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再会 2(シェバト4)

どこまでも広がる終点が見えない青い空の下に、乾いた大地が寂寥として横たわっていた。

胸が締め付けられるほど清らかで、どこか物悲しさに満ちた情景だった。

そこに佇む青年の後ろ姿が見えた。

焦げ臭が混ざる風に長い黒髪をたなびかせ、遠望するのは瓦礫と化した街。

あれから、おまえはそんな風に一人で見つめ続けてきたのか。あの頃とは違う冷徹な眼差しで。

天空で君臨する無慈悲の楽園と、生命力に溢れた服従の大地。

今、おまえの瞳にはどう映っている?

動こうとしないのは、まだ見極めていないからなのか。それとも、あの国に執着する何かを見つけてしまったからなのか。

まあ、どちらでも構わない。気が済むまでそうしていろ。

もう庇護されるべき危うい子どもではないのだから。

最終的にどのような結論を導き出したとしても、おまえの人生だ。

己の支配者は己だけだ。それさえ忘れなければいいさ。

俺は俺の道を進むだけだ。

だから、おまえは自由だ。

……なあ、ヒュウガ。

「起きてください」

身体を揺すられ、ジェサイアは反射的に飛び起きる。

「敵襲か?」

「戦争は終わったんですよ」

「ヒュウガ? なぜおまえが……って、そうだったよな」

「何を寝ぼけたこと言っているんですか」

「うー、起き抜けに寝ぼけて何が悪い」

「ちゃんと眠れましたか?」

「ああ、久しぶりに熟睡できた。ところで、俺は何時間寝ていたんだ?」

「六時間。もともと六時間きっかりで起こすつもりでしたから」

「そりゃ親切なこった」窓を見れば、外はまだ暗い。「……って、まだ、夜は明けていないじゃないか」

「四時ですからね。……今から支度をして、ここを発った方がいい」

「どういうことだ?」

「顔でも洗って目を覚ましてきてください。理由はそれから説明します」

冷たい水で顔を洗えば少しは頭がすっきりとする。

戻ったジェサイアにヒュウガは熱い茶を満たしたカップを手渡した。茶――においから察するに薬湯らしい――をすすりながらヒュウガの話に耳を傾ける。

「スタインが帝室特設教務庁に自ら希望して移動になり、今現在、殆どの活動を地上で行っているということはご存じですね」

「ああ」

「あの男は、まだあなたを諦めてはいない」

「逆恨みだろう。だいたい、俺を追っかけるような余裕があるかよ。他にやるべき仕事はいくらでもあると思うぞ」

「確かに、ソラリス政府はあなたをさほど危険視してはいなかった。無礼を承知で言えば、次期ゲブラー総司令レベルの持つ情報など知れたものです。事実、スタインはあなたの追跡捕獲を進言したけれど、カレルレンに峻拒されたというくらいでしたから」

ジェサイアは吹き出した。

「そん時のあのヤローの悔しそうな顔が目に浮かぶぜ」

「あの男にしても、正式な命令がおりない以上、断念せざるを得ない」

「スタインもそこまでバカじゃないってことか」

「そこで突っ走れば彼自身の評価を落としかねなかった」

ヒュウガの視線がまっすぐジェサイアのアイスブルーの瞳にあてられた。その真剣な目に思わず背筋を伸ばす。

「ただし、それは少し前までの話です」

「俺がシェバト側に荷担したのが、バレたのか?」

身を乗り出したジェサイアに、ヒュウガはこれ見よがしに盛大な嘆息を落とした。

「あれだけ派手にやっちゃバレるに決まっているでしょう。今回の件で、ソラリスは正式にあなたを排除すべき障害物と見なした。つまり、スタインは、堂々と私怨をはらす機会を与えられたということです。これが、何を意味するかおわかりですね」

「ああ、たぶん」

「偽情報で少々混乱させておいたとはいえ、今日の夕刻までにはここに追っ手が到着するでしょう。少なくても午前中にここを発ってバントラインを拾って逃げてください。いずれにしろ、今すぐここであなたを捕らえることはぜすに、まずはラケル先輩の居所を探ろうとするでしょうね。……いえ、なんとなくですが。用心してください」

「そんな肝心なことをなぜ最初に言わん」

「言ったら言ったで落ち着いて休めないでしょう。だいたい昨日言おうが今言おうが事態は変わりませんよ」

しれっとした口調は昔のままだ。反論できない。

「おまえはそんなことを伝えるためにわざわざ俺に会いにきたのか?」

「よくわかんないな。ある人から、先輩の噂を聞いて急に懐かしくなったのは確かです」

「まさか、ある人というのはガスパールの大将か?」

「え? ええ、無事ですよ」

「そうか」

ほっとする。なぜヒュウガとガスパールが? という疑問はあるが、追求する時間もなさそうだ。とにかく無事でよかった。シェバトへの道は首の皮一枚で繋がったのかもしれない。

「それで、先輩のことだから彼の後を追おうとするだろうと推察しました。でも、追いつけなかったということは、足跡を見失って途方にくれているのは間違いないかとすぐに気がつきました」

淀みなく説明をするヒュウガにジェサイアはむっとする。

無駄ににこやかに解説してくれやがって……図星じゃねえか。

「あとは、先輩の辿るだろうルートを割り出しただけです。念のため予想よりも一日はやく待機していましたけど」

そこまでは理解した。しかし、問題は、

「にしても、俺にはお前の意図するところが読めないんだがな」

「私の言ったことの真偽を疑っているということですか?」

「そもそも、おまえが俺に有利な情報を流すという理由がわからんからんな」

「先輩はともかく、ラケル先輩にはお世話になりっぱなしでしたから、恩返しのつもりなんですが」

「その恩返しっつーのは、やめろ。気持ち悪い」

「では、『過去に交わした情に流された』というのは、理由になりませんか?」

「おまえが一々情に流されるようなタマかよ」

「結構わかりやすいと思ったんだけどな」

「では、ずばり訊くが、おまえは俺の味方か?」

ヒュウガはジェサイアに目を合わせたまましばし黙考する。

少しの間をおき、

「何をもって味方と定義するかによりますが、今のあなたの立ち位置から見れば味方とは言えないでしょうね」

「そんな味方でもないやつの言うことを信じろと?」

「では、こう考えてください。今、ここであなたをソラリスの手から逃がすということは、私の本来の任務にとって何ら障害にはならない。利用価値があるから泳がしている」

「利用されるというのは、面白くないが一番納得できるかもしれねえな。いずれにしろ迷っている時間はなさそうだ」

ジェサイアはバックに荷物を詰めていく。ヒュウガの忠告に従うのが最善なのだろう。

「先輩、ソラリスの権力構造は二重三重に入り組んでいる。教会、ゲブラー、カレルレン、元老院、そして、天帝。各々が思惑を異にしています。ソラリスはあなたの味方ではないけれど、すべてがあなたにとって叩きつぶさねばならない敵というわけではない」

「たぶん、俺の想像を遥かに超えたところに真実があるようだな」

視線をバックからヒュウガへと移せばヒュウガはジェサイアから目を逸らした。これ以上この話題を引きずって欲しくないとでも言いたげだ。計算高いくせに余裕がない。それもこいつらしさだ。

ジェサイアはヒュウガの肩を掴んだ。

「なあ、相変わらず、おまえからは一歩も動こうとせずに流されるままか?」

「そうしないと見えてこないものもありますから。それにそうしろと言ったのは先輩が……」

「ああ、そうだったな。意外と律儀なやつだ」

ジェサイアは苦笑した。確かにそんな約束をした。というか、させた。

「私はまだ何も見極めていない。だから何も決めることはできない。それだけです」

どこかで聞いた台詞だ。ジェサイアは目を細めた。

荷物を詰め終えたジェサイアは窓を見る。

「おっと、話しているうちに、明るくなってきたな」

立ち上がり窓のカーテンを開ければ、朝靄に包まれた山々が青白くにじんでいた。ジェサイアはバントラインを隠してある方角に目をやった。

「少し急いでください」

ヒュウガに促されてジェサイアは荷物を担ぎ、手を差し出した。

「元気でな」

その手をヒュウガは軽く握った。

「先輩も」

「今度会うときは、味方か? それとも敵か?」

「さあ、それは私にも見当つかない」

「また会えるか?」

「ええ、間違いなく」

「じゃあな」

片手をひらひらと振ってから背を向ける。

「あ、先輩……」

振り返るジェサイアにヒュウガはためらいがちに訊いた。

「先輩は相変わらずシェバトを?」

「ああ」

「なぜ……なぜ、それほどまで、あの国に固執するのです?」

「固執? いや、あの国に真実に近づく鍵があるのだろう。何か問題でもあるのか?」

「あの国は……」

「シェバトがどうかしたか?」

「え、いいえ、何でもありません。どうか、お気をつけて」

ヒュウガは薄く笑って頭を下げた。

草木が朝露に濡れる早朝の森。ジェサイアは胸のポケットから煙草を取り出し、火を付けた。思いっきり煙を吸って吐き出して、やっと人心地つく。

固執……か。あの生意気な後輩はそう言った。端から見ればそう見えるのか。こだわっていることは確かだ。

無意識に手を突っ込んだポケットの中で金の指輪に指先が触れた。そっと取り出し眺めてみる。

指輪の持ち主だった生死を共にした男。仲間として戦った時間は短かった。それでも、最後まで行動を共にしたのだ。もし、彼が生きていたら良い友人になれたように思う。

男は地上に降りてから、随分と長いことシェバトには戻っていないと言った。ジェサイアが知りたかった情報、マリアとゼプツェンについては何も知らないという。

本当に知らなかったのか、まだ信用されていないだけだったのかはわからなかった。

シェバトのことが知りたかったから他にも色々と質問をした。

男は困ったように笑った。

「あんたは、知らないんだよ。シェバトは、シェバトの人間はそんな清廉なものじゃない。あそこに染みついた集合意識……シェバトの人間が皆等しく胸の奥に隠し持っているものはなんだと思う?」

「さあ」

「罪……さ」

「罪?」

「女王や年寄り連中が心の奥深くに隠した罪の意識だ。五百年前にやらかしたことへの罪の意識に未だに苛まれている。皆がそれから目を逸らしている」

「五百年?」

「もちろん、今生きるシェバトの住人には関係ないことさ。集団幻想にしか過ぎない」

「もしかして、シェバトが嫌いなのか?」

「あんたがソラリスを嫌う程度にはな」

「では、何故戦う?」

「なあに、ソラリスがもっと気にくわないからだよ。それに、シェバトには妻と娘がいる。それだけさ」

「明快だな」

「戦う理由など、単純な方がいい。俺の恩人が言っていた。今まで言ってきたこともその恩人の受け売りさ。この戦争で無事生き抜くことができれば、あんたに会わせてやりたい男だよ。工作員でな、ほとんどを地上で活動している」

「なんて、名だ? その男」

「ジョシュア……。ジョシュア・ブラックだ」

ジョシュアねぇ。一応、覚えておくか。だが、今はなつかしの我が家だな。

煙草の火を消し見上げれば、鋼色のバントラインが鈍く朝の光を反射させていた。

そういえばヒュウガは返せとは言わなかった。おそらく使いどころのないギアを都合良く厄介払いができたとでも思っているのだろう。なんとなく利用されたような気がしないでもない。が、移動のための足――乗り物――と割り切れば十分役に立つ。

バントラインに飛び乗ったジェサイアはハッチを開けコックピットに座る。

それでも何年も共に戦った愛機のように身体に馴染む。このギアと自分は相性がいい。それだけでも悪くない戦利品だ。

「いくぜ、相棒。……長い付き合いになりそうだ」

すべてが、これからだった。

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