・一日エロ東方 萃夢想etc

 



コンスタンティノープルの木馬 ルーミア


鼓動 レティ


だってしょうがないじゃない リグル
たのしいこどものつくりかた1 大妖精 前門の猫、後門の猫 舌抜き雀 ミスティア
I scream, you scream. チルノ アリスゲーム アリス たのしいこどものつくりかた2 慧音
おっぱい 紅美鈴 恋するリリーはせつなくて略 リリー fetishism 霊夢
我ら知的なアンドロギュヌス 小悪魔 crescendo ルナサ 白黒綺想曲 魔理沙
paper view パチュリー super butter dog メルラン shapes of shavers てゐ
blue blood 咲夜 egoism リリカ 勇敢な愛のうた 鈴仙
抱きしめてトゥナイト レミリア 昆布の憂鬱 妖夢 八意に告ぐ 永琳
ライ麦畑で捕まえて フランドール いつか来る朝 幽々子 真説・輝夜姫 輝夜
    エキノコックス・パラノイアック きみのむねにだかれたい 妹紅
ザ・インデックスフィンガーズ 八雲紫    
 



etc
豆柴ラプソディー 萃香



etc
教えて! 文々。


春色ソルジャー 静葉
さらば青春の日々 霖之助 夢にまで見た球体関節 メディスン 芋と情緒と女心と秋の空 穣子
心の剱 妖忌 あぶらかたぶらなんぷらー 幽香  
虹の架け橋 レイラ 死神ヘヴン 小町   にとり
たのしいこどものつくりかた3 蓮子 四季映姫輪姦 映姫  
スクラムハーツ メリー drop dead スーさん   早苗
君は我が誇り 毛玉 感度0 リリーブラック   神奈子
禁じざるを得ない遊戯・absolute solo 上海人形 優しくは愛せない 幽霊   諏訪子
一茎 ひまわり娘 カラスの行水と20世紀のクロニクル    
陽はまた昇り繰り返す サニーミルク 好き好き大好き愛してる 大ガマ
白粉の月 ルナチャイルド

ダブルヘッダー 秘封
星に願いを スターサファイア (有)求聞史紀・稗田阿求部社会福祉課 阿求


 

一日エロ東方

九月十九日
(萃夢想・伊吹萃香)



『豆柴ラプソディー』

 

 鬼は豆に弱いという俗説がある。
 だが果たしてそれは真実なのか。真実の探求者と自負すること数週間の霧雨魔理沙は、前回のリリーホワイト爆死事件(仮称)の悲劇を二度と繰り返すことのないよう、今回は慎重に慎重を重ねて真実の探求を目指すことと相成った。
「そういう経緯から、よろしく頼むぜ。霊夢」
「あの、うちの社務所を勝手に改造しないでもらいたいんだけど……」
「文句言うなよ」
「言うわよ……」
 渋い顔をしながらお茶を啜る霊夢は、屋根裏部屋の隠し窓から居間を眺めている魔理沙に半眼で愚痴る。行灯のか細い明かりひとつ添えられた狭い部屋は、昨日一昨日に魔理沙が急造した空間だ。霊夢が居ない隙を見計らい、気合一発、十六夜咲夜の力を借りてねじくれ曲がった空間を捏造したのだ。
 ちなみに魔理沙が覗いているガラス窓は香霖堂発注のマジックミラーであり、向こう側からはこちらの空間を認識できない仕組みである。
「これ、ただの覗きだと思うんだけど……」
「真実ってのは、おおむね泥臭いもんだ」
「いやこっちが泥臭くなってるからさ……」
 小さな卓袱台を持ち込み、のんべんだらりと魔理沙の動向を見守る霊夢の周到さこそが霊夢の霊夢たる所以であり、だからこそ霊夢は魔理沙の卑猥な行動を止めることはない。
 お茶おいしい。
「……お、鴨が角生やしてやってきた……」
 魔理沙がほくそえむ。番茶を啜る霊夢の頬が綻んだ。
 ぺらり、と魔理沙の手帖がめくられる。
 すこーん、と勢いよく障子を開け放った萃香が、きょろきょろと辺りを見渡している。

 

 観察対象、伊吹萃香(鬼)
 年齢不詳、角にリボンを付ける性癖あり。

 

「性癖?」
「それ以外に、理由が考えられないだろう……」
「えぇ……なんでそんな悲しそうな顔するの……」

 

1.鬼は豆類に弱い

 

 萃香は、中央の卓袱台に置かれた枝豆に気付く。ほこほこと湯気を立ち昇らせているところから察するに、ここの主はそう遠くへは行っていないらしい。
「仕方ないねえ……」
 部屋の角から座布団を引っ張り出し、勝手に座り込みザルに盛られた枝豆を摘まむ。
「はむ。ん、ちゅー」
 薄く柔らかな唇に枝豆の鞘を押し付け、弾き出しながら搾り取るように咥内に招き入れる。鞘に染み込んだ薄塩味を吸い取り、備え付けてあった皿に殻を放り捨てた。
「お酒が欲しいなあ……」
 言うが早いか、萃香の手に紫色の瓢箪が出現した。片手には既にお猪口を構え、気付いた時にはもう飲んでいる。流石は伊吹萃香と言った風情であるが、ぱっと見はただののん兵衛としか思えない。
 酒の前には鬼も形無し、である。

 

「ああ……折角用意した枝豆が……私が食べるつもりだったのに……」
 口惜げに歯噛みしながら、三色最中にかぶりつく。ちなみに、枝豆と場所を提供した報酬がそれだ。あと三つある。
 魔理沙は、語り継がれていた伝承を裏切る結果となってしまったことを嘆き、舌打ちする代わりに湯飲みを傾けた。
「うあッつぃぁ!」
 絶叫。
 その直後、弾かれるように宙に投げ出された湯飲みを中空で捕捉し、魔理沙を突き飛ばしつつ、うつ伏せのまま床に不時着する博麗霊夢。お茶は零れていない。
「あー、冷めてたから淹れ直したのよねー。私ったらなんて親切」
「ああそうだなあちくしょー!」
 卓袱台に湯呑みを置いて一息つく霊夢は無視し、魔理沙は観察対象に目を向ける。ひりひりする舌をちょろんと出して、目頭に浮かんだ涙を指先でそっと拭った。
「魔理沙」
「んだよ」
「なんだか可愛いわね」
「うるせー!」

 

2.鬼は豆柴に弱い

 

 しばらく枝豆をおつまみに酒を傾けていた萃香だが、なかなか霊夢が現れないものだから、これはおかしいなと席を立った。それでも瓢箪とお猪口を手離さない辺りが萃香の萃香たる所以であり、密と疎を操る能力故に、どこで何が起こっているかを認識するのも早い。
 獣の鳴き声がするより早く、萃香は境内に現れた犬の存在を察知していた。それは全身が薄い茶色の毛に覆われた豆柴で、敵意も害意もなしに、尻尾をふりふり萃香に駆け寄ってくる。
 初めこそ、何の脈絡もなく登場した新人に驚いていた萃香だったが、数秒も経てばそんなことも忘れ足元に擦り寄ってくる豆柴を抱え上げていた。
「おー、おまえオスかー」
 おっぴろげた格好にされているとも知らず、豆柴は盛んに尻尾を振り舌を出しては萃香に笑いかける。萃香も「おまえあほなかおしてんなー」と言いながらしきりに笑顔を見せていた。
 豆柴を空に放り投げ、かなり長い滞空時間を経て逆さに受け止めたり、脚がもげるくらいの遠心力でもってジャイアントスイング(一部誇張)したり、一通り豆柴と戯れた萃香は、豆柴を地面に下ろしてぽんと手を叩いた。
「あ、そうだ。豆をやろう」
 思い付けば居間に引き返すまでもなく、萃香は密と疎の能力を介してザルと枝豆を一気に引き寄せる。そのひとつひとつを指で弾き、豆柴の口の中に放り込んでいく。豆柴もそのひとつとしてその豆弾を取り落とすこともなく、多少明後日の方向に飛び去っても、その矮躯からは及びも付かない跳躍でもって青々とした枝豆を頬張った。
「なかなかやるなー……てか、豆柴だから豆好きなのかな?」
 みずからも瓢箪に口を付けながら枝豆を噛み締め、萃香はまたひとつ鞘の中から豆を弾き出した。

 

「最中って皮がぱりぱり落ちるからね……」
 霊夢の愚痴など聞く耳持たず、魔理沙は第二の試験までも易々と突破されてしまったことを嘆く。苛立ちを紛らわすために湯飲みをかっさらおうとし、先程の失態を思い返してぴたりと手が止まった。
 霊夢がにやにや笑っている。
「それ、冷めてるわよ?」
「おまえは黙って最中でも食べてろ!」
「もうないわよう」
 両手で湯飲みを保持し、済ました顔で番茶を啜る。明らかに飲みすぎだと思うのだが、それほどに最中が美味しかったのだろうか。魔理沙は考察を諦めた。
 観察対象は、相も変わらず豆柴と戯れている。外見年齢は十になるかならないかの子どもだが、その実体は幻想郷に舞い降りた最も新しい鬼であり、おおむね酔っ払って管を巻いているような状態であり、非常に陽気で明るく無邪気である。
 子どもじゃん。
「まずいな……だんだんどうでもよくなってきたぞ……」
「ねー最中ないのー?」
「ねえよ!」
 えー、と唇を尖らせる霊夢は徹底的に無視し、魔理沙は首を振って己を奮い立たせる。この調子ではいけない。自分は真実の探求者ではなかったのか。真実を勝ち取るまでのその歩みを止めないと、リリーホワイト狂死事件(仮称)の直後に誓ったのではないか。
 ……誓ったかな……。
 覚えてないけどまあ誓ったということにしておこう話が進まないし。
「よし! 萃香がどんな手段でこの修羅場を乗り切ったかは知らんか、切り札は最後に取っておくもんだぜ!」
「豆柴はどうも無理があったような……」
「ほら最中やるから大人しくしてろ!」
「え……ちゃんと持ってるんじゃない……ひどいわ……」
「おま……そんな死にそうな顔すんなよ……」

 

3.鬼は豆が弱い

 

 ひとしきり豆柴と交流を深めた萃香は、ぽかぽか陽気のお日様の下、縁側に腰掛け両足をぶらぶらさせながら酒と枝豆に明け暮れていた。真昼間から呑気に酒を嗜む所業は、まさに鬼にしか許されないものである。豆柴は境内をきょろきょろと散策しており、鳥居にマーキングを施したり、そこらを飛び回るアキアカネに肉球パンチを仕掛けようとして挫折したりしていた。
「よきかなよきかな……あー、ぜんざい食べたい……」
 連想ゲームのように次々と展開する無為な思考に終止符を打ったのは、突如として境内に舞い降りた突風だった。この風には見覚えがある。
 天狗の風だ。天狗は理不尽な風を巻き起こす。
 社務所の中に舞い込み、障子や襖をがたがたと鳴らす突風にも臆することなく、萃香はただ瓢箪を傾けた。とんだ鴉が来たもんだ、と肩を竦める程度だった。
「なに、お酒の匂いにつられて来たの?」
 漆黒の翼をはためかせ、射命丸文が降りて来る。豆柴は我武者羅に吠え続けていた。その懸命な抵抗も、もう一匹の鴉のけたたましい咆哮により容易く打ち消された。
 怪しげな風体の手帖を脇に挟み、耳に羽ペンを挟んだ文は、地面に降り立ってすぐにぺこりと頭を下げた。
「こんにちは。ご機嫌は如何ですか?」
 風がやんだ。鴉が空に舞い上がり、低く唸っている豆柴の上空を愉快に旋回している。萃香はお猪口を傾け、ぷはーと息をついた後に瓢箪の口を文に向けた。
「飲む?」
 噛み合わない会話の行く先は、結局のところ酒に落ち着く。文も一度は頷きかけたものの、またすぐにかぶりを振った。
「実を言いますと、今もまだ取材の最中でありまして」
「ふうん。で、その対象が私ってこと?」
 文はこくりと頷いた。萃香は瓢箪に口を付ける。
 静かに歩み寄る文にも全く警戒しないのは、それに足る理由がないからだ。それは己が強いと信じているからでも相手を信頼しているからでもない。
 気を張ると、旨い酒もまずくなる。その程度のことだ。
「お察しの通りです。果たして、鬼は豆に弱いのか。その是非を問う、いまだかつてない革新的な記事になることでしょう」
「じゃあ、枝豆も豆柴もみんなあんたが仕込んだの」
「いえ……まあ、いずれにしても似たようなものですね。あなたにお聞きしても、真実は教えて頂けないものと思ってましたから」
「失敬な。私は嘘が嫌いだよ」
 腰に手を当てて、ぷんすかと怒る伊吹萃香。あまり憤慨しているようには見えない。
 文は萃香の態度を窺い、鋭い視線を送る。真実を射抜くべく研ぎ澄まされた目だ。萃香はわずかに気圧される。
「では、豆が苦手というのは嘘だと?」
「いや、嘘を吐くのと真実を言わないのは違うしー」
「詭弁ですね。ならば、鬼はずっと人間を騙し続けていたということですか?」
「んあ……」
 口ごもり、萃香は気まずそうに頭を掻く。文はその仕草を見てくすりと微笑み、じゃあこうしましょう、と人差し指を立てた。
「私が実際に試してみれば、何の問題もないのですよね。それでは」
 萃香の意志を確かめる間もなく、文は境内の砂利を蹴った。
 へ、と目を丸くする萃香の身体に、鴉天狗の容赦ない体当たりが見舞われる。幻想郷最速を自負する射命丸文の速度は、如何に密と疎を操り周囲の状況を瞬時に認識できる伊吹萃香と言えど、不意を突かれて急所に当て身を喰わされれば到底堪え切れるものではない。まして、何の危機感も抱いていなかったのだ。萃香は瓢箪もお猪口も手のひらから吹き飛ばされて、瞬く間に居間を越え廊下を抜けて、すのこが引いてある三和土に投げ出されていた。無論、萃香を押し倒している文も健在だ。
 遠く、鴉と犬の鳴き声が響き渡る。
 背中が痛いなあ、とマウントポジションを取られた萃香は漠然と思った。
「……あれ?」
 文の手は早く、既に萃香の下に指先を這わせている。腰から脳に駆け昇ってくる衝動に、萃香は驚愕した。文が何をしようとしているのか。その卑猥な笑みの正体、不自然に紅潮した頬、そして滑らかな指先の行方。
 確か、文は豆と言ったか――。
「え、あれ?」
「最後の手段です。強攻策です。安心してください、私もただぼんやりと千年を生きてきたわけじゃありませんから……」
 口の端を歪ませ、自分の人差し指を丁寧に舐る。
 右手を萃香の恥部に、左手を萃香の胸に這わせる。服の裏越しに感じる丁寧な愛撫に、萃香の精神も徐々に追い詰められる。伊達に長生きしていないのは萃香とて同じだが、萃香はその矮躯故になかなかこういった機会に恵まれなかった。
「……ふぁ、あぅ……」
「きもちよくなってきました?」
 湿って来た股間から指を離し、めくれ上がったドロワーズを一気に押し下げる。急に涼しくなった下腹部に驚き、咄嗟に隠そうとする手はあえなく文に遮られた。
「恥ずかしがってちゃだめです。そんなんじゃ、きもちよくなれませんよ……?」
 告げて、露になった萃香の陰部を覗き込む。太ももを押し広げ、あえて外気に晒す面を大きくする。萃香は、下唇を噛み締めながら羞恥に耐えていた。そのかすかな抵抗も、文が薄い生地の上から萃香の乳首を丁寧に摘み上げるから、気の抜けた喘ぎ声が喉の奥から漏れてしまう。
 万事休す。
「こ、この……濡れ場鴉め……」
「光栄です」
 罵倒もあえなく空を切り、文の指が萃香のクリトリスに肉薄する。割れ目の上にぷっくりと小さく膨らんだ豆を見付け、文はこれ幸いとばかりにその豆を摘まみ上げた。
「くぅ……!」
「我慢しなくてもいいのに……」
 文は、恍惚とした笑みを浮かべながら、人差し指と親指の腹で萃香の淫核をしつこく愛撫する。ほとんど外気に触れることがなかったそれは、文の丁寧な愛撫を受けて徐々にその大きさと硬さを増してきた。初めは穿らなければ弄れなかったそれも、いまや完全に勃起して文の指に転がらされるまでに成長した。
「ふぁぁ……」
 ひくひくと物欲しそうに蠢く割れ目に気付き、文は萃香の乳首から指を離し、即座にその指を萃香の割れ目に沿わせた。
「ひぅ!」
 内側から溢れてくる愛液の滑らかさで、割れ目を擦るたびに文の指がぐちょぐちょに濡れる。その指先を口に含み、甘酸っぱい味を十分に堪能した後で、じっくりゆっくり膣の中を掻き分けていく。
「ふぅ、ぐぐ……」
「肩の力は抜いてくださいね……と、言うよりこっちの方が早いですかね。えい」
「ひゃうぅ!」
 ふるふると蠢いていた萃香の豆を強く抓り、悲鳴が漏れるのと同期して萃香の狭い膣の中に分け入る。絡み付く襞のひとつひとつを丁寧に穿り、既にどろどろぐちゅぐちゅになった膣から更なる量の愛液を吐き出させようとする。
「あ、ぁ、あぁぁ……」
 萃香の声に快楽の色が混じり始め、文はそれを見計らって、膣に突き込む指を速め、クリトリスを更に強く摘まむ。ぎり、と音が立つくらいに捻り、あるいは引き千切れるのでないかというほどに圧迫する。
「いっちゃうんですか、いっちゃうんですね……きもちいいんですね。わたし、ちょっとうれしいです」
 告げて、文は人差し指のみならず、中指も萃香の膣に突き入れる。ひぐぅ、と萃香の顔色が変わり、文はクリトリスに唇を近付け、最後の締めにその豆を軽く齧った。
「ひぃぁ、ふぁ、うぁぅ……――、う、んぅぅぅぅ!」
 弾け、ぷしゃあと愛液が飛び散る。その潮を顔中に浴びた文は、まとわりつく雫を厭うことなく丁寧に拭い、意識を失っている萃香の唇にそっと口付けした。口の中に愛液を滑り込ませて、萃香の味を萃香自身にも味わわせんと試みる。
 それが成功したかどうかはともかく、三和土に倒れ込んだ鬼一体を見下ろして、文は密やかにほくそ笑んだ。
「さてさて」
 手の甲で萃香の汁を拭いながら、物音ひとつしない天井を仰ぐ。

 

 飲み込んだのが息か唾か煎茶か番茶かはさておき、時に騒がしく時に物静かな宴も、そろそろお開きの時が来たようだ。いつの間にやら魔理沙と共に文と萃香の情事を窺っていた霊夢は、魔理沙が何やら頬を紅潮させてこちらを見つめているものだから、恥も外聞もなく即座に後退った。
「ち、ちがう! そういう意味じゃなくてだな、えーと……」
 照れ隠しに帽子の上から頭を掻き、必死に言葉を探している様子は年頃の少女そのものである。が、霊夢はそんなところなど見ていない。つ、と魔理沙から視線を外し、埃っぽい天井裏の景色を眺める。
「わたし、魔理沙はそういうのに興味ないと思ってた……」
「ない! 初めからないよそんなの! それに、霊夢だってじっくり見てたじゃないか! 同罪だ!」
「いやー! 魔理沙に犯されるー!」
「うるさい! ちょっと黙れ!」
 ぎゃーぎゃーと辺り構わず喚き散らす少女たちの饗宴は、魔理沙が霊夢の口に最中を突っ込み、霊夢が魔理沙の口に湯呑みを突っ込んだらへんで崩壊を迎えた。
 これはもう完全な迂闊としか言いようがなく、それ以前に、身体を妖霧にして幻想郷中に散らせる萃香を、たかだか空間を捏造した程度で欺き通せると思っていたことが最初にして最大の過ちだったのだ。
 無論、最中欲しさに場所を提供した霊夢も同罪である。
「うあ?」
「んえ?」
 気色の違う声が重なり、突如空間が歪曲し、あっという間に散らされる。空間の捏造が足し算引き算なら、密と疎を操る萃香に空間が弄くれないはずがない。
 二人仲良く居間に落下し、受け身も取れる周到さから怪我もせずにすんだ。だが障子も襖も頑丈に閉まっており、押しても引いても開く気配がない。
 そして。
「……ふがふ」
「……もなかおいしい」
 霊夢は現実逃避した。
 魔理沙は湯呑み口になっているので喋れない。
 それ故に、二人はただ居間の隅に佇んでいる二種の人外と真っ向から対峙せねばならなかった。
 どちらもにこにこと笑っており、何故かどちらの顔も上気している。恍惚とした笑みに満ち満ちて、人間の二人にとっては全くもう嫌な予感をびしびし浴びまくりなのであった。
 萃香は言う。
「どう? 事の真偽は明らかになった?」
 文も続けて言う。
「どうも、鬼だけじゃなくて人間も豆が弱いんじゃないかというご指摘がありまして……私も、その方面に多少なりとも興味を抱いていたものですから、ご協力することになりました」
 よろしくお願いしますね、とご丁寧にお辞儀をする。
 万事休す。
 魔理沙はふがふがと何事かを口走っていたが、霊夢は口の中にこびりついている餡子を舐め取ることに懸命で、これから味わう感覚がえもいわれぬ快感なのか底知れぬ地獄なのか、そんな瑣末なことはどうでもよかったのであった。

 

 最中おいしい。

 

 


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一日エロ東方

九月二十日
(香霖堂・森近霖之助)



『さらば青春の日々』

 

「ふむ……」
 僕は、砂利に転がっているそれを前に呆然と立ち尽くしていた。
 時折、外の世界から入って来たらしい道具を拾うことがある。大抵はそれらの道具を嬉々として採集するのだが、あまりに異質な形状をしていると、つい持ち帰るのを躊躇うこともある。
 困った時の能力頼み。僕はすかさず無縁塚に転がっているそれに手を伸ばし、まじまじと観察し始めた。
 三途の川の中腹には、橋渡しの死神が船の上でこっくりこっくりと船を漕いでいた。

 

 


 名称:バイヴ
 用途:女性が気持ちよくなる 女性を気持ちよくする

 

 

 閑古鳥が鳴いているのは博麗神社も香霖堂も同じなのだろうが、積極的に外に出る彼女と違い、僕はあまり外に出ることはない。外出するにしても、品物を仕入れるためか知的欲求を満たすためか、といった程度だ。不健康だと揶揄する者も少なくないが、それでも僕の意志は尊重しているのか――ただの気紛れとしか思えないところもままあるのだけど――、花見だからといって無理やり引きずり出されることもない。全くもって平穏そのものだ。
 膝元に置いた小説をめくるたび、乾いていながらも心地いい紙の音が耳に届く。開け放した窓から吹き込む風は、勝手に紙をめくるほど強くもない。伸びた前髪が眼鏡の端にかかる程度だ。
「ふう……」
 小腹が空いたな、と思えば既に昼時を大きく回っている。無精癖が崇り、昼餉や夕餉の時間がどうにも安定しない。親切な友人がいる場合は、勝手にうちの台所を漁って適当に食事を賄ってくれるから、それにおいては非常に助かっているのだが。
 軽くお腹を擦っていると、狙い済ましたかのように魔理沙が現れる。来る日もあれば来ない日もあり、朝一番に訪れる日もあれば寝静まる頃に訪問する日もある。一週間連続で来たり一ヶ月も来なかったりする。往々にして、気紛れなのだ。
 だが、それも実に魔理沙らしい。
「香霖はいるかー。いやいなくても構いやしないんだが一応」
「いるよ」
 そうかそうか、と満足げに頷き、ずれた帽子を被り直す。いつ見てもあの帽子は彼女には大きすぎると思うのだが、それでも頑として被り続けるところが彼女の魔法使いたる矜持なのかもしれない。
 魔理沙はしばらく店内をうろつき回り、陳列棚に目ぼしい新作はないかと目を輝かせていたが、空振りと知ると大仰に肩を竦めて僕が読んでいる小説を覗き込んで来た。
「何読んでるんだ、官能小説か?」
「そういう君は読んでいるのかい」
「……ふ、馬鹿にするなよ香霖。いつまでもオシベとメシベを見てきゃーきゃー言う年齢じゃないぜ」
「噂は聞いてるよ」
 魔理沙の顔が強張る。
 それに構わず、僕が平然と小説の頁をめくっている姿が気に入らなかったのか、魔理沙は僕の髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。それからは、店の端にある古めかしい椅子に腰掛け、不機嫌そうに口を尖らせていた。
 四半刻が経った。空腹は知的好奇心を殺ぐほど差し迫ってはいない。
「……ふ」
 柱時計の音が彼女の神経を逆撫でしたのか、不意に椅子から立ち上がった彼女は、苛立たしげに靴を慣らしながら自分と同じ目線にある陳列棚を見て回る。
 その棚の一段には切子細工のグラスが何点か並べられているのだが、今日に限れば、それらの間隔が少しばかり狭まっていた。
 一見なら察する術もない。常連でもこのような細かいところに注目する意味はない。が、魔理沙は関してはそれら全ての可能性を度外視せねばならない。
 何故なら、彼女が霧雨魔理沙だからだ。
 彼女は言う。
「香霖」
「なんだい」
 僕は、薄っぺらい頁から目を逸らさずに答える。
 訂正すれば、わざわざ魔理沙と目を合わせる勇気がなかっただけの話だ。難しいことはない。
 魔理沙は続ける。
「ここ、不自然に詰まってるよな」
「そうかい」
 彼女は、冗談めかして指先を眉間に添える。探偵にでもなったつもりだろうか。
「右に、何か物が置けるくらいの空間を確保している。この前はなかった。察するに、仕入れた物を置くスペースだったが、何かの理由で置けなくなった……物好きの香霖をして、売りたくないと思わせた何か、だ」
 最後の締めに、魔理沙は犯人を示すように僕を指差した。これだから女の勘というものは馬鹿に出来ない。魔理沙のみならず、霊夢もまたその勘に優れているのだとすれば、あのように生きているのも頷ける話だが。
「さあ、早くも山場が訪れたぜ」
 自信満々に歩み寄って来る魔理沙を見れば、そういつまでも見ないふりも出来ない。僕は小説に栞を挟み、不敵な笑みを浮かべている魔理沙と正式に対峙する。
 こうなれば、もう逃げられない。腹を括ろう。
「釈明の時間だ……香霖、ブツを何処に隠した」
 僕は小さくため息を吐き、こうなった経緯を顧みる。
 元はと言えば、好奇心から余計なものを拾って来たのが原因だった。あの時はそれ以外に目ぼしいガラクタもなかったものだから、奇妙な形をしているという理由だけで持ち帰ってしまったのだ。今思えば、後先の考えない行動に出たものである。
 あんなものを拾えばどうなるかぐらい、分かってもおかしくなかっただろうに。
「その前に、ひとつ言っておくよ」
「聞くだけは聞いてやる。だが、二度目はない」
 意味がよく分からない口上は聞き流し、僕は胸を張りながら佇んでいる魔理沙に告げた。
「いいかい、君が見たいと言ったんだ。あまり責任をなすりつけるようなことはしたくないのだけど、鍵の掛かった箱を開ける以上、それなりの代償は支払ってもらわないと割に合わないからね」
「……んだよ。まさか、この私に生半可な脅迫が通じるとでも思ったのか」
「そういうつもりはないよ。ただの確認に近い」
 僕は椅子から立ち上がり、その下にある南京錠付きの木箱を取り出す。魔理沙にも見えるように、例の木箱を勘定台に置く。
 感嘆の声を上げる魔理沙を尻目に、僕は心の中に溜まり続ける鬱々とした感情を拭い去れずにいた。腹を括ったつもりが、締め付けすぎて引き千切れそうになってしまった。
「香霖だからな……また何か、意味の分からないものを後生大事に仕舞ってるのかもしれん。油断はできんな」
「どうぞ、お好きなように……そも、嗜好品などというものは、個人の価値観に大きく左右されるものだと思うのだけどね」
「御託はいい。ほら、鍵だよ鍵」
 仕方なく、ポケットから真鍮の鍵を差し出す。疑心暗鬼に囚われながらも魔理沙が興味津々であるのは、彼女の瞳が爛々と輝いていることからも分かる。
 隠し通すという術がないのなら、いっそのこと木箱を持って地の果てまで逃げ去ってしまおうかとも考えたが、地獄には死神と閻魔が待ち構えている。嘘は吐けない。因果なものだ。
 魔理沙が南京錠を外し、宝箱を開けるような慎重な手付きで木箱の蓋を開けていく。
 檜の香りに包まれた小箱から現れたのは、何とも形容しがたい形状をした物体だった。魔理沙も、箱を開けた体勢のまま口を噤んでいる。無理もない。いくら気丈に振る舞っているとはいえ、まだ年端も行かない少女なのだ。会得していることも多いだろうが、それと同様に体験していないことも無数にある。
 僕は、何を言うべきか分からず口をぱくぱくさせている魔理沙に代わり、木箱の蓋に手を掛ける。眼下には例の拾い物が無造作に転がっている。
「魔理沙」
 ぴく! と野良猫のように身を震わせる魔理沙にどう説明すべきか悩んでしまうのだが、ここは直に解説することにした。そも、知りたがっていたのは彼女の方なのだ。言って悪いということもあるまい。
 静かに深呼吸し、僕は卑猥な意図を感じさせない程度の語り口で話し始める。
「これは僕が無縁塚から拾って来たものだ。ちなみに、道具としての名前と用途も確認してある。聞くかい?」
 何故か己の肩を抱き締めて、鬼か悪魔でも見るように僕を睨みつけていた魔理沙だったが、僕が優しく問うとわずかにその怒りを和らげてくれた。
 彼女から言い出したことだろうに、全く世の中は平等じゃない。
 魔理沙がおずおずと頷いて、僕は品物の根本を掴み上げる。細長い形状と対照的に、表面は羊羹のように柔らかい。適度な弾力を保持しながら虚ろに光る薄紫の棒状の物体は、端的に言うと松茸に似ていた。かさがあるところなど瓜二つである。時と場合と場所によってはウィンナーやソーセージ、あるいはバナナと揶揄されることもあるが、いずれも食べ物と引っ掛けて考えるあたり、古人の洞察力の深さを思い知る。
 包み隠さずに表現するのが非常に躊躇われるのだが、魔理沙も求めていることだから素直に言ってしまおう。息を飲むと、魔理沙も何やら唾を飲み込んだらしかった。
「名称はバイヴ、用途は『女性が気持ちよくなる、女性を気持ちよくする』だそうだ。外観、形状が……その、男性器に酷似していることから、使用方法もおのずと分かると思う」
 言い切った。
 魔理沙は不自然に俯いていた。腕はだらんと下げている。
 男の勘、というよりか人間の本能が激しく警鐘を鳴らす中、僕は品物の解説を続ける。沈黙に耐え切れなくなるのも久々だ。
「他意はない。誤解のないように言うが、他意はない。……あぁ、それとこれにはもうひとつ機能が付いていてね」
 押せとばかりに自己主張しているボタンを、思い切って押してみる。すると、動力源が十分に確保されていないせいなのか、やたらゆったりとした速度で前後左右に蠢き始める。
 秋の夜長に鳴く虫のような、飛んで火にいる夏の虫のような、大地震が起こる前触れにある小さな鳴動のような、低く籠もった響き。
 毛虫のごとく小刻みに揺れ動く大人の玩具を挟んで、僕と魔理沙は、ただただほの暗い沈黙の中に埋もれていた。
 だから僕は誰かと顔を突き合わせてまで沈黙するような不届き者ではないから、どうにも氷河期に値する沈黙というものが許せなかった。だからこそ僕は告げたのだ、この全ての停滞を根底から覆すような逞しい一言を。
 深呼吸は短く、声が掠れるのがわかった。
「魔理沙」
 彼女はとても微妙な表情で顔を上げると、準備万端と言った風情で拳を握り締めていた。
「これ、使うかい」

 

 

「ふう……」
 僕は、整然と流れる三途の川をぼんやりと眺めていた。
 そして、走馬灯のようにふらふらと流れ去りゆくあの日のことを思い出す。
 彼女は砲丸投げの選手のように身体を捻り、みずから突撃する意志を持った台風のようにその手のひらを僕の頬に叩き付けた。
 何やら「ばかー!」とか「あほー!」とか、それなりに女の子らしい悲鳴を聞けたのはひとつの収穫であったろうとは思うが、年頃の女の子に酷い仕打ちをしてしまったことは確かに可哀想だった。いつか謝ろうと思う。
 ちなみに、バイヴはちゃっかり持ち去られていた。
「……まあ、いいか」
 ついでに言うと、僕はまだ死んでいない。若干、ムチ打ちに近い症状を来たしているようだが、生きるのに何の支障もない。世はなべてこともなしだ。魔理沙も香霖堂に訪れなくなった。本当に悪かったと思う。
 だから、たまにご飯を作りに来てくれると助かる。
「ふむ……」
 砂利を踏み締めながら歩いていると、不意に見慣れない物体が視界に飛び込んでくる。僕はわずかに躊躇った後、それをこっそりと拾い上げた。小さな円の形状をしたそれは、前回のあれのように見た目が特定の性行為を彷彿とさせるようなこともない。
 僕は、安心してそれをまじまじと観察する。
 三途の川の渡し守が、航行中にもかかわらず呑気に鼻歌を口ずさんでいた。

 

 


名称:コンドーム
用途:幸せ家族計画

 

 


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一日エロ東方

十一月二日
(妖々夢・魂魄妖忌)



『心の(つるぎ)

 

 腑抜けた身体で、森の中を歩いていた。
 傍らには幽霊ひとつ、この身ひとつて併せて一人。相も変わらず、見知らぬ道をとぼとぼと歩いていた。
 魂魄妖忌は、鬱蒼たる森を掻き分けながら、獣道を進むことの難しさと面白さを知る。足に絡まる蔦を剥ぎ、額に当たらんとする枝を咄嗟にかわし、雑草を慈しむ余裕こそ無かったものの、視界の悪さを除くなら、道なき道を進む楽しみを味わえたものだと手前勝手に考えていた。
「今宵もまた野宿かな」
 空を仰いでも枝葉に邪魔され、紅葉に塗り潰された橙色の天球しか窺えない。身体に染み渡る風も肌寒い時節、紅葉の群れに横たわるのも難儀な話だ。それでも、これもまた放浪者の醍醐味だと笑うことができれば僥倖だ。
 腰に下げた鞘をかたかた鳴らしながら、暮れる美空と舞い飛ぶ木の葉を想う。そう余所見ばかりしていては足元が疎かになるというものだが、妖忌は上手いこと木の根や蔦を避けて歩く。幽霊はただふわふわと浮くばかりで、妖忌の独り言に相槌を打つでもなく、逆らうでもなく、幽霊の本分に従って自由奔放に浮き沈みを繰り返している。
「優雅、でもないか。私の片割れだからな、高が知れる」
 笑い飛ばし、妖忌は足を止める。
 声が聞こえた。
 近からず遠からず、けれども傾聴していなければ聞き逃していた声量だ。妖忌は悠々自適に物見遊山に耽っていたものだから、葉の擦れる音、虫の鳴く音、鳥の鳴き声のひとつたりとも聞き逃すまいと耳を傾けていた。遊びにも全身全霊を傾ける姿勢が効を奏してか、妖忌は声の主がどこに居るかを瞬時に察することができた。
 だが同時に、それはみずから厄介事を背負い込むことも意味する。その躊躇いもわずか一刹那ほどで、妖忌は双眼を凝らし大地を蹴った。
 悲鳴はただ一度きり、女と思しき声の在り処に辿り着いたとき、妖忌は咄嗟に剣の柄を握り締めた。
「あ、ぁあ……」
 腰砕けになり、声を震わせている妙齢の女が一人。かんざしがずれ、団子になった髪の毛から剥がれ落ちそうになっている。
 彼女の瞳が指差しているのは、四の足を地面に下ろし、喉の奥から低くどす黒い唸り声を搾り出している巨大な山犬だった。瞳は血塗られた満月のように紅く、身の丈も熊が四つんばいに構える倍は大きい。大口を開ければ、女はもとより妖忌の体躯さえ易々と飲み込める。
 山犬は口の端から多量のよだれを垂らし、闇の帳が降りかけた大地に欲情を撒き散らしている。女は這うようにして妖忌に助けを求める。女の細い腕が妖忌の足に絡み付き、滂沱と流れる涙がぽつりぽつりと地に落ちた。
「下がりなさい」
 剣は抜かず、女を庇うように一歩踏み出す。
 咽頭を振るわせる音が、地鳴りのように響いている。妖忌はただ皺の寄った眉間を凝らし、射竦めるように山犬を睨む。
「化生が人を喰らうのは道理か、ならば、人が妖を斬るもひとつの理なのかしらん」
 視線が交わる。
 冗句のような調子を付けた台詞に反応することもなく、山犬は突如現れた半人半霊を見据えている。
 妖忌は口の端を歪ませて静かに笑い、柄を握る力をわずかに強めた。
「いやまあ、私も妖の類ではあるがな」
 みずからを嘲るように告げ、妖忌は刀を抜き放ち――。
 目を丸くした。
「――と。うむ」
 山犬は、思い付いたかのような唐突さで遠吠えを放ち、妖忌と女など見向きもせずに身を翻して逃走した。
 脱兎のごとく疾駆する山犬を追いすがる気にもなれず、妖忌は抜きかけた刀を丁寧に収めた。乾いた音が手のひらに返り、満足げに微笑む。
 そこでようやく、女の安否を気遣うだけの余裕が生まれた。
 彼女はまだぺたんと地面にへたり込んでおり、妖忌が手を差し伸べなければ、いつまでもそこに座り込んでいただろう。
「ほれ」
「申し訳、ございません……」
 彼女が手を握ると、妖忌は瞬く間に彼女を引き上げる。そのあまりの力強さに、彼女は着物に付いた土を払うことも忘れた。
「まあ、お気に召されるな。困ったときのなんとやら」
 容易く笑い飛ばし、しおらしく項垂れている女性を励ます。彼女もまた力なく笑い、ようやく付着した土を払い始めた。
 土も葉も払い終え、ずれたかんざしは思い切って抜き放ち、女性は最後に呼吸を整える。夜は、二人を覆い隠さんと迫り始めていた。猶予はない。
「お怪我はございませんか」
「おかげさまで……あの、本当に、ありがとうございました。このご恩、決して忘れません……」
 両の手のひらで胸を押さえ、深々と頭を下げる。
 妖忌は少しばかり居辛そうにこめかみを掻いていたが、彼女が顔を上げると同時に口早くまくし立てる。
「いえ、私もたまたまでしてな。おそらく二度目はありませぬゆえ、道中は気を付けることです」
「はい。けれども、貴方様が恩人であることには変わりありませんわ。ですから――」
 その先を言うのは躊躇われたのか、少しばかり不自然な間が空いた。
 闇夜も近い。また先程と同じ轍を踏むのも面倒であるから、妖忌はあーとかえーとか漏らしながら、言いにくそうに切り出した。
「どうでしょう」
 自分でも、声が上ずっているのが分かった。
 放浪の身分にあるものだから、他所様の家に居着くのも厄介が多いと考えた。だが、人様の好意を無碍にするのも如何なものか。一期一会の精神に基づくならば、早々に別れるのが正しいのか、縁を深めるのが正しいのか。妖忌は別段己が博学であるとも思っていなかったから、故事の解釈の是非など正直よくわからない。
 けれども。
「もしよろしければ、ご自宅までお送りしましょうか」
 先手を打ち、それ以上を求められないように努める。
 彼女が嬉しそうにこくりと頷くのを見、これは真正面からお願いされても断るのは難しかったろう、と内心肩を竦める。
 恐怖に引きつっていた彼女の顔にはまだ脂汗が染み付いているが、それを隠すように幸いにも空は反転し、薄暗い夜に輝かしい月のろうそくが浮かび上がろうとしていた。

 

 

 女性の家は森の外れにあり、遠目には里の明かりも窺える。
 彼女が何故このような人里離れた場所に居を構えているのか、それを問うのは恩人であることを差し引いても無粋に過ぎるというものだ。妖忌は吐き出しかけた言葉を飲み込み、取り立てて挙げるべき特徴もない平屋の家を眺めていた。
 彼女が、また深く頭を下げる。
 かんざしは、いつからか髪に通されていた。
「重ね重ね、ありがとうございます。何か、貴方様に返せるものがあればよいのですが……」
 恐縮頻り、といった調子の女性にほとほと困り果てた妖忌は、その畏まった相貌を解きほぐすように言った。
「いえ、この通り奔放な物見遊山の旅でありますから、荷は軽い方がよいのです。謝辞も諫言もみな、私の心に余すところなく刻み込まれておるのですよ」
 鷹揚に笑う。
 女性も、妖忌の言葉に硬い表情をほぐし、すぐに妖忌の手を取った。久しく感じていなかったやわらかい手のひらの感触に、妖忌は心の奥底に不埒な感情が芽生えたことを自覚した。
 未熟者だな――と己を叱咤し、即座に無粋な欲求を打ち切る。だが、彼女は盛んに妖忌の手を引く。その行き先は言わずもがな、彼女の家である。
「でしたら、一宿一飯の恩義は承ってくださるのですね」
「それは」
 失言であったことを今更ながらに悟っても、彼女の目はこの暗闇に負けず劣らずきらきらと光っている。
 余計なことを言ったものだ、と自戒するのも遅く、妖忌は空腹の誘惑に負け、されるがままに家の中に誘われた。

 

 

 妖忌はまず居間に通され、座布団に無理やり座らされた。
 部屋はあと二つあり、寝室と物置に使っているのだと彼女は言った。居間と台所は繋がっており、彼女が料理に勤しんでいる様が見て取れる。
 着替える間も惜しんで鍋を煮込む彼女の背中を呆と眺めながら、はて、切られている肉は何の肉だろうと考える。米は米だろうが、肉は意外と種類がある。味で分かるかな、と妖忌は結論付けた。
「お待たせ致しました」
 米と、鍋が振る舞われる。
 囲炉裏の上に置かれた卓袱台を挟み、名も知らぬ男と女が夕餉を共にする。物を食べながら話しかけるという、器用であれども無作法な行為はできない。女性が何か話したがっている様子と知りながら、妖忌はしばし鍋に入っている肉の正体を考えながら箸を進めた。
 無言のまましばらく食事が進み、鍋の残りも少なくなって来た頃、彼女がお椀の上に箸を置いた。
 妖忌もそれに倣い、彼女からの言葉を待つ。
「あの」
 気が付けば、彼女の頬が火照っていた。
 熱い鍋を食べればそれなりに身体も熱を帯びる。行灯に仕込まれた蝋燭は特別な術式が施されているのか、部屋全体をくっきりはっきり鮮明に映し出している。
 無論、妖忌と、女性の容姿もだ。
 一瞬、妖忌はたじろぐ。女は言葉を続けた。
「先程、思い出はみな心に刻み付けると仰いましたよね」
「そう……でしたかな」
 誤魔化す。
 だが、妖忌の躊躇も気にせず女は好き勝手に話を進める。
「ならば――」
「過ぎたるは尚及ばざるが如し、と申します」
「私の命は貴方様に救われました。命に足るものが命の他にありましょうか」
「それが重いと申しておるのです。察してくだされ」
「ご安心を――」
 女はそこで言葉をとめ、卓袱台に手を突き身を乗り出して妖忌の耳元に囁きかける。
「この命――貴方様が思うほど、重くはありませぬ」
 妖艶に微笑みながら、女は妖忌の頬に触れた。

 

 

 据え膳食わぬは男の恥という格言が脳裏をよぎるが、旅の恥は掻き捨てという格言もまた脳裏をかすめる。
 皮肉なものだ。
 一期一会の行き着く先が別れか触れ合いかの論議は、今回ばかりは後者に旗が上がったようだった。
 妖忌は寝室に通された。
 衣擦れの音が聞こえる。かんざしをはずし、黒く長い髪が白い肌に流れ落ちる。
「準備は……もう、よろしいようですね」
 女が言う。
 お互いに名も知らぬ仲だが、袖振り合うも多少の縁、肌を摺り寄せあうのも少なからぬ縁やもしれない。
 と、半ばどうでもいいことを考えもしなければ、妖忌は己の怒張を抑え切れなかった。
「ふふ……」
 いずれにしろ、重なり合うならば意味はないのだけれど。
 裸体を晒した女が、薄袴一枚羽織ったまま座している妖忌に擦り寄る。もはや行灯の火はなく、月明かりを求めようにも空は濃い雲に覆われている。
 闇に慣れた瞳が映し出した女の姿態は、妖忌の目を奪うに足る妖艶さを秘めていた。肉付きがよいながらも均整が取れた身体は、成熟した女を実感させる。微笑みは男を堕落に導くための手綱にしか見えず、妖忌は傍らに置いた鞘の在り処を忘れぬように懸命に努めた。
「逞しいのですね……」
「お恥ずかしい」
 年老いてもなお厚い胸板に指先を這わせ、女は丹念に袴を剥ぎ取る。すべきことも見当たらず、妖忌はされるがままに身を任せる。
 女の手が妖忌の乳首を摘まみ、指の腹で愛しげに転がす。呻きそうになりながら必死に堪え、同時に自身の手が女の乳房に導かれていることに気付き、今更ながらに情事の中にあることを悟る。
「触ってください……」
 温かいですから、と付け加える。確かに触れた乳房は手のひらに余るくらい大きなものだったが、温かく、直に心臓の鼓動が伝わってくるようだった。
 軽く、揉みしだく。
 優しく、こねるように。
「ん……」
 淡い声が漏れた。
 手のひらに感じる桃色の突起が、妖忌を押しのけるように膨らんでくるのが分かる。頃合だろうか、と思っていると、女の手が妖忌の股間にかかる。
「んふ……こちらも、逞しいのですね……」
 唇から漏れ聞こえる美声は現実として脳を溶かす。夢か現か、逢瀬の最中とあってはその境を見定めることすら容易ではない。
 剥き出しにされ、天上に向かって突き出されている剛直に手を伸ばし、女はためらうことなくその勃起をこすりあげる。
「うくッ……」
「如何ですか……? これでも、自信はあると思っているのですよ」
 慣れた手付きで肉棒を上下にしごき、先端からこぼれる先走りの液体を丁寧に啜る仕草は、確かに一朝一夕で身につけられる技術ではない。
 妖忌の半身は見る間に熱く滾り、へその辺りまで大きく反り返るほどに膨らんでいた。その様を見、女は恍惚と頬を緩ませる。
 やわらかく、あたたかな手のひらの感触が離れ、妖忌も不意に乳房から手のひらを離す。お互いの身体が離れ、女は妖忌に背を向けてから布団に両肘をつく。
 四つんばいになった女の秘壺からは、早くも蜜が垂れ始めている。熟れた尻を引き寄せ、待ち構えている女の顔を窺う。
「どうぞ……私の身体は、貴方様のものでございます」
 そう言われても困るのだがな――と思いながら、妖忌は、その蕩けるような吐息に逆らうのも情けないと感じ、みずからの怒張を女の入り口に押し当てた。
 ひくッ、と女がうめく。
 桃のように瑞々しく、張りのある尻の柔らかさに浸る間もあればこそ、妖忌は一気に女を貫いた。
「ん、くぅぅ……!」
 悲鳴のような、歓声のような、判然としない声を聞く。
 一方の妖忌はそれどころではなく、己の分身を締め上げる膣の感触に言葉を失っていた。性交の悦びを知った青年のように、忙しなく腰を振る。
 そしてそれは女も同じようだった。
「ふぁ、あぁ……ひく、ひゃあぁッ!」
 繋ぎ目からは厭らしい水音が聞こえる。
 若尻に伸ばしていた手を女の腰にかけ、より深く女の奥に突き入れようと試みる。ぐッ、と引き寄せると同時に、襞を掻き分け続けた亀頭が何かの入り口に達する。
「うぅ、ひぃん、はッ、はあ……今、触りました……よねぇ」
 間断なく繰り返される挿抜の合間に、女が股の下から切ない声をあげる。盛んに打ち付けられた肌と肌は見る間に赤らみ、染み出た汗がお互いの肌にこすれてにちゃにちゃと卑猥な音を立てていた。
 勢いが増す。
「もっと、もってしてください……うあ、はぁん……んっ、くふ……!」
「く、きつい……!」
 女のうめきと、妖忌のうめきが重なりあう。
 苦しいのか気持ちいいのか、お互いにその意味を量りながら、結局は快感の渦に呑まれていく。
 埋もれた肉棒がきつく締め上げられ、限界が近いと悟る。腰を引くのも突き入れるのも難しく、だが肉の襞を分け入り引き戻す快感は今この一時にしか味わえないものだということも知っている。
「すまん、もうすぐ……!」
「ふふ、はあ……いいですよ、(なか)に、思う存分……ひぁ、うぅん! だ、射精()してください……ぃ!」
 声を発し、懇願するたびに膣が締まる。
 亀頭が子宮口に触れ、女の背中がびくんと跳ねる。
 抽送の間隔も短くなり、腰を送る力強さも激しさを増す。呻き声も縮み、もはや意味のある言葉を紡ぐことは出来なかった。
「ぐぅぅ……ッ!」
 臨界点を越え、妖忌がより深い場所に肉棒を送り込む。
 一瞬、お互いの身体が完全に硬直する。そして。
「ひぅ、ぅ、あぁッ!」
 駆けのぼる声と共に、双方が絶頂に至る。
 女の奥底に吐き出された欲望の猛りは、瞬く間に女の膣を満たし、小刻みに腰を震わせる妖忌と女の繋ぎ目にまで逆流する。
 白い粘液が女の脚に垂れ、射精の快感にふける妖忌に事の重大さを知らしめた。
「く、うぅッ……」
 何度か女の膣に残りの精液を注ぎ込み、息も絶え絶えに突っ伏している女から肉棒を引き抜く。一段と濃厚な白濁液が膣口からこぼれ、女の脚を緩やかに下っていく。
「ひぃ、ふ、はぁ……は、あは、気持ちよかったですか……?」
 ずっと尻を上げて疲れたのか、女は身体を仰向けに転がす。
 股間からはまだ白濁液が溢れているが、そんな瑣末なことなど気にせぬとばかりに妖忌の顔を仰ぎ見る。
「……ああ」
 だから妖忌も冷静に答える。
 女は、彼の言葉に安堵の息を吐く。責務を果たしたことの喜びか、真に妖忌を愉しませることが出来たことの悦びか。
 いずれにせよ、彼女が笑っているのならばそれで構わない。
「……それなら、よかったですわ……ふふ」
 顔を腕で隠したまま、彼女は幸せそうに笑っていた。
 妖忌は、笑わなかった。
「隣で、寝ても構わないだろうか」
 疲れてしまった。
 年甲斐もなく激しいことをしたせいだろうが、今更それを悔いても仕方のないことだ。妖忌は諦め、女が頷くのを待った。
「えぇ、構いませんわ。むしろ、寝てくれないと、寂しくて泣いてしまいそうです」
 意地悪く笑う彼女に、そうか、と素っ気なく告げる。
 ごろりと女の隣に寝転がり、共に薄暗い天井を仰ぐ。
 目をつむり、眠りに落ちるまで、ものの数分とかからなかった。
 誰かの寝息が聞こえる。彼女のものだろう、妖忌は朧気に思う。
 遠くの森の彼方から、山犬の遠吠えが聞こえた。

 

 

 夜が明け、一宿一飯と知りながら朝餉に預かる。
 未熟なものだ、と自戒してみれば彼女に窘められる。まこと女の勘というものは鋭く出来ているものだ。感心する。
 けれども、終わりは告げなければいけない。
 終着点はここではないのだ。
 少なくとも、妖忌にとっての。
「名残惜しくはありますが」
 お椀に箸を並べ、妖忌は頭を下げる。
 腰に下げた鞘が畳に伏し、かちりかちりと金音を鳴らす。
 彼女は、寂しそうに俯いていた。
「元より落ち着くところのない旅でございます。宿り木としてこの地を選べたことを誇りに思い、これからの糧と致しましょう」
 妖忌は言い、神妙に立ち上がる。
 彼女もそれに続き、それならばお見送りだけでもと妖忌の後に続く。紅いかんざしが、窓から差し込む陽光に光り輝いていた。
 外に出れば目が眩むような晴天があり、木漏れ日が目蓋の上から眼球を刺し貫かんと降り注いでいる。妖忌は腕を顔にかざし、後ろから齷齪と歩いてくる彼女の方を振り向いた。
「家から離れることもありますまい。私も、適当に道を切り拓く程度の悪運は持ち合わせております故」
 女性の後方には小さく家が見える。これ以上遠ざかると、昨日の二の舞になってしまう。妖忌は立ち止まり、胸の前で手を重ねている彼女に別れの言葉を告げる。
「機会があれば、またお会いしましょう」
「――はい。貴方様のことは、決して忘れません」
 力強く、彼女は言った。
 強靭な意志をその瞳に垣間見、妖忌は安心して彼女に背を向ける。一歩ずつ遠ざかり、付いて来る足音も、近付く妖気もないと知り、安堵の息を吐く。
 歩き出す。
 半霊が揺れる。
 木の葉が舞う。
 かんざしは抜かれ、女の手に握られていた。
「――」
 肉薄するのは一瞬だった。
 妖気は殺し、気配も呼吸も殺した。抜かりはない。
 かんざしを振り上げる。躊躇いなど初めからなかった。
 刺し貫くのは一瞬で済む。
 楽にしてあげる。
 さあ。
 かんざしの先端が、無防備な首筋に触れ。

 

 銀の眼光に射抜かれる。

 

「――ぁ、あ」
 恐怖を感じたのが救いだった。
 女の手が止まったから、妖忌の刀も女の喉に触れるに留まった。
 刀は白く、切れ味も耐久性も鋼のそれに劣るだろう。
 だがどうだ。
 妖忌は確かに女を斬ることが出来た。
「――死なずとも」
 たとい竹で織られた刀であろうと、妖忌は斬っただろう。
 そして女は死ぬ。
 かんざしが、女の手のひらから滑り落ちた。
 大地に刺さった一端の凶器が、無慈悲な木漏れ日に光っている。
「殺さずとも、道は拓けるでしょうに」
 悔いるように、嘆くように、妖忌は身を引いた。
 女の首には、紅い線が引かれている。
 その場にへたりこみ、女は成す術もなくがたがたと震えていた。髪の毛は乱れ、土気色の肌には生気が感じられない。
 妖忌は己の頬を叩き、素人に下らぬものを見せてしまったことを恥じる。悪癖は抜けないものだ。
 竹の刀を振り、鞘に収める。半霊も妖忌の背中にまとわりつく。
 一向に語り出す気配のない女に、妖忌はなるだけ優しく尋ねた。
「昨日の山犬……美人局(つつもたせ)、ということでよろしいかな」
 震えながらも、女はこくこくと頷いた。
 昨夜の妖艶な姿は見る影もなく、今はただ狩られるものの立場に追いやられてひたすらに身を硬くしている。
 今更ながらに、気付いたのだ。
 騙し、精気を吸い、喰おうとほくそえんでいたけれど。
 その相手――魂魄妖忌が、如何におぞましい存在であるかを。
「初めに、私は申しました。化生が人を喰らうが道理なら、人が妖を斬るもひとつの理なのかしら――と」
 山犬が咆えている。女もまた化生の類だろうが、かんざしで襲い掛かってきたところから察するに人の血も混じっているのもしれない。
 いずれにせよ、抵抗する気は失せたようだ。
 話を遮られないというのは、実に楽でよい。
「だが、私はとうに道から外れました。斬らなければならないものもありませぬ。年寄り故に、力も落ちた。腕も鈍りました。ですからまあ、何と申しましょうか――」
 口ごもるように頬を掻き、伸びた白髭をこすりながら、妖忌は言った。

「ご安心を。貴女を斬るのは、私の役目にないようです」

 では、と妖忌を身を翻す。
 鞘がかつかつと硬い音を鳴らす。
 山犬の足音が聞こえる。女の泣き声も聞こえた。振り返らない。妖忌は切り開くべき前を見て歩く。
 目をつむれば、彼女の幸せそうな笑顔が見える。
 あれをみな嘘と断じるのは容易いけれども、優しい嘘があるのなら、それを信じてみるのも一興かと思った。
「未熟者だな」
 面白くもないのに、笑いが止まらない。
 能面のような笑みを貼り付けたまま、妖忌は光に溢れた森の獣道を突き進む。
 山犬が近付いてくる。
 柄に手を掛ける。
 竹の刀に斬れるものはない。
 世の中には割り切れぬものばかりがある。だからこそ竹を割り刀を作った。この刀は妖忌の心を具現させたものだ。
 何も斬れない。
 けれど、それ故にこの刀は心を切り刻む。
 鋭く、痛ましいほどに。
 間もなく、山犬がやって来る。
 怒りに震えた山犬が来る。
 さあ。

 

 心の(つるぎ)を抜け。

 

 


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一日エロ東方

十一月三日
(妖々夢 レイラ・プリズムリバー)



『虹の架け橋』

 

 レイラが風邪をひいた。

 

 それ自体はよくあることだから、ルナサやメルランは心配しながらも危機感を抱いていなかったのだが、リリカに限るならばてんやわんやで上を下への大騒ぎだった。
 ベッドに臥せっているレイラに呼びかけたり、部屋の中で怪しげな祈祷じみた行為を行ったりと患者のためにならないことばかりを仕出かしていたから、ルナサは長女の権限と物理的な排斥力をもってして三女の奇行を情け容赦なく退けた。
 頭頂部に頭と同じ大きさのたんこぶをこしらえ、うつ伏せのままルナサに引きずられていくリリカは、一見すればレイラより深刻な容体にあるようにも思えた。だが、ちくしょーと愚痴を言いながら薬を運んでくるリリカの姿を認め、レイラはひとまず安堵の息をこぼした。
「姉さん、そんなに心配しなくたって……」
 こほ、と咳をこぼせば、リリカが心配そうに顔を覗き込む。
「……大丈夫、なんて訊かないからね。そんなのは、レイラを信じていない証拠だから」
 水を差し出し、妹が華奢な手のひらでそれを掴むのを見届ける。
 レイラは、たまに調子が悪い。
 リリカが我を見失っていたのも、レイラの後天的な虚弱体質に基づいている。ルナサもメルランも、その不治の病があるからと言ってレイラを甘やかすことはない。レイラもそれを望んでいない。リリカもまたそう在るべきだと思い、そうなろうと心掛けているのだが、軽い病に冒されるとなると気が気じゃなくなってしまう。
 情けないのは百も承知だ。
 それでも、失いがたいのだからどうしようもない。
「落ち着いた?」
「……うん、ありがとう」
「そりゃよかった」
 空になったコップを受け取り、少し寝るね、と横になった妹に小さく微笑みかける。
 トレイをベッドの横にある棚に置き、リリカはしばらく妹の横顔を眺めていた。時計の針が時を刻み、閉め切られたライトブルーのカーテン越しに薄い光が差し込んでいる。
 レイラは治らない。
 風邪が完治しても、彼女の奥底に根付いている病を払拭することは誰にも叶わない。それは、魑魅魍魎と悪鬼羅刹、百鬼夜行が横行闊歩する幻想郷の住民にも叶えられない夢だった。
 裏を返せば。
 レイラは夢を叶えてしまったから、治ることのない病に冒されてしまったのだと。そう考えれば、納得も出来る。
「……ばかじゃないの」
 壁にもたれ、唇を噛む。
 会えて、嬉しかったけれど。
 そのために、レイラが犠牲になることはなかった。
 奇跡を起こすために必要なのは愛や情といった抽象的な概念ではなく、単に、生きる力だ。生命力、寿命と言い換えてもいい。呼吸の半分が身体に回らず、栄養の半分が留まらずに排泄される。そんな病気だ。
 だから、レイラには生命力の備蓄が無い。
 常に補給し続けなければ、一年程度普通に生活を送るだけで簡単に死ぬ。何の前触れもなく、苦痛も、激情もなしに。
 命を使い果たし、魂が蒸発した抜け殻と化す。
「……ほんと、やんなるなあ」
 頭を壁に付け、幾何学模様の刻まれた天井を仰ぐ。
 握り続けた手のひらにはじっとりと汗が染み、幾分かの気持ち悪さとわずかな人間臭さを感じ取る。幽霊だけれど、変に人間ぽいところもある。それが、レイラに召喚されたことによる影響なのか、幽霊――ひいては騒霊に与えられた機能なのかは分からない。
 ただ。
 人間として歩めるなら、そう在ることでレイラを救えるのなら。
 ――いくらでも、そうしてやる。
 リリカは、静かに誓いを立てた。

 

 

 レイラの寝息が聞こえるようになり、リリカも落ち着きを取り戻した。熱くなった頭の熱は壁に逃がして、強く握り締めた手のひらの汗はハンカチで拭う。
 薄暗い部屋の中にいると、どうしても逃れようのない蒸し暑さに囚われる。なまじ幽霊の体温が低く設定されているものだから、多少の暑さにも敏感に反応してしまう。ならば汗を掻かなければ不平不満もない訳だが、実のところそう都合よくいかないのが辛いところだ。
「あぢー……」
 レイラの額に乗っていた氷のうは、彼女の熱が下がったのを見計らいリリカの冷房器具として扱われた。頭頂部に置かれた氷のうが、たんこぶの跡地に据えられてとても具合がよい。
 ほう、と恍惚の溜息を吐いていると、レイラがくすぐったそうに呻いた。
「ぅん……」
「起きてる……わけじゃ、ないのよね」
 長く伸びた黒髪がシーツの上を泳ぎ、額にかかった髪は不自然に乱れている。寝返りを打ち、妹を覗き込んでいたリリカの正面にレイラの顔が向く。
 可愛い妹。
 レイラ・プリズムリバーは、リリカの妹だ。
 そして、本物の人間である。
 凡人であり、何の能力もない普通の人間だったから、マジックアイテムを使用した代償に生命力の半分を削り取られた。その罰を背負ったまま、レイラは何の苦もないように生きている。
 健気だと、痛ましいと同情することは簡単だった。
 だが、共に生きたいと請われたのなら、血を分けた妹を哀れむことなど出来ない。
 家族なのだ。
 柔らかそうなほっぺたを突付き、幸せそうに眠る妹の寝顔に頬が緩む。
「ぷにぷにー、と……うん、我が妹ながら、可愛くて可愛くて仕方ないのだわ」
 頬にかけた指を首筋に回すと、レイラの肌が汗でべたついていることが分かる。
「これは……着替えた方がいいかねえ」
 眠りの中を呼び起こすのも気が引けたが、それ以上にべとべとした肌のまま寝かせると風邪が悪化するかもしれないから、リリカはレイラの肩をゆさゆさと揺さぶった。
 掴んだ肩がリリカ自身のそれよりも幾分か細く、箱入り娘、深窓の令嬢と呼ぶに相応しい華奢な体付きだった。だが出ることは出ており引っ込むところは引っ込んでいる。リリカはレイラをぐらぐらと揺さぶった。
 だが。
「起きねえ……」
 リリカは諦めた。
 途中、うんうんとは呻くものの、おもむろに目蓋を開けておはようございますなどと気の抜けた返事をこぼす気配は全くない。
 仕方ない、ああ本当に仕方ない、とリリカは大仰に首を振り、目覚める様子のないレイラのパジャマに手をかけた。
「姉の立場と致しましては、如何せん妹の成長具合が気になるものでございまして……」
 誰に向けた言い訳なのかはリリカも知らない。
 ともあれ、気持ちよく夢を見ているであろうレイラがみずからの汗臭さに目覚めてしまうのも心苦しい。ここは看病に預かった者として、何よりレイラの姉として、服の一枚や二枚は気付かれることなく着替えさせてみせようじゃないかと意気込むリリカであった。
 改めてレイラの額に触れ、熱が引いたことを確認する。
「ご開帳ー」
 と毛布を引っぺがし、枕に頬を埋めた体勢で横に寝転がっているレイラの全身を露にする。密閉された室内は蒸し暑いくらいだから、少しばかり暖具を剥いでも辛くはないだろう、とリリカは考える。
 けれども、着替えさせる途中、レイラを裸にしたまま換えの下着を用意するのも忍びないから、リリカは今のうちにレイラに似合う下着をてきぱきと準備する。それらを枕元に置き、リリカもすぅすぅと寝息を立てているレイラの隣に座り込む。
「それじゃ、お着替えの時間ですからねー……」
 小さく宣言し、パジャマのボタンをひとつずつ丁寧に外していく。
 レイラの肌は不健康でない程度に白く、汗を掻いていなければかなりのもち肌だろうとリリカは感じた。うら若い乙女であることを差し引いても、同性から嫉妬の目で見られることは覚悟しなければなるまい。
 特に姉たちから。
「……ちくしょー、育ちも育ったもんよね……」
 リリカがパジャマのボタンを全て解き放つと、呼吸が制限されるからと初めから下着を装着していなかったことによるメリットかデメリットかは判然としないが、兎にも角にも敢然と聳え立つ二つの小山が窮屈そうに揺れ動いていた。
 ぽろりである。
「むう……」
 うめく。
 腕組みをし、眼前に転がる双子山の形や大きさ、柔らかさと感度まで確かめようとするとレイラに悟られるから、リリカは「ほう」とか「ふえー」とか言いながら妹の成長を素直に喜んでいた。
「昔は、あんなにちっちゃかったのに……全く、時の流れというやつは」
 嘆息する。
 リリカ自身は成長しない身体の持ち主だから、成長も衰退もない。
 この茶色の髪の毛も伸びない。死ぬこともない。
 レイラにはそれがあり、だからこそ生きている証となる。
 羨ましく、妬ましくもあるけれど――どちらかと言えば、姉に黙ってこのような女らしい肉体に近付いたことへの嫉妬が最も大きかった。
 至極当たり前のことだが、頻繁に擦られてもいない乳首も乳綸も可愛らしい薄桃色に染まっており、大きさもやはり謙虚に留まっている。乳房自体の大きさに目をやれば、成長期を迎えた四女に相応しくお世辞には巨大と言えないが手に余る程度には膨らんでいる。
 そこが胸であると分かる程度には大きい、ということだ。
 また、横に寝転がっているものだからシーツと腕に胸が挟まり、そのサイズが余計に強調されているからたまらない。ぷるん、とそれらしき擬音を醸し出しながら揺れる柔肌を思うに、これはなかなかの業物なんじゃないかと親父くさいことを考えるリリカ。
 もはや肩と胸と腹の境目が分からない、という段階はとうの昔に超越していると考えてよい。
 リリカは嘆息した。
「へえへえ。まあ、わかっちゃいたんだけどねえ……」
 けれども、妹に抜かれたという事実は払拭できない。それは諦観と矜持の葛藤でもあった。
 レイラが、オリジナルの姉妹と別れた頃をイメージして再現した幻影が今の姉妹なのだとすれば、リリカの年齢がオリジナルと掛け離れているのは想像に難くない。
 だが、出来うるなら成長期を越えた姿をイメージしてほしかったものだなあ、と項垂れるリリカであった。
「着替え、着替えっと……」
 気を取り直し、レイラのパジャマを丁寧に脱がす。妹の裸体をまじまじと覗き込むことは、騒霊たるリリカには容易い作業だ。今は汗にまみれた妹のパジャマを交換し、その途中で掻いた汗を丹念に拭い取ればよい。
 薄いブルーのパジャマを剥ぎ取り、そこいらにぺいっと投げ捨てると、リリカは棚に常備してある濡れタオルを持ち、レイラの上半身に優しく押し付けた。
 髪の毛はいずれ洗うとして、額に首筋、肩、脇、背中と、汗を掻き易い箇所を重点的にごしごしと拭く。胸はどうしようか、と一時は逡巡したリリカだったが、別にえろくはないかなーと思いまたすぐに手を伸ばした。
 やはりそれなりに弾力があり、後ろから胸の下をタオルでこすっていると何やら柔らかい反動があって妬ましくも温かかい感触がリリカを襲い、何故だかそれが無性に悔しかったから背中からレイラの胸を揉んでやった。
 捉えどころがなく、それでいて吸い付くような肌の温もり。
 掴もうとすればするりと逃げてしまい、離そうとすれば愛しげに擦り寄ってくる。
「うわあ……レイラえろいわ……」
 お姉ちゃん悲しい、とリリカは汗拭きを再開した。タオル全体で胸を拭き取るのも忘れない。繊維に乳首がこすれるのか、レイラが「うぅん……」と悩ましげな声を発した。
 寝た子を起こすのは避け、横に転がった体勢のまま器用に汗を拭き終え、それじゃ下に行く前に上を着せようかと着替えに手を伸ばし。
 リリカは、レイラの呼吸に違和感を覚えた。
「……え?」
 レイラは眠りに就いたまま、穏やかに呼吸を繰り返している。蒸し暑さがリリカの汗を誘い、今やレイラ以上に肌がべたついているのではないかと彼女自身も思う。
 冷静に判断すべきだ。
 呼吸が乱れているのでも、停止しているのでもない。
 ただ変なのだ。
 何がおかしいのか詳しく分からないけれど、言うなれば呼吸の密度が薄くなっているような気がする。
 レイラがかかっている医者に聞いた話を思い出す。レイラの呼吸が変わったら、それは彼女が発している危険信号なのだと。見分け方は気の流れだとか生命力の濃さだとか素人には手も付けられない話題だったから、リリカは困ったらあんたを呼べばいいんでしょうと理解を拒んでいた。
「くそ……」
 歯噛みする。
 自分では、レイラを助けられない。
 自明の理だ。覆しようのない事実だった。レイラが苦しむたびに、己の無力さを思い知る。唇を噛んでも、噛み切った唇から漏れた真紅の血を舐めても変わらない。
 レイラは、自分たちを呼んだから身体を病んだ。
 なのに、自分たちは何も返すことが出来ない。
 傍にいることが助けになると言うのなら、どうか、彼女の苦しみを分け与えて欲しい。
「……お姉ちゃん、がんばるからね」
 惨めな己を唾棄するのはまだ早い。
 心を蝕む呪いは、舌を噛んで磨り潰す。そんなものは要らない。今の自分に必要なのは、気に入らなくても、無力な己を思い知るだけでも、如何なる手段を用いても大切な妹を透明な地獄から救い上げることだ。
 リリカは、棚に常備されている漢方薬を素早く取り出す。
 空っぽになった水は、幽霊らしく壁を擦り抜けて庭の蛇口から採取する。途中、花壇に水をやっているルナサと目が合ったが、呑気に話しかける猶予はなかった。ルナサもそれを悟り、じょうろを地面に置いた。
 レイラの部屋に戻ったリリカは、呼吸の間隔が狭まり、額から汗を滲ませているレイラに気付く。レイラの額に手のひらをかざすと、案の定、引いたと思っていた熱が再び上昇している。
「何も、こんな予想ばかり当たらなくてもいいのにさ……!」
 吐き捨て、リリカはレイラの肩を掴む。
 強く握ると簡単に折れてしまいそうな肩に体重を乗せ、レイラの意識があるかどうかを確認する。
「ねえ、レイラ……! 私の声、聞こえる……? 聞こえたら、何か合図をして……」
 尋ねても、レイラは荒い呼吸を繰り返すばかりで意味のある言葉を返そうとしない。半端に空いた口から放たれる息は、何か別の構成素で織り成されているのかと思うほどに、熱っぽかった。
 時間はない。
 違う。
 そんなものは、初めからなかったようなものだ。
「……あぁもう、これ、苦いんだよね……」
 諦観し、リリカは覚悟を決める。
 蒸し暑い部屋の中を泳ぐのは茹だった空気と無粋な時計の針。部屋に近付くルナサとメルランの足音が聞こえないのは、幽霊の本分に従って壁を擦り抜けているからだ。
 リリカは、白い粉薬を一気に煽る。
「……うっ」
 むせかけた喉に水を流し込み、息つく間もなく、レイラの火照った頬に指を掛ける。
 下手に薬を流し込むと、吐き出してしまう虞もある。薬の在庫はあるが、これからのことを考えると無駄に浪費するのも面倒だった。
 などと、役に立たない言い訳が脳裏をよきり。
「――んッ……」
 リリカは、レイラの唇に口を重ねた。
 同時に、口の中に溜めていた薬をレイラの咥内に流し込み、異物の流入に激しく抵抗する舌を己の舌で押さえ付ける。妹の乱暴な舌が絡み、どちらのものとも言えない唾液が唇の繋ぎ目から銀の糸を引く。
「……ちゅ、んむぅ……」
 行き場を失った息が鼻から抜け、リリカの鼻を何度もくすぐる。ごめんね、と幾度となく謝りながら、レイラが液体と化した薬を嚥下するまで唇を合わせ続けた。
「……いッ」
 知らず、レイラの爪がリリカの背中を掻いていた。
 息苦しさの表れを背中に感じ、リリカは小刻みに震えているレイラの肩に手のひらを乗せた。
 ごめんね――。
 心の中で呟いて、リリカは唇を離す。
 唇と唇の間に、どちらのものが知れない唾が粘っこい吊り橋を作る。それはカーテンの隙間から差し込む光のプリズムによって、場違いな虹色の光を放っていた。
「……まったく、困った妹だこと……」
 唇を拭い、すぅすぅと淡い寝息を立て始めたレイラの寝顔を想う。
「本当に、困った妹たちだこと……」
 リリカが振り向くと、そこには腕組みをした仏頂面のルナサが立っていた。その後ろには、メルランの姿も見える。こちらは何故か笑っていた。
「……ちゃおー」
 しゅたッ、と手を上げる。
「出来れば、助けを求めなさい」
 ルナサは言い、無事でよかった、と安堵した。
「あなたがレイラを想うように、私も、あなたたちを想っているんだから」
「……うん」
 神妙に頷く。
 リリカが本気だったように、ルナサも、滅多に顔にも行動にも出さないが、メルランもまたそうであることを、リリカは知っていた。
 だから、素直に了承した。
 あたかも、レイラの吐息が、蒸し暑い部屋の空気を洗浄しているようだった。
「でも、キスは行き過ぎだからね」
「これは、やむなくだってばぁ……」
「知ってるわ」
 と、優しく微笑んでいた。

 

 

 レイラの容体は次第に安定し、翌日にはそこいらを動き回れる程度にまで回復した。念のため、とある館に仕えている気孔士に診てもらい、お墨付きをもらってようやくレイラは外出を許可された。
 リリカもまた自分のことのように喜び、レイラは改めて感謝の言葉とあのとき言えなかった言葉を告げた。

「姉さん……私にあんな色の下着とか着せて、どうする気だったの」

 リリカは逃げた。
 幽霊らしく、壁を突き抜け空を越え――。
 帰ってきたら、また可愛く怒った顔を見せてくれるんだろうなあ、と余計なことを考えながら。

 

 


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一日エロ東方

十月六日
(秘封倶楽部・宇佐見蓮子)



『たのしいこどものつくりかた3』

 

※ このSSに登場する宇佐見蓮子は8才のιょぅがくせぃです。
  ろりれんこです。

 

 

 宇佐見蓮子は今日も学校に行った。ランドセルでだ。
 お気に入りの帽子はちょっとサイズが合わないけれど、お母さんに付けてもらった真っ白なリボンは友達にも大人気である。白いブラウスにネクタイを締める、という凛々しい服装も、小学校低学年程度の女の子にはやや背伸びしている感もあるが、それぞれのパーツが蓮子の丈にぴったりと合っているから、余計に可愛く格好良く感じられるのだ。
 蓮子はランドセルを背負いながらとたとたと道路を駆け、生垣に引っ掛けられている『宇佐見』の表札を抜け、犬小屋に引っ込んでいる犬に「ただいまー」と軽く挨拶をし、明るく元気良く玄関の扉を開け放つ。
「ただいまー!」
 にこやかに告げようとも、返って来るはずの声はなし。捨てられた猫のようにぽつんと佇んでいた蓮子は、とりあえずランドセルを下ろして「よっこいしょ」と玄関に座り込んだ。
「あちー」
 帽子も脱ぎ、それを団扇がわりにして薄手のブラウスの中に涼風を送る。いくら残暑も過ぎて十月に突入したとはいえ、さしたる意味もなく全力疾走して汗をかかない道理はない。ぱたぱたと健康的な肌に風を送り、鎖骨からおなかを撫でる微風に目が細まる。
「ふぇぇ……ん?」
 垣根の狭間に、見慣れた人影が現れる。蓮子はたまらず彼に手を振り、彼もまた幼い娘の可愛い仕草に答える。
「おかえりー」
「帰ったよー」
 気楽に挨拶し、宇佐見父は蓮子の髪の毛をくしゃっと撫でた。
「うあー、またそういうことするー」
 蓮子は不機嫌そうに唇を尖らせ、ランドセルを引きずりながら父の後に続く。帽子を浅くかぶり、まだまだ暑苦しいから胸元のボタンは二つほど開け放したままで。
 宇佐見父の話によれば、宇佐見母は地元の同窓会に行くとかで帰りが遅くなるらしい。日付が変わる頃までは帰れないから、各自戸締りは厳重にしておくこと、だそうである。
 床の間にて向かい合い、父はビールを、蓮子はオレンジジュースを啜る。お互いに、異なる理由で頬が赤くなっていた。
 テーブルに顎を乗せながら、蓮子がぐったりと話し出す。そのたびに頭に乗っかった帽子がぐわんぐわんと揺れ、屋内だから脱ぎなさいと宇佐見父が進言しても聞き入れない。
「お母さん、朝はそんなこと言ってなかったよー?」
「ぼーっとしてるからなあー」
「そういう問題なんだ」
 私にもその血が流れてるのかなあ、と己の遺伝子を顧みる蓮子であったが、不意に今日の授業の内容がフラッシュバックする。
 血で思い出しました。
 あーうーんでもどうしようかなーおとーさんもいるからちょうどいいかなー。
 蓮子は口をぱくぱくさせながら物思いに耽り、愛くるしい娘の挙動を不審に思った宇佐見父が何かしらを問いかけようとしたとき。
「ねーおとーさんー」
「んだい」
 文頭の「な」はビールの泡と消え、改めてビールを喉に注ぎ込もうとグラスを傾け。
「おとーさんのおちんちん、どんなかたちしてるんだっけー」
 ビール噴いた。
 ぐはげぼえぐぁと激しくむせ返る父を尻目に、テーブルから離脱した蓮子はきょとんと目を丸くしている。まさかここまで過剰な反応を示すとは思ってもみなかった。ほとんど漫画である。
 鼻の穴から泡を垂らしている父に布巾を手渡し、改めて蓮子は席に着いた。
 テーブルを丁寧に拭き終え、冷静な対応をこなせる程度の理性を取り戻した宇佐見父は、ただ黙って床の間のカーテンを閉めた。少々蒸し暑いが、気にはしない。
 続いて玄関にも鍵を掛ける。磐石。
 盗聴、盗撮の可能性も考慮する。が、どうしようもないので諦めた。
「さて」
 そして、手の中で帽子をもてあそび、うずうずと待ち構えている蓮子の隣に腰掛ける。こほん、と父の威厳を明確にするため、ひとつ咳払いを放ち。
「じゃ、見せてくれるの?」
「ちがうわぁぁ!!」
 どがッしゃぁぁん! とコントのようにテーブルを引っ繰り返し、みずからもテーブル共に畳へと飛び込む宇佐見父。転げ回るグラスにはビールやコーラの一適もなく、図らずも家庭で出来る楽々コント術を披露する形となった。
 ほー、と蓮子はぱちぱち拍手をし、形容しがたい体勢で箪笥に寄り添っている父に三度提案を持ちかける。
「おとーさーん」
 少しばかり舌っ足らずな口調は、偶然なのか故意なのか、いずれにしても可愛いよなあーと父は思った。頭に血が昇っているのは意味もなく逆立ちしているような体勢になっているからだと思った。
「私ね、今日、いろんなこと教えてもらったんだよ」
「んだろうなあ」
 最上段の引き出しの取っ手に掛けた爪先を畳に下ろし、宇佐見父は四つんばいになって迫ってくる蓮子を押し留めつつ体勢を整える。
 とりあえず面目上は正座という形に戻った頃、蓮子もまた瞳を輝かせながら帽子をいじくりまわしていた。
「でも、おちんちんがどうなってるのかよく分からなかったから、お父さんに教えてもらおうと思ってー」
 ねーねー、とシャツの袖を引かれ、おちんちん見せてー、と純真な瞳で何度も何度もねだられる。
 何の拷問かと宇佐見父は疑心暗鬼に囚われたが、如何せん娘は可愛い。自慢の娘である。くりっとした眼と、やや栗毛に染まった髪はきれいに肩口まで掛かっており、肌ももちもちしていてほっぺたもぷにぷにしている。何やら頬が上気しているのは前述の理由があるにせよ、ねーねーとしつこくねだられては辛抱たまらんというものである。
 宇佐見父は腹を括った。
 だって可愛い娘の頼みだもん、無碍には出来ないことよ。
 誰に言い訳しているのかよくわからないが、とりあえず。
「おとーさーん、いいでしょー?」
「……しょうがないなあー」
 渋々、と言った体を必死に装い、クールであることを己の魂と身体に命じ、これからお風呂に入るんだー蓮子も一緒に入るかーわーいやったー、みたいな和気藹々とした一家団欒の一場面を取り繕いつつ、宇佐見父は徐にズボンを下ろした。
「おぉー……お?」
 盛り上がる股間、予想に反し、いささかアグレッシヴに天を仰いでいる男のモノを目の当たりにし、蓮子は目をぱちくりとさせた。
 やっぱり自重出来ませんでした。
「お父さん、泣いてるの?」
「いや……」
 娘の前で立派に勃起した肉棒を晒している自分は、果たして生きていていいのだろうかと思い悩む宇佐見父であった。が、蓮子がゆっくりと体勢を変え、あけっぴろげになった股間の正面に座るや否や、これは呆けている場合ではないと心を引き締めた。
「うわぁ……」
 が、蓮子のすべすべした指がむんむんに腫れ上がった怒張を撫でるものだから、宇佐見父は股間のものがびくびくっと疼くのを抑え切れなかった。
「わ、お父さん、いまおちんちんがびくってなったよ」
 おそるおそる、といったふうに赤黒い肉棒を撫でたり掴んだり突付いたり、好き勝手にもてあそぶ。されるがままの父は、もう好きにしてくれとばかりに箪笥にもたれかかっていた。
「うーん、いつもはもっとだらーんてしてるよね。でも、今はどうしてびくびくって硬くなってるの?」
 これまた澄み切った瞳で質問される。
 年端もいかない娘が可愛い声でおちんちんと連呼し、暴力的とも言える形の肉棒をにぎにぎ握ったり触ったりしている構図は、背徳的である以前に絶望的である。理性が。
 宇佐見父は答えるべきかどうか真剣に悩んだが、蓮子が中途半端に開けたブラウスの隙間から窺える白い肌が、もう楽になれよ、と囁いているように思え、彼はその誘惑に従った。
「お父さんのおちんちん、熱くて、とっても硬くなってるよ……ねえ、どうしてなの?」
 鋭く尋ねる蓮子はペニスを握り締めている。ペニスを通して、小学生の娘のすべすべした柔らかい手のひらの感触が伝わり、敏感な部分を触れられていることと併せて宇佐見父は早くも限界寸前だった。
「これは……男の人が、臨戦態勢に入っているという意味であり……」
「えーと……ぼっき、ていうんだよね。おちんちんがレベルアップするの」
 その通り、とか細い声で賞賛を送る。
 華奢な手の中でぴくぴくと痙攣する肉棒を見、蓮子はほーと感嘆の息を吐いた。だがその吐息さえも肉棒を刺激する一因にしかならず、宇佐見父の天国にも似た地獄は続く。
「ふうん……それじゃ、お父さんのおちんちん、勃起してるんだぁ。もう子どもできちゃう?」
 発想が飛び、実はあまりそうでもないことに気付く。
 通常は家族の団欒が営まれる一室は、わりと年の行った男と十にも満たない少女の熱が入り混じったふしだらな空気に包まれている。一日を終えた男のモノはそれなりに汗ばみ、つんとした匂いを放つ。それが雄臭さとなり蓮子の鼻腔を襲うけれども、蓮子はこれも勉強のひとつだと心得、くらくらしそうな変な雰囲気にも敢然と立ち向かう。
 そんな健気な努力はしかし、宇佐見父の理性を食い破る純真な淫性に堕落しようとしていた。
「勃起したおちんちんが、女のひとのあそこに入るんだよね。そうしたら、えーと……しゃ、しゃせい? 射精でいいの?」
 こくこくと頷きながら、一歩間違えれば即座に爆発しかねない股間に神経を集中させる。ペニスはまだ蓮子の手の中にある。ペニスの熱と蓮子の手のひらで蒸され、ペニスが汗ばんでぬるぬるし始めてきた。
「しゃせい……せいしが出てくるんだよね。おちんちんから」
 ここかなー、と尿道口を空いた指でつんつんと刺激する。ぱんぱんに張り詰めた亀頭は些細な刺激にも敏感に反応し、我慢に我慢を重ねていた影響もあってか、その奥底から大量の我慢汁を排出する。
 ぬるぬるとした液体の噴出に、蓮子はひどく驚いた。
「うわ! お父さんおとーさん、おちんちんからなんか出てきたよ! ……ねえ、これが精子なの?」
「いや、違う……かな。これは、準備期間というか……」
 何を丁寧に説明してるんだと自己嫌悪に陥りもしたが、誤った性知識を与えることの危うさもあるからやむをえない。蓮子も興味津々に先走り液を掬ったり匂いを嗅いだりしていることだし。
「そうなんだー……うわぁ、すごいべとべとしてる……」
 べたべたになった手のひらを握ったり開いたりしながら、かちかちの肉棒を握る力は緩めない。痛いくらいに握られているはずなのに、宇佐見父の脳に昇ってくるのは背徳と快感の波だけだ。罪深い。
 子どもに性器を触られているだけでなく、実の娘にこのような淫らな行為をさせている。だがその交わりが、通常では決して得られない興奮を与えてくれることも知っている。理解せざるを得ない。
「お父さん、私ね」
 純粋な眼差しを受け、次に来る言葉を待つ。
 不意に、可愛らしく「おとうさん」と呼びかけるその唇に、己の怒張を突き入れたい衝動に駆られる。すぐさまその邪念を振り払うも、その影響からか蓮子が告げた言葉の意味を正しい理解出来なかった。
 蓮子は、囁くように言った。
 その、小さく膨れたピンク色の唇で。

「お父さんが射精するところ、見たい」

 何かが切れた。
 ただ行動には出さず、唾を飲み込む程度に留める。だがそれだけで十分とも言えた。
「おちんちん勃起してるから、もうすぐ射精するんでしょ? どうすればいいんだろ、えーと、おちんちんこすればいいのかなあ」
 謎々に答えるような悩ましい響きでもって、蓮子は思うがままに手を動かす。硬く張り詰めた肉棒を握り締め、その柔らかい手のひらで上下に擦り始める。
 尿道口からはポンプのようにとぷとぷとカウパー液が溢れ出し、たちまち蓮子の手のひらを侵していく。とろみのある液体が皮肉にも潤滑油の役割を果たし、一所懸命に肉棒を擦り上げる蓮子の奉仕を助長させる。
「お父さん、どう? さっきよりも、おちんちんおっきく硬くなってる気がするよ」
「う、うん……気持ちが、いいからかなあ」
 娘の指が亀頭のくびれに触れ、背中に電流が走る。気を抜けば、すぐにでも発射してしまいそうだった。
 蓮子も父親の機微を察し、少しばかり肉棒をしごく速度を緩める。その間も、ぬちょぬちょと卑猥な音は絶えず響きわたる。
「きもちいいの? すっごく?」
 頷く。
 そうなんだぁ、と感心したように頷いて、蓮子の手の中でぐちょぐちょに塗れた勃起を改めて観察する。絶え間なく脈動を繰り返す性器の存在感に、蓮子も不意に唾を飲み込む。頬も紅潮しているようだ。
「きもちよくなると、おちんちん硬くなるんだ……じゃあ、もっときもちよくしてあげればいいんだね。お父さんのを」
 どうすればいいの? と上目遣いに答えを求めてくる蓮子に、どんな答えを返せばいいのか苦悩する宇佐見父。だが蓮子の手のひらによる奉仕は実に丁寧で抜かりがなく、んしょ、うんしょと脇目も降らずに硬く熱い肉棒を擦り続ける姿勢は、愛娘でなくても涙が出るくらい感動するというものだ。とろけそうなほど気持ちがいい。
 そして今にも達しそうな理性に制動を掛け、宇佐見父は健気な娘に指示した。
「口で……」
 言ってしまった。
 対する蓮子は、若干戸惑いながらもこくりと頷いた。頭の後ろに引っ掛けている帽子もかくりと揺れるが、不思議と落ちない。
「……うん、わかった」
 がんばる、と力強く頷いた蓮子は、先走り液でべたべたになった手のひらを離し、ぴくぴくと蠢く性器と対峙した。
 ごく、とどちらともなく生唾を飲み込む。
「んぁ……」
 濡れていない方の手で肉棒を固定し、その先端を唇に導く。あーん、と小さな唇をめいっぱい開き、いまだにカウパーを吐き出し続ける亀頭を咥え込もうとする。
「はぁ、んむっ」
 蓮子の唇が、肉棒の先っぽに触れた。
 肉棒の中でも最も敏感な亀頭が、娘のやわらかい唇に挟まれる。その極上の快感に背中を押されて、宇佐見父は咄嗟に蓮子の頭を抱え込もうとする。
 が、先っぽを啄ばんでからどう動けばいいのか分からず、父親に助けを求める蓮子の眼差しを見、欲情に身を任せてはいけないと身を引き締める。
 もう完全に身を任せているような気もするがそれはそれだ。
「じゃあ、次は舌で舐めて……好きなように」
 ふぁ、とペニスを咥えたまま返事をして、蓮子は張り詰めた先端を少し深く飲み込み、その舌でぺろぺろと亀頭を舐め始めた。
「んぅ、れろぉ……」
 にちゃにちゃと湿っぽい音を立たせながら、咥内でペニスをしゃぶる蓮子。ペニスを固定するに留めている手のひらに気付くと、一旦父親に目配せをし、彼が頷くと同時に幹の部分をしごき始める。
 くちゅくちゅ、ぬちゃぬちゃと卑猥な効果音が響き、それにつられて両者の興奮も高まり、手コキとフェラチオの速度も徐々に上がっていく。
「ちゅぷ、んちゅ、んぅ……ぷぁ、お父さん、きもちいい? もうすぐ出そう?」
 快感に顔を歪ませる父親を気遣い、蓮子が待ち遠しげに質問する。一定の間隔で肉棒をしごき上げ、それによってもたらされる快感を父親の表情に見る。気持ちいいのは明らかだった。肉棒もびくびく反応している。蓮子が舐め始めてからは爆発しそうなほどにたぎっている。
 蓮子は、父親の返答がないのは気持ちいいからだと判断し、終わりが近付いていることを察知する。このまま一気にやってしまおうと、意気込みを新たに肉棒を咥える。
「はむっ」
 ちゅるる、と先走りの液を啜り、続けて唇の中にすっぽりと収まるくらいに亀頭を飲み込む。何の技術も心得もないから、とにかく一心不乱に先っぽを舐め、竿の部分を小さな手で懸命にこすることしかできない。けれども、その懸命な奉仕が父親の理性を激しく揺さぶり、ついには腰が浮くくらいの快感を与えているのだ。
「くぅ……」
「んちゅ……お父さん、きもちいいんだ」
 言って、蓮子は空いた手のひらで肉棒を掴んだ。竿が一段と大きく跳ねる。
「じゃあ、射精するところ見せて」
 ぐちゃぐちゃに濡れた肉棒を両手でしごき、その先端を舌だけで舐める。同じ動作ばかりでも飽きるから、蓮子は亀頭の表面だけでなくそのくびれの辺りにも舌を伸ばす。
「れろぉ、りゅ……ちゅ、くちゅ」
 雁首の汚れを落とすような舌の動きも、溢れ出すカウパーに瞬く間に汚される。仕方ないから、蓮子は三度カリを咥え込んだ。
 そして、制裁を加える意味も込め――何より、気持ちいいだろうなと思って――ぱんぱんに腫れた亀頭に歯を立てた。
 すると一気に先端が膨れ上がり、宇佐見父の顔色が変わる。
「くぁ……! 蓮子、蓮子、出るッ……!」
 宇佐見父の手が蓮子の肩に掛かり、じゅぽ、と蓮子の唇から勢いよく肉棒が抜ける。
 直後。
「んぶぅッ!」
 父親の性器から、愛娘の顔面に向けて、大量の精子がぶちまけられた。
 ぶびゅるぅッ、と濁った擬音が鳴ったかのような凄まじい勢いで、白く濁った液体が蓮子の顔全体にぴちゃぴちゃと浴びせかけられる。避ける間もなく精液を喰らい、蓮子は髪の毛や額に降りかかる液体の熱を呆然と味わっていた。
 額に、まぶたに、頬に鼻に唇に、精子と呼ばれる未知の物体が蓮子の顔を襲う。精子の凄まじい勢いに押され、成す術もなくどろどろした液体に侵される。
「ふぁあ……」
 口に近い位置で射精されたから、口の中にもわずかに精液が入り込んでいた。蓮子はそれと知らずに飲み込んでいたけれど、その苦さと粘っこさについ吐き出しそうになった。
「ひぐぅ……うぇぇ、なんか変な味する……」
 咳払いをし、次いで放置されたままの男性器を見やる。
 びくん、びくんと痙攣するたびに、肉棒の奥から精液が溢れ出す。絶頂の瞬間までずっと竿を握り締めていた手のひらには、ぬるぬるとした半固形状の汁が付着している。
 蓮子は白濁液に汚された顔でその液体を観察し、くんくんと匂いを嗅いですぐに顔をしかめる。顔にたっぷりと掛けられたせいもあり、蓮子の身体かなり精子臭くなっていた。
 恍惚とした表情を浮かべ、放心状態にある父親を窺い、ひとまずぴくぴくと蠢いている幹をぎゅっと掴む。父親が呻き、それから肉棒をしごくとまた気持ちよさそうに鳴く。先端は精液で汚れ、川が出来ているようだった。
「お父さん、きもちよかった?」
 宇佐見父は返答を拒み、顔を逸らそうとしても目に入るのはみずからの精液で汚してしまった娘だけである。
 目の中に入れても痛くない娘の口の中に入れてしまった。
 しかし、この期に及んでも純粋すぎる娘の眼差しを受けては、彼もまた、うん、と頷かざるを得なかった。
 そして蓮子もまた嬉しそうに、よかったぁ、と笑うのだった。

 

 

 宇佐見家の風呂場がやや広めに設計されている第一の要因は、宇佐見父がいつまでも娘と一緒にお風呂に入れるようにと考えたからだそうだ。
 彼の切実なる議案を宇佐見母は呆れながらも受諾、その結果が現在における情事の後の洗いっこに繋がっているのである。彼らの因縁は意味もなく深い。
「よーし髪の毛を洗うぞー!」
「うわぁーいってそれ私一人でも大丈夫うぷぁあー!」
 頭からお湯を被せ、有無を言わせず娘の頭をしっちゃかめっちゃかに洗いまくる宇佐見父。汗も涙も白いものも、何もかも洗い流せばいいのだ。あーあーもう何が何だか忘れてしまった。全てはシャンプーとリンスの泡と消ゆるのである。
「うぎゃー! シャンプーが目に染みるー!」
「それくらい我慢しろー! ほれすぐにお湯かけるから!」
「いやちょっとそれも早いからうぷあぁー!」
 ざばーん。
 勢いあまって、排水溝まで流れ落ちる蓮子。
 はははと笑い飛ばす宇佐見父。
 全くもって、清々しいほどの団欒風景であった。
 が。
「でも、おとーさーん」
「んだい」
 蓮子の口調が、当初のそれと同じだったと気付くべきだった。けれども彼はそれに気付くことなく、タイルの上にちょこんと座る娘の言葉を待ちわびていた。
「お父さん、いっぱい射精したよね。子どもの前なのに」
 ぴくッ! と身体が強張る。
 蓮子はにやにや笑っている。
 未熟な姿態をくねらせつつ、父親の身体に擦り寄る。
「実の娘におちんちんをこすらせて、たくさん精子出して、きもちよくなってたんだぁ……」
 変態だね。
 とろん、と厭らしく微笑み、徐々に反応し始めてきた父の性器に手を伸ばそうとする。
 その動作をすんでのところで抑え、宇佐見父はぶんぶんと首を振った。えー、と蓮子は唇を尖らせる。
「……うあぁー! 私はなんてことをー!」
 思い出したように叫び出し、バスルームの壁に頭突きをかます。打撃音にエコーが掛かり、どこかの映画に使えそうなくらい生々しい音が響く。
「うわぁ……おとーさん、そこまで思いつめなくても……」
「うおぉ……あたまいてえ……」
 あらゆる意味で自業自得だった。
 うずくまる父の背中を撫で、蓮子は静かに語り掛ける。
「私は、お父さんにいろんなことを教えてもらいたかっただけだよ。だから、そんなに気にしなくてもいいのよ。うん」
 うぅぅ、と呻き続ける父があまりに不憫に思え、蓮子も二の句を告げられなくなる。けれど、いつまでも親子二人でしゃがみ込んでいるわけにもいかないから、蓮子は父親の耳元にそっと囁きかけた。
「ね、お父さん」
 流石の宇佐見父も、この言葉の後にとんでもない発言が来ることは予測できた。ゆっくりと蓮子の顔を窺い、そこに頬を紅潮させた娘の表情を垣間見る。

「きもちよかったんなら、またしよっか?」

 宇佐見父の敗因は、ここで即座に拒絶せず、溜め込んでいた唾を飲み込んでしまったことに他ならない。その音を蓮子は確かに聞き、父が慌てて首を横に振ったところで何の説得力もなかった。
「まあ、今日のことはお母さんには内緒にしとくね。お父さんも言っちゃだめだよ?」
 こーいうの、近親相姦っていうらしいから。
 呟いて、蓮子は思い切りよく湯船に飛び込んだ。髪の毛に付いていた泡がお湯の波に消え、広めに取られたバスタブを泳ぐ蓮子のおしりが孤島のように浮き出ている。
 ごくり、と二度唾を飲み込み、宇佐見父は己の分身が激しくいきり立っていることを知る。
「うぅぅ……」
 自己嫌悪と性的欲求、家族愛と自己愛の狭間に揺れ動く一児の父は、茹だるような熱さの由来をお湯の熱気に転嫁して、みずからもまた頭から湯船に飛び込んで行った。

 

 


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一日エロ東方

十月七日
(秘封倶楽部 マエリベリー・ハーン)



『スクラムハーツ』

 

 マエリベリー・ハーン。
 通称メリーは金髪碧眼のぱっと見スマートな美貌の持ち主であるが、意外に脱ぐとむっちりしている。いい意味でだ。
 今回はそれを証明すべく、彼女に脱いで頂くことになった。
「いや意味わかんないし……」
 よくあるホテルの一室に、よくあるベッドと照明と集音マイク。鏡もカメラも完備されています。
「……え、いきなり裸なの?」
 監督がこくこくと頷き、男優さんたちが続々と登場する。
 こちらもいきなりビキニパンツ一丁でありまして、各人のパンツの色がそれぞれ違うところに何故か注目してしまうメリー。きっと、先輩と同じ柄のものを選んではいけないという暗黙の了解があるに違いない。きっとそうだ。
「どうでもいいわ……」
 ふかふかのベッドの上で溜息を吐き、わらわらと彼女を取り囲む男衆に目配せする。
「えぇ……もっとこう、心の準備というか……」
 蓮子もいないし、秘封倶楽部は身も心も一緒なんじゃないかしら、と思ったら監督がふふふと笑いながら面の皮を剥がし始める。
 蓮子さんいらっしゃいました。
「メリーのAVは高く売れるわ!」
「え、これ夢よね?」
「夢の世界を現実に変えるのよ!」
「うるさい黙れ」
 ちょび髭をたくわえながらぎゃーぎゃーとわめく蓮子に辟易し、メリーは彼女を仕留めれば強制的に夢がシャットダウンするかな、と宇佐見監督の殺害を決意した。
 が、時既に遅く、メリー包囲網は完成していた。
「じゃあ、遠慮なく犯しちゃってくださーい」
 妊娠させるくらいの勢いでー、と付け足す。
 おいおい生かよ……、と溜息混じりに零せば、わらわらと手を伸ばしてくる男優さんたち。
「えぇ……本気?」
 本気と書いてマジです。
「自己紹介とか……それにほら、意味もなくロケバスに乗ったりしないの?」
「詳しいわねメリー」
「ち、 ちが――」
 弁明する隙も与えられず、乱暴に腕を掴まれる。そこには既に臨戦態勢にある男たちがおり、どいつもこいつもびんびんに勃起したモノを晒している。男性の平均的なサイズなど知る由もないメリーであったが、何となく平均より大きく硬く太いような気がする。あくまでそんな気がするだけである。
 うぶな生娘らしく頬を赤く染めるにも忘れ、メリーは「ほー……」とそれらの精悍な群れに目を奪われていた。
「じゃあこれ舐めてー」
「ちょ、展開がはや――むぐぅぅ!」
 振り向きざま、ペニスを口の中に突っ込まれた。心の準備も前戯も何もなく、頭を抱え込まれ、汗臭い性器が口の中を何度も往復する。
「メリーの口の中、柔らかくて、あったけー……」
 メリーの頭を動かし、性器を頬の裏の粘膜に押し付けたり、喉の奥の壁に擦り付けたりする。唾と先走りの液がぐちゅぐちゅと唇の隙間からこぼれ、苦しそうな悲鳴もまたそこから漏れてくる。
「んぐぅ! ぷちゅ……ふぅ、ひぅぅ! じゅっ、ぷちゅる……んぎゅぅっ!」
「ほら、手が余ってるならこっち触ってよー」
「ふぁう……」
 口の中でびくびくと脈動する肉棒と同期するように、メリーの右手と左手にそれぞれ異なる肉棒が握らされる。どちらも非常に熱くたぎっており、メリーは触れたと同時に手を離してしまった。
 だがすぐに幹の部分を硬く掴まされ、上下に擦れと指示される。先端からは既にカウパーが溢れ出し、瞬く間にメリーの白い手のひらを侵していく。
「ふぁ……くちゅ、んんぅ……」
「あぁ、あっ、気持ちいい……! メリー、もう、もう射精()る! お口、口の中に射精()すよ!」
「んぷぅ!? ひぐぅ、むぁ、んう! ふゃぁ!」
 突然の告白に、首を振る間もなくイマラチオの速度が上がる。口の中で暴れ回るペニスがどんどん硬くなり、咥内が男のモノでいっぱいになる。
 そして、亀頭がめいっぱいに腫れ上がり、舌の上でぴくんと跳ねる。
「あッ……!」
 恍惚とした悲鳴と共に、メリーの口の中に精液が吐き出された。
「んぶぅぅ!」
 どぷどぷと物凄い勢いでメリーの舌に放出され、あっという間にメリーの咥内は濃厚な白濁液で満ち溢れていた。その間も、メリーの頭を抱えながら何度も何度もペニスを動かし、吸って、搾り出して、と懇願する。
 メリーも黙ってそれに従い、窄めた唇で肉棒を扱き上げ、尿道口から最後の一滴まで精液を搾り取る。ちゅぽ、と引き抜かれた肉棒は、赤黒さと白濁液の白さが掛け合わされ、なんともいえない淫猥さに包まれていた。
「うぁ、はぁぁ……メリーのお口、とってもきもちよかったよ……」
「うぁ、うぷ……んくぅ、あく、こくっ……」
 メリーは、口の中にたっぷりと吐き出された精液を、何とか必死に飲み下していた。溜め込んでいたせいか、やたらと濃くて粘ついた液体を飲み込むのは至難の業だったが、これも経験と位置付けてどうにかこうにか涙ながらに苦難を乗り越えた。
「うぇ……まず……」
「それじゃあ、次はこっちねー」
 ベッドの脇を固めていた男の一人が、ゆっくりとメリーに近付いてくる。彼はメリーの股を大きく開き、彼女をベッドに倒した後、徐に己の性器を擦り始めた。
 両手にペニスを掴んでいたメリーは、とりあえずそれらを擦りながら彼に質問する。
「あの、えっと……それからどうするの?」
「問答無用!」
 準備万端、天井を貫くように勃起したペニスをメリーの割れ目にあてがい、みずから腰を押し込む。
「うぃー」
「ちょっと、まだそんなに濡れ――ッ!」
 躊躇いもなく突き出される肉棒を、メリーの襞は何の抵抗もなく受け入れる。メリーは口による奉仕に忙しくて気付かなかったが、メリーの陰部は度重なる雄の匂いに触発された愛液が大量に染み出していた。
 それ故に、突然とも思える異物の進入にも易々と耐えられたのだ。
「ひぅ、あぎぃ……はぁ、はぁぁ……!」
 尤も、メリーの辛さが軽減するかと言えば案外そうでもない。
 下腹部に突き込まれている異物の感触に、自分の大切な部分を行き来している赤黒い質感の肉棒に、つい顔を背けたくなる。が、背けたところで待っているのはおおよそ同じ形状をした肉棒であり、そのうちの二本はメリーの手のひらによる奉仕で既に雄々しく張り詰めていた。
「あ、ふぁ……おっきく、なってる……」
 激しく突き上げられ、次第に瞳も声にもとろみが増してくる。見ようによっては快楽に耽っているようにも見えるメリーの表情に、手コキを受けていた一人が耐え切れずに「うっ」と呻いた。
「メリー、もう、もうすぐ射精るよ……! 顔、顔にかけてあげるから、うぅッ……!」
「え……あぅ、いやぁ……」
 男の手が、ペニスを掴んでいるメリーの手のひらに重ねられ、メリーの手を使って自慰を始める。くびれの部分を中心に弄らせ、赤く火照ったメリーの顔に焦点を合わせた。
 膣をえぐっているものと同じモノを握り締めているという奇妙な感覚に、メリーは眼前に突き付けられている肉棒を避けることも拒むことも出来なかった。
「うぅ……!」
 成す術もなく射精され、精液はずびゅるるッと凄まじいほどの発射速度でもってメリーの顔を覆い尽くす。
 金の髪にも余すところなく振りかけられた精液は、最後の一滴まで丹念に搾り出されてメリーの顔に塗りたくられる。亀頭を頬に擦り付けられ、ぐちゃぐちゃになった手のひらでどろどろの精液を掬う。
「うぅ……うぁ、あぁ……!」
 その間も絶え間なく剛直を捻じ込まれ、片方の手には一本の肉棒が残されている。と、それを意識すると同時に、そちらの男が耐え切れなくなって先程の男と同じようにメリーの手のひらでオナニーを始める。
 自分の手のひらが道具のように扱われ、憤りを感じながらも手の中でぴくぴくと脈打つペニスにわずかな愛しさも覚えてしまう。
「んぅ、ひゃぁ……!」
 下から送り込まれる暴力的な快感に押され、ぎゅうとペニスを強く握り締める。
 その直後。
「うおぉ、射精る……!」
 大きく腰を押し出し、メリーの口元目掛けて勢いよく射精する。中途半端に開いた口にも精液が滑り込み、臭く濁った液体に噎せ返った。
「ぷぁ、けはッ! ごほぉ、うぐ……ふぁ、はぁ……」
 いまだに下半身を貫く違和感はあるものの、手のひらを解放された安堵からか汁まみれの頭をベッドに寝かせる。はぁ、と吐いた息も精子の匂いがするような気がして、メリーは白く染まった腕で顔を覆った。
 だが、絶え間なく繰り返されていた性器の絡み合いにも変化は訪れる。抽送の速度が見る間に増し、男もメリーの腰を掴み、己の腰に深く引き寄せる。
「ねぇメリー、もう(なか)に射精しちゃうけど、いいよね」
「へぁ……? あぅ、いゃ、いやだって……ひゃあん!」
 同意というより半ば強制でもって承認を得た男は、抵抗もなく啼きわめくメリーの膣をえぐり続ける。その繋ぎ目は愛液とカウパー液が混ぜ繰り返されて白く泡立ち、ぐちゃぐちゅと卑猥な音を捻り出していた。
「ひぁ、いやぁ、もうやだ……ぁ、あぶぅぅ!」
「これしゃぶってー」
 何の脈絡もなく、ベッドの脇に立っていた男の肉棒を咥えさせられる。先程と同じように後頭部を抱え込まれ、オナホールのように口の中を好き勝手に嬲られる。
 加えて、豊満な胸をまじまじと眺めていた男の一人が、たまらなくなってメリーの乳房にみずからの怒張を挟み込んだ。
「んぶうぅ! うぁ、んんぅ……!」
「うあ……メリーのおっぱい柔らかいよー」
 張りのある胸の谷間に、赤黒い肉棒が激しく往復する。こちらもまたおっぱいを性具として用い、自身の肉体を欲望のはけ口として扱われていることの怒りと情けなさで、メリーの頭は相当に熱くなっていた。
 けれども、意味のある言葉を発する前に膣の中をえぐられ、喉の奥に肉棒を突き込まれ、胸を嬲られては考えるものも考えられない。余った手はまた勃起したものを掴まされ、メリーは抵抗する気力さえも失いかけていた。
「じゅるぅ……ちゅぷ、じゅぅ、ぷちゅ……!」
「おぉ、メリーも乗ってきたねー……うぉ、それいい」
 自分から積極的に頭を動かし、口に含んだ肉棒を刺激する。手のひらに感じる肉棒の熱も、口に広がり鼻に抜ける臭い匂いにも慣れてきた。もうこうなったら、行き着くところまで行くのみである。
 と、心を決めたそのとき。
「メリー! 射精る、膣に射精すよ……ッ!」
 ふぇ、と気の抜けた答えを返す間もなく、男の身体ががくがくと揺れる。腰を引き寄せられたメリーの身体もびくびくと揺れ、子宮の奥から脳髄の先まで電流が駆け上ってくる。
「んうぅ! ぷちゅ、んんぅ……!」
「あ、あッ……!」
 ぐ、と一際強く膣の奥に突き出され、メリーのいちばん深いところで男が絶頂を迎える。
 とくん、とくん、とメリーのお腹から確かに射精の脈動が響き、彼女は不意にお腹を触ろうとしたけれど、その位置にはおっぱいでペニスを扱いている男がいたからどうにも不可能だった。
 舌打ちをしようとして、口に含んでいるペニスを浅く噛んでしまう。浅く男が呻き、続いてメリーの膣内に射精を続けている男が恍惚とした声を漏らしていた。
「うぁ……メリーの膣、すげえきもちいい……ほら、次」
 硬さを失った肉棒を引き抜き、精液で満たされたクレヴァスから白濁液が逆流する前に、新しい肉棒がメリーの膣を犯す。
 ズン、と重苦しい衝撃がメリーの内側に浸透し、一瞬メリーの意識が朦朧となる。
「おぅ、すごい締まる……!」
「こっちも射精すよ……! メリー、全部飲んで……ッ!」
「うぷぅッ……!」
 後頭部を引き寄せると同時、喉の奥に突き込んだ亀頭から食道目掛けて精液を叩き込む。息苦しい、と涙ながら首を振っても、その動きがまた敏感になった肉棒を刺激し、男の快感と心地よい射精を促す。
「くあぁ……ふう、メリーの口は最高だな……」
「うぐぁ……うく、こく、んく……」
 射精してもなおいきり立つ肉棒に口の中を掻き回されながら、メリーは口の中に溜まった精液を次々と飲み込む。苦く、濃ゆい白濁液を嚥下しながら、下腹部に感じる灼熱の衝動に目が眩む。
 ぷちゅ、と猛り狂ったままのペニスを吐き出せば、相変わらず立派な双丘を堪能している男の表情も厳しいものになっていた。膣にペニスが突き入れられるたびにたぷたぷと揺れるおっぱいを押さえながら、あくまで自分のペースでパイズリを味わっている。
「……もう、いいんじゃない?」
 メリーはそう宣告し、ゆったりとした速度で行き来している亀頭を舌で舐めた。
「うく……ッ!」
 そこであっさりと耐え切れなくなり、男は腰を押し出すと同時に大量の精液をメリーの顔にぶちまけた。
「ひぁ、あ……たく、どいつも、こいつもぉ……ふぁ、ぐちゃぐちゃ……」
 乾き始めた精液の上から新しい精液を注がれ、額や頬を流れる白濁液が黄ばんだ川を作ろうとしていた。
「まだ、こっちは終わってないよ……!」
 ぐわん、とメリーの襞を掻き分けるように肉棒を突き出し、その先端を子宮口に押し付ける。
 先程のペニスとは太さも硬さも長さも段違い、深いところは子宮口に当たり、その気になれば門さえも突破するだろう。メリーは息を飲み、口の中に残っていた精液の苦味に顔をしかめる。
「ひぅ、うぅん、やぁ……」
「声が色っぽくなってきたよ……じゃあ、そろそろスパート掛ける?」
「ゃ、やだ、ぁ、まだはや――ッ!」
 男の手がメリーの胸を掴み、その勢いで抽送を速める。膣が焼き切れるような刺激に、メリーの目から珠のような雫がぽろぽろと零れる。
 痛みなのか苦しみなのか、はたまたそれを越えた快楽なのか判然とせず、堕落を逃れるために顔を背けるとそこにはビデオカメラを回している蓮子の姿があった。
「メリー、いい顔してるわよぅ」
「うぁ、み、見ないでぇ……ひぐッ、れんこも、犯されちゃえばいいのに……あぅ、やあぁ!」
 ずちゃ、ぶちゅ、と水気に溢れた音が響き渡り、次第にその間隔も狭められる。男がメリーに覆い被さり、ピストンの速度を一気に加速させた。
 何度も何度も膣をえぐられ、子宮口に亀頭を叩き付けられ、メリーはもはや何も考えられなくなっていた。意識が明滅し、視界が白く染まる。
「ぐうぅ……! もう、射精る……!」
「ひゃぅぅッ!」
 両者の興奮が最高潮に達し、男の腰が一際深く突き入れられ、メリーの子宮口に亀頭がぶつかる。
 そして、我慢の限界を越えた肉棒から発射された精液が、メリーの子宮に容赦なく注ぎ込まれる。どぷッ、ぐぷぅ、と濁り切った音がお腹の中に響き、メリーは浮かされた頭のまま下腹部を擦った。
 もう、何も考えたくない。
 深く突き入れられた肉棒は、萎えることを知らぬまま精液を吐き出し続ける。性器の繋ぎ目からは、前回のものと併せて大量の白濁液が逆流していた。シーツを汚し、メリーを汚し続けていた精液に塗れ、メリーはただ呆然とベッドに身を預けていた。
 ようやく肉棒が引き抜かれた頃には、メリーはお腹を押さえてぐったりと倒れ込んでいた。
 呆けたように呼吸を繰り返し、ベッドを取り囲んでいる男たちが一斉に自慰を始めたことにも気付かない。不覚だった。
「あふぅ……うぁ、え?」
 メリーがその異様な光景に気付いた頃には、赤黒い猛ったペニス、皮が被ったままのペニス、大きく反り返ったペニス、へその辺りまで伸びたペニス、それら全てのかちかちに勃起した男性器が、寝転がったメリーの身体に精液をぶっかけていた。
 熱く、この期に及んでも尽きることのない濃厚なミルクを浴び、メリーは泣きたくなった。
「ひゃぅ……! やぁ、もうやだよぉ……ゆるしてよぉ……」
 ぽろぽろと零れ落ちる涙も男たちを欲情させる一因となり、またたっぷりと精液を浴びせかけられる。顔からおっぱいからお腹から太ももから、おおよそ白く染まっていないところはないとでも言うように、メリーは白濁とした海に溺れていた。
 最後の一人が、メリーの唇でペニスに付いた精液を拭き取る。メリーも自棄になって、ちゅるぅと精液を舐め、「やだもう……」と呟くように嘆きの声を上げた。
「メリー……」
「ふぇぇ……ひぐ、うぅ……」
 しくしくと静かに泣くメリーの肩を叩くのは、何を隠そう宇佐見監督である。ちょび髭が似合っているようなそうでもないような、いずれにしても微妙なアクセントである。
「か、監督ぅ……」
 分かってるわよ、と勝利のサムズアップを行い、宇佐見監督はメリーのおっぱいを揉みながら高々と宣言した。

「じゃあ、次はおしりのあな行っちゃおうか!」
「てい」
 ごきっ。

 宇佐見蓮子監督、享年2×歳。
 遺作、『メリーちゃんのひつじ』

 

 

 朝日と共にメリーは目覚め、傍らに蓮子が眠っていることを知る。
 昨夜、よく分からない衝動に駆られてメリー宅に襲撃してきた蓮子をオムライスの名の下に懐柔し、寝床を提供することにより休戦協定を結んだのである。何の戦いかは知らない。今際の際におっぱいがどうこう言っていたが、メリーが確認するに自分の乳房がどうこうなったというわけではないらしい。
 いつもように、大きかった。
 ただそれだけのことである。
「うわ……あの夢……」
 おっぱいから昨夜の白濁とした夢を連想し、不意にベランダから飛び降りてしまいそうになる。欲求不満なのだろうか。でなくても作為的なものを感じる。
 メリーは、ふと思い付くところがあり枕の下を探る。
 すると、そこからまろび出てきたのは一作のビデオテープ。
 その名も、『メリーちゃんのひつじ』。
 実に白濁としていた。
「……あぁ……」
 メリーは頭を抱え、隣ですやすやと眠り込んでいる蓮子を見下ろす。
 とりあえず、パジャマの裾から彼女のおっぱいを生で触り、その大きさに苦笑する。しかし触り心地はなかなかのものだった。非常に柔らかくすべすべしており、男が悦びそうである。
「ふん……蓮子も、犯されちゃえばいいんだ」
 証拠隠滅、蓮子のパジャマを整え、名残惜しいからパジャマの上からおっぱいを揉む。訂正、揉むと言うには若干ゆとりが感じられなかった。ごめんね、と悪びれもせずに謝罪する。
 それから、メリーは深呼吸をした後、意を決してビデオテープを振り上げ、思いが導くままにその角を蓮子の額に叩き付けた。

 

 


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一日エロ東方

十一月六日
(友情出演・毛玉)



『君は我が誇り』

 

 紅魔館を取り囲む広大な湖では、名も無き無数の毛玉たちが毎日毎日飽きることなくぽんぽんぽんぽん発生しては撃墜されたり消滅したりしている。
 彼らに意志と呼べるものはなく、ただ浮かび、ただ撃つ。それらは時に意味を成す弾幕となり、要らぬ厄介を招くことも往々にして存在するのだが、そんなことは知ったこっちゃねえとばかりに彼ら――もしくは彼女たちはぽんぽこぽんぽこと生まれて出でて砕け果てるのだった。
 朝に起きて夕べに骨となる故事に似て、その一生は実に儚い。
 だが無論彼らに同情するものはなく、時折毛玉の生態を調査するためにどこかの魔女や医者が気紛れにサンプルを採取する程度である。通例、毛玉は幻想郷を行く者の通行を邪魔するため、大抵は呆気なく撃ち落とされる。それだけならまだよいが、前述のように実験材料として用いられたり、湖を根城としている氷精に意味も無く凍らされたりするのならば、いくら意志なき物体と言えども、流石に沈黙を守り続けていることは出来ないであろう――。
 そして、紅魔の湖。
 館の偏執的な紅色が湖面に映り込み、蒼天であろうとも湖が紅く染まることから紅魔湖と呼ばれることもあったりなかったりするけれど別にそんなことはどうでもいいから湖の底にいるとかいう恐竜の化石でも採って来てくれないかしら暇だし、ネッシーでも可、などという指令を受けながらも結局は有耶無耶にしている咲夜にはかなり瑣末な事柄であった。
 紅魔湖だからコッシーじゃないのか、とも思うがどうでもよい。
 だが美鈴はたまに潜って探しているらしい。暇だから。
 さても紅魔湖の上空には数知れない毛玉がふよふよと浮いているのであり、それらの合間を縫うように氷色の羽をはためかせて飛んでいるのは氷精のチルノである。
 ジグザグに飛行している理由は毛玉がなんとなくそんな配置だったからとしか言いようがなく、チルノにとっては面白ければ何でもよいのである。
「ごぉーる!」
 中途半端な発音と共に、適当なゴールラインが引かれた紅魔館の門をくぐり抜ける。ちなみに門番はダイビングに夢中。
「よーし! この調子でごちゃごちゃしている家ん中にもあたいのオブジェとか作っちゃって――!」
「お帰りはあちらから」
 時を駆ける従者にぺいっと放り出され、チルノは渋々紅魔館を後にする。去り際に、
「年齢不詳ー!」
 とよく分からない罵倒を残し、きっちり後頭部にナイフを刺されたまま戦線を離脱した。ナイフ回収し忘れたわ、と悔いる咲夜の姿が紅魔館の門前にあったとかなかったとか、「生きたアンモナイト見つけましたー!」と満面の笑みを浮かべて湖から上がってくる美鈴の処遇を思えば、悲しいことにわりとどうでもいいことであった。
 紅魔館からお引取り願われたチルノは、再び湖上に浮かぶ無数の毛玉たちと相対する。たくさんいる。中には何の気なしに弾を撃つ輩もいる。同士討ちから打ち返し弾に繋がってぽふぽふと連鎖しまくったりもしていた。
 呑気な風景であった。
「……ふっ」
 チルノは不敵に笑う。
 その拍子にナイフが抜け落ち、紅魔の湖に銀の凶器が着水する。
 スカートが風にあおられ、湖面にはスカートの中身が映っていること請け合いだが毛玉にそれ相応の知性と表現能力が備わっていない点はもはや疑いようもなく神の誤算であった。
 たとい、その中身がドロワーズであったにしてもだ。
 チルノはわめく。
「あんたら覚悟しなさい! このあたいの華麗なる天才な礎とかそのあたりになるために、大人しくお縄をちょうだいするのよ!」
 亀甲縛り、という単語を発しないところが彼女なりの成長を窺わせた。教えたのは美鈴。
 チルノは颯爽と腕を掲げ、意気揚々と宣言する。

「そうごんなるせんりつとゆうげんなるだいちのはざまにわれはせいひつなるくさびをうちつけよう!
 『パーフェクトフリーズ』!」

 とりあえず格好の良い言葉を羅列すれば何とかなるだろうという考えが透けてみえる前口上だったが、今回に限れば綺麗にスペル宣言に持ち込めたようだった。台詞の意味は大妖精と美鈴に考えてもらったのでちんぶんかんぷんだったが、まあ格好よさげだったのでチルノ的にはとても満足している。噛まずに言えたから尚更だ。
 前口上がなくてもスペルは勝手に炸裂するものであり、チルノがあれこれ言わずとも力を放てば毛玉は凍る。
「へっへー。大成功ー」
 普段、蛙に施している氷の鎧を毛玉に与え、そのうちのひとつを手に取る。チルノの周囲に展開されていた冷気の檻は、毛玉たちを閉じ込めたまま音もなく消失し、チルノの手に掬われた一体を残し全ての存在が湖に落下した。
 星屑が湖に落ちるような光景に目も暮れず、チルノはふよふよと移動しながら手の中にある冷凍毛玉をしげしげと眺める。
「おー……我ながら、なかなか上手く出来てるじゃん。天才」
 チルノは己を褒めて伸ばすタイプである。
 あまり周りから褒められないから仕方なく自分で自分を褒めているフシもあるが、それに気付くと悲しくなるからもう最初からこういう性格でいいじゃんかと思っているところもある。
 氷の珠となりその内側に閉じ込められた毛玉は、生きたまま閉じ込められた化石と呼ぶに相応しい。今にも動き出しそうな珠を眺めながら、チルノはしばし己の凄さを噛み締め。
「実験は、第二段階に移行する……」
 それなりに荘厳な口調で呟き、だらしなく浮かんでいた身体を空中に縫いとめる。
 空を泳ぐ風が彼女の髪をなびかせ、辺りに漂う不穏な冷気が彼女の中心にして渦を巻く。
 そしてチルノは無邪気に唇を歪ませたまま、手のひらに乗せた珠をふわりと宙に投げ、それが最高点に達した瞬間。

蘇生(リバース)!」

 毛玉を、氷の甲冑から解き放った。
 パキン――と乾いた音が響き、ふわり、ふわりと、ぬるま湯のような風に煽られ、右往左往する毛玉がそこに在った。
 実験は、無事に成功した。
 毛玉はチルノの手のひらに帰らず、自我があるのかないのかやはりふよふよと漂いながら何処かに飛び去っていく。チルノはそれを目で追うことはせず、ただ、勝ち誇ったようにくつくつと肩を震わせていた。
 実験は、成功した。
「ふ……ふふ、ふはははは……!」
 チルノは大笑する。
 言葉を変えると、馬鹿笑いである。
「いける……ッ! これなら、いつもあたいをバカにしてる奴らをギャフンと言わせることが……!」
 チルノの中枢においては、蛙に限らず毛玉やら何やらを冷凍して無事に解凍できるとなんかものすごいという理論が正式に成り立つ。無論、誰にでも出来る業ではないからチルノがそれなりの能力を持っているのは自他ともに認めるところだが、だからと言って霊夢や魔理沙や咲夜級の弾幕兵器に勝てると問われれば話は別だ。
 そうとは知らず、チルノは余裕綽々と腕を組む。
「見てなさいよ……明日から、あんたらは枕をなんかで濡らす毎日を送ることになる……」
 肝心な箇所を忘れた。
 いまいち締まらないのが彼女の良いところでもあるから、間違いがあっても訂正する者は少ない。ただ単に馬鹿にしているだけなのかもしれないが、その真偽は闇の中にある。
 実験が終わり、わりかし上機嫌なチルノはふんふーんと鼻歌を歌いつつ、あいつら来ないかなーとそこいらを飛び回っていた。
 そう都合よく来るとは限らないのだが、それならそれで「あたいの不戦勝ね!」ということで自己完結するから非常に楽である。
 だが、今回はそのどちらにもならなかった。
「あーたいのおーかあーちゃんはーぼーいんだぜー……とー、んぁ?」
 出所不明の歌を中断し、湖上に浮かぶ無数の点を見やる。
 ひとつひとつは小さい雀でも、それらが百や千、あるいは万の軍勢をもって現れたなら驚愕するより他にない。今回は、雀にあたる存在がそこいらに漂っているはずの毛玉だったというだけの話であり、無論、その標的は。
「……近付いて、くる?」
 チルノであった。
 呆然と、事の行く末を見守るしかない彼女も、ぐごごごごごとそれっぽい擬音を発しながら接近する白き毛の玉の群れに相対しては遁走する以外に道はなかった。
 恐るべきは太陽の光すら覆い隠す雲のごとき密度、その厚さだ。 迫り来る毛の壁は、事ここにおいて自我のない物体とは思えぬほどの統率を見せ、毛玉研究の第一人者であるパチュリー・ノーレッジ教授(仮)がこの光景をたまたま目撃して喘息により卒倒した。原因は、毛玉から発せられる微細な毛の混入によるものと思われる。毛玉が壁になっているところはあんまり関係ない。たまにあるのよね、と後に教授は語った。
「げぇ……」
 万事休す。
 紅魔の湖が白く染め上げられる。
 だが、チルノは退かなかった。
 恐怖はある。絶望もある。それでも、己が氷精である限り、何よりチルノという命ある存在として。
「負けて……たまるかぁー!」
 咆哮した。
 圧倒的な数の暴力に屈せず、ただただ己の道を突き進む。
 愚鈍にして我流、直情にして奔放な妖精はしかし、確かに己の道を切り拓くべく大きな一歩を踏み出した。
 右手に再び冷気を携え、強大すぎる敵に目を逸らさず、頑として立ち向かう。
 そして、チルノは唱えた。

「そうぎょんなるせんりちゅとゆうげんなるだいちのはざみゃにゃあぁぁぁ――ッ!」

 舌噛んだ。
 その機を逃さず、チルノに襲いかかる無数の毛毛毛毛毛毛蟹毛毛脇毛毛毛毛脂…………。

 ――チルノ、沈黙。

 

 

 チルノが目蓋を開けるとそこは白壁に覆われた密閉空間であり、記憶と感触を照合するとこれはやはり毛玉の内部ということになるらしい。
 チルノは愕然とした。
 けれども床も壁も天井もふわふわもこもことしているから何となく心地がよかった。
 ふにゃあ、と頬が緩む。
「……はッ! これはもしかして敵の罠ね……騙されるな、騙されるなあたい!」
 丹田に力を込め、ふわもこな感触に懐柔されぬよう懸命に努める。
 だがそれも一分持てば良い方で、それ以降のチルノは毛玉の床にぐでーんと倒れ伏していた。脱出方法も分からず、何とはなしに良い気持ちだからしばらくこのままでもいいかなーと適当に考える。
 空間そのものは、チルノが直立し、寝転がってじたばたできる程度の広さである。チルノの能力を使えば現状を打開することも出来ないはずではないのだが、さっきの決意はどこへやら、即座に懐柔されるチルノなのだった。
「ふゃあ……」
 蕩けるような表情で床の毛玉に頬擦りしていると、何処からか、ひゅるりと舞い込む一本の毛。
 毛玉の一部にしては異様に長く、紐というよりか縄に近い太さである。それらが一本、二本、三本とチルノの周囲を蠢き、「ふぁ?」とチルノが顔を上げるのと同時、有無を言わせず彼女を縛り上げた。
 まさかの早業である。
「え、えぇ!? うぁ、ちょっ、ちょっと待ってよ!」
 毛玉は待たなかった。
 こうなると毛玉よりも触手に近い。それ故に気持ち悪さも去来するチルノであったが、元は毛玉の白い毛であることを考えると、まあそう大したことにはならないんじゃないか、あたいグレートだし、などと軌道修正してどんと構え直す。
 手足の自由を奪われ、なおかつ毛玉の触手が腕から足からチルノに這い寄ってくる。
「……あ、あれ?」
 これは、ちょっとまずいんじゃないか。
 チルノは焦った。
 だが、勝機はもはや遅きに失し、触手は十本を越えた頃になってようやく、チルノは己が過ちを犯したことに気付いた。
 ――やべ。
「ごめ、ちょっと待っ――んあぅ!」
 引き裂かれる衣装。
 鞭のようにしなる毛玉触手は、薄い布の一枚など初めから存在しないかのように軽々とチルノの服を破り捨てる。何故か標的となる部分は胸であったり太ももであったりあるいは頑なに閉じられた蕾であったりする。局部とも秘部とも言う。
 手足の自由が利かず、能力を使おうにも反撃の暇すら与えられず、チルノはただ度重なる屈辱に耐えながら、くっと唇を噛み締めていた。
 哀れ幼き氷精は、丸みの帯びた素肌を惜しげもなく晒されていた、腕と足に一部の布かわずかに引っかかっている程度で、頭のリボンと赤い靴だけが損傷を免れている状態だった。
 羞恥から、チルノの顔が紅潮する。
「くそぉ、なんだってのよ……言っておくけど、あたいはこんなごーもんには屈しないんだからー!」
 声高に宣言し、すぐさま腋をくすぐられて面白いくらいに笑う。
「きゃぅ! ふあ、ぁう、あは、ははは! ひゃう、やだっ、やめなさい……てぇ、きゃははは!!」
 されるがままだった。
 両の腋をこちょこちょとくすぐられ、涙がぽろぽろとこぼれるくらい馬鹿みたいに笑わされる。呼吸もままならないくすぐりの刑は、まさしく拷問と名指されるに値する。
 だが、毛玉の逆襲はそれで終わらない。
「ふゃ、ひぃあ……あはは、はぁ……あぅ、あんたらぁ……」
 疲労の感じられる吐息には、怒気よりも羞恥の方が多く滲み出ている。チルノは裸だ。いくらなんでも裸は恥ずかしい。たとい妖精がどんなに幼く見えると言っても、赤ちゃんはコウノトリに運ばれてくるんだよ、へーふうんコウノトリっておいしいの? などという可愛くも食い意地の張った会話はとっくの昔に通り過ぎている。
 妖精に生殖機能があるのか、という話題は一旦横に置く。
 呼吸をするたびに、未発達な胸部が小さく上下し、ぴったりと閉じられた割れ目もひくひくと震える。
 その意味が分かるのか分からないのか、チルノは羞恥心を紛らわすためにぎゃーぎゃーと咆えた。
「このー! いつまでもレディーにこんな恥ずかしい格好させてるんじゃないわよー! ぁ、あんたらなんて全ッ然こわくないんだから、さっさと殴るなり蹴るなり好きにすればいいじゃな……あ、これは別にやれって言ってるわけじゃないんだから! というか解放するならすればいいわよ! あたいも嬉しいしそうすると吉」
 毛玉は動かない。
 毛に囲まれた密室は通気もよく温度も一定に保たれている。故に裸であってもくちゅんと可愛いくしゃみをすることもなければ、防音性にも優れているから大妖精にチルノちゃんかわいいーとからかわれることもない。
 一が全、全が一の毛玉を睨み付ける。
 だが、流石の氷精にも背中に目は備えていない。
「――わきゃあっ!」
 首筋に絡まる糸のような紐のような、結局は縄というところに落ち着いたのだが、その白縄はチルノの細く透き通った白い首を蛇のようにぐるぐると伝い、執着地点として薄いながらもぷっくりと膨らんだ形のいい唇を選んだ。
 ちなみにこの縄、触手を数本編み込んだおかげでチルノの口に収まるか収まらないかと言った太さにあつらえてある。何故かは分からないが、そうした方が苦しいと思ったに違いない。
 その、特定のモノを想起させる形状の触手に這い寄られるのは、普段から気丈に振る舞っているチルノに大いなる恐怖を与えた。
 こういうところは女の子らしいのだが、こういうときに女の子らしさが出るのは些か不憫であるようにも思う。
「いや、やだ……やぁ、うぅんッ!」
 毛玉は止まらない。
 チルノの口に触手が突き込まれ、彼女が呻き声を上げると同時に、他の触手もわらわらとチルノに擦り寄ってくる。
 二本は胸に、二本は股間に。中には再び腋をくすぐり、背中の筋を撫でたりお腹や太ももを軽く締め上げたりするものまでいる。チルノの手のひらにはやはり触手が握らされ、逃げようとしても指と指の間に無理やり細い糸が絡み付く。
「んぅ、うぷぅ……! じゅぅ、うぅん……!」
 チルノの咥内を前後に往復する触手は、少女の唾液にまみれててらてらと輝いていた。苦しそうに顔を歪めるチルノは、もはや触手を噛み千切ろうという意志すらなかった。
 身体が熱い。
 乳首が糸によって締め上げられ、割れ目に沿って糸が擦られている。二の腕や太ももを撫でる触手はごまんといるし、靴が放り出されてからは足の指まで糸に嬲られている。
「ふあぁ……あぶっ、ぐじゅぅ……」
 蕩ける。
 指先は隠れた性感帯だ。剥き出しの恥部を余すところなく刺激されれば、その気がなくても不埒な衝動に誘われてしまう。
 チルノもまた、その例外ではなかった。
 あたまが、ぽーっとする。
「ちゅるうぅ……ぷぁ、う……なに、なんなのこれぇ……」
 触手が口から引き抜かれ、犯されていた唇が恍惚とした言葉を吐く。唇に垂れた唾を舌で舐め取り、今まで咥内を埋め尽くしていた触手を呆然と眺めている。
 太く、男性器に似たモノが己の口を嬲っていたかと思うと気が気じゃなかった。だが、いやらしい想像を振り払う余地も与えられず、股間を撫でる糸の勢いが増す。
「うやぁ……! やめ、ヘンなとこ、触んないでよお……」
 意図せず、鳴き声がもれる。
 全身に白い触手が這っているから、どこが刺激されているのかチルノ自身も判然としない。だが、最も強く求められているところがどこなのかは、不幸にも理解してしまっていた。
「ほんとに、だめなんだから……」
 開拓されていない恥部から、蜜は出てこない。興奮していることは確かだけれど、表面的な刺激だけで無垢な姿態をこじ開けるのは難しい。
 毛玉にも本能はある。
 最も原始的な本能――いわゆる生殖・増殖の欲求は、自我や意志と言った定義を超越し、どうにかしてチルノの秘壺をいじくりまわさなければならないという使命に昇華した。
 毛玉の触手が、チルノの股間に吸い付く。
「ひゃあぁ!」
 無論、潤滑油のない穴に男性器を模した棒が侵入する隙間はない。だが毛玉は瞬時に縄を解き、細い毛の状態に戻してから再度チルノの秘部に突貫した。
 するり、とチルノの(なか)に糸が挿入される。
「――んうぅぅ!」
 びくん! と身体を震わせ、今、自身に何が起こったのかを確認する。乳房と呼ぶには平坦に過ぎる胸は相も変わらずふにふにと触られているものの、先程の刺激と比べるとまだまだ甘い。
 チルノは、実感せざるを得なかった。
「だめだよぉ……そこは、あかちゃんができちゃう……うぁ、あぁん!」
 啼く。
 細い糸はチルノの膣を掻き分ける。何人たりともその侵入を許さなかった鉄壁の防御も、蟻の入る隙間さえあれば容易に瓦解するという典型的な例だった。
 目的は開拓であるから、無限に絡まる糸に飽かせて狭く引き締まる襞をひとつひとつ丹念に拡張させ、そのたびにチルノの唇から艶やかな悲鳴を搾り出す。
 じゅるじゅる、ぬぷぬぷ、と体内を侵食される実感を得ながらも、チルノは荒く呼吸を繰り返すだけで精一杯だった。ただ、身体が熱く、股間から蜜のようなものが漏れ出ているという感覚は、知りたくもないのに容赦なく突き刺さってくる。
 徐々に、糸がチルノの奥に入り込む。
「ふぎゅぅ……なんか、ヘンなの……」
 得体の知れない衝動が駆け上り、のぼせ上がるチルノのあたま。
 次第に、胸を嬲られていることにも違和感を抱かなくなる。
 膣を埋め尽くすくらいに入り込んだ糸は、やがて、ひとつの隔壁に辿り着く。
 膜、である。
「――うぁッ! ちょ、それだめ! ほんとにだめー!」
 色気のない切実な悲鳴も厭わず、触手はうねうねとチルノの膣を掻き混ぜる。膜は傷付けず、ただ快感だけを増幅するように襞を掻き分け、人間には出来ない繊細な蠢動を試みる。
「うぅん……やから、らめだってぇ……えぅ、ふぁ……」
 激しさはないが、自身の最も恥ずかしいところを掻き混ぜられている羞恥と快感に気圧され、チルノは舌を出しながら蕩けるような台詞を吐く。
 すると、突然、膣の中で糸が急激に膨れ上がる。
 秘口に近いと言えども、そこがチルノの内側であることには変わりなく。
「んぅぅ! あ、ぁう、ひゃあぅぅ――!」
 身体を仰け反らせ、びくびくと痙攣するチルノ。
 快感が一度頂点に達し、チルノの膣から潮が噴き出す。頭の中が真っ白になったチルノは何が起こったか分からず、ただ、自分が自分ではなくなってしまったような気がして、でも何故だか無性に気持ちがよくて――どちらに天秤を傾けるべきなのか、逡巡した。
 膨れ上がった糸も、チルノが達したと見るやすぐさま細身に戻り、チルノの膣から撤退する。チルノの呼吸は未だに荒いままだが、自身の身体から溢れ出ている淫靡な液体から目を背けようとしていた。
「はぁ、はあ……んく、んう……」
 小さな豆は何かを求めるようにひくひくと震え、硬く閉じられていた割れ目も今やその内側の肉質が垣間見えるくらいに広がっていた。
 胸をこねていた触手も少女の身体から離れ、身体を撫でる触手がみなチルノから離脱する。
「あ……」
 途端、どこか物足りなさを感じてしまう。
 毛玉の密室にあり、だらしなく愛液を垂らした妖精がひとり。なんでこんなことしてるんだろう、自己嫌悪に駆られながら、一度熱くなったあたまは冷えることなくじゅくじゅくと沸騰し続けたままだ。
 何より、あの感覚が忘れられなかった。
 ごくん、と唾を飲み込み、眼前にふらふらと漂っている触手の群れに焦点を合わせる。
 ――なに、言おうとしてるのよ。
「……もう、終わり……?」
 背反する意識の中、チルノは物欲しげに呟いた。
 毛玉は答えない。
 チルノも、先程の膜を越えればもう引き返せないことは知っている。それから先は、生殖のために毛玉を受け入れる器になり下がるだろう。
 けれど。
「ね、ねぇ……」
 物足りない。
 刹那的な衝動であろうとも、疼く欲望に抗う術を知らない。
 きもちいい。
 もっと味わいたい。
「もっと……もっと、してよ」
 それだけが、チルノの頭を埋め尽くしていた。
 触手が揺れ、そのひとつがチルノの唇に擦り寄る。ふあ、と幼さと裏腹な艶かしい吐息がもれ、みずから舌を伸ばす。ちろちろと触手を舐め、それが咥内に突っ込まれても文句ひとつ言わずにそれを愛しげにしゃぶる。
「ちゅ、んぷぅ……」
 蕩けそうだった。
 瞳に宿した光は生ぬるい輝きを放ち、頬を染める赤は内側から這い出た恍惚の色だった。
 そして、ひとつの触手が、陰茎の形を維持したままチルノの秘部に近付き、
「あ……」
 チルノの膜を突き破るように、一気に膣の中を分け入――。

 

「こんなところにいたんだ」

 

 声と共に、壁が割れる。
 それはクナイの群れであり、濃縮された弾の群れでもあった。ただ一点に集中された弾丸は白い壁を突き破り、今まさにチルノを突き破ろうとしていた触手もろとも跡形残らず消し潰した。
「……んぁ?」
 口から触手が抜け、チルノはぽかんと口を開けたまま壁の向こうを眺める。
 そこには、緑の髪を片側で括った妖精の姿があった。
「ここまで来るのに、時間がかかった。でも、これでおしまい。夢は終わる。永遠に」
 どこぞの従者を思わせるように、大妖精は片手の指に四本のクナイを挟み込んでいる。計八本、だがそれは威嚇に過ぎないのだろう。現実は、更に過酷である。
 毛玉にも免疫作用があるのか、じゅくじゅくと音を立てながら壁の修復を試みる。
 だが、大妖精はにっこりと笑う。

「無駄よ」

 彼女がクナイを振るう。
 それらはチルノを拘束していた触手の全てを切り裂き、未だ現実に追いついていないチルノを強制的に目覚めさせた。
 ぶみゃ、と裸のまま地に落ちるチルノを抱え上げ、大妖精は高らかに宣言した。
 自身の、ではなく、協力者のためのスペルを。
「お願いします」
 そして、協力者は言った。
「はーい」
 気楽に、異常現象の全てを四散する弔いの言葉を。

「色即是空。
 『彩雨』」

 煌びやかな光が、白い檻を散り散りに引き裂く。
 七色の雨はやむことなく毛玉の集合体を切り裂き、二人を傷付けることなくただ巨大な檻だけを滅茶苦茶に壊し続ける。
 時折、逃げ惑う毛玉の姿も見受けられたが、それらのひとつひとつを大妖精がクナイで打ち落としていた。笑顔だった。
 そうして、原色の嵐が過ぎ去り、現場に毛玉の残りかすが確認できる頃になってようやく。
「……あぁぁ!?」
 チルノは、自身が裸のまま放り出されていることに気付いた。

 

 

「もう、心配したんだよチルノちゃん。探してもどこにもいないし、意味わかんないくらい馬鹿でかい毛玉の塊が転がってるし、美鈴さんは湖の中で水竜追いかけてるし……」
「あー、水竜は仕留め損ねたけど、シーラカンスならいたよ?」
 いる? と生きた化石を突き出されるがチルノは首を振った。
 今は大妖精に借りた丈の長いシャツをまとい、それをぎりぎりまで押し下げてなんとか大事なところが見えないよう努めている。
 顔は真っ赤だった。
「……で、なんであんたは水着なのよ」
 美鈴はビキニを着ていた。髪と同じく、感心するくらい赤い。ちなみにシュノーケルもある。
 なまじスタイルが良すぎるくらい良いので、シャツ一枚のチルノと比較すると非常に好対照である。
「いやあ、お嬢様に化石見つけてこいって言われてたからー。あ、シーラカンスが駄目ならアンモナイトもあるよ?」
 生きてるし、と再度突き出されるばかでかい貝にも興味はない。本当に貝かと疑いたくなるのは、その貝が口に当たる部分からぺぺぺっと針を吐き出したこともひとつの要因であるが。
 とにかく、触手の類は見たくなかった。
「はずかしい……」
 砂浜にうずくまり、先程の痴態を思い返して泣きそうになる。
 最後はみずから求めてしまった。恥辱、ここに極まれりである。
 頭頂部からぶすぶすと白い煙を上げるチルノに、大妖精は優しく囁きかける。
「大丈夫だよ、チルノちゃん」
 美鈴はアンモナイト改と戦いを繰り広げている。
 針が額に刺さったりビキニの紐が解けそうになっていた。
 呑気な光景である。
 その牧歌的な風景に癒されつつ、チルノは大妖精の言葉を聞く。どうせまた無難な慰めの台詞なんだろうなあ、と思いながら。
 大妖精は言った。

 

「家に帰ったら、続きをしよ……?」

 

 


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一日エロ東方

十二月十六日
(友情出演・上海人形)



『禁じざるを得ない遊戯・absolute solo

 

 完全に自立した人形を創る道は険しい。
 アリス・マーガトロイドは、幾度も巨大な壁に激突している。
 自立した――自分自身で思考し、行動する――人形を創ることはすなわち、無の状態から人間を創ることに等しい。それが全くの不可能でないことは、アリスの創造主が証明している。
 だが、彼女は神だったのだ。
 苦悩する。
「要は、それに匹敵するくらいの力を付ければいいだけの話なんだろうけど……」
 突っ伏した机の上に積み重ねられた資料は膨大で、数え切れないくらいの専門書がところ狭しと並んでいる。魔導書も多い。視野を広く持つために、一見無関係とも思える論文もあちこちに散らばっている。
 目には隈、背骨は軋み、腕は鬱血している。これは頭が重いせいか、それとも先程まで人形の身体を弄り回していたせいか。
「付喪神、アニミズム、異種交配……根本が間違ってんのかしらね……」
 ずっと頭を締め付けていたカチューシャと、髪の境目を掻く。
 唯一、机の余白に座り込んでいる上海人形を眺める。彼女には何も着せられていなかったが、そのことによって彼女が羞恥に顔を歪めることはない。アリスのプログラムに従い、恥ずかしがる程度の感情表現は可能になったのだが、今は凝り固まった無表情である。
 現在、アリスは上海とのリンクは切れている。今の上海人形は、これ見よがしに施された球体関節が訴えるように、ただの人形に過ぎなかった。
 望むなら、語頭に「呪われた」を付けることも出来るだろうが。
「人形を自立に導くんじゃなくて、全くの無から存在を創りあげなくちゃいけないのかしら……て、そんなことが出来るのは神様ぐらいじゃないのよ……」
 塞ぎ込む。
 窓のない部屋は透明な煙で燻っている。あるいは、アリスの脳天から立ち昇る思考の不完全燃焼から来る煙のせいかもしれない。
 神の座は遠い。
 一介の魔法使いが辿り着けるのはせいぜい、身の回りを世話してくれる程度に自立した人形の製作くらいなものだ。
 諦めの言葉が、喉からこぼれ落ちそうになる。
「人間が成立した過程をなぞるには時間が足りない……過程を凝縮するには、膨大な魔力が必要になる……あるいは、時間を操る、密と疎を操る、境界を操る、運命を操る能力……もう全員まとめて坩堝に突っ込んだ方が早い気もする……そうすりゃ、一匹くらいは擬似的な神様が出来上がるだろうし……」
 仮定の話は、すらすらと滞りなく進展する。
 実行不可能な段階に移行した仮説は瞬時に頓挫し、再びアリスの唇から諦めに似たため息を吐き出させた。
「あなたを愛せば、愛が憑いて、勝手に動き出す日も来るのかしらね……」
 上海人形は何も言わない。
 現在、上海の肌には皮が使われている。髪も人間のそれである。だが、臓器や筋肉は代替出来る存在が生み出せないから、強靭な糸や鉱石で補っている。
「魂は重い……心とは何か……」
 ひとつ、アリスが考えているのは。
 創造主に生み出されたアリス自身の肉体が、一体どのような構造をしているのか――それを解析することだ。
 解剖が可能なら話は早いのだが、こればかりは失敗出来ない。したら死ぬ。魔法使いは普通の人間より頑丈な肉体をしているようだから、多少の無理は利くものの、それにも限度がある。
 加えて。
 アリスは、自身の胸に手を当てる。手のひらからは心臓の鼓動が聞こえ、それに連なるように呼吸が繰り返される。熱のこもった頭は茹だるように熱く、片方の手のひらをかざすと細い指に熱が伝播した。
「生きている……私は、生きてる。でも」
 蒼い瞳が曇る。
 ――本当に、そうなのだろうか。
 果たして本当に自身の胸の内には心臓があり、脳があり、呼吸器が存在しているのだろうか。「それがある」と都合よくプログラミングされているから、疑う余地もなくそう認識している可能性も否定出来ない。
 恐ろしい仮説だが、裏を返せば、それは臓器がなくとも自立人形が作り出せることを意味する。また、アリスに臓器があった場合も、それは自立人形を作るためには生きた臓器が必要であると立証することになる。
 試す価値はあった。
 ただ、リスクが高過ぎた。
 創造主のプログラム如何によっては、アリスの臓器が存在しない場合でも「臓器があった」と認識させられる可能性がある。解剖を実践するにあたり、最も恐ろしいのは誤認である。誤認はこれからの研究に誤った道標を突き付け、行き詰まった結果をもたらす。
 時間は有限なのだ。
 来た道をいちいち引き返している余裕はない。
 蓬莱人や亡霊と違い、アリスは限りある時間を生きなければならない。それは最大の障害と言えた。
「何も成さぬには長く、何かを成すには短い……」
 皮肉だ。
 上海人形は何も語らない。
「因果なものね……あなたは、自立することを望んでいないかもしれないのに」
 自嘲する。
 それとも、望むか、拒むか、その選択肢が脳裏によぎることすら、人形には存在しないのかもしれない。
 だとすれば、上海人形の世界には何もない。
 それはおそらく、動物が住む世界よりも狭いのだ。
「……命は何処から来るのか、誰が与えるのか……」
 自問する。
 答えなどない。なければ作る。そうすれば、それが答えになる。
 たとえそれが他の全てから見て明らかな誤りだったとしても、現実に生み出されたものを否定することは、神にすら侵せざる領域なのだ。
 一糸纏わぬ姿を晒した上海人形はそこにあり、キズひとつない滑らかな肌が薄らぼんやりとした明かりに照らされている。
「……ごめんなさいね。もう少し、私の我がままに付き合ってちょうだい」
 腹を括る。
 アリスは、上海人形にリンクした。

 

 

 神は、何故アリスに生殖能力を与えたもうたのか。
 長寿である魔法使いに、子孫を残し知識を伝達する能力は必要ではないのかもしれない。機能的にも、生殖を望まないのならば負担になるところが多い。切り離しても構わない部位であると思われた。
 だが、もし。
 アリスが、人のようにそれを望むのであれば。
 選択肢は、用意するべきだと考えのだろう。
 神は、そう考えたのだ。
 だから、アリスにはその機能がある。試したことはないが、月経を経ている以上はあると考えなければおかしい。穿った考え方をすれば、それすらも神が「ある」と定義したことによる錯覚なのかもしれないが、そう無為なことはしないだろうとアリスは結論付けた。
 命の手本となるのは、女性である。
 神は、子を成す機能を授けた。ならば、それもまたサンプルになる。業の深い話だ、神が知ったら嘆き悲しむに違いない。
 けれども、その果てに得るものがあるのなら、アリスはその業を背負い込もうと決めた。
「――上海」
 名を呼ぶ。
 彼女は、酷く恥ずかしがっていた。
 その機能はないはずなのに、細い腕で胸を隠し、股間に手を添えている。紅いリボンはそのままに、頬をほのかに赤らめている。
 申し訳程度に据えられた胸の突起は、半ば冗談のつもりで作ったものだ。小さな手のひらには、その小さな蕾すら隠し切れない。勿論、乳腺がないから母乳が出ることもなく、触れば嫌がりもするだろうが、性的な感覚を得ることもない。
 それは、アリスがそうプログラムしていないからだ。
 彼女の瞳は、アリスに「何故?」と問いかけているようにも見える。だがそれは、アリスの罪悪感による錯覚だろう。脳は人の目に事実と異なる像を結ぶ。正確なデータが必要とされる研究に携わるなら積極的に排他すべきものだが、どこまで研究者の心を無視すべきか、その境界は怪しい。
 心を量るには、心が必要だと言うのに。
「あなたに聞くわ」
 アリスは、上海人形に『みずから選択しろ』と命じた。
 上海には、最も複雑なプログラムが組まれている。人が脳の指令によって細やかな動作を可能とするように、上海もまた、アリスが送る魔力の信号により人に酷似した行動を取る。
 そこに上海自身の意図は加味されない。そも、上海に意志などない。
 だが、ひとつの質問から、答えを導くことは出来るはずだ。
 それが、上海の意志と呼ばれるものに最も近い。

「あなたは、人になりたい?」

 上海は、悩んでいるように見えた。
 それもまた、アリスの錯覚だった。

 

 

 上海人形はプログラム通りに動く。
 呪われた人形として魔力を通しやすい身体を持ち、アリスに気に入られ、蓬莱人形と並び人に似た動きをする。
 そこに意志はなく、ただの人形でしかなかった。
 上海人形は考える。
 坂道を転がる石のように、与えられた質問を、プログラムに沿って「はい」と「いいえ」の二択を延々と繰り返していく。所詮はゼロとイチの繰り返しだが、人もまたゼロとイチの繰り返しの産物なのだ。全ては通ずる。

「あなたは、人になりたい?」

 はい/いいえ。
 タイムロス。逡巡。質問者の意図が不明。質問内容を簡略化する。
『あなたは人ですか』
 いいえ、私は人形です。
 返答する。
 質問が繰り返される。
 内容を省略、意図を再分析する。
『あなたは人になれますか』
 いいえ、私は人になれない。
 返答、質問内容が変更。再解析。
「あなたが人になれるとしたら、あなたは人であることと、人形であることのどちらを選ぶ?」
 仮定。
 比喩はないと判断、自身は人形であるから、傀儡としての意味合いは含まれていない。
 人。
 人とは何か。
 上海人形と呼ばれる存在は、人を模して、人に作られたもの。人形を語る上で、人の存在は避けられない。
 何故、人は人に模した物を作るのか。
 呪うため。祝うため。孤独を埋めるため。人に代わりにするもの。心を補うもの。
 人の代わりに、人に似た形の物を作った。それが人形。自身を初めとした人形の定め。人形は人に連なる。
 人と人形の違い。
 身体。
 心。
 魂。
 命。
 命とは何か。心とは何か。
 大切なもの。目には見えないもの。人にあって人形にないもの。
 仮定。
 人形に心があれば、それは人なのか。
 人に心がなくなれば、それは人形なのか。
 人を人たらしめているものは何か。
 人形を人形たらしめているものは何か。
 致命的な情報の不足を確認。回答を保留。
 結論。
 私は。
「私は――……」

 

 

 いつしか眠りに就いていたアリスは、誰かに背中を突かれる感触で目を覚ました。
 やけにちくちくするなぁ、と思い、おもむろに振り返ってみる。と、そこには。
「……あぁ、おはよう……」
 仏頂面をした、上海人形の姿があった。その手には、彼女の体長を大きく越えた槍が握られている。どうやら、丸裸にされたまま質問を浴びせかけたことに怒っているようだ。無論、最後に命じたように服は着用している。命令しなくても、一定の条件をクリアすれば服は着てもいいとプログラミングされているのだが。
 安堵にも似た息を吐き、アリスは寝惚けまなこで上海の頭を撫でた。
「ごめんなさいね、さっきは変なこと聞いちゃって」
 上海は、撫でられたまま羽をぱたぱたと揺らしている。
 ふと机を見れば、アリスの邪魔にならないよう紅茶が置かれていた。その気遣いに気付き、上海を見れば如何にも誇らしげに胸を張っている。
 褒めようか、とも思ったが、付け上がると厄介だからそのまま紅茶に口を付けた。温かい。香りが鼻に抜け、甘ったるい吐息が唇からこぼれ落ちる。
「はぁ……」
 研究は、相変わらず行き詰まったままだ。
 しかし、面白い回答が聞けたからよしとしよう。
 それがプログラミングされたシステムの仕組まれた回答にしても、上海がそう答えたのならば、自分はそれを尊重しなければならないと思った。
「凝った一人遊びかもしれないけど……まぁ、やってみる価値はあるわよね」
 言い聞かせるように言い、アリスは、席から立ち上がった。
 お風呂に入り、身体を清めよう。汗がべたついて気持ち悪い。頭を掻けば、物凄い量のフケが飛び散りそうだ。顔をしかめる。
 と、素知らぬ顔を見せている上海に、ひとつの指令を下す。
 彼女は、自身の中からひとつの結論を出したのだ。
 ならば、自分はそれに応えよう。
 そのためなら、何もかもを背負ってみせようじゃないか。
「あぁ、今日はあなたも一緒に入りなさい。いろいろと、人の身体の仕組みを教えてあげる。ついでに、蓬莱も呼んで来なさいよ――ほら、嫌そうな顔してるけど、あなたが言ったんだからね。『私は――……』」

 

 

 

 ――私は、心が知りたい。
 そうすれば、私が人になりたいのか、なりたくないのか、その答えが、いつかわかるかもしれないから。

 

 


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一日エロ東方

十二月十七日
(花映塚・ひまわり娘)



『一茎』

 

 誰しも、魔が差すということはあるものです。
 賽銭箱に葉っぱを入れたり、蛙を凍らせたり、仕事をさぼったり、死んだのに生き返ったり、角にリボンを付けてしまったり、ドロワーズ履くのを忘れてしまったり、数え上げれば際限がありません。
 無論、それは妖精にも起こり得ることなのです。
 悪戯好きの彼女たちのこと、いろいろと魔が差すことも多いのでしょう。誰も彼女たちを責められません。彼女たちはそういう生き物なのです。
 今、ひまわり畑をふわふわと飛んでいるのは、ひまわりを大事そうに抱えているその名もひまわり妖精です。基本的に彼女たち妖精は量産型なので、固有の名前を持っていません。その点、某チルノや某サニーミルクルナチャイルドスターサファイアなどは実に恵まれています。
 人にはない蒼い髪と小柄な身体は、ひまわり一本抱えるだけでも精一杯です。というかここいらのひまわり畑はかなり化け物ひまわりなので、じぃーと眺めていると自然から発生した妖精と言えどもその感覚に狂いが生じ、ぽてくりと地面に落下することもしばしばあります。
 とかなんとか言ってる間に、彼女、落ちましたね。
 静かでしたから気付きませんでした。
 ぐるぐると目を回したまま、ひまわりの隙間に寝転がっています。成人男性の平均身長を優に超えるひまわりに囲まれた空間は一種の牢獄のようで、外界から隔離された密室であるようにも思えます。
 実際、上空から確認しても、目を凝らさなければ彼女の姿を認識出来ませんでした。ぼけーっと飛んでいたらなおのことです。
 生憎とお空は良い天気でありましたから、ひまわりが形作る大きな影が彼女を覆い隠します。太陽の塔に囲まれた彼女は、目を覚ましてもなお、これからどうすべきか思い悩んでいました。
 けれども、地面にへたりこんだままぼけーっと座っているところを見ると、まあ別にこのままでもいいかなー、と自己完結してしまったようです。流石は妖精、刹那的です。
「……ふあー」
 欠伸してます。呑気です。
 相当な能天気っぷりですが、某氷精や某三月精のようにあちらこちらに悪戯を仕掛けまくって人生の墓穴を事前に掘りまくるよりはよほど健康的でしょう。
 むにゃむにゃと口をもごもごさせてから、彼女は手に抱えているひまわりと、己を取り囲んでいる巨大なひまわりとを見比べます。しかし彼女からしてかなりちまっこいため、通常のひまわりさえ彼女には大きく感じられるのでしょうが、それにしても、大宇宙と交信することを目的として計画的に建設されたようなひまわりの群集は、彼女でなくても魂が一瞬抜け落ちてしまう程度には圧倒されるのかもしれません。
「……えーと」
 彼女は、ひまわりをぎゅっと握り締め、何やら頬を染めておりました。
 話が読めません。
 ですが、あえて無粋を承知で推理するならば――ここは幸いにも他者の目がない場所であり、妖精とてひとつの生き物である以上、何かしら不埒な幻想を抱いてしまうこともやぶさかではない――と言ったところでしょうか。
 無理やりですね。
 けれども、あながち的外れということでもないようです。
「んぅ……」
 彼女は、おもむろにひまわりの茎を股間の方に押し付けています。慣れない手付き――という様子には見えませんから、彼女、初心なツラしてなかなかやりこんでますよ。怖いですね妖精。
 例えるなら、某魔法使いが箒に跨っている時に何やら変な気分になっちゃったみたいな展開ですね。某巫女が亀に乗っている時に以下略でも構いませんが、ここでいう亀とは甲羅を持つ爬虫類を指しますから誤解のなきよう。
「はぁ……んしょ、んしょ」
 さて、ひまわりの茎を使ってもぞもぞと動いていた彼女はと言うと、服の上から股を擦りつけるだけでは刺激が足りないのか、静々とスカートをめくり始めましたよ。真っ赤になるくらいならやらなくてもいいような気もしますが、それもまた興奮するという性癖なのかもしれませんから、迂闊なことは言えません。くわばらくわばら。
 全身を白で包み込んでいた彼女の肌は、服装と同じように白く透き通っていました。そりゃ妖精ですから染みもくすみも汚れもないのは当然でしょうが、改めて拝見すると羨ましいことこの上ないです。妖精はそれが当然だと思ってるからいけない。もっと己が満たされていることを自覚しなければ――と、愚痴はさておき。
 やはりスカートを脱ぎ捨てるのは躊躇われるらしく、スカートの中に手を突っ込み、ドロワーズだけを押し下げます。ちょうど、靴の上にドロワーズが引っかかっている形になりますね。
 次は、脱いだドロワーズを片足に引っかけます。両足にかけたままだと事の最中にすっ転ぶ可能性がありますから、当然の処置でしょう。ついでに言えば、一連の動作に淀みがないことから、わりと常習犯ですね彼女。
 侮れません。
「……ふぅ……ん……」
 準備は万端と言わんばかりに、彼女はひまわりを掴み、その茎をスカートの中に差し込みました。
「ひぅん! ん、はぁ……ん、ぅん……」
 初めは、茎の感触に戸惑いながら、それでもすぐにまた色のこもった喘ぎ声が続きます。全ての真実はスカートの中に収められていますから、その行為の意味するところは推測する他ないのですけれども、しっかと握り締めたひまわりを前後させ、スカートの中に突き入れるたびに淫らな声を発する彼女は、妖精という神秘的な言葉で飾るには少しばかり通俗的でした。
 こう言っちゃなんですが、ただの女です。
 メス、と言い換えても一向に構いません。
「ひゃぅ! ん、はぁ、あ……やだ、今の、聞こえたかなぁ……?」
 茎から手を離さぬまま、きょろきょろと辺りを見渡しますが、誰もいません。物言わぬひまわりは不遜な態度で彼女を見下ろしていましたが、彼女にはその視線くらいがちょうどいいのでしょう。観客がいたらやらないでしょうし。
 それとも、更に興奮してしまうのでしょうか。
 世界は広いですねえ。
「んぅ……でも、見られてたらどうしよう……やだな……もう、仲間に入れてもらえないかな……んぅ、はぁ……!」
 前屈みになり、更に茎をみずからの深いところに押し込みます。
 にちゃにちゃ、ぐちゅぐちゅ、と厭らしい水音が聞こえてくるようです。実際、地面に点々と雫が垂れていますから、かなり感じているようですが。
「んぁ、あぁん……! やだ、もう、こんなにぃ……ん、うぅん!」
 押し殺したように呻き声から、今はもう抑えることもなく堂々と喘いでいます。よほど感じやすいのか、ものの数分で膝がぷるぷる震えています。同様に背中の羽も小刻みに震えていて、紅潮した相貌は恍惚に歪んでいました。可愛らしい女の子が、今や立派な女性の表情を晒しています。
 変われば変わるもんです。
 これは、一歩間違えば、かなりの。
「ふぁ、だ、だめ、だめなのぉ、あ、あぁ――!」
 最後、茎を最も奥に突き刺したところで、彼女は絶頂に達したようでした。
 破裂するような嬌声の後、荒く呼吸を繰り返しながら地面にぺたんと座り込みます。屈み込んだまま、茎を抜くことも出来ません。疲労困憊です。心なしか、透明な羽も項垂れているように見えます。
 しかしまあ、よくぞあれだけ乱れるものですな。感心します。
 後半、誰かを呼んでるんじゃないかと思うくらい激しく叫んでましたからね。もし本当に誰かが来たらどうしていたのでしょう。
 それとも、「どうするのか」でしょうか。
「んぁ、はぁ……また、やっちゃったよ……やだなぁ、もうやらないって決めたのに……んぅ、はぁ」
 自戒の念に晒されながら、その表情に曇りはありません。どうも真性ぽいです。やはりかなりの逸材ですね。くわばら、くわばら。
 彼女は、あたかも股間から生えて出て来たかのようなひまわりの茎を掴み、唸りながら一気に引き抜こうとして。

「お手伝い、してあげましょうか」

 上空に佇むひとつの影。
 逆光の中に君臨する日傘の妖怪。
「あ」
 彼女も、ようやく気付きました。
 いつから見られていたのか、それを計ることは叶わないけれど、少なくとも、自分は既に手綱を握られているのだと。
 後悔と恍惚と、相反する感情に苛まれながら、彼女はただ呆然と妖怪の言葉を待っています。
 妖怪の名は、風見幽香。
 緑に彩られた髪は大地に芽吹く草花に似て、身体を包み込む緑のチェックは花が根を下ろす大地を模しているかのよう。
 その実体は、悪戯と花が好きな妖怪です。
 幽香は、凶悪そうにくすくすと笑いながら、ゆっくりと地面に降り立ちます。燻るように、いたぶるように、決して安易にとどめを刺しません。性質が悪いです。極悪です。
「それ、抜かないの?」
「……あっ」
 幽香の妖気に圧倒されていた彼女も、自分が股間にひまわりを挿したままだということに気付き、赤面しながら慌ててそれを引き抜こうとします。
 が。
「……あ、あれ……?」
 いくら引っ張っても、一向に抜ける気配がありません。むしろ、引っ張れば引っ張るほど、ひまわりは彼女の(なか)で突っ張っているようでした。
 半ば泣きそうになりながらも、懸命にひまわりを引き抜こうとしている妖精の姿を、幽香は微笑ましく眺めています。極悪ですね。
「んぅ、んんッ……ふぁ、あ!? あう、こ、これぇ……」
 不意に、彼女が叫び声をあげます。
 どうしても茎が抜けない理由に、見当が付いたようです。無論、犯人はあの幽香です。彼女も幽香に助けを求めますが、これも当然のことながら、幽香は何でもないことのように傘を回すばかり。
「どう? よっぽどお気に入りみたいだから、茎を太くしてあげたの」
「そ……そんなぁ……」
 彼女の瞳に透明な雫が溜まります。
 思い切り引っ張っても抜けない、というのはかなりの胴回りになっていることでしょう。始終、膣に異物が入り込んでいる感覚たるや想像を絶します。実際、彼女も辛そうに顔を歪め――いや、あれは気持ちよさそうなのかな。どっちだ。
 まぁ、どっちでもいいか。
 ともあれ、このままだと彼女は股間からひまわりを生やした悲しい妖精の汚名を着せられてしまうことになります。自業自得、というには業が深すぎます。それなら白鳥の方がどれだけ幸いなことか。
 ごめんなさいあんまり幸いでもないです。
「ふぁ、あふ……ふぅ、んぅ……」
 それでも彼女は諦めず、一気に引き抜くことを諦め、少しずつ前後にずらすことで膣のぬめりを滑らかにしようと考えたようです。
 でも、これはひとつの問題が。
「あっ、あ、あぅ……!」
 身体がびくびくと跳ね、また力なくうずくまりました。
 既に、膣の最奥、子宮があるべき場所の一歩手前までひまわりは入り込んでいましたから、なにせもうちょっと動かすだけで性感を刺激しまくりなのです。わりと好き物の彼女にすれば、通常と違う太さの茎が身体を犯しているわけですから、快感も余計に増幅されます。
 加えて、目の前には観客もいるのです。
「いやぁ……もう、見ないで……」
 幽香は、ずっと佇んでいます。
 同じ場所に立ち尽くしたまま、ずっと彼女の痴態を眺めています。
 これは、かなりのサディストですね。出会うべくして出会った両者と言っても過言ではないでしょう。この運命的な邂逅に立ち会えたことを、神様ぽいものに感謝せずにはいられません。
「んん、んぁ……ひぅ、ふぁ……はぁ、いやぁ……!」
 動かしながら、何度も絶頂に達し、そのたびにぴちゃぴちゃと地面を濡らしていきます。立つことも出来ず、完全に抜くことも出来ません。
 むしろ、わずかに引き抜いても、またすぐに押し込んでいるようにも見えます。
 心の何処かで、早く終わりたい、まだ続けたい、という葛藤が繰り広げられていることの証左とも言えます。
「あぁ……あ、はぁん! いぃ、これ、いいよぉ……」
 次第に、彼女の心も本音と建前の区別が付かなくなり、自然に快楽を表に出し始めます。ぐぢゅぐぢゅと、先程とは比較にならない愛液の洪水が、彼女の膣から流れ落ちていました。
 その乱れた様子を窺い、幽香は、日傘を畳みました。
「ふぇ……?」
「あなた、愉しそうね……」
 いつしか頬を朱に染めていた幽香は、膣いっぱいに収まったひまわりで自慰に耽る妖精を見下ろしながら、自身のスカートの端を摘まみました。
 ふわりと浮き上がったスカートの中には、何も着けられていません。幽香の秘部から零れ落ちた雫が、太ももを伝い、膝に流れ、足を撫でるように地面へと吸い込まれていきます。
「片方、借りるわ」
 幽香が妖精から生えているひまわりの花に触れると、ひまわりの花は見る間につくしのような形状に変化しました。
 妖精は、幽香が言わんとしていることを誰よりも早く理解しているのに、どうしても身体が追い付きませんでした。うずくまったまま、幽香を待っています。
「……ふふ、そんなに怖がらなくてもいいのよ。愉しめばいいだけ。愉しめば……」
 言って、幽香は彼女の身体をそっと押し倒します。お互いが仰向けに寝転がった体勢になり、後は、幽香がひまわりを差し込むだけです。
 妖精は、困惑の表情をこれから何が起こるのかという悦びに変え、絶えず疼き続けている膣を皮膚の上から撫でていました。
「さあ……」
 亀頭さながら、大きく膨らんだものを開かれた花弁に導きます。
 年季の入っている妖怪だけあって、そこに躊躇いや戸惑いは一切ありません。一気に、深く、奥の奥まで呑み込んでいきます。
「あぁぁ……! これ、久しぶりにくるわぁ……」
 風見幽香もご満悦の様子です。
 二人とも、スカート履いたまま下着はいてない状態なものですから、肝心の仲睦まじく繋がっている様子は確認出来ないのですが、何よりにちゃにちゃとぶつかり合う肌の音が淫らなことこの上ありません。
「あなたも、動いていいのよ……? ふぅ、ふあ……」
「あぁぁぅ! やぁ、だめぇ、あぁ……!」
 幽香が動けば、幽香の膣に入っている茎も、妖精の膣に入っている茎も動きます。けれどもここは百戦錬磨の幽香のこと、きゅうきゅうに締めた膣は茎を咥え込んで離さず、あたかもそれを男性器のように妖精の膣に送り込んでいきます。
「やだぁ、もう、もぉ……いきたく、ないのにぃ……」
 ひまわりの妖精は、瞳に生気がなくなってきました。
 あまりに達しすぎて、精神が疲弊し切っているようです。
 でも、幽香は束の間の休憩すらも許してくれません。
 それもそのはず、幽香にとっては、これが始まりなのですから。
「ほぉら、なにか、言うことがあるんじゃない……!?」
「ひぃぁ!?」
 妖精の太ももを掴み、より深いところに茎を叩き込みます。ずりりゅ、と襞を削り取るように突き進む茎を受け、妖精の目に新しい光が灯りました。
 繋がった部位を覆い隠したスカートも、噴き出た液体でぐっしょりと濡れていました。ほのかに温もるそれを振り払うこともせず、一心不乱に茎を突き刺し合います。
 主導権を握っているのは幽香ですが、お互いに感じているのは明白です。
「いいわぁ……いい、最高よ、あなた……!」
「ふぇ、ひぅ……あぁん、うぅ……」
 突き入れるたびに喘ぎ、引き抜くたびに鳴く、その繰り返しを経て、次第に幽香の声にも余裕がなくなってきました。
 口を半開きにしたまま、性を貪り合う彼女たちは、まさしくメスと呼ぶに相応しいものでした。

 何なら、後ろに犬を付けても一向に構いませんが。

「あぁ、くぅぅ……もう、もういっちゃう……! うぅん、はぁ、んうぅぅ――……!」

「くぅ、ひゃん……ひぅ、いやあ……やぁ、いきたく、ないよぉ……はぁん! いやぁぁ――……!」

 お互いに、身体をびくびくッと震わせ、仰け反るように崩れ落ちます。ぷしゃあ、とどちらかの膣から潮が噴き出し、情事をひた隠しにしていたスカートをずぶぬれにしてしまいました。
「ん……はぁ、あは……」
 恍惚に表情を緩める幽香と異なり、ひまわり妖精は指一本動かす気力もないほどにぐったりと倒れ込んでいました。もしかしたら、失神しているのかもしれません。無理もないですね、あのひまわり、彼女の腕と同じくらいの太さでしたからね。
 幽香が後ろに倒れ込んだ拍子に、例の巨大ひまわりはいとも容易くすっぽりと抜け落ちてしまいました。幽香もまたそれを自身の膣から簡単に抜き放ち、泥のように眠っている妖精の傍らに置きました。
 これも、嫌がらせの一環かもしれません。
 ほら、顔も笑ってますし。
「あなたには、愉しませてもらったわ……」
 愛しげに、彼女の頬を撫でています。抓るか突くかすると思いきや、そのような所業に及ぶこともなく、下半身はいてない状態のまま子を見守る母のような一見ほのぼのとした光景が広がりました。
 でも、二人とも履いてないですよ。
 濡れ濡れだし。

「それも、一興……でしょう?」

 幽香は微笑み。
 確かに、こちらを覗き込んだのでした。

 

 

 ……やべ、ばれてる。
 これはまずい。超まずい。
 射命丸文、一世一代の不覚です。
 ネタを探すつもりがとんだ墓穴を掘ってしまいましたよ。
 今回は相手が相手ですから、有耶無耶にすることも力で押さえ付けることも難しいでしょう。
 ですから、残された道はただひとつ。
「……ねえ、もうそろそろいい? 疲れた」
「あぁ、もうこのあたりで構いませんよ」
 私は、協力を仰いでいた妖精に声を掛けました。それを機に、凹凸に歪んでいた空気が跡形もなく霧散し、元通りの屈折率に戻ります。
 光の屈折。
 サニーミルクの能力があれば、鷹の目がなくても遠くにある情景がつぶさに窺えます。今回は、その試験運転の形だったのですが、途中で思わぬ鴨を捉えてしまったのは誤算でした。
 杉の天辺から降り、長らく能力を活用していたサニーが報酬はまだかー報酬はまだかーとぷんすか怒っています。妖精は、感情表現が分かりやすいので助かりますね。
「ねえ、報酬は何なのよ」
「はい、こちらです」
 私は、その手に抱えていたカメラを差し出しました。一瞬、その存在が認識出来なかった様子でしたが、すぐに「これが報酬なの?」と質問を返してきました。
 訝しい顔を見せるのも、予想の範囲内です。
「その中には、名だたる妖怪の弱点が入ってるんですよ。だから、それを見せれば相手は怯むこと間違いなし」
「……本当かなあ」
「嘘だと思ったら、試しにやってごらんなさい。きっと、想像以上の効果を見せてくれるでしょう」
「ふうん……まぁ、ルナに見せたら喜ぶかなあ」
「はい、きっと」
 それでは、と足早にその場を後にします。
 後ろから追いすがるような声が聞こえた気もしますが、天狗の足に敵うものは滅多にいません。逃げるが勝ち。余計な勝負は避けるべきです。
 また、ただの弾幕勝負ならいざ知らず、あっち方面に火が点いた妖怪と相手をするのは少々骨が折れます。
「いやはや……時期が時期なら、お相手してもよかったのですが」
 発情期なら望むところなのですけど、子どもが出来ても困ります。うまいこといかないものですね。
 森を抜け、空を舞い、振り返れば日傘があるかのような圧迫に耐え、私は脱兎のごとく逃げ出しました。
 蒼天に輝く太陽は、眼下に広がるひまわりを照らし、その畑の中に寝転がっている、疲れ果てた妖精をも癒しているようで――。

 

 

詰み(チェックメイト)

 

 

 後頭部に突き付けられたひまわりは、確か、ほのかに温かかったように思います――。

 

 


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一日エロ東方

三月三十一日
(三月精・サニーミルク)



『陽はまた昇り繰り返す』

 

 光の三妖精――サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア――は、単独行動を基本理念とする妖精の中でも珍しく、普段から団体行動を主としている三匹である。個々の能力が悪戯をするのに最適な関係であるから、三人でくっついて活動していた方が悪戯も簡単に面白く進められると考えた。
 だが、里に下りるサニーミルクは現在単独で行動している。
 これは特に他の二人と仲違いしたのではなく、単にたまには一人になりたいなぁと自分勝手に考えた結果の単独発進なのであった。
 日も暮れ、人間たちは妖怪を恐れて滅多に里を出て来ない。だから妖精も大手を振って歩くことができ、光の屈折を利用して姿を消すことが出来るサニーには、むしろ暗闇の方が都合良かった。
「ふふ……人間たちよ、私の存在に恐れおののくがいいわ……」
 姿が見えないので恐れようもなかったが、とりあえずサニーは目ぼしい家の正門を薄く開ける。要は覗き行為である。他人のプライベートな空間を覗かれる不快感は、小さいながらも楽しい我が家を形成しているサニーにもよくわかる。だからこそ悪戯に覗きという行為を選んだわけで、まさかその行為に大きな落とし穴があろうなどとは、普段落とし穴を作っているサニーでさえ思いもしないのだった。
「さぁて……今日はこの家にしてやろうかしら……」
 にははとほくそ笑みながら、サニーはおそるおそる民家の庭に踏み込む。犬がいない家を狙って。
 雑草を踏み鳴らす音、独り言の類がだだ漏れなのは、普段はルナの能力で自動的に消去されているため、今回もまた消去されているだろうと無意識に思い込んでいるためである。運が悪ければお縄を頂戴しているところだったが、サニーは運良く低い軒下に滑り込み、閉め切られたガラス戸を薄く開けることに成功した。
「無用心ね……でもまぁ、私にかかればちょちょいのちょい、てなもんよ」
 ほくそ笑む。この辺りになれば、サニーも自然と小声になる。
 部屋の中を覗くには、その奥の障子を開けなければならない。だが、天は今回に限り妖精の側に付いたのか、障子には何個かの穴が開いていた。部屋からは薄らぼんやりとした明かりが漏れ、人間が何かせこせこと動いている姿も窺える。
「うしゃしゃ……」
 余裕綽々の笑みを浮かべながら、サニーは、その家のプライベートを覗き込む。

 

 ひとつ、前置きをすると。
 妖精は自然発生する存在なので、親はいない。教育者もいない。生活に必要なことは、他の妖精か、人間たちの見よう見まねで覚えていく。それ故に、知らないことはいつまで経っても知らないし、興味のないことは覚えようともしない。
 だから、誰も彼女を責められないのである。
 無論、人間もだ。

 

「……………………」
 彼女の衝撃は如何ばかりか。
 男、少年と言うべき体格の男性が、鷹揚に胡坐を掻いている。彼の下半身はもはや布切れ一枚も纏っておらず、要は裸身を晒していたわけだ。それはいい。サニーとて、人間の身体はこんなふうになっているのねふむふむと観察したことくらいはある。そこはまだ衝撃に値しない。
 が。
「……………………」
 目が、点になる。
 まず目に入ったのは棒だった。股間から生えている棒であるが、サニーが過去に見たものより縦に逞しく起立している。それを少年が上下に擦っていた。それが全てと言っても過言ではなかった。よく見ると、少年の見つめる先に一枚の写真があった。その人物の名は稗田阿求と言ったが、サニーはよく知らなかったもんだからこの場は滞りなく稗田阿求は青少年のおかず。
「………………え?」
 言葉を失う。
 状況が把握出来なかった。
 何をしているんだ、と同時に、少年が何やら呻き声を上げながら気持ちよさそうにしているのも気がかりだった。見るからに興奮している様子の彼を見て、サニーも何だかよくわからないまま好奇心を刺激された。
 とりあえず観察ね、と心臓をばくばくさせながら、食い入るように少年の所作を拝み続ける。
 やましいような、恥ずかしいような、人間の痴態を覗くという本懐は遂げたものの、正直そんなことはもうどうでもよかった。
 何かの本で読んだことがある。
 あれは、きっと。
「……ごく」
 唾を飲み込む。
 少年の声に、う、とか、あ、とかいう声が混じり始め、棒を掴んでいる手のひらからぬちょぬちょとした音が聞こえてきた。たまに、あきゅー、とかいう悲鳴のようなものも聞こえる。何のことだろうとサニーは思ったが、まぁそういうものだろうと納得する。
 それよりも、時間が経てば経つほど、徐々に大きくなっていく棒の方がサニーには衝撃的だった。前に見た男のあれはもっとへなっていた。少なくとも、先っぽが天井に反り返っているような形状ではなかったはずだ。しかも、心なしか、赤黒くなっているような気がする。
「な、なんてことかしら……」
 どきどきする。
 人間の身体の一部があのような変化を遂げるなんて、サニーの想像を遥かに超えた事象だった。それ故に、悔しくもあり、恐ろしくもあり、楽しくもある。
 こすりこすり、単調な動きのように見えて、先端を指先でこねたり、くびれを重点的に刺激したり、何かしらのツボを押さえた動きであることが窺える。ひとこすりするたびに、ぬちょぬちょした水音は更に激しさを増し、少年の表情にも余裕がなくなってきた。
 そろそろかしら、と状況がよくわからないサニーの推測通り、一瞬、少年の身体が硬直した。
 そして。
「――――あ」
 何か、白いものが舞った。
 その舞い散る白い液体は、狙い澄ましたかのように阿求の写真に降りかかり、実際はしっかり照準を合わせていたのだが、とにかく稗田阿求は淫猥な化粧を施される羽目となった。が、所有者の少年に残念がる様子は微塵もなく、むしろどこか満足げな様子ですらあった。
 天狗から新しいの買わなきゃ、という説明ぽい台詞が聞こえる。
 ふと見れば、砲台だったらしい股間の棒はしおしおと萎えていた。サニーがいつか見た状態と等しく、床に向けて頼りなくへなっている。
「…………う、うん」
 なるほどね、と心の中で納得したサニーは、人知れず障子から身を離した。事が終われば、もうここに用はない。気付かれて、あの写真のようになるのも御免こうむりたかったから、サニーは足音を殺すのも忘れて小走りで家から立ち去った。遠くから、犬の遠吠えが聞こえる。びくッ! と身を縮ませた時にはもう、正面には鬱蒼たる魔法の森が聳え立っていた。ほ、と安堵の息をつく。
 掻いてもいない汗を拭い、暗闇の中に点々と灯る人の明かりを見下ろす。
 わずか数分前に味わった未知なる衝撃に身悶えしながら、サニーはあのときのことを思い返した。
「何だっけ、あれ……」
 子どもを作るもの、とか言ったか。
 名前は、確か――。
「……せいし?」
 濁りのない喉から発せられた言葉は、その裏を読む隙間もないほどに、純朴だった。

 

 

 記憶の糸を手繰り寄せた先にあったのは、結構身近なルナの部屋だった。
 サニーはルナが深夜こっそり出歩く機会を見計らい、眠い目を擦りながらルナの部屋を漁った。結果、それらしき書物を発見することに成功したのである。
 題名はわりかし謎言語だったから解読不能にしろ、表紙が女性の裸だったから見間違いようがない。こんなものを後生大事に仕舞っているルナもルナだが、わざわざそれを探し当てる私も私だなぁと軽い自己嫌悪に陥るサニーミルクであった。
 けれども、新しく浮かび上がった本懐を遂げるためには、これを読み直すことが必要不可欠なのだ。サニーは素早くページをめくり、そこに描かれているあれこれを瞬時に記憶し――ようとした。だが。
「ふむ……」
 ルナの真似をして、椅子に座りながら顎に手をやってみても、ちっとも頭に入って来ない。月明かりだけが頼りだから目にも悪いし、読んでいるだけでは退屈だ。というか明らかに股間のものがでかすぎて現実味に欠ける。サニーが見たものはもっと小さかった。でも、実際に目の当たりにすると違うのだろうか。
 悩ましい。
「……あぁもう、埒が明かない! もういいわ!」
 エロ本を投げ捨て、血気盛んに部屋を出るサニー。振り向きもせず、まっすぐに空を翔る。
 目指すはこないだ突貫した少年の家、その目的は、やはり妖精の本分に従った悪戯なのであった。

 

 

 十六夜の月が輝く丑三つ時。
 サニーミルクは、あの時と同じようにこっそりと少年の家の庭に踏み込んだ。ガラス戸は無用心にも施錠されておらず、サニーも簡単に侵入することが出来た。障子から透けて見える明かりは、誰の影も映し出していない。おかしいなぁと思い、ゆっくりと障子を開けていくと。
「くー」
 当の少年は、布団に包まって就寝していた。ただ、行灯の明かりだけがぽつぽつと輝いている。
「全く、どんだけ無用心なのかしら……」
 ぶつぶつと、忍び込んだサニーが文句を言う。
 ちなみに、今のサニーは能力を使い姿を隠している。もし少年が何かの拍子に目覚めたとしても、何が起きているのか見当も付かないだろう。ただされるがままに身を委ねる少年の苦悩を想像し、サニーはくふふとほくそ笑んだ。
「さてさて……」
 窓と障子を丁寧に閉め、サニーは少年の布団を慎重に剥がして行く。やっていることは完全に夜這いなのだが、使う機会のない語彙など覚える暇もないサニーであるため、彼女にしてみれば単なる悪戯と化してしまうのである。確かに悪戯は悪戯だが、多分に卑猥な悪戯であることをサニーは知らない。
 少年は二十に満たない年齢であったが、体躯は成人のそれとほぼ同格であった。無論、股間もそれに準じる。
 するするとズボンを下ろすサニーの前に、何を思ってか、いきなり巨大化している股間の棒が出現する。あまりにもいきなりだったものだから、流石のサニーも面食らい、しばし声を失った。
「うあ……」
 でかい。
 やっぱり目の当たりにすると違うもんだなぁ、と驚愕を禁じ得ないサニーだった。
 あの日のように少年の逸物は赤黒く腫れ上がっており、呼吸をするたびに、びくんびくんと跳ね回る。その鼓動にいちいち衝撃を受けていたサニーも、十回目くらいになると驚くことにも飽き、当初の目的である「触る」段階に移行することを決断した。
「よ、よし……」
 おそるおそる、その柔らかくも小さな手を伸ばす。
 飲み込んだ唾は、サニーが思っていたよりずっと多く、飲み込みづらいものだった。
 ――つん。
「ぅひゃあ!」
 悲鳴。
 触れた指先は棒から離れ、その肌は小刻みにぷるぷる震えている。肉棒から伝わる熱が、指先に纏わり付き、サニーの中を浸蝕する。未知の感覚だった。その裏にあるのは、人間に翻弄されていることへの純粋な怒りだったが。
 妖精は常に人間を騙す側でなくてはならない。なのに、この体たらく。スターにばれたら公衆の面前に晒される。恐ろしい。サニーにとって、目の前に聳え立っているモノより、プライドが傷付けられることの恐怖が上にあった。
 だから、サニーは再び手を伸ばす。
 若干、手のひらが震えているのはご愛嬌。サニーも女の子である。
 ――つ。
「……!」
 悲鳴をこらえる。
 目を瞑ろうかどうか迷って、瞑ったら負けだ、と自分に言い聞かせる。勝ち負けは自分しか決められない。時にその選択が自分を追い詰めることになるとしても、それは絶対だ。
 ぐッ、とサニーは肉棒を握り締める。
 焦りが握力を強め、あう、と少年が呻く。だが、起きる気配がないと知るや、サニーは打って変わって攻勢に出た。
「うぅ……」
 手のひらに感じる熱は、妖精の身体を巡る体温の比ではない。真夏の太陽、暖炉の裾野、火遊びの恩恵とでも言わんばかりに、彼のモノはサニーの手のひらに熱を送り込んで来る。
 行灯のぼんやりとした明かりは、肉棒の形もまたぼんやりと照らし出す。もし陽の当たる下で男の肉棒を握り締めていたら、サニーはまともに直視出来なかったかもしれない。
「あ……熱いわね……」
 声を発する余裕が出て来たのか、ただの強がりか、張りのある棒を上下に擦りながら、サニーは火照った瞳でみずからが掴んでいるモノを見詰めている。そこだけ別の生き物かと疑いそうになるほど、それは硬く滾っていた。そのくせ弾力があり、胴回りも太く、サニーの手のひらにはてもじゃないが収まりきらない。
 それがなんだか無性に悔しくて、サニーは片手から両手に持ち方を変えた。うっ、と少年が呻く。
「ん、ん……ど、どうなのかしら……気持ち、いいのかな」
 初々しい調子で呟くのには、ひとつ理由がある。
 それはルナの部屋で盗み見た本の内容にある。あれは女性の裸が掲載されているだけの書物ではなく、男性との絡み合いも多数描写されていたのだ。その中には、女性が男性の性器を手で擦っているものもあれば、あろうことが口を付けている様子も詳細に記されており、サニーは目から鱗が落ちる思いで読み耽っていた。
 サニーはそれを参考にして、このような所業に及んでいるというわけである。
 でも口は付けない。
「おっきくなってるから、んっ、気持ちよくない、てことは、ないと思うんだけど……」
 ごしごしと丹念に擦っている棒の先端から、何やらぬっとりとした液体が吹き出てくる。
 これもまた彼が気持ちよくなっている証拠だと知り、ちょっと嬉しくなるサニーミルク。
 人間に出来ることが自分に出来ないはずはないと、なかば本気で信じている彼女だから出来ることである。
「ん、ふ……んん」
 直立する棒を延々と擦り続けるのも体力がいるもので、サニーの呼吸も次第に荒くなる。
 先端から溢れてくる先走り液がサニーの小さな手のひらを侵し、ぬちょぬちょと卑猥な音を奏で始める。擦り続けているうちに泡が立ち、両の手のひらがぐちょぐちょに濡れて来た頃、少年にある変化が起きた。
 うんうんと唸り続けていた彼の呼吸が、形のある言葉に変わって来たのだ。
 いわゆる、覚醒の前兆である。
「ふぅ、んんっ……うわぁ、ねちょねちょ……」
 火照った声が闇に溶ける。
 だが、サニーは全く動じない。慣れない手コキに夢中だということも理由のひとつに挙げられるが、何よりサニーが闇に透過しているということが大きい。サニーからは自分の手を確認出来るのに、少年の視界はサニーの存在を全く認知出来ない。
 で、あるからして。
「ぅ、うぅん……うん?」
 寝覚めた彼が、奇妙な違和感にみずからの下半身を窺っても、そこには綺麗にスッパ抜かれた股間が自動的に勃起している光景があるだけなのである。
 少年の動揺は如何ばかりか。
 思わず首を後ろに反らし、気持ちいぃー! と叫ぶことで精一杯だった。
「……あ、やっぱり気持ちいいんだ……」
 擦る手の動きは止めず、サニーは感心した。
 うぁ、うぉ、と小刻みに呻く少年の反応がいたく滑稽だったから、サニーも悪戯妖精の本領発揮で手に力が漲る。ぎゅッと掴まれた逸物がぴくりと脈動し、ふぉ、と少年の口から快感とも悲鳴とも言えない喘ぎが漏れた。
 これはいよいよアレの兆候ね、とサニーはほくそ笑む。不可視の手のひらに翻弄される人間を、彼女は満足していた。時折、生き霊か、稗田阿求の生き霊なのか、と搾り出すように告げるのが気にはなったが、あまりの気持ちよさに錯乱してるんだろうなぁという結論に至った。
「さぁ、そろそろ……なんじゃないの……!」
 にちゃ、ぐちゅ、と亀頭と皮の間に溜まった先走り液が泡を立て、卑猥な音を奏で続ける。
 ぱんぱんに膨れ上がった先っぽが、今にも爆発せんと解放の瞬間を待ちわびているようだった。
 そして。
「んぅ……!」
 手のひらに、駆け上って来る激流を感じた刹那。
 ずびゅるッ――と、白く濁ったものが噴水となって高々と舞い上がった。
「あっ……」
 サニーの瞳には、その瞬間がスローモーションで映し出されていた。
 射精の瞬間は、過去に一度目の当たりにしている。だが、こんなに近く、あまつさえペニスから熱を感じるくらい間近で真っ白な洪水を目撃したとあらば、しばらく呆けてしまうのも無理からぬところだろう。
 天井近くまで打ち上げられたかに思えた精液のシャワーは、程無くしてサニーのすべすべした手の甲や手首に不時着した。先走り液に染められていたサニーの手に、またひとつ卑猥な刻印が刻まれる。当のサニーミルクは、そんなことなどどうでもよくて、ただ人間を虚仮に出来たことで胸がいっぱいだった。
「うぅ……ん」
 少年は少年で、身をひくつかせて出すものを出したと思えば、再び夢の中に埋没してしまった。
 おっ勃っていたモノもまた、射精した後はへなへなと萎れる運命にあった。サニーがえいっと握れば何とかむにょっと起き上がるのだが、継続的にしごかなければ容易く萎れてしまう。
「つまんないのー」
 べとべとした手を少年のズボンで拭き取り、なお手のひらにこびり付いたものを鼻に近付けてみる。
 途端。
「わぁッ!?」
 サニーはびっくりした。
 イカ臭い――と人は言うが、明らかにそれを超える異臭だった。
 ルナの部屋にあった書物では、精液を好んで飲んでいる者もいたけれど、人間って変わった奴が多いのねー、とサニーは大仰に肩を竦めた。
 何処で手を洗おうか、ルナやスターにこの武勲をどう伝えようか、様々な思いを巡らせながらサニーは現場を後にする。

 

 

 飛び散った欲望の猛り、下半身を剥き出しにした少年はぐっすりと快眠し、清々しい朝を迎えた直後に母親の襲撃を受けることになろうとは――。

 今はまだ、誰も知らない。

 

 


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一日エロ東方

七月十一日
(三月精・ルナチャイルド)



『白粉の月』

 

 ルナチャイルドは音を消す能力を持っている。
 足音を消す、衣擦れを消す、声を消す。悪戯をするには不可欠な能力である。それに加えて、サニーミルクの光を屈折させる能力、スターサファイアの気配を察知する能力があれば、ほぼ無敵と言っても差し支えのないチームであった。
 だがそこは妖精、どこか抜けているところがあるものであり、また悪戯は悪戯以上のものではないから、顰蹙を買うことはあっても、憎悪の対象になることはまずない。
「このへんだと思ったんだけどー……」
 薄暗い夜道を歩くルナチャイルドは今、里の外れに来ていた。
 目的は十六夜の夜に月から落ちてくる何かしらで、それ以外にはあまり興味はない。夜は里の中といっても滅多に出歩く者はいないし、遭遇したところでルナひとりでは悪戯のしようがない。
 月のない夜なら、音を消しただけでも悪戯を仕掛けられるのだろうけど、十六夜の月はまだ明るい。万が一を考えると、サニー、スターがいない現状で、人間にちょっかいを出している余裕はなかった。
「んー……見付からないわね……」
 足音を消したまま、民家の敷地内を散策する。里の郊外にある民家は基本的に敷地面積がやたらと広いから、庭でちょこちょこ動いていても気付かれることは少ない。犬が吠えたら面倒だが、いくら妖精といえども一度吠えられた家は覚えている。痛い目を見れば、おのずと学習するものである。
 とてとて、のたのた、のんびりとした足取りで、俯きながら歩を進める。急ぐことはない、まだ夜は続くのだから。探し物の在り処がわからなくても、また別の何が見付かるかもしれないから。
 そう考えれば、無駄足なんてことはない。
 前進する。
「――ん?」
 何かの気配があったような気がして、そちらを向く。けれども、何の姿も見当たらない。庭には数々の植物が植えられていて、隠れる場所は無闇やたらと多い。まして、ルナが周囲の音を消している影響から、たとえ近くに何かがいたとしても、ルナはその物音が聞こえない。
 夜目は比較的利く方だけれど、探し物をしている最中に他のものを気に掛けられるほど、ルナの注意力は高くなかった。
 だから。
「――!」
 真正面の藪の中から突如として現れた柴犬に、ルナは物の見事に凍りついた。
 わんわん! と元気よく吠えながらルナに駆け寄ってくるが、ルナにはその鳴き声は聞こえない。だが駆け寄ってくる犬という存在に戦慄したルナは、ヘビに睨まれたカエルの如く、顔を引き攣らせたまま釘付けにされてしまった。
 わんわんと盛んに尻尾を振り続ける柴犬は、縮み上がっているルナの足元に絡みつき、何の反応もないと知ると彼女の周りをぐるぐると回り始めた。よく見れば柴犬はまだ子どもで、動きからするとルナと遊びたがっていることが解る。けれどもルナは無反応、どうもおかしいと判断した柴犬は、地面にぺたんと座り込んでご主人様が待っている方を見た。
 藪が割れ、数人の男たちが現れる。
 柴犬は彼らの足元に擦り寄り、男も犬の頭をわしわしと撫でる。
 そうして、天敵である犬の出現に今もなお固まっているルナを一瞥し、誰ともなく低い笑い声を上げた。

 

 

 ふあ、と目覚めたルナチャイルドが連れ込まれた場所は、何処とも知れない小屋の中だった。
 手も足も拘束されていない。が、小屋の外からは定期的に犬の遠吠えが聞こえてくる。ルナは一瞬震え上がったが、音を聞こえないようにすればいいんだと小屋の壁を完全防音に仕上げた。
 もう、犬の鳴き声は聞こえない。ルナは安堵した。
「ふう……意外に疲れるものだわ……」
 掻いてもいない汗を拭い、きょろきょろと周囲を見渡す。
 知らない場所に連れ込まれた以上、犯人は何処かにいるはずだ。妖怪にしろ人間にしろ、単純な力は他の種族に劣る妖精は、捕まえようとすれば簡単に捕まえることが出来、征服することも容易い。
 だが、ルナは絶望していなかった。
 自分には音を消す能力がある。サニー、スターがいれば完璧とはいえ、自分一人でも突破口を開くことは出来るのだと、なかば本気で信じていた。
「出口は……」
 小さな身体を動かし、夜に慣れた瞳で出口を探す。
 扉そのものは楽に見付かったが、物置小屋には陰が多い。その何処に敵が隠れているかわからないため、ルナは細心の注意を払いながら引き戸までの十歩を踏み締めた。
 一歩、二歩、三歩……。
 息が荒い。能力を使えば足音を殺すのも簡単だったけれど、壁を防音仕様にカスタマイズしたせいか、嫌に疲労が溜まっていた。これから脱出する時のことを考えると、ここで無理は出来なかった。
「……よし」
 引き戸に手を掛ける。背の低いルナからすると取っ手の位置はかなり高かったが、そこは根性や気力の類で補って、ガラガラと明日への扉を開くことに専念し――。
「お、いらっしゃい」
 開き切ったところで、二人の男に行く道を遮られた。
「……あ」
「一名様、ごあんなーい」
 逃げ出そうとする脇の下に手を差し込まれ、ひょい、と簡単に脇を抱え上げられる。手足をじたばた動かしても大した効果はなく、そのまま小屋の奥に敷かれていた古い布団の上に投げ出される。
「ぷぎゃッ」
 丸められてダシ巻きみたいになった掛け布団に顔から突っ込み、情けない悲鳴を上げてしまう。小さな身体はごろんと敷布団の上を転がり、回転する視界が行き着いた先には、やはり屈強な男が二人、物珍しそうにルナを見下ろしていた。
「ふーむ」
「どうだ? こいつで合ってる?」
「合ってるような、外れてるような……」
 何やら吟味されていることに気付き、ルナは不意に震え上がった。
 ルナチャイルドは三妖精の中でも単独行動をすることが多く、その多くは十六夜の夜に月から落ちてきた諸々を拾い集めるためなのだが、たまに民家に侵入して珈琲豆を奪うこともある。人間たちに悪戯を仕掛けるのは妖精全般に共通しているが、盗みをする妖精となると、その筆頭がルナチャイルドということになってしまう。
 だから、物を盗まれた罪が、本当は犯人でないルナに着せられる可能性もあるのである。
 左の男はやたらと目が細く、右の男はやたらと髭が生えていた。区別するのはそれくらいでいい。農家か大工か知れないが、並の人間でもこの二人に筋力で勝つことは難しいように思えた。ましてや妖精のルナだ、下手に刺激すればどうなることやら、もはや想像の埒外のことであった。
「うーむ……やっぱりわからんな……」
「やっぱりわからんか。兄貴も」
「妖精はどれも似ているからなあ。あの一瞬で見分けろというのも無理があろう」
「かもしれんが」
 悩んでいるのは髭で、しかも兄貴らしい。とすると、目が細いのは弟か。実の兄弟かははっきりしない。似ていると言えば似ているし、全く違うと言われても納得が行く。
 関係性がぼんやりと解りかけてきたところで、ルナの肩に細目の手が乗せられた。
「ひゃぅ!」
「まあ、なんだ。これも犬に噛まれたと思って」
「うむ」
 兄貴も納得していた。
 冤罪だ、と叫びたくなったが、あながち冤罪でもないかもしれないのがややこしいところである。それでもこのままあられもない感じにされてしまうのは我慢がならないため、一応聞いてみた。
「あ……あ、あんたたちは、どうしてこんなことするの!?」
 がんばった。
 結構がんばって叫んだのだが、当の兄弟はあまり動じなかった。
「どうと言われてもな。報復としか」
 兄が言う。
「あれだ、先日家に盗人が入ってな。珈琲豆と番茶と掛け軸だ。いちはやく異変を察知した兄貴が妖精らしき背中を見た、という話なのだが」
 弟は述懐する。
「うむ。あれだな」
 兄は説明が苦手のようだ。
「幻想郷縁起によれば、珈琲豆を盗む妖精はルナチャイルドと言うらしい。そこで我々兄弟は対策を練ったわけだな。でまあ、運悪く、罠にかかった妖精がちょうど一匹」
 弟は、もう片方の手をルナの頭に置いた。むやみやたらにでかい手は、ルナの頭をすっぽりと覆い隠してしまうほど大きかった。びびる。
「乱暴をする気はないが」
 弟は言った。
 というか、もうルナが犯人かどうかはもうどうでもよくなっているような気がする。
 まあルナが犯人なのだが。
 やべえ捕まっちまった。
「ただ、えろいことをする気はある」
 それは乱暴に入るんじゃないだろうか。
 ルナは思ったが、迫り来る恐怖により声は出なかった。
 筋骨隆々の男共が、二人がかりで子どものような妖精を襲おうとしているのだ。恐怖しないはずがない。無駄と知りながら大声を出そうとして、その口を弟の手に塞がれた。
「おっと。声を出しても無駄だ。何故かというと、この壁はさっき完全防音になったからだな」
「うむ」
 兄は同意した。
 腕組みしてじっと立っているように見えるが、いつの間にか全裸だった。
 準備万端なのは、股間を見ればすぐにわかった。
「だから、拘束する気はない。逃げられもしないのだから」
「うむ」
 兄の返事が簡素になっているのは、そろそろ辛抱たまらなくなっているからじゃないかとルナは思ったが、やっぱり確認するのは怖いから何も言えなかった。
 弟はルナの口を塞いでいた手を離し、ぷるぷる震えているルナの頭を優しく撫でた。
 巨大であるせいか、包み込むような手のひらの動きに、ルナの硬直がすこしほぐれる。
「ん……」
「髪の毛、ものすごくぐるぐるしているのう」
 兄が感想を述べた。
 だけかと思ったら、おもむろに金髪のぐるぐるドリルをみずからの怒張に導き、何を思ってかその中心に肉棒を挿し入れた。不意に、亀頭がルナのこめかみに触れる。熱い。でかい。
「きゃっ……!」
「おっと」
 ちんこから離れようとするルナの頭を押さえ、弟もまたみずからの肉棒をルナのやわらかほっぺに押し付けた。やっぱり熱い。しかもでかい。
「むぅ、んん……!」
 左右を兄弟ペニスに挟まれ、どんくさいルナは逃げることも出来ずに性器を押し付けられまくっていた。ほのかな臭みが鼻腔を貫き、顔をしかめる。
 兄はドリル状態の髪をペニスに巻きつける形で扱き、弟はルナの頭を押さえた状態でほっぺたの感触を味わっている。そのうち、ほっぺたに接触している逸物の先っぽからぬちゃぬちゃした音が響き始め、たちまち滑りがよくなってしまった。弟の口からも気持ちよさそうな声が漏れ、心なしか亀頭も先ほどより膨らんでいるような気がする。
 と、無言で髪コキを続けていた兄の声が、いきなり割って入ってきた。
「ふっ!」
 ぐいっ、とルナの髪の毛を軽く引っ張り、引き寄せるように精液を吐き出した。
「ひゃぁッ!」
 前触れもなく発射された精液に、ルナは逃れうる術もなく大量の白濁液をほっぺたに受ける。熱くほとばしるどろどろの液体がルナの頬を伝い、唇に、顎に流れ落ちる。
 唇の端に溜まった精液をどうすべきか、ルナは悩んだ挙句、その液体に舌を絡めた。
「うぷぅ……へんなあじ……」
「むう。出てしまった」
 後悔の言葉を吐きながら、兄は萎えた肉棒を改めてルナの髪で擦る。ほっぺを含め、頭に髪に降りかかったべとべとの精液に気持ち悪さを感じても、それを拭うことは許されなかった。
 何故なら、ほっぺたの感触を楽しんでいた弟が、股間のモノをルナの唇に押し付け始めたからである。
「う、んむぅ……」
「頼む」
 頼まれてしまった。
 頭を掴まれている以上、どれほど抵抗しても意味をなさない。出来ることと言えば、兄弟の言うとおりに動き、彼らが満足するまで付き合うことくらいなのである。
 なんでこんな目に、と思わないでもないけれど、自業自得という言葉が脳裏を掠めるのも確かなのだった。
「ん……ぷちゅ……」
「ふっ」
 弟の口から、快感を示す吐息が漏れる。
 ルナがその小さな唇をおずおずと開き、ゆっくりとではあるが、凶悪としか言いようのない肉棒を咥えようとしていた。既に多量の先走り液を吐き出していたペニスは、闇の中でもてらてらと鈍い輝きを帯びていた。
「はむぅ……ちゅる……」
 先走りの汁も舐め取りながら、大きすぎる肉の棒をゆっくりと呑み込んでいく。丸ごと咥えるのはさすがに辛いから、とりあえずは先っぽだけを何とか処理する。それでも顎が外れそうになるけれど、我慢しないとどうしようもなかった。
「ちゅっ、ぷちゅ」
「ん……くっ……」
 弟の声も、次第に快感が濃いものに変わりつつある。
 一方の兄は、ルナの髪から下半身に興味を転じ、口淫に興じる弟をよそにルナの服を脱がし始めた。
「んふぁぅ! そ、それはだめぇっ!」
「むう。割れ目は閉じておるのう」
 まじまじと確認され、おまけに筋も丁寧に指でなぞられ、むず痒さと恥ずかしさで顔が真っ赤に染まる。肉棒から口を離していると、すかさず弟が頭を引き寄せて肉棒を突きつける。あえて、強制的に突っ込むことはしない。あくまで、ルナが自発的に行っている状態を維持したいようだ。
「むゅ……ちゅくちゅく」
「ふ、うっ……出来れば、舌でも」
「……ぺちゃ、ぺろ、れろ」
 一旦、先っぽから唇を離し、舌でもって亀頭をぺろぺろ舐める。突起した棒を舐めるのは、アイスキャンディーを食べるのと似ている。ちょうどルナも氷の妖精が自慢げに渡してきたアイスを舐めたことがあるから、それと同じような感覚で肉棒を攻撃していた。
 ふっ、うっ、くっ、と漏れる男の声が面白くもあったが、舐める側としてはぬるぬるした液体とべとべとした液体の弾幕を受け、あまり気持ちよくないことになっている。逃げられないから仕方なくこうしているものの、一体いつまでこんなことを続ければいいのか、皆目見当がつかなかった。
「れろれろぉ……んぅ、ちゅっ。……あ、あんたも出しちゃうの……?」
「ふぅ、んっ、なにをだ」
「ん、それは……せ、精子?」
 確信はなかったが、ルナは確かめるように言う。
 弟がどこか感激したように唇を噛み締め、今度は無理やりルナの口に肉棒を突っ込んだ。
「んんぅぅぅぅ!」
「ふっ、はぁ……!」
 弟みずから腰を振り、限界ぎりぎりまで開いたルナの口を堪能する。柔らかく、温かく、ぬめり気のある咥内が、肉棒を突き入れた影響できつく締まる。見た目は幼女と言っても差し支えない女の子の口を犯しているという事実もまた、快楽を高める大きな要素になった。
「んぶぅ、ぶちゅるる……!」
「くぉぉ、も、もう……出るッ!」
「ぐぷぅ、じゅく、んふぅ、じゅるるッ……!」
 鼻で荒く呼吸しながら、咥内を陵辱する乱暴なペニスを舌で押し留めようとする。が、その抵抗にもあまり効果はなく、カリに引っかかったり鈴口を刺激したりしてかえって弟を喜ばせる結果となった。
 そして、一際深く肉棒が突き刺さり、
「くぅぅ!」
 ――どぷぅッ! びゅるるるッ!
 我慢していた分の大量の精液が、ルナの咥内で激しく暴れ回る。
「ッぷぅぅ!」
 喉の奥にたっぷりと吐き出されたため、一部は胃に落ち、残りはルナの口の中に溜まってしまった。びくびくっと何度か肉棒が跳ね、そのたびに精液がしつこく放出される。
「んぷぅ……うぅ……」
「飲んで」
 弟は、その肉棒でルナの口の中を掻き回している。やや萎えたとはいえ、まだ硬さの残る肉棒に口の中をいじり尽くされたルナも、仕方なく口に溜めた精液を飲み下す。
「ん、んんぅ……こく、うぎゅ……」
 どろどろの液体はひどく苦いもので、固形状になっているから飲みにくかった。それでもなんとか全部を飲みきり、涙目になりながら眼前の男を睨む。
「よし、いい子だ」
 気持ちいい笑顔を浮かべ、弟はルナの頭をぐりぐり撫でる。乱暴にはしていないが、元々力が強いせいもあり、ルナは首から上がもげるんじゃないかというくらい頭を擦られた。
 気が付けば、顔の左半分は乾き始めた精液でかぴかぴになり、嫌な匂いを放ち始めている。
「うぅぅ……もうやだ、帰りたい……コーヒー飲みたい……」
「よしよし、後で飲ませてあげるからな」
「そういう意味じゃなくてぇ……ふあぁッ!」
 弟がスキンシップを計っているうちに、兄はルナの割れ目を開発するのに一生懸命だった。
 ルナは口を犯されている感触に翻弄されていたため、股間をいじくりまわされていたことにも気付けなかったのだが、感情の揺さぶりがひと段落したことにより、改めて肉壺の開発に感覚が持って行かれたのである。
「うむ、さすがに」
「あふぁ、ひゃあぅッ!」
 割れ目をぐりぐりと弄られ、足の裏をくすぐられるような感触に身悶えする。ゆっくりと、丹念に膣へと至る道を開拓され、喘ぎ声も慢性化し始めてからようやく、花びらがいい感じに開き始めてきた。
「はぁ……ふぇ……」
 内側から潤滑油が零れ落ち、ルナの声にも落ち着きがなくなってきた。
「ふむ」
 兄は満足げに頷き、ルナを布団に優しく押し倒す。成す術もなく両脚を広げられ、その間に準備万端の兄が割って入る。雄々しく天を突き上げる肉棒は、年端も行かない妖精の身体と対比するとその凶暴さが手に取るように解った。
「兄貴、強姦はいかん。強姦はいかんぞ」
「承知している。しかし、そういうお前こそ無理やり咥えさせていたであろう。自戒しろ」
「確かに……それは、まことに申し訳なく思っている。すまんな」
「ふあ……な、なによぉ……」
 何やら兄と通じ合った弟がルナの頭を撫で、またもルナが翻弄される。
 その隙を突いた、というわけでもないのだろうが、ついにルナの割れ目に兄の肉棒があてがわれた。
 瞬間、ルナの身体がびくっと跳ねる。
「ひゃあぅ! だ、だめっ、そこはほんとにだめなの!」
「むう」
 兄が唸る。
 滑りがよくなった入り口は、そこを亀頭で擦っているだけでも十分に快感を得ることは出来る。それでも無理やり突っ込むにはやはりルナの膣は狭く、欲望の果てに待っているのは阿鼻叫喚の地獄絵図というほかなかった。
「困ったものよのう」
「ふぁ、あぅぅ、や、あんまり擦らないでぇ……ひゃぅん!」
 亀頭で花びらを擦りながら、困っているふうでもなく快感を貪る兄。
 そんな兄をみかねて、弟はさりげなくルナの乳首を摘まみながら進言した。
「兄貴、世の中には素股という技があるとかないとか」
「素股か」
 なるほど、と兄は頷く。弟はルナの乳首を吸い始めていた。
 早速、兄は広げていたルナの脚を閉め、そこにみずからの肉棒を挟み込む。その先端はルナの割れ目にあてがい、もし入っちゃったらご愛嬌という体勢に落ち着き、ようやっと兄は腰を動かし始めた。
「ふぁあ、いやぁ……」
 ぬちゃぬちゃ、ぷちゅぷちゅ、愛液と先走り液が絡み合い、まるで挿入しているかのような厭らしい音を響かせる。弟もその音に刺激され、再び勃起した肉棒をルナの口に導く。今度は強引に突き込むことはせず、ルナに幹を扱くように命じ、亀頭を唇に押しつけている。
「んむ、ぷちゅぅ……にちゃ、くちゅっ」
「ふぉっ」
 弟が気持ちよさそうに呻く。
 上から下から、快感のようなむず痒さに襲われ続け、ルナもどういう声を発していいのか悩む。けれども、我慢しても結局は声が出る。快感か、気持ち悪さか、そんなものはどうでもよくなっていた。嬲られているのが全てだった。囚われているのが全てだった。
 こうして、欲望のはけ口になっていることが全てなのだ。
「ふぅ、はぁ……んくっ、んん……」
 そう考えると、あまり悩まずに済んだ。
 亀頭をぺろぺろ舐めると、弟が仰け反る。気持ちよさそうな声を上げると、兄が喜ぶ。その程度のことである。盗まれた分の代償は既に支払った。逆に、こちらから何かを請求してもいいくらいである。
 でも、まあ、いいか。
 太ももをきゅっと締めると、兄が切ない声を上げる。
「んふ……きもちいいのね……」
 自分でもびっくりするくらい、淫靡な響きを帯びた声だった。
 もう太ももはびちょびちょに濡れて、擦り上げるたびに愛液と先走りが混ざった液体で泡立つようになっていた。兄が腰を送り込むペースも上がっている。肉棒を突き入れ、割れ目を亀頭で擦るたびに、言いようのない衝動がルナの脳髄に叩き込まれる。
 びくびくと身体が震え、意識が遠のきかけながらも、必死に肉棒を擦り上げ、口に含む。
「ぷちゅ……くちゅ、ぬりゅぅ……」
 舌を絡め、尿道口を舐め、一刻も早く射精に導こうとする。苦しみから逃れるためでなく、単純に、射精する瞬間をもう一度目撃したい、という一心から。
 だが、弟よりも、兄の方が早く射精しそうではあった。
「ふっ、くっ……!」
 腰を送る速度が、よりいっそう速くなる。
 ルナの陰部は既に真っ赤に腫れていて、ともすれば挿入されているのと大差ないくらいのものだった。下半身を貫く震動に身震いし、呼吸も出来ないくらい激しいオーガズムに襲わる。
「――ッ、ぁ――」
「くぅっ!」
 がくん、と兄の身体が跳ね、太ももの間から生えたグロテスクな肉棒から、おびただしい量の精液が吐き出された。
 ずびゅるぅ、どぷッ、という擬音が聞こえかねないほど大量の白濁液が、ルナのお腹と、胸の上にぴちゃぴちゃと降りかかる。何回か小刻みに放たれた精液は、ルナの柔肌に淫猥な化粧を施した。
「んぷぁ……はぁ……じゅるる、くちゅっ」
「んっ、はっ、そろそろ……!」
 それと同時に、弟の亀頭も更に大きく膨れ上がる。
 絶頂が近いと感じたルナは、自分なりに創意工夫を加えた舌使いで、弟の快感を導く。
「んっ、ぷちゅっ、ずじゅるる……ん、んぷぅっ……!」
 そうして、弟の身体が一瞬硬直する。
「で、出る!」
 びくん、と大きく膨らんだ肉棒から、先ほどと同じくらい多くの精液がほとばしった。
「んぎゅ、んんんんっ!」
 どくどくと口の中に注ぎ込まれる人間の種子に、脳が焼き尽くされるほどの衝撃を覚える。それが快感か絶望か判然としないまま、なおも放出される濃い液体の舌触りをたしなむ。
「ん……ふぁ……ねとねとする……」
 ちゅぽん、と口から肉棒を引き抜いた後も、精液の味と匂いを確かめながら、最後に顔をしかめながらそれを飲み込む。ねばねばどろどろの液体は喉に引っかかってひどく飲み辛いが、精液を飲み込んでみせると弟は嬉しそうな顔をする。
 それを見ると、ルナはしてやったりと微笑むのだった。
 身体中がべたべたで、精液が降りかけられた場所は既にかぴかぴになりつつある。早いところ拭わなければ匂いが染み付いてしまうのだが、ルナは栗の花の匂いがする布団に寝転び、動くのも面倒になってしまった。
 しばらく、ルナの荒い呼吸が小屋に響く。
「ふむ」
 兄が、ルナを見下ろして満足げに頷いた。
「飼いたいですな」
 弟が正直なことを言った。
「馬鹿を言うな。妖精は野に返すべきだ」
「そうは言うがな」
 弟は本当に口惜しそうだった。
「なに、楽しみはある」
 だが兄はしたたかに笑い、遠くから響いている犬の鳴き声に耳を澄ました。布団の妖精は、いつの間にやら寝息を立てている。ルナが寝入ってしまったせいで、防音機能が無くなったのだろう。
 全裸の兄弟はお互いに見つめ合い、申し合わせたように低い天井を見上げた。

「柴犬が成長したら、獣姦でもさせるのがよかろう」

 そうだな、と弟は力強く頷いた。
 遠く、発情したような犬の遠吠えが聞こえる。
 思えば、柴犬がルナに擦り寄っていたのは発情していたからではないか――。
 その答えはきっと、数年後に出るに違いなかった。

 

 


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一日エロ東方

七月十二日
(三月精・スターサファイア)



『星に願いを』

 

 私が妖精を初めて見たのは確か八才になるかならないかという時分で、その頃の私は子どもなりにやんちゃだった。だから口うるさい親の近くにいるのが嫌で、裏手の森を遊び場にしていた。
 森には様々なものがあった。見たこともない花、植物、動物、子どもの無邪気さはそれらの自然を恐れることなく受け入れ、私は家の中で閉じこもっているだけでは知り得ない多くのことを知った。
 妖精もまた、そのうちのひとつだった。

 

 森をしばらく進むと、名もない小さな川に辿り着く。その上流には小さな滝があり、運がよければ動物たちが水を飲んでいる様子を窺うこともできた。
 私はよく滝つぼの中で泳ぎ回っていたから、純粋に水分を求めていた動物たちには迷惑だったに違いない。けれども鈍感な動物は私の存在を厭う様子もなく、乾いた喉を潤おしていた。私も大して気にせずに泳いでいた。もし、今そのような所業に及んだのなら、下手をすれば動物たちの反撃を受けるかもしれないが。あるいは、妖精の悪戯か。
 そして、ある日のこと。
 全く偶然というほかないが、私が泳ぎを楽しもうと滝つぼにやってくると、そこには既に先客がいた。
 初め、私はそれを人間だと思った。小さな身体は見るからに滑らかで、長く透き通った黒髪と、キズやシミのない肌は、美しい女の子の体型そのものだった。だが、明らかに人間と違うところもあった。
 羽だ。
 アゲハ蝶のような大きな羽が、絹糸ひとつ纏っていない少女の背中にくっついていた。呼吸をするたびに羽ばたき、運がよければ、空を飛ぶ女の子の姿を見ることができたかもしれない。
 けれど、邂逅は一瞬で終わってしまった。
「――っ!」
 激しい物音を立てて現れた私に、彼女が気付かないはずがなかった。すぐさま身を翻し、一目散に逃げ出していった。私はその背中を目で追うことしかできず、汗ばんだ身体を水で洗い流すというそもそもの目的を果たすこともないまま、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 もはや、滝つぼは泳ぐための場所ではなく、妖精を観察するための場所であった。
 あの妖精はもう滝つぼには現れないかもしれない、ということは考えなかった。良くも悪くも無鉄砲で、無邪気で、純粋で、全てが自分の思うままに進むと思っていた。子どもらしい考えだった。
 滝つぼを見渡せる茂みの中に隠れ、息を殺して妖精が来るのを待つ日々が続いた。はしゃぎまわるのが大好きだった昔の自分を思えば、よほどあの出会いが衝撃だったことがよく解る。
 不思議と、あの妖精は毎日滝つぼに姿を現した。警戒している素振りはあったが、きょろきょろと辺りを見渡すのは数分程度で、それからは無警戒に服を脱ぎ捨て、穢れのない身体を清らかな水に浸していた。
 妖精の身体は、幼い女の子のそれとほとんど同じだった。背丈こそ同年代の子どもより少しばかり低いものの、すらりと伸びた四肢に、やや浮き上がった肋骨と、ほんのすこし膨らんだお腹を見れば、羽さえなければ里の広場に紛れていても解らないくらいであった。
 乳首はまだ薄い桃色に染まっており、陰部もぴったりと閉じている。体毛らしい体毛は髪の毛くらいで、性欲の対象というよりは至高の芸術品に似た趣があった。当時の私はそのようなことを考えていなかったけれど、ただ美しいものを美しいと感じることにおいて、子どもの私は特に敏感だったように思う。
「……、ふぅ……」
 時折、妖精は人間の言葉を喋った。私は、彼女と話がしてみたいと思った。けれども、このままではそんな他愛のないことも難しいと解っていた。
 私は妖精の憩いの場を覗き見ている部外者で、妖精は人間を避けている。馬鹿正直に姿を現せば、あっという間に居なくなってしまうだろう。それでは意味がなかった。
 だからしばらくは、特に何も考えず、ただ黙って妖精の姿態を眺め続けていた。
 綺麗だな、と思いながら、いつかあの子と話せる日が来ればいいなと、無邪気に心を躍らせて。

 

 突然、妖精が滝つぼに来なくなった。
 最初は、具合が悪かったとか、忙しかったとか、それらしい理由をつけて自分を納得させていた。その一方で、本当は人間が来るのを恐れて水浴びの場所を移したとか、ただの気紛れだとか、現実的な理由も思い浮かべていた。
 諦めれば早かったのだと思う。
 後から知ったことだが、妖精は人間の里にも頻繁に現れる。人間に悪戯を仕掛けるのが好きだから、人間がいるところには必ずといっていいほど妖精の影がある。だから、ただ単に妖精を観察したいというのなら、幻想郷縁起なり先人の知恵なりに従い、適切な手段で妖精を観察すればよかったのだ。
 けれども、私はその道を選ばなかった。
 この場所に必ずあの妖精は来るのだと、愚直に彼女を待ち続けた。這いつくばった形のまま押し付けられた雑草のベッドに寝そべり、また泳ぎに来るのだと信じた。
 三日、一週間、十日が経った。
 暇があれば、暇がなくても滝つぼの傍らで息を潜め、妖怪が跋扈する夜中になる直前まで、彼女の来訪を心待ちにしていた。
 そうして、ようやく気が付いた。
 茂みから立ち上がり、木の葉の海に隠れた夕焼け空を仰ぐ。間もなく、妖精がいた水辺に夜が降りて来る。臆病な人間は家の中で息を殺し、凶暴な妖怪が幻想郷の空を切り裂くのだ。子どもながらに、その恐怖は実感していた。いくら安全な世の中に変わりつつあるとはいえ、無力な人間の子どもが妖怪に立ち向かえるはずがない。怖かった。親に口すっぱく言われるまでもなく、私は夜を恐れていた。
 だが、根源的な恐怖を越えなければ、届かないものがあった。
 手に入れたいわけじゃなかった。自分のものにしないなんて思ったこともなかった。
 ただ、このまま、何も話せないまま彼女と別れてしまうのは、どうしても耐えられなかった。
 そんな、ちっぽけな望みだったのだ。
 空は静かに橙に染まる。
 夜だ。
 星が天を巡る頃、彼女は、この滝つぼに帰って来る。
 何故、そう確信したのかはわからない。朝も昼もいなかったから、後は夜だと消去法で考えた苦肉の策だったのかもしれない。そのわりには自信満々で、これしかないという使命感を持って、私は暮れなずむ空を睨みつけていた。
 遠く、東の空の端に、一番星が輝いていた。

 

 お腹は空いていたが、それは些細なことだった。魚を獲って焼いて食べることもできたが、妖精に気取られると面倒だった。腹の虫が鳴り、そのあまりの大きさに妖精を驚かせるかもしれないという虞はあったものの、あり得ない可能性を取捨選択して思い悩むのは、よい暇潰しになった。
 肘に草の葉の跡がつく。唇に茎が絡みつく。地面に密着させることで空腹を紛らわすことはできたが、身体が蒸れてしょうがなかった。ずっと同じ体勢でいるのも辛い。けれども動けば妖精を見逃すかもしれない。悶々とする時間が続いた。
 暗闇は既に周囲を覆い尽くしている。
 幼い目は徐々に夜に順応する。耳を澄まし、目を凝らし、漂う草と水の匂いの中に、妖精の燐粉を嗅ぎ取ろうとする。妖精の羽が昆虫のそれと同じなのかどうか、当時の私には解っていなかったのだが、きっと空を飛ぶ時はキラキラと粉を撒き散らしながら優雅に舞うのだろうと、よくわからない確信を抱いていた。
 そうして、眠くなるほど、長い時間を待った。
 実際、何度か意識は途切れていたと思う。単純な睡眠欲というより、長時間同じ体勢を取り続けているため、脳が危険信号を出したのだろう。記憶の断絶があることを知り、体勢を確認した時には少し体勢が変わっていた。
 おかしいなと思い、音を立てないように少しずつ身体を動かしているうちに。
 ――私は見た。
 暗闇の中、滝が水に落ちる大きな音の狭間で、黒髪の妖精が静かに泳いでいる様を。

 

 言葉を失う。
 月光は、滝つぼの周りと妖精を皓々と照らし出していたけれど、彼女はみずから光を放っているように見えた。水から顔を浮き上がらせ、貪るように空気を吸い込む。羽が濡れても、特に気にしている様子はない。不思議な感覚だった。想像している妖精像が、気付かないうちに崩れているような。
 それでも、悪い気はしなかった。
 私が――傲慢なことだけれど、私だけが、妖精の真の姿を見ているような気がしたから。
 嬉しかった。
 もっと近くで、その姿を見たいと思った。
 動けば、きっと気付かれるに違いない。逃げられたら、今度こそ会えなくなるかもしれない。不安と願望とが激しく衝突していた。妖精は、小さな身体を仰向けにして、泳ぐでもなく浮かんでいる。まだ膨らみの少ない胸が、呼吸を繰り返すたびに上下する。水の中で彼女の腕が動き、そのたびに川の流れに逆らってゆっくりと進む。
 不意に、妖精が水に沈む。
 流れるような動作だったから、溺れたのではなく潜ったのだとすぐにわかった。ふ、と息を吐き、緊張を解く。と、同時に、意識が途切れた。
 がくん、と首が落ち、何事かと顔を上げる。滝つぼには大きな波紋が広がっており、妖精がそこに潜ったのだと理解する。まだ、そう時間は経ってない。安心した。
「なにしてるの?」
 だから、その声は紛れもなく不意打ちだった。
 頭上から聞こえてきた声は、幼い少女のものだった。弾かれたように身体を転がすと、目の前に屈みこんだ少女の姿がある。長く黒い髪、アゲハの羽、夜に溶ける白い身体。濡れた姿態はてらてらと艶かしく輝き、私の汗ばんだ身体にも多くの水滴を落としていた。
「もしかして、ずっと覗いてたの」
 責めるような口調ではなかったけれど、私は今更ながらその行為を恥じて、声も出せずに俯いていた。妖精はくすくすと意地悪そうに笑い、裸のまま四つんばいになり、私の顔を深く覗き込んだ。
「私も、こんなに近くで人間のかお見るの、はじめてなんだ」
 そう呟いて、無垢な瞳を私の瞳に合わせた。
 神秘的な容姿は、その実、人間のそれとほとんど変わらない。けれども、瞳の輝き、通った鼻筋、薄くても柔らかそうな唇、適度に膨らみのある頬、そのどれを取っても一級品だった。妖精が妖の精と名指されるのにも、納得がいった。
 彼女は、呆然としている私に、人間らしい言葉で語りかける。
「私はスターサファイア」
 スターサファイア。
 口の中でもごもごと呟き、正確に発音できるように努める。
 そのうちに、彼女は――スターサファイアは、次の興味に移っていた。
「ねえ、あなたのなまえは?」

 

 星が綺麗な夜だった。
 滝つぼから少し離れた場所に、大樹も草もない一角がある。そこから見える満天の星を、寝転がったまま眺めているのは気持ちがよかった。私は、名前を教えてくれたお礼にと、彼女にこの場所を教えてもらった。その彼女は今、私の隣で大の字になって遠い星空を眺めている。
 裸のまま話すのは、子どもながらとても恥ずかしいことだったから、スターサファイアに服を着るように勧めた。どうしてそんな人間みたいなことしなきゃいけないの? と聞かれると、答えに詰まった。恥ずかしいから、という答えはいまいち正鵠を射ていないように感じたが、とにかくそう答えるしかなかった。どうにか彼女を納得させ、私たちは晴れてこの場所に辿り着いた。
「綺麗でしょう?」
 小さく、私は同意した。
 今が何時かわからないが、こうして巡り巡る星を眺めていると、知らぬ間に長い時間が経っているような錯覚を抱いた。不意に、寝そべっているスターサファイアの手を握ろうと思い、手を伸ばしたら、もうそこに彼女の手はなかった。
 スターサファイアは、天を指差していた。
「北極星」
 ぽつりと呟く。
 憧れのような、あまりにも遠い存在を語る時のように、切なささえ感じる響きだった。
「あそこにじっと座っていて、ずっと昔から、自分勝手に光ってるの」
 凄いでしょう、と私に問いかける。
 私は頷くしかなかった。正直、スターサファイアの真意を上手く飲み込むことができなかった。けれども、指差した方角にどんと構えている一際大きな星は、確かに無数の星々の中で群を抜く輝きを帯びていた。
 彼女は不意に身体を起こし、押し付けていた羽をぱたぱたと動かす。そのたびにパラパラと撒き散らされる雫は、私がかつて期待していたような燐粉ではなかったけれど、醸し出す美しさは私が想像していたものと一致していた。
 私も起き上がり、彼女の隣で膝を抱え込む。
 他愛のない会話、名前だけを伝え合い、それ以外の大切なことは何ひとつ解っていない二人。人間と妖精。お互いに子どもでありながら、私はいつか大人になり、スターサファイアは妖精を演じ続ける。それはおそらく、幼い私の憧れだったように思う。こうでありたいと願ったのは、陶器のような美しい身体だけでなく、あまりにも奔放で、自由すぎる生き方そのものだったのだと。
 私は、また会えるかな、と尋ねた。
 黒髪の妖精は、くすくすと笑った。笑顔の意味はわからなかった。
 けれども、それを美しいと感じた。
「会えるかもしれないし、会えないかもしれないわね」
 そんな、と半ばヒステリックに私は叫んでいた。叫んだ私自身が驚いていたくらいだったのに、彼女は全く動揺することなく、神秘的な笑みを星の輝きに透かしていた。
「でも、会っても会わなくても、きっとあなたは嫉妬するわ」
 どうして、彼女はこうも捉えどころがないのだろう。
 星が絶えず動き回っているように、彼女の心もまたひとところに定まらないのだろうか。
 だから、こんなにも自由に、無邪気に笑えるのだろうか。
 わからなかった。
 それは私が人間だからかもしれないし、子どもだったからかもしれない。妖精であればわかったのかもしれないし、大人であったらわかったのかもしれない。けれども、仮定は何の意味もなさなかった。私は小さな子どもであって、その時でなければ、きっとスターサファイアという妖精に出会うこともなかっただろうから。
「人間は成長するけれど、妖精は成長しない。だからあなたは、子どものままでいる私を見て、きっと嫉妬するでしょう。だって、人間は嫉妬する生きものだもの。知ってるわ」
 人間を間近で見たのも初めてだというのに、人間の本質を知り尽くしたかのように語っていた。
 私は、何も言えずに俯いていた。
 子どもながらに、これが最後だと気付いてしまった。
 あんなにも愚直に、彼女に会うためならどんなことでもする、どんなことでもできると本気で信じていたくせに、彼女に別れをほのめかされると、途端にその決意が脆く崩れ落ちてしまう。呆気ないものだった。
 泣きそうになって、項垂れていた私の視界に、スターサファイアの顔が滑り込んできた。
「人間って、泣き虫なのね」
 ただそれだけを言い、私のほっぺたを両手で挟み、強引に顔を上げる。
 真正面に、スターサファイアの穢れひとつない顔があった。何をするのか、何をされるのか、予想がつかなかったといえば嘘になるけれど、本気だと信じられたのは、それが終わった後になってのことだった。
「かわいそうだから、おまじない」
 そっと、彼女の唇が近付いてくる。
 乾き切っていない唇はまだ潤いが残っていて、触れられている手のひらも、彼女の体温に温められてほのかな温もりを帯びている。胸の鼓動が速くなる。恥ずかしい。誰も居ないのに、こうして寄り添っているのがひどく恥ずかしいことのように思えた。けれども、離れることはできなかった。できるなら、ずっとこうしていたいと思った。幼い瞳に、スターサファイアの無垢な表情を深く焼き付けたいと思った。
 だから、目は閉じなかった。
 そうしなければ、夢だと疑ってしまいそうだったから。
「……、ん……」
 かすかな吐息と一緒に、彼女の唇が、私のそれと重なった。
 柔らかく、湿り気のある唇が触れ、感触を確かめる間もなく、スターサファイアは身体を離した。綺麗な瞳はとろけたように滲んでいて、その笑顔も、どこか妖艶なものに変わっていた。
 それも、彼女が私の顔から手を離したところでいつもの無邪気な笑みに切り替わり、呆けている私にすぐさま問いかけて来る。
「ね。元気出た?」
 私は、小さく頷いた。
 それが、星の妖精――スターサファイアと過ごした、最後の思い出だった。

 

 

 恥ずかしいことに、私はそのまま深く寝入ってしまい、起きた時にはもう彼女の姿はなかった。
 ただ唇の感触を思い出し、あの出来事が夢でなかったことを確かめるしかなかった。
 家に帰れば親に怒鳴られ、しばらく外出禁止の命が下った。やんちゃ盛りの私はその合間を縫っては例の滝つぼと星空が美しく見える広場に足を運んだのだけど、やっぱり、彼女の姿を見ることはなかった。
 それから、星が何百何千と巡り巡って、私が彼女のことを思い出すことも稀になったくらいに時間が過ぎた。
 幼い頃はあんなに喧しかったのに、所帯持ちになった途端、昔を知っている人が腰を抜かすくらい落ち着いてしまった。いちばん大きかったのは、男の子に間違えられるくらいやんちゃ坊主だった私が、妊娠して子どもを産んだことだろう。もう無茶はできないなと思った。あまり無茶と感じるような出来事も、あの妖精の一件しか思いつかなかったが。
 ともあれ、幼少期は遠い昔のこと、今は私に似たやんちゃ坊主――これは本当の男の子だけど――を抱えるお母さんだ。昔、親にあれほど怒られていた私が、あちこち走り回る子どもを叱っているのは何故だか不思議な気もするけれど、あの時、親がどんなことを思って私を怒鳴りつけたのか、その理由がすこしだけわかったような気がする。
 ずっと、子どもではいられない。
 けれども、この生き方に後悔はしていないつもりだ。
 初めてのキスの相手が女の子だったというのは、ちょっと残念だったかなとは思うけれど。
「ねー」
 五才になる息子が、キャベツを千切りしている私の裾をくいくいと引く。
 どうしたの、と問いかけると、息子はおもむろに扉の向こう側を指差し。
「羽が生えた女の子がいるの」
 どうしたらいい? と視線で問いかけてくる。
 私は、包丁を振るう手を止めて、息子と同じ目線に屈みこむ。そうして小さな頭をよしよしと撫で、これからどうすればいいのか、唯一無二の答えじゃないけれど、私なりに考えた助言を送る。
 多分、どう接しても間違いじゃないのだろうけど。

「遊んでやんな。それも、思いっきりね」

 神秘的には程遠く、それでも私なりに全力の笑顔で、きょとんとする息子にエールを送った。

 

 


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