魔 郷 |
コンスタンティノープルの木馬 | ルーミア |
々 夢 |
鼓動 | レティ |
夜 抄 |
だってしょうがないじゃない | リグル |
たのしいこどものつくりかた1 | 大妖精 | 前門の猫、後門の猫 | 橙 | 舌抜き雀 | ミスティア | |||
I scream, you scream. | チルノ | アリスゲーム | アリス | たのしいこどものつくりかた2 | 慧音 | |||
おっぱい | 紅美鈴 | 恋するリリーはせつなくて略 | リリー | fetishism | 霊夢 | |||
我ら知的なアンドロギュヌス | 小悪魔 | crescendo | ルナサ | 白黒綺想曲 | 魔理沙 | |||
paper view | パチュリー | super butter dog | メルラン | shapes of shavers | てゐ | |||
blue blood | 咲夜 | egoism | リリカ | 勇敢な愛のうた | 鈴仙 | |||
抱きしめてトゥナイト | レミリア | 昆布の憂鬱 | 妖夢 | 八意に告ぐ | 永琳 | |||
ライ麦畑で捕まえて | フランドール | いつか来る朝 | 幽々子 | 真説・輝夜姫 | 輝夜 | |||
エキノコックス・パラノイアック | 藍 | きみのむねにだかれたい | 妹紅 | |||||
ザ・インデックスフィンガーズ | 八雲紫 | |||||||
夢 想 etc |
豆柴ラプソディー | 萃香 |
映 塚 etc |
教えて! 文々。 | 文 |
神 録 |
春色ソルジャー | 静葉 |
さらば青春の日々 | 霖之助 | 夢にまで見た球体関節 | メディスン | 芋と情緒と女心と秋の空 | 穣子 | |||
心の剱 | 妖忌 | あぶらかたぶらなんぷらー | 幽香 | 雛 | ||||
虹の架け橋 | レイラ | 死神ヘヴン | 小町 | にとり | ||||
たのしいこどものつくりかた3 | 蓮子 | 四季映姫輪姦 | 映姫 | 椛 | ||||
スクラムハーツ | メリー | drop dead | スーさん | 早苗 | ||||
君は我が誇り | 毛玉 | 感度0 | リリーブラック | 神奈子 | ||||
禁じざるを得ない遊戯・absolute solo | 上海人形 | 優しくは愛せない | 幽霊 | 諏訪子 | ||||
一茎 | ひまわり娘 | カラスの行水と20世紀のクロニクル | 鴉 | |||||
陽はまた昇り繰り返す | サニーミルク | 好き好き大好き愛してる | 大ガマ | |||||
白粉の月 | ルナチャイルド | X |
ダブルヘッダー | 秘封 | ||||
星に願いを | スターサファイア | (有)求聞史紀・稗田阿求部社会福祉課 | 阿求 |
一日エロ東方
七月二十五日 |
『コンスタンティノープルの木馬』 |
木馬と言われて幼児の玩具か大人の玩具か拷問具か、そのうちいずれかを想起するかで当人の人格が左右されるかどうかという論争はさておき、世に言うトロイの木馬とは一種の姦計を指す。 敵の油断を突く、あるいは裏を掻くという策略は、膠着した戦局を打破するためには非常に重要な戦略である。良心や矜持が痛まなければ、ただ相手を打ち砕くことにのみ特化した人格ならば、それは是非もなく採用すべき作戦なのだ。 「うばー」 特に意味はない。言いかったから言っただけである。 宵闇の妖怪であるところのルーミアは、夜にもかかわらず自身の周囲にほの暗い暗闇を張り巡らせている。月明かりに照らされるはずだった未成熟な体躯は、薄い絹糸に透かされることなく無味乾燥な闇の中に隠されている。 それをルーミアと認識するのは実のところ容易いもので、人間に妖怪の妖気に値するものを正確に数値化することはできなくても、恐怖、悪寒、絶望といった生物的な上位者に出くわした時に感じる負の衝動を頼りにすれば、ある程度の感知は可能なのだった。加えて、月明かりも通さない真っ黒な数メートル大の浮遊球体とくれば、捕まえてくださいと言わんばかりの特徴と無警戒さである。 当のルーミアは、夜の散歩を優雅に楽しんでいた。すると、月明かりの差し込む薄暗い森の中に、ぐったり倒れ込んでいる人間らしき物体を見付けた。 暗闇に包まれているのに何故分かるのか、それはルーミア自身にも理解できない妖怪独特の直感としか言いようがなかった。便利なもんだ、という認識があれば詳しい説明は必要ない。 とはいえ、対象が見えないままでは襲い掛かるのも喰らい付くのも困難だ。ルーミアは周囲に張った闇を解いて、上空から静かに対象の側に降り立った。 若い男だった。里の人間が纏っているような麻の衣装に、こんな夜の闇を探索するには欠かせない斧や鉈といった武器も腰に下げられている。 「ん、んー」 しゃがみ込み、胴を指で突付いてみる。身じろぎひとつしない。突っ伏した顔はまだ綺麗で、地面に血が染み込んでいる訳でもないから妖怪に襲われたという線は薄い。 死後硬直で硬くなった肉はまずい。感触はまだ柔らかいものの、決断は早い方が好ましい。うーん、とひとつ首を巡らせて、ルーミアはえいやっと腕を振りかぶった。 肉の潰れる音がして、赤黒い液体とピンク色の脂肪分が弾けて――あれ、あのときと違うなあ、とルーミアが疑問を抱いた直後、 「――あ」 糸が切れたカラクリ人形のように、ルーミアはその場に崩れ落ちた。男の肉体は損壊したっきり、相変わらず黒く濁った液体を吐き出し続けている。 人間の背中にうつ伏せたルーミアは、小刻みに震える指でその液体を掬い取る。ほのかに赤く染まった指先を嘗めて、ああそうか、これは血じゃあないんだと思い知る。 遥か昔に味わったことのある、一種の呪法なのだと。 ざざざ、と草むらが揺れる。枝がたるみ、空から肉を持った塊が落ちてくる。それは事実何の変哲もない人間で、器用にも樹の上に姿を隠していたようだった。ルーミアを取り囲むように四人、あたかも魔方陣のように並んでいる。 「……あ、あー……」 低く呻き、溺れた者が藁をも掴むように手を伸ばす。手のひらを覆う血液にも似た呪法の媒体が、月光に彩られて鈍く輝いていた。 「や、やった……」 「本当か、本当にか?」 足音と声がルーミアに近付いていく。晴れた月夜は彼らの体格も人相も明確に映し出している。彼らはとても若く、精気が有り余っていた。想いが募るあまり、呪法に手を伸ばし人ならざる者に手を出そうとしていた。 彼らにも、同じ集落の異性には軽々しく通姦しないという道徳はあった。だが妖怪ならば構わないのではないか、人に似た形なら問題はないのではないか、なに、人を超える力があったにしても妖を越える術なら自分たちも持っているではないか――と、策を弄することも惜しまなかった。 結果、これこれこのような妖怪がいる、あ、この子結構可愛いね、いやいやこっちも捨てがたい、でもなー、年がなー、馬鹿貴様死にたいのか、などと言った論争が内輪で繰り返され、今ここに持て余した情念が結実した訳である。 「うあ、えぐいねこれ……」 「何だよただの泥人形だろ、見た目が似てても中身は違うんだから、別に気にすることねえよ」 見る見るうちに萎んでいく人形を蹴飛ばし、脱力しきった宵闇の妖怪を仰向けに寝かせる。息も絶え絶えに寝転がるルーミアは、もはや脆弱な女の子でしかなかった。紅潮した両の頬が、生来の金髪に程好く映えている。ごくり、と生唾を飲む音がどこらともなく響いた。 薄暗い闇の中、人間たちだけが獣の息遣いをしていた。 大の字になったルーミアが、精一杯の声量でくぐもった言葉を紡ぐ。 「……はぁ、は、あなたたち、なにを……」 ただそれは苦しみのせいか艶かしい熱を帯びてしまい、余計に彼らの欲情を煽る結果となった。そのうちの一人、昂りが抑えきれなくなった男は、勢いのままにルーミアを抱き起こし、他の面々を鼓舞する意味合いも込めて彼女の唇を奪った。 それは一瞬の出来事で、まだその味も深く堪能していない男たちであったから、出会い頭に触れて終わるだけの短いものであっても、彼ら自身が秘めている欲望という名の炸薬に火を灯す程度の役割は担ってくれた。 「ぁ、はぁ……」 ルーミアは、熱っぽく息を吐き出す。とろんと緩んだ瞳が、ほつれた金糸の髪が、ひどく滑らかな肌が、彼女を作る全ての要素が等しく妖艶だった。 かくして堰は決壊し、留まることの知らない獣の本能が彼らの隅々にまで瑞々しく行き渡る。 服を脱がす暇も惜しんで、キスをした男がルーミアの上着を力任せに破り捨てた。ひゃぅ、と悲鳴にも似た嬌声が彼女の内側から漏れ、それに後押しされるように男がもう一度彼女の唇に自分のそれを当てる。 今度は、触れるだけではなく、もう少し奥まで、抵抗もなく開かれた唇の中に、自分の舌と唾液を絡ませてみる。意外にも、ルーミアはあっさりとそれに応じた。不器用に絡まり合う口腔の中の小さな遊戯は、二人にしか共有できない甘美な世界だった。 覆い被さるように彼女の唇を貪る男を押しのけ、一人がルーミアの乳房に触れる。未発達で、明らかに成熟していない器を撫で回し、相手の痛み、むず痒さなどお構いなしに、触りたいだけ触り続ける。先端を摘まみ、その度に重なり合った唇の隙間から漏れる喘ぎ声が、余計に男を駆り立てた。そのうち片手が両手になり、邪魔になった服の切れ端も知らぬ間に剥ぎ取っていた。 あぶれた男二人は、下を脱がしにかかっていた。盛んに腰をくねらせる仕草が邪魔だったけれど、それは拒んでいるというよりも気持ちよさのあまりに腰が動いてしまう、という淫猥さを抱かせた。それ故に、彼らも抵抗なく事を済ませることができた。 月明かりに照らされ、露になった女性の秘部を窺い、二人はしばしそこに見入っていた。魅入られていたと言っても過言ではない。一種の憧憬すら抱いていたものが目の前にあり、それは外道と言われる過程を踏んでいたにせよ、罪悪感など三途の川に流してしまえるくらいの感動が二人を包んでいた。 今やルーミアの矮躯には布切れの一枚も掛けられておらず、ただ金色の体毛と白く柔らかい肌、空から降ってくる金色の明かりだけが彼女の衣装だった。付け加えるなら、辺り一面に充満している卑猥な熱もまた。 「んちゅ、ちゅぷ……ぅん、はぁ……」 ひたすらに咥内を舐め合っていた二人は、硬く結ばれていた唇をはがす。離れていく赤い唇と唇の間に、銀色の糸がたわんで落ちる。 そうして男は、彼女の股間を注視している男二人に、 「おい! そこはおれが先だって言っただろう!」 異常なほどの怒声を浴びせ、浮き足立っていた面々が肝を冷やす。ただ胸を揉み続けていた男だけは変わらずルーミアの胸を苛め続け、顔を寄せてその先端に歯を立てていた。 「ひゃぁ! そ、そこはぁ……ん」 黄色い叫び声が好ましくて、強弱を付けて何度も何度も小さな突起を舐め、かじり、責め続ける。ひぅ、ゃぁん、きゃぅ、という喘ぎ声に触発されて、ルーミアの恥部に魅入られた男たちも、多少未知の恐怖に怯えながら、最終的な目的地に忍び寄る。 キスに飽き足らず、件の男が人差し指でルーミアの陰部に迫る。陰毛は少なく、黄金に輝くそれが稲穂の輝きに似ているなどという場違いな想像さえ抱かせた。 未だに開かれることのない秘部に、無骨な指先が触れ、ルーミアが呻く間もあればこそ、 「んあぁぁっ!」 加減の分からない指先は一気にその根元まで、ルーミアの柔襞を突き刺していった。ぴちゃぴちゃと淫らな水音が夜に溶け、唇や乳房を犯した時とは比べ物にならない嬌声が彼女の喉から吐き出される。 面白くなって、男は湿り気のある襞の中を右に左に上に下にと掻き混ぜる。我慢し切れずに漏れかけた喘ぎ声は、胸を弄くり回して男の唇に遮られた。ぐちゅり、じゅり、という濁音が下から、ちゅぷ、にちゅ、という淡い重なりが上の方からこぼれおちる。 「ちゅぅ、ぷちゅ……はっ、はぁ、もう、いいかげんに……ぅあぁぁっ!?」 ルーミアは、衝撃に身を仰け反らせる。びくびくと数度痙攣して、倒れこんだまま力なく顔を下に向けた。 ルーミアの膣を指で貫いていた男は、濡れた三本の指を彼女に見せた。そしてもう一度、それらの指を容赦なく濡れそぼった秘所に突き入れ、抜き差しを繰り返す。 「あ、はっ、ひぃ……!」 それは拷問にも似た、快楽と苦痛のせめぎ合いだった。けれど結局は痛みを忘れるために快楽が勝ち、次第に熱を帯びた吐息がルーミアの口からこぼれ始め、それすらも吸い尽くそうと胸を摘まんでいた男が唇に吸い付く。 「ひぁ、ぁ、あぁ……ふぅ、あはぁ」 悦びが入り混じったような悲鳴を聞き、男がおもむろにズボンを下ろす。機を逃して脱げずにいたものの、盛り上がったものは足枷を失って一直線に上を見つめている。その雄姿を見、他の男たちもこぞって纏っていた服を脱ぎ捨てる。乱交に理性は不要と、妖でありながらやはり人に似た生き物とまぐわうことの違和感と畏怖心を振りほどくように。 男は自らの性器に手を添え、ルーミアの太ももに左手を置いて、その先端を彼女の入口に宛がった。けれども中から溢れてくる愛液のせいで、襞は見えているのになかなかその先に挿入することができない。 「あ、あれ……」 浮かされた頭が行為の達成を急かすものの、火照った身体とそれ以上に熱く滾っている己の分身は、背中を押されるたびに事を仕損じる。うわべを撫でるようにルーミアの秘口を擦り、それをしつこく何度も繰り返していくうちに、男の表情も徐々に険しくなる。彼女が噴き出した訳でもないのに、子どもなんだから、と自分よりも幼く見える少女に嘲られた気がする。 ルーミアの口から粘っこい吐息が漏れ、湿った燻りが彼女の陰部に渦巻いている。汗が垂れ、雫が落ち、肉と肉とがぶつかり合ってほのかな湯気をのぼらせている。 本番はこれからというときに、男は場違いな怒りに駆られてしまった。 「くそ、くそ……。なんで、上手くいかねえんだ……!」 舌を打ち、改めて自身の性器に手を添える。汗ばんだ手のひらが慣れ親しんだ分身を包み込み、それに覆い被さるように、ルーミアの手が重なった。 どきりとした。ルーミアの手のひらにはまだ、呪法の爪痕が紅々と残っている。男は、彼女の瞳を窺う。 ルーミアは嘲る様子もなくにこにこと笑っていて、
「じゃあ、私が教えてあげよっか?」 閃光が舞い、ルーミアに纏わり付いていた男たちが一瞬のうちに弾き飛ばされる。よろめきながら立ち上がった彼女は、貧血でも起こしたようにこめかみを押さえていた。 年端も行かない矮躯が月光に照らし出され、やや浮き出たあばら骨と、擦られ過ぎて赤みを帯びてしまった小さな乳房を月下にさらしていた。 暗闇に突如として降り立った少女は、紛れもなく宵闇の妖怪としてのルーミアだった。先程までの、無慈悲な暴行に為す術なく呑み込まれていた脆弱な女の子ではなかった。 ルーミアは、手に付着した呪法の媒体を、逆転されたことにまだ気付いていない彼らの胸に少しだけ塗り付けた。途端、血気盛んにルーミアの身体を貪っていた若者が、泥人形に触れたときの彼女のように、抵抗する間もなく地面に崩れ落ちた。おー、と歓声を上げたのは、ルーミアただ一人。 「すごい効き目だねー、これって。私が前に浴びちゃったのはこんなもんじゃなかったけど、素人が見よう見まねでやったにしちゃあ上出来上出来。うんうん」 こくこくと頷いて、初めにルーミアを犯そうとした男に歩み寄る。全裸であるとは思えないほどに堂々とその身をさらして、倒れた男の視界からは、どうしても貫けなかった彼女の秘部が映っていた。 「……う、ぁ……」 「つらい? くるしい? でも、ちょっとだけなんだから少しは我慢してよね。私だけがだるい思いしたんじゃ割に合わないもん」 そして、あどけない表情の裏に淫靡な笑みを浮かべて、恐怖と困惑がない交ぜになった男の顎を優しく持ち上げる。 潤んだ瞳の先にあるものは、一介の妖怪としてのルーミアではなく、ただ満たされない女としてのルーミアだった。 「時間ならたっぷりあるから、さっきの続きをしよ……?」 安心して、取って食べたりはしないから――。
湖のほとりでのんびりと串肉を食べているルーミアに、暑い暑いとぐだぐだになって飛んできたチルノが飛びかかるという事件が起きたのだが、ぐだぐだになった氷精につやつやのルーミアが敗北を喫するはずもなく、哀れ氷精は寄せては返す波と砂浜の狭間でちゃぷちゃぷと揺れるのだった。 「あぢー……あぢー……。ところで、あんた何食べてるの……?」 「んぎゅ……んんー、ひみつー」 「けちぃ……あぢぃ……」 韻を踏み始めたチルノをよそに、ルーミアは串に付いた筋肉の隅々まで舐め回していた。最後の切れ端を飲み込んでから思ったことは、やっぱり死んだ肉より生きた肉の方がおいしいなあ、ということだった。 勿論、あの蒸し暑い夜のような意味合いで。
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一日エロ東方
七月二十六日 |
『たのしいこどものつくりかた1』 |
大妖精は頭を抱えていた。 それというのも、友人にあたる氷精のチルノが何か聞きたいことがあるというので快く承ったのだが、その内容というが、 「子どもってどうしたらできるのー?」 だった。 知るかと言いたかった。 チルノもねんねじゃないんだからそんなことぐらい知ってるだろと大妖精は思うのだが、当のチルノは知ったこっちゃねーと開き直る始末だった。 こいつ、絶対知ってやがる。 大妖精は両手でチルノの頭を掴んだ。強めに。ぎりぎりと。 「チルノちゃん、ばかにしてるんだったらそのへんにしとかないと怖いよ?」 「ばぅ、ばかになんかしてないよー。あたいはただあんたにそのへんのことを教えてもらいたいだけなんだからー。あぁあとあたまいたいー」 あくまで白を切る。どうしようもなかった。かといって、額面通りに受け取って性の何たるかを熱く語る気にはなれなかった。大妖精もまた外見年齢はともかく心はある程度乙女らしき構成素で出来ているものだから、軽々しくそのへんのことについて熱弁を振るうのは躊躇われた。恥ずかしいし。 彼女たちは今、湖のほとりにある木陰に隠れている。朝も早くから降り注いでいる太陽の熱波から逃げ出して、妖の気配すらない大樹の陰に潜んでいたら、チルノがいきなりくだんの台詞を吐き出したのだ。 さては脳が蒸発したのかと不謹慎なことを思ったりもしたが、詳しく聞いてみるとそうでもないらしい。 何でも、ここ最近生まれて間もない人間の赤ちゃんを見たり抱いたりなどしているそうで、どうにもその命が生まれる過程について並々ならぬ興味を抱いてしまったようなのだ。 だったら図書館でも知識人にでも人間にでも聞いてみればいいじゃない、と尤もらしい忠告をすれば、 「行ってはみたんだけどー、専門書とかはわけわかんないし、あたまいいやつにはオシベとかメシベとか言われるし、けーこーひにんやくとか変なくすり出されるし、なんかちんぷんかんぷんでさー」 と、にべもない答えが返ってくる。 「じゃあ、あたいにいちばん近いひとに聞くしかないじゃない? それも、できるだけくわしく」 「ぐっ……」 四つんばいで迫ってくるチルノが放つ瞳の輝きに、大妖精の口から断末魔の呻きが漏れる。 しばらく無言で見つめあった後、大妖精がはあとため息を吐いた。それは事実上の敗北宣言であり、チルノの表情もぱあっと明るくなる。どうしたもんかな、と大妖精はぐったりと項垂れ、でもまあ仕方ないか、と観念するよりほかなかった。 どうせ、しなければならない話はひとつしかないのだし。 どこの馬の骨とも知らない輩に妙な性知識を埋め込まれるよりは――そして自分に迷惑が降りかかるよりは――、己の口からちゃんとした情報を与えた方が好ましい。あるいはその行為には、大妖精の思うとおりにチルノの思想を誘導してしまうという側面も潜んでいるのだろうけど、そんなことなど知ったこっちゃなかった。 こほん、と大樹の幹に背を預けながら、ひとつ咳払いをする大妖精。一方、ふむふむと胡坐を掻いたまま地面に両手を突くチルノ。 「え、えーとね……オシベとメシベがね……」 「それ前に聞いた」 「そ、そうだね……。あぁ、もう! なんで私がこんな恥ずかしい思いしなくちゃならないのよう!」 とうとうブチ切れてしまった大妖精をきれいに無視して、チルノは気だるげにある提案を持ちかける。 「じゃあさー、いっそのこと脱いで説明してよー」 「やだよ! ていうか『じゃあ』って何なの!?」 「おとことおんながどーこーてのはわかってるからー、その先のことをお願いしますせんせー」 「だからやだよ! チルノちゃんが脱いでよ!」 「えー、横暴だよー。そういうのはせんせーが先導してやるもんだよー」 ああ言えばこう言う、まさに悪ガキのお手本のようなチルノだった。大妖精は、握り締めた拳のやり場を探して、やっぱりごつごつした幹にそれを叩き付けるしかなかった。上からぱらぱらと虫のようなものが落ちてきたが無視する。 もういっそのことチルノの脳髄を斜め四十五度の角度から的確に手刀を振り落として速やかに昏倒させて、明日の朝には氷精チルノという自我すら忘却の彼方に葬り去ってやろうかと考えたりもしたが、それは妖精的にファンシーじゃないだろうと思いなおした。 というか、脱げってなんだ。 「もうやだ……。こんな、こんなだれが見てるかわかんないところでストリップみたいなことを……」 「うちの中ならいいの?」 「うぅ……」 泣きたかった。だが泣いたら負けかもしれないとも思った。 結局のところ、このような状況下に置かれた時点で大妖精の敗北は決定していたのだが、負けを認めたところで彼女にはその先が待っている。思えばそれこそが彼女の絶望であり、救いようのない結末であると言えなくもなかった。 大妖精はがっくりと膝を落とし、わかった、わかったよぅ、とうわごとのように繰り返した。わくわく、と擬音が表面化するくらいに瞳を輝かせるチルノを見るに、真に罪深きは無知なるものと罪を罪と自覚していないものなんだろうなあ、と達観する大妖精だった。 潤んだ瞳でリボンに指を掛け、丁寧に、途中でチルノが心変わりするんじゃないかと期待するように時間を掛けて、それでもやはり、織り合わされた布が一本の線になり、丈の低い草に埋もれるまでチルノはただの一言も喋らなかった。 腕を交差させて、服の裾をまくりあげる。ちょうど胸の下を越えるか越えないかというときに、 「だ、誰もいないよね……?」 露になりそうでならない胸をうまく隠し、真っ赤になりながら周囲を見渡す。背後には鬱蒼と茂った森、前方に見切れるのは紅魔の湖、何かの拍子で妖精がひょいと顔を出さないという保証はどこにもなかったが、チルノはまあいいやとこくこく頷いてみせた。 大妖精も気が動転していたのか、チルノちゃんがそう言うなら、と一気に服を脱ぎ去る。その際、羽は邪魔になら ない。そういう仕様なのである。便利ですね。 脱いだ服を傍らに置き、それでもやはり吹っ切れはしないのか終始俯いたままぶつぶつと愚痴や呪詛のようなものを吐き続ける大妖精に、チルノはとりあえず何か言うべきだろうと思って、 「あぁ、うん。大ちゃんのおっぱいきれいだよ!」 よくわからないフォローをして、大妖精はまぶたを擦った。チルノちゃんだからね、チルノちゃんならしょうがないよね、と諦め調子に無理やり笑ってみた。 何故か死にたくなった。 「でもやっぱ、おっぱいちっちゃいよねー。前にあたいより大きいとか言ってたけど、そんなわけあるかーい」 むにむにと、ノーモーションでふくらみかけの乳房を撫で回す。覚悟も準備もなくいきなり触られてしまったので、大妖精もどう反応すべきか見当も付かず、悲鳴も嬌声も出せぬまま、二度三度揉まれている間ぼーっと地面に座り込んでいた。 チルノもふにふにとした感触を味わい終えたのか、ふーん、ほへー、とか感慨深げに自分のそれと比較したりして、やはり呆然と座り込んでいるだけの大妖精にバトンを渡した。 「あ、じゃあ次どうぞ」 促される。 進行を遮っていたのはチルノちゃんでしょうが、という機能的な指摘もできない大妖精は、その言葉に盲従して上から順に解説を始めた。自分でもなんでこんなことしてるんだろうなあわたし、などと冷静に己の愚かさを省みたりしていたが、結局はチルノちゃんだから以下略というところに行き着いてしまう悲しさが以下略だった。 「ぇ、ぇー、ここがあれね。母乳が出てくるところ。赤ちゃんが生まれたら、ここから赤ちゃん専用の飲みものが出てくるの」 「ふーん……」 痩せぎすな躯の上部に位置する小ぶりな双丘と、その頂上にあるピンク色の突起にチルノの焦点が合う。 「ちちちちなみにいま吸っても出てこないから! そりゃあもうびっくりするくらい何も出ないから!」 「あんた、あたいを何だと……まあいいや、次行って次ー」 ものすごい勢いで拒絶の意志を示す大妖精の態度に辟易して、チルノはひらひらと手のひらを振る。決死の思いで半裸になった大妖精は、何だか脱いだ甲斐がないなあと思い始めていた。それでもチルノの目がやたらと大妖精のスカートの奥に向いているものだから、大妖精もその勢いに押されてごくりと生唾を飲み込んでしまうのだった。 「次って……やっぱり、下?」 「うん下」 真摯に頷く。チルノはいつになく真剣だった。 「実は赤ちゃんって口から出てくるんだよ。おえぇぇぇって」 「嘘こけ早よ脱げや」 「ひ、ひどい……」 というか嘘って分かるならもういいじゃん勘弁してください。大妖精は全てが信じられなくなっていた。それでもチルノが瞳をぎらぎら輝かせ以下略だからその勢いで、こうなると大妖精もなんか脱がないと収まりつかないなあと思えてきた。 ぐい、とスカートと肌の隙間に手を差し込み、おぉ、と声を上げるチルノと大妖精の目が合う。 「……うぅ」 「う?」 「うぅぅ……」 大粒の涙を流しながら、スカートを下ろすか下ろさないかの狭間で触れ動く微妙な妖精乙女心(語呂悪い)。 流石にチルノもこれはまずいと思い、咄嗟に慰めの言葉をかけた。 「も、もれそうなの?」 フォロー失敗。 「チルノちゃんのばかー!」 「ぶほっ」 渾身の掌底を鳩尾に喰らい、一気に押し倒されるチルノ、その拍子にすぽーんと脱げる大妖精のスカートと小さくてぷりっとしたかわいいおしり。スカートの中には何があるの? そこにはね、男の子たちの夢がつまってるんだよ――。 なんか聞こえたがとりあえず無視してチルノを脱がしにかかる大妖精。もうとまらない。泣きながら親友のリボンを解きかいがいしく服を脱がす動作は、哀愁を感じていいものか声を上げて笑っていいものか判別できなかったものの、客観的に見れば途轍もなくいやらしい絡み合いであった。 小さな小さな妖精たちとはいえ、小さな小さな妖精たちだからこそ、無邪気であるにもかかわらず、この上なく厭らしい行為に見えてしまう業の深さはいかばかりか。 「私は脱いだから、今度はチルノちゃん! そっちの方が説明しやすいもん! どこから赤ちゃんが出てくるか教えてあげるから! 懇切丁寧に!」 「い、いいよ! もういいから! ごめん、大ちゃんはよくやったって! ぁ、だからちょっと、そこは、ふぇ、ちょ、変なところばっか触らないでよばかー!」 半裸の妖精と氷精が、お互いの恥ずかしいところを触り合うという卑猥な空間が構成される中、太陽は比較的高いところまで昇っていて、長かった影も次第に小さくなっていた。
結局、チルノが「こどものつくりかた」を大妖精に教授されることはなく、興味本位の講習は次の機会に持ち越しとなった。 後日、幻想郷の面々に配布された文々。新聞には、 『夏の名物!? 妖精たちのアブない火遊び!』 と題されたゴシップ記事が掲載されており、「けーこーひにんやくとか変なくすり出されるし」「チ○ノちゃんが脱いでよ」「中ならいいの?」「○ちゃんはよくやったって」などいった淫猥なやり取りが事細かに綴られていた。人と同じように妖精の噂も七十五日を越えるまで大人しくする必要があるかどうかは不明だが、その刑期を終える前に文々。新聞側が訂正記事を出すという異例の審判が下されたことで、事態は一応の解決を見た。 その後、事件の渦中にあった大妖精の晴れやかな笑顔と、羽をむしられギプスを嵌め絆創膏だらけになって辺りを徘徊する文々。専属記者の沈痛な面持ちが、幻想郷の住民に確かな歴史として刻まれることになったのは、もはや周知の事実であると言えよう。
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一日エロ東方
七月二十七日 |
『I scream, you scream.』 |
ある暑い日。 チルノと大妖精は手頃な木陰に隠れ、ほのかに流れる涼風を味わっていた。大妖精はいい風だねーと目を細めていたのだが、氷精チルノに至っては氷精という属性を冠しているだけのことはあって、ぎんぎらぎんに降り注ぐ太陽光線に溶けて流れて湖の底に沈殿してしまいそうな勢いだった。 「だめぇ……死ぬぅ……」 うつ伏せに倒れ込む友人の姿を見ても、いつものことだと頬を緩めるだけ。友人にしてはなかなか薄情な態度だったが、チルノはそんなことなどお構いなしに自分の言いたいことを言い始める。 「だが……こんなこともあろうかと……」 「あろうかと?」 「あろうかと、あたいは事前にアイスキャンディーを用意していたのだー! きゃーすごい! 褒めて!」 「わーチルノちゃんすげー」 適当に褒めちぎる。なんだかんだと大妖精も暑くてだれているものだから、チルノの唐突なノリにきっちり付いて行くことは稀だ。 「ごせいえんありがとう! じゃあちょっくら取ってくるね! 暑い! 死ぬ!」 うなぎのぼりのテンションに反比例して加速度的に削られていく生命力。蛇行しながらも、何とか氷精の意地を見せて氷菓子が作られている氷室に到着し、滞りなくアイスキャンディーを二本だけ持って帰ってきた。氷精たるチルノが直々に運んできたから、熱気に溶けることもないクール仕様なのである。便利。 これあんたの分ね、と汗だくになったチルノが差し出したブルーハワイのアイスキャンディー。一般的なそれより太めに出来ている。そして硬い。 「わ、本当だったんだ……。ありがとー」 「なんか引っかかる言い方だけどまあいいや! おいしくいただきなさい! 褒めて!」 「ひゅあ、ひるのひゃんふげー」 「もう食ってんのかよ!」 無駄に元気だった。 やがて興奮することにも飽きたチルノは、自分で型に嵌め込んで丹念に作り上げたイチゴ味のアイスキャンディーを、ぱくっと口に含んだ。 「ん……ちゅ……」 その表面を、上唇と下唇で擦り上げる。年端も行かない容姿の少女の唾液が、一本の長い氷棒にまとわりつく。 チルノは、やや赤みの帯びた舌の先端をちょろりと出して、徐に氷棒の先っぽを舐め始める。はじめは上下に、次第に右から左へ、その逆、斜めに飛んだり円を描いたり、たまに舌先を尖らせて棒の真ん中を突付いてみたりする。まだ、何も出てこない。 チルノはどこか悔しそうに眉をひそめ、今度は竿の幹を啄ばむ。歯のない生物のように、唇だけで胴の部分を刺激する。ときにざらざらとした舌で突付いたり舐め回したりしながら、少しずつ根本まで降りてくる。ちゅぱちゅぱと、舌が触れるたびに唾液と氷棒から噴き出てくる液体が絡み合う。 「……うわ、どんどんあふれてくる……ちゅぅ、れろ、れる」 とめどなく垂れてくる雫を吸い取りながら、食んでいた幹の裏側を攻める。とろとろとした液体を舐め尽くし、最後にもう一回、口をすぼませたまま硬くて太い棒を喉元まで飲み込む。苦しげに顔を歪めながら、舌も絡ませて喉の奥深くでこすりあげるように。 「はむぅ、ぅぅ……、……んっ、ちゅっ」 口から吐き出され、きれいになったそれの先っぽに可愛くキスをする。ふう、と冷たい息を吹きかけると、溶け始めていた氷がまた元通りの硬度を取り戻す。その雄姿を見て、チルノは初めにそれを見たときのようにうっとりと瞳を潤ませた。 「あぁ……まだ、こんなに元気なんだ……」 ちなみに、大妖精は普通にアイスキャンディー食べている訳ですが、正直、味なんかよく分かりません。 チルノの舌技にもう釘付けです。 「ち、チルノちゃん……えっちぃ……!」 大妖精の手は、溶けたアイスでべったべたです。 一通り氷棒を舐め終えたチルノは、どうしようかと思案した後、あーんと大きく口を開け、棒の先端から根本まで口の中に含んだ。胴回りのある突起を小さな舌でくるみ、またすぐに唇の辺りまで引き戻す。先っぽは唇と歯の間に含んだまま、またそれを喉の柔らかいところまで突き入れる。 「じゅっ、ずずっ……じゅる、ちゅぷ……」 そんなことを何度も繰り返して、激しく出し入れされている唇の隙間から、涎とも何とも言えない雫が垂れている。気付いていないわけでもないのに、チルノはそれを拭わない。 そんなことより、薄くとも柔らかい唇で先っぽを擦り、軽く歯で噛んでみたり、頬の裏の肉に硬いものを押し付けて、頬が不自然に膨らんだりしている様を感じていたかった。歯茎に触れれば、意識が飛びそうになる。喉の硬いところと柔らかいところにぐりぐりとこすり付け、その度にたくさん液体が溢れてくるから、チルノはまた嬉しくて何度も同じ事を繰り返すのだ。 少しずつ、氷棒が磨り減っているのを感じ、チルノは早々にスパートをかけた。いちばん消費が激しい先端に照準を合わせ、同じところをしつこくしゃぶり立てる。 喉元まで吸い上げることはせず、唇と舌先で、いやらしく音を立てて、咥えては舐め、舐めては咥える。チルノの顎の下はべたべたに汚れていて、それでも汗か涎か何か別のものかは判別が付かなかった。 「ぶじゅっ、ちゅく、んっ、んっ、じゅる……ふぅ、うん、ちゅ、んっ、ぷちゅ、じじゅ、ん、ん、んっ!」 終わりが近かった。チルノは口をすぼませ、先っぽを口の中に含んだまま大きく舌を動かす。歯を使い、唇も小刻みに上下させ、やがてやってくる大きな波に備える。 舌の先を棒の真ん中に突き刺し、舐め続けていたところを強く噛んで。 「ぷちゅ、じゅぷ、じゅ、じゅっ、じゅっ、んっ、んっ、んっ、んんぅ…………!」 その先っぽから、どろっとした濃い液体が勢いよく吐き出された。 ぴゅ、どぴゅっ、と絶え間なく溢れ出す汁を喉の奥深くに受け、苦しそうに呻きながらも、何とかそれを飲み込んでいくチルノ。 「ん……んぎゅ、ごく……ん、んくっ……ん、んっ」 とろんと焦点の合わない瞳をさらしていたチルノも、濃厚なミルクの放出が終わると、ようやく咥えていた氷棒を口から抜き放った。ぷちゅる、と断末魔の喘ぎ声が聞こえる。 「ん、んふぅ……。こんなに、たくさん出しちゃって……」 口の端から、飲み干しきれなかった白濁液の残滓が垂れている。それ下から掬い上げて、口をあーんと開けたまま、指先を棒に見立ててちゅぱちゅぱと舐り回す。 「ちゅく、ちゅ……んんぅ、おいしい……。とろとろ、してる……」 粘っこく、甘い吐息が吐き出される。 とろけた調子で、涼しい風が吹く草むらに跪く。いまだ精悍に起立している氷棒を見、呆と息を吐き、また貪るようにしゃぶりついた。 「ちゅる……ぬちゃ、じゅぅ……」 中に残っている白濁を、全て余すところなく吸い尽くすように口をすぼめる。奥まで飲み込んで、何度も何度も、一心不乱に舐り続けていた。 そんな破廉恥チルノの様相を、呆然と眺めているのはもう忘れられているかもしれない彼のの大妖精。一回二回うわべを舐めたっきりのアイスキャンディーが、太陽に負けてぽたぽたとべたついた雫を垂らしている。 それというのも、チルノが、友人であるところの氷精チルノが、あの外見と内面と行動が三拍子揃っているチルノが、アイスキャンディーを頬張った途端あらまあ奥さん聞きました? みたいな絶技を披露している横で、生半可な舐め方をするのはどうにも躊躇われたのだ。 別に張り合う理由もないのだが、いやだってあれ見たらさあ別のもん食べてるみたいなんだもんどうすんのこれ、しばらくアイス食べられないじゃないのじゃあカキ氷とか? などと割合あっさりと問題が解決してほっと胸を撫で下ろした頃、すっかり精気を吸い取られたアイスキャンディーの芯をかじりながら、特定食品摂取時公序良俗に反する疑いのある児童の特Aランクにごぼう抜きでランキングされたチルノが、何故か四つんばいのまま大妖精に接近していた。 びくっとした。 正直、幅広い意味で食べられるんじゃないかと思った。 そんな大妖精の直感は、半分正解で半分的外れだった。 チルノの興味は、初めから別のところにあった。そう――。 大妖精が握っている、やや溶けかけのアイスキャンディー。 「だいちゃん……」 「え、ぁ、はい! ななななんですか!」 呼びかけられ、緊張のあまり直立不動で凍り付く大妖精。 だがチルノは、熱病に侵されたような熱っぽい声で、 「それ、もったいないよぅ……。いらないんなら、あたいにちょうだい……」 大妖精の手にある、一本の氷棒を咥え込んだ。 だらんと下げた手の先にあるそれは、位置的に大妖精の腰に近く、つまり後ろから見ると誤解も何もあったもんじゃない桃色空間。万歳。 「はむぅ、ちゅぅ……もう、べたべたになっちゃうじゃない……」 言いながら、くすりと笑う仕草がやけに艶かしい。大妖精が摘まんでいる部分に、チルノもまた指をかける。親指と人差し指でわっかを作り、それを支えにして露が溢れている氷棒を舐め回していく。 「んっ、んっ、じゅぅ、ぷちゅ、れる、れろぉ……」 地面に片手を突き、大妖精の顔を窺うように、上目遣いで棒を咥える。ちゅぽちゅぽといやらしい水音が重なり合い、呆然と見下ろしている大妖精の方が、何だか妙な錯覚を抱いてしまいそうになり――。 「ちゅる……んっ、んっ……、……だいちゃんの、おいしい……」 このへんが限界。 「わぁ――っ!」 「へぎぃ!」 サブマリンのごとく水平線から急上昇する掌底を喰らい、舐めかけのアイスキャンディーもろとも物の見事に引っ繰り返されるチルノ。その有段者じみた技を放った大妖精は、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、アイスを咥えているチルノを睨んでいた。涙目で。 「だめ、だめだよ! チルノちゃんは、チルノちゃんはそういうことしちゃいけないの!」 「ふぁいすおいひいよー」 大妖精は全く聞いていない。殴られたことを気にも留めないチルノもまたかなり器が大きいのだが。 「チルノちゃんは、アイスをがりがりかじって頭がきーんってなって、ぶんぶん頭を振り回してるときに勢い余ってアイスを鼻の穴に突っ込んじゃって『ふがーふがー!』とか言ってるようなそんな女の子なの! こんな、こんないやらしいのはなんか違うのー!」 「ふぉんなおんなのこやよ」 どんな女の子だよ、とチルノは言ったが大妖精には伝わらなかった。 ちゅぽん、とアイスを引き抜いて、チルノが一応弁解のようなものを吐き出す。 「んぅ、だってさぁ、これが幻想郷に伝わる正しいアイスの食べ方だって教わったよ? そのために、ちゃんと練習だってしたんだから――」 大妖精は、咄嗟に空を仰いだ。その視界を遮るのは巨大な樹とその太い枝葉、そして重厚な凹凸の輝きと向こう側に透けて見える不躾なまでの不純な瞳。 「そこか……!」 大妖精名物テレポーテーション。一瞬で接敵が可能です。 ありゃ、と友人が突如として喪失してしまったのを見るや、まあこういうもあるよね、と簡単に諦め、その場に座ってぺろぺろとアイスを舐め始めるチルノ。今度は、さっきと違って舌を出したまま氷棒の先端をれろれろ舐めているだけ。 一方、陰謀と怨念渦巻くレンズの向こう側では、 「またあなたですかー! あなた、チルノちゃんになんてことをー!」 「だまらっしゃい! 新聞にも様々な情報を記載する必要があるのですよ! 例えばグラビア写真とか投稿ちょいえろ話とか!」 「見境ないじゃない! それでも記者としての誇りはあるのっていうかチルノちゃんがチルノちゃんがもうー!」 「痛! 暴力、マスコミに暴力を! このことは早速次回のネタに痛い痛い痛い主に関節! 関節ー!」 わーわーぎゃーぎゃー、カラスの羽も妖精も羽も等しい速度でぱらぱらと落ち、チルノの前をそらそら舞っては夏の風に吹き飛ばされる。 んー、とアイスを咥えたチルノは、二本も食べたせいでかなり冷えたおなかをぐりぐり擦りながら、 「まったく、みんなげんきだねー」 と、他人事のように呟いた。 きーん、と、頭の後ろで冷たい音がした。
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一日エロ東方
七月二十八日 |
『おっぱい』 |
手紙を、書こうと思った。
彼女の名前は何の誰それ、名無しの権兵衛と揶揄するわけでもないが、派手でも地味でもない名前だったから彼女の同僚からは「あんた」とか「あなた」とか指示代名詞で呼ばれることが多かった。 彼女は、外見も能力も妖怪らしからぬ妖怪だった。羽もなく、力も弱く、度胸も胆力も威勢にも覇気にも欠けていたから、どこの部署からも蔑ろにされていた。私が率いている守衛部隊にも一時期配属されたことがあったのだけど、あまりに要領が悪かったものだから、彼女と守衛の仲間のためを思って彼女の異動を上申した。 それでも唯一、人間の女性が持っているような気配りだけは備わっていたから、たびたび私やメイド長の部屋にも給仕をしにきた。他にもパチュリー様やフランドール様の部屋にも伺ったことがあるというのだから、確かに度胸や胆力が欠けていなければ、とてもじゃないがそんな大層なことはできなかっただろう。 彼女は透き通った黒髪と黒瞳、やや浅黒い肌が印象的だった。伸ばした前髪は左目のほとんどを覆い隠していて、その髪型は俯きがちな彼女の表情を余計に見えづらくさせていた。背丈も低く、並んで立つと私の肩くらいしかない。小さな身体でちょこまかと動く様子がやけに可愛らしく、こっちが微笑んでいるのを見るや、真っ赤になって俯いていたものだ。 そんな彼女が、紅魔館を離れると彼女の口から聞かされたとき、私は不意に「嘘でしょ?」と呟いていた。それくらい、彼女はここに合っていたのだ。確かに人の形をした妖たち魑魅魍魎が横行闊歩する紅魔の舘に、彼女のような弾幕の張り方も分からない者が住んでいるのは一見不釣合いに見える。だが、縁の下を支えているのは往々にして戦う力を持たない者たちであり、彼女はこの紅魔館を幻想郷の色に馴染ませている立役者の一人だと、私は真剣に思っていた。 その告白を受けたときのことは、今でも鮮明に思い出せる。 いつもようにベッドメイキングを終え、ぺこりと一礼して後ろ向きに退出しようとして、彼女は珍しくドアノブに手を掛けたままじっと佇んでいた。私は「どうしたの?」とベッドの上から声を掛け、彼女もまた「何でもありません」と一度は言った。けれども、彼女はなかなかドアノブを回そうとしなかった。 彼女はこれから、メイド長の部屋や図書館にも回らなければならないはずだ。何か言うべきことがあるなら、早く告げてしまわねば仕事に差し支えてしまう。何より、彼女が今の仕事に誇りを持っていたから、その時間配分を他愛もない駄弁りで乱すことはないはずだった。 それ故に、彼女が口にしようとしていることはとても重要なことなのだと、分かってはいた。 「美鈴さん」 彼女は私を名前で呼ぶ。守衛部隊にいた頃は隊長だったのに、私が彼女を異動させてからはずっと本名にさん付けだった。疎遠になるはずだと思っていたのだが、長いこと生きても縁というものは分からない。 だから。 「私、ここを離れることにしました」 縁が途切れるときもまた、唐突なのだろう、と。 彼女はいつも独りだった。食事も、休憩も、自分の時間を生きているとき、彼女の隣には誰もいなかった。もしかしたら私が知らないところで仲の良い同僚がいたかも知れないが、それが希望的観測であることも分かっていた。 ある日、彼女が紅魔館の中庭にあるケヤキに寄り添っているのを見、折角だからと隣に座らせてもらった。無論、彼女の許可などもらっていない。いきなり相席する羽目になった彼女の動揺はいかばかりか、残念ながら私にそういう配慮をする瑣末な神経はなかった。 ちょうど、私が彼女を別の部署に回した直後だったから、いろいろとややこしい時期だったのだろう。本来ならば接し方をも考えなければならなかったのだろうが、もう後の祭りだ。 彼女は、膝を折り曲げて力なく座り込んでいた。私は、両足をだらんと伸ばし、手のひらを地面にさらし、何も考えないで木の幹に寄り掛かっていた。一度こちらを窺ったきり、何も語ろうとしはなかった。ふあぁ、とあまりの青天に欠伸が出て、それをきっかけに彼女が何事か話し始める。 「なんで、ここに来たんですか」 「不思議なこと聞くわね。来たかったから、じゃあ不満?」 「もっと、別のところがあるじゃないですか」 「私はここに座りたかったの。気持ちいいしねー、空とか風とか」 うーん、と大きく腕を伸ばす。彼女はしばらく私の横顔を眺めていたが、やがて興味を失ったのか、また明後日の方角を睨みつけていた。 「美鈴さん」 「なにー」 「……怒らないんですね、さん付けでも」 「怒る理由がないもの。どうせなら、敬語もなんもいらないと思ってるんだけどね。それじゃ示しが付かないって言い分も分かるし、難しいもんだわ」 ははは、と瑣末なことだと笑い飛ばす。彼女はきょとん、と目を丸くしていて、最後にふっと顔の筋肉を緩ませた。長く垂れた前髪が揺れ、隠れていた彼女の全容が明らかになる。 「あぁ、なんだ」 どうして私が安堵の息をついたのか分からず、目を丸くした彼女の前髪を耳元にのける。 「いつも申し訳なさそうな顔してるから、もしかして、笑ったことないんじゃないかと思ってたの」 でも、と付け加えて、気兼ねなく彼女の頭をぽんぽんと叩く。他人に触れられることに慣れていないのか、彼女はされるがまま、ぐっと身を硬くしていた。 「口説き文句みたいだけど、笑った方が可愛いよ。あなた」 お手本を見せるように、私も莫迦みたいに笑ってみた。彼女もまた、慣れないながら頬を緩めて笑っていた。 それから何日か経って、彼女が私の部屋に給仕としてやってきた。 よろしくお願いします、とぎこちない笑顔を見せていた彼女も、近頃はようやく自然に振る舞えるようになっていた。 その矢先に、彼女は紅魔館を離れる。 彼女の直属の上司から話を聞くと、辞令ではなく彼女自身が退職希望を出したという。上司も、優秀な人材が持ち場を離れることを残念がっていた。辞職の希望があっても、それを許可する権限は上司ではなくメイド長に与えられている。だから、彼女がここを離れるまで、多少の時間は残されていた。 彼女は、退職する理由を頑として語らなかった。聞かれたことはほとんど全て答えていた、素直な彼女には珍しいことだった。 私は、彼女のためにちっぽけな送別会を開いた。草木も寝静まる深夜、中庭のケヤキの下に真っ白なテーブルを置いて、貯蔵庫から拝借したワインやブルーチーズを並べたてた。それから、私と彼女しか出席しないだろうと思われた送別会には、何故かヴワル魔法図書館に常駐している小悪魔と、彼女の運命を握っているメイド長、加えてフランドール様までやってきた。 小悪魔は、給仕の際にあれこれ話すことも多いらしく、メイド長は私が貯蔵庫で狼藉を働いているのを目撃して、フランドール様に至っては、全くの勘だそうだ。 一気に五名まで膨れあがった送別会は、フランドール様の元気な「乾杯ー!」で幕を開けた。 彼女は、日頃から接している者たちが側にいるせいもあって、終始穏やかな表情で宴を楽しんでいた。たまにフランドール様がわけのわからん叫び声を上げて極上スペルを爆散させたり、咲夜さんじゃなくてメイド長が酔っ払った挙げ句に私への愚痴を他ならぬ私に向けて延々と語ってくれたり、そのためかフランドール様専用の弾幕相手がなくなって私と小悪魔が七転八倒のてんやわんやだったり、まあこれだけの面子が揃えばテーブルが木っ端微塵になるくらいは朝飯前だろうと思わせるような波乱も起こったものの、とりあえず向こう十年は忘れることのできないような送別会にはなったはずだ。咲夜さんが寝言で「許可なく貯蔵庫の物品を拝借したものはその理由の如何に拘らず十日の懲罰房逝き」と口にした事実も、向こう十年くらいは忘れられまいが。 彼女も適度に酔っ払い、焦点の定まらない瞳で私の肩に寄り添っていた。豪快に酔い潰れたフランドール様と咲夜さんは(もう訂正するのめんどい)、ワイン五本開けてもほろ酔い気分な小悪魔に担がれ、それぞれの寝室に帰還した模様である。 最後に、小悪魔は言った。 また会いましょう、と。 「――だってさ」 私の手には、まだ中身の入ったグラスが添えられている。彼女の器にも、同じ色をしたワインが注がれている。意識が朦朧としているのか、熱く焼けた頭を夜風にさらしていたいのか、彼女は私の手を握り締めたまま、至極緩慢な時間を過ごしていた。 ケヤキに寄りかかり、あの日には見えなかった丸い月を仰ぐ。いい夜だと思った。 「美鈴、さん」 「はいはい」 優しく答える。隣を見れば、泣きそうに潤んだ目で私を見上げている彼女がいた。小さくて丸っこい瞳が、上目遣いで何事かを訴えてくる。 「私は、美鈴さんのことが好きです」 「うん」 相当な覚悟を要したことは、私の腕を掴んでいる彼女の手のひらが、小刻みに震えていることからも分かった。 それに。 彼女には、私しかいなかったのだろう。あの日から、あの日まで、ずっと。 彼女は続ける。 「それも、友人とか、姉妹とか、そういうものじゃなくて……男と女の、恋愛みたいな感情で……」 「うん、うん」 彼女は大粒の涙をぽろぽろと零していて、必死に紡いだ声も聞き取りづらくなっていた。だから私は彼女の前髪を払い、その奥に隠れている澄み切った瞳を親指で拭ってあげた。 「ごめんなさい……」 「うん、きれいになった」 あの日のように、ぽんぽんと頭を叩く。その手は特に振り払われることもなく、頭の後ろに回ったところでひとまず落ち着いた。 少し気持ちが落ち着いてきたのか、彼女は、たどたどしい口調で訥々と語り始める。 「私、ずっと独りだったんです」 物心が付いたときにはもう隣に誰もおらず、人間の里に降り、小間使いとしてずっと生きてきた。けれども年を取らない身体が同じ場所に留まることを許さず、しばらく経てば住み慣れた土地も離れなければならない。そんなことを何度も何度も繰り返すうち、独りでいる方が楽になってしまった。 紅魔館に来たのも、同じ妖怪なら気兼ねせずに生きていけるだろうと思ったからだ。事実、下手な干渉もない生活は彼女にとって幸福そのものだった。些細なことに煩わされる必要もない、楽な生活が送れるようになった。 けれど、それはただ楽なだけで、楽しいという訳ではなかった。 「聞き流してください……私が、勝手なことを言ってるだけですから」 「そういうわけにもいかないわよ。私は、あなたのことが知りたい」 彼女の瞳は、酷く揺れていた。それは涙と酩酊によるものが大きいのだろうけど、何を言うべきなのか、何を言いたいのか、その境目を見定めているようにも思えた。 やがて、彼女の左目から、また一筋の雫が垂れた。 「もう、だめなんです……変なんです、わたし。女のひとが好きになるなんて、それで、好きなひとに迷惑がかかるなんて……いやなんです、そんなのは、いやなんです……」 「私は、嬉しいと思ってるよ」 「でも……でも、みんな、そういう変なのは好きじゃないって、好かれた方が迷惑だって、変な噂も立つし、それに、今こうしてるのだって……でも、美鈴さんと一緒にいたくて、最後まで……だから、だから……」 彼女は、しきりに首を降る。溢れてくる涙を振り払い、あちこちにその雫が飛び散る。 「ごめんなさい……ごめんなさい……」 ぐしゃぐしゃになった顔で、ずっと謝り続けている。ひくつきながら、瞳を閉じて、何に謝っているのかも分からないまま、朝まで泣き続けるつもりなのかもしれなかった。だから。 「ねえ、かおあげて」 「ひっく、ひっ……え……?」 月の光が、彼女の頬を伝う涙の川を黄金色に染め上げる。 私は、彼女の唇に自分の唇を重ねた。 彼女は、私の閉じた瞳を見ただろうか。それとも目は瞑ったまま、その感触に浸ったのだろうか。分からない。分からないけれど、唇を離し、彼女が呆然とこっちを見上げていたから、涙を止めることには成功したかなと自画自賛してみた。 「ちょっと、力抜いてね」 「あ……」 ぎゅっ、と優しく抱き締める。その際、グラスが倒れて血のように赤い液体が地面にぶちまけられた。 「可愛いね、あなた」 彼女の右手はまだ私の腕を掴んでおり、私の右手はまだ彼女の頭を撫でている。心臓の鼓動が重なり合い、かすかに震えている背中を小さく叩く。そして私は、彼女の耳元にそっと囁きかける。 「だから、ここを離れようと思った?」 「うっ……ふぐ、はい……」 堪え切れずに、私の胸の中で嗚咽を漏らす。 今日の彼女には、泣き癖が付いてしまったようだ。仕方ないから、泣けるだけ泣いてもらうことにしよう。私は、伝えたいことを全て伝えるつもりでいるから。 「ばかだね、あなたは……そんなことしたら、残された私が寂しい思いするじゃない」 「ひぐっ、ごめんなさい……ごめんなさい……」 「ほらほら、謝らない謝らない。私は嬉しいんだから、なんも気兼ねする必要なんかないでしょ」 「わかっ……わかりました……」 ぐすぐずと、ちょうど私の胸を濡らしていく彼女の涙と鼻水と、あとは涎も混ざっているだろうか。まあ、何でもいいか。今日くらいは、何もかも濡れてしまえばいい。 私は、彼女の耳たぶに息を吹きかけるように、そっと囁いた。 「私の部屋に行きましょうか。ここだと、誰が見てるか分からないから」 彼女は、その真意を掴みきれていないようだった。 でもまあ、近いうちに分かると思うから、詳しいことは言わないでおく。別に、大層なことをする訳でもないのだし。
私は、ぐしょぐしょになってしまった服を全て脱いで、ついでに彼女のエプロンドレスも全て脱がして、恥ずかしそうに佇む彼女をよそに颯爽とベッドに飛び乗った。ぼよん、とベッドの弾力と無駄にでかい胸とが反発しあい、うぐぇと妙な喘ぎ声が漏れた。 「んー、やっぱりあなたが整えてくれたベッドは気持ちいいわねー。すぐ眠れそうー」 「え……と、あの……」 すっぽんぽんになった彼女は、小さい胸と大事な部分を隠しながら、真っ赤な顔で私の身体を見つめている。私は、ちょいちょいと彼女を手招きして、私の隣に来るよう指示した。 「え……あ、あの、ほんとに……」 「遠慮しないの。こういうのは勢いが大事ってね」 内股でずっともじもじしていた彼女も、この場の雰囲気に呑まれて、「お、お邪魔します……」と私のベッドに入り込んだ。 「あなた、これから何がしたい?」 「え……、……と、あの……べ、べつに、何がどうしたい、というか……す、すみません……」 「うん。じゃあ、月並みだけど、抱き締めてあげる」 私は、胸に両手を当てて縮こまっている彼女の背中に腕を回して、自分の胸の中に抱き込んだ。ひゃ、と冷水を浴びせかけられたような声が、彼女の中から漏れる。 「今だけは、あなたのことを抱いてあげるから。明日のことはまた明日、あなたが決めなさい……」 私は、彼女の手を私の胸に導く。人並みより大きめの乳房を疎んだこともあるが、彼女のように小さいものを抱いてみると、何だか母親になったような気分で具合がいい。 「んっ……」 どうしていいものか決めかねていた彼女の手のひらが、私の胸を優しく揉みしだく。円を描くように、弧を描くように、まぁ、表現するだけ無粋にも思える、ただ子どもが母親の胸を触っているような、興味と関心だけの接触だ。 だから、これで性的興奮を覚えていいものか、私にもよく分からなかった。 「あ……やわらかい……」 「ん……ふふ、でしょう? なんなら、吸ってみてもいいのよ……」 「そ、そんなぁ……あ、あかちゃんみたいなこと……」 と言いながら、彼女もやはり興味があるのか、おずおずと私の乳首に舌を近付ける。 ちろ、とその先端が頂上に触れ、私の中で小さく何かが弾けた。 「んうっ……!」 「あ、ごめんなさい……! い、痛かったですか……?」 「い、いや……どっちかというと、気持ちよかった、かな……。できれば、もっとしてくれない……?」 懇願すると、彼女の顔がぼっと赤く染まって、一端は離れた舌がまたピンク色の頂上に達し、両手は大きな双丘を掴み、そして口の中で乳首を転がし始めた。 「ん、あぁっ……! ふぅ、んっ……」 飴を舐めるように、時には押したり歯を立てたり、やりたいように私の乳首を弄んでおいて、最後はやっぱり、言われたようにおっぱいの中にある乳を吸い取るかのように、ちゅうちゅうと音を立てておっぱいを吸い出した。 身長差もあって、余計に乳幼児が母乳を欲しがっているみたいだった。でも私もけっこう気持ちがよかったから、何度も堪え切れずに喘ぎ声を吐き出す。 「あぁっ、ふぅん……くふぅ、ふぅん……」 「め、めいりんさん……きもち、いいですか……」 たどたどしい口調で、彼女が上目遣いに聞いている。その間も、胸をこねまわすのはやめない。本当に、子どもじゃないんだから、おっぱいばかり触ってくるのはやめてほしいのに。 でも。 「うん……。とっても、きもちいいよ……」 嬉しかった。 抱き合って、こうしていられることが、嬉しくて仕方なかったのだ。 きっと、彼女はここから去るだろう。何となく、そんな気がする。 ひとしきりおっぱいを吸って、何も出てこないと知った彼女は、私に唇を求めてきた。切なそうに、悲しそうにこちらを見上げる瞳に射竦められて、私は乱暴に彼女の唇を奪った。 「びちゅ……ぬちゅ、ちゅぱ……」 「ふぁ、ぁん……ぷちゅ……」 唇を吸い、舌を絡ませ、唾液を交換する。 お互いがお互いになって、それからまた元に戻る。たった一度きりの絡み合いなら、一往復がせいぜいだ。 それでも、満たされていくようだった。彼女の心は私の目には見えないけれど、彼女もまたそうであると思った。 唇を重ね、彼女がまたおっぱいを舐めているうちに、酔いが回り切ったのか彼女は私の胸を触りながらすやすやと眠りについてしまった。 「ふう……」 彼女の身体を、仰向けになった私の身体に乗せて、せめて今だけは離れないようにと彼女の背中を抱きとめる。彼女の前髪は、もう彼女の顔を隠してはいない。穏やかに、すうすうと幸せそうに寝息を立てる彼女の素顔を見て、私も安心して眠った。 正直、興奮が冷め切らなくてなかなか寝付けなかったのだけど、そこはまあ、母親の力とかそういうもので乗り切った。
それから一週間ほど経って、彼女の退職が正式に認められた。 彼女も退職願いを撤回することなく、最後の日に私の部屋を整えて、手紙のようなものを渡してくれた。去り際に告げられた「ありがとうございました」と「愛してます」の言葉は、今もまだ私の胸に鮮明に焼き付いている。 手紙には、彼女が居つくことになった家の住所と、彼女自身の話、私への想い、肌を重ねた日のこと、そんな彼女の様々なことが記されていた。きっと、あの送別会で私が言った言葉を覚えていてくれたのだろう。あなたのことが知りたいと、もうここまでくると完全に口説き文句だなあと思って告げた台詞を。 だから、私は今手紙を書こうとしている。なんだか上手い書き出しが見付からなくて、かれこれ二時間くらい机とにらめっこしてる気がするのだけれど、それは多分気のせいだ。たまに小悪魔が紅茶を入れてくれて、そのたびに彼女の話をしてくれた。小悪魔も、彼女のことを考えてくれている。やっぱり、彼女には私しかいなかった訳ではない。フランドール様も、メイド長だって、彼女のことを気遣ってくれていたのだ。 だから。 手紙には、こう書くとしよう。 私は勢いよく筆を大きく掲げて、その際に先端から垂れた墨が口の中に入って死にそうになった。
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一日エロ東方
七月二十九日 |
『我ら知的なアンドロギュヌス』 |
「あふっ」 と、パチュリーの目の前でいきなり小悪魔が倒れた。読み終えた小説を小悪魔に手渡そうとしていたときだったから、パチュリーもこれは一大事と痛む腰を擦りながら小悪魔を抱き起こした。 はあはあと荒く呼吸を繰り返す小悪魔の顔は、熱病に冒されたかのように赤く火照っていた。時折くぅんと苦しそうに身をよじらせたり、自身の腕を抱き締めたりしていることから、パチュリーはこりゃあ重症ねと小悪魔をベッドまで運ぼうとして、腰がみしみしと音を立てたので挫折した。おそらく、次に無理したらぎっくり腰だ。百年も机に向かっていると、流石の腰も悲鳴を上げるというものだ。 「もう、仕方ないわね……」 パチュリーは、小悪魔に膝枕をした姿勢のまま、そこいらに転がっている青銅製の小鐘に魔力を通した。リン、と私書室に響き渡っただけだったが、この鐘の音は紅魔館の要所要所に響き渡る非常ベルの意味合いを持つ。ちなみに音色の種類が発信されている場所を示している。 間もなく、気の利いたメイドがやってくるだろう。安堵の息を吐いたパチュリーは、いつの間にやら、小悪魔の瞳がぼんやり開いていることに気付いた。 「ぁ……パチュリー、さま……」 「理由は後で聞くわ。もうすぐ迎えが来るから、ゆっくり身体を休めて――」 熱っぽい呼吸を繰り返す小悪魔が、パチュリーの言葉を遮ってそっと手を伸ばしてくる。手を繋いで欲しいのか、と何の疑いもなく手のひらを重ねようとしたものの、小悪魔はその手を擦り抜け、パチュリーの白く透き通った頬に指を掛けた。 「……? あなた、何を――」 意図が掴めないパチュリーをよそに、小悪魔は両手で彼女の頭をぐいっと手前に引き寄せ、そのまま有無を言わせずに唇を重ね合わせた。 「――ん、むぎゅっ……!」 「ん、んっ……」 あまりに唐突だったものだから、二人の鼻がぶつかり合ってごりゅりと音を立てたりもしたが、パチュリーは元より小悪魔はそんなことなどお構いなしに主の唇を貪る。 「ちゅぅ、ぷちゅぅ……」 「んん、んんー! んーっ」 小悪魔のキスから必死で逃れようとするパチュリーだったが、ぎっくり腰予備軍の体力と、小悪魔本来の腕力が口唇からの脱出を許さない。小悪魔は次第にパチュリーの中に侵入し、盛んに舌を突き入れてお互いの舌を絡ませ合おうとする。 「んぐっ、ぎゅ、んふぅ……!」 「ゆぅ、んる……ちゅくぅ……」 唇を犯され、呼吸もままならないパチュリーの顔が徐々に赤くなり、心臓の鼓動が速まり小悪魔の心臓と同じ速度になろうとしていた。しかして年中運動不足のパチュリーのこと、このまま行き着くところまで行ったら真冬の湖に準備運動なしでワカサギと競争するようなものである。死ねる。 小悪魔の舌から懸命に逃れていたパチュリーも、彼女の舌が歯を舐め頬の裏を舐め口腔に唾液を送り込んでからは、何だか脳が痺れてしまって、抵抗するのも面倒だからいっそ流されてしまおうか、小悪魔こういうの上手そうだし、退屈はしないかも――。 「ちゅ、ちゅく、ぷちゅ、ねちゃ……はぁ、あはぁ……」 かたーん。 扉の方から、トレイのようなものが落ちる音がした。 パチュリーが目をやると、そこには驚きのあまりトレイとカップを取り落としたらしい十六夜咲夜の姿があった。あわわわ、と唇に手を当てたりなどしている。 やってる場合か。 「ん、んーっ!」 「じゅるぅ、ちゅ、ぱちゅりーさまぁ……」 「んぁ、ちょ、わたわたしてないで助けなさいよ! んぷっ!」 離れたと思えばすかさず追撃する小悪魔に、成す術もないパチュリーと咲夜。熱いベーゼが繰り返される一室に、ひとり所在なげに佇んでいる咲夜の違和感も相当なものだった。 咲夜は、小さく頭を下げて、 「申し訳ございませんでした。ごゆっくり……」 そそくさと部屋から退出しようとする。焦るパチュリー、仕掛ける小悪魔。パチュリーの耳の穴に小指を指し込み、怯んだ隙に彼女の舌を捕らえる。 「ぷぉ、むぅー! むーっ!」 「ちゅ、ちゅっ、むにゅ……」 「冗談ですわ」 時が止まる。 次の瞬間には、咲夜がパチュリーの背中に手のひらを置いていた。構わずにキスを続ける小悪魔は、パチュリーの身体に隠れている。 だが、咲夜は油断なく告げた。 「動かないでくださいませ。パチュリー様」 咲夜の瞳が引き絞られ、刹那、パチュリーの身体を得体の知れないエネルギーが突き抜けた。むせかえるような衝撃に、こいつは死んだかなーと思ったパチュリーだったが、本当に死にかけていたのは小悪魔の方だった。キスも口付けも接吻もあったものではなく、きゅーと目を回して床に寝転んでいる。 「えーと……これは、助かったのかしら」 すまし顔で佇んでいる咲夜に、一応尋ねてみる。 「えぇ。失礼かとは思いましたが、一発打たせて頂きました」 「あれは……気勁の一種かしら」 「どこぞの華人小娘に教えてもらいました。折角の機会でしたし、打たずに錆び付かせるのも勿体ない技ですから」 「……ありがとう、とは言っておくわね。危うく、このまま犯されるところだったわ……」 小悪魔に舐められっぱなしだった唇を拭い、昏倒した小悪魔を見下ろす。いきなりあんな所業に及んだとはいえ、呼吸が安定していないところを見るとあながち詭弁でも誇張でもなかったらしい。 どうしたものかしら、とパチュリーは腕組みし、咲夜に目配せする。当の咲夜は、こんなのはどうでしょう、と気楽に人差し指を立て。 「発情してるようですし、折角ですから近所の厩舎にしばらくぶち込んでおくとか」 「孕んだらどうするのよ」 ですねえ、と肩を落とす。 残念ながら、そういう問題じゃないだろう、と指摘する声はかからなかった。 小悪魔哀し。 ひとまず、小悪魔を彼女の部屋に移動させて、これからのことについて話し合う。馬小屋とか牧場とか山犬の慰み者とか、全裸で人間の里に放り出しておくとか、それっぽい提案しかしない咲夜の意見は当てにならないと判断したパチュリーは、咲夜が用意した紅茶を飲みながら小悪魔の覚醒を待つことにした。今度は咲夜もいることだし、滅多なことで遅れは取るまい。 小悪魔の私室は非常にシンプルな内装だったが、机に可愛いぬいぐるみがあったり怪しげな魔法陣が床と天井に紡がれていたりと、一応悪魔らしきアクセントは所々に施されている。椅子に腰掛け、本棚から適当に小説を取ってみるとそれは決まってディープな官能小説で、一瞬噴きかけた紅茶を何とか飲み込み、気を取り直して別の棚から小説を抜き出したらやっぱり官能小説だった。 なにこの子。 「彼女、相当な好きものでいらっしゃるのですね。やっぱり媚薬を仕込んで里に住んでいるやりたい盛りの男たちに提供した方が」 「だから妊娠したら困るでしょっての。しないと思って安心してると絶対するわよ」 自信たっぷりに答えるパチュリーに、異様な真剣さを感じた咲夜は、 「……もしかして、経験がおありなんですか?」 思い切って訊いてみた。 能力を使った訳でもないのに、時が止まり、加えて音が聞こえるくらいパキパキと凍り付いた。 パチュリーは、しばらく明後日の方を向いて机の天板をこつこつと叩いた後、両手で頭を掻きながら、 「んなわけないでしょ」 と言った。 さいですか、と咲夜が生返事を返したところで、ベッドの上から「す、すみませぇん……」というか細い声が漏れた。ぜぇぜぇと喘ぐような呼吸の合間に、途切れ途切れながら先程の行為の釈明を行う。 「あのう……さっきは、ですね……ちょっと、歯止めが利かなくなっちゃいましてえ……ご、ごめんなさあい……」 「歯止めって、何の」 犯されかけたせいもあって、意識を取り戻した小悪魔に手を差し伸べることもなく、椅子に座ったままの姿勢でパチュリーは問う。小悪魔も、玉のような汗を額から胸から太ももから垂らしながら、どうにかこうにか言葉を紡ぐ。 「それはぁ……あふ、えと、わたし……いちおう、さきゅばすなんですよー……あ、淫魔ってやつですねー……」 「知ってる。でも、あなたってあんまり性欲ないんじゃなかった?」 小悪魔は、心外とでも言いたげに唇を尖らせた。 「あう……そ、そんなことありませんよお……わたしだって、ふつうにえっちなことしたいし、えっちなことも考えてますよう……」 「それは、淫魔としての普通?」 「……えへへ」 照れくさそうに、シーツを鼻まで隠す小悪魔。パチュリーは、その仕草を肯定と解釈した。目減りしていたカップにまた新しい紅茶が注がれ、一口それを含んでから質問を再開する。小悪魔も、シーツをひっぺがして徐に服を脱ぎ始めていた。パチュリーは無視する。 「てことは、我慢のしすぎで倒れちゃったってこと?」 「はいぃ……ああ、でもぉ、ちゃんと発散はしてたですよぅ……? いやあ、どこのだれとまでは言えませんがあ……うふふ、あはぁー」 「言わなくていいから。困るし。……じゃあ、どうして倒れたのよ。早く真相を言いなさい、あと熱いからって脱がない、 胸をこっちに向けない」 ボタンを全て外して、胸が露になった状態でごろごろと寝返りを打つ小悪魔。きゃっきゃとベッドの上で転げ回る小悪魔を眺めていると、こやつも一応悪魔なんだなあと感慨深くなるというかならないというか。 真面目に相手をするのも面倒になり、パチュリーは小悪魔が話し出すのを待たずに紅茶を啜る。すると、小悪魔は苦しげに豊かな胸を擦りながら、熱っぽい調子で喋り始める。 「ん……だってえ、わたし、ぱちゅりーさまのこと、だいすきだからぁ……」 紅茶を噴きかけたが、そこは魔女の気合で押し留めた。咲夜もメイド特有の先見の明を発揮してハンカチを構えていたが、パチュリーが土俵際の粘りを見せたことで必死のフォローも無駄に終わった。 「でも、仕事中に抱いちゃだめだし、いままでずっとずっとがまんしててえ……あはぁ、わたし、ずっとぱちゅりーさまのこと犯したいっておもってたんですよう」 紅茶噴いた。 激しくむせ返るパチュリーと、その一方で汚れた床を齷齪と拭いて回るメイドの鑑、十六夜咲夜。どうせならこっちから先にやってくれないかなあ、とパチュリーは朦朧とした意識の中で思った。 うふふあははと淫らに笑い続ける小悪魔は、パチュリーの動揺など何処吹く風で、その指先を薄皮一枚覆われただけの秘部に導いていく。 「んう……あ、はぁ……」 ちゅくちゅくと湿った音が奏でられる中、平静を取り戻したパチュリーは頭を抱えていた。咲夜が背中を擦ってくれるが、だからもっと早いうちに擦れと思った。 盛大に零した分の紅茶を丁寧に淹れ直し、咲夜はぺこりとお辞儀をする。 「それでは、ごゆっくり……」 「だから余計な気を利かさなくていいのよ!」 「と、言われましても……」 横目で、喘ぎながら自慰を続ける小悪魔を窺う。 「これ、パチュリー様が犯されない限りは収まらないと思いますが」 「なんで話をそっちの方に向かわせたがるのよ、あなたは」 「いえまあ」 ごにょごにょと口を濁す咲夜に、パチュリーはふんと鼻を鳴らして早々に追い払う。いいのですか、と今更になって咲夜が進言するものの、パチュリーはいまだかつて一度も見せたことのない不敵な笑みを浮かべてみせた。 「あの子がその気なら、こっちもやるだけやったろうってのよ……んな簡単に、犯されてたまるもんですか」 さいですか、と咲夜は適当に告げて、そそくさとその場を後にした。ついでに外側から鍵を掛ける周到さである。しかし内側から簡単に開くのだから大した意味はない。咲夜はそういう絡みを望んでいる、という意思表示だろう。 まあいい。 「あなた、咲夜は好き?」 「んんぅ……さくやさん、かわいぃですよう……んあ、いろいろ、教えてあげたいですぅ……」 「よろしい。私が許す。いつかやっちゃいなさい」 「ふあぁ……」 恍惚とした笑みをさらして、とろとろになった肉壺の中に三本の指を招き入れる。もう臨戦態勢は整っているらしかった。はやくきてくださぁい、と小悪魔の瞳が切なく訴えてかけている。 だが、そんな手に乗る気はさらさらない。 パチュリーは椅子から降り立ち、懐から数個のターコイズを取り出す。それらを六芒星になるよう床に配置し、瞳を閉じて、力ある言葉を朗々と紡ぎ出す。 小悪魔は、目を見開いてパチュリーを射竦める。だが七曜の魔女は一介の悪魔に気圧されることなどなく、魔界からある種の悪魔を召喚すべく唇を躍らせた。 「紡がれし六芒の陣に招き入れるは罅割れた太古より君臨せし聡明なる獣! その他諸々の儀を因数分解の名の下に省略し、我が呼びかけに応えよ、インキュバス!」 召喚魔法に限らず、呪文の省略は真に力ある魔法使いのみに許された技術である。と、自信の有能さに惚れ惚れする間もあればこそ、ここに淫魔は生誕した。 生誕、というよりは分裂に近く、分裂というよりは双子に等しい。 「さあ、あなたはあなたが赴くままに、そこのサキュバスをやっちゃいなさい。もう足腰が立たなくなるくらい、いっそのこと、二度と私を犯したいなんて思わなくなるくらいにね」 全裸のインキュバスは、その黒い羽をぱたぱたと揺らしながら、小悪魔に歩み寄る。召喚された当初から股間のものがぎんぎんに漲っているところから察するに、パチュリーもなんだかんだ言って興奮していたらしい。が、小悪魔はそのような細かいところにまで目が行かない。 何故なら。 「あ、あ……あー! これ、なんでわたしにそっくりなんですかー!」 「だって、あなたの因子を組み込んた器に召喚した淫魔だからね」 さっきキスしてくれたでしょ? とみずからの唇を撫でてみせる。「あ、あはは……」と力なく微笑む小悪魔に、準備万端と言った小悪魔そっくりの淫魔が覆い被さる。 「う、うわー! なんかわたしにそっくりなのに、でもちゃんとしたおとこー!」 「これも、突き詰めれば自慰ってことになるのかしらね……」 パチュリーが椅子に座り直した頃、小悪魔の秘部に狙いを定めた淫魔が、前戯も何もないまま彼女の膣を貫いていた。 「んぅ、ああぁぁっ! んっ、あぁっ、いや、ぱちゅりーさま、みられてるう……!」 「あぁ、気にしないで。一回終わるまでは、ちゃんとあなたの痴態を見せてもらうから」 「あっ、いゃ、やぁっ」 淫魔の手は、小悪魔の膨らんだ胸を強く激しく揉みしだいている。口答えできないよう、彼女の唇には己の唇を嵌め、肉棒を彼女の奥まで深々と貫いては、恍惚に浸る間もなく引き抜き、そしてまた子宮の入口まで突き入れる。 「あっ、うぅんっ、しきゅう、がっ、ひきずられるぅ、あっ、やぁぁ……! みないで、ぱちゅりーさま、みないでえ……!」 「そんなこと言って……」 ずず、とわざといやらしく音を立てながら紅茶を啜り、パチュリーは頬に指を掛ける。知らずと、彼女の頬にはほのかに赤みが差していた。 「私に見られて、きもちいいんでしょう?」 途端、淫魔の動きが緩くなる。膣の中をこねるように行き来し、乳首も優しく摘まんでみる。蕩けるような息を吐き、小悪魔が落ち着いてきたのを見計らい、また激しく肉棒を突き入れ、子宮口をこつこつと打ち付ける。ぐちゃぐちゃと溢れてくる愛液は瞬く間にシーツをぐっしょりと濡らし、小悪魔の唇から零れ落ちる涎もまたシーツをいやらしく汚していた。 「うっ、あはっ、あぁん、そ、そうです、わ、わたしぃ、んああ! きもち、いいです、ぱちゅりーさまに、みられてえ……とっても、とってもきもちいいですう……! あっ、あぁぁん!」 「……ふふ、いい子ね」 淫魔の腰の動きが速くなり、ずっと胸を揉んでいた手を小悪魔の腰に回し、その肉棒を更に小悪魔の奥深くまで突き入れるべく、彼女の腰と淫魔自身の腰を強く押し付ける。 「うぅん、いやぁぁ……さきっちょのほう、しきゅうのなかまではいってるぅ……やだぁ、このまま、だされたら……あぁん!」 ずぶ、ぐちゃ、ずちゃ、とぬかるんだ隘路を走るように、快楽の高みに昇りつめんとする淫魔二人。嬌声とピストンの間隔が短くなり、今までただの一言も言葉を発しなかった淫魔が、小さく呻き声を上げる。 「……うぅっ!」 「あっ、あぁ、もう、いくんですか……? い、いいですよ、だして、だしてくださいぃ、膣に、なかに射精してくださいい……! はやく、はやくぅ、あぁ、あぁぁぁ!」 「……っ!」 びくぅ、淫魔の身体が小さく痙攣し、次の瞬間、小悪魔のいちばん深いところに、ものすごい量の精液が注ぎ込まれた。とぷとぷと、内側に吐き出される白濁液の音を聞いて、小悪魔は恍惚の息を吐いた。 「ぁぁ……はぁぁ……でてる、いっぱい、いっぱいでてますう……」 びく、びくっと淫魔が痙攣するたび、いまだ衰えを知らない肉棒からありったけの精子が送り込まれる。性器と性器の間から、白く濁った液体が泡を立ててこぼれおち、ぐちゃぐちゃにぬかるんだシーツをまた淫靡に穢していた。 「あはぁ……、……て、あっ、あん、いやぁ、ま、まだイってるのに、やだあ……!」 小悪魔の懇願も知らず、淫魔は二回目の射精に向けて強く激しく腰を送り出す。 「はぁ、はぁぁ……あん、あぁぁ……」 「……ふふ」 そのうち、小悪魔も泣きながら喘ぎ声を吐き出すようになり、一回戦までと決めていたパチュリーも、いつの間にか、彼女たちがどろどろになって朽ち果てるまで、ずっと、ずっと淫魔たちの宴に見惚れていた。
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一日エロ東方
七月三十日 |
『paper view』 |
物静かな一室に、紙をめくる音が響く。 部屋の主、そしてヴワル魔法図書館の事実上の管理者であるパチュリー・ノーレッジは、特にすることもないからぼんやりと小説を読んでいた。 部下の部屋から拝借してきた題名・作者名ともに不明、内容はよくある官能小説で、頁数はちょっとした辞書くらいある。男と女が出会い、盛り上がり、すれ違い、認め合い、肌を重ねる、といった定式から決して外れないような感じのものだったが、たまには俗物的なものに目を通すのもいいだろう、とずるずる読み耽り、ヒロインにあたる女性が、横恋慕してきた男に無理やり犯されるという濡れ場に辿り着いてしまった。 ぺらり、とこれまでと同じようにページをめくる。 「……うーん、なんか女の方が感じてるわね、これ」 つい、独り言のような愚痴が漏れる。 いつも一人で部屋に籠もり、写本の写し、古文書や外から入ってきた書物の解読、そして読書に耽っているものだから、油断すると友人や部下といても独り言を零してしまうことがある。 けれども、ぶつぶつ呟いていた方が考えはまとまりやすかったから、見栄より実を取るパチュリーとしては、変人と思われようが寂しがりやと同情されようが、自分に聞こえる程度の独り言を吐き出し続けるのだった。 「無理やり犯されてるのに、『きもち、いいの……好きでもない人に、犯されてるのにぃ……!』もないでしょうが。大体、処女じゃなかったかしら、この子」 章をさかのぼると、確かに二十歳前後のヒロインが「経験はない」と告白しているシーンがあった。だが、パチュリーは彼女が突然やってきた昔の同級生を部屋に招き入れるシーンから、彼女の破瓜に関する記述を探してみた。 「……やっぱり、血が出てるって描写はないわね。『痛い、心が引き裂かれそうなくらい、おなかがぎちぎちに突っ張ってるぅ……!』くらいかしら。この子の一人称だから、出血の有る無しは意図的にぼかせるけれど……伏線か、単なる描写不足だったら笑うしかないわね」 ヒロインは、その同級生に後ろから抱き着かれ、白のワイシャツを強引にひん剥かれていた。ブラジャーは何故か着けていなかった、というより熱かったから着けなかったという描写がある。ていうかそんな格好で人前に出るなよ、とパチュリーは突っ込んだ。そして童顔なわりにやたらと豊満な胸をこれでもかという程に弄ばれ、このあたりは完全に作者の趣味だと思ったが――それ以外の描写に手を抜いていないのは感心すべきところだろう――しかしその状態でも乳首はびんびんに勃っていた。徐々に熱く火照っていく身体の変化に戸惑っているうちに、いつの間にかぐしょぐしょになっていた淫口へと男のペニスが突き入れられていた、という訳である。 「そりゃあ、ねえ……」 頬杖を突きながら、パチュリーは半ば呆れながら頁をめくった。案の定、そこには気持ちよくなって腰を振っているヒロインがいた。 「『おちんぽ、きもちいいですぅ……!』て、処女でこんなに乱れてたら世話ないわね……」 音読する部分だけはやけに感情を込めるパチュリー。それでも特に何も感じることなく、パチュリーは淡々と紙をめくる。 ヒロインは既に二度ほど膣内射精されていて、今度は自分から男の肉棒を咥え込んでいた。初めての割には堂に入った舐め方である。 「まあ、下はともかく上は何本咥えても只だからねえ」 男も早漏らしく、簡単にどぴゅどぴゅと射精してしまう。そして例外なくごくごくと精液を飲み干すたぶん下だけ処女。 「あんまり美味しい訳でもないと思うんだけど、やっぱり『おいしい……』て言ってるわね。プラシーボ効果かしら」 違うか、とパチュリーは結論付けて、まだ三割も進んでいない小説の頁に指を掛けた。 結局、膣に三回、口に二回ほど出されたヒロインは、行為中の写真まで撮られ、また連絡するよと去って行った男の背中を見ることもなく呆然とフローリングに寝転んでいた。目が死んでいる。おまけに身体もべとべとのねちょねちょだ。身体の汚れはシャワーで洗い流せるが、心に付いた汚れは容易に落とせやしないとか何とかうんぬんかんぬん。 「表じゃ彼氏相手にプラトニック、裏じゃ同級生相手にハードコアってわけね……後々、心的外傷後ストレス障害とか脅迫とか殺人に発展する、てのがセオリーだけど」 王道を貫くなら、最後は全てを受け入れた彼氏と結ばれて大団円だろう。結末はどうあれ、伏線の回収が気になるパチュリーはさっさと先に進む。途中、彼氏に言い寄る会社の同僚(男)が登場するも、これは後半でヒロインのいい相談相手になるだろうとパチュリーは確信した。 ここらで一息、すっかり温くなった紅茶を啜る。温め直してもらおうかとも思ったが、独り言を聞かれても何ともないとはいえ、勢いだろうが何だろうが小説内のえろい台詞を呟いている様を他人に聞かせる趣味はない。 ストーリーも後半に入り、徐々に話が動き始める。パチュリーは目を見張った。 「え、この同級生って裏の世界の調教師だったの?」 伏線も何もあったもんじゃなかった。 「『ははは、ぼくはきみの素質を見抜いていたんだよ』て、行き当たりばったりもいいところね……ちゃんと展開考えてから書きなさいよ」 あまりの情けなさに顔を覆う。それでも続きは気になるもの、景気付けに残りの紅茶を一気に煽り、こうなったらどんなにつまらなくても最後まで付き合ってやろうじゃない、とパチュリーは意気込んだ。 何でも、その同級生は処女膜を破らずに性交できるという特異体質を持った人物らしく、その特殊能力でもって裏の世界に数々の処女淫婦を送り出した実績を持つ。哀れ、ヒロインもその毒牙にかかってしまったというわけだ。 「あ、やっぱりこの子『口は経験あるの』って告白してるわ。しかも複数人とやってるって言うし」 純潔って何、とパチュリーは思った。 キスより先にフェラチオ、という信念が彼女の中にはあるらしく、その舌技によって数々の男を落としてきたというかもう何でもありか。パチュリーは小説をぶん投げそうになったが、こんなのでも作者の怨念が込められているかもしれないからギリギリのところで堪えた。 「もう、彼氏の存在なんかほったらかしでずぽずぽやってるわね……『ごしゅじんさまぁぁ!』『ひぎぃ、わ、わたしは精液便所ですう……! いっぱい、いっぱいかけてくださぁい!』て、よくもまあ変わるもんだわ……というかもう屈服してるし……」 見れば、早くもアナルに犬の尻尾を差し込まれてわんわんと鳴かされている。なまじ童顔だから犬耳もよく似合っていて、涙を流しながらペニスを咥え込んでいる様は如何にも獣の交尾を彷彿とさせた。 「あー……もうそろそろ、彼氏出てきてもいいんじゃないの……?」 机に突っ伏しながら気だるげに頁をめくっていくと、ヒロインが真夜中の公衆便所で中年男性たちによってたかって犯されまくっている最中に、何故かは分からないが彼氏が乱入してくるというシーンにぶち当たった。 ヒロインは、どこの誰とも知れないオヤジに感じている自分を認めたくない気持ちと、抗いようもなく襲い掛かってくる一方的な快楽に呑まれていたのだが、意中の男が突然現れたおかげで理性を取り戻し、いやいやと首を振って抵抗するもののやっぱり腰は勝手に動いてしまって、結局は開いた口にも硬い肉棒が突っ込まれてしまうのだった。 呆然と立ち尽くす男、成す術もなく犯される女。 「うん、これはなかなかの悲劇ね」 当初は結構どうしようもない展開だと思ったが、これはこれでそそるものがある。これからの流れに一縷の望みを託し、パチュリーはカップを呷るものの中身は既に空っぽだった。 中年男性らが去り、二人取り残された公衆トイレの中(男子)。便器にまたがって、流れる涙を拭わずにただ座り込むヒロイン。やっぱり白濁液で体中がべたべたである。 訳も聞けず、立ち尽くすかない彼氏の背中に、皮肉めいた声がかかる。 「『とうとう、気付いてしまったのね』……て、彼氏に言い寄ってた男じゃない!」 すっかり忘れてた。 話によると、そやつもまた裏の世界にいた人物だそうで、ヒロインが裏の世界に関わっているという話を聞き付け、どうにかして彼氏をヒロインから引き離そうとしていたのだが、同級生の調教は思いのほか早く進んでおり、ついに二人は最悪の遭遇を来たしてしまったという訳である。 ごくり、と唾を飲むパチュリー。もう面白いのか詰まらないのか分からなくなっていたが、最後まで読み切らないことには名作とも駄作とも言いがたい作品であることに違いなかった。貪るように頁をめくり、同僚の男が実は女だったという真実を知ってパチュリーは一度本を閉じた。 落ち着きたいのにカップの中に紅茶はない。 「……えぇー……?」 何がしたいんだこの作者。 確かに細い体付きで女みたいな喋り方とは書いてあったが、まさかこの期に及んでこんなどんでん返しを持って来るとは。驚きを通り越して呆れるしかない。 おそるおそる元の頁に戻ってみると、同僚が彼氏を犯していた。なんだこいつやりたいだけかよ、と流すように読み飛ばして、 「『ご、ごしゅしんさまぁぁ!』……てさっきと同じ台詞じゃない。『せいえきべん』はもういい」 一頁に一秒の時間を割き、次から次へ頁をめくる。 結局、彼女の調教は続いていくのだが、その一方で同僚による彼氏とヒロインの開発も進み、ついに同級生に対抗しうるだけの性奥義を会得したヒロインが、深ディープスロート・オーバードライヴをもって同級生のペニスを完膚なきまでに吸い尽くしたあたりでパチュリーは寝た。 そして三十分くらいで起きた。 「……ん……何か、悪い夢を見ていたようだわ……」 まだ机に開いた本があるところを見ると、どうやら夢でも幻でもなかったらしい。 とりあえず寝起きのぼやけた頭を覚醒させるべく、何故か滔々と波打っている紅茶を啜る。後で咲夜の部屋にインキュバスでも召喚しようと決意し、パチュリーは枕代わりになっていた小説に立ち向かう。彼女の記憶が確かなら、そろそろ最終章に辿り着いたところだ。それでもまだ百頁ほど残されているが。 精という精を吸われ、カピカピのミイラになってしまった同級生は病院に搬送された。今は、彼が手がけた淫婦たちの手厚い介護を受けている、という如何にもなエピソード。何故かは知らないがヒロインと同様に開発されていた彼氏は、しばらくヒロインとずっこんばっこん幸福かつハードなセックスに勤しんでいたのだが、世界に四つしかない性奥義の一つを体得していたヒロインは、うっかり彼氏に深ディープ以下略を披露してしまい、彼氏は天にも昇るような快感を得た代わりにカピカピの干しシイタケみたいになってしまった。彼氏は彼女の愛液で奇跡の復活を遂げたのだが、事の重大さを知った同僚は、ヒロインにある提案を持ちかける。 「……『あなた、性奥義を制覇してみない?』……」 パチュリーは、これを燃やしたら火はどれくらい持つかしら、凶器にするには薄いし、踏み台にしても足りないし、とこれからの活用方法を模索し始めていた。 いくら紅茶を飲んでも、この乾き切った心を潤すことはできない。そろそろトイレにも行きたくなってきた。無論、頭文字に性とか肉とか付かないやつである。 「……あー……んで、この子ついに行っちゃうわけね……」 性奥義を探す旅は過酷を極め、あるいは人の道に外れることもあるという。だが、ヒロインの決意は確固として揺るがなかった。性奥義のひとつを習得した時点で、自分はもう引き返せない道に立っていると気付いたのだ。 そして、彼女は旅立った。残された彼氏とその同僚は、去りゆく背中が見えなくなるまでその場に立ち尽くし、見えなくなってからは、茂みに隠れてスリリングなセックスにお盛んだったという――。 完。 「……ふっ……」 パチュリーの中に、虚しい達成感が去来した。今なら、菩薩のような笑みをたたえながらロイヤルフレアを紅魔の湖にぶち込んで類稀なる上昇気流を発生させることすら容易い。無邪気な妖精たちが突風に煽られて次々に吹き飛ばされる惨劇を目の当たりにし、狂ったように哄笑するのだ。心地よい。なんと満ち足りた時間であろうか。それでこそ生きる意味があったというもの。 と、ろくでもないことを思いついてしまうくらい、何ともしょっぱい時間を味わってしまった。口直しに紅茶を飲み、妊娠したかのようにたぷたぷに膨らんだ下っ腹を撫で回す。あかんわー、無益な時を過ごしてるわー、と最後の最後に記された奥付を眺める。作者の名前も後書きも、題名ですら今のパチュリーは何の感銘も抱かない、と彼女も思っていた。 題名と、後書きの一文に目を通す。 パチュリーは息を付き、まぶたを擦ってから不意に天井を仰ぐ。世界は広い。数多の本を読み、ありとあらゆる事象を知ったつもりでいたが、まだまだ開拓すべきところがあったのだなあとパチュリーは感慨深げに嘆息した。 『小悪魔の歴史』 パチュリー様(ご主人様)に捧ぐ 奥付を二、三度読み返して、パチュリーは、うん、と大きく頷いた。 とりあえず、これ燃やそう。
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一日エロ東方
七月三十一日 |
『blue blood』 |
夜の森を女一人で歩くのは、殺したいか殺されたいかのどちらかだと叔父は言う。父親は物騒なことばかり口にする叔父をいつも窘めるのだが、最後は兄弟共々焼酎を呷って座敷に倒れ込むのが通例となっている。 少女は暮れかけた森の道を歩いていた。短く整えた黒髪が、急ぎ足で歩く彼女の肩を叩く。 秋の夜長、裏を返せば日が短くなっているという単純なことに、川遊びに夢中だった少女は日が陰る頃まで気付かなかった。 「参ったなあ……」 小刻みに砂利を蹴り飛ばし、少女は家路へと急ぐ。この近辺で妖怪に襲われたという話は聞かず、食べられた、殺されたという噂も流布されていない。だがやはり、人間にとって妖怪は畏怖すべきものだった。肉体のみの力をもってして容易く人間を妥当できる存在と、友好的に接することができる人間はそういない。 舗装されているとはいえ、高い樹木に囲まれ、砂利がばら撒かれただけの一本道だ。何が出てくるか分からない道も、一人でなければ、夜でなければ笑い話にはなっただろう。あるいは豪胆な若者であれば、好き好んで夜の森に肝を試しに行くかもしれない。 だが、十の区切りを迎えてから三年あまりの少女には、妖怪を自分の胆力の物差しにする傲慢さはなかった。怖いものは怖い。それにみずから近付くのは御免だと、足早に夜の闇から逃れようと懸命に足を進める。 それでも少女の歩幅よりも早く、空は橙から藍色に染まり始める。まずいなあ、と呟いた言葉も、先程のように軽い調子とは言いがたい。 見通しが悪くなればなるほど、走っていると周囲に注意が及ばなくなる。足元の砂利を踏み締める音がきちんと耳に届くように、強く足跡を刻みつけて、一歩ずつ確かめるように先へ進む。 「……うぅ、真っ暗で何も見えない……」 薄い胸に手を当て、へっぴり腰のまま鶏のようにきょろきょろと左右を確認する。コオロギやスズムシの鳴き声が耳にうるさく、距離感もうまく定まらない。直線の道程は遠近感に乏しく、両端の樹木は背高のっぽで奥行きもはっきりしない。 無限回廊だ、と言いなれない言葉が頭をよぎる。そういう騙し絵があると聞いたことがあるけれど、それは絵画の中だけの話ではなかったか。そんな神話のようなことが、果たして現実に起こり得るのかどうか。 大丈夫、足が動いている限り、きっと前には進んでいる。一歩一歩、あの見慣れた家に近付いているだろう――。 「ああもう、なんで河原で寝ちゃうかなあわたし……」 後悔は先に立たず。澄んだ清流に素足を浸し、足で鮎を蹴り飛ばそうと躍起になり、挙げ句は滝つぼに飛び込んで危うく川の藻屑になりかけた英雄的な探検は、今や子どもじめた蛮勇に成り下がった。ずぶ濡れの服を乾かすため、身長ほどもある石に寝転がったのが運の尽き、気が付けば愛想のよかった日は落ちて、ぎょろりと瞳を輝かせた月が地平線から姿を現していた。 未だに潤いを残す髪を撫で、夜風に冷やされていく身体を抱き締める。顔をしかめ、家のある方向を鋭く睨み付け、あぁ、早く家に着かないかなあ、と叫び出しそうになった頃。 視界の隅に人影が映った。 「……うん?」 まぶたをこすり、目をしばたいてもその影は消えてくれない。確かに、砂利道の前方左隅に女性らしき影が佇んでいる。鳥除けの案山子、妖怪注意を促す看板の類でないことは、朝にここを駆け抜けた少女がよく知っている。 けれど、一秒前にあの女性は少女の瞳に映っていなかった。森から道に出てきたのか、ただ見落としていただけが、それとも。 危惧していた事態が、訪れたとでも言うのか。 「いや、まさか……ねえ……?」 問うべき相手もなく、自身を叱咤した言葉もあえなく夜気に溶ける。生憎と、武器と呼べるようなものは携帯していない。どこぞの巫女が売りに来るありがたい御札や多少ありがたくない呪符は、お小遣いで購入しようと思う程度の信憑性もなかった。 だから、当てになるのはこの身ひとつ。距離は徐々に詰められ、くだんの女性は身動きひとつすらしない。やや俯き加減で歩き続ける少女は、今走れば確実に捕まえられるから、すれ違う直前、あるいは声が掛けられたら一気に駆け出そうと腹を決めた。相手がもし本物の妖怪ならば、まさに御札でもなければ対抗できないのだろうけど、勝とうと欲を出さなければ負けることもない、と少女は思う。浅知恵だろうが何だろうが、逃げおおせりゃ万々歳なのだ。先制攻撃などもってのほか、まだまだ先のある身分なのだ、こんなところで花を散らしている場合じゃない。 「……来るな……来るなよぅ……」 ぶつぶつと威嚇しながら、たまに女性の姿を確認し、エプロンドレスのような服に身を包んでいることを知り、何となく走りにくそうなイメージを抱く。少女自身は無地のシャツ一枚にショートパンツだけだから、身軽さにおいては引けを取らない。心の中で勝利宣言を掲げ、少女はついに女性の前を通りがかった。 樹に背中を預け、悩んでいるかのように腕組みをしている。瞳は閉じられ、深い瞑想に入っているようにも見えた。が、少女がその容姿を事細かに観察している余裕などなく、すたすたと一気に通り過ぎようとして。 「もし」 「……ッ!」 うあー! ぎゃー! と叫び出したい気分だったが、隙を見せたら負けだと思い唇を噛み締めながら一目散に走り出す。遮二無二、我武者羅に地面を蹴って、右手も左手も闇雲に空気を掻き、口と鼻だけでなく目や耳からも空気を取り込むような必死さで、少女はまだ見ぬ明日へと疾駆する。 どれくらい走っただろうか、景色は何も変わっていない。三十分は駆けずり回ったはずなのに、町の灯りひとつ浮かんでやしないのはおかしいじゃないか。砂利道そのものは一里もなく、山奥は獣道を突き進むしかない。すなわち、少女が全力で三十分走ったなら、今まで歩いて来た分も含めて、とっくに砂利道を越えていいはずなのだ。 それなのに、息は切れても道は途切れない。得体の知れない重みを含んだ闇が、少女のみならず森や道にも圧し掛かって、少女が見ている全てのものを塗り潰しているようだった。 もう、限界だった。 「あッ――」 小さな石に蹴躓いたのがとどめとなり、少女は力なく砂利に倒れ込んだ。手のひらと膝小僧を擦り剥き、小さく出血してしまった。傷口に唾を付け、ひとまず息を整える。爆発しそうな心臓が早鐘を打ち鳴らし、少女に思考する暇を与えない。 だが、鈍い痛みを憂う前に、しなければならないことは山積だった。 「もう、そんなに急いだら転んでも仕方ないでしょう?」 重苦しい闇に反し、気楽な調子で掛けられる声があった。助かった、と振り仰いだ先にあったものは、今の今まで少女が逃げ続けていた、あの女性の微笑だった。 笑っている。 差し伸べられた手を、少女は無用心にも掴み返してしまった。よく見れば、女性は普通の人間に見える。妖怪が化けていないと言い切ることもできないのだが、こんなに魅力的な笑顔をする女性が、人を喰らい生き血を啜る化け物だとは到底思えなかったし、思いたくもなかった。 女性の力を借り、少女はようやく立ち上がることができた。おしりと手に付いた砂を丁寧に払い、女性に向かってぺこりと頭を下げる。並んでみると、その女性は少女の頭ひとつ分くらいは背が高かった。結構年上なのかな、と少女は当たりをつける。 「あ……あの、ありがとうございます」 「いいのよ別に。というか、いきなり走り出すから吃驚しちゃったわ。最近の女の子は元気がいいのね、まぁ、あなたの場合は向こう見ずなだけかもしれないけど」 ふふ、と唇の端を歪ませる。失礼なことを言われたにも拘らず、少女は彼女のことが嫌いにはなれなかった。実際、向こう見ずな性格であると少女は自負していたし、彼女を驚かせてしまったことの責任は自分にあると考えていた。 「あ、それも、すみませんでした……あの、ちょっと怖かったもので」 「私が?」 「つか、夜ですから。夜は妖怪の季節ですよ。怖いですよ」 季節は関係ないな、と思ったが訂正はしない。 エプロンドレスの女性もまた、なるほどねえとしきりに頷いていた。けれども、少女のように夜を畏れている様子はない。むしろ、どこか感銘を受けたという表情さえ窺える。 「そうか、そうよね……普通なら、夜に出歩くのは嫌なのよね。確かに、妖怪もいっぱい出て来るし」 「あのぅ……お姉さんは、妖怪とか見たことあるんですか?」 思い切って、少女は尋ねてみた。少女の中に、女性を疑う気持ちは一片も残されていなかった。 女性は、少女の質問を聞き返す。 「妖怪?」 「はいー。あんまり、このあたりでは見かけないのでー」 興味深く尋ねてくる少女に、女性もどう答えるべきかしばし考え込んでいたが、やがて。 「そうね、見たことがある……というより、今は、その下で働いてるわ」 少女の手のひらに触れ、そこから流れるわずかな血を舌で舐めた。 若干、襲われた感覚を消化するまでに時間を要した。 「――、ひゃっ!」 全身が総毛立ち、発したことのない悲鳴が漏れる。初めての経験だった。怖い、と言えば確かに怖い。未知の体験という意味では、見知らぬ女性に血を舐められる、というのは最上級の不思議体験であると言わざるを得なかった。 手を振りほどくこともできぬまま、少女は自身の血を嚥下する女性の表情を眺めていた。ごくん、と喉を鳴らす音が実にいやらしく聞こえた。 「ぅ、ん……やっぱり、まだ血液型や処女か非処女かは分からないわね……一体どんな味覚してるのかしら、うちのお嬢様たちは」 溜息のようなものを吐いて、話に付いていけない少女を優しく宥める。それは少女を起こしたときのような慈愛に満ちた笑みで、だから少女も騙されたーとか食べられるーとか罵る気にはなれなかった。 「あぁ、心配しなくても大丈夫よ。ちょっとね、確認させてもらうだけだから」 「……な、なにを……?」 震えながらも、どうにか声を絞り出す。泣くまいと、叫ぶまいと心に決めていた。そうしたら、心が折れる。心が折れて、簡単に死を受け入れてしまいそうになる。それは、どうしても嫌だった。だから、女性の目を見て、彼女の答えをじっと待った。 「あなた、男性経験はあるかしら?」 平然と質問する。 少女は、顔を真っ赤にして俯いた。ふふふ、と女性の失笑が追い打ちをかける。 「ないだろう、とは思うのだけど。一応、確かめさせてもらうわね」 女性が、片目を瞑った。 「――、――ぅ、え?」 瞬間、少女の世界が一変する。 一変した、と思わせて、実際は砂利道の脇にある雑草のベッドに寝かされていただけだった。そして何故かシャツとショートパンツは脱がされていて、下半身には絹の下着だけがちょこんと残されていた。 慌てて動かそうとした両腕は、頭の上で縛られていた。肝心の下は大股開きで、両足が左と右の幹と一緒に括られている。 身体が柔らかいのをいいことに、少女の股間はほぼ百八十度の水平に開かれていた。そしてその局部には、あの女性が柔らかな笑みをたたえて待ち構えていた。 「それじゃあ、始めるわね。……あぁ、なるべく力は抜いていた方がいいわよ」 「ちょっ、なに……を、うぅぅ!」 女性の指が、まだ何も知らない少女の肉襞を掻き分けていく。潤いも湿り気もない隔壁は、女性にとっても、少女にとっても困難を伴う道程だった。 とりわけ、感じたことのない感覚に犯されている少女にとっては。 「う、いやぁ……! いたい、いたいぃ……!」 「ちょっとは我慢なさい。いずれ、もっと痛い目に遭う日が来るから……ねっ」 「ッあぁぁぁ!」 深く深く指を突き刺し、痛い痛いと叫ぶ少女の訴えなど完全に無視し、女性は円を描くようにきつく締まった膣をこねまわし始めた。初めは、締め付けが強すぎて動かす余地もなかったのだが、丹念に、じっくりと弄っているうちに、徐々にとろみがつき、指を動かすのも楽になった。 「ふ、ぅん……はぁ、はぁ……ぁぁ、やぁ……」 「どう、少しは落ち着いた?」 「もぅ、やだぁ……きもちわるいしぃ……かえりたい……」 ずっと我慢していたのに、堪え切れなくて泣いてしまった。お腹の中が焼き切られているようで、痛くて、気持ち悪くて、ついでに裸だからとても寒い。 「じゃ、早く帰らせてあげるわ。その分、痛みは増すかもしれないけど、それくらいは授業料だと思って我慢しなさい、ね!」 「――んっ、ぐぅぅ!」 指がもう一本、少女の中に滑りこんでくる。その際、女性の爪が少女の淫核を引っかき、わけのわからない衝動が少女を犯し、意識が飛んだ。 軽く痙攣している少女には構わず、女性は親指を使って少女の膣を押し広げ、その先にある膜を探していた。処女膜は確かにそこにあり、ここから先は何人たりとも通さぬとばかりに頑として立ちはだかっていた。 とろとろの液体が、少女の奥の方からとぷとぷ溢れてくる。軽く達したと見た女性は、気持ちよくなっている間に事を済ませた方がいいだろうと判断し、ナイフもたくさん収納できるメイドポケットから一本の注射器を取り出した。 「……んぁ、あぅ……ぅ、うゅ?」 「お目覚めかしら。束の間の浪漫飛行はいかがでした?」 「……あれぇ、なんで、ちゅうしゃ……き、いぃぃ!」 有無を言わさず、少女の腕に針を突き刺す。快感のせいで感覚が鋭敏になっている少女は、普段なら飲み込める尖痛がその何倍にも感じられてしまった。 「お疲れさま。これが終わったら、後は泣くなり帰るなり自分を慰めるなり新たな快感に目覚めるなり、好きにするといいわ。私は、残念ながら付き合ってあげられないけど」 ごめんなさいね、と唇に指をかける。その妖艶さにも気付かず、少女はぐずぐず泣きじゃくっていた。 「はぁ、はぁ……うえぇ……もぅ、もういやあ……」 身体の中から血が吸われていく感覚は、夢の世界に突き落とされる衝動にも似ていたから、少女は、もう何でもいいから寝てしまおうと思った。 現実からおさらばしようと目を閉じ、その間際、 「献血にご協力頂き、誠に感謝致しますわ」 という、的外れもいいところの謝辞を聞いた気がした。
目が覚めると、少女はすっぽんぽんのまま草の上に寝かされており、縛られた両手両足も解放されていた。股間の疼きはあるものの、大きな痛みもなく帰れるのは不幸中の幸いだった。その後は無事に家に着き、心配した両親に詰め寄られ、辛そうに股間の辺りを押さえる少女のいじましい表情と、泣き腫らした目、手足についている縄の跡を見、父親が怒り狂ったように叫び出し、ちくしょうおれだってやったことないのにと問題発言をぶちかまして母親に殺されかけていた。 けれども、そんなことがあってからも、少女はたびたび夜遅くに帰ってくることがあった。叔父などは男が出来たと揶揄し、そのたびに父親に絞められそうになるのを兄弟共々母親に包丁で脅されるのだが、少女には、どうしても忘れられない出来事があった。それを経験したいがために、山で遊んだ帰り、わざと夜の砂利道を歩くのだ。そうすれば、いつかまた、あの意地の悪い献血に出会えるかもしれないと、考えるたびに疼くおなかを押さえながら。
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一日エロ東方
八月一日 |
『抱きしめてトゥナイト』 |
紅に染まった部屋の中にあるのは、吸血鬼と人間である。人間は一人と呼べば間違いはないが、吸血鬼は助数詞には何を選ぶのが最も適切なのだろうか。こうもりだから一匹、羽を持っているから一羽、人の形をしているから一人――新たに一鬼という助数詞を誕生させるのも魅力的な案ではあったが、やはり、人に似た形をしているから、このレミリア・スカーレットは一人であるべきだろうと十六夜咲夜は結論付けた。 日が落ちる頃に目覚め、日が昇る頃には眠気が襲う。窓の一枠さえない部屋の中にあっても、レミリアは日が高くなるにつれて船を漕ぎ始めていた。突いた頬杖が外れそうになり、これはまずと咲夜を呼んだ。眠たければ勝手にベッドに入ればよいのだが、生憎とそうもしていられない事情がある。 そう。 「……ぅん、ふぅ……」 一糸纏わぬレミリアの身体を、咲夜が丁寧に拭いている。 一城の主として、汚れた身体のまま床に就くことはできない。また、従者に一日の汚れを抜き取らせるというのも、権威を示すために必要な行為である。無論、流水を渡れないだけで水にもお湯にも浸かることができ、気分が乗らないときは一人で身体を洗う。わりと当たり前のことだが、レミリアにとっては咲夜に拭かれている方が落ち着くのだ。 咲夜もまた、頭頂部にホワイトプリムを着け、ガーターベルトとストッキングを履いている他は一切合財何も装着していない。半裸よりは全裸に近い。彼女はレミリアの後ろに跪き、ふかふかのタオルと、澄んだ水が汲まれた器を傍らに置いて控えている。 レミリアだけが真っ裸だと、流石に卑猥な空気が漂ってしまう。レミリア、咲夜のどちらかがそれに呑まれると、汚れを落とすどころか汚れを吐きかけることもなりかねない。咲夜が欲情すれば単に小突くだけで落ち着くだろうが、レミリアが欲情すればおそらく咲夜は受け入れてしまうだろう。それはそれで構いやしないのだが、やはり想定外の事態が発生するのは避けておきたい。 「……ん……」 軽くウェーブのかかった髪が、湿ったタオルでじっくりと梳かされる。やや力強く、皮質を刺激するように押し込みながら濡らしていく。 「あ、ぅ、咲夜、ちょっ、強く、ない?」 「そんなことはありませんわ」 「んな、こと、言っ、たっ、て、ねぇ」 「お嬢様の髪は、お手入れをすれば更にお美しくなります。それを妥協しているのですから、この程度のマッサージはお許しくださいませ」 痛みが無いのは救いだが、やりたい放題されているのは吸血鬼として無視できない事態だ。けれども咲夜の言い分も理解できるから、多少乱暴に髪をこねくり回されるのは仕方ないと諦めた。 未成熟な体躯が、ほぼ完成された姿態の保持者によって間接的に撫で回される。きつく絞られたタオルが、手を捻れば簡単に折れてしまいそうな細い喉を覆い隠す。絞めるように、包みこむように擦りつけ、その際にレミリアがあーあーと意味もなく発声練習を行う。 「咲夜、ちょっとくすぐったいわ」 「くすぐったいというのは、ここを触られたときに言う言葉ですよ」 咲夜のタオルが、レミリアの両腋に差し込まれる。毛の一本もないなめらかなくぼみを、咲夜の指先がタオル越しに激しくくすぐる。ひゃ、と素っ頓狂な声がレミリアの唇から漏れ、咲夜の器用な指先がレミリアの腋を犯していく。 レミリア、馬鹿笑い。 「ぁは、ひぃ、ひっ、あは、あははは、ゃ、やめ、さ、咲夜ぁ!」 腰が砕けそうになり、落ちかけた身体を咲夜の腕が抱き締める。その間も、腋を撫でる触手のような動きは留まることを知らない。 「ふふ、気持ちよさそうで何よりですわ、お嬢様……」 くふぅん、と犬が鳴くように切ない声を吐き、腋を突付いていた咲夜の指が、徐々にレミリアの小さくふくれた乳房に移り、 「――ッ、あぅ、そ、そこは、今はかんけいない! ゃあ、だから、ゃめ! さくやー! さく、やぁ、あぁん!」 ついに、その頂上にある薄桃色の突起を制した。 使い慣れていない、使う予定もなく生まれたままの色と形に収まっている乳首を、咲夜は親指と人差し指で丁寧に摘まむ。くりくりと上下に刺激し、たまに強く押し潰してみる。 「あぁぅ! いひゃ、うぅん!」 「レミリアお嬢様……とても、可愛らしいですわ――」 びくん、とレミリアが小さく仰け反ったとき、彼女の躯にのめり込んでいた咲夜の顔面に、レミリアの裏拳がみちりと食い込んだ。 「……そのへんにする。独断専行は許さん」 「ふみまへんでした……」 骨折しない程度に鼻を強打した咲夜が、ふがふが言いながら釈明する。よろしい、と振り上げた手を下ろし、早くしなさいと両腕を上げる。腋は単にくすぐっていただけで汚れを拭っていたとは言いがたい。咲夜も、取り落としたタオルを回収し、別のタオルを改めてレミリアの身体にあてがった。 「ふぅ……」 咲夜が腕や手を拭うたび、咲夜の乳房がレミリアの背中に密着し、ぷよんと押し潰される。他人の熱を感じ、柔らかい肌を感じ、繋がっていることの違和感と充足感を得る。 かすかに出っ張っている鎖骨を、タオルの上から丁寧に撫でていく。そのままタオルを下ろし、円を描くようにレミリアのおっぱいを撫で回す。タオルの微小な繊維が乳首に擦れて、意図しない喘ぎがレミリアの口から漏れるけれど、彼女も、咲夜もまたそれを言及しない。 「んっ、くふぅ……ふぅ、ぅん……」 それでもやはり胸だけは別格なのか、撫で終わったかと思えば今度は引き込むようにおっぱいを押し、上から下に押し下げて感触を確かめたりなどしていた。悪意はないだろうと判断し、レミリアは咲夜の頭を軽く小突く程度で許すことにした。 「それでは、下に参りますね」 「……咲夜、分かってるわね」 「私も、五体満足でありたいものですわ」 よろしい、と軽く頷いて、咲夜に下半身を拭かせることを認めた。 乳房と同様、自己主張の乏しいおしりにタオルを当て、その上からゆっくりと満遍なく拭いていく。その手付きにいやらしさや強引さは微塵もなく、それでいて作業的や事務的といった側面も感じられず、ただ、慈愛に満ちた優しい愛撫に等しい行為だった。 裸の付き合い、とはよくいったものだ。背中を預け、意味は違えども肌を重ねる。 咲夜の手が、レミリアの陰部に触れる。タオルの材質は、肌に優しく粘膜には多少厳しい。無論、性器が擦れて妙な気分になってしまうという意で。 けれども咲夜の指が止まることはなく、じっくり、余すところなくレミリアの恥部を撫で回す。慈愛に満ち、丹念に触れているからこそ余計に感じてしまうのだから因果なものだ。 「んぁ、ぁふぅ……んぅ、あぅ……く、ふぅん」 舌を噛み、咲夜に悟られないようどうにか努める。きっと瀟洒な彼女には露見しているのだろうが、そんな彼女だから主君の努力には立派に応えてくれるはずだ。 感情に逆らうことはできなくても、ある程度の我慢はできる。咲夜が仕事を果たしてくれるなら、レミリアがそれを裏切ることはできない。別に裏切っても構わないのだが、レミリアの意地がそれを許さなかった。今に限れば、咲夜に主導権を奪われてしまうかもしれないし。 太ももから、足の指先まで。全身を咲夜に撫で回され、ようやく眠りに就く準備が整った。はぁ、と吐き出した溜息の真意は、果たしてどこにあるのだろう。行き場のない快楽の捌け口か、咲夜に対するある種の失望と諦観か、それとも、一日が終わった故の安堵に過ぎないのか。 「まぁ、何でもいいわね……」 タオルと水を回収し、それでもまだホワイトプリムとガーターベルトだけを着けている咲夜に、レミリアは言い忘れていたことを告げた。 「あぁ、咲夜。今日、淹れてくれた『紅茶』のことだけど」 イントネーションを変え、口の端を歪める。咲夜もその意を汲み、主に引けを取らないくらい妖艶な笑みを浮かべてみせた。 「良いものを見繕ってくれたわね。とても濃厚で、穢れを知らない新鮮な生娘のそれだったわ。折角だから、私も直に飲んでみたいものだけど」 涎を拭うように、顎の先から唇までをレミリアの白い指が伝う。 「光栄ですわ。もしお気に召したのでしたら、いずれ、私がお招き致します」 「えぇ、楽しみにしているわ。咲夜」 レミリアは笑って、咲夜から視線を外す。 「それでは、お休みなさいませ。レミリアお嬢様」 うん、という囁きは、不意に漏れ出た欠伸に遮られた。その隙にもう咲夜の姿は掻き消えていて、せめて着替えてから行けばいいのにと肩を竦める。どうせ時間を止めたのだから構いやしないが、羽を持つものが常に空を飛んでいる訳でもないように、巫女が常に仕事をしていることがないように、それが当然と思っているといつか痛い目に遭うことになる。咲夜にも言い聞かせておかないと、とレミリアは心に決め、ふかふかのベッドにぐったりとうつ伏せた。 これもなかなかの包容力だが、やはり咲夜のそれとは質が違う。吸血鬼であること、そしてレミリア自身の性格から、あまり触れられることがなかったこの身体に、臆面もなく触れてくる十六夜の従者を思うと、誇らしいやら、呆れるやらで笑いが堪えられない。 「……あぁ、良いものだな」 くすくすと、自分と他人を笑いながら床に就く。 ――確かに、良いものだ。 紅茶と、従者と、安らげる場所がある生は。
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一日エロ東方
八月二日 |
『ライ麦畑で捕まえて』 |
昼、目が覚めたら、おなかがチリチリと痛んでいた。 原因はよく分からなかったけれど、ベッドから降りても、給仕が持ってきた食事を摂っていても、やっぱりおなかは痛いままだった。 ふと、その理由が思い至ったフランドールは、フランドールが食べ終わるのをじっと待っている小柄な給仕に訊いてみた。 「ねえねえ」 「あ、はい。何でございましょう」 フランドールを畏れることも知らない給仕は、黒く澄み切った瞳で彼女の言葉を待っていた。 フォークを口に咥えたまま、「危ないですよ」と窘められたりしながら、フランドールは興味本位の質問を投げ掛けてみた。 「あんた、子ども作ったことある?」
十六夜咲夜が、フランドールの部屋に食事を運んで行った給仕がその部屋で倒れているという一報を聞き付け、その場に急行したときにはもうフランドールの姿はどこにもなかった。 「きゅぅ……」 代わりに、ぐるぐると目を回したちっちゃな給仕が、その喉元に二つの噛み跡を付けている事実を目の当たりにすることになる。
自由気ままなフランドールは、斜陽に彩られた紅魔館の門に足を運んでいた。大きな欠伸をしながら守衛部隊にあれこれ指示を出している美鈴の襟を引っ掴み、中庭の茂みまで強引に引きずっていった。 「あのー、フランドール様ー」 「あぁ、ごめんねー。ちょっと聞きたいことがあってさー」 顔を上げてみると、美鈴を遠巻きに取り囲んでいる隊員の姿が見える。フランドールの噂は紅魔館どころか幻想郷全域にまで及んでいるから、そう易々と近付けないというのが本音だろう。いくら隊長格が捕らわれているにしても、だ。 「まぁ、いいですけどー。仕事も大体終わりましたしー」 と、隊員に手を合わせる。彼女たちもその意を汲んでくれたらしく、というよりこの場から撤退したい一心で、首肯するや否や脱兎のごとく中庭から逃げ出していた。 隊長想いの仲間たちだこと、と美鈴は心中で嘆息する。 「で、肝心の聞きたいことってのは何でしょう。教えられることであれば教えてしんぜますが、こういうのはパチュリー様の方が適任だと思うんですけど」 「んー、でも多分、美鈴の方が経験あると思うし」 「なるほど」 芝の上に正座し、指をくるくると回しながら説明するフランドールと正対する。座っていれば頭ひとつ分は庭木からはみ出すものの、二人して寝転がっていれば容易に気付かれまい。だからといって、即座に撤収できるほど生半可な状況でもなかったが。 「然るに、長生きしているが故のあれこれってことですね。まぁ、確かに結構いろんなことやってきましたが」 「じゃあ、子ども産んだことある?」 そうくるか。 切れ味の鋭い変化球ではあったが、人生経験が豊富な美鈴を一撃必殺のもとに打倒できるほど強烈なものでもなかった。 美鈴は腕を組み、わざと悩ましげに唸ったり喘いだりした後で、 「あー、仮に産んだことあるとして、フランドール様はなんでそういうこと聞くんです?」 逆に、フランドールの真意を問う。吸血鬼の少女は、一秒の間も開けずに答えを返す。 「あのさ、私ってば吸血鬼じゃない」 「そうですね」 「だから、私にできるのは子どもじゃなくて眷属なんだってさ。パチュリーが言ってた」 「納得です」 「でもさー、今日起きてからずっとおなかが痛くてさー」 生理かなー、と慣れない言葉を口にする。そっちの単語の方がよっぽど美鈴を驚かせたが、それでも意味合いが異なるから驚愕に値しない。 こほんとひとつ咳払いをし、人差し指を立てて解説を始める。 「フランドール様、生理というものはですね」 「想像妊娠かなー?」 子どもを作る程度の能力ー、といきなりレーヴァテインを振り回す。熱い。 説明も退却もままならない膠着状態に美鈴が辟易しかけた頃、フランドールはあぁ思い出したと言わんばかりに手のひらを打った。 「美鈴美鈴、ちょっと血ぃ吸わせて」 「やですよ」 吸血鬼になったらどうするんですか、と唇を尖らせる。けれども他人の言い分など聞く耳を持たない我がままさこそが吸血鬼の本質であるように、フランドールもまた己の我を一心不乱に貫こうとしていた。 「まぁいいじゃん別に。というか妖怪が吸血鬼になって更なるヴァージョンアーップ!」 「吸血鬼も一種の妖怪ですやん、て突っ込んでいい場面ですよね? ここ」 「躍れ! 『レーヴァテイン』!」 「熱ッ!」 至近距離の高熱撲殺スペルを受け、衝撃を殺しきれずに外壁の裏側に激突する美鈴。途中、幾度も地面に後頭部を打ち、とどめに頭頂部を石壁にぶつけたものだから、美鈴の意識は軽く十秒ほど白玉楼に飛んでいた。 はッ、と自我を取り戻した頃には、にはははと無邪気に笑うフランドールが、その手のひらをきゅっと握りしめ、 「どかーん」 と、美鈴の服を粉々に吹き飛ばした。 寒い。 と冗談が思い付くうちはまだ余裕があるのか、美鈴はひとまず乳首と股間を押さえて赤面してみた。軽く五百年は生きている美鈴にとっちゃ、裸になることは自作の詩を紅魔館の集会で朗読する程度の恥ずかしさで済むのだが、ここで平然としていると痴女か不感症かと侮られる虞もあるため、いやんと小さく俯いてしおしおとへたり込んだりしてみた。それはそれで、相応に辛いものがあるのだが。個人的に。 「うわー、美鈴おっぱい大きいねー」 「いえ、あの……本末転倒っていうか、なんで脱がしたんですか?」 羞恥心について思い悩むのは後回しにして、興味心身におっぱいに手を伸ばすフランドールに問いかけた。彼女もなんでだろうと首を傾げていたが、やっぱりどうでもいいやと美鈴のおっぱいを揉み始めた。 「あぅ……」 「んー、最初は子どもができるってどんな気分だろーってことで、次は眷属を作るってのはどんな感じなんだろーって思って、今は子どもを産んだことのある女の人の身体ってのはどんなんだろー、てなことで、おっぱい」 道理に適っているのか、全くの見当違いなのかはよく分からないけれど、美鈴がフランドールに襲われているという事実は確固として存在していた。ちゅうちゅう吸われる。血の代わりにおっぱいを吸われている。 何故。 「ぇ、あ、いゃ……す、吸っても、何も出てきません、よぉ?」 「ちゅー」 美鈴の声を遮り、フランドールは美鈴の乳首に歯を立てる。こりこりと優しく噛みほぐし、母乳が出てくるべき穴に舌の先を突き入れる。 「ちゅっ、ちゅっ」 「あぅ、あのぅ……わたし、別に、子ども産んだことある、って言ってないんです、けどぉ……うぅん」 「くちゅ、ちゅ……ぁえ? そうだっけ?」 そうですそうです、と知らぬ間にフランドールの髪の毛を撫でていた美鈴は、何だか子どもにお乳をあげているみたいだなあと場違いなことを思ったりした。 「まぁ、そこんとこも何でもいいや。ちぃと痛むかもしれないけど、我慢してね」 「うぁ、ふ、フランドール、さ――きゃう!」 絹を引き裂いたような悲鳴が漏れ、庭木と雑木林ががさがさと揺れた。母乳が出てこないと知るや、フランドールは美鈴の乳首を犬歯でもって容易に貫き、その傷跡から彼女の血液を懸命に吸い始めた。 「ぷちゅぅ、ちゅる、ん、んぅ……」 「あふぁ、へぅ……」 痛みか引いてもなお、美鈴の動悸は収まらない。身体から大切なものが吸い取られている感覚は、美鈴の長い生においても貴重な体験だった。昔に味わった母乳を与えている感覚は、喪失感より充足感に近いものだった。生気を吸い取られていると同時に、生命の源を与えているという実感も得ることができた。 だがフランドールの吸引は奪略による虚無感のみ、その一方で得体の知れない快感が穿られ、失われた分の血液を何か別の液体で補完されたような奇妙な感覚に囚われていた。 身体の中身が、丸ごと作り変えられるような錯覚。 それが、あるいは吸血鬼の眷属になるという意味なのかもしれない。 だが、美鈴は安易な誘惑に屈しない。 体内に巡らせていた気が、逆流してくる別の液体を淘汰する。今はまだ、フランドールも眷属の作り方を把握していないから簡単に撃退できるが、彼女がそのやり方を覚え、再び美鈴の血を求めたら、その時こそは本気で抵抗しないとあかんのかなあ、と美鈴はぼんやりと考えていた。 「ちゅ、うん、んっ……ぷはぁ、やっぱり、おっぱいからだと出が悪いねぇ。首筋の方がいいかな?」 「ふ、フランドール様……」 「何さー」 乳首から口を離し、唇に付いた血をぺろりと舐める。幼いながらも吸血鬼然とした佇まいに、一瞬、美鈴の中にある妖の血が騒ぐ。 が、それもまた、気の流動によって抑制する。 「子どもができたら……眷族ができたら、フランドール様は、まず何がしたいですか?」 荒い呼吸を整えながら、美鈴は吸血鬼の少女に尋ねる。 彼女がこのような所業に及んだ根底には、妊娠と出産の興味に留まらず、子を持つ、眷族を持つということの興味と関心があるはずだった。 フランドールは、美鈴に問われたことをしばし頭の中で整理しているようだった。その隙に、美鈴はまだ血が垂れている乳首に指の腹を這わせ、どうせ鉄の錆びたような味しかしない自分のものを舐め取る。 やっぱり、どこか冷たい鉄の匂いがした。 こんなものを美味しいと感じる吸血鬼は、確かに単なる妖とは一線を画する。畏怖を抱く気持ちも理解できる。が、美鈴は思う。結局は、生まれ持った能力に過ぎないじゃないか。あぁ、血を吸うんだね。蚊みたいだね。と言って頭をぽんぽん叩けばいい話だろう。 現実問題、レミリアを蚊呼ばわりしたらぶん殴られるどころでは済まないだろうが、フランドールならあはははと屈託なく笑うかもしれない。 「んー、そうだねー」 悩みに悩んでいたフランドールは、ようやく考えがまとまり、どこか遠くを見るように色褪せた空を仰ぎながら言った。 「まず、一緒に遊びたいかなー。スペルカードでも鬼ごっこでも何でもいいし、にゃはは、そしたら私くらい強い奴じゃないと相手になんないねえ」 相好を崩し、けらけらと芝の上を転げ回るフランドール。無邪気に振る舞う彼女を見、それ見ろ、どこにでもいる子どもと変わらんじゃないかと美鈴は勝ち誇ったように頷いた。 そんな美鈴をよそに、フランドールの思考は次から次へと展開し、ついにはその七色の羽をばっさばっさと広げて大きく空に舞い上がった。 「あー……」 唐突だなあ、と美鈴は諦めたように呟いた。 フランドールは、新しい玩具を見つけた子どものように目を輝かせ、 「よぉし、じゃあ次はあいつの血を吸ってくる! まだ吸ったこともない血がたくさんあるからねー、そのうち自分の好きな味にも出会えるでしょー。じゃあねー!」 「はぁい……お疲れさまでしたぁ……」 きゅいーん、と豪快に紅魔館の壁を突き破るフランドールの姿は、子どもは子どもだけれどありゃあ筋金入りの悪ガキだな、と美鈴は他人事のように思った。よっこらしょ、と全身に付着した芝を払いのけ、ついでに庭木と雑木越しに美鈴の痴態を拝んでいた守衛含むメイド一味に軽く彩雨をお見舞いしたのち、やっぱり恥ずかしいわなあと偶然現れた黒髪のちっちゃいメイドに着替えを頼んだ。 その彼女が慌しげに紅魔館を駆けていると、ちょうど紅魔館の君主たるレミリア・スカーレットの私室から、どたんばたんと局地的な大震災に見舞われているような破壊音を聞いた。こわいこわい、と震えながらそれでも廊下を前進する彼女のすぐ側を、血より紅いグングニルと、魂より熱いレーヴァテインが通り抜けたのは、紅魔館における彼女の記憶の中に深々と刻まれている。
フランドール・スカーレットがその姉であるレミリア・スカーレットの吸血に成功したかどうかの真偽は明らかにされていないが、フランドールの腹部を襲っていた痛みの正体は、注がれた『紅茶』の血液型の微妙な変質によるものだという事実が明らかにされた。 この件に関して、『紅茶』の調達を務めていたメイドは、 「たまには、私の血もお召し上がりになるべきかと存じまして」 との、興味深い証言を残している。
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