一日一東方

二〇一〇年 七月二十二日
(星蓮船・雲山)

 


『雲山 of the world』

 

 

 好きなひとができたという雲山の相談に、とりあえず一輪はその女性の詳細を尋ねて、棲み処と容姿と服装の特徴からその対象が風見幽香であると理解したとき、心の底から「やめておけ」と進言した。
 所詮は雲入道と古参妖怪、顔を合わせて瞬間消し飛ばされるのがオチだと何度助言しても、やってみなきゃわからん、吼え面掻くなよ小娘がの一点張り。
 普段は真面目一辺倒の頑固な性格をしているわりに、一度惚れると玉砕するまで猪突猛進タイプのこの雲山。一輪の手から離れて勝手にうろちょろすることもできるのだが、巨大化したり人の形を取ったりするためには一輪の能力が必須である。
 それゆえ、一世一代の告白ともなると、雲山の恋路など微塵も興味がない一輪も引きずり出されるわけで、しかも今回のお相手はかの有名な風見幽香である。半径1km以内には近寄りたくない。少なくとも太陽の畑には踏み入りたくない。
 噂によれば、粗相さえしなければ紳士淑女の対応を取っているようだが。
 雲山の目的が、幽香に対する最上級の宣戦布告であると推察されるため、できるなら、雲山ひとりでふよふよと風に吹かれて太陽の畑の向日葵にでも引っ掛かってくれないかなあと密かに願う一輪であった。
 そして。
「来ちゃった……」
 一輪アンド雲山、太陽の畑の入口に立つ。
 一輪は若干涙目である。
 雲山はここぞとばかりに人間形態でおめかしているが、ダブルのスーツに身を包んだところでハゲじじいであることに変わりはなかった。サングラスの存在が異様に浮いている。
「一応前置きしておくけど、死んでも責任持たないからね」
 ひがむでないわ小童、と笑う雲山に蹴りを加えても、入道に物理攻撃は通用しない。歯噛みする。
「もー……後は野となれ、山となれ……か!」
 踏ん切りを付けて、向日葵を傷付けないように畑の中へと踏み込んでいく。雲山もその後に続く。足音が聞こえない違和感はあるが、心臓の鼓動の方が遥かに耳に残る。
 そも、風見幽香が此処にいるという根拠はない。空振りに終われば、人里を回るか出直してくるか、別の手段を取らなくてはならないのだ。その間、一輪は要らぬ動悸に蝕まれ続けるのである。
「鬼が出るか、蛇が出るか……」
 女神じゃ、あの方は女神じゃ、と歯の浮くような台詞を繰り返す雲山。恋をすると馬鹿になるとはよくいうが、身内がその病に掛かると鬱陶しいことこの上ない。
 叶うなら、早々にこの流行り病が収まってくれればと思うのだが。
「――――、う」
 あえぐ。
 一方、雲山は恍惚の水蒸気。
「――――、あら」
 風見幽香。
 やや傾斜のある小道の先に、日傘を差して佇む女性がひとり。
 大地に根を生やす新緑の髪、チェック柄の薄いブラウスが、折からの風になびいて揺れている。
 優雅であった。ただ立っているだけなのに、周囲の空気がいくばくか大地に押しのけられていた。
 彼女の存在に気付くまで、こんな重圧は感じなかった。暑さのせいではない。体調のせいではない。ただ、幽香が一輪と雲山の存在を認識し、神経を割いたたことが、わずかに一帯の空気を震わせた。
「初めて見る顔ね」
 笑顔。笑顔である。
 だのに、つられて笑みになるような慈しみは微塵も感じられない。
 忘れてはいけない。
 此処は、この太陽の畑一帯は、既に彼女の領域であるということを。
「よし帰ろう。うんざ」
 回れ右で踵を返したはいいが、肝心の雲山は恋の熱暴走中であった。一輪の真逆、つまりは幽香に向かって真っすぐに駆け出し、ちょくちょく想いを叫びながら闇雲に突貫していく。
「あのジジイ……!」
 舌打ちする間もあればこそ、一輪は短距離走の速度で疾駆する雲山を追う。いっそのこと、幽香がおもむろに振った傘で雲山を明後日の方向に吹き飛ばしてくれれば、幽香に近寄らなくて済むし雲山の目も覚めるしで良いことずくめなのだが、なかなか思い通りに事は進まないものである。
 ウッヒョーとばかりに幽香に接近した雲山だが、流石にいきなり抱きついたりはせず、ずれたネクタイを整えてはじめましてと会釈をする。
「はじめまして。よろしければ、お名前を聞かせて頂けないかしら」
 好感触! と密かに拳を握りしめる雲山の未来は、一体何処に向かっているのか。
 無理に近付く必要もないと気付いてしまった一輪は、やや離れた位置からふたりの動向を窺う。幽香は一輪の存在を認識しているだろうが、こっちへ来いともあっちへ行けとも指示しない。眼中にないと思われているのは正直癪だが、目を付けられるのもよろしくない。
 雲山と申す者……と神妙に口にすると、幽香は初めてそれとわかる優しい笑みをこぼした。
「素敵なお名前ね」
 勝ち誇る雲山が見えた。本来ならば喜ぶべき光景であるはずなのに、彼が哀れに思えてしまうのは何故だろう。種の異なる者同士の報われない恋だから、ではない。風見幽香が最強クラスに位置する妖怪だから、でもない。それらは確かに理由のひとつではあるだろうが、一輪に心からの溜息を吐かせる要因にはなり得ない。
 風見幽香は、こちらが何もしていなければ、大抵は紳士的なのだ。
 なら、こちらが行動を起こした場合はどうか。
 それが好意であれ敵意であれ、彼女にとっては同じこと。
「もうご存知かもしれないけど、私は風見幽香よ。あなたよりずっと、長い時を生きている妖怪」
 徐々に、その笑みの種類を変化させていく。
 彼女と対することはすなわち、彼女と同じ舞台に上がるということ。対等であれとは言わない。ただ、彼女と踊り続けられるだけの素養を持った者でなければ、舞台の上から振り落とされる結末が待っている。
 さて、雲山にその資格があるだろうか。
 サングラスが落ち、雲山の顔に皺が寄る。離れた位置にいる一輪にも、幽香の意志が大気から伝わってくる。雲山に関わろうとする意志が。雲山が、幽香の意志に耐えられるかどうかの試験が始まろうとしている。
 芯の部分は一切代わりのない、幽香の笑みが試練の口火を切る。
 雲山が振り向いても、一輪は既に大地を蹴って空に飛び上がっていた。
「――言わんこっちゃない」
 静かに、一輪は十字を切った。

 

 

 その日、太陽の畑の辺りから、巨大な雲が天に向かって伸びていったという。

 

 

 

 



ナズーリン 多々良小傘 雲居一輪 村紗水蜜 寅丸星 聖白蓮 封獣ぬえ
SS
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2010年7月22日 藤村流

 



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