77777hitお礼最後の高天くん♪
スパとそれ以外が分断しちゃいました(^^ゞ
みちしるべ

「え、高天?」
「ごめん、来ちゃった」

インターホンを押してドアが開き、無事に兄貴が出て来たときには俺もさすがにほっとした。
当然ながら目を丸くしている兄貴の反応をちょっと待つ。

「とにかく、上がりなよ。・・・よく来たね、久しぶり」
一体どうしたの、って言葉をちょっと脇に置いてくれる兄貴は優しい。

とは言え、もちろんそれを聞かれないわけもない。
俺を部屋に上げて、多少広がってた本やプリントの類を脇に寄せて、冷蔵庫からお茶なんか出してから ようやく兄貴はそれを言った。
「いったい、どうしたの?」

兄貴に、会いたかったんだ。
話し始めると止まらなくなりそうで、それは怖い。
だから俺は少し迷って、最初のひとことだけを言った。
「兄貴に、会いたかったんだ」

兄貴は俺をじっと見て、いろんな質問を思い浮かべたと思う。
最初に口にされたのは、たぶんその中でも一番現実的な質問だった。

「学校には連絡してあるの?無断欠席だと、家にも連絡いくと思うけど」
ご明察のとおり、高校は今日はサボりです。まあわかるよね、俺いま制服だし。
「体調悪いって、言ってある」
「そう。じゃあ家に電話するのは夕方でいいか」
ここに来るって誰にも言ってないのも、そのとおり。
ふうっと息がつかれて、兄貴は真っ直ぐこっちに言った。

「最初に言っておくけど、僕が出かけてたら、いったいどうするつもりだったの。
もちろん、高天にも理由があるんだろうけど。あんまり、心配させるなよ」

兄貴が俺を叱るときって、いつも兄貴の方が不安そうなというか悲しそうなというか。

「ごめん」

俺自身も兄貴がいてほっとしたから、ここは素直に謝っとく。
いなきゃいないで待つなり電話するなり何とかしたとは思うけど、どっちにしても兄貴に迷惑かける話だし。
うん、いまでも兄貴に迷惑掛けまくってる自覚はある。
それも含めての、ごめんなさい。
だけど、もうしない、っていうごめんなさいとは、これは違う。

「まあ、じゃあそれは終わり。高天の話を聞こうか」
もうするなよ、とは言わずに、兄貴は頷いてくれた。で。
そりゃあそうなるけど、どうしよう。

「ええっと・・・。話があるわけじゃなくって。
会いたかった、んだよ」

嘘じゃない。ほんとうの全部でもない、けど。
もちろん、これだけで兄貴が納得してくれると思うわけじゃないんだけど。
いきなり来て兄貴の時間潰してこれじゃ、いくらなんでも兄貴に対して失礼だ。
そうは思いながらもすぐにはうまく話せなくて、そんな言い方をしてしまう。

兄貴は、何も言わなかった。
待っててくれるから、俺は続きを探せる。

「兄貴、大学は好き?」
「そうだね、好きだよ」

普段の兄貴の話を、ちょっとづつ聞く。
何が楽しいの?嫌なことある?やめようと思ったこととか。
夢中になることある?院に行くんだっけ。ねえ、将来何になるの?

言いたいこと、聞きたいことから遠くはないけどそのものでもない、そんなところをちょっとづつ。
兄貴はひとつづつ、ちゃんと答えをくれて。

「・・・・・。兄貴、俺と話してるの、嫌にならない?」

挙句に俺がしたのはそんな質問で、兄貴は笑った。

「自分でそんなに気になるなら、頑張って核心部分に入りなよ」
僕は嫌じゃないよ、だって、高天がわざわざここまで来て話すことだから。
「兄貴、俺に甘い・・・」
「そうだね、離れてる弟に久しぶりに会うんだから、そうかもね」

それから兄貴の目はちょっと迷って、だけど兄貴らしい優しい目で、静かな声で。

「高天に厳しくするのは、高天しかいないよ」

「・・・・・」

うぅ。へこんだ俺に、でも兄貴はずっと穏やかな眼差しで。

「ま、だから僕は高天に甘くていいんだ」
「え、えぇと?」
「せっかく来たんだろ、高天が話したいように話せばいいよ」

どうやら、長くなりそうだね。
兄貴はそう言うとちょっとごめんねと俺に断り、何か所かに電話をかけて午後の予定を空けてくれたみたいだった。

電話をしている兄貴の後姿を見ながら、俺って兄貴っ子だなぁって、考える。
俺って言うか俺たち?兄貴に会ってきたら、って資金援助してくれたのは姉ちゃんだった。
まあ、平日に実行されるとは思ってなかっただろうけど。
兄貴に会ってほっとした。それで、目的のたぶん8割は達した。

あと2割、言いたいことがあるような、聞きたいことがあるような、ないような。
学校サボってまで来てそれかよ、って自分に突っ込みたくはなるけど。

電話を終えた兄貴は、いくつか着替えを放り投げてきた。
「とりあえず、お昼食べに行こうか。核心部分はその後で聞くよ」
「ん、ありがと」
確かに、もう昼を回って気が付いたら結構腹も減っている。
自炊じゃないんだ、なんて思いながら俺も立ち上がった。

***

空腹が満たされて、私服でくつろぐと、何も考えずぼーっとしたくなる。
兄貴が家にいた頃たまにやってたみたいに、ローテーブルに向かう兄貴にもたれて背中合わせに座ってみた。
そしたら、「高天、大きくなったねぇ」なんて呑気なコメントが返ってくる。
まあ確かに、前は兄貴の背中の中にすっぽり収まるくらいのサイズしかなかったもんな。
いまはほとんど同じくらい。たぶん兄貴にしてみれば、重い、んだろう。
「だって兄貴が家にいたのって、まだ俺が小学生の時だよ」
口にして自分でも驚いた。そうか、そんなに昔だっけ。

で、そんな俺もいまでは高校生なのか。
確かに、俺が小学生だったら、いくらなんでも学校サボって電車乗りついで、
4時間かけて兄貴の大学のある街まで来るなんてこともないだろうけど。

で、俺にはいま、いかにも高校生な悩みがある。
進路選択。
いや単に、文系理系の選択をするだけだけど。・・・だけ、ってこともないか。
学力相応の普通科高校を選ぶのには特段悩みはなかったんだけど、
文理選択はいちおう将来何になりたいか、ってことだもんな。

「兄貴、理系を選んだとき、なんか悩んだ?」
「うーん、どうだったかなぁ。天文とかやりたいってのはまだなんとなくもいいところだったけど。
数学が好きだったし、そっちの方が成績よかったし・・・あれ?」
そこで兄貴は苦笑いをした。
「英語より数学が得意だったけど、いま考えるとその比較っておかしいな」
「そうなの?」
「いま英語の論文読みまくってるからなぁ・・・。結構、苦労してるよ?」
へぇぇ。
確かに、部屋に入ったとき広がってたプリントは、半分以上横文字だった。
「そうなんだ・・・」
数年前、兄貴は英語が苦手だったはずだ。そのとき兄貴はそうは言わなかったけど、でも。

「頑張ってね」
「ありがと」

いまも苦手なの?と聞いたとして、得意だよ、って答えが返る感じはしなかった。
だけど、兄貴はやっぱり苦手だよ、とは言わないだろう。
それはたぶん俺のためで、もちろん自分のためでもあって。
得意だろうが苦手だろうが、必要なことは頑張るしかない、んだよね。

・・・そうなんだよ。
必要なことは、頑張るしかない。そう思ってる、別に、そこから逃げようなんて思ってないけど。
もっといえば、文理選択だって実は全然迷ってない。
いろんな人と話ができる仕事がしたい。できるなら、外国の人と。

で、文系にしようと思ってるんだけど、実は俺も英語よりは数学の方が成績がいい。
社会と理科と国語はどれも同じくらい。
で、さ。

「俺は文系にしようと思ってるんだけど、」
「うん、いいんじゃない。何か引っかかってるの?」

「俺がじゃなくて、父さんが。反対してて」
「そうなの?どうして?」
「・・・俺も数学の方が成績いいし。それだけじゃ、ないんだけど」

それだけじゃない。それを話すと愚痴になる。
しかも、世界中で誰より兄貴に話したくない愚痴だ。
だけど、兄貴にこそ話したいのかもしれない。

―――人と比較したりしないで、自分のことを十分考えて決めたのか?
父さんにそう言われたとき。
兄貴と同じ進路にしたくないからじゃないのか、と聞かれたんだと思った。
「考えたよ!」と反射的に返したものの、それ以来、父さんの話をちゃんと聞けない。
何を言われても何も言いたくなくて、父さんの言葉に従う気もなくて、沈黙だけが過ぎていく。

別に、兄貴なんか関係ない。・・・たぶん。
ほんとは、わからない。兄貴と同じ進路は嫌なのかもしれない。
比べられたくないから逃げてるって、父さんに思われるのは我慢ならない。
でもそうでないっていう自信があるわけじゃないんだ。

兄貴にどこまで話すか、話さないか。
決めかねている俺の口調に、背中合わせの兄貴は穏やかに言った。

「高天の進路だからね、高天が決めるしかないってことは、父さんもわかってると思うけど。
高天にもう少し考えてほしいことがあるってことなのかな。
それが何かいまの話だけじゃわからないけど、それを考えてもやっぱり希望は変わらないんだって、
そう説明してみたら?」

「・・・わかって、くれてるのかなぁ」

どう、なんだろう。
そう思って、それから、わかってくれてると思えない自分をあらためて自覚する。
わかってくれないと思う、説明しても無駄じゃないかって思う、それってすごく後ろ向きだ。
でも。

「父さんも理系だしさ、兄貴もでしょ。
なんか、そっちで当然って思われてる気がして」
「うーん、そんなふうに父さんに言われたの?」
「・・・・・。そうじゃないんだけど。でも・・・」

「でも、何か思うところがあるんだ、高天は」
背中から、不意に兄貴の体温が消えて、内心焦った。
次の瞬間には兄貴は俺の横にいて、つまり俺の顔が見える位置にいて。

俺、いまどんな顔してるのかなぁ。
いつもどおりに、あるいはいつも以上に優しい兄貴の目に見つめられながら思う。

「思うことを、父さんに言ってみた?」
俺は首を振った。
言いたくない、言う必要もないんじゃないかとも思ってる。
兄貴のことなんて、俺の方が気にしなければ俺の進路選択に関係ない。よね?

言ったら、何が返ってくるのかわからなくて怖いんだ。
いまはじめてそう気づく。
わからない、というか。俺は兄貴に敵わないって、父さんがそう思ってるってことを突きつけられるのが怖い。
・・・確かに、父さんはそんなふうに口に出して言ったわけじゃないけど。
だけど、考え過ぎだとは思えない何かを、俺はもう胸の中に抱えてる。

「そう」

兄貴は頷いて、そして黙った。
俺の言いたくないを受け入れて、そして考えてくれる。
そういうところって、すっごく兄貴だなあって、たぶん俺は甘えてる。
そういう兄貴に敵わないって、それは全然否定しないんだけど。対抗する気もかけらもない。

だって、俺が弟で、兄貴が兄だよ?
俺が弟でよかった。

「何を言うも言わないも、高天の選択だからね。
高天が何かを気にしてる。高天がそれを言いたくない。
じゃあ次は、言わずにわかってもらうようにするか、言わずにわかってもらえなくていいと割り切るか、だね」

父さんが思ってることを、ちゃんと確認した方がいいんじゃないかとは思うけど、
でも、それ自体が言いたくないことを言うことになるから嫌だってことがあるのはわかる。
言わなくても言いたいことを伝える手はあるよ。高天だって言われなかったことを受け取ったんだ。
どこまでいっても高天の進路だから、高天自身が考えつくしたんなら割り切るのもありだよ。

俺はきょとん、とした。

「あり、なの?」

兄貴はくすっと笑った。
「ありだよ、だけど、高天はわかってもらいたいんじゃない?」
考えるより前に、頷いていた。
あれ?

「それは、いいことだよ。高天のそういうところ、ちょっとまぶしい」

僕は相談もしない、わかってもらおうともしないで一人で決めちゃうところあるから。
兄貴はちょっと寂しそうな、でもさばさばしたような、そんな感じで言った。
思わず、口を挟む。
「それは別に、悪いことじゃないんじゃないの?」
「まあね、悪いことじゃない。高天だってそうしたっていいんだよ、父さんは寂しがるかもしれないけど」
「反対されても、気にしないってこと?」
「うん。・・・関係ないし、って言うと冷たく聞こえる、だろ?」
「うん」

頷いてから、頷いちゃ悪かったかな、って慌てる。
大丈夫だよって、兄貴は言った。

「いいんだ。高天の感覚は、それは正しい。僕の感情も、それも大事だ。
僕たちは同じじゃなくて、それぞれ自分がある。・・・その先に、進路もある。
高天がわかってもらいたいと思うなら、がんばった方がいいよ。その方が、高天が後悔しない」

わかってもらいたい、かな。
・・・・・。わかってほしいのは、俺なのかな。

「父さんとも、僕とも。会って、話して、そうやって答えを探すのは、高天のいいところだと思う。
自分で考えるしかないこともある。
わかってもらおうと、するかどうかは高天が決められる。どうする?」

どうする、って。
「兄貴は、わかってもらった方がいいって、思ってるんじゃん」
笑われた。
「うん。でも、僕が決めるんじゃないよ」

あ、そっか。

・・・・・。わかってほしいのは、俺なのかな。
もういちど、戻って考える。
父さんに、どこまで話せるだろう。どこからは話さないだろう。
何を話したいんだろう。

父さんが、本当に言いたかったことは何だろう。
兄貴のことを言おうとしてたにせよ、そうじゃなかったにせよ、やっぱり兄貴は関係ない。
それは、俺がわかってればいいことで。
ちょっと不安もある。比べられたくないって思ってるかもしれないけど。
でも、比べるも比べないも、俺と兄貴って全然違う。

兄貴を見つめ返したとき、兄貴の真剣な目がちょっと緩んだ。

「・・・確かに、俺がわかってもらいたいんだと、思う。
言いたくないこともあるけど、何が言えるか考えてみるよ」

「がんばって」

兄貴が笑ってくれると、ほっとする。
甘えてるかもしれないけど、でも、せっかく兄貴がいるんだから。

「ありがと、兄貴」
兄貴がいてよかったと思える自分は、幸せだと思うんだ。


2013.09.29 up
高天くんの葛藤、相対論的こころの続編かと(←いつの間にかそうなった(^^ゞ)。
上がいると、結構余計なことを考える羽目になりませんか?
でも、上がいていいこともあってくれるといいなと願っています。


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