足は、何も踏んではいない。
そんな感じだった。
しっかり立とうにも、踏みしめるべき地面がない。
足下を見れば、そこは底の見えぬ闇。
その闇空間には、眩暈がしそうなくらいぎっしりと散りばめられた星々が瞬いていた。
目を凝らせば、そのうちのいくつかは渦巻状の星雲――銀河であることがわかる。
酩酊に似たその浮遊感に吐き気がして、目が覚める。
本当に吐いたのは、何年ぶりだろうか。
そこで二人が出会ったのは、たぶん偶然だった。エテメンアンキのはずれにある植物園のチケット売場の前に佇むヒュウガを見つけ、ジェサイアは声を掛けた。
「よお」
「え? ……あ、先輩ですか」
振り返り、ジェサイアの姿を認めてヒュウガは微笑んだ。
「中、入ったことあるのか?」
「そういえば、植物園に行くなんて機会は一度もなかったですね」
「入ったことないだと? 普通……」
そこから続く言葉をジェサイアは飲み込んで「まあ、一度くらいは見物してみるんだな」と、有無も言わさずにヒュウガを園内に引っぱって行った。
植物園など、初等教育における授業の一環として見学するか、家族連れで遊びに来るか、恋人同士が暇つぶしのデートに使うくらいのものだ。だとしたら、第三階級に生まれ子供時代をそこで過ごしたヒュウガがここへわざわざ来る機会は意識してつくらねばあるはずはない。
植物園はさほど広くはないが、温帯域、寒冷帯域、乾燥帯域、亜熱帯域といくつかの区画に分けられていた。
順路通りに巡って、最期の区画であるその温室に入った途端、ヒュウガは顔をしかめて言った「ちょっと暑いですね。いったい何でこんなに?」
「ああ、ここは亜熱帯から熱帯系の植物が植えられている区画だからだ。こいつらには、快適なのさ」と、植えられている植物を顎でさした。
「あ、そうでしたね。知識としてはわかっていたのですが、つい……」
植生としては、同地域に存在しているわけではないだろう様々な種類の熱帯系植物が狭いスペースに節操なく植えられた。
バナナ、カカオ、パパイア、マンゴの隙間にシダ類が茂り、中央の池にはスイレンの花が浮いていた。ラン、ベゴニア、ジャスミン、ブーゲンビリア、ハイビスカスが美しく咲き誇っていた。その色彩を目にするよりもはやく俗名と学名が書かれた名札を読んでいる。
ヒュウガはそんな自分に内心苦笑した。
意外にも、園芸植物や生花として、一般家庭でも馴染みあるものも多かった。そう、多少の品種改良が行われていたとしても、原種は地上のものなのだから、別に不思議なことはないのだと、ヒュウガはなんとなく感心してみたりした。
今日、一般市民は休日であることもあって、家族連れがやけに目立つ。目の前でスケッチブックを抱えたローティーンくらいの少女が、色鉛筆で素早く花の輪郭を写し取っていた。その器用に動く少女の白い指先を見つめながら、ヒュウガは言った。
「先輩は、ここへはビリーくんを連れてよく来るのですか?」
「あ? ああ、前に一回だけ来たけどな、四歳児じゃ飽きるんだよ。なんせ植物はじっとしたまま動かねえだろ?」
ジェサイアは胸ポケットから無意識に煙草を取り出してから、この場所が禁煙だったことに気づく。煙草をそっと戻してから「どうだ? 感想は」と訊いた。
「ええ、興味深いところですね。きっと、地上にはもっと数え切れないくらい雑多なの生物が存在するんでしょうね」
“地上”という言葉が僅かに強調された。
――シグルドは元気だろうか。
言外に込められたヒュウガの親友に対する思いがジェサイアに伝わる。
シグルドが、すべての記憶を取り戻し、大切な人のもとへ戻る為に危険を承知でソラリスを脱出してから、一ヶ月が経過していた。彼なら大丈夫だろうと思いつつ、親友の安否をヒュウガは気に掛けていた。
「大丈夫さ、心配するな。もっとも、花が咲いていてものんびり眺めている余裕なんて、あいつにはないだろう」
さりげないジェサイアの返答にヒュウガは、柔らかい微笑で応え、目の前にある白い花に鼻を近づけた。甘く濃厚な香り。
「いい匂いですね」
そうか? とジェサイアも続けて匂いを嗅ぐ。
「なるほど。今まで花が咲いていたとしても、一度もまともに匂いなんて嗅いだことなかったな。咲いているな、と素通りしちまっていた」
「色鮮やかなハイビスカスもブーゲンビリアも香りはないのに、白い花は、清楚に見えて、こういった獣臭に通じるような重く力強い芳香を放つ種類が多いですね」
「へえ? 今日初めて来たくせに、博識だな」
ジェサイアは口の端で笑った。
ヒュウガは、僅かに眉を寄せる。
彼は貪欲に知識を吸収し続ける。ところが、知識が積みあげられていけばいくほど、己の空虚な内面を自覚させられる。いやな感覚。それなのにやめられない。まるで、強迫観念。
それをジェサイアに見透かされ、からかわれたような気がして、知らずに拗ねた口調になる。上背のある相手を斜め下から睨む。
「気づかなかったんですか? ジャスミンだってそうでしたよ」
ヒュウガはもう一度匂いを嗅いでから、そのままその場から立ち去ろうとした。
「ちょっと、待てよ」というジェサイアの声を背中に聞きながら、黙ってすたすたと出口へと足早に歩いて行く。
出てしまってから、まだ追いついてこないジェサイアを一応待つ。
少し遅れて、植物園から出てきたジェサイアの腕に抱えられたものを見てヒュウガは怪訝な表情をした。
「何ですか? それは」
「さっきの花だ。売店で買った。ほら、やるよ」
いきなり、鉢植えの花を押しつけられる。両腕の中で、白い花が甘く香った。ヒュウガは困惑した表情をジェサイアに向ける。
「やるよって………。花ですよ、これは」
「あたりまえだろ。植物園の売店で買うものといったらこのくらいのものだ」
「ちょっと、花は女性にやるものだって、この前、先輩は言っていたじゃないですか。ラケル先輩に持っていったらいかがです? だいたい、私が花なんかを部屋に飾るように見えますか?」
「まあ、おめーは花を愛でるじゃなくて、分解して分析とかしそうだな」
「だったら……」
「ええい、めんどくさいヤツだな。やるって言っているんだから、取りあえず部屋においておけばいいんだよ」
これ以上何を言っても無駄だ。ヒュウガは苦笑いを浮かべ、鉢植えの花に視線を落とした。この白い花に心惹かれたのは本当だった。だからといって、ただの観賞目的に買おうとは欠片も思いつかなかった。
たぶん、自分はそういった発想に至ることなど一生かかってもないだろうとヒュウガは思う。
「強引な人だな。だいたいメンテナンスが面倒だし」
「メ、メンテナンス?」ジェサイアは苦笑しつつ懐から時計を取り出し見た。「おっと、こんな時間だ。俺はこれから本部に用事だ。九時までに仕事は終わらせるから先に帰っていろ」
「先にって……」
「ちょっと、話もあるから帰りに寄る」
ヒュウガの返事も待たず、ジェサイアはゲブラー本部へ向かった。
ヒュウガは一人宿舎内の自室に戻ってから、ずっと、コンピュータと向かい合っていた。
ジェサイアが着くまでの暇つぶしに、描き散らかしたギアの図面を一つずつ開き眺めてみる。そのままでは、ものになりそうにもないとはいえ、いつかは使ってやろうかというアイディアが随所随所に散りばめられている。
時計に目をやる。そろそろ九時を回ろうとしていた。
――機械は好きか? ギアを設計するのは楽しいか?
――楽しいですね。
――まるで、玩具だな。そのギアは世界に何をもたらす? おまえはそのギアの向こうに何を見る?
真っ白だった。考えたこともなかった。
ギアに限らず機械を設計するのも組み立てるのも好きだと思う。
その時のプロジェクトのテーマによっては、制約事項が多過ぎて行き詰まることも多かった。何日もほとんど眠らずに、神経をきりきりと張りつめさせ、それでも最終的にできあがったものが自分の中にあるイメージをほぼ表現できた時の達成感。むしろ、嫌がらせとも取れるような無理難題を吹っ掛けられるくらいのほうが没頭できる分ありがたかった。
不意に感じた甘い香りに、ヒュウガはベッド傍にあるサイドテーブルを見た。
白い花弁が空調の微風に小さく揺れている。
鉢植えの横には、蒼白いライトに照らされたジュエリーフィッシュの泳ぐ小さな水槽。青く輝く半透明の魚は相変わらず宝石のように美しい。
ふと、ジュエリーフィッシュと同じ色調の美しい瞳を持った友人の顔が、脳裏に浮かんだ。
あの時、シグルドは、飽きもせずにこのジュエリーフィッシュを眺めていた。そして、何の前触れもなく記憶の一部を取り戻すことになる。
この青い二つの輝きが想起させたのは、鮮明な地上のイメージだったのだろうか。
記憶を取り戻す直前、羨ましいと言うヒュウガに、シグルドは不思議そうな表情をした。
――羨ましがられるようなものなんて何もないぞ。地上に生まれたラムズのはずなのに、その地上の記憶すらない。被験体としてソラリスに連れてこられるまで、確かに地上で生活していたらしいということを情報として知っているにしか過ぎない。実感は何もない。だから、懐かしくもないし、なんの郷愁もない。
――でも、あなたは諦めていないでしょ? 諦めていないものが何かなんて知らなくても諦めていない……。あなたは、取り戻すべきものが確かに存在する。それが、私には羨ましい。
この何気ない会話のほんの少し後に、シグルドは取り戻してしまった。
彼にとって本当に価値あるものを。
エレメンツよりはるかに強い絆を。
別れ際に、ヒュウガの身体を抱きしめて、シグルドは言った。
――おまえに会えてよかったよ、ありがとう。あと、カールを頼む。
自分よりも身長のある相手を見上げれば、すっかり逞しくなったシグルドの大人びた顔があった。ブルーの瞳に宿る光りが彼の強い意志を伝えた。
面立ちの変貌はあまりにも急激で、正視するには眩し過ぎた。
シグルドが密航した定期船を見送りながら、ヒュウガには、もう自分が寂しいのか、不安なのか、嫉妬しているのか、焦っているのか、……わからなかった。
この友人を誇りに思っている。誰よりもこの友人の幸運を祈っている。
なのに、一人になって沸き上がるのは負の感情ばかりだった。
その感情に意識を向ければ、ただただ、暗い内側に降りて行くしかなく、ヒュウガは考えることをやめる。そうやって、自分を引きずり込もうとする深い闇を二度と見ないですむように蓋をした。
もう一度鉢植えの花に視線を戻す。
枯らしてしまったら、何を言われるかわからない。これで世話をしなくてはならない生物が二つになってしまった。
それにしてもとヒュウガは首を捻る。
ジェサイアはなぜ唐突にこんな花をくれたのだろうか。あの男の言動は脈絡がなさそうに思えても、結果的には核心――嫌なところをついていることが多い。
あくまでも清楚な白い花。
この花の持つ香りは、その外観とは不釣り合いなくらい、甘く濃密だ。それは、目を閉じても暗闇の中に紛れても、その存在を意識させずにはいられない。
宿舎の前に辿り着いて、ジェサイアは明かりが漏れるヒュウガの部屋の窓を見上げた。
部屋の中で吸うとヒュウガに嫌な顔をされる。ポケットから煙草を引っぱり出すと、銜える。
帰りに寄るからとは言ってみたものの、特に話しがあるわけではなかった。久しぶりに一緒に酒でも飲もうという気になんとなくなった。ここのところ、あまり顔を合わせることも、じっくり話をすることもなかったからちょうどいい機会だと思った。
それに、あの植物園の前で見かけた時の、あのヒュウガの様子も引っ掛かった。
どこか、隙だらけなのだ。隙だらけだという表現が正しいかどうかはわからないが、他の言葉が見つからない。もちろん、その隙をついて攻撃をしかけ仕留めることが可能だという類の隙とは意味合いが違う。そういった意味では、まったく隙を見せないのは相変わらずだった。
たぶん、シグルドがいなくなったせいだろう。心許せる数少ない友人がいなくなったのだ。少々気が抜けたようになったとしても無理はない。
それでも、ラムサスに比べれば、ずっと軽症だ。
煙草の火を消し、エントランスからエレベーターにのった。部屋の前まで来て、ドアフォンが鳴らせば、かちっという音がして、ロックがはずされたことがわかった。ジェサイアは開いたドアから部屋の中へと入って行った。
ジェサイアが近づいても、ヒュウガは、コンピュータのディスプレーから目を離そうとしない。
ジャケットを脱ぎながら、ヒュウガの背後からジェサイアはディスプレーを覗き込んだ。
「またせたな。って、おまえ何やっていたんだ?」
「いえ、ちょっと暇つぶしに眺めていただけですよ。もう、見終わりましたから」立ち上がりざまに、システムを落とす。
「……で、あいつが出て行ってからいったいいくつ描いた?」
「え?」ヒュウガは振り返り、きょとんとした表情をジェサイアに向けた。が、すぐにくすりと笑って、眼鏡をはずしデスクの上に置いた。「ものにならないがらくたばかりですよ。数えてないからいくつかは……。ところで、何です? 話って」
「いや、特にない。最近、構っていないと思っただけだ」
ときっぱり、言いながら酒のボトルを取り出すジェサイアにヒュウガは眉を寄せた。
「何わけわからないことを。私よりもカールのことを気に掛けたらいかがです?」
ジェサイアは後輩のかわいげのない物言いなど慣れっこで、まったく気に留める様子はない。
「だから、シグルドが地上に行ってからだな、俺も忙しかったからな。それでもカールのことは少し気にしていたんだが、おまえのことはキレイサッパリ忘れていた。ほら、俺は一応、おまえの管理責任者だし」
「そんな取ってつけたようなことを。その手に持っているものは何ですか? ただ飲みたかっただけでしょう」
そのまま放っておいてくれれば平和だったものを、とぶつぶつ言いながらも、ヒュウガは立ち上がりキッチンへとグラスと氷を取りに行った。
シグルドの脱出計画にかなり具体的に荷担したジェサイア。最初の頃は、なんとか引き留めようと説得していたものの、最終的に納得して影ながら協力したヒュウガ。
だが、ラムサスは最期まで理解を示すことはなかった。その気になれば、力ずくで阻止することも可能だった。それなのに、証拠を押さえようともせずに、ただ「裏切り者」という言葉をシグルドの背中に浴びせただけだった。
それだけ、彼の傷は深い。
「カールは、しばらくは荒れてましたけど、今は、落ち着いていますね」
グラスに氷を入れながらヒュウガは言う。
「その程度のダメージから自分で立ち上がれないようじゃあいつの将来も知れているだろう。結果的には、俺の出番はなかったということだ」
ヒュウガはくすくす笑った。
「ミァンですね? そういった意味では、私の出番もなかったです。もっとも、彼女がいなかったらカールはまだ立ち直っていないんじゃないかな」
「立ち直りねぇ。……なあ、ヒュウガ、彼女をどう思う?」
「有能な女性ですね。優しくて、気が利く。何よりも、カールを信奉している。部下としても恋人としても申し分ないと言えるでしょう。それでいて、公私のけじめもきちんとしている。シグルドの抜けた穴を十分に埋めてくれるでしょうね」
「まったく、ミァンが色香だけでカールをたぶらかすような女だったらぶん殴っても目を覚まさせてやるところだが、ケチのつけようがないんじゃしゃーないか。有能だっていうのネックにならなきゃいいんだがな」
「何かまずいことでも?」
「いいや、考えすぎだろう」
「きっと、カールは誰よりも自分に必要な人を見つけたんですよ」
「まあ、いいさ。シグルドの幸運を祈って乾杯だ」
ジェサイアは片方のグラスをヒュウガに手渡し、自分のグラスをかるく当てた。澄んだ音が部屋に響いた。
渡されたグラスに口をつけずに、中の琥珀色の液体を見つめてヒュウガは言った。
「先輩、これからエレメンツはどうなるんでしょうね」
「なるようにしかならん。正直俺も、どうしていいかわからんし、今はまだ考えたくもない。あいつが出て行く前から、破綻しかけてはいたんだが、決定打にはなったな。今後加速度的に形骸化していくだろう」
「事実上の解散……みたいなものですね」
「はっきり言えばな。もともとカールの提唱する理想国家実現の為だったんだ。結成された時に見えていなかったものも時間と共に見えてくる。もっと大きな問題が突きつけられることもあるさ。だから、その方向も、取りあえずの目的も、手段も臨機応変に変更していく柔軟さが必要だ。最終的な理想、ビジョンさえ、きちんと見据えていればどんどん変えていくべきなんだけどな」
「理想国家が最終的なビジョンだったのでは?」
「いや、違う。なんの為、誰の為の理想国家かということだ。理想国家は一つの区切りにしか過ぎないのに、あいつは形に固執しすぎる」
「無理もないでしょう。理想国家実現は、カールの存在理由そのものですから」
「ああ、あいつがそう思い込んでいるだけなんだが。あとは俺とおまえで気長に説得するしかなさそうだ。だが、今はダメだな、頑なに自分の理想を守ろうとし、少しでも異論を唱える者の声など、聞く耳を持っていない」少しの間をおいて、ジェサイアはつけ足した。「ミァンが鍵を握りそうだ」
「だから、ミァンがついていれば心配ないんじゃないでしょうか。いずれ、カールも気づくと思いますけど」
「だと、いいんだがな」
そして、ちらりとヒュウガの顔を見る。
おまえはどうだ?
出かかった質問を手元の酒で飲み込んだ。愚問だ。
可もなく不可もなしという模範的解答にて、適当にはぐらかされるに決まっている。
理路整然ともっともらしいことを蕩々と語るヒュウガからは、決して本心は見えてこない。
ジェサイアは黙ったまま二つのグラスに酒をつぎ足した。
その手元を見ながら、ヒュウガはぽつりと言った。
「シグルドは今頃、アヴェ国王子救出の為に奔走しているのでしょうか」
「ああ、救出したあとも、国を取り戻すまで、いくつもの修羅場をくぐり抜けて行くことになる。それでもな、あいつはもう一人前だ。自分のやるべきことを知っている」
「シグルドは守るべき人がいる。何が本当に大切なのかの答えを見つけている。カールだって、最高のパートナーを手に入れ、理想国家実現の為の基盤をエレメンツに置く必要がなくなってしまいましたね。……なんか、取り残されちゃったみたいですね、私は」
「おまえはエレメンツの為だけに存在していたわけじゃないんだから、焦る必要はないだろう」
「いえ、もちろん予測できたことだし、焦っているわけじゃないんだけど。なんか、狡いな………」
ヒュウガは少し口を尖らせて言った。そのなんとなく子供じみた物言いにジェサイアは吹き出しそうになった。
やはり、恐ろしく頭がいいだけのくそ生意気な子供には違いない。
実年齢よりもずっとにヒュウガは大人だというのが、周囲の評価だった。ユーゲント入学当初から、見た目はともかくその言動は大人びていた。それは、老成されたしたたかさすら感じさせる。大抵の人間はそこに騙される。
もちろん、ジェサイアも最初のうちこそ騙されていた。
しかし、割と早い時期にヒュウガは馬脚を現すことになる。
あの時の衝撃は忘れられない。
怒り、憤り、痛み、哀しみ。やり場のない感情が烈しいエーテル波動と共に爆発した。それは、自分の甘さに無自覚だったジェサイアに鋭い切っ先となって斬りつけてきた。そんな事件だった。
それ以降、ヒュウガはジェサイアの前で無理な背伸びをすることはなくなった。ジェサイアに対してだけではなく、シグルドやラムサスに対し、徐々にうち解けてきた。
もっとも、あの事件がきっかけになったかどうかはわからない。わからないというのは、その後、そのことに触れたことも話し合ったこともなく、もちろん問題でも起これば話題として持ち出したかもしれないが、そういったことも起こらなかったからだ。
そして、ジェサイアもヒュウガもそのことを積極的に検証することもなく、なんとなく今に至っているという感じなのだ。
それは、二人の関係そのものを曖昧なものにしていた。
「まあ、一応俺はおまえの管理責任者であるわけだから、一人前になるまで管理してやるさ」
ジェサイアは自分の小さな息子にするように、ヒュウガの頭を大きな手でがしっと掴んだ。
真っ正面で視線が合い、ヒュウガはちらりと笑った。
「最初の頃、お節介な管理責任者にはずいぶんイライラさせられましたよ。ご存じでしたでしょう?」
「ああ、くそ生意気で、扱いにくいガキだった。……今も同じか」
すっと伸ばされたヒュウガの指が、ジェサイアの淡い色の髪に触れた。
「この髪も瞳の色も……何もかもが…………」
そう言ったきり、ヒュウガは、ジェサイアの髪に触れたまま、不意に沈黙する。口元から笑みは消え、黒目がちの瞳がじっと見つめていた。
そして、それは突然訪れた。
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