一日一東方
二〇一〇年 七月二十四日
(星蓮船・寅丸星)
『寅丸バスターズ!』
「寅丸バスターというのは格好よくないですか」
寅丸星が至極真面目に言い放つので、ナズーリンは何事かと作業の手を止めて彼女の表情を窺ったが、やっぱり生真面目そのものの寅丸星に過ぎなかった。
「ご主人はもう寝た方がいい」
「ちゃんと聞いてください。これにはれっきした訳があるのです」
「聞きましょう」
「ありがとうございます」
ふたりとも、朝から夜までろくに食事も摂らずに作業し続けているため、あまり頭が回っていない。机の上は色とりどりの千羽鶴でいっぱいである。でもまだ千羽には達していない。ちなみに言い出したのは寅丸星である。
聖の復活セレモニーの一環であるため、鶴を折っているのは星とナズーリンのみだ。一輪やムラサはそれぞれ何か出し物を考えているのだろうと思われるが、その内容はふたりも知らない。当日のお楽しみである。
ナズーリンは、何故このような苦行に付き合っているのかと嘆くことにも飽き、ただ黙々と何も考えずに手だけを動かしている。瞳はほとんど何も映していない。鶴の折り方はまぶたの裏に焼き付き、指先だけが同じ動作を正確になぞり続ける。
星も半分くらい似たようなものだが、彼女の瞳にはまだ若干の光が灯っていた。
「やっぱり、私にも必殺技が必要だと思うんですよ」
「うん」
「ナズーリンペンデュラムがあるように、寅丸バスターがあってもなんらおかしくはない」
「そうかもしれないね」
「寅丸サンダーでも一向に構いませんが」
「そりゃ大変だ」
何やら両手を構えて、バスターだかサンダーだかを放出しようと試みる星。だが無論そんなビームは発射されようはずもなく、しゅんとしょげて再び千羽鶴地獄に沈みこむ。
「やはり、宝塔がないと超必殺技を発動することはできないようですね……」
「なんでもかんでも宝塔のせいにしないように」
「宝塔を装備することによって寅丸ビームが寅丸ビームキャノンに」
「攻撃力の上がり具合がわりと微妙です」
「寅丸ツインビームキャノンライフル……改」
「もう寝ろご主人」
虎の限界は近い。
すると星は、ぱァん、と自分の頬を張り、「まだ行けます」とナズーリンに向かって力強く宣言する。明らかに加減を間違えて口の端から血が垂らしているが、ある意味似合っているので放っておくことにする。
「まだ、見つかりませんか」
ナズーリンは、主の神妙な声に俯くことしかできない。
もとはといえば星がうっかり宝塔を無くしてしまったのが原因なのだが、今それを追及するとほぼ確実に星が帰らぬ人になってしまうので、ここはやんわりとやり過ごすのが賢明である。
が。
「申し訳ありませんね……私が、もう少ししっかりしていれば……」
「ご主人。今それを言っても仕方ないでしょう。私は、私にできる限りの事をやるつもりです。ご主人も、あなたにできる限りの最善を尽くしてください」
ぴしゃりと、言うべきではないかもしれない言葉を投げる。
だが、ナズーリンが柄にもなく投げつけた台詞を曲解するほど、星は愚かではない。そう願っているし、それが間違いでないことも知っている。
「……そう、ですね。気弱になってはいけませんね」
ありがとうございます、と星は部下に対しても真摯に感謝の意を告げる。
深々と頭を下げたせいで、頭頂部に乗っかっている置物が机に落下してあわや大惨事になりかけたが、幸い折り紙が潰れることもなく、机に額をぶつけた星がその体勢のまま数十秒ほどスリープ状態になった程度で事無きを得た。
はッとして星が勢いよく目覚めた時には、既に星の頭頂部には三羽の折り鶴が設置されていた。カラフルである。
「寝ていました」
「おはよう」
「おはようございました」
何故か両手を合わせて、星は終わらない折り鶴の螺旋を緩やかに上り始める。ナズーリンはあまりにもぐるぐるぐるぐる上りすぎて脳みそが溶けてバターみたいになっていたが、星が何やら真剣な顔付きでわなわなと震えていたため、とりあえず我に返って事情を聴くことした。
「ご主人。今度は何に気付きました」
「寅丸バスター……考えたのですが、これは使用すべきではないかもしれません」
「なるほど、簡潔に話してください。簡潔に」
「あくまで牽制として……スイッチに指を掛けた状態で、敵がこちらに一歩踏み込んできたら、あ、押しちゃいますよ、爆発しちゃいますよ、いいんですか、みたいな駆け引きが成立してナズーリンがたぶん楽しい」
「簡潔にと言ったでしょう」
「ごめんなさい」
しかし謝るときだけはやたら素直である。
酔っ払ってるのかこの虎。
「……今わたし寝てましたか!?」
「寝てない寝てない」
「そうですか……それならよかったです」
「総合的に見るとあんまりよくないがね」
「ちなみに寅丸バスターというのはですね……」
「続くんかい」
星輦船の自爆スイッチ云々に話が飛躍したところで、ナズーリンは必殺のナズーリンペンデュラム(催眠術)で星を寝かしつけた。それならむしろ星輦船バスターじゃないのかと突っ込みたかったのは確かだが、ナズーリンもそこそこ限界なので察して頂きたい。
星の異様な寝付きの良さと、やたら気持ちよさそうな寝顔が、若干腹立たしい。
この後、ナズーリンはひとり黙々と鶴を折り続け、本日のノルマを達成したところで気絶するように眠りに落ちた。
はッとして目が覚めた時にはもう星の姿はなく、昨日できた分の鶴が全て紐に通されて理路整然と並べられていた。
そして、ナズーリンの頭にも、カラフルな折り鶴が三羽留まっていた。
してやられた。
が、不快ではない。柄にもなく、打算も含みもない笑みが浮かぶ。
「……宝塔、早く見付けないとな」
聖の復活まで、残りわずか。
九百羽の鶴が、地上より遥か高みを吹く風に煽られ、木の葉のざわめきのような涼やかな音を奏でた。
ナズーリン 多々良小傘 雲居一輪 雲山 村紗水蜜 聖白蓮 封獣ぬえ
SS
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