「生物学的には性行為なんて生殖目的以外の正当性など何もありませんよ。それが間違っているというのなら、あなたは何の為にセックスをするのですか?」
コンピュータのキーボードを叩きながらヒュウガは面倒くさそうに言った。
彼にとってはどうでもよい、さっさと切り上げてしまいたい話題だった。
ヒュウガのベッドに腰をおろし居座っているジェサイアは、何か重要な話があるからと、いきなり押し掛けてきたのだ。ご丁寧に今夜はルームメイトのシグルドが不在であるということを確認して。
先輩でありエレメンツ候補生である自分の監査役としての彼を尊重し、ヒュウガは柔和な態度と微笑みは崩さない。だが、部屋に入ってくるなり、性教育の話しをしようなどと突飛なことを言い出すこの先輩には心底呆れていた。
そして、苛立っていた。
しかし、ジェサイアにしてみれば散々悩んだ挙げ句、やっと決心して持ち出した話題だった。
エレメンツ候補生の管理責任者となって、はや半年。
思えば、この賢い後輩が、感情を露わにしたり取り乱したりすることころを一度も見たことは無かった。いつも穏やかに笑っている彼は、情緒的に安定していて不安を感じさせない。
その年齢の割に落ち着いた物腰や卒のない言動は、彼と同じエレメンツ候補生のカールやシグルドたちと比較してもずっと安心して見ていられた。
だから、少々、放ったらかしにしたとしても、三人のうちの誰よりも問題を起こさないだろうというのは大方の人間の意見だった。
だが、うち解けそうに思えたその瞬間、身を翻し再び相手との距離をとろうとする。
たぶん、こいつは誰に対しても決して心を見せたりはしない。そう確信めいたものをジェサイアは感じていた。
そして、そのことがずっと心の奥底に引っ掛かっていた。
そんなある日、ついにこの後輩は彼の内面の歪さを露呈することになる。
彼らも年頃のエレメンツ候補生だ。恋愛の流れから派生してのセックスの話題が雑談の頻繁なネタになり、ぼちぼち体験談の告白合戦になっても不思議はない。だが、この手の話題になると、ヒュウガはそれを「交尾、生殖、繁殖、発情」といった叙情性のまったくない言葉に置き換えてしまう。
「変人との異名は伊達でないな」と大抵の人間は笑い飛ばすだけで気にもしない。ジェサイアも最初は他の連中と同様さほど深く考えなかった。
だが、「そんな人間同士の性行為を家畜のそれみたいな表現をするな」と冗談めかして言うジェサイアに「だって、私たちは家畜でしょ?」としれっと返答した。
ジェサイアは嫌なものを感じた。
「確かに生殖というのは基本だろう。だが、人間にとって意味するものはそれだけではないはずだ」
どうやら、ジェサイアは、ただ雑談がしたくてこの話題を持ち出したわけではなさそうだ。上っ面だけの返答ではこの厄介な客人を追い払うことは難しい。そう判断したヒュウガは諦めの溜息を一つつくと、コンピュータの電源を落とし、デスク前の椅子を後ろにひいた。
立ち上がると、目の前のブラインドを下ろし忘れた窓の外に点々と散らばる街の灯りが目に飛び込んできたきた。
ユーゲントの寮からはソラリス二級市民達の居住区が見渡せる。コントロールされた人工的な宵闇深くに沈んでいる街。マンションの窓から漏れる金色の灯り一つ一つの下に善良なソラリス市民達の生活が確かに存在する。今頃、子供達はそろそろ両親に「おやすみなさい」を言う時間だろうか。
だが、ヒュウガがかつて生活をしていた、三級市民達の居住区の灯りはここからは見ることはできない。それは慎重に隠しているようにも思えた。まるで、健全な二級市民以上の人々の目に触れさせてはいけない汚いものに蓋をしているかのように。
ヒュウガは、窓の外から客人の座るベッドへと視線を戻す。
そして、ジェサイアの座る向かい側にあるルームメイトのベッドに腰をおろした。
ジェサイアの色素の少ない肌やプラチナブロンドの無造作に切りそろえられた短髪とアイスブルーの瞳はガゼルの象徴。この国の最高位市民である生まれながらの支配階級ガゼル。
何故、ジェサイアはこんな話題を急に持ち出したのだろうか?
生殖以外の意味だと? この単純で育ちのいい先輩が喜びそうな回答を口にするのは簡単だ。でも、ジェサイアに対する苛立ちが、この場をまるく収めるという当たり障りない回答をヒュウガに選択させなかった。
「人間だけが持ち得た他の意味ですか? ……そうですね、何らかの利益につながる場合。つまり、性行為に経済的価値を付加したのは人間だけですから。あと、一番多いのは………」
ヒュウガは顔を上げ、ジェサイアに真っ直ぐ視線を向ける。あくまでも、口元の穏やかな笑みは崩さない。
「支配する行為だからですよ。強者が弱者を支配する強力な手段になり得る」
「子供が解ったようなこと言うんじゃねぇ」
「通常、子供は支配する側にはなり得ないのですよ」
「……」
一瞬、言葉を失い、アイスブルーの瞳は大きく見開かれたまま向かい合わせに座るその子供を見つめた。
不用意な発言だった。最近知った事実、ソラリスの下層部では確かに、搾取されるだけの幼い性があるのだ。もちろん、確認などしたこともないが、早くに保護者を失ったヒュウガの生い立ちを考えれば、彼の身に何が起こっても不思議はない。直接聞いたわけではない。追求したこともないし、これからもすることはない。他人のデリケートな領域に招待もされずに土足で践みつけるような趣味はなかった。
ヒュウガは黙ったまま眼鏡をはずしサイドテーブルに置き、座っているベッドから腰を浮かせる。立ち上がり、一歩、二歩、三歩とゆっくりと歩み寄ってくるヒュウガをジェサイアは曖昧な視界の中に捉えていた。
ヒュウガはジェサイアの隣にふわりと腰をおろす。空気が揺れ、ベッドのスプリングが小さくきしんだ。ヒュウガは左肘を膝に乗せた姿勢で首を捻りながら、斜め下から相手の顔を見上げる。
その口元に浮かべた笑みとは対照的な射抜くように向けられた視線に、ジェサイアは僅かに眉を寄せた。
深い闇色の瞳。肩で切りそろえられ、ゆるくウェーブがかかった黒い髪。白色人種とは違う白さを持った肌。ソラリスでは支配されるものの象徴。純粋なガゼルとして育ったジェサイアにはその容姿は馴染みが薄かった。初めて出会ったとき、正確なソラリス語がまるで吹き替えのように感じたのを覚えている。
「では、先輩はあの行為自体にどれほどの意味があるとおっしゃるのですか?」
言外に込められた皮肉。あなたはそういった連中とどれほどの違いがあるのか。
ジェサイアは神経が徐々に張りつめていくのを感じていた。この恐ろしく頭のいい後輩を丸め込めると思ってはいけない。微細なごまかしであっても他愛もなく見抜いてしまうだろう。
慎重に言葉を選ぶ。
「……。生理的な快楽を得たいことがかなり大きい。そして、より親密で濃密なコミュニケーション、スキンシップの為。お互いに相手が特別な人間であるということを確認し合うこともあるな」
「あなたが、どれだけ多くの相手とどのような関係をもっているかは噂でしか聞いていませんが……。本当にそれだけだと、自信を持って言えますか?」
「俺は、対等で敬愛できる相手とだけしか関係を持つ気にはならないぞ。俺だけが一方的にヤりたい相手とヤる気にはならない」
常日頃、お調子者で、軽口を叩く彼からは想像もできない率直で生真面目な回答に、ヒュウガは吹き出す。屈めた身体を両腕で抱きかかえながらくっくっと乾いた笑い声を立てた。
「先輩は、挫折というものを知らない方だと思っていましたが、セックスに関しても挫折したことがないんですね」
笑いで小刻みに震えるヒュウガの肩を見下ろしながら、ジェサイアは憮然として訊く。
「どういう意味だ? 皮肉か?」
「皮肉? そう思われるのならどうぞ。ただ、恵まれていたあなたの人生だけで解ったようなことを言って欲しくなかっただけです」
あからさまに刺を含ませた口調。ゆっくりと頭を持ち上げ、首を傾げたヒュウガの右頬にさらりと落ちた黒い髪が顔に深い陰影をつくる。もう、笑ってはいない。ジェサイアは自分の表情が徐々に強張っていくのを感じていた。
ふいに、ヒュウガの顔が近づく。唐突に重ねられた唇にジェサイアは反射的に身体をひいた。表情無く自分を見つめる闇色の瞳を呆然と見つめ返す。
両手で頬を挟まれ、もう一度近づいてくる唇を今度は醒めた意識の中静かに受け止めた。
深く、貪るように施される口付けはあまりにも不自然で痛々しい。舌が歯列を割り入り込もうとしたその瞬間、ジェサイアはヒュウガの身体を強く引き剥がしていた。
「やめろ、ヒュウガ」
思わず怒鳴り声になる。
さして驚いた様子も見せず無言のまま見上げるヒュウガの両肩を掴み何度か揺する。掴まれた肩の痛みにヒュウガは顔を僅かに歪めた。
「違うだろう、それは。大体、おまえ、ここにいないだろう。どこに意識を飛ばしている? そんなに他人と触れ合うことが不快なのか? 不快なくせに、意識を飛ばしてまで何をやっているんだ。おまえは」
コントロールした声の中に苛立ちを滲ませ相手を凝視する。憐憫の色を浮かべたアイスブルーの瞳。
「……俺を……試したのか?」
見透かされたことも、同情されたことも気に入らない。肩を掴むジェサイアの腕を振り解き立ち上がったヒュウガの顔が僅かに上気している。
「ええ、あなたが、あまりにもおめでたいからですよ。それが……それが、厭わしいことでしかない人間だっているんです。あの行為自体は常に一方的なものとしか私には思えない。あの行為に……。あれが……対等って、いったい何を根拠に……。何も解っていない……何も知らないガゼルのくせに」
感情の乱れを隠しきれず、荒い息と一緒に切れ切れに吐き出される言葉。
もう一度、ヒュウガに触れようと腕を伸ばしたその瞬間、ジェサイアの身体に電流のような衝撃が走り、弾かれたように指を引っ込めた。
幾筋もの赤く輝く糸が絡むようにヒュウガの全身から立ち上がり一瞬にして消えた。
激しい怒りのエーテル波動。
こんなふうに感情を露わにするヒュウガをジェサイアは知らない。今まで、このエレメンツ候補生のいったい何を見ていたのだろうか?
ジェサイアは恵まれてきた自分の二十年程の人生を思う。
これほどまでに深い憎悪も、やり場のない悲しみも、逃避もかなわぬ恐怖も、何も知らない。
理解しようのない痛み。
何を言ったらいいのだろうか。どう説明すれば解ってもらえるのだろうか。余りにも辿ってきた人生は違う。生きてきた環境も違う。出会ってきた人の種類も違う。与えられてきたものも違う。
どのような言葉も持てるものの傲慢さにしかならない。
本当に何も知らないのだから。被差別民の生活など肌で感じることなどできないのだから。
それでもジェサイアは『違う』と言いたかった。『おまえの感じていることは一つの視点にしか過ぎない』と。
乱された感情を他愛なくさらすヒュウガ。それと対照的にジェサイアの心は平静さを取り戻していく。深く静かに沈んでいく心の奥底で何かが疼き出す。まともに受け止めてしまった痛みが。
微妙な緊張状態を保ちつつ、二人は、視線を絡ませたまま一歩も動けない。神経が焼き切れそうだ。
耐えきれずに先に目を逸らしたのはヒュウガの方だった。
そんなヒュウガを見て、ジェサイアは、ぽつりぽつりと話し出す。
「たぶん、俺は世間知らずなんだろう。物質的なことで何の不自由も感じたことなどない。家族にも友人にも恵まれ、悩みといったら、もらえる小遣いが少ないとか、ガールフレンドとのことくらいだった。被差別民の生活に目を向けることもなかった。もしかすると、おまえよりも世の中の仕組みなど解っていないかもしれない……」
「そこまで解っているのなら、黙っていて下さい」
横を向き俯くヒュウガを見つめる複雑な感情を湛えたアイスブルーの瞳。安っぽい同情ではない。傲慢さもない。
……ただ、相手の持つ痛みを感じ取ろうとするだけの。
ジェサイアは指でヒュウガの髪に触れると、そのまま頬まで滑らせた。拒絶は感じられない。
「いや、それでも言ってやる。敢えて言ってやる。おまえのその考えは間違っている」
そして、ジェサイアは大きく息を吸い込んでから、今度は大声で言う。
「間違っている!」
その声の持つ強い振動に、ヒュウガは目を大きく見開いた。
黒い瞳が不安げに揺れた。次の瞬間、ジェッサイアは相手の痩身を強く抱きしめていた。逃れようと抵抗する身体を強く抱き留める。
大人顔負けの能力とかわいげのない言動のせいか、エレメンツ候補生の少年達をを必要以上に大人として扱ってしまいがちだった。だが、今、自分の腕の中にいるよく知っているはずの生意気な後輩は、ジェサイアの中で固定されたイメージとは違う。実際の歳よりもずっと幼く見えていた。
子供相手にいったい何をムキになっているのだと自嘲気味に薄く笑う。
ジェサイアはヒュウガを抱いたまま、靴を脱ぎ足をベッドに引き上げる。そして、ヘッドボードに背を預けた。
大きな掌でヒュウガの背中をゆっくりと大きく撫でる。掌を通じて伝わってくる背中のラインもまだ成熟していない少年のものでだった。今更そんなことを認識させられてジェサイアは苦笑した。
きっちりと密着された身体から伝わってくる体温や髪や背中を愛撫する掌の感触に居心地悪さを感じ、ヒュウガは何度か逃れようと身を捩る。だが、身体を動かすたびに強い力で抱き留めらた。
「離してください」
「だめだ。正直に答えろ。こうされていることは不快か?」
言われてみれば、その感覚は不快ではない。だが、記憶を辿ってみれば、人の体温など長い間厭わしいものでしかなかった。意識的に忘れようとしていた辛い時間。
人の体温を愛しいと思うなどということは過去にあったのだろうか?
目を閉じる。じんわりと伝わってくる温かな体温。耳元で繰り返される静かな呼吸音。触れ合った胸から直接伝わってくる心臓の鼓動。
強張っていた全身の緊張がふっと緩む。
心地よい虚脱感の中、ふと、わき上がるイメージ。暖かな空気が全身を包む。「ヒュウガ……」と名を呼ぶ声。微笑み。そして、抱きしめてきた優しい腕を知っている。
忘れかけていた。すべてを失ったあの瞬間まで確かにあったものなのに。
今は誰もいない。自分を守ってくれた両親も優しかった兄たちも、永久に失ってしまったのだ。
兄さん……。
目頭が熱い。
ジェサイアの腕の中に強く抱き留められて、溢れ出る涙を隠すことも拭うこともできない。
ヒュウガの意志に反して流れ落ちるその滴を唇で受け止めながらジェサイアは言う。
「いい子だ」
「子供じゃありません」
「子供だな。小さなビリーと何ら違わない」
「私は三歳の幼児ではありません。じきに十六歳になる、大人です」
「違うな。本当は、まだまだ、守られることが必要な子供だ。おまえも シグルドもカールもな。だが、周りがそれを許さないだけなんだ。歪んだここ〈ソラリス〉では」
ヒュウガは反論することを諦める。
そう、ジェサイアがこの部屋を訪ねてきたときから完全にこの男のペースだった。模範解答のストックなどいくらでもあったのに。
もしかすると、止めて欲しかったのかもしれない………。どうしようもなく破壊的な衝動に駆られていきそうになる自分を。
やめよう……今は考えるのもかったるい。ヒュウガは思考することをしばし放棄する。
頬に触れていたジェサイアの唇はゆっくりと下りていき、唇を掠める。そして、耳たぶを柔らかく甘噛みされ、くすぐったさに首を竦めた。
「嫌だったら、ちゃんとそう言え。自分の意志を人に渡したりするな。おまえは嫌なものを拒絶する権利を持っていることを忘れるな。まして、今のおまえはそれをはね除けることのできる力を持っているんだ」
ジェサイアの声が優しく響いて聞こえた。
再び重ねられた唇。襟元を開かれ胸や背中をじかに愛撫する掌の感触が、じんわりと快感にすり替わっていくのをヒュウガはぼんやり意識していた。
だが、それと同時に強い眠気に襲われる。
「眠いんです」
「構わないぜ。このまま寝ちまいな」
ジェサイアはサイドテーブルにあるコントローラーを取り上げ、部屋の照明を落とす。ヘッドボードに預けていた背中を徐々にずらし、ヒュウガを胸に抱いたまま毛布にもぐり込んだ。子供をあやすように背中をさすり、髪を梳いてやる。やがて、胸の上で聞こえていた呼吸が規則正しい寝息に変わるまで。
完全に眠ってしまったことを確認すると胸からそっとおろし隣に横たえる。
上半身を起こし、ヒュウガの顔にかかる黒い髪を指でどけた。
ユーゲントに編入するまで、二級市民として両親と一緒だったカールはまだいい。だが、ヒュウガもシグルドもガゼルである自分には想像もつかない辛い人生を歩んできたのだろう。
それでも、この二人はとんでもなく恵まれているのだ。そのずば抜けた能力故拾われたのだから。拾われることもなく誰の目に留まることもなく使い捨てられる子供が、圧倒的多数なのだ、この国では。
もちろん、公表などされない。
神に祝福された民だと?
いったい、どの神が祝福したというのだ。
ラムサスはそれを正すという。無能なガゼルよりも有能なラムズを生かせと主張する。彼の唱える能力主義は確かにヒュウガとシグルドを取りあえずは救った。
だが……。ジェサイアは彼の小さな息子を思う。
もし、ビリーが無邪気で優しいだけの取り立てて能力のないガゼルの子供だったら、生かされる資格がないとでも言うのだろうか?
もう一度、隣で静かに寝息を立てているヒュウガに視線を落とす。あどけない寝顔は彼がまだ無力な子供であることを教えた。
ジェサイアは目を伏せると首を小さく左右にに振った。
無力な子供であることは自分も変わらない。そんな事実に薄々気付いても誰も救えやしないのだ。今はただ力を蓄え、ソラリスを変革できるだけの地位と権力を手に入れるまで耐えていくしかない。そして、はっきりとそれを自覚した上で多くの人々を見捨てていくことになるのだろう。ゲブラーの一士官として。
ジェサイアは皮肉な笑みを浮かべた。
「なあ、ヒュウガ。そん時まで耐えていられっかな。俺とおまえ、どっちが先に音を上げるんだろうな」
聞いてはいないだろう相手に向かってぽつりと言う。
「俺はおまえと違って辛抱足りねぇしよ」
そして、その無防備な寝顔に唇を落としてから同じベッドにもぐり込んだ。
それでも、寝付かれずに薄闇の中、暗い天井をしばらくの時間、見つめていた。
ジェサイアもヒュウガもソラリスで育った。
昼光色に包まれた活動時間。活動を休止させる為にと、規則正しく下ろされる夜の帳。無限に広がる世界と錯覚させるソラリスの虚構空間は、生まれたときから慣れ親しんだ世界のはずだった。
ならば、初めて地上に降りたときの大地から沸き上がるエネルギー、目を覚ませと体中の生命力を揺り起こされ、感じたあの開放感はなんだったのだろうか。
ソラリス……。
神に守られた光りあふれる天上の楽園。
底知れぬ闇を抱えた国。それは、常闇の国。
光りの中にいたジェサイアと、闇を見ていたヒュウガ。
だが、その闇の底に横たわる深淵、この世界の真実の姿をジェサイアもヒュウガもまだ知らないのだ。
寝返りを打つ。
ラケルに連絡しておいたほがいいだろうか……。面倒だな。いや、ここに来ていることは知っているから心配はしないだろう。
大きなあくびを一つして、ジェサイアもゆっくりと眠りに落ちていった。
ヒュウガが目を覚ましたとき、ジェサイアは既に起きていて、コーヒーを勝手に飲んでいた。
「目ぇ、覚めたのか? まだ、はやいから寝ていろ。俺は一度家に戻るからそろそ帰るぞ」
何故、この男がここにいるのだろうか?
ゆっくりと上半身を起こす。
起き抜けのぼーっとした頭で考える。徐々に頭の中がはっきりしてくるに従って昨晩のことを思い出し赤面する。ベッドの上で、足を折り曲げ膝を抱えて俯いていた。羞恥でまともにジェサイアの顔を見ることができない。
ジェサイアはカップを置くと、立ち上がりヒュウガのいるベッドまで歩み寄る。そして、頭に手を置き上を向かせにやりと笑った。
「心配するな。何もしてねーよ。言っただろ? 俺は対等な相手としかヤる気にはならないってな。くやしかったらもう少し大人になりな」
「誰もそんなこと……」
そう言いかけるヒュウガの首にジェサイアは腕をまわし引き寄せると、耳元に口を寄せ小声で言った。
「ヒュウガ…。おまえは昨晩、初めて、俺に怒りをぶつけてきた。泣き顔も見せた。覚えているな? それを第一歩にしてみろ」
大失態だった。見せてしまったものは取り消せない。ここで、反発したとしても醜態をさらすだけなのは目に見えている。ヒュウガは諦め溜息を一つだけ落とすことにした。
ジェサイアは続ける。
「悪いが、俺はおせっかいでな。手をひく気はない。しつこくおまえの情操教育には関わってやるから覚悟しておけ」
首に巻かれていた腕がするりと解かれた。
ジェサイアは上着をはおりながら玄関へと向かう。ドアの前でくるりと振り向き「授業には遅刻するなよ」と、片手を上げた。
ヒュウガは、ドアが小さな音を立てて閉まっるのをぼんやりと眺めていた。
今はまだ何も考えたくなかった。
昨晩のこと、ジェサイアが言った言葉の意味、あの腕の中で感じた安らぎ。そして、自分の中で何かが変わろうとしていることも。取りあえず何も考えずにもう一度眠ってしまいたかった。
時計に目をやる。まだ、早いが、今ここで眠ってしまたら最初の講義に遅刻する。
かまうものか、一時限目をさぼってしまうのは、あの男のせいだ。そう自分に納得させてベッドの中へともぐり込むと再び瞼を閉じた。
了
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