチエ将軍を解放してあげてください」 大勢の人々の前で、いきなり姫さまが用件を切り出した。 しかし、マザリーニはあっさり受け流す。 「......それはできかねますな。なにしろ将軍は、昨夜忍んで来たくせものと、どうやら接触を取った様子。一連の暗殺事件と大いに関係があると思われ......」 「何を言うのです。昨日のあれは、わたくしが放った密偵ですわ」 「......み......」 いとも当たり前のように言う姫さまに、さすがのマザリーニも言葉に詰まった。 周りの兵士たちもザワザワしている。 私やキュルケも、ちょっと驚いた。まさか馬鹿正直にそんなこと言うとは思ってもいなかったのだ。 「密偵とは......また何で......」 「それは言えませんわ。これは王家の問題です」 言い切って、再び歩き出す姫さま。その傍らにはウェールズ王子が寄り添っているが、彼が話しかけてきても、姫さまは、そっけない言葉を返すだけ。 建物に入るところで、後ろを振り返り。 「面倒な手続きがあるでしょうが、それは、わたくしのほうでやっておきます。ルイズたちは、王宮の見物でもしていてくださいな。......ここに来るのは、久しぶりでしょう?」 「はい、姫さま」 内心の心配は見せずに、私は頷いた。 私たちは一応、姫さまの護衛である。できれば姫さまから離れたくないのだが......。まあ周りには兵士たちもいることだし、まっ昼間からの襲撃もないだろう。 「誰かに案内させますわ。えーっと、こういう場合は......」 「ならば、私が」 申し出たのは、マザリーニ。 一同、しばし言葉を失う。 マザリーニは、現在のトリステインの政治を取り仕切る男。色々と忙しいはずだが、はてさて。 「そうだな。枢機卿にとっても、たまの骨休めになろう」 ウェールズ王子が、マザリーニに賛成する。 ......そちらが、そう来るのであれば。 「そうですね。では、よろしくお願いします」 言って私は、にっこり微笑む。 チラッと見れば、キュルケも異存はない様子。サイトは何も考えていない様子。 ......さて、茶番の始まりである。 ######################## 白い石造りのゆるい階段をのぼり、開け放たれた大扉をくぐると、巨大なアーチ状の空間が広がっていた。 「ここが王宮に設置された神殿です。もちろん、まつられているのは始祖ブリミルです」 マザリーニが指さしたのは、始祖ブリミルの像。始祖が腕を広げた姿を抽象化したものである。始祖の容姿を正確にかたどることは不敬とされているので、ハッキリとした顔はない。 「ここの左右にひとつずつ建物があって、左が巫女、右が神官たちの詰所になっています」 ロマリアの枢機卿であるマザリーニは、ある意味、私たち以上に敬虔なブリミル教徒であるはず。だからこそ最初に私たちを、王宮に設置された神殿へ連れて来たのだろうし、これをロマリアの寺院や神殿と比較したり、聖職者らしくアリガタイおはなしを始めたりするかと思ったのだが......。 彼は淡々と語るだけ。始祖ブリミルに対する敬意も感じられないほどだ。私は小さな違和感を覚えた。 「この先が今言った、詰所への入り口になっています。さらに行けば、本宮へと続く渡り廊下があり......」 かなり一方的な説明をしながら、ずんずん先へ歩いていく。これではゆっくり辺りを見る暇もない。私は小さい頃に来たことあるからいいが、初めてのサイトやキュルケは、もう少し色々見てみたいだろうに。 ......しかしこの男、案内をわざわざ自分から引き受けたところからして、何らかの魂胆があるに違いない。昨夜の態度――いきなりの「殺しなさい」発言――から考えて、ただの宗教家でも政治家でもない。かなり胡散臭い人物である。 などと思ううち一行は、本宮へと続く、屋根つきの渡り廊下へとさしかかった。 「いい天気だな」 のんきな言葉をもらすサイト。 つられて、私も外へ目を向ける。 「......そうね」 空はきれいに青く済み、日ざしは程よくあたたかい。こんな状況でなければ、芝生の上でひなたぼっこでもしたいところ。 思わずほけーっと景色を眺めているうちに、マザリーニの歩くペースに取り残されて、少し離れてしまっている。老人のくせに、足は遅くないのだ。ふと我にかえり、私はペースを速めた。 が......。 おかしい。 いくら歩みを速めても、先を行くマザリーニやサイトやキュルケの背中は少しも近づかない。それどころか、どんどん遠ざかっていく。 三人の姿はみるみるうちに小さくなり、やがて豆粒ほどと化し、消える。 ......すでにこの時、私は敵の術に嵌っていた。 ######################## 振り向いてみたが、前にも後ろにも、ただ延々と人のいない渡り廊下が続くのみ。その先には、もはや神殿も本宮もない。 「......空間が歪んだ?」 自分を落ち着ける意味で、口に出してみる。 ......まあ確かに、使い魔召喚だって、空間の因果法則を狂わせることにより、離れたところと自分の場所とを繋ぐのだ。その応用なのかもしれないが......。 いや。ならば『ゲート』のようなものを通るはず。今回のケースとは違う。 「うーむ。では......どういうこと......?」 私たちの常識では考えられない魔法だとしたら......。まだ私の知らない虚無魔法か、エルフなどが扱う先住魔法か、あるいは......。 なんであれ。 かなり厄介な敵のようである。 嫌な想像が頭に浮かんで、私が顔をしかめた時。 廊下の奥、はるか彼方から、重い足音が近づいてきた。 ######################## やってきたのは、黒く巨大な塊。 『ギーッ』 耳障りな声で鳴くと、触覚のような器官をあたりに巡らせる。 それは一匹の虫......。 いや、虫のような姿の何かだった。いくらなんでも、小柄な竜ほどもあろうかというサイズの虫がいるわけはない。 甲虫のたぐいを思わせる、真っ黒くつややかな肌。左右四対、計八本のガッシリとした足。背中には大きな、しかしこの体を宙に浮かせるには小さな一対の羽根。体のあちこちに輝く、ルビー色をした半球体......。 「何よ、これ......!」 私じゃなかったら、パニックに陥っていたかもしれない。 こういう時こそ、冷静にならねば。 どう見ても、この『虫』はハルケギニアに生息する生き物ではない。ならば、サイトのように異世界から召喚されたものか、あるいは......魔族だ! ヴン! 攻撃はいきなり来た。 正面きって対峙した『虫』の背中がかすんで見えた......。そう思った瞬間、私はまともに弾き飛ばされ、渡り廊下の手すりに叩きつけられていた。 「......!」 衝撃でしばし息ができない。 この『虫』、外見とは裏腹に、俊敏な動きである。 『虫』がその顔をこちらに向ける。その口が大きく開き。 『ガギイッ!』 その鳴き声と同時に、私はとっさに横に跳ぶ。 はるか後ろで思い爆音。 ちらりと振り向けば、渡り廊下の途中に大きな穴が開いていた。『虫』の放った衝撃波だろう。生身で食らっていたら、ひとたまりもない。 逃げ続けるのは無理だろうが、ならば反撃するまで。最初の衝撃からは回復し、呼吸も出来るようになった。つまり、呪文を詠唱できるということ! 「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ......」 失敗魔法バージョンではなく、虚無魔法の『爆発(エクスプロージョン)』をお見舞いする。 『ギグアァァァァァッ!』 虫の全身が激しく震え、その口からは空気を震わせる絶叫がほとばしる。 だが......。 「......嘘でしょ!?」 脚の二、三本は吹き飛ばしたようだが、それだけだった。本体にさしたるダメージはなく、不気味に黒光りしている。しかも、その触覚の先端には雷光が灯っていた。 ......やばいっ! 本能的に感じ取ったとおり。 広範囲の電撃が......来た! ギャンッと悲鳴が喉の奥ではじける。体中が痺れて、私は前のめりに倒れ込み......。 ######################## 「ルイズ!」 私の体は、しっかりと受け止められていた。 ボーッとした頭のまま、見上げれば......。 「......サイト?」 目の前にあるのは、我が使い魔の心配そうな顔。 ゆっくり首を動かし、周囲の景色も確認する。私は元の、ごく普通の渡り廊下へと戻っていた。 私は今、サイトに体を預ける形で、彼の腕の中。サイトの後ろにはキュルケの姿も見えるが、彼女も深刻な表情をしている。 「元のルイズに戻ったようね。心配したわよ。うつろな目をして、体もブルブル震えていたから......」 「驚いたぜ。隣を普通に歩いているのに、左目はお前のピンチを映し出して......」 なるほど。キュルケやサイトの言葉から判断するに、二人の認識としては、私は『いなくなった』のではなく、ずっと横にいたことになっているようだ。 それでも『ガンダールヴ』であるサイトには、御主人様である私の危機がわかった。だから、救いの手を伸ばしてくれたらしい。 「どうしたのですか、みなさん。そんなところで立ち止まって......」 少し先から、マザリーニが声をかけてくる。不思議そうな声と顔だが、どうせ演技だろう。こいつが、今の怪現象にも一枚かんでいるはず。 「いえ、なんでもありません。ちょっと躓いただけです」 適当に言う私だが、その声は少しかすれている。先ほどの電撃の後遺症だ。 「ルイズ、歩けるか? なんだったら......」 「大丈夫。歩けると思う。でも......」 不安そうなサイトに笑顔を作ってみせながら、私は手を伸ばした。 意図を察してくれたらしく、サイトは私の手を握りしめる。もう私が、一人でおかしな空間に引きずり込まれないように。 これが功を奏したのか。 王宮見学ツアーが終わるまで、それ以上の怪現象は起こらなかった。 ######################## 「やー、疲れた疲れた」 言って私は、ベッドに身を投げ出す。 寝室としてあてがわれたのは、姫さまの寝室から少し離れた客室だった。私たちは一応、姫さまの護衛のつもりなので、こうして同じ建物内に泊まらせてもらったわけだ。もしも姫さまの部屋で何かあれば、すぐさまそれを察知して駆けつけられるように、である。 姫さまは王族であり、そんじょそこらの貴族では、これほど近くの部屋はもらえなかったかもしれない。が、そこはヴァリエールの名前が効いたのであろう。 キュルケは姫さまと私の友人ということで私の隣の部屋、サイトは私の使い魔なので私と一緒。サイトに関しては、王宮の人々から「えっ、同室ですか?」と驚いた顔をされたが......何故かしら? 使い魔である以上、同じ部屋に寝泊まりするのは当然のはずなのに。 「おーいルイズ、寝るんじゃないぞぅ......」 「......わかってるわよ......」 言いつつ私は身を起こし、ナイト・テーブルに腰かけたサイトと向かい合う形で、ベッドの上にちょこんと座る。 世に言う作戦会議というやつである。 キュルケも交えて話し合うつもりだが、彼女は今、ちょっと外出している。『魅惑の妖精』亭においてきた使い魔フレイムを引き取りに行ったのだ。いきなりサラマンダー連れで王宮に入るのは遠慮したわけだが、ちゃんと話を通したので、サラマンダーも泊めてもらえるらしい。 「そうだ。今のうちに聞いておこうかしら」 黙ってキュルケを待つのもバカらしいので、彼女抜きでも構わない話を始める。 私は、ジーッと彼を見つめて。 「......な、何だ......?」 「サイト。どうやって、あの空間から私を助け出したの?」 昼間の『虫』事件で、歪んだ空間から私を救ってくれたのはサイトである。あの異空間から脱出するのは、さすがの私でも無理だった。今後のためにも、詳細を知っておきたいのだが......。 サイトは、うーんと唸りながら、首を傾げる。 「俺にもよくわからねえ」 「はあ? 何よ、それ!?」 「視界の共有だけじゃなくてさ、隣のルイズに手を伸ばしても触れられないから、ともかく異常事態だと思ったんだ。......で、左手で背中のデルフの柄を握りながら、左眼にも意識を集中しながら、その状態で右手を伸ばしたら、今度は捕まえることができた」 なんじゃそりゃ。そんな説明では私にもサッパリわからん。 「相棒はガンダールヴだからな。主人が危機で、しかも隣にいるとなりゃあ、手を伸ばせば届くのは当然だぜ」 私たちの困惑を見て、デルフリンガーが補足する。これもあんまり説明になっていないが、今は『ガンダールヴだから』と納得するしかなさそうだ。 「それよりさ、ルイズ。俺も聞きたいんだけど......」 今度はサイトが尋ねる番だった。 「......俺たち、姫さんが狙われるからついてきたんだろ。じゃ、なんで姫さんじゃなくてルイズが襲われたんだ?」 うーむ。 これは難しい質問だ。 色々と考えられるが、はてさて......。 「そりゃあ、王位継承を巡る争いの一環だぜ。娘っ子、おめえさんも王家の遠い親戚なんだろ?」 黙り込む私に代わり、意見を述べるデルフリンガー。 サイトはわかっていない顔をしているが、ヴァリエール公爵家の源流は昔の王様の庶子だ。トリステインの者ならば知っていて当然の話だが、魔剣デルフは、人間的な常識ではなく、私が虚無の担い手であることから推測したのだろう。 「なあ、娘っ子。この国の王家にゃあ、もう、王様の血を引いてるのは二人しかいないんだぜ。その二人が殺されちまったら......」 「おい、デルフ。二人じゃなくて、三人じゃねえの? あのウェールズっていう王子さまは、アンリエッタ姫さまのいとこだよな?」 ふむ。 どうやらデルフリンガーは、今まで会話に参加こそしてこなかったが、ちゃんと話は聞いていたらしい。バカ犬サイトよりも、よっぽど事情を理解している。 「サイト、あんた勘違いしてるわ」 御主人様として、使い魔の知識を訂正する私。 「ウェールズさまは、姫さまの父王――先代トリステイン王――の兄君アルビオン王の長男よ。トリステイン王家の血を引いているのはマリアンヌ大后であって、先代トリステイン王ではないわ。だからウェールズさまには、トリステイン王家の血は流れていないの」 「......ん? つまり、あの姫さんは、二つの王家の血を引いてるってことか? ......すげえ! 王族のサラブレッドじゃん!」 なんだか感動しているサイト。私には理解不能な感動ぶりだが、とりあえず、正しく理解してくれたらしい。 それから、少し冷静になって私を見つめる。 「じゃ、デルフの言うとおり......」 しかし私は、首を横に振って、サイトの言葉を遮った。 「そうね。王位継承権はあるはずだけど......。でも、だいぶ遠いから、違うと思うわ」 「じゃあ、何なのさ。ただの宣戦布告か? アンリエッタ姫が腕の立つ護衛を連れて来たから先にやっつけよう......ってこと?」 「まあ、それなら話は簡単なんだけど......」 うーん。 ちょっと複雑だから、キュルケが来てから話し合うつもりだったが......。 まあ、いいや。こうなったからには、先に始めてしまおう。サイトは話し相手としては物足りないが、デルフリンガーが参加するならば、少しは有意義な議論になるかもしれない。 「そもそも。......あの襲撃は誰の仕業? あんなふうに空間を歪めるなんて、誰が出来るの?」 「あの場で怪しいのは、どう考えてもマザリーニっつう老人だろ。あいつじゃねえの?」 私は再び、首を左右に振った。 「......それじゃ話が合わないのよ。昨日の様子から見て、私もマザリーニは怪しいと思う。でも......彼がお家騒動に関わる動機がないわ」 そう。 マザリーニにしてみれば、現状維持がベスト。今現在、実質的にトリステインを仕切っているのは彼なのだから。 その意味では、むしろマザリーニは早くゴタゴタを解決したいはず。 ......そう私が説明すると、サイトは考え込む。 「そうか......。マザリーニは『このままでいいよ派』になるわけか......」 「あえてどこかの陣営に入れるとしたら、ね。......でも最近騒ぎだした『アンリエッタに婿を迎え入れてそれを王様にするよ派』が勝ったところで、それほど困らないと思うわ」 その派閥はウェールズを王にするつもりであり、マザリーニは、そのウェールズが連れてきた人物である。彼とは、それなりに太いパイプがあるはず。 では、もしも『マリアンヌに即位してもらうよ派』や『アンリエッタに即位してもらうよ派』が勝った場合はどうなるか。......マリアンヌ大后や姫さまが女王になったところで、それでも、マザリーニがいきなり失脚することはなかろう。今のトリステインは、どうやら彼抜きでは成り立たない状況らしいから。 「......というわけ。態度だけ見てればクロだけど、マザリーニが積極的にゴタゴタに関わっても、彼は得しないわ」 「待てよ。今の話だと......マザリーニよりも、あの王子さまが一番怪しいんじゃねえか? 騒ぎの発端っぽい派閥は、ウェールズ王子を推してるんだろ? しかも昨夜の偽将軍も王子さんの侍従だったんだし......」 「そうね。でも......それもちょっと辻褄が合わないでしょ? 考えてごらんなさい。彼をトリステイン王にするためには、姫さまに生きていてもらわないと困るのよ」 ウェールズを王にしようとしている連中は、少なくとも、姫さま暗殺など試みないはず。そしてウェールズ自身としても、おとなしく姫さまと一緒になればいいのだ。そもそも、姫さまとウェールズ王子は、昔からの恋人同士で......。 「だけどさ。あの姫さん、今じゃ王子さんを避けてる感じがしてたぞ? もう二人の恋は終わったんじゃねえかな」 「まだ『終わった』とは言えないと思うけど......」 そう、わからないのは、そこなのだ。 かつては私を影武者に仕立て上げてまで、ウェールズ王子と密会していた姫さまだ。その姫さまが、そう簡単に心変わりするとは思えない。 あまり立ち入ったことは聞くべきじゃないと遠慮していたが、今にして思えば、王宮に来る前にもう少し突っ込んで聞いておくべきだった。こうして王宮に入ってしまうと、幼馴染みの私でも、話をする機会は少なくなるのね......。 「......だいたいさ。これって......普通のお家騒動とは違うよなあ」 サイトがポツリとつぶやいたので、私は頭を切り替える。 「どういう意味?」 「ほら、いわゆる『お家騒動』って、『俺が王になるんだ!』って感じで、王位継承権を持ってる者同士が争うもんだろ?」 なるほど、それが異世界から来たサイトのイメージなのか。 「......でも、今回のケースだと、姫さんにしても姫さんのお母さんにしても、自分から王様になる気はなさそうだ。周囲が勝手に誰を王にするかで揉めてるだけで......」 「相棒。家督争いっつうのは、そういうもんなんだよ。本人よりも家臣の方が必死なのさ」 デルフリンガーが、久々に口を開く。こいつはこいつで、剣ではあるが、それなりに世間を見てきたのだろう。 「......そうなの?」 「そうね。......ま、でもサイトは一つ、ポイントをついてるわね。確かに『普通』とは少し違うわ。だって、このまま王は空位でもいい......なんて主張してる派閥もあるくらいだから」 絶対に誰かを王にしないといけない......。もしも皆がそう言い合っているならば、少なくとも終着点はある。しかし『このままでいいよ派』が存在し、そこが優勢である限り、解決したのかどうかハッキリしない。一度は終わったように見えて、また再燃するかもしれないのだ。 ある意味、終わりの見えない騒動なのだが......。 「姫さま暗殺を企むヤカラだけは、とっ捕まえて処罰しないとね。とりあえず、それまでは、私たちもここに留まらないと......」 「娘っ子の言うとおりだ。そこが話の落としどころだな」 魔剣も賛成する。 ......なんだか話し疲れた。サイトも私と同じらしい。 「キュルケ遅いなあ。......もう寝ようか」 「そうね」 十分な広さがあるので。 私とサイトは、一つのベッドに入った。 ######################## キンッ! ぶつかり刃物と刃物の音。 それに続いて、刃物が叫ぶ。 「娘っ子! 起きろ! 敵襲だぞ!」 これが私を目覚めさせた。慌てて飛び起きると......。 「何者だっ!?」 サイトが、黒ずくめの暗殺者と対峙していた。両目以外の部分は全て覆われていて、表情も読み取れない。 寝る前に閉めたはずの窓が大きく開いており、夜の空気が吹き込んでくる。外から無理矢理こじ開けて、そこから入り込んできたらしい。 かなりの使い手のようで、気配はほとんど感じられない。それでも気づいて目を覚ましたサイトは、さすが私の使い魔だ。 「......お前はターゲットではない。だから名乗らぬ。名乗るのは......依頼主と......死にゆく者に対してのみ......」 「俺は問題外......ってことか!?」 言うと同時に、サイトが動いた。 身軽に身をかわす暗殺者だが、ガンダールヴのスピードには勝てない。 サイトの魔剣が一閃、暗殺者はバッサリと斬られた。 それでも暗殺者は倒れない。むしろサイトの方が動揺している。 「えええっ!? 女だったのか!」 刀傷は、肩から腰にまで及んでいた。ダラダラと血が流れているが、同時に、破けた服の隙間から出てきたのは女性の胸。サラシか何かを巻いて隠していたようだが、その布が切られたことで、ポロリとこぼれ出たのである。 暗殺者は、血まみれの乳を隠そうともせず、また、痛がる素振りも見せず。 「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ」 これは『スリープ・クラウド』の呪文だ! 杖は手にしていないが......まさか、あのナイフを『杖』として契約しているのだろうか!? 「サイト! 逃げなさい!」 「え? でも、こんなやつ......」 青白い雲が出現し、私たちを包み込む。 強烈な眠気が襲ってきた。 虚無のメイジである私は、その強靭な精神力でもって耐えようとしたが......。 無理だ。これは......耐えられない! 「サイト......」 見れば、すでにサイトは床に倒れて、寝息を立てている。 失敗した。サイトに逃げろと言うくらいなら、私が逃げればよかった。いや、適当な呪文を唱えて、失敗爆発魔法で反撃するべきだった。 でも、もう遅い。眠くてたまらない。今さら呪文も唱えられない。 立っていられず、私も膝をつく。垂れ下がる瞼で視界も狭まる中、暗殺者が歩み寄るのが見えた。 「......貴様は死にゆく者。ならば名乗ろう。我が名は......『地下水』......」 『地下水』ですって!? 私でも聞いたことがある、有名な暗殺者だ。 誰も知らないまま足下を流れる地下水のように、不意に姿を現し、目的を果たして消えていく闇のメイジ。狙われたら最後、命だろうがモノだろうが人だろうが、逃げることはできない......。 そんな大物に狙われるとは、思わなんだ。これには驚いたが、私の眠気を完全に吹き飛ばすには、衝撃の度合いが足りなかった。 「せめて......眠りながら逝くがよい......」 言いながら、『地下水』がナイフを持った手を伸ばす。 その時。 「!?」 バッと飛び退く『地下水』。 それまで立っていた場所を、巨大な炎の蛇が舐めた。 この魔法は......! 「はーい、ルイズ。遅くなったわね。......取り込み中みたいだけど、出直してきたほうがいいかしら?」 窓から入ってきたのはキュルケ。フレイムも一緒であり、火トカゲは早速、『地下水』へと飛びかかる。 体を捻ってかわす『地下水』だが、サイトに斬りつけられた傷からの出血は続いている。この状態で戦うのは、さすがに不利だと悟ったらしい。 ドアに体当たりして、壊し開けて退却していく。 そこまで見届けて......。 睡魔に負けた私は、意識を失った。 ######################## 「あたしが来なければ、あなた死んでたわね。感謝しなさいよ」 「ええ。あんたの言うとおりね。ありがとう」 素直に礼を言う私。 『地下水』撤退後、キュルケが私とサイトを叩き起こしてくれた。色々と恩着せがましい事を言われたが、今回ばかりは仕方がない。ヴァリエールの女だって、スジが通っているならば、ちゃんとツェルプストーの女に頭を下げるのだ。 「じゃ、おやすみなさい。あたしは隣の部屋だから、何かあったら、また来るわ」 軽く手を振って、キュルケはフレイムと共に出ていった。 再び二人きりになったところで、サイトが口を開く。 「......面目ない」 彼は私と並んで、ベッドに腰かけていた。両手は膝の上で、シュンと肩を落とした状態である。 気落ちした彼に、剣が追い打ちをかける。 「相棒はガンダールヴなのに、な。......まったく、情けない話だぜ。心を震わせりゃ、あの程度の魔法で眠りこけることもなかろうに......」 ますます落ち込むサイト。 ああ、もう! 何よ、これ!? これじゃ私が慰め役に回らなきゃならないじゃない! 「そんなに気を落とさないで。私も悠長に見てたのがいけなかったんだわ。サッサと呪文の一つでも唱えるべきだった。......だからサイト、顔を上げて。......ね?」 私は優しい声を投げかけるが、デルフは、まだサイトを責めていた。 「なあ、相棒。おおかた、あれだろ。相手が女だとわかって、油断したんだろ?」 おや? サイトの表情が、少し柔らかくなったような......。 「......そりゃ、仕方ねえだろ。だってさ、あんなふうにイキナリおっぱいがポロリと出てきたら......なあ?」 私に同意を求めるな。その気持ちは私にはわからん。 しかし......。 少しにやけたサイトの顔を見ると、ちょっとイラッとする。 おまけに。 こいつ、私の表情の変化に気づいたようで、目を逸らす意味で視線を下げやがった。私の胸の辺りを見つめながら、何か考え込むような――頭の中で何かと比べるような――顔をしてやがりますよ!? 「......サイト......あんた......」 低く冷たい私の声に、サイトはハッとして。 「え? ち、違う! 何でもない、俺はそんなこと思っちゃいない!」 慌ててバタバタ手を振りながら、必死になって否定する。 「そ、そう言えばさ! あの暗殺者が来て目が覚めた時、俺......」 なんとか話題を変えようとするサイト。 ......ん? 何の話を持ち出そうというのだ? まさか......。 「......ルイズに抱きつかれてたみたいなんだけど?」 あ。 私の顔が、サッと赤くなる。 それを見たサイトが、ニヤニヤと。 「もしかして、ルイズって......いつも俺が寝てる間に、俺に抱きついちゃってんの?」 「そ、そんなことないわよ!」 今度は私が否定する番だった。 たしかにサイトの言うとおり、私はサイトを抱き枕にしている。ほぼ......いや、たぶん......いや、間違いなく、毎日。 これも御主人様と使い魔の正常な関係だと思うが、それをサイトに言っても理解してもらえないと思うし、だから言いたくない。知られたくなかった。 「またまた〜〜。照れちゃって......」 「わ、わ、私があんたに、そ、そんなことするわけないでしょ!」 真っ赤な顔で呪文を唱え始める私。 「わっ、バカ! 照れ隠しのエクスプロージョンはやめろ! 王宮の中だぞ!?」 わかっている、ここは姫さまの王宮だ。私だって、ちゃんと手加減している。 それに......。 「て、照れ隠しなんかじゃないんだから! これは......私をちゃんと守れなかった、お仕置きなんだからね!」 ちゅどーん。 こうして、王宮の夜は更けていく......。 (第三章へつづく) |
「おはよう、キュルケ」 私は片手をひょこっと上げ、芝生の上のテーブルでお茶しているキュルケに挨拶を送る。 ......どうもまだ眠くていけない。 昨日の襲撃のあのあと。 サイトは私の魔法ですぐに眠りに落ちたが、私は違う。ベッドに入っても、色々と考え込んでしまった。 私たちの部屋は、姫さまの寝室から遠くはない。建物自体には、厳重な警備体制がしかれている。その中を『地下水』は、数人の見張りを他の者には気づかれぬように倒した上で、私の部屋を襲撃したのだ。 しかし......なぜ? 姫さまや王宮の大臣たちが狙われるというのであれば、まだ話はわかるのだが......。 「おはよう、ルイズ。もう元気になった?」 「うん。私もサイトも、ほら、このとおり!」 「......って、あんまり元気そうには見えないけど。まあ、あなたなら大丈夫でしょうね」 気楽に言うと、彼女は紅茶をくいっと飲み干す。 私はサイトと共に、キュルケの向かいに腰掛けた。 メイドが一人、スッと歩み寄って、紅茶を注いでくれる。 「まだ王女さまとは話をしてないの?」 「そう。姫さま、ここに戻ると結構忙しいみたい」 紅茶を一口含みながら私は答えた。口の中に広がる甘い香りが、私をリフレッシュさせる。これは『紅茶』というよりむしろ『香茶』というべきかも。 ......私たちがこんなところをうろついているのは、別に怠けているわけではない。 姫さまの護衛として王宮に来たわけだが、表向きは『おともだち』である。つまり、姫さまの客。姫さまの護衛は王宮の魔法衛士隊がやっており、私たちは手持ち無沙汰となった。 そこで、である。 私はサイトを連れて、堂々と大っぴらに聞き込みをすることにしたのだ。 正直、誰がどの派閥なのかよく判らないし、どの派閥が姫さま暗殺を企てているのかも不明だが、私たちが動き回れば悪い奴らへのプレッシャーになる......と考えたのである。 「......というわけよ。で、キュルケは?」 「あたし? まあ、あたしも似たようなものかしら。あたしはあたしで、独自に調べているわ」 私の説明に対して、ウインクで返すキュルケ。 こいつ......。 おそらく、また男漁りを始めたな? キュルケの二つ名は『微熱』。これは彼女の魔法の炎を意味するだけでなく、情熱の炎を示すものでもあった。 「ルイズ、何か言いたそうな顔ね?」 「......なんでもないわ。気にしないでちょうだい」 トリステインの王宮内で恥ずかしい真似は止めて欲しいのだが、どうせキュルケに言わせれば、色仕掛けを用いた調査ってことになるんだろう。 言うだけ無駄とわかっていたので、私は敢えて口にはしなかった。 そんなことより。 「ねえ、キュルケ。ちょっと聞きたいんだけど......」 昨晩キュルケとするはずだった相談を、ここでしようか。私たち三人以外に、給仕のメイドも控えているが、たぶん大丈夫。 そう思って、私が話し始めた時。 「おや、みなさん! こんなところにお集りでしたか!」 横手からかけられた声。 私たちは一斉に声の主へと顔を向けた。 そこに立っていたのは、一人の老メイジ。ウェールズ王子の侍従、パリーであった。 ######################## 「ここの席......失礼してもよろしいですか?」 私が頷くと、彼は私の左隣の席に座った。 すかさずメイドがティーカップを追加し、紅茶を注ぐ。 老メイジは、それで口を湿らせてから。 「実は、みなさまに折り入ってお願いしたい事があるのです」 深刻な表情で私たちを見回す。 こうして見ると、善人にしか見えない老人であるが......。一昨日の夜、ド・ポワチエ将軍の偽物を演じていたのは、彼なのだ。なんらかの陰謀に関わっているとみて間違いない。 どうせ彼の方でも、私とキュルケがあの晩の『密偵』だって気づいてるんだろうなあ。しかし、お互い、それは口にしない。ちょっとした腹の探り合いである。 「......何かしら、パリーさん? あたしたちに頼みたい事というのは?」 どこか芝居がかった調子で言いつつ、キュルケが髪をかき上げる。そのポーズが妙に決まっているが......。まさかキュルケ、こんな老人に対して色仕掛けをかますわけじゃあるまいな!? 「他でもありません、ウェールズ殿下のことです」 「ウェールズさまの......? でも、それなら私たちより、あなたの方が......。あるいは、姫さまにでも頼んだ方が......」 聞き返したのは私。 キュルケに会話の主導権を握らせては、とんでもないことになりそう、と思ったからだ。どんな頼み事だか知らんが、下手に『微熱』のキュルケに任せたりすると、ややこしい結果になりそうな気がする。 「......そこなのです。どうやらアンリエッタ姫殿下は、ウェールズ殿下に対して、よい感情を抱いておられぬ御様子。昔は、あんなに仲睦まじかった御二人だったのに......」 むむむ。 どうやら話は、恋愛沙汰のようだ。どう考えても、これは私の専門分野ではない。待ってましたと言わんばかりに、キュルケが身を乗り出す。 「ああ、そのことね。それは、あたしたちも気になってたのよ。......ねえ、ルイズ?」 「そう。パリーさん、何か御存じないですか? 私も姫さまの態度、ちょっと変だな......って思ってたんですけど」 パリー侍従は首を横に振る。 「わかりません。......侍従の私が申し上げるのも何ですが、ウェールズ殿下は紳士でございます。姫殿下に嫌われるような言動は一切していないはずなのですが......」 やはり姫さまに直接聞いてみるしかないようだ。 「......ですから! 殿下と姫殿下との話し合いの機会を作っていただけないでしょうか? 御二人が腹を割ってじっくり話し合えば、また昔のような蜜月状態に戻るはず。そうなれば......」 老侍従の顔に、ニンマリとした笑みが浮かんだ。 「......殿下と姫殿下が結ばれて、ウェールズ殿下はトリステインの王にもなれて、万々歳でございます」 ......おいおいおいっ! 大胆といえばあまりにも大胆な発言に、私とキュルケは、思わず慌てて辺りに視線を走らせてしまう。 給仕のメイドは少し離れたところに立って「私は何も聞いてません」という空気を発しているが、それでも顔が少し青ざめていた。 なにしろ。 今の発言は、すなわち......。 「え? それって......この国を乗っ取る気があるってこと?」 ここで突然、会話に参加するサイト。こいつのことだから、たぶん本気で聞き返してるんだろうが......。わざわざ確認するのは、ちょっといやらしいぞ。 それでも、パリー侍従は平然と。 「もちろんです」 悪びれることなく、ハッキリと言い切った。 「トリステインは王位がカラのままでも何とかなる国のようですが、そもそも歴史ある国なのです。王がいないというのは異常な状況。しかしマリアンヌさまもアンリエッタさまも、王になる気はない御様子。ならば......その気のある者が、王位に就くしかないでしょう?」 そうきたか。 つまり彼は、事態を収拾するためには『アンリエッタに婿を迎え入れてそれを王様にするよ派』が最善......と主張しているわけだ。だから、私たちにも手伝え、と。 とんでもない提案をされたようにも思えるが、しかしこの話、けっこう理にかなっている。 私たちから見れば、姫さまの身の安全が第一なのだ。姫さまが幸せに結婚して、その結婚相手――この場合はウェールズ王子――がトリステインの王になるというのは、それはそれでハッピーエンドである。 ただし......。 「ねえ、ルイズ......」 「ええ。わかってるわ、キュルケ。だから、今は何も言わないで」 これには条件がある。 ポイントは『姫さまが幸せに結婚』ということ。 もしもウェールズ王子やその取り巻きが、トリステインを手に入れるだけのために姫さまを利用しようとする悪漢であるならば......。私は、その企てを断固として阻止しなければならない。 そして。 私たちの前で今、好々爺のような顔をしているパリー侍従は、何か裏があるであろう人物なのだ。一昨日の遭遇を、私もキュルケも忘れてはいない。 それでも。 「わかりました」 私は作り笑顔で、表面上は彼の意見に賛成してみせる。 「私たちから姫さまに、一応話してみましょう」 「おお! ありがとうございます!」 彼はいきなり席を立ち、私に握手してから。 「......それでは私も、ウェールズ殿下にその話をしてきます!」 言ってすぐさま、駆け出していく。 あとには私たち三人と、まだ少し怯えた表情のメイドがとり残される。 しばしの沈黙の後。 「ま、仕方ないわね。とりあえず、これで事態も変わるでしょう」 他人事のような口調で、キュルケが肩をすくめた。 私もサイトも、それに対して何も言わない。 サイトは私を見て、少し顔を曇らせていた。 「ルイズ、どうした?」 「なんでもないわ......」 そう返しながらも、わずかに体を震わせる私。 おのれの右手に、視線を落とす。特に何も変わった点はないが......。 冷たい感触が残っていた。 老侍従パリーの手から伝わった冷気。いくら年寄りとはいえ、彼は、あまりにも体温が低かったのだ。 私は、ふと姫さまの言葉を思い出す。たしか姫さまは、ウェールズ王子をこう評していたはずだ。 『なんだか......冷たくなってしまわれました』 と......。 ######################## 「どうやら話がついたみたいよ、ルイズ」 ランチタイムの小さな食堂。来客用のここには、私とサイトとキュルケ、そして給仕のメイドの他には誰もいない。 ウェールズ王子や彼の侍従がいないということは、彼らが『来客』扱いではないということを意味している。 「......話って?」 キュルケと顔を合わせるのは、朝のティーテーブル以来。いきなり言われても何のことやらわからなかった。 「呆れた......。もう忘れたの? お姫さまと王子さまの会談のことよ」 ......ポテッ。 思わずスプーンをシチューの中にとり落とす。 クラゲ頭のバカ犬サイトじゃあるまいし、忘れるわけがあるまい!? ただ、こんなに早く事態が進行するとは、あまりにも予想外だったのだ。 「へえ。すごいな、キュルケ。どうやったんだ?」 あっけらかんと尋ねるサイト。 午前中、私とサイトは結局、姫さまとは接触できなかった。ならばキュルケがつなぎをつけたということになる。幼馴染みの私を差し置いて......。 「あら、普通にお願いしただけよ。魔法衛士隊の隊員さんにね」 言いながらキュルケは、艶かしく髪をかき上げる。 なるほど。姫さまと直に話をするのは無理でも、護衛の者を色仕掛けで手なずければ、言づてを頼むくらいは出来るわけか。 「王位継承問題で動いてる連中を刺激したくないから、秘密裏に話し合うことになったそうだけど......。あたしたちも同席してかまわないらしいわ。どうやら、二人っきりというのは嫌なようね」 キュルケの説明を聞きながら、私はテーブルの上に視線を戻す。 落っことしてしまったスプーンは、もはやシチューの中に沈みこみ、影も形も見えはしない。 「そう。それはお手柄ね、キュルケ......」 適当な言葉を返しつつ、フォークでシチュー皿の底をかき回す。 コツンッと指先に伝わる硬い手ごたえ。 瞬間。 ザビュッ!! 音さえ立てて、皿がシチューを吹き上げた。......いや! 「だああああああああっ!?」 思わずのけぞる私たち。 別に皿がシチューを吹き上げたわけではなかった。 皿の中から、シチューと同じ色をした、数十本もの、ねらりと長い触手のようなものが飛び出してきたのだ。 「ルイズ! これも虚無魔法なのかよ!?」 「あたしの手柄を褒めてくれるのはいいけど、こういう祝いかたは、やめて欲しいわね!?」 「私がやったんじゃないわよっ!」 三人が叫ぶうちにも、皿から生えた細長い触手は、ワッシとテーブルにはりつき、底を支えに、皿の中にある本体らしきものを抜き出そうともがく。 その隣では、ハチミツを塗ったローストチキンが縦に裂け、中から何かの両手がせり出してくる。 「あんたのところのおすすめメニューはこんなんかっ!? 姫さまに言いつけるわよ!」 私が食ってかかったそのとたん、給仕のメイドは無責任にも床に崩れ落ち、ひとかたまりの塩と化す。 「ああ、もったいない。けっこう可愛いコだったのに......」 こら、サイト! そんなこと言っている場合ではないっ! ちょっと問題発言な気もするが、私も怒っている場合ではないっ! 触手の本体は、すでに姿を現していた。 それは、ふたかかえはあろうかという大きさの、ぷよんぷよんした球体。てっぺん辺りからは、数十本の細長い触手が生えている。 ローストチキンから生まれた方も、はや半ば以上を現していた。こちらは、人の形をした巨大ワカメをさらにデフォルメしたような形状。 「どうするの、ルイズ!?」 「とりあえず逃げてみましょ!」 「俺も賛成!」 敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶ......なんてセリフは、この際、適用外。こいつらは『敵』以前のシロモノじゃ。 私は、二つある扉のうち、手近な一つに飛びつく。が、開いたとたんに絶句。 「どうしたのよ、ル......」 「なんだよ、二人して......」 隣に駆け寄ったキュルケとサイトも、やはり同じく絶句する。 扉の向こうには、どこかで見たような部屋があり、テーブルひとつに料理が多数。奇妙なシロモノが二匹。奥の方には開いた扉。その前に茫然と佇む三つの後ろ姿。 ......そう。私たち自身である。 「サイト、後ろ!」 キュルケの声に、向こうの部屋のサイトがこちらを向く。 「はぁ〜〜い!」 明るい声で手を振るキュルケ。 「バカなことやってんじゃないわよっ!」 言うなり私は扉を閉める。 「......空間を歪められたわ! このぷっくりもっくりたちを倒さないといけないみたいね!」 「娘っ子の言うとおりだ。ま、おめーたちならすぐ終わるさ」 サイトの背中から声がする。ずっと持ち歩くよう、サイトに言っておいて良かった。 私とキュルケは呪文を唱え始める。サイトは魔剣デルフリンガーを抜き、ふにょふにょ動く触手をかいくぐり、『球体』の部分に斬りつける。 ぽみゅっ。 やたらと間の抜けた音がして、剣の刃は素通りした。 「......な......なんだぁっ!?」 「相棒! もっと心を震わせろ! でなけりゃ、こいつらは切れねーみたいだ!」 剣が剣士にアドバイス。 うむ、どうやら精神力をこめないと通じない敵のようだ。つまり......こいつらは魔族! しかし、ならば人間の精神力を用いた系統魔法は効果あるはず。 早速、キュルケの杖から躍り出た炎の蛇が、ワカメ人間にかぶりついた。 メラメラと燃えるワカメ人間だが......この一発では消滅しない!? キュルケの炎の蛇は、私も詳しくは知らないが、トリステイン魔法学院において、とある有名な火メイジから教わった技のはず。かなり強力な火炎魔法なのだが、それでも倒せないとは......。 「ルイズ!」 キュルケの催促の声。私のエクスプロージョンでとどめをさせって意味だろう。 でも。 チュドーン! 私が爆発させたのは、シチュー皿だった。 キュルケが非難の叫びを上げる。 「何やってんのよ!? 遊んでる場合じゃないでしょう!」 「違うわ! よく見なさい!」 私は気づいたのだ。シチュー皿からもう一匹、別のが姿を現しかけていたことに。 間一髪まにあわなかったようで、シッポと腕がいっぱい生えたトマトみたいのが、こちらに向かってモソモソと這い寄ってくる。 「そいつは任せたわ!」 言って私は、再び爆発魔法を放った。 今度の標的はローストチキン。そこからも、別の一匹が出ようとしていたのだ。そいつごとエクスプロージョンで消滅させたが、悪い奴らはタダでは死なないらしい。死に際に黒い塊を飛ばしてきた。 「うげっ!?」 身をかがめる私。ハラリとひるがえったマントに当たっただけで、私自身に被害はナシ。 サイトの方はと見てみれば、なんとか触手つきボールは倒したようで、ちょうど、焦げかけワカメ人間にとどめの一太刀を浴びせるところだった。やはり精神力さえこめれば、剣も通用するのだ。 「ちょっと、ルイズ! ボーッと見てないで、こっちを助けてよ!」 おっと危ない。 キュルケがしっぽトマトに苦戦していた。 それはクニョクニョしたおかしな動きでキュルケの炎をかいくぐりつつ、自分のしっぽを切り飛ばす。 ヴッ! しっぽは途中ではじけて散ると、無数の黒い塊となって私たちを襲った。 サイトは体をひねり、キュルケは床に転がって、私はテーブルを盾がわりに、何とかこれをやりすごす。 「このっ!」 斬り掛かるサイト。 しっぽトマトは巧みに避けるが、その動きを見計らって......。 「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ!」 「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ!」 キュルケと私が、魔法で挟撃。 さすがのトマトもかわしきれず、ついに消滅した。 「......やっと終わったわね」 「気が抜ける外見のわりには、妙に疲れる相手だったわ......」 私とキュルケは、ぐったりと椅子に腰かける。 「何が『すぐ終わる』だよ。けっこう大変だったじゃねえか」 「わりい。ちょっと読み誤っちまったぜ」 非難の言葉と共に剣を背中にしまいつつ、サイトも腰をおろした。 そのとたん。 「......あのぅ、何か不都合でもございましたか?」 いきなりかけられた声に思わず身構える三人。 いつのまにか。 そこには心配顔のメイドが立っていた。 ......どうやら、まともなところに戻れたらしい。 「よかった。無事だったんだね、君......」 「サイト」 相好を崩して言いかけた彼を、私が押し止める。 「......この人は何も知らないのよ。あえて言う必要はないわ。それに彼女にとっては、あれから全然時間は経ってないみたいだし」 部屋の様子は、異変が始まる前と全く変わってはいない。 テーブルの上のシチュー皿とハチミツローストチキンさえ。 ただひとつ。 私のマントにのみ、その痕跡を残していた。 ......あの黒い塊を当てられたところに大きな穴があいている。マントを織りなす繊維自体がボロボロに崩れ、風化したような感じだ。 そうやって私が分析している間に、キュルケが何やら、サイトに小声で話しかけている。 「あなた、さっき『もったいない』とか『可愛いコだったのに』とか言ってたけど......。ああいう子が好み?」 「......え? いや、別にそういうわけじゃなくて......」 ふと見ると。 サイトは少しニヤケ顔。その視線は、少し離れたところに立つメイドへ。特に、適度に豊かな胸へと向けられている。 それから。 彼は、私の方を振り返った。 ......比べるような目で。 「あ。......いや、ごめんルイズ。別にそういう意味じゃなくて......」 「どういう意味よ!」 私は、思いっきりサイトの足を踏んづけてやった。 ######################## 「ああ、愛しのアンリエッタ! ようやく君とたっぷり話ができる!」 自分は席にすらつかぬまま、ウェールズ王子は開口一番、両手を広げて言った。 私たちの襲撃があった、その日の夜のことである。 本宮から少し距離を置いた一軒のはなれ。はなれと言っても、普通の民家ほどの大きさはあるのだが、その一室に、私たち六人は集まっていた。 姫さまとウェールズ王子、王子の侍従パリー、そして姫さまの付き添いとして、私とサイトとキュルケ。 姫さまを警護している魔法衛士隊は、今はこの部屋の外である。 「やめてください、ウェールズさま。今は......そのような場合ではありません」 半ば顔を背けつつ、姫さまは、抱きつこうとするウェールズ王子を拒絶する。別に彼はイヤラシイ感じではなく、親族として抱擁しようとしただけっぽいのだが。 「......今日の昼、わたくしのおともだちが、おかしな魔法で襲われました。それは既に聞きおよびのことと思います。あなたとわたくしが、昔のように愛を語らっていられる状況では......」 説いて聞かせる姫さまだったが、ウェールズ王子の次の一言で、彼女は固まる。 「......風吹く夜に」 そして。 「......水の誓いを」 彼の言葉に応じるかのように、彼女の口から小さな声が漏れた。 恋人同士の、昔の合い言葉か何かなのだろうか。 ......考えてみれば。 かつて姫さまと王子がデートを重ねていたのは、ラグドリアンの湖畔。湖に住む精霊の前でなされた誓約は、たがえられることがないという。姫さまのことだから、永遠の愛を誓ったりしたんだろうなあ。 実際。 あれほど王子を嫌がっていた姫さまの表情が、今の言葉を交わしただけで、少し柔らかくなっていた。遠い日を思い出したようで、恋する乙女の瞳になっている。 「アンリエッタ。こうして王家がもめている今こそ、僕たち二人の力が必要なのだよ。僕と君が一緒になり、婿入りした僕が、トリステインの王に即位する。......これで万事解決するじゃないか!」 「ウェールズさま......」 彼は彼なりに、スジの通った話をしている。でも、それを聞くうちに、姫さまの瞳から輝きが失われていった。 「......やはり、あなたは変わってしまわれましたわ。昔のウェールズさまは、そのようなことを言うお人ではなかった......」 「何を言うんだい!? 僕は昔のままだ。水の精霊の前で、あの日、誓ったように......」 「やめてください。......わたくしにしか判らないのでしょう。でも、わたくしには判るのです。あなたは、もう昔のウェールズさまではないのだ、と......」 姫さまは、哀しげに顔を伏せた。 ふむ。 私にも、少し話が見えてきた気がする。 どうやら姫さま、理屈とは違う部分で、異質なものを感じ取っているらしい。だから幼馴染みの私にも詳しく語ってはくれないわけだ。きっと言葉では説明できない、恋人だからこそ気づく違和感......。 「ああ!」 大げさな身振りと共に、立ち上がるウェールズ王子。ウロウロと辺りを歩き回りながら。 「僕の方こそ、君がわからない! 昔の君は、こんなに理不尽に僕を拒絶することはなかったのに......」 カコンと拳を壁に叩き付ける。 イライラしたので八つ当たり......。そんな感じであるが、王族の立ち振る舞いとしては、褒められたものではない。 ......が、それよりなにより。 「姫さま。そして、ウェールズ殿下」 私は口を挟んだ。王族同士の会話に割り込むのは不遜......などとは言わせない。 「何かね?」 聞き返すウェールズ王子に対して、私は一言。 「お気をつけ下さい」 「......どういう意味だ?」 私だけではない。キュルケやサイトも気づいているだろう。 はなれの周囲にいたはずの魔法衛士隊の気配は消えて、かわりに、針のような殺気がいくつか。 「刺客です」 私はアッサリと言った。 ######################## 「刺客ぅ!?」 すっとんきょうな声を上げたのは、老侍従のパリーである。 「そ......そんな不敬な! ここには殿下や姫殿下もおられるというのに......」 「だからこそ......だよ、パリー。僕やアンリエッタを亡き者にすれば、二人を王に推す派閥は困るが、逆にそれこそ大歓迎という派閥もあるってことさ」 アルビオンの主従の会話を耳にしながら、私は気配をうかがう。 相手は複数。どうやらかなりの使い手ばかりのようである。魔法衛士隊でも腕の立つ連中が数人、護衛についていたはずなのに、みんな声すら立てられぬうちに倒されているのだ。 昨夜の『地下水』が相手の中にいるかどうか、まだわからないが......。あれだけ大きな手傷を負わせたのだ。まだ回復しておらず不参加だと願いたい。 「どうしましょう、ルイズ」 「慌てることはないですわ、姫さま」 ここは、いかにも『密談に最適』と言わんばかりの部屋である。 窓はなく、扉は一つ。天井近くに通風口があるが、人の出入りできる大きさではない。 しかしそこから魔法をぶち込まれる可能性はあるわけで、それを考えれば、ここに立てこもるのは愚策。かといって扉の向こうでは、まず間違いなく待ち伏せしていることだろう。 「サイト。テーブルで扉の内側からバリケード作って」 「ちょっと、ルイズ。そんなことしたら袋のネズミよ!?」 「いいから!」 キュルケの言葉を制しつつ、私は、この建物の間取りを頭に思い浮かべる。 「姫さま。この壁の向こうは庭ですよね?」 「ええ、そうですけど......」 扉のある反対側の壁をコンッと叩いて、私は確認を取る。うん、この厚さならば大丈夫。 「壁こわします」 アッサリ言って呪文を唱え始める。その間にも男たちは、今まで座っていた八人掛けのテーブルを何とか動かし、扉に押しつける。 内側への開き戸である。これで、少々のことでは開かないだろう。 簡易バリケードが出来るのと同時に、私は杖を振り下ろした。 ゴガァッ! 耳が痛いほどの爆音と共に、壁の一部が崩壊し、人が通るに十分な大穴が開く。 もうもうたる埃の外は夜の庭。主要な建物とは逆方向だが、今の破壊音は遠くの警備兵たちの耳にも届いたはずである。 「こちらへ!」 ほこりっぽいのは我慢して、先頭きって庭に飛び出す。 そのとたん、頭上に殺気! 「ちっ!」 慌てて私は身をかわす。 サンッと小さな音がして、足下の地面に何かが突き立った。 部屋から漏れる光に照らされて、ぬらりと青白く光る。手のひらを広げたくらいの長さの短剣だ。おかしな輝きを放つのは、おそらく塗られた毒のせい。 続いて飛び出たサイトがその短剣を引き抜き、大地を一転しながら上へと投げ返す。 屋根の上、空を背にして浮かぶ黒い影はこれをこともなくかわし、サイト目がけてその身を闇に躍らせる。 「甘いんだよ!」 叫びつつ、サイトが剣を一閃。 しかし刺客は魔法で浮いているのだ。その身はヒタリと宙に止まり、サイトの一撃は虚しく空を切る。 ボンッ! すかさず第二撃として、私の爆発魔法。 これをもかわした刺客の体に、炎の蛇がからみついた。私の背後からコソッと放たれた、キュルケの魔法である。 黒コゲになって落ちて来た刺客に、サイトがとどめを刺した。 これで脱出口は確保。私とサイトとキュルケに続いて、姫さまとウェールズ王子とパリー侍従も出てくる。 その時。 ドウン! 部屋の扉が爆発し、転がり込んでくる人影二つ。 バリケードのテーブル上を一転しつつ、それぞれ二条の銀光を放つ。 狙いは姫さまか、あるいは、ウェールズ王子か。......いや、私だ!? 「あぶねえっ!」 すかさずサイトが私の前に出て、魔剣を一振り。飛んでくるナイフを全て弾き飛ばした。 そして、入ってきた暗殺者たちはというと。 「なにぃぃぃっ!?」 二人まとめて、水の壁に吹き飛ばされていた。 やったのは......。 「私だって......水のトライアングルメイジです」 震えながらも、しっかり杖を握った姫さま。 傍らでは、ウェールズ王子が満足そうに微笑んでいる。 「それでこそ、僕のアンリエッタだ!」 呪文を唱える姫さまに合わせて、ウェールズ王子も詠唱。選ばれし王家の血が、トライアングル同士の息をピタリと一つにする。 ヘクサゴン・スペルだ。『水』、『水』、『水』、そして『風』、『風』、『風』......。水の竜巻が、二人の周りをうねり始めた。 夜の湿気が、姫さまの味方となっているらしい。 あいにく水辺の近くではないので、最大限の威力を発揮するまでにはいかないが、それでも巨大な六芒星が竜巻に描き出されている。あの程度の暗殺者二人、軽く片づけられるであろう。 だから、そちらは姫さまたちに任せて......。 「......そこね!?」 私は、あさっての方向に小さなエクスプロージョンを炸裂させた。 会合場所の建物から少し離れた、何もないところ。 夜の闇と同じ色をした暗殺者が、スーッと姿を現す。 「さすがだな......。我の存在に気づくとは......」 「ほとんどカンだったけどね。あんた元々気配を消すのが上手なうえに、お仲間まで連れて来られちゃあ、完全に紛れてたんだけど......」 私の本能が教えてくれた......としか言いようがない。 「......だいたい、これだけ騒いでも本宮から兵士も来ない。素直に考えれば、そっちも刺客にやられた......ってことだわ。といっても、さすがに王宮の全員を殺すなんて、いくら稀代の暗殺者でも無理でしょうし......」 おそらく今頃、ここの警備兵たちは、みんなグッスリおやすみ中であろう。 「おい、ルイズ。あいつは......」 「そうよ、サイト。つい最近、そういう敵が出てきたでしょ。『スリープ・クラウド』を得意技とするメイジ。......『地下水』だわ!」 言って私は、漆黒の暗殺者を睨みつけた。 (第四章へつづく) |
姫さまとウェールズ王子の会談中、刺客に襲われた私たち。 しかし、あいつらは半分陽動のようなものだったらしい。 本命は、今、目の前にいる暗殺者。............『地下水』! 「でもさ、ルイズ。こいつ......なんだか昨日とは、少し雰囲気が違うぞ!?」 「細かいことは気にしないの! 気になるなら、サッサと倒して、あいつの素顔を見てやりなさい!」 サイトに言葉を投げつけながら、私は冷静に状況を考える。 姫さまとウェールズ王子は、はなれの部屋から出たところ、壁の近くで、入ってきた暗殺者と戦闘中。ウェールズ王子の侍従のパリーも、当然、そちらに加勢しているはずだ。 ......となれば『地下水』と戦うのは、私とサイトとキュルケの三人。 「あら〜〜。あたしが来ただけで逃げ帰った、ゆうべの負け犬じゃないの。こんなの恐れることはないわ」 敵の気勢をそぐためだろう、あえて見下したような言葉をはくキュルケ。 相手は暗殺者、つまり闇に生きる者。こうした軽口には応じないかと思いきや、意外にも。 「......昨日とは違う。我を侮るな。死にたくなければ、どけ」 自信満々な『地下水』。 暗くてよくわからないが、昨夜の傷も完治しているようだ。バッサリ斬られたはずだったのに。......腕のいい水メイジと知り合いなんだろうなあ、きっと。 「あんたこそ、死にたくなければ......サッサと帰りなさい!」 短く詠唱して、私は杖を振り下ろす。 小さなエクスプロージョンが『地下水』を襲うが、奴は身軽にかわして、私に向かって間を詰める。 弧を描くような、一見ゆったりとした動作だが、速い。私は慌てて身を退き......。 キン! 鋭い刃物同士がぶつかる澄んだ音。 サイトが、私の前にすべりこんでいた。 「お前......何者だ? 昨日の奴とは、明らかに違うじゃねえか......」 ......おや? 剣を交わしたサイトは、何か見抜いたらしい。 「我が名は『地下水』......」 「うそこけ! 昨日戦った『地下水』は、オッパイのきれいな女だった! でも......お前は男じゃねえか!」 なんと! では......こいつは昨夜の暗殺者とは別人なのか!? 「......性別など関係ない。我は暗殺者だからな。それより......」 おいおいっ! ツッコミどころ満載の言葉を、サラリと口にする『地下水』。 「......どけ。我の標的は、その娘のみ」 「そうはいかねえ。俺はルイズの使い魔だ!」 剣を構えるサイトは、『地下水』から私をかばう位置。 私とキュルケは杖を握って、魔法を放つタイミングを見計らっていた。不意をつかねば、また軽くよけられてしまうからだ。 じりっと『地下水』が動く。 暗殺者も、私たち三人の力量は見抜いている。うかつにしかけてはこない。それどころか......。 「何ぃっ!?」 馬鹿正直に叫んだのはサイト。目にした光景に、驚いたようだ。 なんと『地下水』は、持っていたナイフを懐にしまったのである! ......なんだ? そんなに大切なナイフなのか!? かわりに他の武器を出すわけでもない。杖や剣を手にした私たちを相手に、素手で戦おうというのか。普通ならば自殺行為であるが......。 「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ」 青白い雲が現れ、『地下水』を中心に広がっていく。 私とサイトは走り出したが、逃げ遅れたキュルケは『雲』に取り込まれ、その場に倒れた。 「キュルケ!?」 「大丈夫、眠っただけだわ!」 呪文のことなどわからぬサイトに、私は解説する。 ......しかし。 サイトと違って私はメイジなので、正直、驚いていた。あまりにも予想外、これじゃキュルケが逃げ遅れたのも無理はない。 『スリープ・クラウド』は系統魔法であり、行使するには媒介となる杖が必要なはずなのに、『地下水』は杖もなしに使ってみせたのだ。 なんちゅう非常識なバケモン......。 「相棒! もっと頭を使え!」 叫んだのは、サイトの手の中のデルフ。 私も一瞬、意味がわからなかったが、すぐに理解する。私とサイトは......別々の方角に走り出していた! なんという失態! これを見逃す『地下水』ではない。 青白い霧の中から、飛び出してきた! 「ルイズ!」 サイトの声に応じている余裕はない。とりあえず爆発魔法を『地下水』へお見舞いする。 直撃はしなかったが、牽制程度には......。 ......ならなかった! こいつ、小さく体を捻るだけで、私の魔法をかわしやがった。そのまま減速せずに、一気に私のもとへ。 黒い手が、私の喉に伸びる。呪文を唱えられないよう、声帯を潰す気だ! パヂュッ! 濡れた音。苦痛、そして空気が漏れる音。 ......でも! すでに私は、呪文は唱え終わっている! ゴウゥッ! これだけ接近していれば、はずしようがない。 私のエクスプロージョンをモロに食らって、『地下水』が吹っ飛ぶ。 そこに! 「男なら......容赦しねえぞ!」 駆け寄ったサイトが魔剣を一閃。 立ち上がりかけていた『地下水』は、うまく体を捻ったが......。 足がもつれた! ......先ほどのエクスプロージョンで、右脚を痛めていたらしい。 ガツッ! デルフリンガーが『地下水』の右肩を捕える! 左脚だけで飛び退く『地下水』にサイトは返す刀で斬りつけるが、これは暗殺者の上着を浅く薙いだのみ。 しかしサイトの一撃は、『地下水』の右腕をその肩口からズッパリと斬り落としていた。 もはや勝負はついたも同然。戦っても負けは確実と判断したか、『地下水』は退却にかかった。大きく後ろ向きに跳び......。 この瞬間を私は待っていた。 「ニガサナイワ!」 奴が大地を蹴った瞬間、その軌道を読んで、ダメ押しのエクスプロージョンが炸裂! これはよけられるわけがない......のだが! よりにもよって『地下水』は、エクスプロージョンの光を、残った左手ではたく! ......そんな無茶な!? 左腕を完全に消滅させながらも、暗殺者は夜の闇の中へ溶け込み、完全に姿を消した。 「......逃げられちゃったな」 ポツリとつぶやいたのはサイト。 近づく彼に向かって、私は一応、コクンとうなずく。 「ソウネ......」 「ん? なんだか声がおかしいぞ、ルイズ。大丈夫か?」 「大丈夫ジャナイ......」 さっきやられた喉笛が、今になってひどく痛み始めていた......。 ######################## そして翌日。 一見いつもと変わらぬ警備態勢、いつもと変わらぬ人の動き。しかし皆の心の中では、今まで以上に不安や心配が渦巻いていることであろう。 あれだけの騒ぎが、誰にも知られぬはずがない。 姫さまとウェールズ王子の極秘会談、そこに現れた暗殺者たち、歯が立たなかった魔法衛士隊......。そうした噂が、水面下で広がっていた。 「でもよ。両腕を失って、脚もケガしたんだろ、あいつ。さすがにもう、あの暗殺者の心配は、しなくていいよな......?」 「そうね。このまま夜も何もなければいいけど......」 私とサイトは、部屋のベッドに並んで腰かけている。 すでに外は暗くなっていた。 王宮に来て三日目。一昨日や昨日とは異なり、今日は平穏無事に、一日が終わろうとしていた。 「昨日は、とんでもなかったからなあ」 「......うん」 サイトの言葉に、私もうなずく。 あの後。 治療所の水メイジを叩き起こして、私は急いで喉を治してもらった。第二波の襲撃があるかもしれない......と恐れたのだ。 でも、さすがにそれは考え過ぎ。昨夜は、あれで終わりだった。 さいわい、姫さまやウェールズ王子にケガはなく、むしろ暗殺者二人を返り討ちにしたくらい。生かしたまま捕えて黒幕を白状させるのがベストなのだが、そんな手加減が出来るほど、姫さまたちは器用ではなかった。 「なあ、ルイズ。今日一日、色々と聞いてまわったみたいだけど......収穫はあったのか?」 突然、話題を変えるサイト。本日のおさらいという意味ではよいが、言い方が、いかにもサイトである。 私は、呆れたような声で。 「『みたい』って......。あんたも一緒だったでしょ?」 「だってさ。ほら、俺には、よくわかんねーし」 「はあ......。ま、いいわ。それじゃ教えて上げる」 私とサイトは、今日も聞き込み。特に目新しいネタが手に入ったわけではないが、なーんとなく見えてきたことがある。 どうやら。 トリステインのお家騒動、ちまたで噂になっているほど激しいものではないらしい。 「......あれ? でもよぅ、姫さんが狙われてるとか、家臣同士が殺し合ってるとか......」 「そうね。そういう話を聞いていたから、私も、もっとギスギスしたもんだと思ってたんだけど......」 実際に、王宮内の人間と話をしてみると。 たしかに、ここは今、四つの派閥に別れている。 このままでいいよ派。マリアンヌに即位してもらうよ派。アンリエッタに即位してもらうよ派。アンリエッタに婿を迎え入れてそれを王様にするよ派......。 しかし、それは「何が何でも!」という狂信的なものではない。民衆が井戸端会議で、なんとなく政治信条を語る。......そんな感じなのである。 王宮の役人が、政治に関わることなど皆無の大衆と同じレベル。それはそれで困った話であるし、だからこそ『鳥の骨』マザリーニのような余所者に国を乗っ取られてしまうわけだが、これだけ他人事な連中が、血みどろの権力争いなどするわけがない。 「......だいたい、犠牲者が出始めたのは、ウェールズ王子たちが来てからなのよ。街の噂では『彼らが来たことがキッカケになった』ってことになってるけど......。もっと素直に考えたほうが良さそうだわ」 「っつうことは、あの王子さんが騒動の黒幕?」 昨日の襲撃だって、被害者づらするためにウェールズ王子は、敢えて自分たちを襲わせたのかもしれない。 たしか彼は途中で壁をドスンと叩いていたが、あれが何らかの合図だったのかもしれない。 それに刺客二名を生け捕りではなく殺してしまったのも、力量不足で仕方なく、ではなくて、口封じだったのかもしれない。 ......などと色々想像は出来るのだが、サイトに複雑な話をしても混乱させるだけ。だから私は、単純に言う。 「たぶん。根拠は私のカン......というより、姫さまのカンね」 姫さまは、腹芸の出来る人間ではない。王宮内で政争に巻き込まれるうちに、いずれは裏表のある人物になるかもしれないが、少なくとも今の姫さまは、素直な少女である。 だから、昨日の会合での態度が全てなのだと思う。 すなわち。 「言葉じゃ説明できないけど、なんか怪しい。......ってことか。ま、女性の直感、なんて言葉もあるくらいだしなあ」 「ただの女のカンじゃないわ。姫さまは、ウェールズ王子の恋人なのよ?」 姫さまの様子を見ていればわかる。 恋心が醒めて、見方が変わった......なんて話ではない。姫さまは、今でもウェールズ王子を愛しておられる。 昔の合い言葉を交わした時もそう。ヘクサゴン・スペルを用いた時もそう。 特に後者は、あからさまだった。 姫さまは、明らかに高揚していた。慣れない戦闘のせいもあるだろうが、それだけじゃない。あれは、恋する乙女の表情。ヘクサゴン・スペルという共同作業で、愛する人との一体感を感じたのだ......。 「......あれ? 噂をすれば何とやら、だ」 その口調が、あまりにのんびりしていたため、うっかり聞き逃すところだった。 サイトの視線は、窓の外に向けられている。 私もそちらに顔を向けると......。 「姫さま!?」 レビテーションで夜空を浮遊する、姫さまとウェールズ王子! 「なんだよ......。なんだかんだ言って、仲いいじゃん、あの二人。夜の空中デートか......。あれってさ、お姫さまだっこだろ? 姫さまが、お姫さまだっこ。うん、これこそ本物のお姫さまだっこだな......」 「バカ言ってんじゃないわ! ウェールズ王子の腕の中で、姫さま、意識を失ってるじゃないの! あれはデートじゃなくて......誘拐よ!」 ######################## 警護の魔法衛士隊は何をやっていたのか!? 部屋を飛び出した私とサイトが目にしたのは、廊下で眠りこける警備兵たち。 「おい、起きろ! 姫さまが誘拐されたぞ!」 サイトが揺さぶったり叩いたりしても、彼らが起きる様子はない。どうやら『スリープ・クラウド』なんかよりも強力な、私の知らぬ魔法か秘薬で眠らされたらしい。 私は私で、隣の部屋の扉をドンドンと叩く。弱っちい魔法衛士隊なぞより、キュルケの方がよほど戦力になるのだが......。 ダメだ。どうやらキュルケは留守のようだ。ったく、どこ行ってるんだか。 「サイト! 時間がもったいないわ! 私たちだけで追うわよ!」 「娘っ子の言うとおりだぜ、相棒」 「お、おう! そうだな!」 飛んでいった方角から見て、姫さまたちは厩舎へ向かったらしい。馬に乗られては、人間の足では間に合わなくなる! 私たちも厩舎へ。 しかし。 「......あそこだ!」 サイトが指さす闇の中。 ぐったりとした姫さまを前に乗せて、馬を駆るウェールズ王子。もう正門から飛び出していくところだった。 「私たちも!」 「ああ! でも俺、馬に乗るのは、あんまり......」 「だったら私の後ろに乗りなさい!」 貴族の私ならば、それなりに馬も操れる。急ぐ状況では、たぶん、これがベスト。 一頭の馬を拝借し、私たちはウェールズ王子を追った。 ......この時、私は姫さまのことで頭がいっぱい。だから思い至らなかったのだ。 こうして多くの者が眠らされている中、なぜ私たちだけは除外されていたのか、という理由に......。 ######################## 夜のトリスタニアの街を抜けて、街道を少し行った辺りで、ようやく私たちは追いついた。 いや。 追いついたというよりは......むこうが待っていた、というべきか。 意識のない姫さまを抱くウェールズ王子。傍らには、侍従のパリーもいる。 そして彼らを従えるかのように、前に立っていたのは......。 「あんたが一連の騒動の黒幕だったのね......」 「黒幕などという無粋な呼び方は、やめていただきたいものですな」 灰色帽子の鳥の骨、マザリーニ枢機卿! ......ここは林がとぎれ、街の一区画ほどの草原が広がった場所である。 森の中だというのに、鳥の声ひとつ、虫の声すらも聞こえない。 夜の静寂というだけではないだろう。まるで今から始まる死闘を予感し、立ち去ったかのようだ。 「戦うには都合のいい場所......。そこまで私たちをおびき寄せたのね」 「......え? どういうことだ?」 「サイト、まだわからないの!? 姫さまは、私たちを誘い出すためのエサにされたのよ」 ようやく悟った私。 敵の狙いは姫さまではなく、私たちだったのだ! ......考えてみれば。 私たちが王宮に来て以来、おかしな『虫』やら魔物やら暗殺者やらに襲撃されたのは、いつも私。理由はともあれ、姫さま暗殺など二の次といった感じになっていた。 「いやいや。あなたたちを葬った後、この王女も殺しますよ。......ここならば、彼女の死も誰にも知られないでしょうし」 平然と言ってのけるマザリーニ。 その内容は私を激昂させるべきものであったが、なぜか私は、逆に冷静になった。 頭が冴える。 まさか......こいつは......。 「なるほどね。ただ姫さまを殺したいってんじゃなくて......それを秘密裏に行う必要があるわけね......」 「おや? 何か気づきましたか? さすがは『ゼロ』のルイズですな」 「おい、ルイズ! 何か判ったんだったら、俺にも教えてくれよ!?」 口元を歪めるマザリーニと、大声で叫ぶサイト。 二人を無視して、私は呪文を詠唱する! 「ウル・スリサーズ・アンスール・ケン......」 ウェールズ王子とパリー侍従めがけて、私は杖を振るった。 姫さまも巻き込む形だが、これは『解除(ディスペル)』だ。大丈夫、彼女に害は及ばない。むしろ......。 「......ここは? わたくし、たしか......」 私の予想どおり。 ウェールズとパリーは倒れ、投げ出された姫さまは目を覚ました。魔力で眠らされていたのだろうが、それも一緒に『解除』されたらしい。 「......! ウェールズさま!?」 意識を取り戻した姫さまは、ウェールズに気づいて、慌てて助け起こそうとする。 でも。 「そんな......」 もはや手遅れと悟る姫さま。 ......ウェールズは、完全に事切れていた。 「サイト。これが答えよ」 「だから何なんだよ!? 俺にはサッパリわからんぞ!?」 「よく見なさい。アルビオンの二人は、とっくの昔に死んでいたのよ......」 「いっ!?」 少し前、私やサイトは、死体を操る敵と戦ったことがある。その際は『アンドバリの指輪』という魔道具が使われたのだが......。 「この程度の術、驚くことはないでしょう。かつての王都トリステインでも、生ける屍の研究を行い、それで街を騒がせた貴族がいたと聞いております。だから私も、ちゃんと人間のやり方に従ったまでのこと」 淡々と語るマザリーニに対して、姫さまが涙で濡れた顔を向ける。 「あなた......何者です?」 厳しい表情で睨みつけながら、姫さまは立ち上がった。 ......最愛の人、ウェールズ王子。その死を冒涜し、操り人形にしたマザリーニを許せないのだ。 「そうよ。そこまで話したんなら、正体も明かしなさい!」 私もマザリーニに言葉を叩きつけた。 普通は『ちゃんと人間のやり方に従った』なんて言わない。そんなことを言うのは......人間以外の者のみ! 「......そうだな。もはや、この名と姿を借りる必要もなかろう」 マザリーニの姿が異質なものに変わってゆく。 トレードマークの灰色帽子は頭に張りつき、中央がトサカのように盛り上がる。背中の肉は盛り上がり、薄く大きく広がって、左右一対の大きな翼が形成された。全身を覆う服も、ゴツゴツとした硬質なものに変わり、まるで鳥のあばら骨がむき出しになったかのように......。 同時に、彼の声質や口調も変化する。 「俺の名前はカンヅェル。......見てのとおり、人間どもの世界で働く、魔族の一人だ」 ######################## 「魔族......ですって!?」 姫さまは茫然としている。 そりゃあ、そうだろう。 魔族なんて伝説やおとぎ話の中に出てくる、空想の産物......。そう思っている人間が多いのだ。 でも、私やサイトは違う。以前に魔族と戦ったこともある。だから、冷静に問いただした。 「ロマリアで教皇になろうとして失敗して......今度はトリステインを手に入れようってわけ!?」 「いや、違うな。俺が『マザリーニ』になったのは、ロマリアの一件の後だ」 カンヅェル=マザリーニが、肩をすくめてみせる。 「人間の名前や姿形が必要だったから、使わせてもらっただけだ。それなりに名のある人物の方が、王宮に入るには手頃だと思ってな。......本物のマザリーニは、野に下って、適当に生きてるはずだ」 かつて私たちの前に現れたヴィゼアという魔族も「クラヴィルという人間の名と姿を借りていた」と言っていた。魔族の間では、そういうのが流行っているのだろうか? ......それはともかく。 こいつの場合、本物の枢機卿を殺して成りかわったわけではないらしい。もっとも、本物が現れたら殺すつもりでしょうけど。ただ単に、わざわざ探し出すのが面倒だったんでしょうね。 「トリステインを手に入れるって話は、否定しないのね」 「ああ。それが、俺が受けた最初の命令だからな」 色々と辻褄が合わない部分もあったが、この男がウェールズ王子の死体を操っていたというのであれば、話はスッキリする。 今でもトリステインは、実質的にはカンヅェル=マザリーニのもの。だが、王になるであろう人物が彼の操り人形であるならば、彼の権力は、より盤石となる。 このままでも良し。ウェールズが王となっても良し。 そして姫さまが女王になっても構わないように、彼女もコッソリと殺して、操り人形にするところだった......。 私たちが介入したのは、そういうタイミングだったらしい。 「姫さまの次は、マリアンヌさまも死体人形にするつもりだったのかしら......」 「ちょっと待てよ、おかしいじゃんか。こいつが魔族だっていうなら......あれだけ大きな騒ぎを起こしたりせず、もっと上手くできたんじゃねーの? 凄い力を持ってんだろ? ......だいたい、すでにトリステインはコイツが動かしてんだから、わざわざ騒いで、それをフイにするような真似は......」 サイトにしては頭を使っている。ならば、ちゃんと教えてあげねばなるまい。 「魔族だからこそ、よ」 「そのとおり。我ら魔族が何を糧にして生きているのか、きさまは知っているようだな」 冷笑......いや、狂気にも似た笑みを浮かべながら、カンヅェル=マザリーニが私を見る。 「我らが力の源は瘴気。すなわち、生きとし生けるものの生み出す負の感情!」 つまり。 王都トリスタニアに住まう人々の不安を煽って、それを食事としていたのだ。 「恐怖、怒り、悲しみ、絶望。それこそが、我らにとっては至上の美味! ......見ろ!」 カンヅェル=マザリーニが、姫さまを指し示す。 「アルビオンの反乱で、すでに死んでいたウェールズ。その事実を知った今、どう思う? その死体を俺が利用していたと知って、どう思う? ......くふははははははっ! なんという美味! なんという快楽!」 こいつ! 姫さまの負の感情を......食っていやがる! 「姫さま、落ち着いてください! それでは思うつぼ......」 私の制止が届くはずもなかった。 姫さまは杖を振り下ろし、カンヅェル=マザリーニの足下から、水の柱が吹き上がる! が......。 「さすがは王家のトライアングルメイジ......と言いたいところだが」 水の柱に拘束されながらも、しかしカンヅェル=マザリーニは、わずかに表情を歪めたのみ。 「......我らには、はるか及ばん」 カンヅェル=マザリーニが言うそのとたん、水の柱は四散。細い鞭となって、逆に姫さまを襲った! 「きゃっ!?」 地面に叩きつけられる姫さま。 反対側にいる私とサイトは、駆け寄ることも出来ない。遠目で見る限り、命に別状はないようだが......。 「なんだ、もう意識を失ってしまったのか。つまらん、後で殺す前に、もう一度食らうとするか......」 カンヅェル=マザリーニは、ゆっくりと私たちに向き直る。 「では......」 先ほどの攻防。 私はヘタに手を出すのではなく、じっくり観察させてもらった。カンヅェル=マザリーニの実力を見極めて、どう戦うかを考えたかったのだが......。 強い。こいつは強い。 はてさて......どうしたら倒せるか? 「......次は、おまえたちだな」 カンヅェル=マザリーニが翼を動かす。 瘴気を伴う風が吹き付けるが、私とサイトは踏みとどまった。 その隙に、カンヅェル=マザリーニの攻撃が来る。四条の、糸のように細い魔力光! 「させるかっ!」 私の前に立ちはだかるサイト。ガンダールヴとして主人の盾になりながら、デルフリンガーで魔力光を叩き落とすつもりだ。 「サイト!」 私は叫ぶ。サイトは動かない。そして魔力光は......。 サイトの間合いに入る直前で、やおらその進路を大きく変える! 「なっ!?」 よける暇もあらばこそ。 光はサイトを迂回し、私の足を貫いた。 ######################## 「!」 声にならない悲鳴を上げて、私は草の上に転がる。 やられたのは両脚の腿と足首。たいして大きな傷ではないし、出血も全くないのだが、かすかに動くだけですら、突き抜けるような痛みが走る。 「ルイズ!」 まともに顔色を変えて叫ぶサイト。 「......大丈夫! ダメージ自体は少ないわ」 無理に笑顔を作ってみせる。 「当たり前だ」 言ったのはカンヅェル=マザリーニだった。 「そういうふうにしたのだからな。いきなりとどめを刺したりはせん。苦痛でショック死するか、狂い死ぬか。いずれにしろ、楽には死ねんと思うがいい」 冗談ではない! よりにもよって、なぶり殺し!? 「どうした? 不満そうだな」 「当たり前だ!」 カンヅェル=マザリーニと同じセリフだが、今度はサイト。怒りの声で、私の気持ちを代弁していた。 なぶり殺しにしてやる、などと宣言されて喜ぶ人など、あまり世の中にはいないだろう。 そんな私たちを見て、カンヅェル=マザリーニは笑う。 「くふふ。いいぞ......。いいぞ! やはり苦痛こそが、もっとも有効な手段だな!」 こいつはトリステインを手に入れようとしている。だから今まで、わざわざ暗殺者を雇ったり、空間を歪めたりして、他の人間を巻き込まないようにしていた。 でも、ここでなら本気を出せる。私をじっくりといたぶれる。 つまり......。 カンヅェル=マザリーニは食うつもりなのだ。 私の絶望と恐怖を。そしてサイトの怒りと悲しみを。 しかし......その自信と油断が命取り! 私は既に呪文を唱え終わっている! 「竜破爆(ドラグ・エクスプロージョン)!」 「なっ!? しまっ......」 ガグォォン! 赤い光が魔族を包み、続いてカンヅェル=マザリーニの体が大爆発した! ######################## 竜破爆(ドラグ・エクスプロージョン)は、この世界の闇を統べる赤眼の魔王(ルビーアイ)、シャブラニグドゥの力を借りたものである。 かなりの力を持つ魔族でも、これを食らえばひとたまりもない。 それがまともに決まった。しかも、いい気になって油断しているところに。 「......やった、わ」 脚の痛みをこらえつつ、私はサイトにウインク。 「ああ。やった」 彼は、草の上にへたり込んだままの私に手を差し伸べ......。 「全く......やってくれたものだな」 かすれた声は、サイトの後ろから聞こえた。まだ消えやらぬ爆煙の中から。 そのまま硬直する私たち。 「今のは、さすがにこたえたぞ......」 やがて薄れゆく煙の中から、ゆるりと歩み出す人影ひとつ。 トサカも翼も失って、全体が水死人のような色になっている。耳や鼻や口さえもない顔にあるのは、ただ、普通の人間よりも二回りは大きな、見開かれた二つの目。 カンヅェル=マザリーニ! おそらくは、これこそが本当の姿。今までの鳥のバケモノのような格好は、私たちの恐怖心を煽るためにやっていただけ。『鳥の骨』というニックネームに引っ掛けて作ったのだろう。 「困るではないか。王宮に戻る際には、また『マザリーニ』の姿にならねばならんというのに......」 そうだ。 こいつは、私たちを殺し、姫さまも殺し、その後、何食わぬ顔で『マザリーニ』を続けるつもりなのだ。 そうはさせない! ......しかし、あの術をまともに受けて、まだ動き回れる相手だ。どうやって倒せというのか!? 私には『重破爆(ギガ・エクスプロージョン)』という秘奥義もあるが、今の私の状態では制御できないだろう。しかもあの魔法、制御に失敗したら世界が滅亡するらしい。 『金色の魔王よみがえる時、ハルケギニアは空へと浮かび、世界は全て滅びるだろう』 という言い伝えを聞かされているのだ。真偽のほどは不明だが、試してみようとは思わない。 そもそも大量に生体エネルギーを消耗する技である。今使えば成功失敗に関わらず、たぶん私の命はない。 ......などと考えていると。 「......どうやらきさま、我ら魔族を甘く見すぎていたようだな」 カンヅェル=マザリーニは言う。どこから声を出しているのかは判然としないが。 「いかにシャブラニグドゥの力を借りた術とはいえ、しょせんは人間という器を通しての術。まがりなりにも中級魔族の俺には効かん......とは言わんが、一撃必殺には程遠い」 言いながら、ゆっくりと近づいてくる。 「寄るな!」 魔剣デルフを構えたままで、カンヅェル=マザリーニの前に立ちはだかるサイト。剣を大きく振りかぶり......。 「おまえは小娘の次だ。その方が、いい味が出そうだからな。......どけぇいっ!」 カンヅェル=マザリーニの伸ばした左手が宙を薙ぐ。生み出された魔力の衝撃波を、サイトは光の剣で受け止める。 しかし。 「相棒! これは無理だ!」 デルフが叫んだとおり。 押し負けて、そのまま弾き飛ばされる。 私とカンヅェル=マザリーニの間を阻むものは、もう何もない! 「くふぅ......」 至福の笑みを浮かべつつ、カンヅェル=マザリーニの手が上がる。 ほとばしる青白い魔力光! 「!」 脇腹に生まれた灼熱感に、私は声もなくのけぞった。 「やめろぉっ!」 サイトが走る。左手のルーンを光らせて。 その間にも、なおも数条の蒼光が、私の体を次々と貫く。 すべて急所を外している、宣言どおり、私をなぶり殺しにするつもりだ。 「やめろっ! やめろっ! やめろっ! やめろっ! やめろぉぉぉっ!」 狂ったように叫びながら、絶望の表情で斬りつけるサイト。 だが。 輝く刃がカンヅェル=マザリーニに当たる直前、黒い何か――おそらく魔力の塊――がその部分に集結して盾となり、サイトの攻撃をことごとく弾いている。 「くふははははははっ! 感じる! 感じるぞ! きさまの怒りを! 絶望を!」 哄笑を上げるカンヅェル=マザリーニ。 そして。 「そうだ、相棒! 心を震わせろ! ガンダールヴの強さは、心の震えで決まる!」 ......煽ってどうする。 サイトの感情が高ぶれば高ぶるほど、カンヅェル=マザリーニの腹が満たされるだけ。どう頑張っても斬れないのであれば、ガンダールヴのスピードも意味がない。今度ばかりは、デルフのアドバイスも役立たず......。 いや! 違う! そうだ、デルフだ! これが......私たちの切り札! 私は何とか痛みに耐えて、上体を起こす。 「ほぉう」 サイトの剣戟をいなしながら、感嘆の声を上げるカンヅェル=マザリーニ。 「たいした精神力だな。しかしすぐに、また悲鳴を上げさせてやる」 蒼い光条が、再び私を襲う。 意識がとびそうになるが、なんとか踏みとどまって、呪文を唱え始める。 そう何発も撃てる魔法ではないし、さっき放ったばかりだが......。やはり、これしかない! 「......黄昏よりも昏きもの......」 カンヅェル=マザリーニの顔に浮かぶ侮蔑の色。 「またシャブラニグドゥの呪法か」 サイトの手の中で、輝く剣が叫ぶ。 「相棒! てかずを増やせ! 娘っ子を攻撃する暇を与えるな! 虚無の担い手が呪文詠唱の時間を作ることこそ、ガンダールヴの仕事だ!」 「おう!」 サイトのスピードが上がり、斬撃の数もアップする。 「......血の流れより紅きもの......」 「最期のあがきだな、見苦しい。......失望したぞ」 カンヅェル=マザリーニの手が閃き、サイトが弾き飛ばされる。 「......時の流れに埋もれし......」 「あと一発や二発、耐えられんことはないが......」 すぐさま起き上がり、サイトは走る。カンヅェル=マザリーニに向かって。 「......偉大な汝の名において......」 「ここで死ぬきさまらとは違って、俺には、この後もあるからな。もう一度『マザリーニ』に化けるだけの力は、残しておかねばならん」 魔剣デルフを振り上げるサイト。 「......我ここに闇に誓わん......」 「もう少し食いたかったが......。仕方ない。そろそろ消えてもらうとするか」 闇の壁に、デルフの光る刃は虚しく弾き返される。 「......我等が前に立ち塞がりし......」 カンヅェル=マザリーニが手をかざし、まばゆいばかりの蒼い光が灯る。今までとは比較にならない、強力な魔力だ! 再び剣を振り上げるサイト。 「......すべての愚かなるものに......」 ......呪文が間に合わない!? その瞬間。 空から現れた炎の蛇が、魔族に食らいつく! 「ぐごわぁぁぁぁぁぁっ!?」 悲鳴を上げるカンヅェル=マザリーニ。 「......我と汝が力もて......」 呪文詠唱を続けながらチラリと見上げれば、夜空に浮かぶのは一匹のマンティコア。王宮に忍び込んだ夜に見た隊長さん――たしか名前はド・ゼッサール――の後ろにいるのは、言わずと知れた『微熱』のキュルケ! この瞬間。 「......等しく滅びを与えんことを!」 私の呪文が完成した! サイトが振りかぶったデルフリンガーへ向けて、私は杖を振る。 「竜破爆(ドラグ・エクスプロージョン)!」 「無駄だと言った!」 叫ぶカンヅェル=マザリーニ。 その目の前で。 ガンダールヴの魔剣が、ひときわ輝きを放つ。 血の色に等しい赤い光を。 「なにぃっ!?」 思わず叫ぶその瞬間......。 今度こそ、デルフリンガーは魔族の体を上下に両断していた。 返す刀で、サイトはさらに斬りつける。 再び放たれたキュルケの炎の蛇、そして残りの全精神力を叩き込んだ私のエクスプロージョンが、だめ押しでとどめを刺す。 カンヅェル=マザリーニの体は灰色の塵となり、地に落ちるよりも早く、風の中へと溶け消える。 「......終わった......なんとか......」 やはり気が抜けたのだろうか。 その瞬間、私は意識を失っていた。 ######################## 「......ところでルイズ、結局お前、なんであいつに命を狙われてたんだ?」 サイトは、ベッドの上でヒマを持て余している私に尋ねた。 カンヅェル=マザリーニとの死闘を演じた、その翌日のことである。 あの戦いの後、私は王宮の治療所に担ぎ込まれたらしい。そこいらの記憶は全然ないのだが。 運んでくれたのは、キュルケと一緒だったマンティコアの隊長さん。 ちなみに、あの二人がナイスタイミングで現れたのは、全くの偶然だったそうな。どうやら隊長さんが昨夜のキュルケの御相手で、二人で夜空をデートしていたら、たまたま現場に出くわしたとか。 それはそれとして。 もはや傷は完治し、体調もほぼ完璧なのだが、一応大事を取って、ということで、いまだ私はベッドの上である。 「ああ......それね......」 私は多少口ごもる。 「わたくしには聞かせられない話ですか? ならば席を外しましょうか......」 口を挟んだのは姫さまである。ちょうどお見舞いに来てくれたところだった。 その隣にはキュルケも座って、生温かい目で私たちを眺めている。 「いいえ、そうではありません」 私が慌てて否定すると、姫さまはホッとしたような顔を見せた。 「よかった。......わたくしとあなたはおともちだち。そう思っていたけれど実は一方的だったのかと、少し心配しましたわ」 何でも腹を割って話すのが女の友情。......そう思っているんだろうなあ、きっと。 とりあえず。 「私にもよくわからないのです。ただ......誰かにそういう命令を受けていただけ、みたいで......」 明言こそされなかったが、そういうニュアンスだった。少なくともトリステイン乗っ取りの件に関して『最初の命令』と言っていたから、同じところから別の命令もあったのは確実。どうやら、それが私を標的とした暗殺指令だったっぽい。 「でもよ、あいつ魔族だったんだろ? 魔族に命令を下せる奴なんて......」 「......きっと魔族のお偉いさんね」 「それって......まさか......伝説の魔王......赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥ......」 「いいえ、姫さま。それは違います」 これは断言できる。理由は簡単。カンヅェル=マザリーニが、シャブラニグドゥを敬称略で呼んでいたからである。 「そうだよな。赤眼の何とかは、俺たちが倒したもんな」 「......え?」 サイトの言葉に、姫さまが目を丸くする。 それからギギギッと、再び私に顔を向けて。 「本当なの、ルイズ・フランソワーズ?」 「......はい」 「あなた......いったい今まで、どんな旅をしてきたのですか?」 呆れたような口調の姫さまに、私は、サイトと出会って以降をザッと説明する。 ジョゼフ=シャブラニグドゥとの戦い。トリステイン魔法学院で巻きこまれたフーケの事件。ジョゼフの仇討ちに燃えたシェフィールド=ミョズニトニルン......。 「まあ! わたくしが王宮で籠の鳥のような暮らしをしている間に......そんな色々な経験を......」 そして姫さまは、大きく一つ、ため息をついて。 「......決めました。わたくしも、あなたの旅に同行します」 「はあああああ!?」 三人の声がハモった。 何を言い出すのだ、このお人は!? 「お母さまに言われたのですよ。おともだちのルイズが王都に立ち寄ったのも、始祖ブリミルが与えてくださった好機。この機会に、あなたも少し世の中を見てくるとよいでしょう......って」 ......言い出しっぺは、マリアンヌ大后か。 姫さまも姫さまだが、マリアンヌさまも結構とんでもない人らしい。今回の騒動でも一切顔を出さなかったように、今はなかなか表に出てこないのだが......。 若い頃はハチャメチャだったそうな。若き日のマリアンヌさまには散々振り回されたと、母さまが、よくこぼしていた。姫さまの小さい頃のお転婆ぶりを見ても「この程度なら、可愛らしいものです」と母さまは言ってたっけ。 「でも、姫さま。現状では、姫さまが王宮を留守にするわけにはいかないでしょう?」 昨夜の事件を受けて。 あの『マザリーニ』が偽者だったこと、及び、その『マザリーニ』が一連のゴタゴタを引き起こしていたことは、今朝、公式発表されている。 もちろん、さすがに『マザリーニ』が魔族だったことやウェールズ王子たちが死体だったことは秘密。昨夜の事件も、『マザリーニ』が偽物であると知った王子たちが殺されて、その仇を姫さまがとった......というシナリオで押し通していた。 ともかく。 悪い奴ではあったが国政の中心だったマザリーニ、それがいなくなった以上、もはや姫さまを中心にしなければ、トリステインは崩壊すると思うのだが......。 「それは大丈夫です。お母さまが何とかすると言っておられました。あいかわらず即位は拒んでおられるようですが、それでも、自分が何とかしてみせる......と」 ふむ。 マリアンヌ大后が表立って頑張るというのであれば、まだ若い姫さまよりは、マシかもしれん。 そんな気持ちが顔に出てしまったらしい。 「......ね? だから心配することないのですよ。ウェールズさまの葬儀が終わるまでは、わたくしも動けませんが......。ちょうどルイズも、もうしばらくはベッドの中でしょう? 御葬儀が終わったら、一緒に旅立ちましょう」 ニコッと笑う姫さま。 しかし、その笑顔にカゲがあるのを、私は見逃さなかった。 ......考えてみれば。 姫さまは、恋人であるウェールズ王子を失ったのだ。かつて姫さまは私の旅を失恋傷心旅行だと誤解していたようだが、今の姫さまにこそ、心の傷を癒す気分転換が必要なのだろう。 だから。 「......そうですね」 私も頷くしかなかった。 「いいのかよ、ルイズ!? そんな気楽なこと言って......」 「そうよ! 結局あなた、まだ魔族に狙われているわけでしょう? そんな旅に、国の王女さまを連れ歩くなんて......」 サイトやキュルケが反対を示すが、姫さまは譲らない。 「あら。今は王女ですけれど、旅に出てしまえば、そんな身分は関係ありませんわ。旅先でお姫さま扱いされても困りますし......そうね、短く縮めて『アン』とでも呼んでくださいまし」 「......説得は無理みたいね。よろしく、アン」 肩をすくめて、さっそく順応するキュルケ。 おい、こら。 姫さまが言っているのは、旅に出てからの話だろうに。王宮内で『アン』は、まずいぞ。 「だけどよ、アンアン。相手は魔族だぞ。それなのに......」 ちょっと待て。 サイトはキュルケよりも馴れ馴れしい呼び方をしてるぞ!? しかし姫さまは気にせずに。 「あら? あなたがたが一緒ならば、大丈夫でしょう? 守ってくださいますわね、頼もしい使い魔さん」 手の甲を上に向けて、スッと左手を差し出した。 ......姫さまったら、また中途半端なことを。 王女扱いするなと言っておきながら、こういう、いかにも高貴な貴族ですって振る舞いをする。 「え? 何?」 ほら。 こういう習慣に慣れてないサイトは、意味がわかってない。 仕方ないので、御主人様である私がフォローする。 「お手を許されたのよ、サイト。光栄に思いなさい」 「お手を許すって、お手? 犬がするヤツ?」 「違うわよ。もう、これだからバカ犬は......」 「ルイズは説明が下手ね。あたしが教えて上げるわ、サイト。あのね、お手を許すっていうのは......」 キュルケがニヤニヤ笑いながら、サイトに何か耳打ちする。 サイトは、ちょっと驚いた顔をしながら。 「では、つつしんで......」 姫さまの手を取り、ぐっと引き寄せて......。 彼女の唇に、自分の口を押しつけた! 「え?」 姫さまの目が白目に変わり、体から力が抜けて、隣のベッドに崩れ落ちる。 ポカンとするサイト。 「気絶? どうして?」 「姫さまに何してんのよっ! このバカ犬!」 「だって......キュルケが『キスしていい』って言うから......」 「あら? 誰も唇にキスしろなんて言ってないじゃない。あの姿勢なら、手の甲にキスするのが当然でしょ。それをサイトったら、思いっきり唇にキスしちゃって......」 「なに言ってんのよ、キュルケ! あんた、わざとサイトが誤解するような言い方したんでしょ!? ......どう見ても確信犯ですって顔よ、それ!」 火がついたように怒り狂う私。 ここが治療所であることも忘れて。 お仕置きエクスプロージョンが炸裂した。 ######################## 数日後。 私よりも長くベッドで過ごすことになったサイトとキュルケであるが、その二人の傷もすっかり癒えて。 私たちは、王都トリスタニアをあとにした。 私とサイトと姫さま、そしてキュルケとその使い魔のフレイム。メンバーは一人変わったが、奇しくも、この街に入った時と同じ人数である。 「ところでルイズ、どこに向かうか決めているのですか?」 尋ねる姫さまは、私やキュルケと同じく、学生メイジの格好をしていた。杖を持ち歩く以上、これが一番自然であろうと考えたらしい。 「ええ。ちょっと遠いですが......」 この一件に関わる前は、そろそろ久しぶりに里帰りもいいかな......なんて思っていたのだが、そういう場合でもなくなった。サイトには悪いが、彼を元の世界へ戻す方法の探索も、ちょっと後回しだ。 一体どういう理由からか、私の人生に魔族がちょっかいをかけてきた以上、彼らのことを色々調査するべき......。そう考えたからである。 今回、魔族が名を騙った者の出身地。偶然かもしれないが、それは、かつて私が魔王の呪文を学んだ国でもあった。 だから。 私は言った。きっぱりと。 「ロマリアへ」 ロマリア......。 闇の伝説が眠る地へと......。 第四部「トリスタニア動乱」完 (第五部「くろがねの魔獣」へつづく) |
「あら......? カリンさまじゃないですか?」 聞き覚えのある名前を耳にして、私はギョッとする。 『カリン』とは、母さまが若い頃に使っていた名前。『烈風』という二つ名と共に恐れられていた頃の呼び名である。 旅の途中で母さまと出くわすなんて、そんな偶然あり得ないと思いつつ......。 振り返った私は、思わず絶句していた。 声の主は......私を見て「カリンさま」と言っていたのだ! 「あなた、何か勘違いしてるわよ。この子は『ゼロ』のルイズ。......子供に見えるかもしれないけど、私と二つしか違わないわ」 隣でキュルケが私を紹介するが、向こうは、首を傾げている。 「でも......髪の色も同じで、顔つきも体格もそっくりなのに......」 どうやら彼女、私を母さまと間違えているらしい。しかし私とソックリとは......母さまの若い頃だろうか? でも、それにしては少し変。彼女は、私と同じくらいの年齢なのだから。 肩ほどに黒い髪を切りそろえた少女である。垂れた目とちょっとふくよかな顔は、男受けが良さそう。美人というよりは人懐っこい可愛らしい感じだが、ちゃんと出るべきところは、顔と同じくふっくらしている。 「人違いですから。ごめんなさいね、カリンじゃなくて。......では」 ペコリと頭を下げて、私は体を元に向きに戻して......。 「人違い? 人違いって......誰と?」 背中からかけられた声に、思わずずっこけた。 起き上がった私は、少女に向き直る。 「だあぁぁっ!? あんたが私のことを『カリンさま』って言ったんでしょ!?」 「まあ! あなた、カリンさまを御存知なんですか?」 「ああぁぁっ、もう! あんたがその名前を持ち出したのよ!?」 「そうでしたっけ......?」 「ともかく! 私はカリンじゃないから! カリンに用事があるなら、他をあたって! そんじゃ!」 母さまの昔の知り合いっぽい感じもするが、年齢的には辻褄が合わないから、おそらく噂か何かで知っただけだろう。きっと『烈風』カリンの熱烈なファンなのだ。 話で聞いた外見の特徴に似ているからって、私に声をかけたに違いない。 そんな奴に、これ以上つきあってられん。 「さあ、キュルケ! こんな子ほっといて、行くわよ!」 「え〜〜。なんだか面白そうじゃない。もうちょっと相手してみましょうよ。......あなた、何か用があるんでしょう?」 「用ですか? そうですねえ......」 黒髪の少女は、やたら呑気な口調で。 「......では、妹を助け出してもらえますか? 悪い貴族に誘拐されて、地下牢に閉じこめられているんです」 待て。 かなりオオゴトだぞ。それは。 ......さすがに聞き捨てならない。私はキュルケと顔を見合わせてから、ちょっと真面目な態度で少女に対応する。 「とにかく立ち話もなんだから、詳しい話は、何か食べながらにしましょうか」 「食べながら......? まあ! 食べていいんですか!?」 パッと顔を明るくする少女。 ......なんだ? 誰かに食事制限でもされてるのか? そんなことを思ったのも束の間。 「では、いただきます!」 少女が飛びかかってきた! 街の往来の真ん中で、私は押し倒される。 「はえ? はえ? はえ?」 なんだか慌てていると、彼女は器用に私の服を脱がせにかかった。あっという間に上着が剥ぎ取られ、下着に手がかかる。 「あらま、大胆ね。ルイズの言った『食べる』は、そっちの意味じゃないと思うけど......」 まったく他人事の口調なキュルケ。 私は気が動転して、まともに対応できない。 「ちょ、ちょっと、ちょっと......」 やめて! ここは公衆の面前よ!? そもそも私にソッチの趣味はないの! 「なんだ、なんだ!?」 「お! こんなところでストリップか!? 野外レズビンアンショーか!?」 「うひょ。けっこう美少女じゃん! いいぞ、もっとやれ!」 街の人々が囃し立てる中。 「安心してください。汗をいただくだけですから」 彼女の舌が、私の首筋に伸びる。それが私の肌に触れた瞬間。 「......いいかげんにせえぇぇっ!」 私は、彼女を蹴り跳ばした。 ######################## 「あーっ、恥ずかしかった......」 町外れの森。 誰もいない場所まで走って逃げて、そこでようやく私は一息ついた。 「あら、別にいいじゃないの。見せたって減るもんじゃないし。だいたい、ルイズの胸はこれ以上減りようがないでしょ」 「どういう意味じゃああ!」 ふん。 まだキュルケをはっ倒す元気くらいは残っているのだ。 夕飯もまだの状態で、街を出ることになっちゃったけど。 さて。 「......で、どういうこと? 妹さんがさらわれたとか監禁されたとか言ってたけど?」 手頃な岩に腰かけて、私は、あらためて黒髪少女に問いかける。 キック一発でノビてしまった彼女を放置するわけにもいかず、私たちは彼女も連れてきていたのだ。 「まあ。あなた、私の妹を御存知なのですか? そういえば、あの子どこ行っちゃったのかしら......」 「違うでしょ!? 地下牢に捕まってるって、あんた言ってたじゃない!」 「地下牢? ......そうでした! 私も妹も、あいつに捕まっちゃって......。......く、んぐ、......うえ」 少女がボロボロと泣き出す。何やら思い出してしまったのか。 「ダメじゃないの、ルイズ。女の子泣かしちゃ......」 「冗談言ってる場合じゃないわよ」 私は、少女の肩にソッと手を置いて。 「いったいどういうことなのか、話してちょうだい。こう見えても私たち、けっこう腕は立つのよ。悪い奴なんてやっつけて、妹さんを取り戻してあげる!」 「......その前に、とりあえず、あなたの名前を教えてくれない?」 キュルケに聞かれて。 彼女は、泣きじゃくりながら名乗った。 「はい。私は......ダルシニと申します」 ######################## 夜陰に紛れて、私とキュルケは街に戻った。 ダルシニの話によれば、妹が監禁されているのは、『新宮殿』と呼ばれる屋敷の地下牢。下水道が秘密の通路に繋がっているのだが、通路には『番人』と呼ばれる恐ろしい敵が潜んでいるという。 「でも......『新宮殿』なんてないわね」 「南の端に、使われなくなった屋敷があるそうよ。それらしき怪しい建物は、そこだけね。......それのことかしら?」 メシ屋で遅めの夕飯を食べながら、私たちは、聞いて回った情報を持ち寄る。 ちなみに、ダルシニは森に置いてきた。野宿は慣れているから大丈夫と彼女が言うし、連れて来ても足手まといになりそうだったからだ。 「とりあえず、そこに行ってみましょうか」 眠くならない程度に腹を満たした後。 私とキュルケは、街の南ブロックへ。 この辺りはまだ繁華街なのだが、すぐ裏側は、ちょっと緑の多い地域となっていた。朽ち果てた屋敷の敷地である。 「あれがそうだとしたら......下水道から入っていけるはずね?」 古い屋敷を遠目に見ながら、路地裏に立つ私たち。 すぐ右手の石壁には、下水道に通じる穴があった。 「......あたし、なんだか気が進まないわ。下水道なんて臭いし汚いし......」 「今さらそんなこと言わないの!」 キュルケを叱りつける。 私だって、同じ気持ちなのだ。敢えて考えないようにしているのに、ワザワザそれを口にするなんて! 自分を叱咤激励する意味で、私は言う。 「一度引き受けた仕事を途中で放棄するなんて、貴族のするべきことじゃないわ!」 「ルイズったら、胸はないくせに、プライドだけは一人前なんだから......」 小声でつぶやいたつもりだろうが、しっかり聞こえている。 私は、下水道の鉄蓋を開けて。 ツンとすえた腐臭の中に、キュルケを蹴り跳ばした。 ######################## 中は思ったよりも広かった。 腐水が流れているのは中央の深くなった部分だけであり、私たちは足を汚すことなく、その左右を進んでいく。 「秘密の通路なんて、本当に......」 「しっ!」 しゃべろうとしたキュルケを制する。 それだけで彼女も察したらしい。 私たちの進む先から......殺気が近づいてくる! どうやら『番人』とやらが、むこうからお出ましのようだ。 「おや......?」 響いて来た声は、私のものでもキュルケのものでもない。 淡い魔法の明かりと共に、その姿が現れる。 三人組のメイジだ。見た感じ、年は私やキュルケと同じくらい。三人とも学生メイジの格好をしているが、先頭の大男は青いコートを羽織っている。後ろの二人のうち、痩せぎすの方は黒いシルクハットをかぶり、小太りの方は坊主頭だった。 「女でやんすか......」 「ちょろいもんざます」 「おい、油断するな。相手の力量くらい、ちゃんと見抜け」 仲間の二人を、青いコートの大男が叱責した。 服の上からでもわかるくらい、筋骨隆々としている。がっしりと骨でも噛み砕きそうな大きな顎に、金髪を後ろに撫でつけた、岩のようにごつい頭......。 しかし、ただの体力バカでもなさそう。こいつが三人のリーダーであろうか。 ......ともかく。こいつらが、ダルシニの言っていた『番人』なのだ! 「ならば先手必勝ざます!」 気持ち悪い言葉遣いと共に、シルクハットの男が杖を振るった。 水の鞭が飛んでくるが、すでにキュルケも呪文を唱え終わっている。『ファイヤー・ウォール』だ。炎の壁が出現し、細い水鞭を蒸発させる。 「バカもん! もっと頭を使え! こういう場所では......」 金髪の大男が仲間を怒鳴りつけ、続いて呪文を詠唱する。 ......この呪文は!? まずいっ! 「キュルケ! 逃げるわよ!」 言って私は、適当な呪文を唱えて爆発魔法を一発。 私に言われるまでもなく、すでにキュルケは逃げ出していた。私も彼女を追って、撤退する。 あの大男が唱えていたのは『ウォーター・フォール』。大量の水を降らせる魔法であり、ここで使えば一気に凶悪な技と化すのだ。 ......なにしろ、ここは下水道。汚水を頭からぶっかけられては、たまったものではなかった。 ######################## 下水道から出て少し走ったところで、私たちは、ようやく立ち止まる。 繁華街の裏通り。もう夜も遅いが、宿や酒場、すけべえ屋さんなどは、ちょうど今がかきいれどきなのかもしれない。まだチラホラと人通りがあった。 どこかの店の裏に並んだ木箱に腰をおろして、私たちは一息つく。 「ああ恐かった......。あぶなくゲロゲロのグチョグチョにされるところだったわ......」 「さすが『下水道の番人』ね。あんなのがいるんじゃ、何か別のテを考えないと......」 下水道の番人ではなく、秘密の通路の番人だったような気もするが、細かいことは気にしない。キュルケの言葉に頷いた私は、顔を上げて、ボーッと辺りを見渡したのだが......。 「......あれ?」 少し離れたところを歩く、黒い巫女服の少女。それは、ここにいるはずのない人物だった。 「ダルシニ!?」 私が叫び、キュルケも気づく。 「ホントだ、ダルシニじゃないの。ダメじゃない、ちゃんと森で待ってなきゃ......」 私たちの声で、彼女もこちらを向いた。 間違いない、ダルシニだ。しかし、彼女の顔には困惑の色が浮かんでいる。 「あの......?」 またボケたか。「どこかでお会いしましたか」なんて言うつもりか。 そんな私の予想を裏切って。 「もしかして......姉を御存知なのですか?」 姉って......。 ......ということは!? 私は目を丸くして、キュルケと顔を見合わせた。 それから、再び彼女に顔を向けて。 「あんた、ダルシニの妹さん!?」 「はい。妹のアミアスです」 驚いた。 どっからどう見てもダルシニにしか見えない。 確かにダルシニは「一目見ればわかります」と言っていたが......。双子なら双子と言って欲しかったぞ、紛らわしい。 それはともかく。 「よかった。私たちは、あんたを探して......」 その時。 「ここにいたか!」 声のする方へ振り向けば、立っていたのは例の三人組。 「あ! 下水道の番人!」 「誰が下水道の番人だ!? そう言うお前たちの方こそ......」 指さした私に対して、真っ赤な顔を見せる金髪大男。当人にしてみれば『下水道の番人』ではなく『通路の番人』だと主張したいわけか!? 「ウオォッ! あの二人の後ろにいるのって、もしかして......」 「あたしも、そう思うざます......」 大男の背後で、二人が何やら言葉を交わしている。 しまった。 どうやらアミアスの存在も気づかれたらしい。 地下牢に捕えられているはずのアミアスが、どうやって自力で脱出できたのか。それは疑問だが、とりあえず後回し。その地下牢の番をしていた連中にしてみれば、何としても彼女を取り戻したいはず。 「さがって! アミアス!」 私とキュルケは、彼女をかばうように、その前に並び立つ。 「えっ、えっ? これは、いったい......」 混乱したような声が聞こえてくる。 あのボケボケのダルシニの妹だけあって、状況が理解できていないのか!? 少し前まで捕まっていたなら、事情を知っていて当然なのに! 仕方がないので、連中の魂胆を教えてあげる。でも余裕がないので、チラッと振り返りながら、サッと早口で。 「あんたを捕えて、売りとばすか奴隷にするかペットにするか......って寸法よっ!」 「なんですってぇぇぇぇっ!」 私の言葉に、まともに顔色を失うアミアス。 そして、金髪大男も。 「ちぃぃぃぃっ!」 図星を突かれて頭に来たのか、『ブレイド』を唱えて杖に水を纏わせ、私たちに向かって突っ込んでくる。 ......下水道とは違う。近くに大量の汚水があるわけじゃないので、戦法を変えてきたようだ。私もキュルケも接近戦は苦手だから、距離を詰められる前に魔法で迎撃するのみ! しかし、私たちが呪文を唱えるよりも早く。 「石に潜む精霊の力よ......」 背後から聞こえてきた声に、ギョッとして振り返る。 アミアスの言葉だが、これって......まさか!? 私の心配したとおり。 「ぎょええええええっ!?」 「うぎゃああああああ!?」 突然、足下の石畳が隆起。 想定していたはずの私でも、体が対応しきれない。 巨大な石塊は、私やキュルケや三人組を乗せたまま、宙で爆発。吹き飛ばされた私たちは、意識を失った。 ######################## 「おーい、ねえちゃん。大丈夫か?」 「こんなところで寝てると、風邪ひくぞ」 「それとも、誰かにお持ち帰りされたいってか? ヒッヒッヒ......」 道ゆく人々の下卑た囃し声で、私は目を覚ました。 ベチャッと潰れたカエルのような格好で、往来の真ん中でうつぶせに倒れていたらしい。 ......なんてこと! 私カエル大嫌いなのに! ちゅどーん。 とりあえず、やじ馬の一人に軽く爆発魔法を食らわせてから、冷静に状況判断。 どうやら、かなり飛ばされたようで、三人組どころかキュルケの姿も見えない。 もちろんアミアスもいない。あれをやったのは彼女なのだから、当然、私たちが気を失っている間に逃げ出したのであろう。 まずはキュルケと合流するのが一番か......。 と、そこまで考えた時。 「ここにいたのね、ルイズ!」 キュルケの方から、私を見つけてくれた。 聞けば、彼女も気づいた時には一人であり、ここまで来る途中、アミアスにも三人組にも出会わなかったという。 「それより、ルイズ。あのアミアスって子が使った魔法、あれって......」 「ええ。あれは......先住魔法ね」 先住魔法。 私たちが用いる系統魔法とは異なり、自然界に存在する精霊の力を借りるというシロモノだ。ただし、人間には使えない。それを使用できるのは、亜人のみ。 アミアスが亜人であれば、双子の姉妹であるダルシニも当然、亜人。人間にしては少し変な彼女の言動も、亜人であるというなら納得である。 「亜人といっても、外見は人間と同じだったから、オーク鬼やトロール鬼ではないわね」 背中に翼があることを除けば人間とそっくりな翼人。細身の長身であるが、特徴的な耳さえ隠せば人間にも見えるエルフ。そして姿形は完全に人間と変わらない吸血鬼......。 「まあ、何にせよ。これで、あの二人が狙われる理由もわかったわ」 「いつの世にも、バカな好事家がいるのよねえ」 「......うん」 一般に、亜人は恐怖と嫌悪の対象であるが、それを飼い馴らしたいと考える者もいる。実際、昔のトリスタニアでは、吸血鬼をペットにしていた貴族もいたそうな。 特にあの姉妹は外見的には可愛い少女なのだから、生きたまま捕獲すれば、闇の社会では高値で取り引きされるであろう。 「だけど......」 事情は理解できたが、それでも腑に落ちないことが一つ。 「アミアスは、なんであの三人だけじゃなくて私たちまで一緒に吹き飛ばしたのかしら? 敵も味方もまとめてぺぺぺのぺい、って性格なのかな......」 「まさか。ルイズじゃあるまいし」 「......どういう意味?」 「そのままの意味よ。......ちょっと、殴らないで! だいたい、あなたが誤解を招くようなこと言うから悪いのよ!」 「へ?」 振り上げた拳を止める私。 「あなた言ったでしょ、売りとばすとか奴隷にするとか。......いかにも『悪だくみしてます』って顔で」 「はあ!? そんな顔してないわよ、私は! ちゃんと優しく、無理して笑顔で......」 いや。 状況が状況だったから、作り笑顔も少し引きつっていたかもしれない。それが......悪人顔に見えたのか!? 「しかも......あなた、主語抜きだったでしょ」 主語......? ようやくキュルケの言いたいことを理解する私。 「どああああっ! ひょっとしてっ!?」 「たぶんアミアス、あたしたちのことも誘拐魔だって勘違いしたのね」 言われて私は、頭を抱える。 さっき私は、あの三人組の意図を懇切丁寧に説明した。 でも『あいつらが』という当然の一言を省略したせいで、それをアミアスは『私とキュルケが』と解釈してしまったのだろう。 せっかく地下牢から逃げ出してきたところで、新たな誘拐グループ出現! ......なんて思ったら、そりゃ精霊呪文も使うわ。 「......どうしよう......」 憂鬱な口調でつぶやく私に対して、キュルケはアッサリ。 「さっきの連中、いまだに彼女を狙ってるに違いないわ。となれば、アミアスを追うしかないでしょうが」 「そうね......」 「でも、どっちへ行ったかわからないから、困ってるのよねえ」 腕組みしながら考え込むキュルケ。 が、ここで私が立ち直る。 「大丈夫、それなら心当たりがあるわ」 「......どこ?」 「ダルシニのいるところよ」 ######################## ダルシニは、村を出て少しの森にいる。それをアミアスは知らないだろうが、亜人特有の不思議な能力で、何となく察するかもしれない。 「......何その根拠のない説」 「いいのよ。かりにアミアスに出会えなくても、ダルシニがいるんだから。アミアスだけじゃなくてダルシニも狙われてるってわかった以上、もう彼女を一人で放っておけないもん」 そう説明しながら、街を出る。 私たちはラッキーだった。森の手前で、街道をトコトコと歩く少女の姿を発見したのだ! 「......アミアス、待って!」 「まっ......また来たのですか、この誘拐魔!」 彼女はビクンと体を震わせ、続いて呪文を口にする。 「枝よ。伸びし森の枝よ......」 森の木々が、私たちへとその枝を伸ばす! 私も急いで呪文を唱えて、杖を振り下ろす! ボンッ! 私の軽い爆発魔法は、まともにアミアスに直撃していた。 「うーん......」 目を回して倒れ込むアミアス。 「あいかわらず乱暴ね、ルイズ。助けたい相手を攻撃してどうすんの......」 「だって、むこうも魔法使ってきたんだもん。防御魔法を使おうと思ったけど、先住魔法に有効な防御魔法なんてわからなかったし」 「......じゃなくて、あなたの場合、何を唱えても爆発魔法になるだけでしょ」 ちなみに。 今の攻防は、ある意味、相打ちである。 私もキュルケも、手足や腰を木の枝に掴まれ、身動きが取れない状態。 とりあえずアミアスが逃げ出すのは防いだが、こっちも何も出来ない。 この騒ぎを聞きつけてダルシニが来てくれれば、誤解をとくのも簡単なのだが......。 「......そうそう都合よく、物事は運ばないわね」 私がつぶやいた瞬間。 「見つけたぞっ!」 後ろで男の声がした。 かろうじて動く首を回せば、そこには例の三人組の姿。 まずいっ! アミアスは気絶しており、私たちは拘束されている。目の前で彼女がさらわれるのを、みすみす見逃すしかないのかっ!? ......そして状況は、さらに悪化する。 「あら......アミアスじゃない......」 のほほんとした声が聞こえて、前に向き直れば。 タイミング悪くやってきたダルシニ! 最悪! 姉妹まとめて捕まえよう、って連中の前に、一緒に姿を現すとは! 再び振り向くと、三人組の視線は既に、ダルシニへと注がれていた。 「ダルシニ! 逃げてっ!」 この時......。 なぜか私とキュルケと三人組のセリフは、見事にハモったのだった。 ######################## 「......は?」 思わず顔を見合わせる私たち。 そこに、ダルシニが間延びした声をかけてくる。 「あら......? カリンさま......それにバッカスさんじゃないですか?」 おい。 最初の展開に戻っているぞ!? なんだか一つ知らない名前が加わっているが、彼女の視線は私だけではなく、三人組のリーダー格にも向けられている。 「違うったら!」 「バッカスはオヤジだって言ったじゃないっすか!」 私と金髪大男のセリフ。 ......あれ? まさか、こいつも......。 「あんた......あの通路の番人じゃなかったの......?」 「ちげーよ! さっきも否定したじゃんか! ......番人はお前たちの方だろ!?」 あ。 あの時の「誰が下水道の番人だ!?」も、『下水道』ではなく『番人』を否定していたわけか。 「......ふっ......なるほど......そういうことだったのね......」 いつのまにか意識を取り戻したアミアスが、ワケ知り顔でつぶやいた。 「どういうことなのよ?」 思わず尋ねるキュルケ。 アミアスは、呪文を唱えて私たちの拘束を解きながら。 「つまり姉さんは、あなたたち両方に、私を助け出してくれ、って依頼したんです」 「......え? でも......」 「私たち、こう見えても吸血鬼なんです」 いきなり話が飛ぶ。 ハルケギニア最凶の妖魔ともいわれる吸血鬼。見つけ次第殺せ、というのがハルケギニアの常識だが、何ごとにも例外があることくらい、私もキュルケも旅の途中で学んでいる。 三人組もそれなりの場数を踏んだメイジらしく、いつでも攻撃できるように杖を構えたものの、それ以上の動きは見せずに、おとなしく話を聞いていた。 「......だから、外見と実年齢は全く違うんです。吸血鬼だけど仲良くしてくれる人間もいたから、おかげで、すっごく長生きできて......」 「あの......話が見えないんだけど......」 「つまり......」 キュルケの横槍に対して、アミアスは沈鬱きわまる表情を見せる。 「若ボケよ」 言いながら、ダルシニの肩にポンと手を置いた。 「私たち姉妹は、もともと殺生が出来ない性格なの。だから血も少しばかりわけてもらうだけで......。場合によっては、血の代わりに汗ですませてしまうくらい」 どうやら、かなり小食な吸血鬼姉妹らしい。 「......でも、それじゃ脳に十分な栄養が行き届かないみたいで。私はまだ大丈夫なんだけど、姉さん最近、なんかの欠乏症みたいにボケてきちゃって......」 説明しながら、一人で頷いている。 「今回だって、自分が夜行性なのすら忘れて、昼間に一人で徘徊し始めて......。昔の知り合いに似たあなたたちを見かけて、当時を思い出しちゃったのね。二人で悪い奴らに捕まってた時のこと......。それで私が側にいないんだ、って自分を納得させてたんだわ」 なるほど。 だから『新宮殿』やら『通路の番人』やら、彼女の証言どおりのモノがなかったわけだ。時代も場所も全く違う話だったのである。 「......そういう事情で、とっくの昔に解決してる事件を、あらためて頼んでしまったんです。みなさんには迷惑をかけてしまい、ごめんなさい」 私たちにペコリと頭を下げてから、ダルシニの腕を取るアミアス。 「さ、行きましょう。姉さん」 「あら、アミアス。今夜のパーティ、楽しかったわね!」 「......今夜のパーティ?」 「アミアスったら、もう忘れちゃったの!? カリンさまのシュヴァリエ就任のお祝いよ!」 「ああ、はいはい。うん、楽しかったわね。......今夜じゃなくて、二十年くらい昔の話だけど」 などと会話を交わしつつ。 吸血鬼の姉妹は、手に手を取って、森の中へと消えていく。 あとに残されたのは......。 「なんだったのよ、いったい......」 やり場のない怒りを胸にした私とキュルケ。 そして。 「せっかく『お嬢さんのためなら』って思える美少女に出会ったのに! 美少女に仕えるという、親子二代にわたる夢がかなうと思ったのに!」 「......落ち込まんでください、リーダー。もっと相応しい少女が、どこかにいるでやんすよ」 「そうざます。力仕事に、深夜の散歩、ゲテモノ料理の名コック......。三人それぞれの得意技を持ち寄れば、なんでも出来るざーます!」 泣き崩れる大男と、それを慰め励ます仲間たち。 なかなかに見苦しい光景である。......ただでさえ私はイライラしてるというのに。 そんな中、ポツリとキュルケがつぶやく。 「美少女だったら、ここに二人もいるじゃないの。ちょうどいいわ、今日からあなたたち、こき使ってあげる!」 豊かな胸を突き出しながら髪をかきあげ、ポーズを決めるキュルケ。 しかし顔を上げた三人は、「何を言ってるんだコイツ?」といった表情。 まずはキュルケに。 「安っぽい色気を強調したような娼婦もどきは......こっちから願い下げだなあ」 続いて、視線を私にスライドして。 「美少女じゃなくて......微少女?」 おい。 一瞬の静寂の後。 私とキュルケは、顔を見合わせてから......。 ドグォーンッ! ......炸裂する爆発と火炎。 三人が私たちの『やり場のない怒り』の捌け口となったことは、言うまでもない。 (「いもうとクエスト 〜お嬢さんのためなら〜」完) |
それは、月並みなセリフで始まった。 「へっへっへっ......命が惜しけりゃ、とっとと出すもん出すんだな」 開き直りがまだ足りないのか、覆面かぶった野盗たち。その一人が、目の前でロング・ソードをちらつかせる。 ......はーっ。同時にため息をつく四人と一匹。 「なっ、何なんだっ!? そのリアクションはっ!?」 「......あきちゃった、ってことよ」 覆面男の問いかけに、私は投げやりな調子で答える。 「......ったく......人通りの少ない裏街道だと思ったら、あんたらみたいな野盗がポコポコわいて出て!」 大きな街道で盗賊やる根性がないなら、おとなしくどっかで死んだふりでもしてるべき。それなのに、こいつらで、この街道に入ってから......は忘れたが、今日だけでも二組目である。 「ねえ、ルイズ。わたくし今まで知らなかったのですが......。我が国の治安って、こんなに乱れていたのですか?」 「姫さ......じゃなかった、アン。そんなに心配しないでください。こいつら、どうせ小物ですから」 「なんだと!?」 小物呼ばわりされて頭に来たのか、覆面男は声を荒げる。だが視線を私の後ろへ移動させると、その口調も変わった。 「なんでえ。けっこう金持ってそうな面構えじゃねえか」 男が見ているのは、私に声をかけてきた少女。私やキュルケと同じく学生メイジの格好をしているが、滲み出る高貴さは隠しようがない。『アン』という偽名を使っている彼女の正体は......。 「ひかえぃ、ひかえぃ〜〜!」 ここで、突然。 魔剣を背負った少年――私の使い魔サイト――がズイッと一歩前に出て、何やら叫び出す。 傭兵稼業で培った技量と使い魔としての能力の相乗効果で、剣の腕なら超一流。ただし頭はクラゲ並みなので、どうせロクなことは言わんだろうと私は少し心配する。 「こちらにおわす御方をどなたとこころえる! 恐れ多くもトリステイン王国の王女、アンリエッタ姫さまなるぞ!」 「なっ......」 サイトの言葉に、思わず絶句する覆面男。 いや、私やキュルケも絶句している。キュルケの隣では、火トカゲのフレイムまで唖然としているように見える。 当の姫さまは「あら?」と小首を傾げているが、サイトが彼女に近づいて。 「さあ、アンの番だぜ。ここで野盗を指し示しながら『ルイズ、キュルケ。懲らしめてやりなさい!』と言うのが、アンの役目だ」 「......そういうものなのですか? ずっと王宮の中だったので、わたくし、一般のしきたりに疎くて......」 「懲らしめられるのは、お前の方じゃあああああ!」 硬直から再起動した私は、サイトを思いっきり蹴り飛ばす。 「......何すんだよ、ルイズ!?」 「何すんだじゃないわよ! 姫さまの正体バラしてどうすんの!?」 そう。 ちょっとした変装やらバレバレな偽名やらが示すとおり、これは姫さまにとっては、おしのびの旅。盗賊ごときに身分を明かしてはダメダメである。 「え〜〜。だって王族の漫遊記だろ。こういうの、一度やってみたかったから......」 「そういうのは英雄伝承歌(ヒロイックサーガ)の中だけの話! 現実にやるバカがどこにいんのよ! 姫さまの身に危険が及ぶだけじゃない!」 「その辺にしときなさいよ、ルイズ。サイトの言うとおり、どうせ野盗を『懲らしめてやる』のは間違いないんだから」 ゲシゲシとサイトを踏みつける私を、キュルケが止めた。 確かに。 姫さまの正体が知られようが知られまいが、出て来た野盗を成敗することに変わりはない。 そして。 この一幕を黙って見ていた覆面男たちも。 「......な、なんだか知らねえが......」 「......なんか......関わり合いにならなかった方がよかったような気が......」 「えぇいっ! こうなりゃ力づくだっ!」 あからさまに腰が引けた仲間を叱咤激励しながら、それぞれ武器を手にして臨戦態勢。 ならば私も、ビシッと杖を突きつける。 「......ともかく! 姫さまの正体を知られた以上、あんたたち......生かして帰さないわ!」 「ルイズ、それ思いっきり悪役のセリフよ?」 キュルケのツッコミもなんのその、短く呪文を唱える私。 かくて......。 戦いの火蓋は切って落とされた。 ######################## そして......。 戦いの幕はあっさりと降りた。 ミもフタもない話だが、私とキュルケが一発ずつ魔法をぶっ放せば、こんな連中まとめて吹き飛ぶ。姫さまは当然として、二人の使い魔サイトとフレイムの出番すらなかった。 「さて......と......」 「......ん? まだ何かするつもりなのか?」 サイトの呼びかけは無視して、手近に転がる一人の襟首をつかみあげる。覆面を剥ぎ取ると、その下から現れたのは平凡な顔。悪党づらというより、おとなしい村人っぽい顔立ちである。 「ほらほらっ! 起きなさいってばっ!」 かっくんかっくん首を何度か揺さぶると、男はやがて、うっすらと目を開ける。 「......う......む......?」 私の顔を見た途端、男の瞳に恐怖の色が浮かんだ。 「......ま、待てっ! 待ってくれっ! 命だけはっ!」 先ほどは生かして帰さないなどと言ったものの、実際に命までは奪っていない。野盗たちは皆、ノビているだけ。 しかし、意識を取り戻したばかりの男に、それがわかるはずもなく。彼は、仲間は殺されてしまったと思い込んでいるらしい。 「そうねえ。私だって、血も涙もない......ってわけじゃないから......」 ちょっとだけ考え込むような仕草を見せてから。 「私たちのことを忘れる......。つまり見なかったことにするっていうなら、命だけは助けてあげましょうか?」 そう、ポイントは、そこなのだ。 サイトが余計なことを言ったから、その尻拭いが必要になったのである。 トリステインの王女が、こんなところを旅している。......なんて噂が広まったら、こいつらみたいな野盗が、次から次へと襲って来るであろう。それでなくても、鬱陶しいくらい多いのに。 「言いません絶対に言いません!」 首をぶるんぶるん振る男。 「我らがトリステインの王女さまが、その配下に......こんな胸無しチビ暴力少女を従えているだなんて......。恐れ多くて、口が裂けても......」 「なんですってぇっ!?」 男が余計な言葉を吐いたので、私の目が吊り上がる。 「ああっ、ごめんなさい! 悪気はないんです! ただ俺、正直者だから......」 「嘘つけっ!? 正直者は野盗なんてせんわっ!」 「だって......」 「問答無用!」 言って私が、杖を振りかぶった瞬間。 「......それくらいにしてくれない? 悪いけど」 ######################## 「誰っ!?」 私たちは一斉に振り返った。 そこには......木立の陰に佇む一人の女性。 年の頃は二十歳前後か。ゆったりとした白い服と、透けるような白い肌。そして、鮮やかなまでの紅さを見せる、つややかな長い髪と唇。『絶世の』がつくほどの美人であるが、受ける印象は、まるで雪山で食べる氷菓子。 「マ......マゼンダ様!」 私につかまれた男が、うめくような声を上げる。 「その子たちには言っておいたのよ......あまり勝手なことはするな、って。......聞いてはくれなかったようだけれど、ね」 「......そっ、それはっ......ポールの奴が......」 「あなたに話してるわけじゃないわ」 言いかけた男の言葉をマゼンダは制し、 「不出来な連中だけど、こう見えても私の仲間なの。なんとか見逃してくれない?」 「そうと言われて『はい』と答えると思うの?」 「いいえ」 私の問いに、あっさりと首を横に振る。 「だから......こういうのはどうかしら? 私がこれから、つたない芸を披露する。それがお気に召したなら、その子たちを放してもらう......」 言って静かに一歩踏み出す。 その途端......。 キュルケが大きく後ろに跳びさがり、フレイムがグルッと唸った。サイトは剣の柄に手をかけ、姫さままでもが腰に下げた杖を握る。 かくいう私も思わず男を放り出し、杖を構えた。 皆、マゼンダの異様な気配を感じ取ったのである。 「......あんた、いったい......?」 小さくもらした瞬間。 ザワッ! 木々のこずえが激しく鳴った。 いきなり舞い散る大量の木の葉が、一同の視界を覆い隠す。 「ルイズ!」 叫ぶサイトの声に振り返れば、いつのまにか私に迫っていたマゼンダ! 紅い唇が笑みの形に小さく歪み、その右の手が小さくかすむ。 何か投げつけてきたのだ! ただし、それは私自身ではなく、私の周りを狙っていた。 ......結界術!? すぐさま私は身をひるがえし、真横に飛ぶ。しかし......。 バチッ! 弱い電気に打たれたような、軽い痺れが体を走り抜けた。 「どうやらあなたがリーダー格みたいだったから、とりあえず......ね」 マゼンダは、からかうような口調で言いながら、木の葉の向こうに姿を隠す。 「ちょうど退屈していたから、遊び相手にしてあげるわ。私を倒せばそれは直るから。その気があるならドーヴィルの街までいらっしゃい......」 いかにも撤退しますという語り口。 「何を言ってるのか、よくわからないけど......逃がさないわ!」 サッと適当な呪文を詠唱して、私は杖を振り下ろす。 でも。 「えっ!?」 一瞬、頭の中が真っ白になる。 その間に。 ザァッという音を立てて、辺りの木の葉は地に落ちた。 倒れていた男たち共々、マゼンダの姿は消えている。 「ちょっとルイズ、あなた、まさか......」 私の爆発魔法の方が早いから、キュルケは後詰めに回るつもりだったらしい。木の葉で視界が利かない中でも、私に注意を向けており、だから真っ先に気づいたのだ。 一方、サイトはサイトで。 「何だ、こりゃ......?」 私に歩み寄りながら、地面に注目。 そこに突き立つ五つの紅い針が、私を中心として、五紡星を描いていた。 抜くと、糸のようにクタリとしなびる。 「髪の毛のようですね」 姫さまの言うとおり。 あのマゼンダという女の髪だろう。 露骨な動作で放ったのはフェイント。あれを避けきり、私の心に生じた一瞬の油断。その隙をついて彼女は、自らの髪の毛を使った本物の結界を張ったのである。 こんな結界術、見たことも聞いたこともなかったのだが......。 「どうした、ルイズ?」 キュルケとは違って、サイトは理解していない。トライアングルメイジである姫さまも、まだである。 ......論より証拠、実演するのが手っ取り早い。 怪訝な顔をするサイトに向かって。 「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ......」 「おい!? なんだよ、いきなり!?」 私は杖を振ったが、何も発動しない。 これで姫さまも気づき、まともに顔色を変える。 「ルイズ!?」 「......なんだなんだなんだ? みんな何そんな焦った顔してんの?」 一人置いてけぼりのサイト。 ギギギッと私は顔だけ彼に向けて、頭の中まっ白なままで事実を告げた。 「私......魔法......使えなくなっちゃった......」 ######################## あああああああああああああああああああああああ。 ......私の頭の中は今、ただこの文字で埋めつくされていた。 小さな村の小さなメシ屋。 あの後ここに立ち寄って、とりあえず食事でもしながら話をしようということになったのだが、私としては、ただただ混乱するばかり。 「......しかし......本当に魔法が使えなくなっちまったのか?」 「ま、どうやらそうみたいね」 動揺しまくっている私に代わって、サイトの問いに答えるキュルケ。 「でもよぅ。今までだって、今日は打ち止め......とか言ってたことあるじゃん。あれとは違うの?」 「全然違うわよ」 キュルケは、チラッと私に目を向けた。まだ私が解説役を出来る状態ではないと見てとり、サイトへの説明を続ける。 「あれは精神力の問題。魔法は精神力を消費して唱えるものだから、精神力がゼロになれば、その日は魔法は使えない。でも睡眠をとれば回復するから、次の日になれば、また使える」 メイジには常識の話だが、サイトには初耳なのだろう。案の定、バカなことを言い出す。 「なんだ、寝れば回復するのか。......よかったな、ルイズ。ちょっと早いけど、もうお休み」 「だから、違うって言ってるでしょう!?」 呆れた表情で首を左右に振るキュルケ。サイトにモノを教える苦労を、身をもって知ったらしい。 「......今日のルイズは、そんなに魔法を撃ってなかったわ。精神力は、まだ十分あったはずなの。それなのに魔法が出なくなったということは、精神力の問題じゃない。......根本的に、魔法使用不能になったってことよ」 「なんだか難しい話だけど......」 顎に手を当てて考え込むサイト。 「......マジックポイントがゼロになったんじゃなくて、最大マジックポイントがゼロになったってことか」 サイトなりの言葉で置き替えて、話を理解しようとしている。 そして。 「......あれ? それって大問題なんじゃねーか!?」 「そうよ。ようやくわかったみたいね。だからルイズも、こんなに焦ってるんじゃないの......」 説明終了。 ひと仕事終えた顔で、キュルケは私をジーッと見る。 すると、今度は姫さまが。 「まあ、いいじゃないですか。ルイズは昔から魔法が苦手でした。......子供の頃に戻ったみたいで、なんだか懐かしいですわ」 ぴくっ。 「さすがアン、いいこと言うわね。......ねえルイズ、あなた、これで完全無欠な『ゼロ』になったわけよ」 ぴぴくっ! 「おお、そうだよな! なんてったって『ゼロ』のルイズだもんな! 胸も魔法も『ゼロ』で......」 「ついでに言うと色気も......」 「どやかましぃぃぃぃぃっ!」 思わず絶叫する私。 いつもならエクスプロージョンでも一発かますところだが、それも出来ない現状が恨めしい。 「人が落ち込んでるのをいいことに、言いたい放題言ってくれるわね!?」 「怒っちゃだめよ、ルイズ。ほら、そうやって叫ぶくらいには元気になったじゃない」 キュルケは笑いながら軽く手を振って、そして立ち上がる。 「さ、ルイズも復活したことだし。それじゃ、行きましょうか」 「そうですね」 「うん」 姫さまも私も、キュルケの言葉に頷く。 サイト一人が、不思議そうな顔をしていた。 「行く、って......どこへ?」 尋ねる彼に、私はため息ひとつ。 「あのマゼンダってのが言ってたでしょうが。ドーヴィルの街にいる、って。......まあ、あんたのことだから、聞いてなかったかもしれないけど......」 「俺だってちゃんと聞いてたぞ。単に覚えてないだけで」 はいはい。わかったから威張らないでね。 「とにかく、行くしかありませんね。......しかし、よりによってドーヴィルの街とは......」 姫さまの、やや暗いトーンの言葉を最後に。 私たちは、メシ屋を出た。 ######################## ドーヴィルは『大海』に面した街であり、貝と魚を穫って暮らすしかない、寂れた土地。だが夏になると海流の影響で海が七色に輝き、その美しさを一目見んと観光客が集まるため、街は潤っていた......。 ......というのは昔の話で。 そうやって小さいながらも観光地として賑わっていた街に悲劇が訪れたのは、今から三十年と少し前。なんと街の住民が皆殺しにされたのである! 国を乗っ取ろうとしていた、当時のトリステイン宰相の陰謀に巻き込まれたわけだが......。 ......あれ? トリステインって、つい最近も王家を乗っ取ろうとする宰相がいたような気が。いやはや、昔から色々とキナ臭い国家である。 それはともかく。 あれから月日も流れて、移住してくる者もあり、ようやく復興したという噂を聞いていたのだが......。 ######################## 「なんですってぇぇぇぇっ!?」 姫さまの上げた大声に、一瞬店じゅうが静まり返る。 街道沿いの小さな街。ドーヴィルの街の、二つ手前の街である。 おそらくはドーヴィルの街こそマゼンダたちの本拠地。何の予備知識も無しにノコノコ乗り込んでも、楽勝とは思えない。とりあえず今日はこの街に泊まり、前情報を仕入れようと、一番大きな食堂でドーヴィルのことを聞いていたのだが......。 店にいた商人ふうのおっちゃんが、ポソッとつぶやいたのだ。「あそこには行かんほうがいい」と。 そこで姫さまが話を聞きに行き......いきなり姫さまらしからぬ声を上げたのだった。 「ちょっ! ちょっと待てっ! そんな大声を......」 慌てて辺りを見回しながら、小さな声で言うおっちゃん。 よほどショックな内容だったのか。姫さまは額に手を当てて、フラフラと私たちのテーブルに戻ってきた。 「よう、おかえり。......どうだった?」 鶏のハーブ焼きを突つきつつ、気さくな口調で声をかけるサイト。 姫さまが一般人のフリをしている以上、これも正しい態度ではあるのだが......。どうも私は釈然としない。 それはともかく。 姫さまは、やたら深刻な顔をして。 「今は、ちょっと......。詳しい内容は、部屋に戻ってから話しますわ」 言って席に座り、もくもくと食べ始めるのだった。 ######################## 「さて......と。それじゃあ姫さま、説明お願いします」 食事の後。 姫さま、私、キュルケと、三つ続きで部屋を取り、その真ん中に集まって、さっそく始めたミーティング。 ちなみに、サイトやフレイムは使い魔なので、それぞれ私あるいはキュルケと同室である。私とサイトが平然と同じ部屋で寝るのを見て、最初、姫さまは目を丸くしていたようだが、今ではすっかり慣れっこになっている。 さて。 ここならば少々声を出したところで、誰かに聞き咎められるおそれも少ない。それでも私たちは、なんとなく小さく集まって......。 「......これは、あくまでも噂なのだそうですが......」 歯切れの悪い姫さま。 「ドーヴィルの街っていうのは......ある組織の拠点みたいになっている、という話です」 「あの女の率いる盗賊団の、だろ?」 単純きわまる意見を言うサイト。 しかし彼女は首を横に振りながら。 「ある宗教団体です......。たぶんあのマゼンダという人や野盗たちも、そのメンバーでしょう」 「宗教団体......?」 「......新教徒ってこと?」 眉をひそめてつぶやく私とキュルケ。 ハルケギニアで信仰の対象となるのは始祖ブリミルであり、教義の解釈が違うだけでも『新教徒』と呼ばれて弾圧の対象になるわけだが......。 姫さまは、再び首を横に振った。 「いいえ。始祖ブリミルではなく、シャブラニグドゥ崇拝だとか......」 「シャブラニグドゥ!?」 私とキュルケの上げた声がハモった。 赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥ。 この世界すべての闇を支配すると言われる魔族の王。そして......。 「声が大きいですわ、ルイズもキュルケさんも」 「ごめんなさい、姫さま。でも、とても信じられなくて......」 魔王崇拝など、新教徒どころの話ではない。とんでもない異端である。国や寺院の知るところとなれば、いったい、どんな処罰を食らうことやら......。 私が考え込んでいる間に、キュルケが話の続きを促した。 「......それで?」 「それだけです」 あっさりとした口調で言う姫さま。 「あの人が知っていたのは、ドーヴィルはシャブラニグドゥ崇拝の拠点になっているらしいこと、裏では色々といかがわしい事もやっているって噂があるということだけ。それ以上は知らないし、知りたいとも思わなかった、と言っていましたわ」 ......うーん。 かなりややこしい話になりそうである。 「なあ、ルイズ......」 それまで沈黙を続けていたサイトが尋ねる。 「......さっきから気になってるんだけどよ......」 「何よ?」 「その『シャブラニグドゥ』って何だ?」 ......おい。 私だけでなく、キュルケも目を丸くしている。 「どっかで聞いたような気がする名前なんだが......ほら、こっちの世界の名前って覚えにくくって......」 「相棒。いくらなんでも、それはひでーだろ。......おでれーた」 「な......なんだよ、デルフ。剣に文句いわれる筋合いは......」 剣に代わって私が叫ぶ。 「あるわよっ! まさかあんた、本気でシャブラニグドゥ覚えてない......なんて言うつもりじゃないでしょうねっ!?」 「いやあ......だって......」 「『だって』じゃないでしょ! 魔王よ魔王! 赤眼の魔王(ルビーアイ)! あんた自身、少し前、姫さまに『俺たちが倒した』って説明したじゃないの!」 ......しばしの間を置き、ポンッと手を打つサイト。 「なんだ、赤眼の魔王(ルビーアイ)か。そう言ってくれれば、俺でもすぐわかったのに」 嘘つき。今だって間があったぞ。 「......ともあれ、まずは下調べよ。隣の街かどっかをアジトにして、ドーヴィル近辺を徹底的に調べて噂のうらづけよ」 「大変ね、サイト」 「なんだよキュルケ、なんで俺の名前が出てくるんだ?」 私とキュルケは、顔を見合わせてから。 「バカ犬、少しは頭も使いなさいよ。......私たちの顔はまず、相手に知られていると思って間違いないわ。となれば調査はもっぱら夜」 「夜更かしは美容の大敵なのよ。あたしたちは行けないわ」 「......おい......。それはちょっと酷いんじゃねーか!?」 「反論は無意味よ。あんた、私の使い魔なんだから。......当然の仕事だわ」 「そういうことね。......ま、一人じゃ可哀想だからフレイムもつけてあげるわ。使い魔同士で仲良くがんばってね」 太っ腹な提案をするキュルケ。 ......もっとも、火トカゲに聞き込み調査が出来るわけもないのだが。 ######################## 闇にゆらめく無数のたいまつ。 かがり火の照らすホールに集う、数百人の覆面姿。 「思ってたより大規模ね......」 小声でポツリとつぶやく私。 ドーヴィルから少し離れた窪地の海岸。小高い崖に挟まれて、遺跡はひっそりと佇んでいた。 昔は闘技場だったようで、まるい建物の中心に向かって、すり鉢状に客席がしつらえてある。しかし海から吹き付ける潮風の影響だろうか、今はすっかり朽ち果てており、覆面連中が座っているのも下のほうの席である。 私たち四人と一匹がいるのは崖の上。草地にぺったり体を寝かせて首だけ突き出しているので、下から見上げたところで、こちらの姿は発見できないはず。 使い魔コンビがこの遺跡を発見したのが昨日の夜。そこで今夜は皆でやって来たのだが、そこでこの現場に出くわしたというわけである。 「......それほど大規模にも見えねぇけどなぁ......」 私の隣でつぶやくサイト。 「あのねえ......。あんたドーヴィルで聞き込みしたんだから、街の大きさも理解してるでしょ。あそこは昔さかえていた頃でも、住民は二百人くらいだったのよ?」 「......だから、ここに集まった人たち、ドーヴィルからだけじゃないってこと」 私とキュルケが答える間に、サイトの向こうで姫さまが嘆く。 「......それにしても......邪教を信じる者たちがこんなにいるなんて......。トリステインという国は、わたくしが思っていた以上に乱れていたのですね......」 そんな姫さまとは対照的に、覆面姿たちは歓声を上げていた。 見れば、闘技場の中央へ歩み出る五人の人物。真っ赤な色のマントとローブに身を包み、うち四人は覆面まで赤である。一人は素顔なのだが、これが中央に立ち、残る四人が東西南北に配置。 「......なるほど......五人の腹心ね......」 「何それ?」 私のつぶやきに真っ先に反応したのはキュルケであった。 ふむ。 メイジとしての腕前はともかく、伝承知識には詳しくないのね。ならば私が教えてあげよう。 「赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥが産み出した、五匹の高位魔族のことよ」 事実じゃなくて単なる伝説だと思いたいけど、と心の中でつけ加えた。 「まわりの四人が魔竜王(カオスドラゴン)、海王(ディープシー)、覇王(ダイナスト)、獣王(グレーター・ビースト)。そして真ん中は冥王(ヘルマスター)に。......それぞれ対応してるはずだわ」 五匹のうち最強の力を有するのが、冥王(ヘルマスター)フィブリゾだと言われている。 しかしそうすると、あの真ん中の男が教祖なのだろうか? 初老の男性であり、それなりの貴族っぽい雰囲気はあるが、カリスマ性は感じられない。 「諸君!」 その男が、やおら声を上げた。 「実は今日、よい知らせがあった。クロムウェル様が、もうすぐお戻りになられる!」 ドォォッと歓喜のどよめきが場内を満たす。 どうやら雰囲気から察するに、そのクロムウェルとか言うのが、この教団のボスらしい。となれば、あそこにいる男は、単なる代理というわけか。 ......ん? クロムウェル? どっかで聞いたような名前だが......。 「あ!」 小さな声さえ上げて、私は姫さまの顔を見る。 姫さまは闘技場を見据えたままだが、それでも私の視線に気づいたらしい。 「そうですわ、ルイズ。......レコンキスタです」 レコンキスタ! アルビオン王家を潰して、共和国を作り上げた集団である。 しかし反乱勢力のリーダーであったクロムウェルは、後に失脚して行方不明になったらしいが......。 なるほど、こんなところで邪教集団のボスに収まっていたのか。 ......と、私が考えている間に。 「そして、今あそこで喋っているのがリッシュモン。トリステイン高等法院長だった男です。......レコンキスタと通じていたことが判明して処罰され、国を追放されましたが」 淡々と説明を続ける姫さま。 しかし、その目は恐い。 ......まあ、そうだろう。 レコンキスタは、その反乱で命を落としたウェールズ王子――姫さまの恋人――の仇というわけで。 そのレコンキスタに通じていた元トリステイン高官など、姫さまから見れば、憎い敵の一人である。 「しかもっ! 目的の物を見事に手に入れられた、というしらせだ!」 姫さまの視線に気づかぬまま、リッシュモンは熱弁を激しくし、聴衆のどよめきもさらに大きくなる。 「これでもう我々に敵はいない! ブリミルなどを信じる偽善者どもに......」 演説がそこまで進んだ時。 突如、闘技場に大量の水が降り注いだ! ######################## ......あちゃあ。 やったのは、もちろん姫さまである。 姫さまは『水』のトライアングルメイジ。近くに大量の海水があるこの場所は、彼女の独壇場となり得るのだ。生命誕生の場所とも言われる海の水は良質な『水』の触媒であり、豊富な海水は、消耗した精神力さえも補ってくれるはず......。 一方。 この攻撃を受けた覆面たちは、右往左往するばかり。 「どぇろわぁぁぁぁっ!」 「めひぃぃぃぃぃぃっ!」 何せ、すり鉢状の集会所なのだ。モタモタしていたら貯水池(プール)になってしまう。 そんな中、冷静な態度を続けるのは、この場の代表リッシュモン。 「慌てるな! 落ち着け!」 彼らを制しつつ、リッシュモンは周囲を見回して。 崖の上の私たちを発見した。 「あっ......あそこだ!」 姫さまは、もう姿を隠すつもりもないらしい。 いつのまにかスックと立ち上がっており、杖をリッシュモンたちに向けたまま、次の呪文を詠唱している。 こうなっては仕方がない。 「サイト! キュルケ! 私たちも!」 「おう!」 「そうね!」 私たちも立ち上がり、私とキュルケは杖を、サイトは剣を構える。 キュルケの使い魔フレイムも身構えた。 ......戦闘開始である! (第二章へつづく) |
邪教集団の集会所は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。 姫さまの水の壁が彼らを押し潰し、そこから免れた者たちをキュルケの炎の蛇が呑み込む。 こっちは崖の上、あっちは崖に挟まれた窪地。下から攻撃魔法を放つ者もいるが、飛んで来た魔法は、フレイムの吐く炎で迎撃したり、サイトの魔剣で吸収したり。 私は杖を持ってウロウロするだけだが、それでも十分。戦いは、当初、私たちの優勢で進められていた。 そんな中。 「奴らを狙うな! 奴らの足場を狙え! 崖ごと壊すのだ!」 海水にも火炎にも巻かれる事なく、巧みに逃げ続けるリッシュモンは、的確な指示を出している。 「魔法の使えぬ者は崖の上へ! 奴らの反対側へ回りこめ! あと誰か神殿へ行ってマゼンダを呼んでこい!」 うむ。 むこうのほうが圧倒的に数は多いのだ。統制だった戦い方をされると、ちょっと苦戦するかも......。 さらに。 突然リッシュモンの表情が変わり、それまで以上に緊迫した声で叫ぶ。 「奴らを逃がすな! なんとしても捕まえろ! あれは......トリステインの王女だ!」 げ。 この距離と暗闇の中、姫さまの顔を認めたというのか!? ......まあ、距離はともかく。これだけ魔法の爆発や火炎に照らされれば、闇夜も何もあったもんじゃないか。 「姫さま、ここはいったん退却です!」 「なぜですっ!? ここは一気に勝負をかけて......」 「ルイズの言うとおりだわ、アン。相手があたしたちじゃなくて足場を狙ってきた以上、こっちが不利よ!」 「そうだぜ。崖の中腹を抉られちゃ、俺のデルフでもどうにもできねえ」 モタモタしてはいられない。あいつらは、ここの地理には詳しいのだ。私たちの思いよらぬところから上がってきて、私たちの背後に突如出現。......なんてことも起こり得る。 「......けっ......けどっ......あそこにリッシュモンがいるのに......」 渋る姫さまを引きずって。 私たちは、何とかその場を逃れたのだった。 ######################## 「......おいルイズ、一体どこまで逃げるつもりなんだ?」 サイトがそう尋ねたのは、ドーヴィルから二つ目の街を通り過ぎた頃のことだった。 すでに海からも遠く、道の両側はちょっとした林になっている。 「そうよ......もうそろそろお昼じゃない......どっかでひとやすみしないと......」 疲れた声で、つぶやくように言うキュルケ。目の下に、すでにくまが出来ていた。 ちなみに、姫さまは無言。もう口を開く元気もないらしい。 あれからずっと歩き通しだった。 「......そぉね......とりあえず......次の街で休みましょ......」 かくいう私も、だいぶ疲れていたりする。平気な顔で歩いているのは、サイトとフレイム、つまり使い魔たちだけ。 とりあえず、敵との距離をなるべく稼いでおかねばならない。もちろん、森で野宿というのが最も足がつきにくいのだが、姫さまに野宿させるのは気が進まない。 「それはそうとルイズ、とりあえず逃げて来たのはいいとして、何か考えてるの? 反撃の作戦......」 「......いっそのこと、あのまま勢いで連中ぶち倒しちまった方がよかったんじゃねーか? 一気にかたもついただろうし」 やたら単純な意見を述べるサイトに、キュルケも深々と頷いている。 まて。 おまえらもさっきは、逃げ出す事に大賛成だったろうに!? どうやら二人とも、寝不足が頭の方に来ているようである。 「......あんな集会所の一つ、つぶしたところでどうなるもんじゃないでしょ。教祖も留守だって話だったし」 「あそこが本拠地じゃないのか?」 「......あのねぇ......サイト......どこの世界に、あんなに目立つ悪の本拠地があるのよ!? いくら崖の間にあるとは言っても、陸からじゃなく海からでは丸見えな場所よ」 「そう言えば、あのリッシュモンって人が言ってたわね。『神殿からマゼンダ呼んでこい』って」 「......言ってたっけ?」 頭が動き出したキュルケとは異なり、いまだにサイトは......。 もとい。こいつはクラゲ頭のバカ犬だった。動いていても止まっていても、サイトの頭では、この程度か。それを忘れるとは、私も少し眠気にやられているかもしれぬ。 「言ってたのっ! あれだけドンパチやっても、マゼンダは姿を現さなかった。つまり彼女はあの場所にはいなかったのよ。となれば考えられるのは、あの集会所以外に『神殿』と呼ばれている場所がある。つまり......」 「そこが本拠地ってことね」 こら、キュルケ。私のシメの言葉を盗るな。 ......が、私も今は、いちいちツッコミ入れる元気はない。 「......とりあえず、今後の作戦なんだけど、まずはマゼンダを倒して、私の魔力を回復させる。これが第一歩でしょうね」 「ねえルイズ、そんなことより......」 「何よ、キュルケ? また私の話を邪魔して......」 キュルケにチョンチョンと突つかれ、振り向けば。 いつのまに足を止めたのか、姫さまが、かなり後ろの方でボーッと突っ立っている。 サイトが、ツカツカツカッと彼女の方に歩み寄り。 「......心配ない。立ったまま寝てるだけだ」 「よっぽど眠かったみたいね。このまましばらく、そっとしておきましょうか?」 「そうだな。キュルケの意見に、俺も賛成」 おいおい。 こんなところでそっとしておいてどーする!? 「姫さま! 姫さまったら!」 私が駆け寄って数度肩を揺さぶると、なんとか彼女は目を開ける。 「......あ......ルイズ......わたくしのおともだち......おはよう......」 「姫さま、しっかりしてください。これが旅というものです」 「......ええ......どーもその......王宮とは勝手が違って......すぴー......」 そりゃあ姫さまは、こういうの慣れてないんでしょうけど......。 「......仕方ないわね......こうなったらサイトかフレイムが姫さまを背負って......」 「あら、ルイズ。勝手に私の使い魔に命令しないでくれる?」 「娘っ子たち、そのへんにしておけ。それどころじゃねーぞ」 いきなり会話に参加してくる、サイトの背中の剣。 サイトはそれを抜き放って。 「......確かに。それどころじゃないな」 一瞬遅れて、私やキュルケも、ようやくその気配を察知する。 どうやら思っていた以上に疲れているようである。 姫さまは、まだ目を覚まさない。 ザワリ。 辺りの木々がざわめいた。 「......ルイズ、よく聞け」 小さな声で言うサイト。 「キュルケと一緒に、アンを連れて逃げろ。この場は俺たちが引きつける」 同意するかのように、フレイムもうなり声を上げた。 さらに、デルフリンガーまで。 「相棒のカンに従え。どうやら並の相手じゃなさそうだぜ。主人を逃がすために戦うのも、使い魔の仕事ってこった」 今の私は魔法を封じられている。姫さまは眠ったままだし、今の状態ではキュルケも魔法を放つだけの精神力はないであろう。 ならば私たちは、むしろ足手まといということか......。 「安心しろ。俺はそう簡単にやられやしねえ」 サイトが左手を光らせる。 すると。 「へぇぇ。なかなか自信たっぷりなボウヤじゃないか」 声は、木々の間から聞こえた。 やや甲高い、男の声。 視線を向けても、そこには何の姿もない。 「僕たちが留守の間とは言え、ケンカを売ってくるなんて、なかなか見上げたもんじゃない。......けど残念だったね。僕たちが帰ってきたからには......」 「......ドゥ。無駄口が多い」 もう一つの声は、姿をもって現れた。 それは、一匹のオーク鬼だった。 でも......。 「しゃべるオーク鬼!?」 驚きの声を上げたのはキュルケ。 そう、コボルドならばいざ知らず、オーク鬼が人語を使うなど、普通はありえない。 ......並の相手じゃない、というのは確かなようだ。 「くふふふふっ。無愛想なこと言うなよ、テット。僕はね、これから自分が殺す人間がどんな奴なのか、知っておきたいだけなんだ」 「無意味だな。追い、殺す、それが与えられた命令だ。それさえ全うすればいい」 言いながら、ゆっくりと歩み出るテット。 ドゥと呼ばれた最初の奴は、いぜん姿が見えない。 だが。 焦れたかのように、サイトが走り出す。フレイムも炎を吐く。 ......そこまで見届けてから。 「行きましょう、キュルケ」 「そうね。......あたしたちは、この眠り姫のお守りをしないとね」 私とキュルケは姫さまを引きずりつつ、その場をあとにした。 ######################## 「......ルイズ......キュルケさん......」 「......」 私たち三人は、木立の中を進んでいた。 あの後しばらくは街道を進み、姫さまが目を覚ました時点で、森へと分け入ったのだ。 「二人とも......大丈夫ですか? 使い魔を持たぬわたくしには、二人の気持ちは判らないのですが......」 「ああ、気にしないでください、姫さま」 姫さまは、使い魔を残してきた私やキュルケのことを心配してくれているらしい。私は、なんとか笑顔を作ってみせる。 「サイトと離れ離れになったのも、これが初めてではないですから」 「そ。あたしのフレイムもルイズのサイトも、ちゃんとあいつらを倒して......それからあたしたちと合流するはずよ」 うん。私たちは、それぞれ自分の使い魔を信じるしかない。 それはともかく。 あのマゼンダとかを倒して私の魔法を復活させなきゃ、この先どうにもならないわけだが......。 魔法抜きの私に倒せる相手とは思えないし、キュルケや姫さまが戦ったところで、私の二の舞になる恐れが大きい。 うーん......。そう考えると、やはりサイトたちと合流しないと話が始まらない。こういう場合、使い魔の必要性も高くなるわけだ。もしかしてメイジに使い魔がいるのは、魔法を封じるような敵と戦う状況を想定しているのであろうか......? 「......とにかく......しばらく身を隠すしかないですわ、姫さま。それから頃合いを見て、サイトたちを探して......」 「......悪いが、時間はそんなにやれんなぁ」 聞き覚えのある声は、前の方から聞こえてきた。 ######################## 「......くっ......!」 私は唇を噛みしめた。 赤いローブと同じ色のマント。 初老の裕福な貴族のような顔だが、見かけに騙されてはいけない。 昨日の夜、集会所で演説をぶちかましていた男。 元トリステイン高等法院長リッシュモン。 「......こう見えてもこのリッシュモン、組織のナンバー2でな......。留守を預かっている間に、あんなことがあっては面目が立たん......」 そ......組織のナンバー2って......。 邪教集団とはいえ、宗教団体であろうに。その自覚はカケラもないようである。 「しかも......」 リッシュモンは、視線を姫さまに固定した。 「恐れ多くも、トリステインの姫殿下が来てくださったのですからな。ここは是非とも、とらえて差し上げないと......」 「リッシュモン! あなたは......幼い頃より、わたくしをかわいがってくれたのに......。それが売国の陰謀に加担し、あまつさえ、邪教集団の幹部になっているとは......」 慇懃無礼なリッシュモンに対して、姫さまは、疲れた哀しい声を投げかける。 しかしリッシュモンは首を振って。 「......だからあなたは子供だというのですよ、姫殿下。主君の娘に愛想を売らぬ家臣はおりますまい。私にとっては、姫殿下など、それだけの存在」 さらに彼は、皮肉な笑みを浮かべる。 「知っておられるか? かつてのダングルテールの虐殺。あれをやらせたのは私です。新教徒狩りをロマリアの宗教庁から依頼されてね、反乱をでっち上げて踏みつぶしたわけです。そんな私が、今では魔王崇拝の教団幹部。......この意味がわかりますかな?」 ようするに。 この男に信仰心は皆無。 教義の解釈の違いすら許せぬという狂信的なブリミル教徒の味方をすることもあれば、ブリミル信仰に真っ向から対立する組織で大きな顔をすることもある。 ......全ては金しだいということだ。ここで姫さまを捕獲しようというのも、教団のために利用するのではない。もっと高い値を出すところがあれば、平気でよそに売り払うつもりだろう。 「姫さま、こんな男の戯れ言に耳を貸す必要はありません。私たち三人の前に、一人でノコノコ出てきた大馬鹿ものです。さっさとやっつけて......」 私がそこまで言った時。 「ルイズ!」 キュルケが叫んだので、とっさに真横へ跳ぶ私。頭のすぐ右を、銀の光が流れて落ちる。 逃げるのがあと一瞬でも遅れたら、頭がスイカになるところだった。 「一人じゃない!?」 まだリッシュモンは杖を構えていないし、他に武器も持っていない。ならば今のは......。 「ちっ。やりそこねたか」 木々の間からゾロゾロ出てきたのは、亜人の集団。オーク鬼のようだが、細部の特徴がかなり違う。......なんだ、こいつら? しかも先頭の奴は、人間の言葉で喋っている。抜き身のロング・ソードを手にしたそいつに、リッシュモンが声をかける。 「......ギルモアか。まだ戦いは始まっておらんぞ」 「リッシュモン様。こんな連中にノンビリ時間を与えることはないですよ。さっさと倒してしまいましょう」 「それもそうか。......ただし、できれば殺すなよ。捕えて利用するのだ」 「はい、わかっております」 言いながら、オーク鬼もどきは少しずつ私たちとの間合いを詰める。亜人集団も、それに続く。逆にリッシュモンは後ろにさがった。 「逃げるつもりですか、リッシュモン!」 「誰が逃げると言いましたか、姫殿下?」 姫さまの言葉に応えるかのように。 リッシュモンが杖を振った。 杖の先から巨大な火の玉が膨れ上がり、私たちに飛ぶ。狙いは......キュルケか!? 「キュルケ!」 「心配しないで! もう呪文は唱えてあるわ!」 あらかじめ防御魔法を用意していたのか!? さすがキュルケ! ......と思ったが、違った。 キュルケの杖からも炎の球が飛び出す。なんだ、先制攻撃のつもりで出遅れただけか。ならば威張るな。 しかも。 二つの炎は、キュルケのすぐ目の前で衝突。たしかに直撃は避けられたものの......。 「ぎゃあっ!?」 衝撃の余波で吹き飛ばされて、目を回すキュルケ。 ......あぁぁっ!? 徹夜明けの彼女の精神力など、しょせんこの程度か!? そして。 「ごふっ!?」 キュルケの心配をしている場合ではなかった。いつのまにか近づいていた亜人の膝蹴りをみぞおちにくらい、姫さまが失神していた! 「姫さま!?」 あわてて駆け寄ろうとするが......。 「動くな!」 亜人の一人に姫さまを抱えさえて、声を上げるリッシュモン。姫さまのもとへ歩み寄り、その顎に手をかける。 「姫さまに何をする気!?」 「何もせんよ。今は、な」 続いて、私の顔を注視しながら。 「ひとつ尋ねるが、マゼンダが術を封じたメイジというのはお前だな?」 「......そうよ......」 杖を構えた姿勢で答える私。魔法は使えないが、一応、ハッタリで杖を手にしていた。 「ならもうひとつ。そっちの赤毛がお前のことを『ルイズ』と呼んでいたようだが、お前、あの『ゼロ』のルイズか?」 「......たぶん、その『ゼロ』よ......」 なげやりな口調で答える私。 悪人たちの間では、なぜか私のネーム・バリューは高いのだ。それに、二つ名も名前も同じメイジなど、他にいるはずもなかろう。 「......ふん......ならば、だ。この二人の命は助けるし、優遇もしよう。マゼンダに言って、術の封印も解いてやる。その代わりに......我々に力を貸せ」 「なっ!?」 こう見えても私は貴族の公爵令嬢。敵に後ろを見せないのが貴族である。邪教集団に協力するなど死んでも嫌だが、姫さまの身が危ないというのであれば......。 うーん......。 絶体絶命の大ピンチである。そういえば、ピンチになったら駆けつけるはずの使い魔サイトは、どうしてるのだろう? ......と、私がサイトのことを思い浮かべた時。 「......あー。やっと追いついた。ずいぶん探したよ、ギルモアさん」 やたらノーテンキな声が、私の真後ろから聞こえてくる。 「......てっ! てめぇっ! このくそ坊主っ! こんなところまで追っかけて来やがったかっ!?」 亜人ギルモアの上げた声には、憎悪の色が混じっていた。 ######################## 私が振り向くその先に、立っていたのは一人の神官。 年のころなら十代後半。長身金髪の美少年である。 細長い唇には色気があり、長いまつ毛はピンと立って瞼に影を落とすほど。前髪をかき上げる仕草もサマになっているが......。 あ。 この男、左右の瞳の色が色が違う。左眼は鳶色だが、前髪で半ば隠された右は碧眼。いわゆる『月目』というヤツだ。私は気にしないが、地方によっては不吉なものということで害虫並みに忌み嫌われる。 メイジかどうかはわからないが、白い手袋の右手には、頭が球状になった錫杖を持っている。そして左手には、四つの指輪。この指輪は......!? 「何者だ?」 リッシュモンがそう尋ねたところからすると、とりあえず連中の味方ではなさそう。 「ちょいとわけありでしてね......。私が店を失ったのも、もとはといえば、こいつのせいでして......」 言いながら、瞳に殺気をみなぎらせ、ゆるりと進み出る亜人ギルモア。 なんだ? こいつ、亜人のくせに店を構えていたのか? オーク鬼みたいな外見で、いったい、どんな商売をしていたのやら......。 「やめときましょうよ、ギルモアさん。僕は別に、あなたを殺しにきたわけじゃない。カジノの一件だって、もう済んだ話じゃないか......」 「きさまはそうでも、こっちはきさまを殺したくてしかたないのさ。......言っておくが、今の私には生半可な呪文は通用しないぞ!」 「いやぁ......そこまで言われては仕方ないね......。では......」 世間知らずな娘さんなら一発で落とせそうな笑顔を浮かべて、呪文を唱え始める神官。 ......へっ? この呪文......? 「させるかよ!」 雄叫びを上げ、走り出したギルモア。 しかし、彼が間を詰めるより早く。 神官が、サッと左手を振る。 チラッと指輪の一つが光ったように見えた瞬間。 コゥッ! 空間がきしんだ悲鳴を上げ、蒼い空が輝く。 光の波紋が広がって、その中心から、蒼白い光が柱となって降り立つ! ヴンッ! 大音響と衝撃波、つづいて青い風が吹き過ぎる。熱気でありながら受ければ寒気を感じる、なんとも不気味な風であった。 「......つっ......」 余波だけで吹き飛ばされた私は、ややあって身を起こす。 すでにギルモアの姿はなく、彼のいた辺りの地面がオレンジ色に煮沸しているだけ。 逃げたわけではない。おそらく一瞬にして燃え尽きてしまったのだろう。 なんつう火力だ......。 ......と、待てよ!? 「......!」 私は慌てて辺りに視線をめぐらせる。 リッシュモンと亜人軍団、そしてキュルケと姫さまの姿がない! ......今の攻撃の巻き添えになったわけでもあるまい。直撃でなかった以上、それならば、どこかに転がっているはず。 つまり......。 「おやおや。他の連中には逃げられてしまったね」 のほほーんとした声に振り向くと、あの神官が頭をかいている。三枚目っぽい行為だが、それすらキマッてしまう二枚目っぷりだ。 「......ま、いいか」 あっけらかんとつぶやくと、視線を私に向け。 「あー、そこの可愛らしい妖精さん。つかぬことをお伺いしますけど、今の連中の住所、知らないかな?」 殺気もないし、スキだらけ。まるでナンパでもしているかのような口調である。 「......あんた......」 真っ正面から神官を見据えたままで私は言った。 「さては吸血鬼でしょっ!」 神官はまともにひっくりこけた。 ######################## 「......ど......どこをどうつついたら、そういう理屈が出てくるのかな?」 錫杖をついて身を起こす彼。 「んっふっふ。簡単なことよ。あんたさっき呪文唱える時、コモンマジックでもないのに、ルーン語じゃなくて口語を使ってた。だから、あれは系統魔法じゃなくて先住魔法だわ。つまり、あんたは亜人ってこと」 コボルドやエルフや翼人も先住魔法を使うが、こんな人間そっくりな外見のわけがない。つまり、吸血鬼である。 「......あのねえ。そんなものたちと一緒にしないで欲しいな。僕は亜人なんかじゃない。ロマリアの神官、ジュリオ・チェザーレだ。ここで出会ったのも何かの縁、以後お見知りおきを......」 ジュリオ・チェザーレとは......。 こりゃまた怪しい名前である。たしか、大昔のロマリアに同じ名前の大王がいたはず。そんな名前を自称するだなんて、みずから「偽名です」と言っているようなものだ。 「......ふぅん......。で、今の連中とは?」 「敵だよ」 あっさり答える彼の言葉に、しかし私は黙ったまま。 「......信じてくれないのかい?」 「敵の敵だからって、味方とは限らないわ」 「......ま、確かにそりゃそうだね」 「そんなことより、その指輪......」 私は、ジュリオの左手を指さす。 「それ......四つとも、始祖の指輪でしょ!?」 「おやおや、これを御存知とは! ......以前に出会った雪風の妖精も博識なお嬢さんだったが、この世界には、可愛い妖精はみんな物知りという法則でもあるのかねえ?」 「御世辞なんかじゃ、ごまかされないわよ。だって私、そのうちの一つ『土のルビー』をはめたことだってあるもん!」 始祖ブリミルが子供や弟子に与えたと言われる四つの指輪。それは単なる装飾品ではない。虚無の担い手がはめれば、クレアバイブルから虚無の魔法を教わることが出来るのだ。 「へえ......。君は虚無のメイジなのかい?」 うっ......。 得体の知れない男に、そこまで告げるつもりはなかったのだが......。 と、軽く私が悔やんでいると。 「......まあ、始祖ブリミルがそういう用途を付加しちゃったみたいだけど、本来は、そうじゃなかったんだよ」 「......へ?」 おのれの左手に視線を落としながら、ジュリオが解説する。 「装着者の魔力を増幅させたり、魔王の呪力を借りて放出したり......。そういうアイテムだったらしいよ。......魔力増幅に関しては、四つセットじゃないと無理だけどね」 「魔王の呪力ですって!?」 では、さっきジュリオが唱えたのは魔法の呪文ではなく、指輪に対しての呪だったのか。なるほど、言われてみれば、魔力の拡大を乞うような内容だった。 「なんでも、『魔血玉(デモンブラッド)』とかいう石で、それぞれが、赤眼の魔王(ルビーアイ)、闇を撒くもの(ダーク・スター)、蒼穹の王(カオティックブルー)、白霧(デス・フォッグ)の四体......つまり、この世界の魔王と、他の世界の魔王三体を表しているとか......」 「異世界の魔王!?」 「まあ、僕も詳しくは知らないんだけどね。いただきもんだから」 ......いや、それだけ知っていれば十分すぎる。 始祖ブリミルの指輪について、ここまで調べた人間などいないはず。 とても全て信じられる話ではないが、ジュリオが指輪を使ってみせたのは事実である。その効果のほどだけは、嘘ではない。 ならば......。 「ちょうだい! それ私にちょうだい! 四つ全部!」 「は? 何をいきなり......」 「だって今の私には、それが必要なんだもん。......そうね、じゃ、こうしましょう。ジャンケンして私が勝ったらもらう、負けたら諦める」 「いや、そんな......」 「ほら、ジャンケンポイっ!」 私の勢いに流されて、反射的に右手を突き出すジュリオ。 ......錫杖を握ったまま。 自然、その形はグー。 だから、私はパー。 「やったぁ! 私の勝ちぃ!」 ######################## 「うん、なかなか似合うわね」 四つの指輪をはめて、ジッと手を見る。 なんだか、これだけで強くなった気がする。 「......そういえば、君は虚無のメイジなのだろう? さっきの戦いでは魔法を使っていなかったようだが......なぜだい?」 うっ。 痛いところを突いてくる。 せっかく幸せ気分だったのに。 とんだ水差し野郎である。 「......封じられたのよ......魔法を......」 本当のことを話してもいいものかどうか、私は一瞬迷ったが、隠し立てしたところで何も変わらない。 虚無の担い手であることもバレているのだし、それに比べれば、こっちは些細なことである。 すると。 「へえぇ。そんなことの出来る人間がいるのか......」 「ええ。連中の仲間で、マゼンダっていう赤毛の美人が......」 「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」 いきなり大声を上げる彼。 それから、考え込むかのような表情で、ブツブツと独り言を。 「......ということは、サビエラ村にいた『マゼンダ婆さん』というのも、あのマゼンダさんだったのか......」 「ちょっと待って。自分の世界に入り込まないで、ちゃんと教えて。......マゼンダさん、って、あんたあいつの知り合いなの?」 思わず身構える私に、ジュリオは頭をかきながら。 「まあ一応......ただし今は、敵として、だけどね」 「ふぅん......なかなか話がこみいってるみたいね......」 「そうだけどさ。こんなところで立ち話というのもなんだし、とりあえず、どこか近くの村にでも行かないかい?」 「そうね。おなかもすいてきたことだし」 言って私は、こっくり頷いたのだった。 ######################## 「......なるほど......それはなかなか大変だね......」 ちびちびと酒をすすりつつ、ちっとも大変そうじゃない口調でジュリオは相づちを打つ。 近くの村の小さなメシ屋。 かなり遅めの昼食をとりながら、私はこれまでのいきさつを、彼に説明したのだった。 ちなみに、この村まで私たちは竜で来ている。あの森を出たところにジュリオの風竜が待っており、そこからは街道を歩くことなく、らくちんな空の旅。そんじょそこらの貴族の竜騎士よりもジュリオは竜の扱いが上手いようだ。ちょっと便利なヤツである。 「魔法が封じられているから、指輪の呪力を解放して戦うつもりかい? でも、結構あれは扱いが難しくてね......」 「いいの。とりあえず、魔力増幅の呪文は覚えたから」 「......へ? 一回聞いただけで覚えちゃったのか? マーヴェラス! さすが可愛らしい妖精さんだ!」 「こう見えても私、座学は優秀だったから」 小さく胸を張る私。 しかしジュリオは、なんだか不思議そうな顔をして。 「だけど魔法を封じられているならば、魔力を増幅したところで無意味なのでは?」 「そうでもないのよ。確かに魔法は使えなくなってるんだけど、使えそうな手ごたえはあるの」 どうやら完ぺきに封じられているのは、系統魔法だけらしい。私にしか使えぬ、魔王の力を借りた呪文の方は、もう少し魔力がアップすれば使えそう......。そんな感覚があるのだ。 前々から思っていたことだが、あのテの魔法は、いわゆる系統魔法とは全く別物のようだ。魔王は精霊ではないが、それでも他者の力を借りるということで、むしろ先住魔法に近いのではないかと思う。 ......ややこしい話だし、私自身よくわかっていないから、今ジュリオには説明しないけど。 「なるほど......。しかし術の封印がゆるんで来ているというのは......マゼンダさんの術が甘かったか、でなければ、君の魔法容量(キャパシティ)がケタ外れに大きいのか......」 「いずれにしろ、まずはなんとかサイトたちと合流しないと......」 私は、空になった皿に目を落としたままでつぶやく。 「......まあ使い魔たちの方は大丈夫だと思うんだけど......心配なのはキュルケと姫さ......じゃなかった、アンの方ね」 「ああ、僕の前では誤摩化さなくていいよ。その『アン』っていうのは、トリステインの王女さまなんだろう?」 小声で言いながら、ウインクするジュリオ。 時間がはずれているせいか、私たち以外に客はおらず、店の人にも聞こえる距離ではない。 「トリスタニアでゴタゴタがあった話は僕も知っているし、その後、王女さまが旅に出たという噂も、僕の耳には入ってきているよ」 ......うーん。姫さま漫遊の噂が広がるのは嬉しくないが、この場は、仕方がないか。 「とりあえず、王女さまたちの方は心配する必要ないさ」 「また根拠もなしに能天気なセリフを......」 「いや、根拠はある」 彼は陶器のグラスを空にしつつ。 「さっきの状況ならその場で殺すのも簡単だったろうに、荷物になるのを承知で、わざわざ連れていったんだ。......何かに利用するつもり、ってことだろう?」 「......つまり、私たちをおびき寄せるエサね」 考えてみれば、あっちにはメイジの魔法を封じることの出来るマゼンダがいるのだ。喉をつぶす、などという乱暴な処置をされることもあるまい。敵の魔法封じが、この場合は、私たちにもプラスになる。 「それに、敵は一応宗教集団。ほら、神官の僕が言うのも何だが、宗教って儀式が大好きだろう? ましてや敵は、魔王信仰などというシロモノ。となれば儀式として考えられるのは......」 「生け贄!?」 「そういうこと。生け贄は、なるべく清く美しいものというのがセオリーだ。ならば彼らは、王女さまたちに無意味な迫害を加えたりはしないだろうね」 うーむ。 ジュリオの考え方には一理ある。それに、ここで心配したところで、どうにもならないのだ。それよりも......。 「......で、あんたの方は連中と、一体どう関わってたわけ?」 ジュリオの側の事情を問い詰める私。 こういうのは、ちゃんと先に聞いておいた方がいいのだ。 「僕かい? 僕はガリアの片田舎で、連中とあるものの取り合いをしていてね。結局は連中がそれを手に入れて、拠点のあるここへ帰ってきた、ということさ」 「肝心な点をぼやかしたわね。その『あるもの』っていうのは何?」 「いや......まあ......その......」 言いながら、ジュリオは視線を逸らす。グラスを口に運んだが、そこで、中身が既に空なことに気づいたらしい。 「......ただの『写本』だよ」 「『写本』!?」 思わず声を上げる私。 『写本』とは、『始祖の祈祷書(クレアバイブル)』の知識の一部を記したもの。本来『始祖の祈祷書(クレアバイブル)』は、私のような虚無のメイジが始祖の指輪をはめることで読めるようになる物だが、『写本』ならば、そんな条件は一切関係ナシ。 実際、まだ指輪の仕組みなど知らなかった頃の私は、インチキかもしれない『写本』から強力な魔法を習得したことがあるのだ......。 「それで......」 私は彼の瞳をジッと見据えて言う。 「その『写本』には何が書かれているの? あんた、その『写本』を手に入れて、何するつもり?」 「君は好奇心が旺盛だね。まあいい、言えることと言えないことがあるのだが......。これだけは約束しよう、絶対に『写本』を悪用しない......と」 色男の笑顔でカバーしているが、これ以上は教えませんと顔に書いてある。 今の言葉もどこまで信用できるか判らないが、しかしともあれ、彼が邪教集団と対立していることだけは確かなようである。 サイトや姫さまたちとは離れ離れで、私の魔法も頼りにならない現状では、一時的でもいいから味方が欲しい。 「......わかったわ。ひとつ提案があるんだけど......」 「一時手を組まないか......かな?」 「当たり。敵の本拠地は判んないけど、近くにあった集会所までなら案内してあげられるし、私としても味方がいた方が心強いわ」 「......いいよ。君のような可愛らしい妖精は、僕としても大歓迎だ。それに、敵にマゼンダさんがいる以上、放ってもおけない」 「わけありね」 「それも秘密だよ。男は、秘密の多い生き物だからね」 言ってジュリオはウインクする。 ......かくて。 私とジュリオとのにわかコンビは結成されたのだった。 (第三章へつづく) |
ジュリオとの協力体制が決まった後。 私の疲労を考慮して、まずは一晩ゆっくり休もうということになった。 だからその夜は宿屋に泊まり、それぞれの部屋で眠っていたわけだが......。 灼けつくような殺気が、私の目を覚ました。 枕元に置いた杖を手に取り、ベッドのふちに引っ掛けていたマントに手を伸ばす。 その瞬間。 ドゴワゥッ! 強烈な衝撃が、部屋全体をゆさぶった。 「......なっ......!?」 マントを背中に羽織りつつ、部屋のドアを開く。 「くっ......!」 コゲ臭いにおいと熱気が顔を打つ。 そして、ふたたび宿を揺るがす震動と爆発音。 熱気がグンッと跳ね上がる。 階段も一部はオレンジ色に染まっているが......。 「えいっ!」 背中のマントを頭からかぶって、私は突進。 ここを誰かが攻撃しているのだ。急いで脱出しなければ蒸し焼きになる! 一階まで辿り着いたところで、廊下の適当な窓をぶち破って、外へ飛び出した。燃える屋内と比べれば、夜風は涼しく心地良い。 でも、まだ安心は出来ない。 顔を上げた私の目の前に......彼女は静かに立っていた。 ######################## 「......ひさしぶりね......」 紅い唇が、笑みの形に小さく歪む。 「聞いたわ、リッシュモンから。......あなた......あの『ゼロ』のルイズなんですって?」 ねちりとした光を瞳に浮かべ、静かに一歩、マゼンダは私の方に歩み寄る。 彼女の放つ、なんとも言えないプレッシャーに気圧されて、私はジワリと後退する。 「みんなは......無事なの? サイトとキュルケと、それから......」 「......ああ。女の子たちは無事でしょ。たぶん、ね。剣士と火トカゲは知らないけど......」 「あの亜人たちは何て言ってたの? たしかテットとか言う......」 「知らないわ。私があったのはリッシュモンだけだもの」 火が燃え広がっているらしく、だんだん夜風も熱風と化していた。 髪をなびかせて、また一歩、マゼンダが歩み寄る。 「......けど、あなたのことを聞いた時には驚いたわ。もしもあなたが『ゼロ』のルイズだということを知ってれば......最初のあの場で遊んだりせず、殺しておくべきだった......」 「それにしても......いきなり宿に火をつけるなんて、あんましスマートなやり口じゃないわね......」 言って私は、後ずさりをやめた。 マゼンダの顔に、やや怪訝そうな色が浮かぶ。 「......そう言えば......リッシュモンの話だと、あなたの他にもう一人、得体の知れない神官がいたそうだけど......。もう火に巻かれたのかしらね?」 「いえ......」 私はゆっくりとかぶりを振った。 「いるわ。あなたの後ろに......」 「......ふふ......つまらない嘘ね......」 彼女は低い笑みを漏らす。 しかし。 「いや、本当だよ。マゼンダさん」 透き通るような美声を耳にして、マゼンダの顔がまともに強ばる。 「......ま......まさか......」 ゆっくりと、彼女は首をめぐらせる。 視線の行きつくその先に......。 笑顔を浮かべた神官の姿。 「ゼ......」 「ジュリオだよ、マゼンダさん。僕の名前はジュリオ。お間違えのないように」 マゼンダの悲鳴にかぶせるように、あらためて名乗りを上げるジュリオ。 おやおや。 やはり『ジュリオ』というのは偽名だったのか......? 「名前なんてどうでもいいわよ! なんで......なんであなたがこんな所に!?」 「いやいや......それはこっちのセリフだよ。まさか、よりによって、魔王信仰の邪教の幹部さんとは......」 言ってジュリオは苦笑を浮かべる。 「けど......それならそれで、自分の教祖さまが何を探していたのか、くらいは把握しといた方がよかったけどね......」 「わかってるわよ、『写本』でしょ!? ......あの『写本』をクロムウェルに渡したのは、他ならぬ私なんだから......」 よほど動揺しているらしく、自分の親分呼び捨てである。 一方ジュリオは、深々と頷くと、 「そうか。やっぱり、あの村にいた『マゼンダ婆さん』とは、君のことだったのか」 「......え? それじゃリュシーの言ってた手ごわい神官って......。まさか、あなたもサビエラ村にいたの!?」 「そういうこと。......僕は僕で、『写本』に関する仕事を仰せつかっていてね。そういう事情だから、君と僕は敵同士......」 怯えまくっているマゼンダは、ジュリオに最後まで言わせなかった。 「ひぃっ!」 小さな悲鳴を上げるや否や、迷うことなく身をひるがえし、燃え盛る宿の中へと身を躍らせる! 「えええええっ!?」 思わず声を上げる私の肩に、そっとジュリオは手を置いた。 それを払いのけながら、私は尋ねる。 「ち......ちょっとジュリオ! これって一体どういうことなのよっ!」 しかし私の問いには答えず、 「追いかけるよ。僕は今から彼女を追いかける」 「......へ? 追いかけるって......あんた、正気なの!? 相手はもう火の中よ!」 「いやいや、大丈夫。マゼンダさんはこれくらいじゃあ死なないよ」 何が一体大丈夫なんだ、それは。 「ともかく、君の魔法封じの件も、僕が何とかしてあげよう。協力の約束をしたすぐ後で申し訳ないが......必ず追いついてみせるから。......連中の本拠はどこだい?」 「......ド......ドーヴィルの街あたりよ......」 思わず正直に答える私。 「わかった。では僕はこれで。いずれまた会いましょう、虚無の妖精さん」 最後にウインクを一つ、そしてジュリオはマゼンダの後を追い、迷うことなく炎の中へ。 二人が消えたそのあとに、残るは私と、なおも激しく火の手を噴き上げる宿屋。 「......何なのよ......一体......」 ただただ私は茫然と、燃え上がる炎を眺めていたのだった。 ......宿の火事が消えた後、もしも二人の焼死体が発見されたりしようもんなら、指さして笑うぞ、などと心の中で思いつつ。 ######################## そして......。 私は戻ってきた。 ドーヴィルの街へと。 しかし......。 いまだサイトの姿はなく、ジュリオとの合流もまだ。ちなみにジュリオが炎の中に消えて以来、彼の風竜もどこかへ行ってしまったので、ここまで私はテクテク歩いて来ている。 それはともかく。 私の虚無魔法は回復していない。『魔血玉(デモンブラッド)』で魔力増幅すれば魔王の呪文は使えそう、という手ごたえは日ごとに大きくなっているが、まだまだ発動できるレベルには至っていない。『魔血玉(デモンブラッド)』そのものから異界の魔王の呪を引き出すのは、ジュリオには可能だったが私には無理なようだし......。 つまり。 敵の本拠に着いたはいいが、逆襲に出るだけの条件は、全く揃っていない。 とは言うものの、やせても枯れても腐っても、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。敵に後ろを見せない、貴族の公爵令嬢である。 そこで......。 ######################## 「わが同胞よ!」 男の声は、朗々と、夜の闇に響き渡る。 ドーヴィルの近くの海岸にある、連中のあの集会所。私はまたもや、ここへ潜入したのだった。 以前にリッシュモンが立っていたのと同じ場所に、今は別の男が立っている。 高い鷲鼻が特徴的で、年のころは三十代の半ば。丸い球帽をかぶり、帽子の裾からはカールした金髪が覗いていた。 黒いローブとマントを身に着けており、こんな邪教集団の幹部などではなく、まともな聖職者のようにも見える。が、瞳の持つ輝きが違う。むしろ軍人である。 「......喜んでくれ。我らが望んだものは今、我が手の内にある!」 おおぉぉぉぉぉっ! 歓喜の声が、夜の空気を震わせる。 ......私の周りから。 そう。今回は崖の上ではなく、私自身、聴衆の中にいた。今夜の私は、村人ふうの男ものの服を着込み、両目の位置に穴を開けただけのずた袋をかぶっている。 さいわい、こいつらは皆、覆面姿。こんな簡単な変装で、信者たちの中に紛れ込むことも出来ちゃうのだ。 「私はついに、真の力、真の恐怖を手に入れた! この力をもってして、始祖ブリミルなどというものを崇め、我らを邪教とそしった愚か者たちに知らしめてやるのだっ! 我らこそが力であることをっ!」 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 以前にも増すどよめきが、ふたたび闘技場を揺るがした。 ......しかし、こいつら。ブリミル信仰にケンカ売るような態度だが、それって、ハルケギニア全土を敵に回すってことなのでは......!? 「まずは......トリスタニアだ!」 ......はぁ? いきなり出てきた王都の名に、私は思わず眉をひそめる。 「歴史ある三大王家の一つでありながら、すっかり弱小国家に成り下がったトリステイン王国! まずはその首都を壊滅させ、トリステインを我らの新国家とする!」 おいおいおいおいっ! 正気か!? こいつは? 今まで耳にした話からして、この男こそ、おそらく教祖クロムウェル。以前はレコンキスタを率いて、アルビオンを手に入れようとした男。アルビオンがダメだったので、今度はトリステインということなのだろうが、どうせまた他の幹部に蹴落とされるのでは......。 ......あ! そのための『写本』か!? 誰も逆らえないような、強大な力を手にしたクロムウェル......。 などと私が思っているうちに、彼の演説は、別の話題に移っている。 「......何日か前、ここでの我々の会合を妨げた不逞の輩たちがいたが......。心配には及ばん! うち二人は、わが友リッシュモンが捕えた。残りも、まもなく我らが手に落ちるであろう!」 聞いて私は、思わず胸をなで下ろす。サイトは健在だとわかったからだ。 ......この後もクロムウェルの演説は、貴族と平民がどーのこーのとか、人間の本質がどーしたこーしたとか、延々と続くのだが、そのあたりのことはどうでもいい。 ともあれ。 やがてクロムウェルの演説も終わり、集まった全員で何やら呪文らしきものを大合唱。そして集会は終わりを迎えた。 中央の闘技場からクロムウェルとその取り巻きたちが退場し、信者たちも出口の方へと向かう。 さあ、ここからが本番だ。 信者のみなさんに混じって私も出口へ向かいながら、途中で迷子になったふりをして離脱、幹部連中のあとをつけて本拠地――たぶん『神殿』と呼ばれるところ――を確かめる。......それが私の作戦である! ######################## 甘かった。 信者たちのお帰りルートはどうやら決められているらしく、そこをぞろぞろみんなで進むだけ。 しかたない。 とりあえず私も、おとなしく集会所から出る。村の方へと向かう彼らに混じって歩きながら、隙を見つけて、近くの茂みに身を隠した。 そのまま様子をうかがっていると......。 「......来た!」 信者たちの出口とは別の、小さな出入り口。そこに、いくつかの影が現れた。 何人かは、杖の先に『ライト』の光量を抑えたものを灯し、かかげ持っている。淡い光に照らされて、クロムウェルの姿も見えた。 やがて一行はゆっくりと、村とは逆、つまり海の方へと向かって歩いて行く。 十分な距離をとってから、私もあとをつけ始めたのだが......。 「だめですよ、そちらへ行っては」 横手からかかった声に、私は驚いたように身をすくませる。 ......本当に驚いたわけではない。気配があったので、尾行に気づかれたっぽいことは承知していた。それでも私は誤摩化せるとふんで続けていたのである。まだ例のずた袋マスクをかぶったままなのだから。 「は......はいっ!」 答えて私は、声の方に向き直る。 そこにいたのは、若い、長髪の美しい男。 長い銀髪をかき上げると、切れ長の目が現れる。まるでナイフのような視線だが、人懐っこい光をも含んでいた。魅力的な顔立ちである。 が。 こんなところにいる以上、こいつも邪教集団の一員。しかも覆面姿ではないということは、幹部クラスであろうか......? 「迷子になったのかい?」 「うん。と......父ちゃんと......はぐれちゃって......光が見えたんで、つい......」 しどろもどろを装った私の口調に、男はニッコリと笑って。 「こっちじゃない。村は逆だよ、お嬢さん」 「......へっ?」 思わず間の抜けた声を出す私。『親に連れて来られたが、はぐれてしまった男の子』の役を演じているつもりだったのだ。胸がないのと背が低いのを、最大限に活かした作戦だったのに......。 「ああ、そうか。お嬢さんは、よく男の子に間違われるのかな? でも私にはわかるよ。私が以前に仕えていた貴族のところのお嬢さまも、ちょうど、君と同じような体型で......」 昔話を始めそうになったが、男は、ハッとして。 「いけない、いけない。立ち話をしている場合じゃなかった。......明かりもない田舎道を、小さなレディ一人で帰すわけにもいかないね。私が家まで送ってあげよう」 待て。おい。 悪の宗教団体の会員が、こんな時だけ親切にするんじゃない! そりゃまあ優しそうな外見のお兄さんではあるが......。ともかく、今は迷惑である! 「いいよ......たいまつか何かもらったら、一人でちゃんと帰れるから......」 「夜道は危ないんだよ、お嬢さん。......今日の集会でも言ってたでしょう、最近このあたりを怪しい連中がうろついてる、って。やっぱり一人で帰すわけには......」 男がそこまで言った時。 ゴゥオォォォン......。 遠い爆発音が、夜の空気を震わせる。 「しまった!」 男が叫んで振り返る。 クロムウェルたちが姿を消したと思われる方角だ。 それほど大きな規模ではないが、確かに一瞬、炎が閃いた。 何があったかは知らないが......あそこが本拠地か! 「すまない、嬢ちゃん!」 言いながら男は、手品のように突然、明かりのついた杖を取り出して私に押しつける。 「悪いが送ってやれなくなった。村はそっちの道をまっすぐだ、途中で枝道があるが、そっちに行くんじゃないぞ! いいな!」 ぶっきらぼうになった口調に、彼の焦りが滲み出る。 くるりと背を向ける男に、私は思わず声をかけていた。 「......お兄さん!」 「何だ?」 「......えっと......名前は!?」 「トーマスだ。トマと呼んでくれ。また会おうな!」 言ってすぐさま、闇の奥へと姿を消す。 ......敵とは言え、あんまし戦いたくないタイプだな......。 しかし。 何はともあれ、こうとなっては行くっきゃない! もらった杖はとりあえず、手近な茂みの中に隠すと、私は一路、炎の見えた方を目指して進み始めた。 ######################## やがて私は、そこに辿り着く。 連中の本拠地は、海に面した洞窟だった。 入り口はかなり大きく、ちょっとした小屋ならばスッポリ収まりそうなくらい。満潮時は完全に海に没してしまうようで、今も一部は海面の下。それでも脇には人が歩くための道が作られており、その部分は今は水上になっていた。 ......さきほどの爆発、連中にとっての敵が中にいることは事実。混乱状態にあるならば、今こそ潜入のチャンス! そう思って、海岸洞窟に足を一歩踏み入れたとたん......。 ドゥン! 奥の方からまたもや聞こえる爆発音。 やはり誰かが戦っている! 私は、濡れた岩道をダッシュしていた。 ######################## 洞窟内部は、かなり整備された構造になっていた。 行けども行けども、大きな穴には海水が入り込んだまま。ひょっとして奥に戦艦でも隠し持っていて、ここはそれが出撃するための進水路なのかもしれない......と思わせるくらいだ。 その『水路』の横の『歩道』は、少しずつ上へ上へと昇っており、いつのまにか水没した跡もなくなっていた。この辺りはもう、満潮時でも海面には没しないらしい。 やがて『歩道』は、複雑に枝分かれする。『水路』から離れる道もあったが、私は迷わず、『水路』沿いを進む。これがメインだと私のカンが告げているのだ。 そして......。 「何をしている」 突然、頭の上から降って来た声。 私の進む『歩道』とは別の通路があったようだ。そこに立っているのは、一匹のオーク鬼。 普通のオーク鬼ではない。なにしろ、しゃべるオーク鬼なのだから。 しかも、この声は......テット! あの時の亜人だ! 「......な......何って......」 思わず私は口ごもる。 亜人が右手に下げた抜き身のグレート・ソードが、ぬらりと光る。 かなり距離があるので、斬られる心配はないが、位置関係は向こうが上だ。何か投げつけられる可能性はある。 「......し......集会が終わって、父ちゃんとはぐれちゃって......。う......うろうろしているうちに、ドォンって音が聞こえてさ......。何だろうと思って来てみたんだ......」 声を覚えられているかもしれないので、男の子を装う作り声で言い訳する。 が......。 「覆面を取れ」 テットは静かな声で言い放つ。 まずい。本格的にまずい。 覆面をつけたままだからこそ、私も信者のフリが出来るわけで。それを脱いだらおしまいだ。 こうなったら、いちかばちか......。 「......でも......覆面は......」 私は両手を胸の前でモジモジ揉み合わせながら、口の中でブツブツとつぶやく。 ......むろん、増幅の呪文を、である。 「脱げと言っている。あと......その怪しい手袋も取れ」 あ。 手袋にも注意を向けられた。四つの指輪を隠す意味で手袋をしていたのだが、むしろ逆効果だったか......? でも既に増幅の呪文は完成。私は右手を懐に入れ、隠し持った杖を握りながら、今度は『竜破爆(ドラグ・エクスプロージョン)』を唱え始める。 あともう少し......。 「自分で脱げんと言うなら......」 テットが剣を振りかぶった。 ......まさか剣を投げつける気か!? あるいは......剣圧を飛ばすとか!? その時。 「気をつけろテット! そいつは......」 どこからともなく、いきなりドゥの声。 「何!?」 亜人の注意がそれた時、私は呪文を終えていた。 「竜破爆(ドラグ・エクスプロージョン)!」 本来ならば洞窟内で使うようなシロモノではないが、虚無魔法が使えない以上、これしかない。 呪力を解放した瞬間、杖を持つ手に異様な手ごたえが生まれる。 ......何!? 妙な感じはするものの、ためらっている暇はない! 「退けっ! テット!」 ドゥの声を聞きながら、私は思いっきり杖を振り下ろす。 ガグォォガァァッ! 爆発は、私の予想を遥かに超えて大きかった。 「なっ!?」 轟音が辺りを揺るがし、私は思わず『水路』へ飛び込み、深く潜る。 「......ぷはーっ」 やがて私が水面から顔を出した時、そこに亜人の姿はなかった。 今の爆発に巻かれたのか、あるいは間一髪逃げのびたのかは判らない。 洞窟の天井には驚くべきサイズの大穴があき、夜空と二つの月が見えていた。『歩道』は今ので崩れ落ち、もはや通行不能である。 ......しかし......この威力は一体......いくら『竜破爆(ドラグ・エクスプロージョン)』とはいえ......。 ひょっとして! 私は急ぎ、呪文を詠唱。 「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ......」 通路をふさぐ岩塊が消滅する。 ......虚無魔法も使えた! そう。 私の魔法は、いまや完全に回復していた。 ######################## 「おしっ!」 私は一発気合いをかけると、かぶっていた覆面を脱ぎ捨てた。 どうやらとうとう、ジュリオがやってくれたようである。 魔力の封印が解けたからにはこっちのもの。もう『歩道』は通れなくなったが、そこらの岩壁を魔法でぶち破って、勝手に通路を作製して......。 キンッ! 飛んで来た銀色の光。 とっさに私は、再び水中に潜る。 危ない危ない。考え事をしていたから、気配に気づくのが遅れたが......。 水面から顔を出すと、私から数メイルのところに。 「......うまくよけたね、今のナイフ」 「無駄口はよせ、ドゥ」 やっぱり生きてた亜人コンビ。 あいかわらず、姿を見せているのはテットのみ。 しかし......。 「......驚いた。あんた......飛べたのね」 「そうだよ。僕たち、普通のオーク鬼じゃないからね」 私の声に応えたのは見えないドゥ。 そう。 今のテットの背中からは、翼人のような羽が生えていた。 ......なるほど、ようやくわかった。この亜人の正体が。 「合成獣(キメラ)......」 「そのとおり!」 普通の人間は、羽根つきオーク鬼など見たことないはず。でも私は違う。キメラ研究に励む悪の組織を相手にした経験があるからだ。 そいつらは、強力なキメラに人間の脳を移植する研究もしていた。それらの技術を「高く売れる」と称していたが......。 おそらく、クロムウェルの邪教集団も、その得意先の一つだったのではあるまいか? 買い取った技術で、あれと似たキメラを製造しているのだとしたら、しゃべるオーク鬼の説明もつく。 「あんたたち......昔は人間だったのね? それが、オーク鬼をベースにしたキメラの中に移植された......。おそらく、一つの体に二つの脳......」 「おお、凄い! よくわかったね!」 ドゥの姿が見えないわけだ。ドゥもテットも一心同体だったのだから。 「......でも、それがわかったところで君の不利は変わらない。僕たちは宙に浮いてる状態で、君は水の中。溺れないように立ち泳ぎするのがやっと。この状況では、まともに戦うことなど......」 ドゥの話がそこまで進んだ時。 飛来した氷柱の矢が、四方八方から亜人に突き刺さる。頭部は氷結して弾け飛び、胴体は水中に墜落した。 ......もちろん、やったのは私ではない。振り返りつつ見上げれば、そこにいたのは......。 「タバサ!」 ######################## 「フル・ソル・ウィンデ......」 タバサのレビテーションで、私は水中から引き上げられた。 横の『歩道』の、まだ崩れていない部分に、二人並んでストンと着地する。 「ありがと。久しぶりね、タバサ。......でも、なんだってあんたがこんな所に?」 彼女とは以前何度か、色々な事件で関わったことがあった。 彼女にはエルフの魔法薬で心を壊された母親がおり、母親を元に戻す方法を探して旅をしていたはずだが......。 「......それは、こっちのセリフ。あなたこそなぜ?」 タバサが小首をかしげたのと同時に。 ザバァッ! 水の中から飛び出して来たのは、首を失った亜人! こいつ、まだ生きていたのか!? ......というより、二つの脳のうち片方は、頭部以外にあったのだろう。今は、そっちが体を動かしているに違いない。 などと悠長に考えている場合ではなかった。 慌てて杖を構える私とタバサ。 しかし私たちが魔法を放つより早く。 ボウッ! 横手から出現した炎の蛇が亜人の体に巻き付き、それを燃やしつくした。 首をそちらに向ければ、見知った顔が二つ。 「キュルケ! 姫さま!」 「やっぱりあなただったのね、ルイズ。......あら、タバサまで一緒じゃないの」 「ああ、ルイズ! わたくしのおともだち! 無事だったのですね! よかった......」 近くに降り立った二人が駆け寄ってくる。 特に姫さまは私に抱きつく勢いだが、ここは敵の本拠地。再会の抱擁はまだ早い。 「ルイズもアンも、なごんでる場合じゃないわよ。たぶん、もうすぐ敵が来るから......」 「そうでした。何か恐ろしいことを言っていましたわね」 キュルケに言われて、姫さまが私から体を離した。 私は彼女に問いかける。 「恐ろしいこと?」 「ええ。物陰でジッとしていたら聞こえてきたのです。『ほかにも侵入者が来た!』『しかたない、アレを使おう!』『海戦型は無理でも、陸戦型は使えるはず!』って......」 「ちょっと待って」 姫さまの言葉を遮るタバサ。無口で無表情な彼女にしては珍しく、焦ったような顔をしている。 「アレを使う......って言ったの?」 「そうです」 「そうよ。あたしも聞いたわ」 姫さまとキュルケが二人して頷くなり、タバサはつぶやくように言った。 「......逃げる......」 「......へっ?」 思わず私は問い返す。 「逃げる! 急いで!」 言うなり私たちの答えも待たず、タバサは魔法で浮き上がった。 さっき私が『竜破爆(ドラグ・エクスプロージョン)』で開けた大穴から、外へ出ようというのだ。 せっかく魔法も回復して、しかも四人が合流。さあこれから大暴れという状況なのだが......。 「わかったわ。......私たちも出ましょう、姫さま」 「あたしも賛成」 「......ルイズとキュルケさんが、そう言うのでしたら」 小柄な少女のタバサではあるが、その外見とは裏腹に、彼女は実戦経験も豊富なスクウェアメイジである。そして、私やキュルケの実力もよく知っている。 その上で『逃げる』と言ったのである。 ここは、彼女の判断に従うのが最善であった。 ######################## 「......さて......誰から話す?」 ドーヴィルの街のはずれにある小さな倉庫。 私が荷物を隠していた場所だ。 ここまで来れば、少しは落ち着ける。 ......ということで、まずは現状の確認。 「あたしたちは......話すことと言っても、ほとんどないわね」 キュルケの言葉に、姫さまも首を縦に振る。そのまま彼女が目で続きを促したので、キュルケが語り手を続ける。 「連中に捕まった後は、あのマゼンダって人に魔法を封じられて、アンと二人で小部屋に監禁状態だったのよ。何かの拍子に魔力が復活するかも、って思って時々呪文を唱えてチェックしていたら、今晩いきなり復活したの」 「それで本拠地内で暴れ回ってたのね?」 「そうよ」 私の言葉に頷くキュルケ。これで彼女の話は終わりらしい。 「じゃあ、次は私かしら」 無口なタバサは最後ということで。 私が、ここまでの話をかいつまんで説明する。 ジュリオの出現、指輪の獲得、マゼンダの襲撃、そして集会所への潜入......。 「始祖の指輪を四つとも手に入れたのですか!?」 姫さまが反応したのは、そこだった。 いや、姫さまだけではない。 「ねえ、ルイズ。ちょうど四人いることだし......山分けして一人一個ずつにしない?」 「馬鹿なこと言わないで、キュルケ。これ、四つ揃ってないと魔力増幅効果もないんだから......」 「いいじゃないの、もう魔法は回復したんでしょ。......ま、それはともかく、ルイズの話から考えて、そのジュリオって人がマゼンダをやっつけたのね」 「たぶん、ね。......詳細は不明だけど」 すると、ここでタバサが口を挟む。 「......ジュリオなら、それくらい出来ても不思議じゃない」 「え? あんた、ジュリオのこと知ってんの!?」 驚く私に向かって、タバサはコクンと頷いてから。 「私も彼に助けられた。でも彼は怪しい男」 ジュリオとの出会いを、ポツリポツリと語る。 小さな村で起こった怪事件。謎の神官ジュリオとの遭遇。邪教集団との『写本』争奪戦......。 「なるほどね。ジュリオの言ってたサビエラ村でのうんぬんかんぬんってヤツに、あんたも関わってたわけね」 ジュリオが口にした村の名前を、ちゃんと私は覚えていた。名前を覚えられないサイトとは違うのだ。......そう言えば、サイトは元気かしら? 「ようするにルイズもタバサも、そのジュリオと一時手を組んだのね。......でも今の話だと、クロムウェルを倒して『写本』を手に入れたら、あなたとジュリオは敵になるのかしら?」 キュルケの言葉に、タバサが頷く。 タバサにしては珍しく、目が完全にすわっている。こりゃ本気でジュリオとやり合うつもりだぞ......。 「......け......けど......その『写本』に、タバサの必要な知識が書かれているかどうか......」 「......可能性は低い。それでも一応、見てみたい」 あれ? タバサの口調にピンときて、私は再度質問する。 「可能性は低い、って......。もしかしてタバサ、何が書かれているのか、具体的に知ってるの?」 「......何が書かれているのかは判明した。でも、何が書かれていないのか、まだ判明していない」 つまり、母親の心を取り戻す方法『も』書かれているかもしれない......と期待しているわけか。 それよりなにより。 どうもタバサ、なんだか少しもったいぶっているような......。 「......で? その『写本』の具体的な内容って、何?」 キュルケも私と同じ感じを抱いたらしい。あらためて追求する。すると。 「かつて、その『写本』に書かれていることを試した者がいた。でも制御しきれず、ひとつの村が大変な目にあった。......あなたたちも知っているはず」 タバサは憂鬱そうにため息をつくと、トーンを落としてつぶやいた。 「ザナッファー。タルブの村の魔鳥......」 ######################## おい。 思わず沈黙する私たち。 ザナッファー......。かつてタルブの村を蹂躙し、有名なブドウ畑を壊滅させた伝説の魔鳥......。 畑を壊滅なんて言うと単なる害虫のようにも聞こえるが、そんな生易しいものではない。その『死骸』から作られた道具でさえ、今でも効果バツグン。剣は鋭い切れ味を見せるし、なんとフライパンまで武器になってしまう。 そもそも、あの『ザナッファー』は......。 「ルイズたちは......知っているのですよね? その魔鳥の正体を......」 姫さまの言葉が静寂を破る。 そう。 私たちはタルブの村での事件において、魔鳥の死骸と呼ばれる物を直接この目で見た。そしてサイトが一緒だったおかげで、知ることができたのだった。 魔鳥ザナッファーとは、実はサイトの世界から召喚された戦闘兵器。世界中を巻き込む大きな戦争で大活躍した、空飛ぶ機械だったそうな。 その破壊力は、ハルケギニアの武器とは比べものにならない。実際、残った『銃』の部分だけでも、強敵シェフィールド一派を倒すのに十分だったわけで......。 「ねえ、タバサ。それじゃ連中が言ってたアレって......」 かすれた声で問うキュルケに、タバサが頷く。 「......おそらくザナッファー。ただし、今回は『魔鳥』ではない」 そうだ。 姫さまとキュルケの話では、陸戦型とか海戦型とか呼ばれていたらしいのだ。ならば『魔獣』やら『魔魚』やらが出てくるということか。 「サイトの合流が待ち遠しいわね......」 「あら、ルイズ。やっぱり寂しいの? サイトとルイズは......そういう関係?」 「ちゃかさないで、キュルケ! あんただって意味わかってるんでしょ!?」 「何よ、ちょっと場の空気を変えようとしただけじゃない。......はいはい、わかってますよ。サイトのガンダールヴの力があれば、今度のザナッファーの詳細もすぐに判明。どう戦うべきか対策も立てられる......ってことね」 「そうよ」 と、ぶっきらぼうに私が頷いた時。 ドグゥンッ! 爆発音は、街の中央から聞こえた。 ######################## 一度きりではない。 爆発音は続く。 「何っ!?」 私たちは、慌てて倉庫から飛び出した。 街が燃え、夜空を赤々と照らしている。 この辺りはまだ大丈夫だが、いつまでも安全は続かないだろう。 「砲撃されている!?」 そう。 何かが遠くから街を攻撃しているのだ。 炎で明るくなったおかげで、少しは弾道もわかるのだが......。 ......こりゃ、とんでもない距離から撃ってきてるみたいだぞ!? やがて。 砲撃の音は止み、代わりに。 キュルキュルキュルキュル......。 街へ近づく音が聞こえてきた。 そちらに目を向ければ......。 「あれが......」 それは、巨大な鉄の塊だった。 分厚い鉄板を作って組み上げられた箱が、二階建ての家くらいの大きさで、私たちを圧倒する。上の箱からは、長く太い砲身が突き出ていた。 禍々しい迫力をもって迫り来る、破壊のための存在......。 「......陸戦型ザナッファー。くろがねの魔獣だわ」 (第四章へつづく) |
「どういうこと? この街って......ふだん連中が暮らしてる街なんじゃないの!?」 悲鳴を上げたのはキュルケである。 その声が聞こえたわけではなかろうが、大きな鉄の塊から反応があった。 メインである大きな下の箱の上面で、大砲つきの上の箱のちょうど横の辺り。小さなハッチらしき部分が開いて、『陸戦型ザナッファー』を操る者の一人が顔を出したのだ。 「教団に逆らう者たちよ! もはや街に残っているのは、お前たちだけだ! 街には避難命令が出ているからな!」 これもザナッファーに装備された機械の効果なのか、とても聞こえるはずがない距離なのに、ハッキリ聞き取れた。 叫んでいるのは、赤い覆面の男。同色のマントとローブを着込んでいる。おそらく、集会で魔王の腹心役をやっていた一人だ。『魔獣』に乗ってきたということは、『獣王(グレーター・ビースト)』のつもりかもしれない。 などと考えているうちに。 鋼鉄の魔獣は進軍を停止し、大砲を私たちへと向けた。 こちらの姿は街の建物に紛れてわからないだろうと思っていたが、魔獣は精巧な『目』を持っているらしい。 「おとなしく降伏してください!」 今度は上の箱の上面が横にずれて開き、別の乗り手が上半身を外気へさらす。 おや? この男は......。 「このザナッファーの照準は、信じられないくらい高い精度です。この距離でも命中します。私は......シャルロットお嬢さまたちを傷つけたくはありませぬ。どうか降伏してください!」 集会の後で私に声をかけてきた、親切そうな彼だ。今は沈んだ表情で首を振っているようだが、私は見ちゃいなかった。彼が口にした名前に驚き、タバサに顔を向けたからである。 「タバサ、彼も知り合い......?」 「......トーマス。屋敷のコック長の息子だった。小さい頃はよく遊んでもらった」 なるほど。昔のタバサの家の使用人だというのなら、なーんとなく事情も想像できる。 父親を殺されて母親の心も壊されて、タバサの家は、もうおしまい。使用人は散り散りになっただろうし、中には、落ちぶれて悪い連中の仲間となった者もいるはず......。 「すでに父は他界しましたが、最後までお嬢さまの身を案じておりました。私はゴロツキのような暮らしをしておりましたが......」 おいおい。 こんな戦場で、自分語りを始めたぞ!? 「......喜捨院を営むギルモアさまに拾われ、立派な仕事を与えられました。富んでいる者から金を巻き上げて、貧しい人々に配るという賭博場で、手先の器用さを活かして働いていたのです。ところが、そこが王政府に潰されてしまい......」 私は覚えている。リッシュモンに付き従っていた亜人が、ギルモアと呼ばれていた。 ジュリオが出てきた際に、カジノがどうのこうの、と言っていたはず。あのギルモア、元々は人間だったのね。 ようするにトーマスは、ギルモア共々、今度はクロムウェルの教団に拾われた。ギルモアは亜人にされてしまったが――たぶん脳移植――、トーマスは人間のままで、『手先の器用さ』を活かしてザナッファーのメイン操縦者となったわけだ。 ......ザナッファーはサイトの世界の兵器。それを操れる者は、このハルケギニアではごく少数に違いない。 「......もういい!」 赤覆面が叱責の声を上げ、トーマスの話を中断させる。 「いつまで昔話をしておるのだ! まさか......逃げる時間を奴らに与えているわけではあるまいな!?」 「いいえ、そのようなつもりは......」 ふむ。 どうやらトーマスくん、いまだに少し、タバサに対する忠誠心が残っていたようである。 そして、こうやって彼が時間を稼いでくれたおかげで。 「ほら! 見ろ!」 叫びながら、慌てて引っ込む赤覆面。 続いて、トーマスもザナッファーの中へ。 ほぼ同時に、ザナッファーに直撃する火炎の球。キュルケの魔法攻撃だ! ......いや、キュルケだけではない。タバサが氷の矢を放ち、姫さまが水の塊をぶつける。 しかし。 「フワッハッハ......! その程度の魔法、この魔獣ザナッファーには通用せんわ!」 再びパカッと蓋を開けて、誇らしげに顔を出す赤覆面。 悔しいが、彼の言うとおり。 ザナッファーの装甲は、私たちの魔法など、ものともしなかった。もっと近づいて強力な魔法を叩き込めば効くかもしれないが......。 「しょせん貴様らの魔法は、その程度! しかし、こちらの攻撃は......」 赤覆面は、最後まで言い切れなかった。 横手から突然、強力な炎が彼を襲ったのだ! あっというまに黒コゲになり、ポテッとザナッファーの筐体内部に落ちる赤覆面。 これをやってくれたのは......。 「フレイム!」 「サイト!」 キュルケと私が、それぞれの使い魔の名を叫ぶ。 そう。 ザナッファーの右側から迫る援軍は、火トカゲの背に乗るサイト。 使い魔コンビの到着である! 「ルイズ! 戦車の弱点はキャタピラだ! 足を止めてしまえば、ただの鉄の塊になる! ......あと、戦車は真上からの攻撃にも弱いぞ!」 サイトが大声で叫んだ。『戦車』というのが、この『陸戦型ザナッファー』の本来の名称なのだろう。 言われてみれば、全体が鋼鉄に覆われた魔獣だって、『足』の部分は柔らかそうな素材だ。大砲も前後左右は攻撃できるが、上には向けられない構造らしい。 キュルキュルキュル......。 サイトの接近に気づいて、動き出すザナッファー。重そうな見た目から想像するほど、そのスピードは鈍くはない。 先に倒すべきと判断したらしく、魔獣は、私たちではなくサイトたちへ大砲を向けた。いったん停止して砲撃。しかし、なんとか回避するサイトたち。どうやら、動いている物体を狙うのは難しいようだ。 そして、魔獣がサイトたちの方をかまっているうちに......。 「ルイズ! あなたは足の方をお願い!」 「わかってる!」 私たちも走り出していた。 サイトが教えてくれた弱点は二つ。ならば手分けして攻めればよい。 キュルケとタバサは、魔法で空へ。上から攻撃魔法を叩き込むつもりだ。 一方、飛べない私はエクスプロージョンで『足』を狙う。正面からでは難しいが、ちょうどサイトと相対する間に、魔獣はその側面を私たちに向ける形になっていた。 「あの......私は?」 「姫さまは、後ろで見ていてください! ......えーっと、『水』魔法が使えるのですから、何かあった時のためのヒーリング要員ということで」 「はあ。邪魔だから下がっていろ......というわけですね」 ぶっちゃけてしまえば、そういうことだ。姫さまも魔法飛行は得意なはずだが、もう危険な最前線で戦ってもらう状況ではない。 ......魔獣退治は、時間の問題となっていた。 ######################## 「結構あっけなかったわね。......あたしたちが強すぎるのかしら?」 「軽口は止しなさい、キュルケ。サイトの情報のおかげよ」 たしなめる言葉をかける私だが、内心では彼女に同意する。 伝説の魔獣であるはずのザナッファーは今、私たちの目の前に、その屍をさらしていた。 サイトの言った『キャタピラ』部分を私のエクスプロージョンで破壊して、動けなくなったところをキュルケとタバサが上から魔法攻撃。 上部装甲も硬かったが、前面部ほどの強度はなかったようで、炎や氷が内部に届いた。本体後部にあった可燃性の機関に引火したらしく、『戦車』は途中で爆発炎上。焼けただれた鉄の塊と化したのである。 中に乗っていたトーマスも、致命傷を負ってしまった。一応タバサの知己でもあるし、救い出してはみたものの......。 「......どう?」 タバサの短い問いかけに、姫さまが無言で首を横に振った。 このメンバーで、もっとも『水』魔法が使えるのは姫さまだ。彼女が治癒できないのであれば、もう助からない。 「トーマス......」 タバサが小声で、彼の名前を口にする。いつもどおりの無表情であるが、その心の内は、いかなるものか。 「シャルロットお嬢さまに看取られるとは......これも何かのご縁でございましょうか......」 火傷で引きつった手を、力なく伸ばすトーマス。それをタバサが優しく握る。 「お嬢さま......お気をつけ下さい......。海戦型ザナッファーは......陸戦型よりも......恐ろしい物を......」 そこまでだった。 ゴフリッと血を吐くと同時に、彼の瞳から光が消える。 ......トーマスの最期である。 両手を胸の前で組ませて、立ち上がるタバサ。 その肩を、サイトがポンと叩いて。 「久しぶりだな、タバサ。......元気だったか?」 明るい口調で、遅ればせながら再会の挨拶。しんみりした雰囲気を嫌ってワザとやっているのか、あるいは、天然で空気が読めていないのか。 背中を向けたままタバサが小さく頷くと、サイトはさらに。 「そう言えばさ。タバサも使い魔がいたよな? 姿が見えないけど......どうした?」 「......帰った」 言われてみれば、前にタバサと別れた時は、使い魔の韻竜が一緒だったっけ。 主人のメイジをほっぽって『火竜山脈(ドラゴンズ・ピーク)』の管理をしているという、非常識な使い魔だ。また、そちらの仕事に戻ったのか......。 「ねえ、ルイズ。世間話してる場合じゃないんじゃない?」 私に声をかけてきたのはキュルケ。これは正論だ。 「そうね。海戦型ザナッファーとやらは、あの洞窟にいるんでしょうけど......。だからといって、逃げるわけにはいかないもんね」 「ルイズの使い魔さんが来た以上、もう大丈夫なのでしょう?」 姫さまが単純な意見を述べる。 たしかに、陸戦型ザナッファーをアッサリ倒した私たちならば、恐れるものは何もない......と言いたいところだが。 トーマスの死に際の言葉が、少し気にかかる。 陸戦型よりも恐ろしい物を......どうだと言うのだろう? などと私が考えていると。 「その洞窟というのが、教団の本拠地なのかい?」 背後からの突然の声。 姫さまは驚きの表情を浮かべ、キュルケとサイトは思わず身構える。 タバサの顔は見えないが、どうせ彼女は無表情だろう。 「......いつからそんな所にいたの? ジュリオ」 私は振り向きもせずに言った。 ######################## 「来たばかりだよ」 言いながら、私たちの顔を見回して。 「おやおや。虚無の妖精さんだけじゃなくて、雪風の妖精さんまでいるじゃないか。それに......こちらがトリステインの王女さまかな?」 とろけるような微笑みを浮かべるジュリオ。 男であるサイトはともかく、それなりの美人であるキュルケまで無視されているようだが......。 私や姫さまの横では、ツェルプストーの『微熱』も霞んで見えるのね。うん。 そのキュルケが、姫さまに何か耳打ちしている。 「だまされちゃダメよ、アン。こういう色男の笑顔って、あんまり信用できないものだから」 「大丈夫ですわ。気持ちのこもらぬ笑顔というものは、王宮内でさんざん見てきましたから」 「......なかなか手厳しいことを言うね」 ジュリオの顔が苦笑に変わる。 「とりあえず私は御礼を言っておくわね。ありがとう、ジュリオ。おかげで魔法も使えるようになったわ。......で、マゼンダはどうしたの?」 「......倒したよ」 あっさりした口調で言う。 「どうやって......?」 「それは秘密だよ。男は、秘密の多い生き物だからね」 ウインクするジュリオ。詳しく語るつもりはないらしい。 「それよりも......もう一度聞くが、その洞窟というのが、教団の本拠地なのだね?」 「そうよ。海に面した洞窟」 今さら隠しても仕方があるまい。どうせ、すぐ近くなんだし。 「ではそろそろ......みなさんとはお別れした方がよさそうだね」 「どういうことだ? そろそろも何も、お前、来たばかりじゃん」 ペコリと一礼したジュリオに、訝しげな言葉を投げかけるサイト。 ジュリオは、肩をすくめつつ。 「僕はただ、虚無の妖精さんとの約束だから、ここへ来ただけさ。......勘違いして欲しくないんだが、僕は『仲間』ではなく、『敵ではなかった』というだけ。敵の本拠地も判明し、その戦力もかなり削った以上、もう馴れ合う必要もないだろう?」 言ってクルリときびすを返すのに、やおらタバサが後ろから、ローブの裾を引っ掴む。 「あの......放してくれないかな?」 「だめ」 あっさり首を横に振り、 「抜け駆けは許さない」 そうなのだ。 ジュリオとタバサは、『写本』争奪の競争相手。ついでに私も、その中身には少しばかり興味がある。 「しかたないな......」 ヒュウッと口笛を吹くジュリオ。 すると。 バサッ! 上空から、巨大な風が吹き付けてくる。 見れば、一匹の青い風竜が私たちの真上に来ていた。ジュリオの風竜アズーロだ。 いつのまにやら、その背にはジュリオが乗っている。 「では、またどこかで会いましょう!」 そう挨拶して、飛び去るジュリオとアズーロ。 「ちょっとタバサ! なんで離しちゃったのよ!?」 「......離してない。前にも同じようなことがあった」 言ってタバサは、握った形のままの右手をまじまじと見つめる。 「えぇえいっ! 何はともあれ、放ってはおけないわ! 私たちも行くわよ!」 異議を唱える者など、いるはずもない。 洞窟へ向かって、私たちも走り出した。 ######################## 私たちが海岸洞窟から脱出するのに使った大穴は、まだ開いているはず。そこから飛び込んだ方が、水路沿いの歩道を進むよりもラクであろう。よしんば大穴が塞がっていたとしても、また開ければいい......。 そう思っていたのだが。 「ここから再潜入するつもりなのは、わかっていた。......しかしあいにく、お前たちの好きなようにさせるわけにはいかん」 穴の近くにズラリと並んだ教団員たち。 ざっと見渡して、二十人ばかりであろうか。 覆面姿の者もいれば、普通の人間っぽい外見の者もいれば、亜人ベースのキメラもいる。 そして、それらを率いているのは......。 「リッシュモン! また......あなたですか!」 「姫殿下、あなたもあなただ。おとなしく捕まっていればよかったものを、逃げ出して大暴れするとは......。幼少の頃のおてんばが、まだ直っていないようですな」 「冗談を言わないでください! あなたは......」 何か言いかけた姫さまだったが、不敬にもリッシュモンが遮ってしまう。 「まったく困ったお人だ。......報告がありましたよ、せっかくのザナッファーも壊してしまったのでしょう? 苦労してようやく動かせるようになった『魔獣』なのに......」 やれやれといった感じで、軽く肩をすくめる。 「姫殿下。もう一度捕えて差し上げますので、どうか歯向かったりなさいませぬよう。私としても、あなたを傷つけたくはないのですから」 「......そりゃそうよね。商品価値が下がっちゃうもんね」 二人の舌戦に、私が口を挟んだ。 リッシュモンは、別に姫さまの身を案じているわけではない。姫さまを売りとばす魂胆があるからこそ、売り物を大切に扱いたい......。ただそれだけなのだ。 「小娘は黙っておれ。どこの貴族かは知らんが......姫殿下の漫遊につきあっているくらいだ、お前たちもそれなりの家柄なのだろう? 二束三文にしかならん、ということもあるまい」 「呆れた。この男、あたしたちまで売りとばすつもりなのね。......そんなにお金が好きなのかしら?」 ゲルマニア出身のキュルケに言われるのだから、よっぽどである。ゲルマニアは、貴族の位すら金で買えるというくらい、成金の国なのに。 「フン。お前たちが王女に忠誠を誓うことと、私が金を愛すること、そこにいかほどの違いがあると言うのだ? よければ講義し......」 リッシュモンの言葉がそこまで進んだ時。 ズグゥンッ! 聞き間違えようのない爆発音が、地面の下から響いて来た。 「......ど......どういうことだっ!?」 キョロキョロと辺りを見回すリッシュモン。 どういうことも何も。 私たちの足の下には、ちょうどアジトの洞窟があるはず。中で誰かが暴れているということだ。 リッシュモンは、突然ハッとした顔になって、 「......あいつは!? あの坊主はどうしたっ!? ......そうか、そういう作戦だったか!」 勝手に一人で納得すると、急いで大穴に跳び込んだ。 「......リ......リッシュモン様っ!?」 慌ててあとを追う教団員たち。 ......何しに出てきたんだ、お前ら。 戦わなくてすむならば、こちらにとっては好都合だが。 「ルイズ、わたくしたちも行きましょう!」 リッシュモンの顔を見て、妙にやる気が出てきたのであろうか。 号令をかける姫さまに従って、私たちも大穴に突入した。 ######################## 騒がしい気配や止まらぬ爆音を頼りに、海辺の大洞窟を進む五人と一匹。 さすがに連中の本拠地だけあって、時々、亜人キメラやら覆面男やらが出てくるが......。 私にキュルケにタバサに姫さま。こちらはメイジが四人、さらにサイトとフレイムもいるのだ。私たちの行く手をふさぐには、まったくもって不十分であった。 やがて。 「この奥が......怪しいわね」 「いよいよ、って感じね」 赤茶けた金属製の扉を開けると、それまでとは雰囲気の異なる通路が続く。 あちこちに魔法の明かりが灯っているし、壁も自然の岩肌ではなく、石のタイルで覆われていた。 居住区なのだろうか。小部屋が並んでいるようで、左右の壁には扉が多数。そのうちの一つから出て来た人影は......リッシュモン!? 思わず足を止める私たち。 彼も一瞬、チラリと視線をこちらに走らせるが、 「......ちいっ」 舌打ち一つで、奥へ走って行く。もう私たちに構っている場合ではないようだ。 「追うわよ!」 再び走り出す私たち。 彼の背が、ひときわ大きな扉の向こうに消えた。 駆け寄ったが......開かない! 「だめだわ、『アンロック』でも無理」 「じゃあ、どいて!」 私はキュルケを押しのけて、杖を振る。頑丈な扉だったが、エクスプロージョンに耐えられるほどではなかった。 中に入ると......。 「礼拝堂かしら?」 「そうみたいね。......まつってあるのは、始祖ブリミルじゃないけど」 奥には小さな祭壇があり、あまり実物には似てないが、赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥの像も設置されていた。 そして、向かいにもう一枚の扉。 リッシュモンは、その扉に手をかけたところだった。 ......さては! 「『写本』はこの部屋に隠してたのね! それを持って逃げる気!?」 「ふっ」 余裕の笑みで振り向きながら、リッシュモンは扉を開き......。 顔を戻した彼の前には、一人の男が立っていた。 「......きさまっ!?」 杖を手にするが、もう間に合わない。 ぽんっ! コミカルとさえ言える音を立てて、リッシュモンの頭が真横に吹き飛んだ。 血しぶきが魔王の像を紅く染め、残った体は、その場にズルリと崩れ落ちる。 その向こうから姿を現したのは......言うまでもない、神官ジュリオ。 一体いつの間にリッシュモンから奪ったのか、彼の手には、一枚の羊皮紙が握られていた。 「......ふむ......」 しげしげとそれを眺めてから、彼は満足そうに頷いた。 「間違いなく『写本』だな。まんまと陽動にかかってくれて助かったよ」 なるほど。 ジュリオが洞窟内のあちこちを攻撃していたのは、慌てた連中が『写本』の回収に向かうと踏んでか。 「......渡して」 静かな口調で言うタバサに、ジュリオはゆっくり頭を振る。 「いくら雪風の妖精さんの頼みでも、それは聞けないな」 「あんた自身で使うから......ってこと?」 私が冷たく問いかける。 誰もジュリオとの間を詰めようとはしない。 彼が一体どんな技でリッシュモンを倒したのか、私たちにはわからないのだ。 錫杖を手にしているが、それを振るった様子はなかったし、そもそもジュリオはメイジではない。以前は『魔血玉(デモンブラッド)』を使っていたようだが、それも今は私の指にある。 「いやいや。『ザナッファー』を召喚しても、僕には扱えないからね。あれは......本来は『ガンダールヴ』のための『槍』だ」 ......なんだって!? いきなりの新情報で、私が驚いている間に。 「だから心配することはないよ、妖精さんたち。僕は『写本』を悪用しない。代わりに......こうするんだ」 彼は、手の中で『写本』をクシャッと丸めて......。 ボッ! 瞬間、それは燃え上がり、灰と化す。 「ジュリオ!」 思わず声を荒げるタバサ。 しかしジュリオは、彼女にウインクしながら、 「『写本』は邪道だよ。『始祖の祈祷書(クレアバイブル)』は正しく使おう」 言い捨てるなり、ふわりと身をひるがえし、扉の外に姿を消す。 「待ちなさい!」 あとを追うべく足を踏み出す私たちだが、すぐに止まった。 たった今ジュリオが消えた扉の向こうに、ふたたび人影が現れたのだ。 ただし今度は一つではない。 クロムウェルと、その取り巻きの亜人キメラたち数名。 彼らの視線は、足下に横たわるものに注がれている。 「......リ......リッシュモン!」 たとえ頭が吹き飛んでいても、着ているものと体格からわかったのだろう。 ヨロリとクロムウェルは膝を折るが、すぐに顔を上げる。その目には憎悪の光が灯っていた。 「......きさまたちだな......きさまたちがリッシュモンを......」 「違うわよ」 一応訂正する私。 「さっきあんたたちも見たでしょ。この部屋から出てった男。あいつよ」 「......くだらん嘘をつきおって......」 彼はユラリと立ち上がり、 「ここから出てきた者など誰もいなかったぞ......。『写本』はどうした?」 問われたところでこちらは困る。 ジュリオとすれ違っていないというなら、今出ていった奴が燃やした、と言っても信用しないだろう。 「......いいだろう......」 妙な笑みを浮かべてポツリとつぶやく。 「力づくで聞き出してやる!」 言って小さなナイフを取り出した。 それを合図に、動き出す亜人キメラたち。 戦闘開始である! ######################## ......といっても、特筆するほどのこともなかった。 クロムウェルは、かつてレコンキスタを率いてアルビオン王家を打倒した男であるが、武人として有名なわけではない。私たちの前に出てきて戦うこと自体、愚の骨頂であった。 ましてや、こちらには姫さまがいるのだ。元レコンキスタ司令官など、ウェールズ王子の恋人であった姫さまから見れば、それこそ仇の張本人。他の亜人キメラは完全無視、姫さまの魔法攻撃は、ひたすらクロムウェルに向けられる。 その結果。 「......きさまら......よくも......」 壁際に追いつめられ、扉の横にガックリと座り込むクロムウェル。 すでに体はボロボロで、右腕は肩口からスッパリ斬り落とされていた。『水』も使いようによっては鋭利な刃物になる、ということだ。姫さま、本気出したら結構恐いのね。 「おい、おまえたち!」 クロムウェルは、傍らに佇む亜人キメラに声をかける。 もはや二人しか残っていないが、二人とも、最後まで教祖を守ろうと必死に戦っていた。 「この場でこいつらを引き留めろ!」 言いながら、なんとか立ち上がるクロムウェル。 左手で傷口を押さえているが、出血は止まらない。 はて、そんな体で、まだ私たちと戦うつもりなのだろうか......? 「私は『第二神殿』へ行く! 御神体を......『魔竜の卵』を使う!」 その言葉に、亜人たちが一瞬硬直する。 「......い! いけませんっ! クロムウェル様!」 「あれを使っては、俺たちまで......」 いきなり抗議の声を上げる。 ......なんだ? とうとう、この二人にも見限られたのか? 当のクロムウェルも、そう思ったようで。 「ええい、私に逆らうというのか!? お前たちも......また私を追い出すのか!?」 キレてるぞー。たぶん、これは。 錯乱したような口調だが、おそらくレコンキスタでの経験とゴッチャになっているのだろう。 せっかく王家を倒したのに、アルビオン共和国の中枢からは追い落とされたクロムウェル。それがトラウマになってるっぽい。 「ならば、もうおしまいだ! この教団もろとも......トリステインを死の国に変えてやる! 地獄への道連れだ!」 そのままクルリと背を向けて、すぐ横の扉から姿を消す。 「クロムウェル様!」 ロコツにとまどう亜人コンビ。 「ちょっとあんたたち! 一体どういうことなのよっ!?」 「黙れっ! きさまらなどに......」 何やら喚きかける片方を、もう片方が制し、 「こんな連中に構っている場合じゃない。俺たちも逃げるぞ」 「え? でも、今からじゃ間に合わないんじゃ......」 「ここにいたら死ぬのは確実だ!」 ピシャリと言い切り、クロムウェルと同じ扉から出ていってしまう。 誰しも必死になれば驚くべき能力を発揮するようで、私たちが対応できないほどの素早さだった。 「......なんだか......あたしたちも逃げた方がいいみたいね?」 「悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ、キュルケ! クロムウェルが何するつもりか知らないけど、とにかく止めるわよっ!」 言って私たちも走り出した。 ######################## 追跡は難しくなかった。 床に散らばったかなりの量の血が、確実に、私たちをクロムウェルのもとへと導く。 血痕は、私たちも通った、あの赤茶けた扉を抜けて......。 海から続く水路へと出たところで、終点となっていた。 「......水の中?」 なるほど、一見、彼は水中に没したようにも思われる。 でも。 「違うわ。たぶん......あれじゃないかしら?」 キュルケが指さしたのは、大きな水面に浮かぶ小島。 おそらく、クロムウェルの言っていた『第二神殿』なのだろう。 天然の岩山ではなく、人工の建造物らしい。自然物にはありえないほどに、きちんとした円筒形である。塔のようなものが中央から生えており、そこにある扉が、開いたままになっていた。 よく見れば、入り口近辺が血で汚れている。間違いない、クロムウェルは......あの中だ! 「行きましょう!」 魔法で飛べるものは自分で、飛べないものはレビテーションをかけてもらって。 私たちは、その『小島』へと渡り......。 「おい、これは......!?」 後ろでサイトが叫ぶ。 振り返ると、『小島』に触れたサイトの左手が光っていた。 ......ということは!? 「サイト、もしかして......」 「ああ。これは岩山なんかじゃねえ。潜水艦だ」 「サイトさんの世界のものなのですか?」 尋ねる姫さまに、サイトが丁寧に答える。 「そうだよ、アン。海に潜るためのフネだ」 「どうして海の中に潜るのです?」 「敵に見つからないようにするため」 「敵?」 「戦争に使うフネなんだよ。だから俺のルーンが光るんだ」 ここまで聞けば、明白だった。 「つまり......これが『海戦型ザナッファー』なわけね?」 私の言葉に、サイトは無言で頷いた。 ######################## 「......でも、これがザナッファーだって言うなら安心ね。だって......これ、もう動かないでしょう?」 キュルケの言うとおり。 錆び錆びでボロボロのフネである。潜水艦というのがどんなに凄い武器だったのかは知らないが、もはや役には立たないはずだった。 「そうだな。じゃ、なんでルーンが光ったんだ?」 不思議そうなサイト。 お前にわからんなら、誰にもわからんぞ。 ......と思ったら。 「こいつの中に入ってみればわかるよ。どうやらこのフネ自体は死んじまってるみたいだが、中にある『モノ』がまだ生きてるみてえだね」 サイトの背中から、デルフリンガーが意見を述べる。 「中にあるモノって......?」 「さあね。おりゃあ、そこまではわからん。でも、なんかとてつもねえものということはわかる。さすがの俺も震えるぐらいにね」 それを聞いてハッとする私たち。 「『魔竜の卵』......!」 クロムウェルが使うと言っていたモノ。部下のキメラたちが恐れていたモノ......。 「こんなところで立ち話してる場合じゃないわ! 急ぐわよ!」 ######################## 中の床にはクロムウェルの血痕が続いており、道を間違える心配はなかった。 杖の先に明かりを灯して、それを頼りに私たちは進んで行く。 明かりの中に浮かぶのは......何だろう? 何かの表示器具やら、丸い輪っかやら、鉄の管やら。私たちにはわからない物だらけで、なんだか禍々しい雰囲気が漂ってくる。 「このフネも、あの『陸戦型ザナッファー』と同じ理屈で動いているのかしら?」 「どーなんだろ」 キュルケの素朴な疑問に、サイトは答えられない。彼の知識の限界を超えているようだ。 「違うね。こいつは油なんかで動いちゃいないね」 デルフリンガーがサイトの代わりに答える。 ガンダールヴのための剣だけあって、サイトに引っ付いていれば、武器のことはわかるらしい。『陸戦型ザナッファー』の仕組みや構造も、あの一度の戦闘で見抜いたのだろう。 「こいつはあれだね。物質を構成する小さい粒が、小さい粒にぶつかって起こるエネルギーで動いてるのさ」 魔剣のセリフで、サイトの表情が変わる。何か思い出したのか......? 「原子力!」 飛び上がらんばかりに、サイトが叫んだ。 「ルイズ! キュルケ! タバサ! アン! フレイム! 出ろ! ここにいたらやばい!」 「ちょっと、サイト! どうしたのよ!?」 「えっとな! 簡単に言うと、毒がいっぱいなんだよこのへんは!」 あ。 こんな狭いところで暴れるから、天井に頭ぶつけた。 「いでっ! でも放射能を浴びたら! こんなもんじゃなくて!」 「でーじょーぶだよ、相棒」 そんなサイトに、デルフリンガーが取りなすように言った。 「何が大丈夫なんだよ。お前、放射能の怖さをなんも知らんくせに!」 「いや、おりゃあ確かにそのホウシャノーとやらはわからんけど、大丈夫だってのはわかる。この『フネ』には、もう燃料を供給する棒っきれがないみたいだね」 「じゃあとりあえず被曝はしないってことか」 なんだか納得したらしい。 しかし、安心するのは早かった。 ビーッ! 突然、警報が鳴り出し、壁に赤いランプが灯る。 「燃料切れじゃなかったのかよ!? 予備電源ってやつか!?」 「仕組みはどうでもいいわ! それより......これはどういう意味!?」 サイトに聞くしかなかったが、彼が答えるよりも早く。 「たぶん......クロムウェルって奴が、中にあった『モノ』を起動させたんだろーぜ」 とんでもないセリフをアッサリと述べるデルフリンガー。 私たちは、一瞬顔を見合わせてから。 「行くわよ! 急いで何とかしなきゃ!」 今さら逃げても、たぶん間に合わない。ならば、止めるしかない! 私たちは、奥へと走るスピードを上げた。 ######################## 奥へと辿り着くと、そこは礼拝堂のように装飾されていた。 なるほど、ここを『第二神殿』と呼んでいた以上、こういう部屋があっても不思議ではない。ただし今度は、赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥの像ではなく......。 「おまえら......猿かよ......。こんなものを祀りやがって......」 サイトのつぶやきの意味は、私にはわからない。だが彼の視線は、私と同じく、それに向けられていた。 御神体として置かれていたのは、金属製で出来た円筒形の物体。クロムウェルの言うところの『魔竜の卵』だ。 「フフフ......。おまえたちも道連れだ......」 言いながら、ゴフッと血を吐くクロムウェル。 彼は『魔竜の卵』にもたれかかる形で倒れていたが、 「もう......止められないぞ......」 そのセリフを最後に、息を引き取った。 あれだけの傷を負っていたのだ。ここまで来るのが、やっとだったのだろう。一人では死なんという執念のたまものか......。 「サイトさん、これは何なのです?」 「どうしたってのよ。いったい」 「......教えて」 青い顔で立ちすくむサイトを見て、姫さまとキュルケとタバサが心配そうに声をかける。 「......このフネは、ロシア製の原子力潜水艦だったんだ。ここにあるのは......」 ゆっくりと歩み寄って、それに左手を当てながら。 「東西冷戦の遺物......。人類が作り出した最強の武器......。爆発すれば街一つ、いや都市一つ軽く消滅するような、破壊力の塊......」 サイトは、それの名前をつぶやいた。 「核兵器だよ。これ」 ######################## 「破壊力だけじゃない。さっき言ったろ、放射能だ。毒をいっぱい巻き散らすんだ。それが風に乗って......とにかく凄く広い範囲に、影響を及ぼすんだ」 頭を抱えてうずくまりながらも、その恐ろしさを解説するサイト。 「さすがに連中も、弾道ミサイルを発射することは出来なかったんだな。でも直接爆発させることは可能だった。きっと元々は、敵地に運んで、そこで直接起動させる予定だったんだろうけど......とうとうヤケになって......」 「サイト! しっかりしなさい!」 言葉を叩き付けると同時に、私はサイトの横っ面を引っぱたいた。 サイトも錯乱しているのであろうが、今は彼だけが頼りなのだ。 「娘っ子の言うとおりだな。相棒、この際、仕組みはどうでもいいだろ。問題は、どうやって止めるかだぜ?」 「そうよ! あんたなら......止め方もわかるんじゃないの!?」 「ぶつことないだろ、ルイズ。でも、おかげで思い出したぜ。......昔のアニメ映画でやってた。発射された核ミサイルでも、斬るべきポイントを斬れば、止められる......って」 立ち上がったサイトの瞳には、強い意思が宿っていた。 私には『アニメ映画』という言葉はわからないが、今のサイトは信じていいと直感する。 「ああ、間違いない。爆発まで、あと数分くらいある。それまでに......ここを叩き斬ればいい!」 再度それに触れて、確認するサイト。 「じゃあ、さっさとやっちゃって!」 「ああ!」 力強く叫んで、サイトは剣を構えた。 そして......。 「えいっ!」 ガキンッ! 円筒の表面にかすり傷をつけた程度で、剣は止まる。 「......サイト?」 「ダメだ、斬れねえ......」 えぇぇぇっ!? あれだけ自信たっぷりな態度だったくせに! サイトはガックリと跪く。 「どうやら......剣では無理みたいだ......」 「相棒! 心を震わせろ! おめえさんはガンダールヴだ!」 「震わせたさ! 思いっきり、な! これ以上どうしろってんだ......」 「バカ犬! 簡単に諦めちゃダメよ! 一太刀で斬れないなら、斬れるまで何度もチャレンジしなさい!」 「いや、それはそれで危ないんだよ。こう、一気にスパッと斬ってこそ、中の回路も切断できるのであって......斬れもしないのに何度も剣をぶつけるんじゃ、叩いてるのと同じだ。下手したら、時間になる前に爆発しちまう!」 サイトは、首を横に振りながら、絶望的な声を上げる。 うーん。 一気にスパッと、というのであれば......。 「じゃあ、あたしが!」 「私も!」 キュルケやタバサが『ブレイド』を唱えて、杖に魔力を纏わせる。 伝説の剣であっても、しょせんデルフリンガーは金属製の剣。デルフリンガーでは斬れなくても、魔法の刃なら斬れるかもしれない......。そう考えたらしい。 さいわい、サイトの一撃で表面に筋が刻まれており、どこを斬るべきなのかは一目瞭然。だからキュルケとタバサがチャレンジしたわけだが......。 ダメだった。 だいたい、キュルケもタバサも、日頃『ブレイド』なんて使っていない。この非常時にいきなり使っても、文字どおりの付け焼き刃だったのだ。 「一応、わたくしも......」 姫さまもやってみたが、やっぱり無理。 「ああ、もうどうしたらいいのよ!? こんなところであなたたちと心中だなんて、あたし嫌よ!?」 叫んでいるのはキュルケ一人。でも、おそらく想いは皆同じ。 そんな中。 「......みんな、どいて」 私が静かに言い放った。 「え? ルイズ......あなたは『ブレイド』も使えないでしょ?」 「爆発させてはダメなのですよ、ルイズ?」 「そうだぞ! 吹っ飛ばせばいいってわけじゃないんだ。放射能っていう毒があるから......」 「......『解除(ディスペル)』も効果ない。魔法じゃないのだから」 みんなして私を止めようとするので、大声で叫ぶ。 「いいから、どきなさい!」 私の気迫に、ズズッと引きさがる一同。 「デルフリンガーでも斬れない。『ブレイド』でも斬れない。ならば......それ以上の切れ味の刃を用意するまでよ!」 今こそ『魔血玉(デモンブラッド)の出番だ。 魔力増幅の呪文を唱えて......そして! ######################## 「......天空(そら)のいましめ解き放たれし......凍れる黒き虚無(うつろ)の刃よ......」 魔力増幅バージョンの『竜破爆(ドラグ・エクスプロージョン)』を放った時の経験から、私には手応えがあった。 「......我が力......我が身となりて......共に滅びの道を歩まん......」 使えるはずなのに使えなかった魔法。私の魔力容量が足りないせいで発動しなかった魔法。それも使えるようになったのだ、と。 「......神々の魂すらも打ち砕き......」 呪文が完成する。 私は、その呪力を解放した。 「虚滅斬(ラグナ・ブレイド)!」 ######################## 叫んでかざした私の杖に、漆黒の闇の刃が形成される。 この術、使っている間じゅう魔力を食い続けるらしく、強力な脱力感が体を襲う。 それもそのはず。 これは、私の秘奥義『重破爆(ギガ・エクスプロージョン)』と源を同じくする......金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)の力を借りた術なのだ! ......まあ......重破爆(ギガ・エクスプロージョン)と比べればかなりコントロールもしやすく、たぶん暴走することもないはず。 持続時間の短さゆえ、普通の戦闘には不向きであるが......こういう状況ならば! 「いっけぇぇぇっ!」 絶叫と共に振るった虚無の刃は。 スパーン......。 驚くほどアッサリ、やすやすと恐怖の円筒を切り裂いて......。 その脅威を終わらせたのであった。 ######################## 潜水艦から出て、さらに洞窟からも出た私たちは、思わず空を仰ぎ見る。 夜の闇は薄れつつあり、空も白み始める時間帯になっていた。 「あたしたち、また世界を救っちゃった気分ね」 「......気分だけじゃない。本当に世界を救った」 上を向いたまま、言葉だけを交わすキュルケとタバサ。 姫さまは、私の方に歩み寄り、 「大変な事件でしたが......これが旅というものなのですね。王宮にいては世間知らずになるのも当然ですわ......」 いや、姫さま。それは少し違う。 普通の人々が旅していても、こんなヤバイ事件には、そうそう出くわさないと思う......。 でも、もうツッコミを入れる元気もない。 やはり金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)の術だけあって、『虚滅斬(ラグナ・ブレイド)』を使った私は、もうエネルギーがカラッポ。『重破爆(ギガ・エクスプロージョン)』の時とは違って、髪の色こそ変わっていないが、歩くことも立ち上がることも出来なかった。仕方がないので、今はサイトに背負われている。 「なあ、ルイズ」 そのサイトが首を曲げて、私に話しかけてきた。 背負ってくれているのだから、無視するわけにもいくまい。 「......何?」 「結局、ルイズの魔法で凄い刀を作って、それで斬ったわけだろ。だったら......前みたいに、デルフに魔法かけてもよかったんじゃねえか? 新しい魔法なんて試さなくても......」 あ。 言われてみれば。 そうやって魔剣デルフの切れ味を上げる手もあったのか。 ......あの場では、そこまで冷静に頭が回らなかった。なんだかんだ言って、みんな焦っていたし、いっぱいいっぱいだったのだ。 「まったくだ。なんでそうしないのか、不思議で仕方なかったぜ」 私たちの会話に参加してきたのは、いつもはサイトの背中にあるデルフリンガー。定位置を私が占有しているため、今はタバサが持ってくれている。 「なんだよ、今頃になって言うなんてずるいじゃねえか。本当にわかってたなら、あの時教えてくれよ。こっちは必死だったんだぞ!?」 「わりい。俺っちが言わずとも、娘っ子なら気づくと思ったから......」 「......わ、わざとよ。新しい魔法を試すには、良い機会だったから......」 そういうことにしておく私。 こうして口を開いてみると、しゃべる元気も少しは回復してきた感じがする。ついでに、私はタバサに声をかけてみた。 「......けど結局、『写本』は手に入らなかったわね......」 「......構わない」 がっかりしてるかな、と思ったのだが、そうでもないのだろうか。あるいは、強がっているだけか。 何しろタバサなので、表情からは読み取れない。 「ジュリオが言っていた。『写本』は邪道、『始祖の祈祷書(クレアバイブル)』を使え......と」 ......あ! 「あなたは始祖の指輪を手に入れた。『始祖の祈祷書(クレアバイブル)』さえ見つければ、そこから始祖ブリミルの知識を学べる」 この言い方だと、タバサは当分、私の旅に同行する気っぽいな......。 「......けどまあ、これでこの件は片づきましたね」 ホッとした口調で言う姫さま。 リッシュモンの死やら、クロムウェルの死やら、姫さまとしては思うところも多々あるはず。だが、それは胸の内に収めて、あえて笑顔で言っているのだ。 しめくくりの言葉のつもりだったようだが、キュルケが無粋な言葉をかぶせる。 「確かに......片づいたわね。話はややこしくなってるけど......」 思わず沈黙する一同。 ジュリオのこと、そしてクレアバイブル......。 考えたらキリがない。 それに......。 今は、とにかく疲れた。こんな頭では、考えるだけ無駄。難しいことは、明日考えよう。 ......疲労が急に、ドッと押し寄せてきて。 サイトの背中で、私は心地良い眠りについたのであった。 第五部「くろがねの魔獣」完 (第六部「ウエストウッドの闇」へつづく) |
「......以上で、私、『ゼロ』のルイズの講義を終わらせてもらいます」 私が一礼するとともに、会場内に拍手が満ちる。 アルビオンの玄関口とも呼ばれるロサイス、そこから少し離れた小さな街。フラリと立ち寄った私とキュルケは、その地の魔法学院から臨時講師を頼まれたのだった。 魔法学院といっても、トリステインやリュティスにあるような有名校とは違う。貴族の子弟が通う学び舎であるから『魔法学院』と銘打たれているが、教師にはロクなメイジもいなかったらしい。 「あの......でも私もキュルケも、まだ学生のメイジなんですけど......」 「それは承知しておりますが、『ゼロ』のルイズの名前くらい、私も聞き知っておりますからな。こういう情勢なだけに、学生たちには、実戦経験豊富なメイジの話が必要なわけですよ」 そうまで言われてしまえば、断るいわれもない。 アルビオンに来たのは、新しい体制に変わった国を見てみようか、という程度の好奇心ゆえ。特に用事があったわけではなかった。 それに、魔法学院の宿舎は、街の安宿なんかよりも遥かに過ごしやすいし......。 というようないきさつで、私は教壇に立ち、本日無事に、一週間の日程を終了したのだ。 トリステインの魔法学院には籍を置くだけで、まともに通ったことなどない私だが、聴衆は同世代の学生メイジ。どんな話をしたら彼らが退屈に感じるか、あるいは逆に何を面白がるのか、だいたいの想像はつく。 私の講義が成功だったか否かは、この、くそやかましいほどの拍手の音が物語っている。 「あなたの方も上手くいったみたいね」 「ええ。......そっちも?」 「もちろんよ」 他の部屋でやはり講義をしていたキュルケと、教室を出たところで合流して。 少し暖かくなった懐と、かなりの満足感を胸に、私たちは田舎の魔法学院をあとにした。 ......とまあ、これで終わればただそれだけの話なのだが......。 ######################## 「やあ。ねーちゃん」 彼が声をかけてきたのは、町外れのメシ屋で、私とキュルケがランチをぱくついている時のことだった。 声に振り向く私の前に立っていたのは、金髪の男の子。歳の頃は十歳くらいで、膝まで届く灰色のマントを羽織っている。 「あれ? あんた......」 「知り合い?」 ジョッキに入った麦酒を空けながら、キュルケが尋ねる。 「たしか講義を受けていた......」 「うん。ジムっていうんだ」 やたら元気よく答える少年。 名前までは知らないが、ちょっと印象に残っていた。 魔法学院の学生たちは、同学年だからといって同い年というわけではなく、中には、やたら若い子供もいる。それでも彼は幼すぎると思ったし、何より、着ている服が他の学生とは少し違っていたのだが......。 なるほど、この時間に外をウロウロしているところから見て、学院の生徒ではなかったわけね。 そういうモグリが許されたのも、私がゲスト講師だったからか、あるいは、国の体制が変わったことと関係するのか、それとも、元々いい加減な学校だったのか......。 「ねーちゃんの講義おもしろかったぜ。オレ感心しちまった」 「まー、それほどでも」 羊肉の煮込みをかじりながら、一応謙遜してみせた。 アルビオンは酒も料理もまずいという評判だが、この店の味はマシな方である。 「オレさあ、今はまだ魔法使えないけど、将来は凄いメイジになりたいんだ」 ......ん? 魔法が使えないということは......。 「あら。それじゃ、あなた、貴族の子弟ではないのね」 おかわりのジョッキを給仕のメイドから受け取りつつ、キュルケが軽く言葉を挟む。 麦酒なんて私の口には合わないのだが、キュルケは平気らしい。 「うん。森の孤児院で暮らしてる。死んだママの話だと、オレって貴族の血を引いてるかもしれないんだってさ」 おいおい。 そういうことは大きな声で言わない方がいいと思うのだが、まだ子供だからわからないのだろうか? なにしろ。 貴族と平民の間には、大きな身分の違いがあるのだ。平民が軽々しく貴族を詐称したら、大問題となる。 いくらアルビオンが王制から共和制に変わったとはいえ、新政府は貴族議会。つまり、いぜんとして貴族の国家のはずである。 「森の孤児院......? それなら、こんなところで油売ってちゃダメでしょ。早く森に帰りなさいな」 「大丈夫さ。オレ、おつかいにきたんだ。国がゴタゴタして、あんまり商人が来てくれなくなったから」 街まで買い物に来たついでにハネを伸ばす、ということか。子供の頃からそんなことをしていると、ロクな大人にならんと思うぞ。 「それで、もう一日か二日くらいは街にいられるから......」 キュルケとの会話は終わりとばかりに、彼は私の方を向いて。 「オレ、ねーちゃんに弟子入りする!」 「はあ!?」 「『ゼロ』のルイズって呼ばれるくらい、ねーちゃんも昔は魔法が使えなかったんだろ? だからオレが教わるには、ちょうどいいと思ってさ!」 そういうことか。 このジムという子供、たぶんメイジの血なんて引いちゃいない。母親のホラ話を信じて、自分もメイジなのだと思い込んでいるだけ。普通は、ある程度大きくなれば、親の言うことが真実ではないと気づくのだが、残念ながらその前に親が死んでしまったのだ。 そりゃまあ、両親は健在でも、変な妄想に取り憑かれたまま育つ者はゴマンといる。だから彼を責める気にはなれないが、つきまとわれてはたまらない。お子様同伴では、盗賊いじめも出来なくなってしまう。 「おっほっほ! ずいぶんと気に入られたようね、ルイズ。子供同士でなかなかお似合いよ」 自分は大人ですという意味なのか、豊かな胸をツンと突き出して、ポーズを決めるキュルケ。 しかしジムは、彼女を正面から見据えて。 「ねーちゃんだって、まだ子供じゃないか。......だいたい、その程度のおっぱいじゃ自慢にもならないよ、そんなんじゃフガフガも出来やしないから。今度オレの住んでる森に来てごらん、本物の......究極のおっぱいってものを見せてやる」 子供らしからぬ、下卑た暴言を吐くジム。 ......なんだ、その究極のおっぱいって。究極とか至高とか、女性の胸にそういうランク付けをするのは、まったくもってけしからん。 だが、それにしても。 キュルケの胸を「その程度」と言ってのけるとは、なんと贅沢な。 馬鹿にされたキュルケは、怒りを通り越して、驚き呆れている。 ぷぷぷ......。 と、内心でキュルケのことを笑っていたら。 「......だからさ、赤毛のねーちゃんは黙っててよ。オレが用事があるのは、こっちのゼロ胸ねーちゃんなんだ」 「......ゼ......ゼロ胸!?」 ごきゅしっ! 私のキックに、なぜかキュルケまで便乗。 華麗なまでの連係攻撃となった。 ######################## 「あたしはキュルケおねえさん」 「私はルイズおねえさん。さあ、言ってごらんなさい、ジム」 「......うぶぶぅっ......ごべんなざい......ぎれーなおねえぢゃんだぢ......」 よしよし、だいぶ素直になった。 やっぱし子供には、教育というやつが必要である。特に孤児であるというなら、なおさらである。 「とにかくね、ジム。私は弟子なんて取るつもりはないの」 「そう言うなって。口ではそんなこと言っても体は正直なもんだぜ」 「......どこで覚えた、そんなセリフ」 「マチルダ姉ちゃんが持ってた本に書いてあった。女の子に言うことをきかせる時は、こう言えばいいんだって」 ......誰だ、そのマチルダ姉ちゃんって。子供の目につくところに、変なこと書いた本を置くんじゃない......。 ######################## 「ねーちゃん、頼むよー」 「......」 「じゃまにはならないからさー」 街の中央、露天商が立ち並ぶ大通り。 先ほどから十分邪魔になりながら、彼はしつこく私たちの後をつけ回している。 なんとかまきたいところだが、子供のすばしっこさというのは、これでなかなか馬鹿にできない。 「ねえ、ルイズ。このまま素知らぬ顔で街を出てしまいましょうよ」 そんな提案をしながら、魚のフライを口に運ぶキュルケ。 そこの屋台で買った軽食であり、歩きながら食べる想定で、紙に包まれている。でも、アルビオンは空に浮かぶ国だというのに、どこで魚なんて調達しているんだろう? ......それはともかく。 こうして私たちが食べ歩きしているのは、別に食いしん坊だからではない。国が劇的に変わったのを見にきたのだから、そんな中でもたくましく商売を続ける露店に興味を示すのも、当然なわけで。 ......絶対違う、とか、言い訳するな、とか、ツッコミを入れないで欲しい。 「そうねえ......」 お芋の揚げ物をかじりながら、私はキュルケに応じる。魚フライのサイドメニューだが、素朴な味がして、これはこれで悪くない。 「それでも、ついてきちゃうんじゃない?」 「いいじゃないの、別に。元々この街の子供じゃないんだし。孤児なんだし」 それもそうか。 ここの貴族の子供を街の外に連れ出せば、私たちが誘拐犯あつかいされそうだが、さいわいジムは違う。 あんまり帰りが遅くなれば、孤児院の方から街に連絡があるかもしれないが、さすがに、その前に自分で帰るだろう。本人が「もう一日か二日くらいは街にいられる」と言っていたように、その辺は自覚しているはず。......いや、している、と信じたい。 というわけで。 子供は無視して、私たちは露店で買い食いを続けていたわけだが。 「なー、ねーちゃん」 「......」 「二人だけでくっちゃべってないで、オレにも返事くらいしてくれよぉ」 あまりにもうるさいので、少しだけ相手してやる。 ただし、突き放すような口調で。 「あのねぇ......。あんた私に弟子入りしたいとか言ってるけど、自由な時間は、せいぜい一日か二日だけなんでしょ?」 「そうだよ! だから一日で覚えられるコツをお願い!」 世の中なめたガキである。 一週間も講義をしてやったというのに。 そもそも、生まれつき魔法が使えない平民は、どう頑張っても無理なのだ。 ......まあ、それを言ったところで「貴族の血を引いている」と思い込んでる子供には無駄であろう。 だから。 「......授業で教えたことが全部よ。あれ以上は何もないわ。まじめに全部聞いてくれたあなたは、もう修了。はい、卒業おめでとう」 適当に太鼓判を押して終わらせようとしたのだが、思いもよらぬ返しが来た。 「でもオレ、ねーちゃんの話、途中からしか聞いてないよ」 ......へ? 言われてみれば、教室で彼の姿を見たのは、最後の一日か二日だけだった気もする。 なるほど、ジムは森から街まで買い物に来ただけなのだから、ここに一週間も滞在しているわけがないのだ。 「ルイズ、もう面倒だから、もう一度講義をしてやったら? ......聞きそびれた部分の話を全部聞けば、この子も満足するんじゃないかしら」 キュルケは簡単に言うが、また同じ話をするのも面倒だ。 だいたい、それで追っ払えるという保証もないし、報酬もらって講義した内容をタダで話すのもシャクに障る。 それくらいならば、いっそのこと......。 「ねえ、キュルケ。ちょっとお願いがあるんだけど......」 「何?」 私は、思いついたプランをキュルケに耳打ちした。 ######################## 「準備OKよ、ルイズ」 中央広場でベンチに腰をかけ、桃りんごを口にしたところで、キュルケが戻ってきた。私の頼み事のために、一時、別行動をとっていたのだ。 当然というかなんというか、ジムは私の方につきまとったまま。今も隣にすわって、勝手に皿から蛇苺をつまんでいる。 そのフルーツ盛り合わせの皿を、私はキュルケの方に突き出した。 「ありがと、キュルケ。これ、御礼よ」 「何よ、ルイズ。食べ残しじゃないの」 ちょっと顔をしかめて文句を言いながらも、キュルケはオレンジに手を伸ばす。 たしかに私とジムが半分以上食べちゃったので、パッと見では、そう見えるかもしれない。 「食べ残しじゃないわよ。そんなこと言うなら、あげないから!」 「あら、いらないとは言ってないじゃない」 三人でつついたら、あっというまに皿はカラになった。 「じゃ、行きましょうか」 言いながら立ち上がる私。 さて、出発である。 ######################## 「なー、ねーちゃん」 「......」 「このまま歩いてるだけじゃ、修業にも何にもならないよぅ」 文句たれのジムを連れたまま、私たちは街を出た。 私の「弟子入りしたければ黙ってついてきなさい」の一言で、しばらくは静かになったのだが、長くは続かなかったようだ。子供というのは、そんなもんである。 鬱陶しいが、もう少しの我慢だ。 そう思って歩き続けると、やがて街道の左側に大きな森が見えてきた。ガサゴソと音も聞こえてきて......。 「女子供だけで旅行中か? 危ねえなあ」 現れたのは、傭兵とおぼしき格好の一団。数は十数人ほど。全員が弓矢や槍などで武装していた。 「な、なんの用だ!?」 小さいながらも、自分は男の子だという自負があるのだろうか。少し怯えた声で、それでも私たちの前に出るジム。 私とキュルケは、顔を見合わせる。ちょうどいいから、とりあえずジムに任せよう、という同意が交わされた。 「教えてやるぜ、小僧。まだアルビオンは物騒でな。王党派と貴族派の争いは終わったが、だからこそ、仕事にあぶれた傭兵が、そこらじゅうをウロウロしてるのさ」 知っている。 中には、はした金でつまらない仕事を請け負う連中もいるくらいだ。 「なんだよ!? おまえたちも、その、あぶれた傭兵か!?」 「ああ、『元』傭兵だ。終わっちまったから、本業に戻るのさ」 「本業?」 「盗賊だよ」 と一人が言うと、何がおかしいのか、残りが笑った。 「俺たちがついてたほうは、負けちまったからな。報酬はパァ。だからせめて本業で稼がねえと、メシも食えねえってわけだよ」 ......なるほど。なかなかリアルな役作りである。 まあ、本当に元々は盗賊だったのかもしれないが、実はこいつら、今は単なる三文役者。傭兵くずれを、私たちが『盗賊』役として雇ったのだ。 つまり。 お子様連れて盗賊退治は無理......ではなく、その無理をやってみせようということ。実際に盗賊退治の現場に連れて行けば、ジムも怖がって諦めるはず。でも、さすがに本物の盗賊を相手にするのは危険なので、偽物を用意したわけだ。 さて、そろそろ私の出番だろう。 「ジム。私に弟子入りしたいというなら......この程度の連中、あんた一人でやっつけなさい」 「ええっ!?」 驚きの声を上げるジム。 『盗賊』たちも、あっけにとられて一瞬絶句したが、すぐに、 「この程度の連中......だと!?」 怒ってます、という素振りを見せる。なかなかの演技力だ。 「でも、ねーちゃん! オレ、まだ魔法使えないんだよ!?」 「メイジだって、精神力がつきれば魔法は撃てなくなる。そうなったら、素手で戦うしかないの」 「それにね。弟子入りっていうのは、無理なことを『試練』と称してやらされて、できなけりゃ『やはり無理だったか』でおしまい、運よく成功したら『もう教えることはない』って追い出される......。そんなものよ」 フォローにならんフォローをするキュルケ。 すると、ジム少年は、怯えた表情を振り払って。 「わ、わかった。そういうことなら......」 懐から、一本の木の棒を取り出す。剣だか杖だかのつもりらしいが、構えがなっちゃいない。 「オレ、強くなるんだ。強くなって、テファ姉ちゃんを守ってやるんだ......」 自分に言い聞かせるように、ブツブツとつぶやくジム。 ああ、そうか。 彼が口にしたのは、たぶん孤児院で世話になっている女性の名前なのだろう。アルビオンの治安が悪いのであれば、孤児院のある森にも盗賊が来るかもしれず、それに備えて強くなりたいわけだ。 ただの子供の英雄願望で「凄いメイジになる!」って言ってたわけじゃなかったのね。 ......と、ちょっと感動する私とは対照的に。 「なんでぇ? このガキが相手してくれるって言うのかい?」 盗賊たちは、ゲラゲラと笑い出す。 「ガキじゃない! オレはジムってんだ!」 威勢良く突っかかっていくが......。 げしっ! 当然のように、返り討ちである。 蹴るわ殴るわ踏みつけるわ。 ボコスカという音が文字どおり聞こえてくるくらい、一方的にやられている。 ......ちょっとやりすぎじゃないかしら? 「ねえ、もうその辺でいいんじゃない?」 「そうよ。少しくらいなら痛めつけてもいいって言ったけど......。あなたたち、限度ってものを知らないようね」 私とキュルケが諌めるが、『盗賊』たちは低俗な笑いを浮かべるだけ。 「はあ? 何の話だ?」 「打ち合わせしたでしょ! 言ったとおりに出来ないなら、金は返しなさい!」 「なんだ、こいつら? 盗賊の俺たちから、金を巻き上げようってぇのか!?」 私たちが杖を構えたのを見て、彼らもジムを放り出し、こちらに武器を向ける。 ......あれ? こいつら、もしかして......。 「ねえ、キュルケ。この人たち......本当にキュルケが雇った傭兵くずれなの?」 「え?」 連中から視線を逸らさずに、声だけをキュルケに送る。 視界の隅で、キュルケがギギギッと首を回したのが見えた。 「さあ......? 盗賊の顔なんてみんな同じに見えるから、私には何とも......」 美男子や気になる男なら、絶対に顔も忘れないくせに。 アルビオンの盗賊など、そんな扱いか。 「......あの......ひょっとして......」 おずおずと私は尋ねる。今度の相手は、キュルケではなく、正面の男。 「あんたたち......本物の盗賊団なわけ?」 「ハッ。偽物の盗賊団なんてやる奴いるのかよ!?」 ......なるほど。 出てきたタイミングがタイミングだったので誤解してしまったが、こいつら、仕込みの偽盗賊ではなく、本物だったわけか。 「それなら......手加減する必要もないわね......」 と、私が杖を振りかぶった時。 「杖を捨てろ!」 いつのまにか。 連中の一人が、ジムにナイフを突きつけていた。 意識を失ってグッタリしたジムは、逃げられるわけもない。 「なーに、悪いようにはしねぇよ。お前たちは結構、別嬪だ。俺たちゃ商品に傷はつけねえ」 どうやらこの盗賊たちは、人さらいを生業にしているらしい。 「ガキの命が惜しければ、言うことを聞け。......おっと、呪文を唱えようとするなよ。そっちが唱え終わるより早く、ナイフがガキに突き刺さるぜ」 「メイジの呪文詠唱は時間がかかる。それくらい俺たちも知ってるんだ」 「そこがメイジの弱点だからなぁ。ハッハッハ......」 自分たちの優位を疑わず、笑い声まで立てる盗賊たち。 でも、残念でした。 「イル・フル」 ちゅどーん。 どんなに短い呪文詠唱でも、なんでも爆発。『ゼロ』のルイズの本領発揮である。 ジムを捕えていた盗賊が、ジムごと吹っ飛んだ。 「あなたたち馬鹿じゃないの? 呪文詠唱に時間がかかるのは、大技だけよ」 私に続いて、今度はキュルケ。彼女の杖から飛び出す『炎球』が、次々と盗賊たちを焼いていく。 もちろん私も、黙って見ているだけじゃない。二発三発と爆発魔法を打ち込み......。 やがて。 その場で動いているのは、私たち二人だけになった。 ######################## アジトを吐かせて、そこにあった僅かなお宝を没収した後で。 私たちは、街の役人に盗賊たちを突き出した。 ジムは結構なケガを負っていたので、街の治療所に担ぎ込んだ。治療費も私たちが払うしかなく、盗賊から巻き上げたお金の大部分が早くも消えてしまった。 結局ジムは、私たちと関わったばかりに、せっかく自由に使えたはずの時間をベッドで過ごすことに。意識不明の彼を放置するのも気が引けるので、私たちも付き合う羽目に。 そんなこんなで、街の出口で彼と別れたのは、二日後の朝のことだった。 「ありがとう、ねーちゃんたち」 ありがたくなさそうな顔で、一応の礼を述べて去っていくジム少年。さすがに懲りたのか、メイジになるという大志も終了したらしい。 「ねえ、ルイズ。こんなんだったら......おとなしく一日師匠をやってたほうが早かったんじゃない?」 「それは言わないで、キュルケ......」 私たちも、ジムも、盗賊も。 誰も何も得をしなかったような気がする。 三方一金貨損、という言葉があるが......。なんだか、もっと損した気分だ。 めでたくなし、めでたくなし。 (「少年よ大志を抱け!?」完) |