・一日エロ東方 妖々夢

 



コンスタンティノープルの木馬 ルーミア


鼓動 レティ


だってしょうがないじゃない リグル
たのしいこどものつくりかた1 大妖精 前門の猫、後門の猫 舌抜き雀 ミスティア
I scream, you scream. チルノ アリスゲーム アリス たのしいこどものつくりかた2 慧音
おっぱい 紅美鈴 恋するリリーはせつなくて略 リリー fetishism 霊夢
我ら知的なアンドロギュヌス 小悪魔 crescendo ルナサ 白黒綺想曲 魔理沙
paper view パチュリー super butter dog メルラン shapes of shavers てゐ
blue blood 咲夜 egoism リリカ 勇敢な愛のうた 鈴仙
抱きしめてトゥナイト レミリア 昆布の憂鬱 妖夢 八意に告ぐ 永琳
ライ麦畑で捕まえて フランドール いつか来る朝 幽々子 真説・輝夜姫 輝夜
    エキノコックス・パラノイアック きみのむねにだかれたい 妹紅
ザ・インデックスフィンガーズ 八雲紫    
 



etc
豆柴ラプソディー 萃香



etc
教えて! 文々。


春色ソルジャー 静葉
さらば青春の日々 霖之助 夢にまで見た球体関節 メディスン 芋と情緒と女心と秋の空 穣子
心の剱 妖忌 あぶらかたぶらなんぷらー 幽香  
虹の架け橋 レイラ 死神ヘヴン 小町   にとり
たのしいこどものつくりかた3 蓮子 四季映姫輪姦 映姫  
スクラムハーツ メリー drop dead スーさん   早苗
君は我が誇り 毛玉 感度0 リリーブラック   神奈子
禁じざるを得ない遊戯・absolute solo 上海人形 優しくは愛せない 幽霊   諏訪子
一茎 ひまわり娘 カラスの行水と20世紀のクロニクル    
陽はまた昇り繰り返す サニーミルク 好き好き大好き愛してる 大ガマ
白粉の月 ルナチャイルド

ダブルヘッダー 秘封
星に願いを スターサファイア (有)求聞史紀・稗田阿求部社会福祉課 阿求


 

一日エロ東方

八月三日
(妖々夢・レティ)



『鼓動』

 

 冬を愛する妖怪の夏は、洞窟の中でぐったりと涼むのが通例だ。いっそ万年雪が積もっている山に籠もった方が楽なのだが、実際そうしたことも何度かあったのだが、幻想郷に居ついてからは、暑い暑い言いながらごろごろ過ごすのもいいもんだと思えるようになってきた。
 力が減退するとはいえ、人間は元より妖怪から身を守る程度の力は残されている。たまに恐れを知らない人間や妖怪が不埒にもレティの能力を間借りしようとやってくることもあるけれど、そこははいはい分かったわよと適当に冷気を送っておいて、適度に恩を売りつけるのが日課になっている。何でもかんでも突っ張りあう得策とは言いがたい。共存共栄が幻想郷のあるべき姿なのだし、持ちつ持たれつ、足りないところは補いましょう、そういう生き方もいいもんだ。
 だが。
 おんぎゃあ、おんぎゃあと号泣する赤子を見下ろす。
 まぶたをこすり、瞳を閉じ、改めてそれを確認する。
 ふぎゃあ、ふぎゃあと、発情期の猫を思わせる号泣。
 レティは、どうしたもんかと額を撫で、燦々と輝く太陽の下、木陰に隠れた小さな赤子を掬い上げた。白い布に包まれて、まだだいぶ皺が残っている赤子の顔を、ふにふにと触ってみる。
「全く、ここは託児所じゃないっての。ねえ?」
 肌の温もりを感じてか、あれほど盛大に咽び泣いていた赤子も、レティの腕の中では静かになっていた。
 太陽は高く、大地と湖を無慈悲に焦がし続けている。
 比喩だと思いたいくらい蕩けそうな熱気の中を、レティは赤子と共に歩き出す。目的地は、レティが籠もっている洞窟。あそこなら、気温の変化もなく安全に過ごせるはずだ。
「持ちつ持たれつ、ね……。流石の私も、人間の子どもを育てる義理はないわよ?」
 不敵に笑いかけても、その意図を知らぬ無邪気な赤子は、どこかむず痒そうにまぶたを掻くだけだった。

 

 

 レティがぼんやりと湖に沿って歩いていると、聞き慣れない大きな泣き声が聞こえた。人間の赤子に似せた鳴き声を上げる妖怪もいるから、その類じゃないかと疑わないでもなかったが、だとしたら適当に追い払うだけでいい。もし、本当に正真正銘の赤子だったら、それはとても厄介なことになる。
 無視すればよかった。捨て置けばよかったのだ。
 どうせ、この赤子もまた捨てられたものなのだし、放っておいても、数日中に山犬か妖の食べ物になるくらいだろう――。
 だけれども、レティはその泣き声につられて何も知らない赤子を拾い上げ、ついには赤ん坊の声も泣きやませてしまった。そうしなければならない気がした。だから、赤ん坊というのは厄介なのだ。人にしろ妖にしろ、罠にしろ無策にしろ、その響きだけで、聞くものの心に触る力を持つのだから。
「――あなたは、そんなことなんて知らないのでしょうけどね。私たちは、そうもいかないのよ」
 洞窟の中、干草のベッドに包まれて優雅な寝息を立てる赤ん坊に、レティは疲れたような笑みを与えた。
 それというのも、赤ん坊がこうして穏やかな眠りに就くまで、レティは並々ならぬ苦労を強いられたからだ。
 この赤ん坊がいつから木陰に放置されていたのか分からないが、レティがしばらく木の周りを歩いていても誰の姿も見当たらなかったことと、赤ん坊を包んでいた布に『健やかに育ってください』とあったことから、きっと想像通りなのだろうなとレティは理解した。
 そうして初めて洞窟に連れてきた訳だが、レティが考えていた以上に赤ん坊と過ごす時間というのは過酷極まりないものだった。
 目を離せば泣くし、もよおしても泣くし、おなかが空いても泣く。おおよそ泣くことしか知らず、そんなものだからレティは赤ん坊が何を望んでいるのか把握するのに苦労した。起きているときは始終抱きっぱなしで、けれどもその状態で小やら大やらを放ってくれるとその被害たるや尋常なものではなく、かと言って食料を与えない訳にもいかない。食べ物はまさか生の魚や野菜をぼんと出す訳にもいかず、それらをある程度すりつぶして食べやすいような流動食に加工する必要があった。
 それでも、赤ん坊を満足させるにはまだ足りなかった。
 よーしよーし、と腕の中で赤ん坊を前後に揺らしながら、子守唄でも歌おうかしらとうろ覚えの歌詞を綴ろうとしたとき、うあー、あうー、と赤ん坊がその小さな手のひらを懸命に伸ばした。どうしたの、とくりっとした瞳に問うても、やはり意味のなさない声を紡ぐばかりで、明確な意図が伝わらない。
 しかし、赤ん坊の手がレティの胸をばしばしと叩き始めるようになって、ようやく赤ん坊の求めているものが何なのかを悟る。
「え、うそ……ていうか、考えてみりゃ、当たり前の話よね……」
 何故気付かなかったのか、そちらの方が不思議だった。
 けれど、レティが悩んでいるうちに赤ん坊はまた愚図り始める。あーもう仕方ないわねえ、とレティは赤ん坊を抱いたまま器用に鎖骨の辺りまで上着を押し上げ、その豊満という他ない乳房を冷たい空気にさらした。ぷるん、と形のいい胸が赤ん坊の目の前で揺れ、その振動が収まるか収まらないかという頃にはもう赤ん坊の手はレティの乳房を捕まえていた。
「あ、ちょっ……もう、気が早いんだから……」
 息を吐いて、赤ん坊の口を更に近く自分の胸に押し付ける。赤ん坊は、待ってましたとばかりにレティの乳首に吸い付き、息つく暇もなくレティの乳を吸い始めた。
 赤ん坊の凄まじい吸引に、ふと懐かしいものを覚える。その正体を解析する余裕をレティに与えないほど、赤ん坊は乳房をがっちりと掴み、ちゅうちゅうと音を立ててレティの中にある母乳を啜り取る。
 必死に、呼吸するのも忘れて命の源を摂取する赤子を抱いていると、不意に、自分が赤子の母親になったような錯覚を抱く。感傷的になるのは良くないな、と思いながら、赤子に吸われていない方のきれいな乳頭から、とろとろと母乳が染み出していることに気付き、やっぱり母親気取りなんじゃないかと諦観する。
 赤ん坊は、吸っている乳首の出が悪くなったと知るや、自主的に唇を離し、今度はもう片方の乳首に手を這わせる。母親想いの赤子だねえ、とレティは右から左へと赤子の位置をずらし、力強く吸われてぷっくりと赤くなった自身の乳首を見下ろす。
「んっ……全く、難儀なものよね。ここまでくると、赤ちゃんてのは母親の全部を喰らってるんじゃないかって、邪推したくなるわ」
 皮肉めいた笑みをこぼし、それでも赤子を抱く力は優しく頼もしい。薄赤色の乳首に吸い付き、再び母乳を貪る赤子の表情が実に安らかだったから、レティは、ついつい聞きかじりの子守唄などを口ずさんでしまった。
「坊やはよいこだ、ねんねしな……」
 尤も、乳房を掴まれたままぐっすり寝られてしまっては、赤子が起きるまではずっと乳首をさらしっぱなしにしなければなるまいが。
 困ったように微笑む。身体の中に眠っていたものを引きずり出される違和感など、赤子に命を分け与えている充足感に容易く打ち消されていた。それでも、確かに喰われているには違いないな、とレティが赤子の額を突付こうと指を伸ばした矢先。
「あーっ! レティが子どもにおっぱいあげてるーっ!」
 氷精の絶叫が、レティと赤子を物の見事に凍り付かせた。

 

 

 事情を聞いたチルノは、ふんふんと頷きながらレティの『他言無用』の申し出を承認した。びし! と薬指を立てるチルノに一抹の不安を覚えるも、彼女を湖の底に沈めておくのも得策ではないから現実的な対策を講じるしかなかった。
 それはひとえにチルノを信じるという涙ぐましくも美しい結論であった訳だが、その一週間後には、幻想郷のあちこちに文々。新聞が出回り、
『禁忌!? 冬の妖怪の思わぬ母性愛!』
 と謳った、感動的なのか揶揄しているのかいまいちはっきりしない記事が記されることとなった。
 起こり得る未来を憂う余裕すらなく、レティは赤子の世話に一所懸命だった。初日こそはだいぶ手間取ったが、二、三日も経てば手順も覚えてくる。唯一、赤ん坊が母乳を吸うときの力が強すぎて、レティの乳首が少し腫れ上がってしまったことが問題と言えば問題だった。
 だが、概ね妖怪の育児は順調に進んでいて、その手際の良さは赤ん坊の世話などしたことのないチルノを感心させるほど手馴れたものだった。
「と、いうか。なんでここにいるのよ」
 レティが棲み処としている洞窟に、チルノがちょくちょく訪れるようになっていた。何もしないわりに、赤子を突っついたり母乳をやっているレティの乳房にちょっかいを出したりと、レティにとっては鬱陶しいことこの上ない。
 干草の絨毯にちょこんと座り、レティの腕の中でぐっすり眠っている赤子の頬を突付くチルノ。レティに問われ、きょとんと目を丸くする。
「え? いちゃだめなの?」
「駄目、でもないけど。この時期、冷房が強くても利き過ぎってことはないし、ましてや環境の変化に弱い赤ちゃんもいるしね。私も、万全の力で守ってあげられる訳じゃなし」
「なんだぁ、助かってるならすぐに言ってよ! 明日も明後日も来るから!」
「はいはい、助かってます助かってます」
 えへん、と胸を張るチルノを適当にあしらい、その大声に反応してぐずぐずと顔を歪ませ始める赤ん坊。
「わ、なんか、悪いことしちゃったかな」
「少し、敏感になってるだけよ。赤ちゃんていうのはね、泣くことしかできない生き物なの。誰かに守ってもらわなくちゃ、誰かの手を借りなくちゃ生きていけないのよ。だから、ちょっとしたことでもぐずっちゃうのね」
「ふぅん。詳しいんだね、レティ」
「勉強したのよ。それだけ」
 チルノは、赤ん坊を泣きやませるつもりで自分の指を赤ん坊の目の前でくるくると回していた。だぁー、と赤ん坊の手のひらがチルノの指をぎゅっと握り締め、うー、と嬉しそうにはにかむ。
「んにゃ、笑ったよー。なかなか可愛いとこあるわね、こいつも」
「そうね。だけど、握られたっきり離さないこともあるから気を付けなさい。赤ちゃんの力って、意外に強いのよ」
「ふぅん……て、あれ、くっ、この……! こ、こいつ、あたいの指をー!」
 うがー! と羽をぱたぱたさせながら赤ん坊と力比べをするチルノ。
 言わんこっちゃない、とレティがくすくす笑う。うだぁー、と赤ん坊も無邪気に笑って、気ままな一日が過ぎていく。夏はいつも暇を持て余す日が続いていたから、こうして賑やかに通り過ぎる日々もたまにはいいものだ。こんな生活が続くと、そのうち面倒臭くなって投げ出したくなるかもしれないけれど、何故か、不思議とそうならないような気がした。
 だが、この生活に終わりが来ることも知っている。
「うぎぎ……んぁ、どうしたのよ、レティ。寂しそうなかおして」
「いえ、何でもないわ」
「困るわねー。あんたがそういうかおしてると、こいつがまた泣き出すじゃない。あたいは、こいつに泣かれるのがいちばん嫌なのよ。あたまがきんきんするし、それに、あたいもなんもしてあげられないし……ちっちゃいし」
 それは関係ないか、と再び赤子の手のひらを剥ぎ取ろうと悪戦苦闘する。レティは心の中で、そんなことないわよ、と付け加えた。こうして赤子と遊んでくれるということが、これからの赤子にどれだけ良い影響を与えてくれることか。
 その成長を、チルノが、レティが見届けることはないだろうけど。
 明日、博麗の巫女に伝えよう。湖に置き去られていた赤子のこと、今はその子を暫定的に預かっていること、それから、この子の里親を探してくれるように申し出よう。
 この子と自分には、何の義理も義務もない。レティが偶然赤子を拾い上げ、何かの気紛れで面倒を見ていただけだ。そこには善意も悪意も人間も妖怪もなく、ただ、限りなく深い情があるだけだった。
 ようやく赤子の手のひらから解放されたチルノが、強く握られたせいで赤くなった指をふうふうと吹いている。レティは、きゃっきゃっと笑っている赤子を掬い上げて、ちょうど母親が赤子を寝かし付けるように、ゆっくりと前後に揺らしてみせた。
「ねんねんころり、おころりよ……」
 その歌を、どこで覚えたかは知らない。昔、聞いたことがあっただろうか。分からない。覚えていない。けれど、この歌をこの子に歌うことができる。それは、とても喜ばしいことのように思えた。レティにとっても、赤子にとっても。
「坊やはよいこだ、ねんねしな……」
 少しずつ、赤子のまぶたが下りていく。無邪気に笑っていた顔も徐々に緩み、無駄のない安らかな表情をさらす。その穏やかな顔を見て、レティは小さく笑った。
「……泣いてんの?」
 チルノは言う。神妙に、傷付けまいとして声を殺す子どもなりの心遣いが、やけに胸を締め付けた。
「そうね……」
 レティは、既に安らかな寝息を立てている赤子の、その確かな重みを腕に感じながら、
「かもしれないわね」
 最後は、これ以上ないくらい、優しい笑みを浮かべてみせた。

 

 

 湖に、妙齢の女性が現れるようになった。
 彼女は懸命に何かを探しているようで、木の下を見下ろし、湖の底を見詰め、森の中を探し回っては、日が暮れる頃に去って行く。
 彼女はただの人間で、少しやつれているように見えた。彼女はいつも泣いていて、しきりに誰かの名を呼んでいるようだった。
 彼女は一週間休むことなくその湖に訪れ、叫びながら、泣きながら何かを探し続けていた。七日目には、彼女の瞳に強い光が宿っていた。それは、希望というよりはむしろ絶望に近い色をたたえていた。
 そうして、何の変哲もなく彼女の一日は終わり、虚ろな瞳が湖を映す。彼女はやっぱり声もなく泣いていたけれど、その声なき嗚咽を遮るような大きな泣き声が、彼女の耳を乱暴に貫いた。
 彼女は、灼熱の太陽から身を隠すように木陰に寝かされていた赤子を見付けて、泣きながら赤子を掬い上げた。
 ぐずぐずと、赤子よりも大きな泣き声が、湖に響き渡る。
 それから、彼女が赤子と一緒に湖を去って、その場に何もいなくなるまで、太陽はずっと澄んだ湖を熱し続けていた。

 

 

 もし、あなたが次にその子を諦めるようなら。
 私は、あなたのことを――。

 

 


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一日エロ東方

八月四日
(妖々夢・橙)



『前門の猫、後門の猫』

 

 広々とした草むらの、真ん中にある大きな石に、一人の妖怪が腰掛けている。勝手気ままに足をぷらぷら、鼻歌などを歌いながらも、猫が化けた姿であるものだから、たまにむにゃむにゃと顔を洗ったりなどもする。
 この娘、もとは黒猫の出であり、ぼんやりと石に居座っていたらいつの間にやら妖怪変化の術を覚えた変り種である。今では立派に服も着こなし、里に混じって子どもらと戯れ、などとそこまでは迎合しないものの、たまに下って他の猫を威嚇したり魚を奪い合ったりしている。なまじ人間の格好をしているものだから、里の人間たちにはとっくに猫又だと露見してはいるのだけれど、特に害もなく無邪気に振る舞っているものだから、時折干物を恵まれたり見知らぬ老人の話し相手になったりするのだった。
 ふにゃあ、と石の上で大きく欠伸し、ごろごろと石に寝転がる。いつからいつまでこうしているのか、当の猫又も分からない。何だかここに居なければならない気がして、けれどもここに居る意味はもうなくなってしまったような気もする。どうでもいいか。どうでもいいね。この娘の出は黒猫で、吉兆を振り撒くわりに当の猫又は気楽なものだ。
 ふと、誰かの気配を感じて顔を上げる。そこには一匹の三毛猫がおり、尻尾をふりふり、人の形をした猫又に擦り寄ってくる。懐かれてるなあ、と猫又は思い、その凛々しい三毛の顔を見やる。
「でも、ごめんね。あなたのお嫁さんにはなれないの」
 ごめんね。と何度も謝り、にゃあにゃあとしつこく食い下がる三毛猫を追い払った。結局、彼がしなだれた尻尾を下げて帰っていく姿を、彼女もまた寂しそうに見つめていた。
「しょうがないよね」
 しょうがない、しょうがない。
 自分の心に言い聞かせ、その後は眠くなったのでくうくうと眠る。
 そんなこんなで、二十年余りが過ぎ去った。

 

 

 猫又はやはり猫又で、里に下りては鼠をいじくり、老人の話し相手に、子どもの遊び相手に八面六臂の大活躍だった。けれど結局はもとの石に収まり、ごろごろと喉を鳴らしてぐっすり眠った。
 ぱっちり彼女が目を覚ましたら、その隣にはいつかの三毛猫がいた。物覚えはいい彼女のことだから、それがいつかの三毛猫だというのはすぐに気が付いた。
「あれ、元気だね? よく生きてたね。凄い凄い」
 ぱちぱちぱち。適当だけれどもかなり本気の喝采を送る。気のせいか三毛も誇らしげに胸を張り、すりすりと猫又の足に身体を擦り付ける。
「あぅ……でも、やっぱりごめんね。私は、ここにいなくちゃいけないし、子どもを作る気もなくて――」
 言うが早いか、三毛猫は人間のように不敵に笑う。それが錯覚でないことは彼女もまた理解していたが、信じられない気持ちもあった。
 もとは黒猫の彼女も百年、尻尾が分かれて化けて出る術を知った。けれども三毛はたかが二十年、それより年を経ているにせよ、一世一代の出世と言える。
「――よっ」
 ぼぉん、という煙幕が放たれることもなく、かの三毛猫は電光石火の名の下に、見事な人間に変化していた。
 猫又は目をぱちくりさせて、尻尾が一本しかない稀有な化け猫を眺めていた。彼もまた自慢げに微笑み、威風堂々と怯むことなく彼女に向けて手を差し伸べた。
「さぁ、これで対等になりました! どうでしょう、ぼくの子どもを産んで頂けますか!?」
 いきなりの告白に、猫又の目も泳ぎに泳ぐ。それでも一気呵成に攻めるのは、やはり発情期を迎えた雄猫の心意気なのかもしれなかった。
「冗談なんかじゃありません! ぼくは、きみを孕ませたい!」
 ぐっと握った拳を見れば、彼が真剣そのものだというのは容易に分かった。けれども本気であればあるほど、その一念で彼が変化の術を知ったことが脳裏をよぎり、やりたいだけの男なんじゃないかと邪推したくもなるというものだ。
 外見は申し分のないくらいに美しく、朝日に焼けた黒髪が涼しげになびき、ひょろりと生えた尻尾の三毛が、滑稽といえば滑稽だった。童顔なのは生まれつきか、それとも最も親しい人間を模したのか。人間に変化すると、まず初めは記憶に焼き付いている人間の形になることが多いという。彼も彼女もそのことを知らず、ただ漠然と記憶の奥底に刻まれている無形の情報を汲み取って、それを人間としての器に定めたに過ぎない。
 だが、一目見ればあるいは彼女もまた恋に落ちたかもしれない彼の最大の失敗は、服を着ていなかったということだ。そのため、ぎちぎちに突っ張った股間のものがいきりたつ様を彼女に見せ付けることとなり、荒い鼻息と握り締められた拳が彼女の警戒心を助長させた。
「え、と、あの……あのね。あなた、格好いいし、その、あれも元気だから、その、私じゃなくても、いいんじゃないかなぁ、て……」
「ありがとうございます! でも、ぼくは、きみを孕ませたい!」
 もう駄目だこいつ。
 もとは黒猫、いまは人の身。発情期など過去の身体に置き去ってきたが、人の身体も発情期なき発情期なのだ。求める限り、与えたい限りは求められるし与えられる。
 だから、言い訳をする理由もないのに、猫又はどこか申し訳ない面持ちで、
「しょうがない、かなぁ……?」
 と、力なく釈明してみた。
 それを快諾とみなした盛りまくりの三毛猫は、石の上に座す彼女を押し倒し、草むらの中に己と女の身を投げ出した。後は野となれ山となれ、獣は獣、思うがままに突っ走る。

 

 

 初めてなの、と囁いた猫又の声に理性が飛んだ三毛は、彼女の薄着を乱暴に押し上げてそのわずかな膨らみに口を付けた。あまりに勢いが早かったため、引き戻された服が男の頭を覆っていた。服の中で乳首を犯されている実感が、得体の知れない快感となって猫又を襲う。
「あぅ、やぁ……そんな、おっぱいばっかり、舐めないでぇ……」
 息も切れ切れに懇願すると、今度は軽く乳首を噛まれる。甘噛みだけれどそんなことなど今の彼女には関係ない。
「ひぅっ!」
 かりかりこりこり、勃起していない乳頭を噛み、瞬く間に猫又を追いつめる。小さな膨らみにも手のひらを這わせるくらいの容量はあり、猫にとってみりゃ性感帯が増える訳だから嬉しいのやら悲しいのやら、雄にとっちゃ望むべくもないことなのだけども。
 やがて蒸し暑くなったのか、三毛が猫又の服を脱がせる。下はまだ脱がさない。手順は大切、気分も雰囲気も、愛を繋ぐには必要不可欠なのである。
 上半身が露になった猫又は、やるべきことも見当たらず、すんすんと鼻を鳴らしながら顔を真っ赤にしていた。やるんじゃなかった、と早くも後悔の色が滲み出ていた。だけれども、左右に投げ出された腕が乳房を隠さず、三毛が触れた乳首がそれ相応に勃起していることと、彼女に快感が芽生え始めていることの関係を無視することはできなかった。
「やぁ、もぅ……ねこって、もっと単純なんじゃないのぉ……? おっぱい舐めたり、ちくび噛んだりなんてしないよぅ……もう、いじわる……」
 恨みがましく睨みつけ、流れそうで流れない涙を拭う。
 その仕草がどうもたまらなかったらしく、三毛はまた猫又に覆い被さった。猫のままではなしえなかった、口と口との絡み合い。口を吸われ、何をされているのか理解しきれなかった彼女も、舌が絡まり、唾が送り込まれ、漠然とだが確かな繋がりを感じた。舌を突くのは鼠のいたぶり、唾液の交換は縄張り争い。同じものを共有するということを、人間に翻訳するとこうなるのだ。
「ぷちゅ、ちゅく……ぢゅぷ、じゅぅ……」
 溢れ出た涎が、猫又の口元から零れ落ちる。その川を拭おうともせず、唇が離れた後も、彼女は物足りなそうに舌を突き出していた。だからというわけでもないが、三毛はさっきからいきり勃って仕方のない己の肉棒を、呆然と寝転んでいる彼女の口元に差し出した。つん、と嗅ぎ慣れない男の臭いがする。一瞬、顔をそむけそうになるも、突き出していた舌が亀頭に触れると、その硬さと柔らかさが何か興味深く感じられ、確かめるように、ぺろぺろと勃起したものの先端を舐め始めた。
「れろ、れる……」
 お、起き上がった方がいいですよ、と指示されて、猫又は言われるままに身を起こし、草むらに尻餅をついた三毛の股間に、四つんばいになった状態で口を近付けた。はぁぁ、と緊張した吐息が熱く滾った棒をぴくぴくと揺らす。
「ん……ちゅぅ……」
 小さな唇が先っぽの鈴口に触れ、途端、とろとろの液体が猫又の唇を濡らす。もう出たのかなあと、訝しむ彼女をよそに、三毛は切なそうに表情を歪ませていた。
 気を取り直して、猫又はキスの要領で亀頭に触れ、徐々にそれを口の中に含んでいった。粘っこい液体が潤滑油になって、ちゅくちゅくといやらしい音と共に雄々しい竿が飲み込まれていく。温かな感触に包まれ、肉棒が蕩けそうな快感に意識が飛びそうになる三毛だが、彼女がしきりに亀頭を甘噛みするものだから、次々と襲い来る快楽に意識を手放す暇も与えられなかった。
「ちゅぷぅ、くちゅ……ぷちゅ、ずっ、じゅぅ、るぅ、れぉ……」
 一度は幹の半ばまで飲み込んだ猫又も、途中で苦しくなってゆっくりと肉棒を吐き出す。れろれろと濡れた亀頭を舐め回し、面白がってその尿道口にえいっと指を突き入れようとする。
「ぃぃっ!」
「あ、きもちよさそ……」
 肯定も否定もできずに戸惑っている三毛を置き去りにして、猫又は続けざまに硬くそそり立った棒を咥える。
「あぅ……んっ、ぷちゅっ、ちゅぽ、んっ、んぅ……」
 口の中で舌を動かし、唇も上下に揺らして熱い肉棒をしごき立てる。知らずと手はペニスの根本を握っていて、垂れた唾と先走り液がそこに溜まってねとねとした泉を作っていた。
 短い黒髪を振り乱し、二本の尻尾を左右に揺らしながら、一心不乱に男の肉棒を咥え込む。
「じゅるぅ、ちゅ、ちゅる、ぷちゅ……ん、んっ、じゅぷぅ!」
 握った手で根本をしごき立て、含んだ亀頭を喉の奥で擦り上げる。舌の先を鈴口に突き入れ、頬の裏の柔らかい肉で竿全体をやわらかく包む。おおよそ味わったことのないような快感を無慈悲に送り込まれ、三毛は一瞬のうちに達しようとしていた。彼女の唇も、その勢いが早くなる。徐々に硬さを増していく肉棒に、身体が反応しているのかもしれなかった。
「ぶちゅっ、じゅ、じゅぅ、ん、ん、んぅ……」
「うっ、出る……!」
 瞬間、亀頭が大きく膨張する。男の限界を感じとった猫又は、ここぞとばかりに肉棒をしゃぶりたてた。
「ん、んっ、ちゅくぅ、ぷちゅ、ちゅっ、じゅ、ん、んっ、んっ、んぅっ…………!」
 どくんどくん、とひときわ大きく肉棒が跳ね、熱くて濃い精液の塊が、猫又の口中に思い切り吐き出された。ひとつ肉棒が跳ねるたびに次から次へと白濁液が送り込まれ、彼女の口の中はねっとりとした濃いものでいっぱいになってしまった。つん、とした匂いが鼻に抜けて、彼女はたまらず口を開ける。だらしなく開けた口から、白い精液がこぽこぽと糸を垂らす。その間も、彼女の口の中を雄臭いとろとろの精液が満たしてゆく。
「くふぅ、えぅ……うぅ、にがぁい……」
 ぴくんびくんと震えるペニスは、まだ猫又の舌に射精し続けていた。吸って、と言いつけられた彼女は、逆らうのも可哀想な気がしたから、三毛の勃起したものをちゅるちゅると吸ってあげた。尿道に残っていた精液を残さず吸い取られ、彼の口から音にもならない声がもれる。
 いまだにそれなりの硬さを保っている彼の肉棒をひとしきり舐め尽くし、口の中に残った精液の苦味が薄くなりかけた頃、猫又は自身の身体にある異変が生じていることを知った。
「うぁ、いやだぁ……」
 彼女の股間が、お漏らししたかのようにぐっしょりと濡れていた。咄嗟に患部を隠そうとしても、そこは三毛の手の方が遥かに速かった。勃ったものはそのままに、彼女のお尻に照準を合わせ、その小ぶりな尻にそっと触れる。
「あぁ、もうこんなに濡れてるんだから……脱がせてあげるね」
「やだ……いやだ」
「ここまできて、往生際が悪いですよ……」
「やなの、だから、そういうことじゃなくてえ……」
 ぶんぶんと首を振り、三毛にお尻を捕まえられたままゆっくりと起き上がる。そうして、顔から火が出そうなくらい頬を紅潮させて、
「自分で脱ぐから……あなたに脱がされると、ずっと流されちゃいそうで、やなの……わたし、何も分かんないまま、孕まされちゃうのなんて、やだから……」
 スカートに手を掛け、その下に履いている下着と併せて、びちょびちょに濡れた布を少しずつ脱いでいく。露になる割れ目と少なめの陰毛が、微風にあおられて小さく揺れ動いた。
「ごめ……我慢できない、今ので」
「え、今のは、別にぃ……いやぁ!」
 興奮から、全裸になった猫又を抱き締めて、そのまま草むらに押し倒す三毛。おわん型に膨らんだおっぱいに何度も口付けし、その口で彼女の唇を貪り、恍惚に緩んだ表情で彼女の性器に指を掛ける。もう一方の手には、硬く漲った肉棒が添えられている。
「い、いきなりは、だめ……は、はじめて、なんだから……もっと、優しくしてよぉ……」
「うん。じゃあ、手、繋ごうか」
 三毛が差し出した手のひらに、猫又が伸ばした手のひらが重なる。まずひとつ、お互いのものが繋がり、この次には。
 行くね、と宣言し、彼女がこくりと頷いた。
 直後、濡れそぼった膣に雄の性器が挿し込まれ、押し寄せてくる怒涛の違和感に喘ぐ間もなく、身体の一部が強引に引き千切られる音を聞いた。
「い、ぎぃ! やぁ、ふぁ、はっ、いた、痛いぃ……! やだぁ、いたい、痛いの……!」
 叫び、繋がった手を硬く握り返す。それだけでは足りず、彼女が求めたもう一方の手のひらを、三毛もまた力強く握り返した。
 それでもまだ、痛みを伴う繋がりは続く。
「ぐぅ、ふぅ……いっ、あぁ……」
 彼女の声は、ペニスが何度か往復した後も快楽に転じる様子が見られない。苦痛に歪んだ表情を憂えている三毛も、不意に彼女の秘部から垂れている赤い血を見てしまい、ごくりと息を飲む。
「はぁ、はぅ……ごめん、ごめんね……? ちょっと、痛くなくなってきた、からぁ……もっと動かしても、いいよ?」
 破瓜の激痛に耐えながら、嗚咽混じりの声で三毛に懇願する。三毛もそれに承諾し、緩慢な抽送を繰り返していた腰をじっくりと落ち着け、捻じ込むように、猫又の中を掘り進んでいった。
「んぐ、んあぁぁ……あぅ、あっ」
 挿入していたものが、彼女のいちばん深いところにある子宮口に触れる。しばらくその体勢のまま、ぴくぴくと小刻みに脈動する亀頭と子宮の蠢きを、お互いがお互いの感じるように感じてみる。
「まだ、痛い?」
「うん……でも、なんだか、変な感じがする……ふぁ、ここに射精されたらぁ、わたし、孕んじゃうの……? 赤ちゃん、いっぱい、できちゃうのかなぁ……?」
 涙に潤んだ瞳ではあったが、彼女の中に芽生えた純粋な疑問をぶつけたつもりだった。だが、彼女の言葉は雄の本能を刺激するのに十分すぎた。ぷちり、と三毛の理性を繋ぎとめていた何らかの糸が断ち切れ、彼は己の剛直を彼女の陰部から丁寧に抜き、亀頭と竿のくぼみが、女性器の内と外を隔てる肉壁に引っかかった頃合を見て。
「や、なんか、目がこわ――いぃっ!」
 ずぷぅぅ、と一気に肉襞を刺し貫いた。
 三毛が腰を前後に動かすたび、卑猥な水音が性器の繋ぎ目から響き渡る。単調で、乱暴で、貫いては引き戻し、猫又の奥を目指して突き刺すこと以外に能のない性交だった。獣の交尾は、彼女の声音が快楽に反転し始めてから、よりその色を濃くしていった。
「うぁ、あぁ、はぅ……うっ、あぁん、ひぃ、うくっ……」
 腰のうねりが速くなっても、次の抽送には肉棒の抜き挿しを緩めてしまう。猫又は、三毛がたくさんの精子を出したいんだろうな、とその意図を察した。途中、膣から抜けたペニスが彼女の淫核に触れ、そのたびに意識が真っ白になるような衝撃を得るのだけど、またすぐに肉棒を差し込まれる快感に襲われるから、気を失っている暇もないほどだった。
「くぅ、あっ……」
「き、きもち、いいの……? うぅっ、ふぁ、じゃあ、射精しちゃっても、いい、よ? わたしも、きもち、いいから……ひゃぅ、あぁん!」
 呻きをあげる回数が多くなってきたことを悟り、猫又は三毛の耳元に囁き掛ける。二人繋いでいた手のひらは汗でべっとりと濡れていたけれど、不思議と離すにはなれなかった。
 下腹部を苛んでいた痛みは引き、残されたのは我武者羅な快感だけだった。無造作で、品がなくて、やりたいだけの性行為。
 くすりと笑う。伝った涙が川を作り、気付いた三毛が辛そうに顔を歪ませる。そんな些細なことが、やけに可笑しく思えた。
「だいじょうぶ、ぅん、だいじょうぶだから……もっと、もっとして……? おくの、おくのほうまで……」
 その言葉に安堵したのか、三毛はいっそう激しく腰を送り込む。赤黒く勃起した肉棒が彼女の膣に分け入り、ぱちんぱちんと湿っぽい音が繋ぎ目からこぼれおちる。
 ぎゅうぎゅうに締め付ける膣を押し分け、子宮の入口に亀頭を押し当てる。あと何回繰り返せばいいのか計算しようとしてもよく分からない、けれども我慢はしなくてもよかった。というより、我慢の限界などとうに越えている。
 愛液に溢れた肉壺の往復が激しさを増し、猫又が喘ぐ間隔も短くなる。終わりが近付いていた。手のひらの熱と、おなかの熱を確かめて、彼女は襲い来る衝動に息を飲んだ。
「あぁ、ふぁ、あぁん、やぁっ、ふぇ、ひぅ……! あっ、あぁ、い、いっちゃうの? ひぃん、ぁ、いま、おなかにこつんて、さわった、よ……い、いいよ、射精して……いっぱい、いっぱいせいえき出して、いっぱい、いっぱいぃ……!」
 亀頭を子宮の入口に押し当てたまま、びくん! と三毛の身体が硬直する。
 直後、猫又のいちばん深いところに、大量の精液がたっぷりと注ぎ込まれた。彼女の奥に肉棒を突き刺したまま、三毛は射精の快感に耽っている。彼女もまた、おなかに満ちている精液の感覚に浸っている。
「あぅ、くふぅ……んぁ、ひぅん……いっぱい、いっぱい射精されちゃった……せいえき、とくん、とくんって……あっつい……」
 三毛が身体を震わすたび、ペニスの先から濃い精液が勢いよく吐き出される。射精はなかなか終わらず、彼が肉棒を引き抜いた瞬間には、彼女の膣から大量の白濁液がごぽりと溢れ出ていた。
 ついさっきまでは閉じ切っていた秘部から、雄の精子がこぽこぽと漏れ出ている。その様があまりに現実離れしていて、彼女は目の前に差し出された肉棒の存在にしばらく気が付かなかった。
「あ……え……?」
 きれいにして、と訴えかける三毛の瞳に、惚けていた顔も緩んでしまう。精液と愛液に汚れた雄の象徴を、猫又はぱっくりと咥え込んだ。
「んむっ、ぷちゅぅ……ちゅる、ずちゅぅ、くちゅ……」
 苦い味のする精液と、甘酸っぱい匂いのする愛液を舐め取り、尿道口に残っている精液もちゅうちゅうと吸い取る。三毛が切なく喘ぐ声を聞き、何だか面白くなった彼女は、幾分か柔らかくなった亀頭に力強く歯を立てた。

 

 

 結局のところ、人の形をした獣が放った精とその卵のこと、十月十日の日を経由してもなお、猫又が子を孕んだ様子はなかった。
 その間、三毛は万全を期すために何度も何度も猫又に「もう一回! もう一回!」と擦り寄られていたのだが、彼女は一度で駄目なら二度も三度も同じこと、と全く譲らなかった。
 三毛は三毛で、十月十日の歳月を待たずして猫又の側を離れ、あちこちで数々の雌猫に種を植え付けたり家族を築いたりなど忙しい日々を送り、その傍らで猫又の具合を見て来るという生活を楽しんでいた。
 一度、三毛に聞いたことがある。
「あなた、もしかして長いこと子どもを作っていたいから妖怪になったの?」
「ご明察!」
 何故か得意げだった。隙あらば猫又のスカートを脱がせようとする手癖の悪さを見るに、彼が年中発情期にあるような人間に近い生き物であることは十分に理解できた。けれども、性欲の一念が岩をも通し、妖とはいえ人に化けることで種族の壁を越えるなどとは、お天道様にもお釈迦様にも分かるまい。
 馴れ馴れしく猫又の肩を抱いて来る三毛に、どこか辟易する気持ちもありながら――あの日、繋いだ手の硬さも忘れられず、肌と肌とが触れ合うことにかすかな悦びも感じたりなどして――、彼女は、三毛が思い出したように付け加えた言葉を黙って聞いていた。
「あぁ、でも。こうして人に化けたのは、きみが好きだったからだよ。抱いてあげたかったんだ。ずっと」
 彼女がどんな責を負っているかなど――彼女自身も忘れてしまった昔話など、彼は何も知らないだろう。ただ、寂れた石に座っている猫又が、どうしようもなく愛しく思えただけなのだろう。
「大事なものができたら、きみも、ここから離れられると思ったんだ。その役目はぼくが担ってもいいのだけど、自分のおなかを痛めた子どもの方が、きっとぼくより大切だろうと思ったから」
 惜しげもなく自身の価値を下げる三毛は、やはり、獣臭さよりは人間臭さの方が強かった。
 彼は、猫又と会うときだけ人間に化け、それ以外は猫の格好で過ごす。妖と化した身体は成長を知らず、それによる死も先延ばしにする。だから彼は、己が満足の行くまで己の道を貫くだろう。
 じゃあね、と尻尾を振って去って行く三毛の姿が、逢魔ヶ刻の橙色に揺られて消えた。
 あの日から十月十日、猫又の種付けに失敗した三毛は、寂しげににっこりと笑った後、「さようなら」と言ってそれっきり、彼女の前から姿を消した。
 かといって、別段猫又の生活が劇的に変化する訳でもなく、相も変わらず石の上で眠り石の上で起き、里の面々と戯れて、やたらと増えた猫と一緒に戯れて――そうそう、近頃じゃあ石の周りにも猫がたくさん棲み付くようになって、にゃあにゃあみゃあみゃあうるさいったらありゃしない――、することもなく、でもすることはあるような気がして、ぼんやり、のんびりと生き続けている。
 たまに、あの三毛のことを思い出す。あの化け猫が言った台詞や、抱いてくれた肌の温もり、その他諸々の性欲に満ち満ちた言動とか。
 里の猫には、彼が産ませた猫が大勢棲んでいて、たまに話を聞くことがあった。基本的には雌猫と交尾することしか考えていないとか、ろくでなしだとか、それでも一貫していたのは、彼は決して子どもを蔑ろにせず、関係を持った雌猫にも同じように愛を注いでいたということだった。何しろあちこちで種付けしていたものだから、流石に毎日顔を合わせる訳にはいかなかっただろうけど、定期的に、忘れられない程度には父親の姿を見せていたのだそうだ。
 何でも、彼は猫又に会っていないだけで、里の猫、そして石の周りに棲んでる猫ともちょくちょく会っているそうだ。けれども猫又は、ついぞ彼の姿を拝むことはなかった。嫌われたのかな、それとも何か別の理由があるのかな。思い悩んでも、答えなんて浮かびやしなかった。
 石に帰って、石を抱いて眠る。
 猫の鳴き声がやかましく、それでいてやけに心地よい。
 今日は眠ろう。明日も眠ろう。
 狐と出会う日も近い。
 三毛が残してくれた大合唱に囲まれながら、どこか懐かしく、けれどもどうしても出てこなかった「家族」やら「仲間」やらといった言葉が、形を持たぬまま猫又の中にぐるぐるくるくる渦巻いていた。

 

 


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一日エロ東方

八月五日
(妖々夢・アリス)



『アリスゲーム』

 

 重い鎖の感触に目が覚める。
 アリス・マーガトロイドは普段通りに就寝し、そして何の疑いもなく清々しい朝を迎える予定だった。時折その法則が騒々しく乱されることもあるのだけれど、最近は全くもって素晴らしく平穏な朝が迎えられていた。
 瞳が闇に順応し、岩が剥き出しになった石室に監禁されていることを知る。窓はなく、砂礫の匂いが色濃い。物々しい鎖で括られた両手首は、アリスが身体を動かすたびにぎちぎちと音を立てる。肉に食い込み、骨を打つ鈍い感触に脳が軋んだ。
 幸いにも足は拘束されておらず、鎖の部分に全体重がかかるということはなかった。それでも、無機質な冷たさに心が削り取られていくのを感じる。
「擬似空間……かしら。だけど、服も着せてくれないなんて、悪趣味な……」
 アリスの身体には、カチューシャ以外の何も着けられていなかった。就寝時にはパジャマしか着ていなかったから、これはアリスをこの空間に閉じ込めた何者かの仕業だろうとアリスは考えた。
 睡眠時とはいえ、魔術の耐性があるアリスを一時的に拘束できるのはそれなりの手馴れである可能性が高い。結界、時間、境界あたりが有力か。犯人を予測し始めたアリスを嘲笑うように、何者かの足音が近づいてくる。ぺちぺちと岩を踏み付ける音から、相手が裸足だということが分かった。
 恐怖はない。術式の構成もままならず、人形の具現化など望むべくもない。だが、アリスはどうしてもここで自身が破滅に至るという未来が思い浮かべられなかった。
「誰?」
 尋ねる。両手に枷が嵌められている緊張感もなく、扉をノックする友人を招き入れるような穏やかな響きだった。
 相手は答えない。やはり爪先から踵、体毛の一本すらないふくらはぎ、膝、太ももと視線を上げ、股間が視界に入った途端に息を飲む。
「……あなた、まさか」
 雄々しく猛っている男性器が、天を貫くように大きく反り返っていた。硬さ、太さ、長さ共々常人の平均を遥かにしのぎ、安易な言い方をすれば幼児の腕を彷彿とさせる規格だった。
 アリスは、赤面するのも忘れてぽかんと口を開けていた。それから気を取り直し、上半身に視界を移そうとしたが、相手の上半身が靄が掛かったようにぼんやりと霞んでいて、腹から上の姿を拝むことができなかった。背景になっている無骨な花崗岩が見えているにも拘らず、である。
 しばし、己の体躯を見せつけるようにアリスの眼前に佇んでいた相手が、逸物を振るわせながらアリスに手を伸ばしてきた。
 犯される、という実感、危機感はあった。だが、アリスは動揺しない。泣きじゃくって助けを請うことも、呪い殺さんばかりに敵を睨み付けることもない。ただ、されるがままに身を委ねるだけだ。それが最も楽であることを、アリスは知っていた。
「……ん」
 相手が、平均的なサイズに収まっているアリスの胸に触れる。覆い被せるように手のひらで包みこみ、その乳首を指先の第二関節で弄ぶ。次第に硬さを増してきたアリスの乳首を、今度はネジを回すように摘まんでくりくりと回す。
 触れられすぎた乳首は徐々に赤く腫れ、それに伴いアリスの呼吸も段々と荒くなる。だが、肝心の愛液は敵の逸物を受け入れられるほど溢れてはおらず――それ以前に、子どもの腕ほどもあるペニスを容易に飲み込めるだけの女性器など、そうそうあるはずもない。
 けれども敵は一向に怯む様子もなく、かすかに濡れているだけのアリスの入口に、肉棒の先端を押し当てる。
「え? あ、あっ、ねぇ! も、もうちょっと濡らしてからの方が、ちょ――」
 問答無用。
 無慈悲に突き入れられた肉棒の衝撃は、諸々の肉壁を突き破ってアリスの臓器を滅茶苦茶に蹂躙するかというくらいに凄まじいものだった。事実、アリスは数秒間呼吸も出来ず視覚も聴覚も遮られ、白々と開けた意識の果てにアリスが見たものは、妊娠したかのようにぼっこりと膨らんだ自身のおなかだった。
 ずぬぅ、と巨根が引き抜かれると、今度は出産したかのようにおなかがべっこりとへこむ。身体の一部が無造作に弄り回されている。適当な罵倒なり怒号なりを吐き出すべきなのは分かっていたが、息付く暇もなく突き入れられる巨大な肉棒に、アリスの意識は再び白濁の彼方に追いやられた。
 押し広げられた膣は、アリスの下腹部を肉棒の形に膨らませるに至った。子宮の入口に当たった亀頭は、逡巡する間もなく更にその奥まで陵辱する。動かすたびに肉がごりごりと鳴り響き、亀頭が子宮の内膜をぐりぐり押し広げるたび、快感とも苦痛ともいえない衝動がアリスの意識を木っ端微塵に粉砕する。
「あっ……がっ、ぎ……」
 アリスが上げているのは嬌声ではなく痛々しい悲鳴で、必死に自我を保とうとする呪文のようでもあった。彼女自身、これほど巨大なものを挿入されて、血の一滴も出てこないことに疑問を抱いていたが、もし肉襞が裂けて子宮が突き破られていたなら、と考えると、このまま得体の知れない衝動に翻弄されていた方がまだマシではないかと思うようになった。
 がぼっ、ずぼっ、と性交する際には発し得ない奇妙な肉のぶつかり合いが続き、アリスの目頭から知らぬ間に涙がこぼれ始めた頃、ぼやけていた敵の身体が少しずつ確かな輪郭を帯びてきた。
「……ぁ、あぁっ……あぎぃ……」
 腰を抽送する動きは止まらず、アリスは飛びそうな意識を堪えながら浮かび上がってきた敵の体躯を確認する。
 軽く上向いた乳首が、釣鐘型にふくらんだ乳房の先端に収まっている。適度に肉が付いた体付きながら、魅力を失わない程度には細く締まっている。
 そして、顔面。
「……ふふ」
 敵が嘲笑う。
 アリスの中には、敵の正体が女性ではないかという予測があった。だが、思い当たる節が多すぎるせいもあり、犯人までは特定できなかったのだ。
 敵は言う。アリスを犯しながら。
「驚いたかしら。でも、その可能性が皆無だと考えていたなら、あなたは魔法使い失格かもしれないわね。アリス・マーガトロイド――」
「……あっ、あぁ……」
 敵の指が、無残に勃起したアリスの乳首を摘まむ。捻り潰すように摘み上げられ、アリスは激痛に顔を歪める。その直後、始めよりがちがちに硬く膨らんだ巨根がアリスの子宮に叩き付けられ、アリスの身体がびくびくっと痙攣する。
「かっ、はがっ……」
 身を仰け反らせ、許容量を越える快感から逃れようとしても、下半身から次々に送り込まれる快楽が休息を許さない。ありとあらゆる触覚が膣と子宮に凝縮され、突っ張った際にじゃりじゃりと揺れて軋む鎖も、仰け反るたびに引きずられて擦り切れた足の甲も、全ての痛が一種の快感となってアリスの脳を溶かし始めていた。
 流されている感覚はあった。だがそれはあくまで流されることを選んだだけであり、舵はアリスの手の内にあるはずだった。
「……くぁ、ふ……なんて、こと……」
「あなたは気付くべきだったわ。ここが私の構成した世界であること、術式を構成できないこと、そして、あなたが思っている以上に、あなたは女であるということを」
 ずぶぅ、とアリスの奥を深々と貫き、敵の瞳とアリスの瞳が最も近くなる。共に蒼く染め抜かれた瞳も、片や輝き、片や濁りに犯されている。また一筋、アリスの目から涙が零れ落ちた。
「……ふふ。可愛いわよ、アリス……」
 涙が作った細やかな川を、女の舌が愛しげに舐め取る。そのぬめった温かみに魅せられて、アリスは不意に全てを投げ出したいと思ってしまった。
 敵は嗤う。
 肩にかかる金髪を振るわせながらアリスを強姦し、蒼く光り輝いた瞳の裏に呪いじみた狂気を忍ばせながら。
 アリス・マーガトロイドに対するアリス・マーガトロイド。
 模写や投影という概念を凌駕した完全に近い対照。
 アリスは、アリスの形をした何かに犯されていた。
「あなたは、きっと認めないでしょうけど」
 肉棒を、亀頭のくびれのあたりまで引き抜き、アリスの口から熱っぽい吐息を引き出す。返答は期待せず、ただアリスの精神に叩き付けるがごとくアリスのコピーは宣告する。
「アリス・マーガトロイドは弱いわ。あなたが思っているより、ずっと、ずっとね」
「……はぁ、ぁぁ……、――ぃぎぃっ!」
 抵抗の暇すら与えられず、肉壁を穿るように膣を広げられる。以前より激しくはないが、襞の敏感な部分を丁寧に擦り上げられるため、送り込まれる快感は前よりずっと激しい。
「ひぐっ、がっ、ぎぃ……」
「人でも、妖にもなりきれない。普通、どちらでもあるということを利点にできないものは、社会に適合できないものなのだけど。あなたはよくがんばった方だと思うわ、お世辞でなくね……でも」
「くぅ……」
 その根本まで逞しい怒張を捻じ込まれ、ちょうど肉棒の形があなかに浮き出てしまったアリスは、胎児を愛でるように子宮のあたりを軽く撫でる。そのたびに、子宮の中で小刻みに脈動している剛直の熱を感じ、脳が散り散りに焼き切れるのだった。
「完全には程遠い。どっちつかずのまま、迎合することを嫌うくせに、孤立することもできやしない。そんな弱虫に、魔法使いは務まらない――あぁ、そうそう」
 アリスのコピーは、深く繋がった自身の肉棒を、アリスのおなかを上から思い切り殴りつけた。
「ぐぅあぁぁ!」
「あなた、いつまであのグリモワールを大事に抱えているつもり? 読まれないグリモワールほど、使われない秘術ほど滑稽な存在はないわ。あなたにあの本は扱えない。契約者でありながら契約した術式に拒絶されているような魔術師など、あの本は必要としていない」
「……ひぐっ、うあぁ……」
 泣きじゃくり、助けを求めるように鎖を滅茶苦茶に動かす。だが鉄の鎖は余計に強くアリスの手首を締め付け、下腹部に与えられた暴力的な熱が冷めてからも、絶望が深すぎて溢れ出る涙がとまらなかった。
「でも、安心して」
 コピーは微笑む。
 アリスは訝しみ、再び腰が送り込まれて嗚咽のような悲鳴をあげる。勢いは激しく、コピーの吐息にも微かな快楽が浮き上がっていた。
「くふ、気持ちいいわよ、アリスの膣……きゅうきゅうに締まって、すぐ出ちゃいそう……でも、すぐには射精してあげない。もっと、あなたを苛めてから……あなたが、アリス・マーガトロイドを放棄したいと思い始めてから」
 愛液に溢れかえった肉壺も、規格外の巨根では潤滑油の意味をなさない。貫かれるまま、犯されるままにアリスは亡失する。
「アリス・マーガトロイドは二人もいらない。私はアリスになる。アリスになって、より完璧な魔法使いになる。だから安心して。あなたはずっとここに棲んでいていいわ……好きなときに犯されなさい。好きなところに射精されなさい。快楽を貪り、己の存在意義に迷うことなく、肉欲に浸りながら生きることの悦びを痛感しなさい」
 抽送が激しくなる。射精の予感を二人同時に直感し、コピーは強く腰を突き入れ、アリスは逃げるように腰を引く。けれども肉棒から完全に逃れることはままならず、アリスは悲鳴のようなものを吐き出しながら、自己の意識が霧散する感覚を得た。

 

 

 ぷしゃあ、とアリスの尿道口から黄金色の液体が噴出した。
 同時に、コピーの意識も一瞬だけ真っ白に染まり、次の瞬間には大量の精液がアリスの子宮内にどぷどぷと注がれていた。痙攣するたびに並々ならぬ濃さの子種が吐き出され、繋がった部分から早くも白く濁った粘液が溢れ出る。
 射精するごとに強烈な快感を得、コピーアリスは仰け反ったまま起き上がろうとしないアリスの頬を撫で、淫靡に微笑んだ。
「ふっ、はあぁ……あなたの中、最高だったわ……あたたかくて、きゅうきゅうに締め付けてくる……やっぱり、あなたはこうあるべきなのよ。私の選択は正しい。世界は、私がアリス・マーガトロイドになるべきだと――」
 どぷぅ、と再び白濁が吐き出され、コピーアリスの意識が飛ぶ。
 疑問はそこで起こった。
「ぁ……あれ……?」
 おかしい。いくらなんでも、射精しすぎじゃないか。快感が、予想以上に増幅している。あるいは、アリスが感じていたような、、略奪に等しい快楽が――。
「う、くぁ……あ、あぁ……? なに、なんなのよ、これ……」
 くすくすと、笑い声が聞こえた。
 振り向こうとして、快楽に目が曇る。そんなことを何度か繰り返し、コピーアリスはようやく声の主を知ることができた。
「……あ、ぁ……」
「こんにちは、デッドコピーさん」
 コピーは、引き抜くことのできない肉棒と、会うはずのない存在に恐れ戦く。
 蒼と白を貴重にした西洋風のドレスを身に纏い、白い手袋をはめ、カチューシャだけは先程と同じく――肩にかかる金髪をたなびかせ、傍らに人形を忍ばせて。
 アリス・マーガトロイドは、確かに君臨していた。
「最初のうちは、気持ちいいから黙っていたけど……途中から、出すぎた真似をしたわね。夢魔は夢魔らしく、精を啜って悦んでいればいいのよ。自我を欲するに留まらず、他者を支配しようなどとは奢りが過ぎる」
 嘲りが怒りに転じる。人形は哂っていない。
 コピーが、ずっと犯していたアリスを見れば、それはむき出しの球体関節を曝した木偶人形に過ぎなかった。
 絶望する。
 選択を誤ったのがどちらだったのか、それを理解していないのはどちらだったか。愚者にも慈悲深い笑みをくべ、アリスは告げる。
「でも、あなたの言うことにはひとつだけ同意するわ」
 す、と白い手のひらを差し出す。紡ぐのは邪なる呪文、滅するのは木偶人形と不出来な複製。
 快感に支配されたコピーは、絶望にありながら緩んだ笑みをさらしていた。無様なものね、とアリスは心中で微笑む。
「アリス・マーガトロイドは一人でいい。あなたは、ここで死に続けなさい」
 瞳を閉じる。
 術式は完成した。

「――ルイス・キャロルに祝福を。
 『リターンイナニメトネス』――」

 木偶人形が光を放つ。
 瞬間、仮初の楽園が消滅した。

 

 

 アリスが再び目覚めたとき、隣にあったのは一体の藁人形だった。
 使いまわしの人形でも呪い除けにはなるもんね、とアリスはその臭い人形をゴミ箱に投げ捨てた。
 それからは普段通りの朝が続いていたのだが、朝食を片付ける頃になって、紅魔館で勤務している小悪魔が慌しくアリスの家に駆け込んできた。
「す、すみませぇーん!」
 ドアを突き破らんとする勢いに気圧され、アリスもついつい家の中に招き入れてしまった。
 どうしたの、と紅茶をもてなすアリスに、小悪魔は丁寧にお礼を言って紅茶を啜る。ふーふーと息を吹きかけているところを見るや、かなりの猫舌らしい。
「あのですね、うちで管理してた淫魔が突然失踪しちゃいましてー。最後に目撃されたのがこちらの区域だったので、被害が出る前に警戒を呼びかけていたんですよー」
 と、黒い羽をぱたぱた振りながら詳しく解説する。
 全く、淫魔は淫魔でもこうも違うものか、とアリスは嘆息し、それを小悪魔に見咎められて不思議そうな顔をされたりした。
 もう故郷に帰ったんじゃないの、と進言するアリスに、激しく扱き使っちゃいましたかねえ、と反省の素振りを見せる小悪魔。
 ……訂正。やはり、淫魔は淫魔だ。
 実りのない会話は次第に雑談に転じ、話し相手が少ないアリスは小悪魔相手に長々と話し込んでしまった。ごめんなさいね、と謝れば、楽しかったです、と優等生の回答を返される。悪魔の方がよっぽど人間が出来ている。奇妙な世界だ、ここは。
「それでは、おいしい紅茶ありがとうございましたー」
 どういたしまして、と家の門まで小悪魔を送り、飛び去る彼女を見て踵を返そうとしたアリスは、いまだ頭上でぱたぱたとホバリングしている小悪魔を見上げる。
「早く帰らないと、雇用主がうるさいんじゃない?」
「いえ、それはそうなんですけども」
 小悪魔が、形のいい唇に指を当てる。如何にも淫魔らしい、物足りないとでも言いたげな切ない表情を浮かべて、
「今度は、私も混ぜてくださいね……?」
 と、かすれた言葉を残していった。
 慌しげに飛び去って行く小悪魔の背中を呆然と見送っていたアリスは、彼女の姿が完全に見えなくなってから、親指を下に向け、苦笑しながら己の喉元を切り裂いた。

 

 


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一日エロ東方

八月六日
(妖々夢・リリーホワイト)



『恋するリリーはせつなくて春を想うとすぐBしちゃうの』

 

 リリーホワイトは春を伝える妖精だが、その手段が弾幕をばら撒くというところに彼女の特徴がある。たとえ攻撃を仕掛けているように見え、実際にぼこぼこ撃ち落とされたとてしばらくすれば何事もなかったように蘇り、再度高密度の弾幕を放出するものだからいちいち同情していると損である。
 けれども、その行動原理に深い関心を寄せる一人の魔法使いがいた。
 霧雨魔理沙である。
 彼女もまたリリーホワイトに攻撃され撃墜し返した者の一人だが、リリーが何故あのように弾幕を打つことで春の訪れを伝えるのか、そのことを常々疑問に思っていた。
 仮説として挙げられるのは、恋するリリーはせつなくて春を想うとすぐBしちゃうの――B=Barrage(弾幕)――、というところだった。興奮の末に弾幕が噴出するのなら、あるいはその他の行為によってもたらされた興奮が最高潮に達したときも、同じように弾幕がぴゅーびゅー飛び出るということも十二分に考えられる。
 そして、今ここに「リリーホワイト上陸作戦」の火蓋が切って落とされた。

 

 

 季節は春。
 地面からにょきにょき土筆やらフキノトウやらが芽吹き、それらを収穫する籠担ぎの巫女が風物詩になっていることでも有名な春。
 その澄んだ青空を、一匹の妖精が嬉しそうに飛んでいる。
 びゅらばばば、と赤白青黄の弾丸を撒き散らしていることを除けば、観測している方も素直に春の喜びに浸れていたのだろうが、かの妖精がリリーホワイトである以上、彼女と弾幕は切っても切り離せない現象なのであった。
 普段は比較的高い位置を飛んでいるため、地面でわらわらしている人間たちが被害をこうむることは稀である。時折、気流の関係もあり紅魔館の湖辺りに急角度で突っ込んだりもするのだが、それもまた季節の風物詩ということでお偉方は気にも留めていない。
 ゆえに、リリーホワイトの来訪を危険視するのは空を翔る民である。霧雨魔理沙もその一人であるが、少女の場合はむしろ撃ち落としたり弾き飛ばしたりすることが多いから大した問題にはならない。
「……よし。目標確認」
 頭上に瞬く季節外れの花火を確認し、魔理沙は手に従えた箒に魔力を通す。ブースト完了、風は魔理沙を中心に轟々と渦巻いている。砂煙が竜巻に巻き上げられるように吹き飛ばされ、魔理沙がひときわ強く箒の柄を握り締めた瞬間、全ての音がその口を噤んだ。
 魔理沙、発進。
「行っけぇぇぇ――!」
 大地を滑走路に垂直発進、重力に逆らいながら風を貫く。
 通り過ぎていく景色が、点から線に、線が重なって幾筋もの道になる。永遠に続く透明な土管の中を駆け抜けて、魔理沙はその出口に白い妖精を発見する。
「はるー」
 弾をばら撒き、両手を広げてぽわわんと微笑んでいる。呑気なもんだ――これから何が起きるかも知らないで、と魔理沙は髪をはためかせながら口の端を歪める。
 宣言は既に。
 リリーが急接近する高速飛行物体に気付き、「んぇ?」と首を傾げていた。
「啼けぇ! 『ブレイジングスター』――!」
 風が戦慄く。
 水平に飛来する生きた彗星が、ただ春を伝えていた妖精の身体に激突した。
「ぷきゅ」
「うぉっしゃぁ! リリーゲットだぜぇぇ――!」
 星屑をばら撒きながら、箒の先端にリリーを引っ掛けて、霧雨魔理沙は美しくも急角度の下降線を描きながら、魔法の森に見事墜落した。

 

 

「さて、と……」
 擦過傷だらけの身体を起こしながら、魔理沙は足元に転がっているリリーホワイトを見下ろす。妖精なのに服を着ているというのが如何にも不思議であるように思えた魔理沙は、折角なのでリリーの服を全部脱がしてみた。帽子もである。生意気にも下着など着けていたからそれも後ろにぽいと放り投げた。
 一応、黒い羽は生えているものの、こうして脱がしてみると何の変哲もない女の子である。森の中に倒れている全裸の少女。しかも羽つき。何の事情も知らない者が見たら、それこそ特殊なプレイか何かと勘違いするかもしれない。
「んー、妖精だけあって肌はキレイだな」
 リリーの背中をそこいらの幹に預け、二の腕やらおなかやらほっぺたやらをぷにぷにと触る。そのたびにうぅんと呻くリリーであったが、衝突の影響が抜け切らないのか未だに彼岸から帰って来ない。寝てても興奮するときはするもんかな、と魔理沙は腕をまくり上げる。
 今、魔理沙を支配しているのは男性が感じるような性的興奮ではなく、魔法使いにありがちな知的欲求である。どちらにせよ、相手の気持ちはわりとどうでもいいという意味も込めて。
「どこで達するのかが見物だったり……うっし、じゃあ上から」
 躊躇いもなく、魔理沙は己の唇をリリーの唇に近付ける。そしてそのまま接吻し、それだけというのも何なので、閉じた唇を押し分けてリリーの舌に己の舌を絡ませていった。
「じゅるぅ……くちゅ、ねろぉ……」
 リリーの鼻息が魔理沙の上唇に触れ、間接的にキスをされているような錯覚を抱く。意識のないリリーの舌はだらんと項垂れていて、魔理沙が深く吸い上げても唾を滴らせても何の反応もしなかった。
 そのうち魔理沙の方が何だか盛り上がってしまい、リリーの顎を持ち上げたまま彼女の咥内に深々と舌を突き入れる。魔理沙の舌もあまり長い方ではないのだが、リリーの咥内を舐め回すには十分に事足りた。ほっぺたの裏の肉を突付き、歯茎を丁寧に舐めてやる。送り込む唾の量も並々ならぬものとなり、リリーが飲み下す唾液の大半は魔理沙のそれになってしまった。
「ぷ、はぁ……ちくしょう。これじゃあ、私が好きものみたいじゃないか……全く、罪深い女だぜ」
 唇から舌を離し、火照った頬に手のひらを当てながら賞賛の言葉を送る。リリーは、知ってか知らずか曖昧に呻いただけだった。
 次は、妖精におっぱいは必要なのか、という新しい論文のテーマになりそうな部位の調査である。わきわきと両手の指を動かしている魔理沙のぎらぎらした瞳など露知らず、リリーは先程よりも比較的穏やかに「すかー」と寝息を立てている。
「おのれぇ……もうすぐ、そのふやけた面を真っ赤に染めてやるよー」
 悪役なのか道化なのかよく分からない台詞を吐き、魔理沙は自分のものよりやや大きめの容量を誇っている、そんな気配すらするリリーホワイトのおっぱいに触れる。
 手のひらにぴたっと吸い付く程度の大きさだが、それでいて前に押し出すと余った部分が指の隙間からこぼれおちそうな、非常に弾力のある乳房だった。その感触がやけに面白く、苦情がないのをいいことに触っては押し、伸ばしては押すという単純作業を右手左手と何度も繰り返していた。
「……くぅ、ふぁぁ……」
 瞳を閉じたままのリリーが、魔理沙の手のひらに反応して悩ましげな吐息をもらす。だが、魔理沙が手を離すとまたすぐに鳴きやんでしまう。その反応もまた面白く、リリーの乳首がぴくぴくと赤く膨らむようになるまで、魔理沙はリリーのおっぱいをこね回していた。
「よし、次! 下だ下! とにかく下!」
 みずから隠語を叫ぶ度胸はない。兎にも角にも、何故妖精に女性器以下略という興味深いテーマ以下略であり、魔理沙はうっすらと金色の茂みが生えている泉に指を合わせる。
「んんぅっ!」
「おぉ! やっぱり啼いたな、可愛いやつじゃのうお主はー」
 うへへへへ、と越後屋か悪徳大名かという台詞を吐き、魔理沙はぴっちりと閉じている妖精の秘部を観察する。穴があるということは、挿し入れられる可能性を考慮しているということか。何が挿されるかは問わない。むしろナニが、というのは古風な表現ながら単なる下ネタである。魔理沙は自重した。
 とまれ、穴があるなら入れるべきだろう。何の用もないのに穴が作られるはずもない。そういうことだ、じゃあ入れよう。
 決断は早かった。
 魔理沙は、右手の人差し指と中指をピンと立たせ、一度あの青空に向けて高々と突き上げてから、
「行くぜッ! ブレイジングスター!」
 勢いよく、リリーの下の穴に二本の指を突き入れた。
 下ネタ解禁。
「うぐぅぅ! ひぅ、きゃぅ……!」
 下半身に芽生えた衝撃はやはり相当なものなのか、リリーはたまらず目を開けて事態の把握に努めた。が、そんなことなど関係なしに魔理沙の指先はぐねぐねとリリーの肉襞を犯し、動かすたびにぴちゃぴちゃと奏でられる卑猥な水音が、リリーの鳴き声を余計に艶っぽく仕上げていた。
「うふぁ、いやぁ……ひゃぅ! ひぃん! おふぅ、やぁん……」
「くぅ、なかなかきついなぁ……まぁ、使い込んでる妖精てのも微妙にご利益がなさそうだが……」
 ご利益って何だろう、巫女が処女であるべきだとか何とかそのへんの意味合いじゃなかろうか、なるほどね! と魔理沙は理解した。でも神様に純潔を捧げてるってのは果たして処女に値するのかどうなのか、などという新たな論文はもういい。書かない。
 片手をリリーの肉壺に引っ掛け、魔理沙は改めてリリーの唇を啜り始める。リリーにも抵抗する気力はなく、ただ魔理沙の乱暴な唇に従うしかなかった。
「むぅ……ちゅぅ……じゅぅ、れろぉ……」
「うぷぅ、くぷ……はぅ……」
 絡みを求めて来る舌に、リリーも躊躇いながらおずおずとそれに従う。舌を舌で巻き取られ、好きな形にこねられ、他者に弄ばれる気持ちは如何ともしがたいものだった。リリーのものではない唾がリリーの咥内に溢れていて、唾液を飲み込むたびにこれが自分のものかそうでないのか判然としない。
 他者と溶け合っているようだった。
 それは、魔理沙もまた同じだっただろう。
「ほれ、こんなに溢れてる……妖精だってのに、いやらしいもんだ」
 秘部に突き入れた片手を、リリーを持ち上げるように上下に動かす。噴水のように湧き出てくる凄まじい愛液の量に、魔理沙もリリーも目を疑った。茹で上がった顔をより紅潮させ、顔を覆うための手は魔理沙に掴み挙げられていた。
 万事休す。
 魔理沙は、今までリリーの膣を陵辱していたものを抜き、どろどろの愛液にまみれた二本の指をリリーの顔に近付けてみせた。
「ほら……これが、お前の中に入っていたんだ。舐めて、キレイにしな」
「やぁ……」
 やんやんと首を振りながら、忍び寄ってくる甘酸っぱい臭いに脳が蕩けそうになる。退路は閉ざされ、意識も朦朧としている。リリーは、小さく震える唇をあーんと開け、魔理沙の指先をぴちゃぴちゃと舐め始めた。
「く、う……」
 性器を吸うように、二本の棒を丁寧に舐め回す。指先の神経は敏感に出来ており、こうして愛しげに吸っている様を見ると、指を舐めているだけなのにどうしても不埒な方向に妄想が発展してしまう。
 爪の先、関節、刻まれた皺と染み付いた汗、愛液をあまさず舐め取ってもなお、リリーはその唇を離そうとはしなかった。
「ちゅぷ、れるぅ……ちゅく、ちゅっ」
「う……も、もういいから。そ、そんなに吸ってもな、おっぱいじゃないんだから、何も出て来や――」
 ぱしゃ。
 ぱしゃぱしゃ。
 じぃー。
 ――なんか出て来た。
 続けざまに放たれる咆哮は果たして、魔理沙とリリー、そのどちらにより強烈な絶望を打ち付けるものだったか。
 全てが遅すぎた。
 そのことに気付いた時点で、もう既に終わってしまったのだ。
「特ダネ、ゲットしましたー!」
 言うだけ言って、空高く舞い上がる幻想郷最速の鴉天狗だの何だの。
 取り残された魔法使いと春の妖精は、淫猥な姿をさらしたまま、春のうららかな陽気に包まれた森の中でぽつーんと佇んでいる。
「……あぁー! 追うの忘れたぁー!」
 あまりの衝撃に、目撃者を消すという単純な動作に至ることができなかった。うぉぉ、と殺意の波動に芽生えながらリリーの唇に入った指を引き抜いて、
「……ひぁ、ふぁ……!」
 ゴゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような鳴動を聞く。
 嫌な予感がした。振り向くのがとても嫌である。
 しかし私が振り向かねば誰が振り向く、誰も振り向かないよ、という無慈悲なセルフつっこみを果たし、魔理沙はリリーホワイトの真っ赤に茹で上がった顔面を見た。
 あ、死んだな。
「ぃ……」
「は、話せば分かる!」
 ぷちん、と堪忍袋のようなものが切れる音がした。
 お袋でも可。

「いやぁぁぁぁ――――!!」

 爆雷一閃。
 ずどぉん、とマントルが爆発して地殻を貫き大地に新たな尖塔が形成されたような七色のプリズム弾幕は、地表数千メートルにまで達し博麗大結界に跳ね返ってきらきらと輝かしい星屑をばら撒いた。とさ。
 こうして「リリーホワイト上陸作戦」は頓挫した訳であるが、発案者の霧雨魔理沙は、第二、第三案として「恋するチルノはせつなくて冬を想うとすぐHしちゃうの」「恋するリグルはせつなくて蟲を想うとすぐGしちゃうの」等々の実現を目指している。とかいないとか。

 

 


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一日エロ東方

八月七日
(妖々夢・ルナサ)



crescendo(クレッシェンド)

 

 幻想郷に妖精と幽霊はつきものだが、中でも人の形をした幽霊を亡霊と呼ぶ。その亡霊の亜種にあたるのが騒霊で、いずれにしろ幽霊なのだから食事を取ったり病気になったりすることはないんじゃないか、と幽霊じゃない者たちは揃って口にする。
 だが幽霊が幅広い意味での精神に依存する存在ならば、人間らしい生活を送ることで自己の存在を現世に根差したり、自我が揺らぎ精神が揺さぶられることで自己の輪郭が曖昧になったりすることもある。
 故に、騒霊姉妹の一角を担う長女ルナサ・プリズムリバーが風邪をひいたからといって、別段驚くに値しないのだ。
 と、ルナサは言いたいところだったのだが。
「わー! ルナ姉が風邪ひいたー!」
 どたどた。
 リリカが駆け回り。
「おなかすいたー」
 ちんちん。
 メルランが皿を打つ。
「わー! きゃー!」
「ごはんーごはんー」
 埃は立つわ腹も立つわで、テーブルに突っ伏したルナサはがんがんと痛む頭を抱えるしかなかった。頭蓋骨の内側から包帯を巻いた金鎚でノックされているような、歯軋りを堪えるのが精一杯の不快感がルナサを襲っていた。
 正直、二階の私室からリビングに下りるのも面倒だったのだが、ベッドに待機しているのをいいことに妹たちが私室に闖入してきたなら、余計な死体がひとつふたつ増えることになる。それは困る。
 その細目を更にきつく結び、テーブルの周りを慌しく駆け回っているリリカと、スプーンとナイフを駆使して食器やグラスによる即興の演奏を行っているメルランを睨みつける。普段から半眼じみているせいか、ルナサの眼光は相手の心を射抜き癒されぬ傷を生む程に鋭い、とはリリカの弁である。
「……うるさい」
「大変だメル姉! ルナ姉がなんかキャラにないような暴力的な行動に出そうだから、早く赤飯を炊くよ!」
「なんで赤飯ー?」
「ほら、ルナ姉ってばマタニティブルーだから! マリッジブルーでもいい!」
「姉さん、初心な顔してやることはやってるのねー。感心ー」
「……うるさい」
 ちょうど背後を通り過ぎようとしていたリリカは、幽鬼のごとき無挙動で立ち上がったルナサにその額を捕らえられた。
「あ、あがががっ! 痛い! 痛い痛い痛い!」
「姉さん容赦なーい」
 ちんちんと喧しいメルランにも掌底のようなものを喰らわせたかったルナサだったが、ワンハンドのアイアンクローを受けて沈黙したリリカが絨毯に崩れ落ちた頃には、メルランは既にその半身を天井辺りまで突き抜けていた。
 逃げ足が速い。
 ルナサは舌を打った。その足元にリリカのようなものがうつ伏せに転がっている。
「逃したか……ッ、たた……」
 度重なる騒音と刑罰の執行により、ルナサの頭痛は余計に酷くなっていた。その場に蹲り、眼球が押し出されそうなくらいがんがんと痛み始めた頭を押さえる。
「ちょっと、姉さん……本当に大丈夫?」
 復帰したリリカがたまらず声をかける。元はと言えば誰のせいじゃ、と怒鳴りつけたい気持ちはあれど、全身に鉛が染み込んだかのように重く、高熱で思考もままならない。
「そんなに酷いんだったら、無理しなくてもよかったのに……姉さんったら……」
 ほろり、と流れていない涙を拭うリリカ。とりあえず美談にはしておきたいらしい。
 プリズムリバーの三女は、油断なくリビングを見渡す。ルナサの背中を擦りながら、実に悪役ぽい舌打ちを放つ。
「つか、こんなときに限ってメル姉はいないし……ルナ姉、立てる? 浮ける? 浮けねえメルランはただの水ぶくれ、ていうスローガンで今までやってたから問題ないよね? よし、じゃあ行こう。すぐ行こう」
 親切なのか乱暴なのか判然としない介護は、地上10cm付近をうつ伏せまま漂流するルナサの手をリリカが引っ張っていく、見てくれの悪い水泳教室のような形に帰結した。
 無論、段差のある部分ではルナサの頭がごちごちぶつかっているのだが、リリカは当然のように無視した。

 

 

 ルナサをベッドに寝かしつけ、また来るからーと言い残したリリカだが、ルナサが苦しそうに「待って」と囁くものだから、ついつい彼女の側に舞い戻ってしまった。
「ん、どしたのルナ姉――」
「裏切り者には死を」
 ルナサの掌が、リリカの顔面を食い潰した。
 みぎゃあ、という悲鳴を聞きつけてひょっこり現れたメルランは、つい先程目の当たりにしたような殺人現場に遭遇し、デジャビュって結構あるもんねーとしきりに頷いていた。
「姉さん無事ー?」
「でも、ない……」
「そうみたいね。だと思って、これ貰ってきたからー」
 はい、とルナサの手に握らされたのは、削り過ぎて使い物にならなくなった鉛筆を彷彿とさせる、一方が鈍く尖ったある種の薬品だった。
 ルナサはそれに心当たりがあったが、みずからその名称を口にするのは憚られた。メルランは何の不安も苦悩もなくにこにこと佇んでいる。アッパーなテンションに身を置く者とは、かくも無垢なものだろうか、とルナサは不意に身の振り方を省みる。
「これ、お水ね」
「……何故に水」
「どうせ身体に溶ければ一緒なんだから、おしりがきつければ別に口からでもいいかなーと思って」
「……一考、します」
「うんー。じゃあ、リリカは連れていくね。お大事にー」
 手をぱたぱたと振り、片一方の手だけでリリカの足首を掴み、割れ物を扱うという意味すら知らずにずりずりと引きずっていく次女メルラン。途中、扉の壁にがっつんと頭蓋骨らしきものが打ち付けられた音を聞くも、その後何回かがつんがつんと鈍い音が響き渡っていたから、ルナサはいろいろと考えるのをやめた。でも階段はやめといた方が、と額を擦りながらルナサは思った。
「さて……」
 ルナサは、汗にまみれた手のひらを垣間見る。
 その手に握られしは小指大に凝縮された象牙の塔、狙ったものは必ず貫く、という逸話があるかどうかは別として、何はなくとも普通の座薬がそこにはあるのだった。
 座薬である。
「……なんで普通の風邪薬をもらってこないのよ、あの子は……」
 力の入らない腕で顔を覆う。朦朧とした意識の上では、毒々しい罵声を吐き散らす気力も体力も絞り出せない。
 妹の親切心を無駄にするのも、姉としてどうかとは思う。だけれども、騒霊とはいえ普通に寝ていれば一両日中には回復するだろう。わざわざ好き好んで座薬を挿す必要はない。というか嫌だ。
 だが、騒霊だからこそ、この薬が必要なのではないか。
 霊が風邪をひくという例は極めて稀である。それ故に、一度かかると二度と治癒しない、あるいは魂が消滅するという危機に瀕する可能性も考えられる。
 常日頃からネガティヴな方向に生きることを心掛けているルナサとしては、いくらメルランでもただ何となく座薬でしたーなんてオチは考えられない、よって座薬であることに意味があるのではないか、聞けばあの薬師は半人半霊の病も治したと聞く、なれば騒霊の病をも治癒する能力を秘めているのではないか、するってぇとメルランが持ってきた薬はまさか――と、こじ付けに近い結論を導き出すに至ったのだった。
「でも、座薬って……座薬って……」
 これ男が女に薦めたら慰謝料取れるじゃないだろか、と胡乱な思考に耽るルナサ。強く握りすぎた座薬はやはり非常に硬く、小指程度と言えども、これが自分のおしりに入ると考えると、もう居てもたってもいられずにストラディバリを振り回して芸術は爆発だみたいな名言を遺したくなるルナサだった。
 だが、そうこうしている間に脳は次第に蕩けていて、寝るか、挿すか、ひとまずそのどちらかを選ばないと命の危険に関わるとルナサの深い部分は判断した。就寝を断行するのでなく、座薬を天秤に掛ける辺りが高熱の罪作りなところである。
「えと、えーと……」
 困り果てたルナサは、自分の身体がやたらと火照っていることに気付き、上から順に服を脱ぎ始めた。身体に密接しているものが無意味に憎たらしく思え、着ていた服をそこいらの床に放り投げているあたり正常な判断が出来なくなっている証である。
 やがて、自身がドロワーズ一枚になってベッドの上に這いつくばっていることを知り、何やってんだわたしは、とひとしきり鬱に浸り、やはりまだ暑いから最後の一枚までも勢いよく脱ぎ捨ててしまう。
「熱……」
 洗い立てのシーツにうつ伏せて、視界の隅を流れる金の髪を適当に梳く。発熱している影響か、髪の毛も少しささくれ立っているように感じる。嫌なことばかりだ。もう少し何とかならないものか。熱いし。このまま寝ても多分熱い。溶ける。氷精ではないが、霊は体温が低いからやはり熱さは苦手だろう。ルナサも苦手だ。辟易する。
 逃れたい。この熱さから。
 その術を、確か自分は持っているはずじゃなかったか。
 思い出せ。
 ルナサ・プリズムリバーが、その手に握り締めているものを。
「……、……う」
 座薬だった。
 激しく鬱。
「えぇぇ……どうしても……?」
 鬱々とした独り言に返る言葉はなく、ルナサは、象牙色の爆弾を摘まんでくるくると回していた。
 うつ伏せから、四つんばいに。
 その体勢にしておいて、数分躊躇する。
 覚悟を決めて、座薬を摘まんだ指をおそるおそるおしりの穴に近付ける。張りのある太ももの間を抜け、誤って淫口の方に入らないようと心がけながら――あまりに慎重すぎたため、座薬がクリトリスを掠めて意識が真っ白になった――、ここかな、と思う部分に先端を軽く添える。本当に軽く。
 余計に身体が熱くなり、これはもう逆効果なんじゃないかとルナサの良心が訴えかけてきた頃、いやいやこれは正統な治療法なんだぜ、無粋な想像をする方が悪いんだぜ、うひゃはははとせせら笑う悪魔だか小悪魔だかよく分からない存在がルナサの精神を塗り潰した。
 いよいよ、挿入の時である。
「……、……ん」
 つぷ、と刺さったような刺さらないような感覚が過ぎ、
「ひゃあぁぁ!」
 ルナサは啼いた。
 あかんやろこれ、と喉を震わせて何かしらの悲鳴なり懇願なりを吐き出した方がいいような気さえしてきた。座薬はシーツの上にぽつんと置き去りにされている。今のルナサには、その突起が世界を滅ぼす悪魔のウィルスに見えた。
 痛いとか、痒いとか、ちょっと変な気分とかまして気持ちいいというチャチな概念じゃあ断じてない。ルナサは息を荒げながら、今度は自身の指で己の菊門に触れてみた。
「ひぃっ!」
 力の入れ具合が定まらないせいか、やや強く刺激してしまった。全身に電流が走り、自分が何をしているのか分からなくなる。おしりの穴が、おまえこっちくんなって言っている。ルナサはそう解釈した。
「くぅ、はぁ……な、なんで……こんなのが、できるのよ……?」
 伏せっていた身体を起こし、仰向けに身体を寝かせる。破棄すればいいのに、座薬から逃げているのが無性に腹立たしく思えてしまい、再びその薬を指で摘まむ。
 そも、出す方の穴に入れる必然性が感じられない。何故だ。効能薬効拒否反応の有無、その他諸々の高説は要らない。何故おしりをチョイスしたかな昔の人は。これが大人の階段を昇るってことなんでしょうかね。どうなんでしょうかね。ああもうああもう、レイラー、お姉ちゃんがんばってるからねー。
 座薬に奮闘する姉なんか応援したくねえ。
 激しく鬱。
「あぁ……私、本当に何やってるのかしら……」
 座薬と格闘しています。その通り。人間が作り出したものに、何故人間が負けるのだ。座薬には人の可能性が漲っている、私はそれを解放する必要があるとかないとか。あるある。ねえよ。
 あほなこと考えてないでやることやりませんか。そうですね。
「ん、しょ……」
 ベッドの縁に背中を預けて、自慰をするように下半身に指を伸ばし、摘まんだ座薬をおしりの穴がある辺りにセットする。
 思考があらぬ方向に暴走していることから、これで済ませないと意識が断絶する虞がある。もしこの状態で妹たちに見付かったらどうする。大好きな妹が不慮の事故で死ぬのは嫌だった。だから、ルナサはがんばろうと思った。座薬に奮闘する姉うんぬんは忘れた。レイラはいつも優しく微笑んでくれています。生温かいけど。
「ん……、んく、うぅぅ……!」
 括約筋の激しい抵抗を受けながら、ルナサは座薬の先端をぐいぐいと中に押し込む。気張れば気張るほど押し出されることは分かっていたが、明らかな異物が挿入されるというときに漫然と緩んでいるような気の抜けたおしりではなかった。
「んぎぃ、くあぁぁ……あっ、ふ」
 どうして泣いているんだろう、辛いことがあっても滅多に泣かなかったのに、でも、もう我慢しなくてもいいんだ――。
 よく分からないが、とにかく美談にした方が得だと思った。その間も、座薬に奮闘するルナサ・プリズムリバーは三姉妹の長女であり毎朝みんなのごはんを作ったり洗濯物を干したりしています。
 ぐぬぅ、ぬじゅ、と深く深く捻じ込むたびに、言い知れない違和感がルナサを犯す。もうすこし、あとすこしだというのに、その一歩が踏み出せない。
 というか、これはどこまで押し込めばいいのですか。
 最後までですか。
 そりゃ、座薬のおしりがちょこんと出てたらおかしいですものね。この変態めって話にもなりますよ、ええ。
 ルナサはがんばった。
「ふぐぅ、んぅ……うぅぅぅ! あぅ!」
 がんばって、とりあえず一段落ついた辺りまで座薬を押し込むことに成功した。おしりを中心にした凄まじい異物感がルナサに襲い掛かっているのだけれど、知らない知らないとルナサはシーツに突っ伏した。
 しかし、顔全体がリンゴのように真っ赤になりながらも、私室の水道で丁寧に手を洗う。それからメルランが用意してくれた水を一気に飲み干して、おなかの裏側に渦巻いている 初めての感触に戸惑いながら、服も着ぬまま、汗だくになった身体をベッドの上に放り投げた。

 

 

 翌朝、爽快に目覚めたルナサ・プリズムリバーの前に出された朝食は、燃えるように赤く匂い立つ赤飯であった。
「……」
「初体験おめでとう!」
 今日も元気だアイアンクロー。
 みぎゃぁぁぁ。
「んふぁー。おいひー」
 メルランは、器用に箸を使いこなしつつ、片手でリリカを釣り上げるルナサの縫ったような目を眺めていた。

 

 


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一日エロ東方

八月八日
(妖々夢・メルラン)



super butter dog

 

 大地を覆う御影石の群れ、それらを取り巻く数多の霊。
 常軌を逸した旋律を奏でるのはやはり常人の範疇に収まらない存在であり、霊であるが故に霊の性質を捉え、彼ら幽霊の導くべき先を見据えながら限りなく剣呑な葬送曲を演奏する。
 少女の名を、メルラン・プリズムリバーという。
 騒霊三姉妹の次女にあたる彼女は躁の性質にあり、対象を盛り上げるだけ盛り上げて、ついには昇天させる程度のおまけ能力を秘めている。
 一心不乱、ブレスの間も感じさせずに音の結界を織り上げる。閉じ込めるのは恐れを知らぬ幽霊で、恐れを知らぬから竜巻の中心に嬉々として接近し、訳は分からぬが兎にも角にも躁病になって気持ちよくなり、果ては未練や呪縛からさえ解き放たれる、場合もある。
 トランペットを上向け、そこから放たれた腹の底に響く破裂音が、都合十三曲目のレクイエムを締めくくった。
 メルランは、ウェーブがかかった髪を振り乱しながら、そこいらの石段をガッと踏み付ける。若干、躁に昇りすぎて目が逝っているらしい。ぐるぐるしている。
「どう、気持ちいい!? はっきり言いなさい、気持ちいいんでしょ!?」
 うぉぉぉん、と啼いているようなもがいているような幽霊たちは、三段ほど高い場所から演説を繰り広げているメルランの声に心酔していた。
「よぉし、そんな可愛いあんたたちのためにもう一曲演奏してあげるわ! 悦びなさい!」
 ゆぉぉぉん、と卒塔婆に絡み付いたり墓石を通り抜けたりして興奮を表現する幽霊。ふはははは、と哄笑するメルラン。
「貴様等も蝋人形にしてやろうか!!」
 ちょっと飛躍した。
 だが、演奏そのものは実にノリがよく、人間が聴いていたなら腕を振り上げてぎゃあぎゃあ声にならない嬌声を上げていたところだが、今の客は風船じみた幽霊たちだから、起こす行動と言っても膨れるか浮くか旋回するかのいずれかである。
 ぷげらっぱー、とけたたましくもメロディアスな騒音を撒き散らすメルランに吸い寄せられ、幽霊たちは大きなうねりとなって彼女を取り囲んでいた。無論、その包囲網にメルランが気付くこともなく、相も変わらずぱぷろっぺーとトランペットは奏でられるのだった。
 と、気分が盛り上がりすぎた一匹の幽霊が、何を思ってかメルランのトランペットの中にすぽっと入り込んだ。管楽器なのに、一方通行の出口からどうして中に入れるのか、それはやはり彼らが幽霊だからだろう。障害物をひょいひょい擦り抜けられるというのは、便利ではあるが一方で傍迷惑なものである。
「ふぇわぁー!」
 吐き出した息の逃げ場を失い、拳銃が暴発したかのような衝撃に襲われたメルランは、咄嗟にトランペットを離した。始終ぐるぐると回りまくっていた瞳も、呼吸困難に陥った今は正常の円らな瞳に戻っている。
「はわぁ……ぷ、ぶぅ、ぷーっ! ありゃりゃ。こいつ中に詰まっちゃってるわ……どうしよ……」
 呼吸を整え、再びトランペットを吹いても管の中に幽霊が詰まっていてまともな音にならない。どうせここまで演奏したのだから、後はその場のノリで何とか出来ないもんかなあ、とメルランは観客の幽霊たちを眺め。
「……はわ?」
 メルランの演奏に当てられ、ありえないくらい上りつめてしまった幽霊たちが、ぐるぐると小刻みに回転しながらトランペットの少女を取り囲んでいた。自身が台風の目に取り残されたと知ったメルランは、とりあえず、手持ちのトランペットをひゅぱーと吹いてみた。
 直後、我慢できずにメルランに飛びかかる幽霊と幽霊と幽霊と幽霊。数えるのも面倒だが、メルランの身体を覆い隠すくらいの数だということは明白だった。
「むぎゃ……」
 ぐるぐると目を回しているメルランをよそに、幽霊たちはもぞもぞと身体をくねらせて彼女の身体に擦り寄ってくる。メルランもまた騒霊であるからして、低い体温、障害物を擦り抜ける身体という特徴は同じだが、人の形をした亡霊や騒霊といった類は単純なぽわぽわ幽霊と性質が異なるため、その気になれば好き勝手に肌を弄くることも可能なのである。
 幽霊たちはまずメルランの服を通り抜け、自分の胴体をメルランの肌になすりつける。外部からひんやりとしたなめらかな刺激を与えられ、メルランはつい気持ちよさそうな声を出しそうになった。
「ひゃう、つめたい……」
 メルランが鳴くたび、幽霊たちもひゅおおおんと声なき声をあげる。こいつら相当気持ちよくなってるなあ、と他人事のようにメルランは思い、腕と足にまとわりつく蛇のような愛撫に息が詰まる。
「っく、はぅ……ずるい、ちゃんと、服着てるのに……ふあ、そんなの、関係なくなってるぅ……ひゃぁ!」
 びくん、と身体を仰け反らせる。背中がごつごつした岩にあたって擦り切れそうなくらい痛むから、メルランは無意識のうちに身体を捩って少しばかり宙に浮かせた。すると、今度は背中から幽霊たちが胴体を捻じ込んできて、騒霊とはいえそれなりの肉を持った存在に肌を寄せる。懐かしそうに、抱き締めるように。
 なまじ幽霊は半透明な物体なものだから、傍から見たメルランは一人で浮かんで勝手によがっている変な騒霊というレッテルを貼られてしまう。変態扱いは困るなあと思いながら、髪を、頬を、喉を、胸やおなかや太ももや足の指先まで丹念に霊体を擦り込まれては、妙な性癖持ちでもないのにこのままでもいいやと流されそうになる。
「ふぅ、きゅぅ……」
 相手は手も足も口も舌もない幽霊だ。なのに欲求不満な幽霊たちは、人海戦術という手段を用いてメルランを攻め立てる。特に着の身着のまま嬲れるというのが強い。服の上から豊満な乳房を包み、逆に胸の谷間に犯される。幽霊だから、身体全体をおっぱいに挟まれることさえ可能なのだ。
 パァァァ、とそれっぽい効果音を立てて、数匹の幽霊がメルランのおっぱいの力によって昇天したほどである。
 中には、メルランの股間を積極的に攻める輩もおり、ごく少数の勇気あるものは、擦り抜けのスキルを最大限に活用し、みずからの胴体をメルランの膣に突き入れたりなどしていた。
 冷たい感触がメルランを犯す。
「ふあぁぁ!」
 嬌声とも悲鳴とも言えない叫びにこじ開けられたメルランの咥内目掛けて、これまた果敢な幽霊がその胴体を捻じ込む。ちゅるん、と上手い具合に幽霊をその口に含んでしまったメルランは、慌てて鼻呼吸に替えようと試みるが、その点はやはり幽霊だから呼気も吸気も彼らを通り抜けてしまうのだった。
 咥内で蠢いている幽霊の感触はあるのに、空気にとってはないものとして扱われる。便利なのか面倒なのか、メルランは下半身に根付いている幽霊の存在を知覚し、愛液も幽霊を通り抜けるのかなとどうでもいいことを考えた。
「ふぐぅ、んんぅ……!」
 飲み込むこともできず、ただ冷たい感触だけが咥内を犯している。舌を包まれ、鋭敏な歯茎がその冷たさを直に脳に伝えてくる。
 膣に滑り込んだ幽霊は、するすると奥の方に奥の方にすべりこみ、ついにはメルランの子宮口にまで達してしまった。こつこつと、冷たくノックされる音を脳で聞き、メルランは軽く極限に達した。
「ぐぅぅ……! ひぁ、あぁぁぁ……っ!」
 ぷしゃぁ、と膣から噴き出る蜜の洗礼を受け、更なる盛り上がりを見せた幽霊が次々にメルランを嬲りかかる。
「やぁ、もう……」
 ちゅるぽん、とイった拍子に幽霊が口から零れる。途端、ファァァとその幽霊が浄化された。見た目の上では年端も行かない少女と、近年稀に見る濃厚なキスを交わすことが出来たせいか。
 嫌だ嫌だと言いながら、身体は決して拒んでいない。近しい存在であり、実体のないものに犯されているという不謹慎な安堵があるせいか、ともあれメルランは徐々にこの冷酷な輪姦の渦に呑みこまれていった。
 だが、噴き出た洪水はメルランの下着を濡らし、つんつんに勃起した乳首と淫核はメルランの下着を押し上げ、余計に少女の体躯を淫靡に仕立てていた。
「うぎゅ……ちゅぽぉ……」
 ふわふわと近付いてきた幽霊を、今度はメルランみずから咥え込む。ぷるぷると震える尻尾に指をかけようとして、指先にもしっかり幽霊が纏わりついていることに苦笑する。
 将来を誓った指輪のように、薬指に執着する幽霊の尻尾を舐り、おいしい、と冗談のように笑ってみせた。

 

 

 墓地の一角に、荒く呼吸を繰り返す騒霊の姿がある。
 汗をびっしょり掻いておきながら、その汗までも幽霊たちに愛されたおかげですぐに冷え、熱気よりかは肌寒さすら感じるようになった。大の字に寝転び、暮れかかる空を見上げて此度の乱交を悦ぶ。
「ふぁう……悦んでたのは、どっちなんだろうねえ」
 気持ちよければ、何でもいい。
 お互いに盛り上がり、お互いに気持ちよくなればそれでいい。それ以上は何もいらない、と言いたいところだが、野外で幽霊たちにバター犬じみた淫行に耽るのは、我ながらどうかとも思う。
 結局は、気持ちいいからいいかーという結論に達してしまうのだが。
 よいしょ、と起き上がり、誰もいない墓地を見渡した。ここにいた幽霊はあらかた昇天してしまったか、中には四十九日を迎えていない霊もいただろうに、そんなに気持ちよかったのかなあとちょっと赤面するメルラン・プリズムリバーだった。
 最後にトランペットを持ち直し、思い切り「ぶぉっ」と吹き鳴らす。その出口の方からちっちゃい幽霊がぺいっと放出され、ふわふわと空に昇っていった。
「それじゃ、また今度ねー」
 ばいばいと手を振り、自身もまた踵を返し帰宅の途に付く。
 今はお盆かお彼岸か、いずれにしても霊が多い季節である。女心と秋の空、広がり始めた闇の気配におぞましいものを感じつつ、今はもう何にも見えなくなってしまった薬指に、メルランは可愛らしく「ちゅっ」とキスをした。

 

 


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一日エロ東方

八月九日
(妖々夢・リリカ)



egoism

 

 ルナサ・プリズムリバーが昼寝から覚め、ぼんやりした頭を覚醒させようと一階の洗面所に向かっている途中、彼女とその姉妹が中睦まじく食事や談話を楽しむ場として使われるリビングにて、キーボードに身を乗り出して何やら喚いているリリカと、ルナサから見れば無駄に大きなむねをこれ見よがしに揺らしながら、ぴょんぴょんと上下に跳ねているメルランの姿を発見した。
 ルナサは頬を摘まんだ。
 忌むべきことに、これは全くの真実であるらしい。
 どうしよ。
 嫌だなあ、見るんじゃなかったなあ。特にメルランの無駄に豊満な、と呪詛を吐きそうになった辺りで、リリカが開け放たれた扉の向こうで突っ立っているルナサを発見してしまった。
「あ、ルナ姉! ちょうどいいところに!」
「……よくない」
「とにかく、そのへん座って! あぁ、メル姉はひたすら跳んでて! 浮いちゃ駄目だからね、音がしないから!」
「もー、リリカは人遣いが荒いんだからー」
 メルランが跳ぶたびに、ぼいんぼいんとか、たゆんたゆんとかそれらしき効果音が奏でられそうな勢いではあるが、実際には胸が下着に擦れるゆっさゆっさという音がかすかに響くのみである。けれどもその衣擦れの音でさえも、想像力が豊かなものが聞けば相当に淫靡な擬態語に変わるのだろうが、早いとこ顔を洗って妹二人を比較的真剣に小一時間問い詰めたい衝動に駆られているルナサにとっては、ただの巨乳自慢にしか思えないところが全くもって忌々しい。
 長女なのに、そのプロポーションが次女に負けているとは何事だろう。しかも霊体だからこの身は成長せず、彼女らが存在する限り永久にその差は埋まらない。非常に悪辣な責め苦であると言わざるを得なかった。
 リリカもメルランの体躯にある種の羨望を抱いているようだったが、それは単なる憧れであり、ルナサのような俗っぽい嫉妬ではないらしい。他にも長女の威厳やたかが胸されど胸という解釈もあり、ルナサはメルランの体躯をおおっぴらに憎むことはなかった。
 けれども、これは流石にあんまりじゃないか。
 ルナサは泣きそうになった。
 起き抜けということもあり、感情の振幅はいつもより語割り増しで激しい。テーブルにぐったりと突っ伏し、死んだ地魚のような目で妹たちの痴態を傍観する。
「あぁ! まだ座薬の恐怖から解放されていないルナ姉が、また夢も希望のない世界にトリップしている!」
「……あのね、リリカ」
「そんなこともあろうかと、私は姉さんのために挿しても痛くない座薬を入手してきました! これでルナ姉も明日から座薬中毒!」
「姉さんおめでとー」
 ぴょんびょん跳ねながら感嘆するメルランと、ポケットから人差し指ほどのサイズを誇る座薬のようなものを確認し、ルナサはすっと立ち上がった。
 やべ、とリリカが舌打ちしてももう遅い。

「――全ての不義に鉄槌を。
 『スードストラディヴァリウス』」

 金切り声が、完全防弾完全防音硝子を粉々に打ち砕いた。

 

 

 メルランは跳ねるのをやめ、リリカと同じように正座させられている。服がぼろぼろになっているにも拘らず、メルランは終始笑顔である。豊満な乳房がグレイズされた部分からぽろりとはみ出しそうになっているところだけは失敗したな、とルナサは自戒した。
 ルナサはリリカに尋ねる。
「訊きます。どうしてああいうことをしていたの」
「それはー……えーとねー……」
 ごにょごにょと視線を外して口ごもるリリカに対し、何が嬉しいのかメルランは嬉しそうに答える。だから胸チラしているからちょっとは隠そうという努力くらいしなさいとルナサは心の中で咆えた。
「リリカ、むねが揺れるときのぼいんぼいんって音を録りたかったんだってー」
「ちょっ! メル姉、すぐに言わないでよ!」
「……へぇ」
「ほ、ほら! ルナ姉の反応が冷ややかで恐ろしくなっちゃったじゃない! 陰気な姉の本領発揮よ!」
「そういうふうに思ってたの。へぇ」
「ち、ちがっ! いや、その、ごごごごめんなさい! 実は正直ちょっと思ってました! だから、だから取り殺さないで!」
「幽霊だけにねー」
「メル姉、それあんまり上手くない!」
 泣きたくなった。
 姉としての躾が間違っていたのか。別に尊敬しろとか崇拝しろとか言っていた訳じゃないが、きみたちちょっと素直に生き過ぎじゃないかねと声を大にして言いたかった。幽霊だけど。死んでるけど。
 へこみまくるルナサをどうにかフォローしようと、リリカは慌てて立ち上がって彼女の背中を撫でる。
「と、とにかく、ね? 私はこんなむねしてるし、姉さんだってせいぜいこんなじゃん?」
 ふに、と可愛いのか悲しいのか分からない擬音が彼女たちの心の中に響く。ルナサのそこそこの胸を陥れたリリカは、ルナサに見えないように小さくガッツポーズする。
「よかったね、リリカー。姉さんのおっぱいを触ったときの音が録れてー」
「ぐあっ! メル姉、そのネタバレはいささかタイミングがあががががっ!」
 ルナサのアイアンクローが唸る。
 長女の手のひらに屈したリリカを床に転がし、ルナサはふるふると肩を震わせる。
 その様子を見て、メルランが心配そうに声をかける。
「……笑ってるのー?」
「泣いてるのよ!」
 ベタなやり取りだった。
 何故か胸を押さえているルナサを不審に思う間もなく、電撃的な復活を果たしたリリカが背中からルナサを押し倒す。うげばっ、とうら若き少女が放ってはならないような無様な悲鳴が漏れる。
「今だメル姉、服を脱いで!」
「なんでー」
「今気付いたけど、やっぱり裸の方がぼいんぼいん言いそう」
「それもそうね」
 あっさりと納得し、いそいそと上着を剥ぎ取るプリズムリバーの次女。朽木倒しを喰らって脳震盪並に意識が朦朧としているルナサは、姉妹だからこういうやり取りが可能なのであって、これがどこの誰とも知らない、あるいは知っている存在にせよ、脱げと言われてひょいひょい脱ぐようなメルランじゃないことをただひたすらに祈るばかりだった。
 それと同様に、再びキーボートの前に待機するリリカもまた、他人にほいほいと脱げ脱げいうような暴挙に及んでいないことを、涙ながらに祈るばかりであった。
 可愛らしいデザインの上着を放り投げ、両手に余るほどのおっぱいを自分で持ち上げてみるメルラン。幽霊ということもあって肌は白くもちもちもと輝いていて、成長しない体躯はいくら年齢を重ねても乳房がだらしなく垂れるという残酷な運命を拒絶する。
 ルナサにとっては、成長しないという運命こそ拒絶されるべきものだったが、そんなことはお構いなしにぴょんぴょんと飛び跳ねるメルラン・プリズムリバー。
 もはやいじましい衣擦れの音はなく、ただ夢と浪漫に溢れた脂肪の塊がぶるんぶるんと上下左右に揺れるばかりである。何故か分からないが、「よし!」と咆哮するリリカ。
 意味が分からないのでルナサは放置することにした。
 縦横無尽に揺れまくるおっぱいは、やはりその保持者にとって大きな負担になるらしい。いたたた、と苦しそうに乳房の付け根を押さえるメルランを見て、リリカは無理しなくてもいいよとおっぱいに語りかける、じゃなくてメルランに。
 うぬぅ、と残念そうに胸を下から持ち上げて、乳首と乳首を擦り会わせたり胸の谷間を作ったりなどマッサージを繰り返していたメルランも、ルナサの絶望的な視線を感じて自身の乳房をいじるのをやめた。手を離せば、ぷるんと瑞々しい音を立てておっぱいが下に落ちる。しばしぷるぷると揺れているおっぱいを見、「よし!」と咆えるリリカの掛け声が、何だかやたら耳障りだったルナサの午後。
 その間も、歩くたびに胸が小刻みにぷるぷる揺れるメルランの存在に湧き上がる呪怨を感じながら――というか服着ろよ――、ルナサはリリカの清々しい声を聞く。
「それじゃ、次は姉さんね!」
「何が……」
「ストラディヴァリの弓でも何でも使って、その、ほら、今夜はお前をいい声で啼かせてやるぜ、みたいな一人遊び」
 ルナサはすっくと立ち上がり、リクエスト通り稀代の名器を具現化させる。ぴき、とリリカの表情が固まり、新しい擬音が採取できてよかったわね、とルナサもにっこりと笑った。

「I never forget your regret.
 『 pseudStradivarius 』」

 

 


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一日エロ東方

八月十日
(妖々夢・魂魄妖夢)



『昆布の憂鬱』

 

 茹だるような暑さの中、魂魄妖夢が目立った不平不満も言わずに黙々と庭木の剪定を行っていると、屋敷の方からふわふわと物理的に足が地に着いていない西行寺幽々子がやって来た。
 留まるところを知らない暑さでやや朦朧としていた妖夢は、これも修行の一環かと剪定に用いていた楼観剣で幽々子に斬りかかったり実際に斬ったりしたのだが、そこは天衣無縫の亡霊、頭から血を流す程度で上手く受け流した。
「ところで妖夢、お願いがあるんだけど」
 先程よりも大幅にふらふらと揺れている幽々子に絶命の予感を察しながら、まあ幽霊だから考えても仕方ないと妖夢は諦めた。
「何でしょう。流しそうめんを決行するための竹なら、あちらの蔵に用意してございますが」
「そうねえ。そうめんもいいけど、とりあえず止血してくれると嬉し」
 ぱたん、と幽々子は倒れた。ベタに。
 やはり亡霊にも限度というものがあったか、と妖夢は幽々子の脈を取る。停止。停止。頚動脈も変わらない。妖夢は瞳を閉じ、しめやかに掌を合わせた。
「幽々子さま……あなたの遺志は、不肖ながらこの私が!」
「ようむ、そういうのはいいから」
「はい」
 頷いて、懐に常備している絆創膏をぺたぺたと貼り付ける。血の流れを止めるため、妖夢の半霊が幽々子の頭にすっぽりと覆い被さっていて、見た目はかなり際どい仕上がりになっていた。まあ幽霊だから不気味なくらいがちょうどいい、と妖夢はやはり諦める。
「終わりました。若干脳が垂れ落ちてしまいましたが、掬い上げるのはもはや不可能でした。蟻の餌です」
 地面を這いずる蟲を見下ろしながらごく真剣に告げる妖夢に対し、自身の額をぺちぺち叩きながら幽々子が心配そうに訊く。
「……妖夢、最近疲れてるの?」
「わりと」
 暑いのですよ、とじりじり陽気の太陽を仰ぐ。
 そうねえ、と幽々子がのんびりと答えた後で。
「あ、そうだ。さっきのお願いだけど」
「はい」
 妖夢の半身をすぽっと外してから、ふーっと安堵の息を吐き、
「何だか暑いから、明日にでもわかめ酒とか用意してちょうだい」
 と言った。
「はい、わかりまし――」
 妖夢も簡単に承諾しようとして、改めて幽々子が発した台詞の意味を咀嚼する。妖夢自身、己が不勉強であることは重々承知しているつもりだったが、それ故にひとつの単語には複数の意味があり、文脈や状況、言い手、聞き手によってその意味が大きく変容してしまうことを誰よりも理解している。
 だが、幽々子が発した単語が意味するところは、妖夢が知る限りただひとつ。
 妖夢は身震いした。
「幽々子さま、それは確かに――」
「じゃあ、お願いねー」
 現れたときと同じように、ふわふわふらふらと頼りない足取りでその場を後にする。伸ばしたままの手の甲が、ぎらぎらと輝く太陽の熱気に従ってぎらぎらと光っていた。
 妖夢が再び理性的に物を考えられるくらいの自我を取り戻したのは、太陽が雲隠れし、行き場を失った半霊が妖夢の足元に擦り寄っていた頃だった。

 

 

 日が落ちても蝉の音は聞こえない。襦袢一枚に着替え、藺草のやわらかな香りが漂う寝室に正座し、妖夢は『全身全霊』の掛け軸を背に一冊の辞書をめくっていた。
 調べるべき項目はひとつ、『わかめ酒』。
 一縷の希望に縋り、『わかめが入った酒。主に焼酎』などといった説明がなされているかもしれないと各種の辞書を漁ってはみたが、妖夢が知り得るわかめ酒の意味が載っていない代わりに、妖夢が望むわかめ酒の意味も記載されていなかった。
 幽々子に確認してみれば確実なのだが、今日に限り夕食時に口を開こうとすれば「お行儀が悪いわよ」と窘められ、食器を片付けてから尋ねようとすれば既に主の姿はない。その後も幽々子の足取りを追っていた妖夢だが、謀ったように幽々子は姿をくらましていた。
 そして通算十冊目の辞書に期待する単語の存在とその意味が記されていないことを知るや、妖夢はがっくりと肩を落とした。慰めるように、半霊が少女の鍛えられた躯を優しく撫でる。
「お師匠さま」
 俯いた顔の端から銀糸の髪が垂れ、かなり伸びたものだなと場違いなことを考える。師がいた頃とは、あまりにも変わってしまった。それは体であり、技であり、心だ。あるいはその全てなのかもしれない。
 幽々子の命に、怯える必要はない。身を硬くする意味もない。我は主に唯々諾々と従う傀儡でないと自負している故、西行寺幽々子の従者であることを許されていると確信している。なればこそ、わかめ酒程度の破廉恥な行為、多少なりとも成長を遂げたこの体、見事に完遂してみせましょうと自決する覚悟で顔を上げた。
 意を決し、掛け軸の裏に手を伸ばす。
 引き出した手に収まっていたものは、銘を魂魄、名を西行寺と綴った一升瓶だった。
「お許しください。私も、幼いままであれたらと思います」
 決意の光に満ちた妖夢の瞳は、一人の女としての覚悟を背負っていた。

 

 

 桶が転がる呑気な快音もない浴場に、布切れひとつ着けていない一人の少女が、酒瓶片手に座禅を組んでいた。
 まぶたを開き、湯気も昇っていない五右衛門風呂を眺める。滔々と波打つ湯船から一杯の湯を桶に掬い、自身の傍らに控える。酒瓶の蓋はまだ開けていない。これは最後に用いるべきものだ。事前練習を怠り、師より伝えられた酒を無駄にする訳にはいかない。
 妖夢は丹田に力を込め、心に染み渡るように深く深く呼吸する。
 わかめ酒。
 妖夢の海馬に備蓄されているその言葉の意味は、『女性の太ももと太ももの間に酒を酌み、その中に浮かぶ陰毛をわかめに見立てて啜る上級性技』である。詳細、発祥などは分からないが、そのようなことが行われてきたという事実は妖夢も知っていた。女体盛りに近いものがあるな、とこくこく頷いていた覚えがある。
 だがまさか、自身がその対象になろうとは夢にも思わなかった。何故なら、その頃の妖夢はまだ未成熟な体躯だったものだから、生えていないなら安心だと他人事のように考えることができた。けれども、何もかもが変わっていく。それは、半人半霊とて例外ではない。
 うぶげに近い短いものではあるが、毛だと分かる程度には生え揃っている。生来の銀髪に呼応して、銀色に光る自身の陰毛を見下ろし、どうせなら上半身の方もそれ相応の変革を来たして欲しかったな、と申し訳程度にのみ膨らんでいる指の腹でなぞる。
「では」
 気を取り直し、足を組み替え、張りのある太ももと使い古されていない陰部とで隙間のない三角錐を作り上げる。性技『わかめ酒』は、大腿部を鍛え上げていない人物には習得することのできない技だ。酒が酌まれる三角錐の空間を一片の隙間なく織り上げるには、常日頃の鍛錬を怠らず、慢心しない者でなければならない。
 もしや、と妖夢は考える。
 幽々子は、妖夢がわかめ酒に値する成長を遂げたことを喜び、湧き上がる感情の起伏に堪え切れず、あのような発言をしたのではあるまいか。
 推測には違いない。だが、妖夢はまさかという希望を捨てられなかった。だとしても、やるべきことに変わりはないという辺りが救われない。
 桶に汲まれた湯を、確かめるように、少しずつ己の器に満たしていく。ぬるま湯に浸かっていく下半身を見、徒に身体を汚すような背徳と堕落に、心が打ちのめされる。あほなことしてるなあ、と心底思いながら、桶を傾ける手を止められないのは、一度は決めた悲壮な決意の歪曲を許さない、愚直な気質によるものかもしれなかった。
「くぅ……」
 油断した。
 緊張を解いた瞬間、真っ白に透き通った太ももの隙間から、こぽこぽとお湯が零れ落ちる。あたかも粗相をしたかのように、妖夢の下半身からすのこに落ちた水流がぴちゃぴちゃと音を立てる。たったそれだけで赤面してしまう自分は、本当に未熟者だなと自戒し、妖夢は気を引き締めて、より硬く太ももを強張らせ、おそるおそる桶を傾ける。
 自身の肌に溜まっていくお湯を眺め、器になるとは、子を孕むのと似ているのかもしれないと悟る。無論、妖夢にその経験はないのだけど。
「はぁ……」
 今度は成功した。安堵の息を吐こうとし、緊張の糸が解けそうになって息を飲む。一片の油断も許されない。恐ろしい、と妖夢は身震いをし、改めて溜めたお湯をすのこに流した。秘部を通り過ぎていく生温い感触に身体が震え、淫らな感傷に囚われそうになった自身の不甲斐なさを呪う。
 そんなことでは、次の段階に移行できない。
 手のひらに添えた酒瓶の蓋を、丁寧に、慎重に解いていく。きゅ、と抵抗が失せたのを悟り、瓶の日に鼻を摺り寄せる。
「うわ……これは」
 辛い。
 鼻腔を刺激するアルコール臭に、一瞬これを注ぐのかと躊躇いの念が生じる。慌てて首を振り、気の弱さが生み出した魔物をどうにかこうにか振り払う。
 飲み込むのは、息だけでなく唾も同じ。この一線を越えることで得るものは何か、羞恥心の壁、主従の絆、愚者の烙印、快楽の道標、思いつくものはおおよそ無限にあった。それら全ての誘惑を振り払い、妖夢は、よりいっそう重みの増した酒瓶の口を、静々と自身の器に向けた。
 ぬるい液体が、妖夢の身体を満たしていく。お湯とは違い、肌に感じられる程度の微かな刺激を感じ、そのたびに、粘膜の部分がちりちりと焼け付いているのが分かる。
「ひぅ……か、ぁ……」
 呻くように喘ぎ、喘ぐように呻く。嬌声を上げるほどの刺激ではないが、こんなものかと看過できるほど清純な流れでもない。
 飲料水を肌に浸しているという禁忌も、妖夢の理性を激しく犯している。どうしてもその呪縛から逃れたくて、妖夢は股間に溜まった酒を手に汲み替え、雨水を啜るように唇を付ける。
 舌をこぼれ、喉を焼く独特の刺激に身悶えながら、妖夢は。
「……かっら」
 素直な感想にこぼし、眉間に皺を寄せた。

 

 

 翌日、妖夢は疲労の残る体に鞭を打ち、朝の剪定を行っていた。
 準備は万端、手抜かりも慢心もない。内心、誇らしげに枝を断つ妖夢の背中に、西行寺幽々子の気配がのほほんと近付いて来る。待ってましたとばかりに振り向き、その際にやや内股になってしまうのはやむを得ないとしても、まだ何も成し遂げていないのに仕事をやり遂げた顔をしている妖夢を、何人たりとも攻めることはできない。
 楼観剣を構え、いつになく頼りがいのある雰囲気を醸し出している妖夢に不審なものを感じながら、幽々子はやはりのんびりと告げた。
「あぁ妖夢、昨日頼んでおいたことだけど」
「お任せください。準備はできてございます」
「あ、うん。それはそうなんだろうけど」
 ごにょごにょと言い辛そうに口篭り、ふわふわふらふらと漂いながら、幽々子は明後日の方を向きながら更に続ける。
「……どうかなさいましたか。幽々子さま」
「うん。昨日のあれね」
 はあ、と生返事がこぼれる。嫌な予感はした。
「わかめ酒じゃなくて、たまご酒の間違いだったわー」
 あはは、と可愛らしく微笑む。
 あはは、あははとしつこく繰り返そうとした幽々子も、妖夢も何とも言えぬ儚げな表情を垣間見、赤らんだ頬を掻きながら居たたまれなさそうに佇んでいた。
「えと、その、風邪っぽいのは本当なのよ? けふけふ、あー喉がいたいわー……ほ、本当だって! 楼観剣は要らないから! ここは話し合いの場だから!」
 相変わらず、目を離した瞬間に逝去しそうな笑みを浮かべている妖夢をどうにか慰めようと、幽々子はあたふたとフォローに回る。
「でも、その、妖夢もほら、無理やりにでも訊いてくれればよかったじゃない? うん、そうよ、だって私も、妖夢がまさか本当にわかめの方だと勘違いしてるとは、あ」
 それは、誰の目にも明らかな失言だった。
 だが、妖夢は冷め切った表情のまま抜き身の楼観剣を地面に垂らし、
「明日も、晴れるといいですね」
 と、悟りの笑みをこぼすのだった。

 

 

 それから、幽々子が妖夢に優しくなった。
 また、改めて言うまでもないことだが、妖夢の股間がしばらく痒くて痒くて仕方のない状態になってしまったことは、やはり言うまでもなく瑣末なことなのであった。

 

 


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一日エロ東方

八月十一日
(妖々夢・西行寺幽々子)



『いつか来る朝』

 

 寝惚けまなこを擦りながら、新鮮な一日を始めるために魂魄妖夢が洗面所に向かっている途中、厨房から漂ってくる朝餉の匂いに首を傾げた。
 白玉楼の使用人は魂魄妖夢のみであり、他はほんわか漂うしか能のない幽霊ばかりだ。調理場が自分の城だと言い張る気はさらさらない妖夢だったが、自分以外にこの場に足を踏み入れる者と言ったら、主の知人とその式くらいしか思い付かない。あるいは物取りの類かと楼観の柄に指を這わせもしたが、ふんふんふーんと聞き慣れた鼻歌の音色を耳にして、妖夢が気付くまいとしていた第三の仮説が不意に顔を出す。
 仮にその推理が当たっているのなら、襦袢ひとつ纏っただけの格好で台所に踏み入るのは酷く無粋に思える。けれども、妖夢が廊下と敷居の狭間であれこれ悩んでいる間に、台所で好き勝手に包丁を振るっていた人物がくるっと振り返る。出刃包丁を持って。
「あら、起きたのー?」
 その名は西行寺幽々子と言い、この白玉楼を事実上統べているかもしれないお嬢様である。妖夢を使役する様はまさに姫のそれであり、適度に我を通し自由奔放に天を野を翔ける様はまさに女王のそれである。
 だが、普段なら妖夢が寝室の障子にかしづくまで覚醒のかの字も窺わせない西行寺幽々子が、妖夢より先に目覚め、なおかつ台所にて包丁を振るっているなどと、妖夢にはにわかに信じがたい事実だった。
 恐る恐る、敵の罠である可能性を考慮し楼観の柄に指を添えつつ、妖夢は声のする方に足を踏み入れる。
 そこには。
「おはよう、妖夢」
 満面の笑みを浮かべた、裸エプロンの西行寺幽々子がいた。

 

 

 一瞬たりとも外せない視線は幽々子の艶かしい姿態をつぶさに観察するということにもなり、それでいて彼女も恥ずかしがることなくむしろ自慢げに胸を張ったりするものだから、その誇らしげな乳が左右から食み出んばかりに前に押し出されたりなどして、まあその。
「ゆ、ゆゆ、ゆゆゆゆこさま!?」
「ゆが多いわよー」
「知ってます!」
 あらまあ、と頬に手を当てる幽々子の仕草は実に新妻らしく、素っ裸にエプロン一枚でも愛の力で難なく乗り越えられるとでも言いたげだ。
 改めて確認すると、西行寺幽々子はほぼ全裸に等しかった。着ているものと言えば、幽霊ぽい三角巾、所々にぐるぐる模様があしらわれた桃色のエプロン、くまさんスリッパ、出歯の方が用いていたことからその名がついたという出刃包丁――はこの際どうでもいい。
 無論、幽々子の体躯は妖夢のそれと比較にならないくらい肉付きがよく、全体的にむっちりとしていて、どの部分を取ってもよい母親になれそうな身体的特徴を備えている。
 自愛に満ちた笑み、天然パーマらしきヘアスタイル、すぐにでも母乳を分け与えられそうな乳房、引き締まったおなか、へそ、クイーンオブ膝枕の座に相応しい張りのある太もも、でも太ももの部分に頭を乗せるんだから膝枕じゃないよ、太もも枕だよ。
 それはそうと、出刃包丁を両手で握ったまま頬の横に寄せ、にこにこと微笑んでいるある種の不気味さはあれど、風邪ひきますよとか、いい年して何してるんですかとか、理性的な指摘を行えるほど妖夢の心は乾いていなかった。
「あのね、今日は勤労感謝の日じゃない? って紫が言ってたんだけど、別に面白がっている訳じゃなくて、たまには妖夢のためにごはんを作ってあげるのもいいかな、とか」
 俎板に載せられた魚を見るに、理解に苦しむ手順を踏んでいるという訳ではないらしい。と妖夢が安堵する間もなく、幽々子の横乳がぷるんと揺れている様を目の当たりにしてふいた。
 腰の後ろでまとめたリボンはきつく結んでいるらしく、そう簡単に乳房の先端は見えないようになっているが、そのかわり正面から見ると胸の谷間がここぞとばかりに強調されて誠に目のやり場に困る。同性なのだからおっぱい隠してくださいと言えばいいものを、おっぱいちっちゃいくせにえらそうなこと言うんじゃないわよ! と怒鳴りつけられたら死んでも死に切れない。いつかおっきくなるもん! と三行半を叩き付けるのもいいかなあ、うふふ、と現実からララバイしたくなる妖夢だった。
「もうちょっとで準備が整うから、妖夢は居間で待ってて。頼りなさそうだからって変に手伝おうとしたら、夏の超獄涅槃祭りだからねー」
 正直、釘の刺し方はよく分からなかったが、自身の理性を保つためにも早くこの場を去るべきだということは理解できた。承知しました、とたどたどしい口調で呟き、再び調理に戻ろうとした幽々子の後ろ姿を確認する。
 おしりまるだしでした。
 桃尻とはよく言ったものです。
「ぐばぁ……!」
 覚悟ォー! と斬りかかりそうになった自身の胸に白楼剣を刺し、喀血しながらひとまず洗面所に向かう妖夢。
 魂魄家、断絶の危機が訪れた瞬間だった。

 

 

 正装に着替え、居間に待機する妖夢に明鏡止水の心得など全く感じられなかった。目は泳ぎ、首はめぐり、動悸は速まる。たまに自身の貧弱な体躯と主君のむっちんボディを比較し、今度は楼観剣で水月を貫きそうになる手を半霊が力ずくで止めた。
 妖夢は、このときほど半人半霊である己が身を呪ったことはない。人ならば、霊ならば諦めることもできた。成長という希望、成長という絶望に目を曇らせることもなかった。だが、半人半霊は遅々ではあるにせよ、成長する暇が与えられている。なればこそ、相応の時を生きている妖夢が人間の同年代に値するものより貧相な体型をしているのも無理はないのだが、明日があるさ、なんとかなるなると素直に希望を抱けるほど時の流れは早くないのだ。
 考えているうちに某姉妹の長女を彷彿とさせるくらい鬱になった妖夢は、やっぱりおっきくなるもんって三行半書いた方がいいかもしれないと半ば本気で思い始めていた。
 そこへ、ふんわりとした声が飛び込んでくる。
「ようむー、おまたせー」
 正面の襖が開き、畳に正座した幽々子が静々と頭を下げる。
 如何にもお姫様らしい品のある挨拶も、相変わらずの裸エプロンだから品格も礼節もあったもんじゃない。しかも、お辞儀をした際にエプロンの上からエプロンとそっくりな色の乳首が見えたりなどしてもうどうしたら。
 付け加えるなら、正座を解いて立ち上がる瞬間にも、エプロンに隠れていた股間が物の見事に露になったりもしたが、妖夢はその茂みをしっかりと見てしまった後ですぐさま目をそらした。
「ようむようむ」
「みみみみみ見てません!」
「もっと見たい?」
 ふいた。
 どうして笑ってるんですか幽々子さまぁ、と泣きそうな顔で懇願する妖夢を微笑ましげに眺めながら、髪をアップしたせいで露になったうなじ、鎖骨、二の腕、太もも、などなどをチラリズムのちの字も窺わせずに堂々と見せ付けつつ、幽々子は食卓に朝食を並べていった。
 妖夢は、心の中で遺書を書いていた。
「妖夢……さっきから、元気ないわね」
「いえ……」
 貴様のせいだッ!! と楼観剣ファンタズムをぶちかまそうとさえ思った妖夢だが、それは流石にデッドエンドだろうと自重する。夏の涅槃サマーお盆祭りは嫌だった。
 ほかほかと湯気を立ち昇らせる白米、さんまの塩焼き、昆布だしのお味噌汁、胡瓜と茄子のお漬物。在り来たりだが、これぞ朝餉の定番と唸りたくなるような仕上がりだった。
 それらのフルコースを前に、鬱々と俯く妖夢、彼女を心配そうに眺める幽々子。しかし、裸エプロンでも主君は主君。従者の不安を理解し、受諾し、解放してこそ真の主である。
 幽々子は柏手を打った。
「わかったわ、妖夢。あなたが何に悩んでいるか、そして、私が何をすべきだったか……」
「ゆ、幽々子さま……」
 妖夢は涙ぐんだ。
 別に泣くつもりはなかったのだが、幽々子の声を聞いているだけで涙腺が緩んでしまったのだ。
 幽々子は続ける。
「妖夢……あなたも、裸エプロン着けたいのね?」

 

 

 その日、妖夢は死なない程度に自刃した。
 でも半分は死んでいるから平気。

 

 


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一日エロ東方

八月十二日
(妖々夢・八雲藍)



『エキノコックス・パラノイアック』

 

 藍様がぼけました。

 

 

 その日、私は朝食の時間になっても藍様が現れないことを不審に思い、藍様の部屋にやって来ました。失礼します、と言っても返事のひとつもないことを疑問に思うべきでしたが、そのときは具合が悪いのかもしれないと本気で考えていました。
 襖を開け、私は敷布団の上に呆然と座っている藍様を見付けました。
 真っ白な襦袢一枚を羽織り、両腕をだらしなく下げ、視線は宙に泳がせていました。闖入してきた私に気付く様子もなく、ぽうと口を開いたまま、意志の失せた瞳をさらしていたのです。
「……藍、さま?」
 金色の髪も、耳も、尻尾も、全て藍様のそれだというのに、私には、ここに座っているのがあの藍様だとはにわかに信じられなかったのです。
 藍様は、おそるおそる発言した私の存在を察知し、気だるげに首を向けました。そうして、ふにゃ、と稚児がするような重みのない無垢な笑みをこぼしてくれました。
 私は、今まで築いていた理想の藍様が崩れ去っていく瞬間を、この目で見てしまったのです。
「藍様……藍様!」
 縋るように藍様の肩を掴んで、乱暴に肩を揺すってしまいました。藍様は、むずがゆそうに身体をくねらせて、力のままに私の腕を振り払いました。怖かったのでしょう、無警戒に緩んでいた顔は見る間にくしゃくしゃと歪み、泣き出しそうになりながらも這うように私から離れていきました。
 部屋の隅にうずくまり、こちらを窺うように顔を上げ、私と視線が合うとすぐに顔を伏せてしまう。
 私は、全てを疑いました。
 あれは、本当に藍様なのか。
 常に毅然と振る舞い、式神でありながら私を式神として使役し、マヨヒガを事実上管理している実力者。主である八雲紫様は滅多に起きてきませんから、通常は藍様があちこちに出張って仕事をしているのです。
 身体も私なんかより比べものにならないくらい大きくて、強くて、優しくて、頼りがいのある存在でした。
 不意に、その事実を過去のものとして扱ってしまった自身を恥じ、けれども畳の縁で何度も何度も爪を磨いでいる藍様を見、私の心に芽生え始めている不敬の感情を認めたくなって。
「紫様、紫様……!」
 恥も外聞もなく、私は大声で紫様を呼びました。その声に藍様が声にもならない悲鳴をあげましたが、紫様がいらっしゃれば、全てが解決すると私は信じていました。
 それでも、いくら呼んでも、喉をからして叫んでみても、紫色の隙間が現れることはついぞありませんでした。理由は分かりません。紫様が全て仕組んだことなのかとさえ思いました。けれども、真実は分からないままです。
「紫さま……藍、さま……」
 絶望し、膝が地に落ちました。でも、涙を流してはいけないと思いました。辛いのは、きっと私だけではないと思ったからです。
 どんなにか、流行り病に冒され、床に伏されていた方が楽だったでしょう。これもひとつの病と呼べるかもしれませんが、定義することそのものに、確たる意味があるとは思えませんでした。慰めを欲したところで、私が藍様と共に歩かなければならない道程は、そんな傷薬で賄えるような生易しいものではないのですから。
 藍様は、茫然と座り込んでいた私のことを、怯えた瞳で、ずっと遠巻きに眺めていました。

 

 

 私は、八方手を尽くしたつもりでした。
 薬師は、藍様の病名をエキノコックスと診断しましたが、具体的な治療法はないと言い切りました。その他にも、魔法使い、知識人、運命を操る悪魔、永遠を操る蓬莱人――藍様が元通りになるためなら、どのような危険も冒しました。
 けれども、そのどれもが助けにならないと知り、最も頼りになるはずの紫様の不在が、打ちひしがれた私に容赦のない追い打ちをかけるのでした。
 藍様は、人間に換算するとおよそ一歳児程度の知能しかなく、一人でごはんも食べられず、厠にも行けず、何も話せず、こちらの言わんとすることの一割も理解してくれない。
 獣ならば、野に放すことも出来たでしょう。
 しかし、藍様はあまりに長く人間に化けていました。今後、何かの拍子に狐に戻ることがないとは言い切れませんが、だとしても、脳が萎縮している以上は一人で生きることなど到底出来ないでしょう。
 一人で生きられない。
 それは、残酷な言い方が許されるのなら、社会的な死を意味するのかもしれません。
 藍様に昔の服を着せたところで、ごはんを食べさせるたびに前掛けを汚し、袖を噛みちぎり、帽子を壁に叩き付けてしまう。言葉で制しても、泣き叫んでばかりで言うことを聞いてくれない。
 大きな子どもが卓袱台を蹴散らす様は、何か酷く出来の悪い劇画を観ているようでした。
「藍様……お願いだから、大人しくして……」
 涙ながらに訴えると、どうして泣くの、よくわからない、と言ったふうに首を傾げて、しまいには私の腕に首をすり寄せてきます。それが彼女なりの愛情表現だと理解するようになり、少しは心の重荷が軽くなったことを覚えています。
 けれども、昔の藍様からは考えられない傍若無人な振る舞いは、私の心を擦り切らせるのに十分すぎるものがありました。
 彼女は、一人で厠を済ますことができません。初めの頃は何回か粗相をしていたのですが、叱りつける余裕もないままに畳を拭いている私の悲しそうな顔を見て、いつからか、便意をもよおすと私の袖を引っ張るようになりました。上目遣いの瞳は黄金色に輝いていて、場違いにも非常に可愛く思えました。
 もじもじと股をすり合わせる藍様を引き連れて、私は厠に向かいます。せいぜい二畳程度の面積に二人が入れば相当窮屈なのですが、今の彼女はいくら教えても一人で用を足してくれません。
「ほら、下も脱いで……あぁ、上はいいの、いいんだけど……」
 私が止める間もなく、あっと言う間に服を放り投げてしまいます。床に不時着する間際にそれらを拾い上げ、もう我慢できないと瞳を潤ませる彼女を手で制します。
「じゃあ、ここにまたがって」
 服を畳んで竹の籠に放り込み、彼女を和風の便座に跨がせます。以前は便座の中に足を突っ込んでしまうこともありましたが、最近は慣れてきたのかそのようなこともなくなりました。
 ただ、いくら踏ん張ってと言っても、この体勢ですることにまだ違和感があるらしく、私がある程度誘導しなければなりませんでした。放っておけば我慢できずに放出してしまうのですが、そうするとしばらくへそを曲げて顔も見せてくれません。
 私は彼女の傍らに立ち、髪の毛と同じ色の陰毛が生い茂った、彼女の尿道口に指を這わせます。その際、もう片方の手は彼女の手を握り、彼女が怖がらないように配慮します。
 ん、と彼女の表情が歪み、端整な顔が少しずつ引きつり始めます。他人から排尿を直接的に強制されるのは、自我を持っているものなら抵抗の意志が働くのでしょうが、彼女の場合は私の指先を甘んじて受け入れます。それが信頼の証なのか、物心がついていないだけなのか、細かく判定することはできませんでした。
 排出口を軽く爪で、膀胱があるあたりを柔らかくマッサージします。始めは弱く、徐々に強く責めていき、彼女の表情を窺いながら排尿を誘導します。
 やがて、身体を小刻みに震わせて、彼女が喉の奥から気持ちよさそうな吐息を吐き出しました。
 それと同時に、私の指と指の間から、無事に小水が出されました。
「……どうしたの?」
 彼女は、排尿が終わった後も手を離しませんでした。股間を拭き、便座から下ろしてもなお、ぎゅっと硬く繋がれた掌が離れることはありませんでした。
 と。
「――う、わ」
 不意を突くように、彼女が――藍様が、裸のまま私に抱きついてきました。背丈は藍様の方が大きく、前屈みになっていると言っても私を包み込むのに十分すぎる抱擁でした。
 藍様の身体はとても温かくて、ちょうど私の顔の位置に藍様の胸があったから、弾力のある柔らかい感触に包まれていました。すべすべの肌が私の背中に回り、めいっぱい胸に包み込んでから、今度はきめ細やかな頬を私の頬に摺り寄せてきました。
 耳元に、藍様の吐息がかかります。何を言おうとしているのか、何を伝えたいのかは分かりません。ただ、ふにゃあ、と寝惚けたような笑顔は、偽りのないものだったと信じています。

 

 

 初めの頃は部屋の隅で眠ることが多かった藍様も、今は私と同じ布団に入ってくれます。手を繋いだり、肩を寄せたり、抱き合ったり。体格もあって、どちらが母親なのかは判然としませんが、繋がりを求めているのはきっと二人とも同じだったのでしょう。
「……藍様」
 すぅすぅと寝息を立てる藍様の寝顔は、昼間の藍様とは比べものにならないくらい穏やかで、可愛いものでした。その頭を撫で、子どもを抱き寄せように私の胸に誘いました。
 ――式があれば、と考えることもありました。
 式があれば、藍様は私の言うことに無条件で従ってくれる。
 それは、あまりにも魅力的な提案でした。この藍様は、私に失望しか与えてくれなかったけれど、式を与えれば、私に都合のいい藍様を作ることが――。
「……なんて」
 私のか細い腕の中に眠っている藍様を、強く抱き締めながら、過去の自分と、その決断に及ぼうとした自身の弱さを悔やみました。
 藍様は、藍様なのです。
 たとえ、いつかのように私を護ってはくれなくても。式の主として、十二分に力を振るってくれなくても。
 何も出来なくなっても、藍様は藍様だ。
 私に新しい居場所を与えてくれたように、次は私が藍様の居場所を作ります。
 藍様は、もう元に戻らないかもしれません。欲を言えば、元のように振る舞ってくれたら、と思うこともあります。けれども、だからと言って今の藍様を否定していい理由にはなりません。
 私は、藍様の側にいたいのです。
 藍様は、私が居なければ生きていけない。だけれども、私もまた、藍様が居なければ、こうして生きている意味もないのでしょう。
 腕の中にある、大きな温もりを抱き締めて。少し息苦しいのか、けふけふとくぐもった咳を繰り返すのを見て、またちょっと腕を緩めたりなどしなから。
「……ずっと、ずっと一緒だからね」
 うぅん、と気持ちよさそうに身体をくねらせる――藍の姿が、やけに微笑ましくて。
 私は、泣いた。

 

 

――

 

 

 そんな夢を見た。

 

 

 掛け布団を剥がし、まぶたの端にこびり付いている水滴をこそげ取る。襦袢一枚まとっただけの身体は妙に輪郭がはっきりしていて、着ている方が恥ずかしいくらいだ。
 私は、八雲藍だ。
「紫様」
 返事がないと知りながら、それでも言わずにはいられなかった。これと同じ夢を、おそらくは橙も見ていたに違いない。
 あるいは、橙が見ていた夢を、私が共有したか。させられたか。
 どちらにせよ、残酷な話だった。
 涙が出る。
「私はね、あなたが逃げるような方だとは思っておりませんよ」
 雀の音が聞こえ、朝の静謐な空気が全てを包み込んでいる。紫様の姿はなく、また橙の声もない。きっと、しばらくは起きてこないだろう。私もまだ、寝たふりをしていたい。
 けれども私は疲れた身体に鞭を打ち、ところどころ軋みを上げている靭帯を伸ばしながらに立ち上がった。もしかすれば、これはあの夢の続きで、橙は昔のように振る舞う私を見て愕然とするかもしれない。
 だとすれば、私の隣に橙がいないことの説明が付かないのだが、ともあれ、私は私なのだからどちらでも構わない。
 愛されているのだ。
 そしてまた、私も愛している。
「――藍様」
 襖が擦れて、声が聞こえる。
 紫様の笑い声が聞こえるようだ。
 今日くらい、子どものように笑ってみようかと、歯を見せながらニカッと笑って。
「あぁ。おはよう、橙」
 私たちの、一日を始めよう。

 

 


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一日エロ東方

八月十四日
(妖々夢・八雲紫)



『ザ・インデックスフィンガーズ』

 

 涼しい風が舞い込んでくる和室の中央に、狐のような人間のような式神が申し訳なさそうに鎮座している。その周りをゆったりとした歩調で歩いているのは、畳んだ日傘を手のひらにぽんぽんと打ち付けている八雲紫だった。
 紫の式神、八雲藍の意気消沈することは謂れのない罪で幽々子に叱られる妖夢に等しく、それでいて如何にも反省し後悔しているような素振りを見せてこの場をやり過ごそうとしているところが玄人の式神たる所以である。
 共に長きを生きる人あらざる者たちであるから、化かし合いはお手のものであり、化かされることにも慣れっこだった。けれどもいくら味わったとしても苦杯を舐めるのは悔しいもので、八雲紫もその例外ではない。
「藍」
「はい」
「私は、あなたが愚かではないと思っているわ」
「光栄です」
「なら、どうしても私の言うことを聞かないのかしら」
「仰るとおりです……」
 しゅん、と九つの尻尾を弛ませて肩を落とす。抗せず、反せず、言われるがままに受け入れ、同情を誘うように落胆する。普段、藍が気丈に振る舞っていればこそ、このようにしおらしく項垂れている姿が哀愁と憐憫を誘うのだが、幾度も幾度もその手に引っかかった紫にはもはやこの類の姦計は通用しない。帽子の横からちょこんと食み出している耳をぐいっと引っ張り、あいだだだだ! と喚き散らす藍に向かって厭らしいくらいの優しさをもって囁きかける。
「そう、あなたがそんな態度をするのなら仕方ないわ」
「千切れます、千切れます! これは本当です!」
「これは?」
 あ、と藍が呻く間もあればこそ、紫の指がもう片方の耳をも引っ張り上げる。引き千切らんばかりに持ち上げ、藍への最後通牒を言い渡す。
「私も気は進まないのだけどね、いいわ。どうしても、口じゃあ理解してくれないみたいだから」
「理解してますってばあ……」
「ただ、実行する気がないのね。……あぁ、救いようがない式だわ全く。これはもう、久しぶりにアレをやるしかないわね。アレ」
 激痛に顔を歪ませていた藍も、愉悦に満ちた笑みを浮かべた紫の言葉を聞き、顔から血の気が引いていくのを感じた。
「あー、懐かしいわー。アレ」
「紫様! あ、アレはもういいじゃないですか! だってアレですし!」
「いいじゃない別に。昔はよくやってたじゃないの」
「そのせいで私が廃人になりかけたの、忘れたわけじゃないでしょう!」
 目を白黒させて掴みかかる藍と、上気した頬を隠そうともせずにサムズアップする紫。
「あの頃の藍と今の藍が同じだと思ったら大間違いよ!」
「それは私の台詞だー!」
 襟首を掴み、がっくんがっくんと主の頭蓋骨を上下に揺さぶる藍であったが、その甲斐も虚しく、彼女らが寄る辺としていた床に開いた紫色の隙間が、喧騒と怒号、絶望と好色を丸ごと全て虚空の果てに引きずり込んでしまった。

 

 

 隙間の世界は紫の世界、完全な闇には程遠く、明瞭な視界からは掛け離れている。常に流動し、常に停滞している。浮き足立ち、宙ぶらりんに逆立ちしているような錯覚を抱き、ぐるぐる回っておらずとも、吐き気をもよおしてしまいかねない空間であった。
 藍は、狭間の世界に漂いながら、深々と溜息を吐いた。隙間を泳ぐのも慣れたもの、流れに逆らうことなくすいすいと目的の人物を捜す。と、ものの数秒足らずで目的の女性を発見した。
 八雲紫。
 素性のよく分からない妖怪で、それ故に妖怪からも怪しまれている。類稀なる力を秘めていることだけは分かっているのだが、それ以上のことは本人がはぐらかすこともあって何も判明していない。誰も知らないし、知ろうともしない。
「紫様、やっぱりやるんですかあ……」
「あら、あなたがそんな弱気だなんて珍しいわね」
 くす、と傘をくるくると回しながら紫は笑う。曖昧な空間にあって、紫は流されることなくその場に君臨している。
「いえ、やるんならやってもいいですけど……ほら、快楽を増幅する式だけは付けないでくださいね。ちょっと、明日以降の仕事が覚束なくなりますので……」
 藍の身体が紫の頭上を大きく跳び越した辺りで、ぽむ、と紫が手のひらを打った。
「あぁ、それやるの忘れてたわね!」
 迂闊。
 墓穴を掘るとはこのことか――確かに自分が式神であることに鈍感らしい、たまに思い出しても碌なことを言わん、と己の不覚を呪う。
「訂正! 今の訂正です! やめてください、お願いですから増幅の式だけはー!」
「あれがないと反応が定式化するのよねー。よく気付いてくれたわ、流石は私の式ね」
 自画自賛し、紫は即座に唇を滑らせる。まずい触手、何としても止めなければと身を躍らせる藍を嘲笑うかのように、紫のスカートから数十本の触手が同時に吐き出された。
「うぎゃあぁー!」
「口が悪いわねえ」
 一本一本が意志を持ったような触手は、藍の四肢を拘束しようと最短距離及び理想的な曲線を描き、時間差で藍に接近する。一度にあんなたくさんの食指を動かされては敵わぬと、 藍も容赦なく触手を引き千切り裂き割り断ち捻り潰してはみたものの、如何せん紫のスカートを突き破りながら放出される触手の量たるや優に五十を越えついには百に達しようかといった段階であるから、藍の顔にも疲労の色が濃くなり始めていた。
「粘るわねえ。諦めの悪い子も嫌いじゃないけど」
 余裕綽々、傘を一閃する。石突に裂かれた空間は隙間の世界に隙間を作り、その断崖から膨大な量の触手が放たれる。
 藍は絶望した。
 直後、力なく振るった爪が空を掻き、攻撃を掻い潜った一本の触手が藍の手首に絡みついた。酷く粘ついた液体は独特の臭気を放ち――紫が意図的に似せているのだろうが――、かつて同じような責め苦を味わった藍は、過去の快楽を思い返して不意に腰が砕ける。
「あ、まず――」
 呟き、あっと言う間に四肢が拘束される。肉の蠢きと匂いを放つ触手は、容易く裂けるように見えながらその実芯は熱く頑丈である。形状は、露骨ながら男性器の概観を模倣しており、肉茎を這っている血管のようなものがどくどくと音を立てて脈動し、時折尿道口から蛇の舌を思わせる触手が十数本出入している程度の違いしかなかった。
 だが、これほど目的が明確な拷問もない。
 藍は懇願する。
 触手らは、紫の命令を待ち鎌首をもたげている。
「あの……紫様? お願いしますから、紫様まで理性を失わないようにして頂けると……」
「そうねえ」
 頬に手を添え、嵌めた手袋を唇で食み。
「でも、あなたが悪いのよ? あなたがとても気持ちよさそうに啼くから、私もついつい興奮しちゃって……」
 紫が腰をくねらせるたび、藍の周りを取り囲んでいる触手が嬉しげに震える。はは、と乾いた笑みを浮かべ、もういいから早くしてくれないかなあ、と半ば自棄になる藍。
 そうして。
「増幅の式はやめるわ。あなた本来の、獣としての嬌声を聞かせてごらんなさい」
 肉の色をした触手の群れが、各々の意志をもって一匹の女性に襲いかかった。

 

 

 粘液にまみれた触手が、藍の唇に割り入ってくる。いきなり喉の奥深くに亀頭の部分を捻じ込まれ、胃から酸っぱいものが込み上げてくる衝動を覚える。が、吐き出す寸前で触手が咥内に引っ込み、藍が安堵の息を鼻に抜こうとする間際、再び肉の槍が藍の咽頭を襲う。
「ぐぉぅ、あぶぉ、うぶぅ……ごぶっ、ぶぢゅ!」
 呼吸もままならず、早くも生命の危機に瀕する藍をよそに、方々に散った触手が彼女の豊かな身体を余すところなくまさぐる。
 粘性のある液体が藍の服を犯し、きれいに服の繊維だけを溶かしていく。サラシとドロワーズになった段階で、藍の咥内を犯していた触手の勢いが収まる。藍の呼吸が整い、首からの下に意識が及んだところで、スカートの中から触手を生やした紫が自身の人差し指を立派な肉棒に転じる。
 悪趣味だ。
 その人差し指は、触手のように幹を伸ばしやがては藍の股間を下着越しに擦り上げる。大きく盛り上がったサラシの双丘も、数本の触手が上から背中から粘液を吐き出しながら揉みしだく。
「はふぅ……くひぃ、ふあぁ……ぶっ、んぐぅぅ!」
 藍の息が落ち着いた頃、何の前触れもなく藍の咥内に多量の白濁液が放出された。あまりの唐突さに驚き、その苦味も相まって飲み込むどころかそのまま吐き出してしまう。触手はまだ藍の口の中でぴくぴくと痙攣しており、藍は不意にその幹を舌で押さえつけた。
「くぷ……うぶっ、じゅぅ……」
「あらあら、もう気持ちよくなっちゃったのかしら?」
 紫の声にも聞く耳を持たず、藍は咽頭壁に食い込んでくる触手を、今度はえづくことなく飲み込めたことに得体の知れない悦びを感じていた。亀頭が喉の壁に接した状態で、また 精液に似た白濁が直接胃に叩き込まれる。避けようのない射精を体内に喰らい、藍は快感か苦痛か判然としない悲鳴を上げた。
「んぶ、んぅぅ、んっ、きゅぅ……!」
 蕩けた瞳をだらしなく開けている藍の顔に、数本の触手が垂れ下がっていた。彼女かその行方を察する間もなく、それらは鈴口から細い舌を出し、そのまま藍の耳にキスをした。
「――んぁ、ひぅんぅぅぅ!」
 耳の中に滑り込んでくる無数の舌が、通常では味わえない類の快感を呼び覚ます。耳の内側についた汗を舐め取られ、文字通り触手に支配されている屈辱をも、藍は既に余すところなく受け入れていた。
 腕に巻き付き、手のひらで擦ってくれと言わんばかりに擦り寄ってくる触手の幹を掴み、尿道口に小指を突き入れたりする。そのたびに精を吐かれ、べとべとになった手のひらでまたしごいてくれと急かされる。腋を開ければ即座に挟まろうとする触手がいて、そいつらは勝手に前後に動いてあっと言う間に射精する。
 サラシもドロワーズもとっくに剥がされており、肉棒に擬態した紫の指が藍の秘部を撫で回し、すんでのところで挿し込まない。クリトリスは赤く腫れ、秘唇も大きく開かれているのに、愛液に濡れてもなお紫は触手を挿し込まない。
「――ぷぁ、はふぅ……はぁ、ひゅぅ……」
 久しぶりに唇から触手を抜き放たれた藍が、新鮮な空気を補給する。散り散りに犯された理性も次第に乾き、それでも顔にどぷどぷと吐き出される精液の香りに、脳が蕩けそうになる。
 とろんとした黄金色の瞳が、白い粘液に犯された自身の体躯を見下ろす。乳房に撒きついた肉棒の先端が、硬く勃起した乳首を啄ばむ。鈴口にすっぽりと収まった乳頭が、尿道に潜んでいた舌に舐められてぴくぴくと痙攣する。
 これでは、触手にフェラチオされているようだ。
 藍は、白濁に汚されていく胸部と、いまだ侵入を許していない女陰を交互に見比べる。
「はぁ、あ……」
 太腿に吐き出された精液の熱さも、足の親指と人差し指の間で達した肉棒の熱も覚えている。ただ、あるべき感触がまだない。決して、みずからが欲してはならないと思いながら、言わずにはいられない堪え切れない衝動に背中を押されているのも確かだった。
「……どう、気持ちいいかしら?」
「ふあぁぁ……あふぅ、は、はぁい……」
「でも、まだここが残ってるわね」
 触手の亀頭の上半分が、藍の膣に少しだけ捻じ込まれる。感覚が研ぎ澄まされている藍には、その程度の刺激でも十分に達し得る快楽だったのだが、藍の表情が歓喜に満ちていると知るや、紫はその触手をすいっと引き抜く。
「あぁっ……」
「今、残念そうな顔をしたわね?」
「え……いゃ、ちが、あぅぅ……!」
 先端のみを出し入れし、藍の口からある言葉を引き出そうとする紫。他の触手はその動きを止め、快感のよりどころが股間のそれにしかないと錯覚させようとする。
「『入れてください』、て言うだけでいいのよ。それで、もっと気持ちよくなれるから……」
「あ、あぅ……」
 藍も、この誘惑に屈してはならないことを知っている。その言葉は、藍のみならず、紫の箍をも外す呪文だ。拷問であるにも拘らず、盛んに腰を振って肉の罰を求めてくる藍に、紫はこの上なく興奮してしまうのだ。
 それだけ可愛がられているということなのだろう、と端々に残った思考の残滓を織り上げ、どうにか拒否権を発動すべく身を揮わせようとして。
「――んくぁぁ! かッ、はぁッ、うぁぁ!」
 脳を焼き切らんとする衝撃が、藍の内側から突如として巻き起こる。この感覚は知っている、あれほど言ったのに、使わないと言ったはずなのに、最後の切り札として紫は藍に新しい方程式を刻み込んだ。
 情欲に抗う事なかれ。
 ひいては、紫が耐え得る快楽の上限を、計らずとも藍は得てしまったことになる。
「くぅ、あぁ……ふぁ、あぁぅ……?」
「懐かしい感覚でしょう、怖がらなくてもいいのよ、あなたはただ浸っていればいいの」
 そうして、藍の口元に触手をちらつかせる。蕩け切った藍の表情は、自身の愛液に濡れたそれを舐り付くそうと舌を差し出す。が、紫はそれを引き、すぐさま藍の股間にそれをあてがう。ひゃぅ、と藍が啼き、雁首の半分が挿し込まれた辺りで、紫がもう一度藍に尋ねる。
「どう、これが欲しい?」
「ひぅ、あぁ……ほ、欲しい……です」
「じゃあ、ちゃんとお願いしなくちゃね?」
 藍は、理性の糸が弾ける音を聞いた。
 本当は、もっと前に聞いていたような気もするけれど。
「はい……ほしい、ほしいですぅ……いれて、入れてくださぁい……!」
「ふふ、いい声ね!」
 紫は笑い、即座にその触手を藍に突き入れた。
 前後左右に蠢き、回転しながら藍の膣を犯していく触手は、ものの数秒もしないうちに藍の子宮口に辿り着く、身を仰け反らして快感に耽る藍をよそに、躊躇うことなく子宮の中に侵入する。ずるずると子宮の中を這いずり回り、やがて何の前触れもなく熱い粘液をたっぷりと放出する。
「くぅ――あぁぁッ……! いぃ、くぁ……!」
 内側に浸透する白濁の熱を感じ、藍は不意に下腹部を押さえる。同じ粘液でべとべとになったおなかを撫で、確かに胎内で脈動しているモノの息吹を感じる。
 精液を吐き出しても、無論触手は萎えることを知らず何度も何度も藍の身体を犯し続ける。定期的に射精される粘液の熱に震えながら、再び活動を開始した触手たちに唇や胸を犯され、藍はただひたすらに白濁とした海に漂流していた。
 その階に立ち、自身も触手の一部を愛しそうに含みながら、藍の痴態を幸せそうに眺める紫の姿があった。

 

 

 翌日のマヨヒガ亭。
「藍様ー、起きてくださーい」
「……こ、こしが……」
「紫様ー、起きてくださーい」
「すぴょー……」
 橙は主らに何が起こったのが知る由もなかったが、主が思うより式はさほど無知でも盲目でもなく、いつもより顔がてかてかしている二人を見て、たまにはお二人で仲良くするのもいいよねえ、と気を遣う子どものように一人台所に向かうのであった。

 

 


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