モーリス=G・ダンテック 『アルテファクト』を語る
〔2007年9月オンエア〕

101号室 (サル101)
     ラジオ、SF、モーリス=G・ダンテック

〔オンエア〕 2007年9月6日
101号室
(出演) ラウール&アリス・アブダロフ

Maurice G Dantec "Artefact" (extrait) / Salle101
le 6 Septembre, 2007
Raoul & Alice Abdaloff

【解説】
『101号室(サル101)』はパリで放送されているFM局FPP(フレカンス・パリ・プリュリエル、106.3FM)内のSF紹介番組。木曜18時から1時間。元々はスタジオ録音音源を公開していたのが現在ではパリ12区のバーで公開録音を行いそれを放送する形に変わっています。番組運営の中心はラウール・アブダロフ氏。現在は他にもアリスさん、アルフレッド君、シャルロットさん他数名がディスカッションに参加。全員が「アブダロフ」姓を名乗っていますがどうやら番組用の偽名のようです。
サル101は国内外のSF、ノワール小説や漫画、古典から新作まで多岐にわたるフィールドを扱っています。正直どの回を採録するか悩んだのですが、本サイトの性格も鑑みて今回はダンテック作品紹介を選んでみました。フランスでこの作家がどんな風に語られているのか、現地の本音・現場感覚の部分が見えてくる内容だと思います。音源は番組旧公式サイトからMP3でダウンロード可。この回はラウール氏とアリスさん二人の対談形式で、ほぼラウール氏一人語りの形で全体が進んでいきます。  
冒頭、「いまさら紹介するまでもないよね」、「ダンテックがTVで発言している内容大半は吐き気がするのだけれど」、「政治にかかわった部分には今回は立ちいらないことにします」と前置き、1年前に行われたダンテック・インタビューでの邂逅を思い出しながら、「暴言ばかりを口にしていた訳ではなく」「よく言われているような”時代錯誤のファシスト”とは全然違いました」と作家を擁護。あくまで興味深いのは彼の「作品である」という主張の元に、デビュー初期からの作家の文学キャリアを簡略に辿りなおしていきます。  

ラウール: よく知られているように、モーリス・ダンテックは当初、文学キャリアを上り始めた時点で非常に強い衝撃を与えました。もちろん『悪根』、だったよね?
アリス: そうね、実は私はあまり感心しなかっただけれど…
ラウール: まぁ僕もね、僕も…同調しようかな。実は僕も同じでした。[…]ともあれ、この後ダンテックはまったく意味不明な文章を書くようになっていきます。今思い浮かべているのは『ヴィラ・ヴォルテクス』なんだけど。

Raoul: Et il faut bien connaître que Maurice Dantec avait tapé très fort au départ, dans le début de son carrière littéraire avec, bien sûr, les Racines du Mal, hein ?
Alice: Oui, au juste je suis pas très convaincue…
Raoul: Alors je, je, je...j’enchaîne pour vous signaler que, moi non plus, en fait. [...] Mais qu’importe, et puis Maurice Dantec a ensuite pété donc un plomb, il a commencé à écrire des choses parfaitement illisibles, je pense notamment de Villa-Vortex.

 
『コスモス・インコーポレイテッド』とその続編『グランド・ジョンクション』で「SF指向」かつ「意味の通った文章で書かれた」文体に回帰と補足した後、本論の『アルテファクト』解説に展開していきます。作品を成している3つの短編のうち、まずは真ん中に収められたもっとも短い一編「アルテファクト」の紹介部分です。  

ラウール: 要約してしまうと、語られているのは記憶の一部を失ってしまった男が目を覚ますと…の話です。自分が誰なのかまったく思い出せない。色々思い出すこともあるのですが、自分のアイデンティティーは完全に失念しています。ダンテックはこれを「この男は完全に自由である」と書いているのですね。なかなか面白いのではないか、と。男は自分の過去を完全に踏み越えてしまっている。ハードディスクをフォーマットして真っ白にするようなものです。ホテル、宿、あるいは一軒家…はっきりと明記されてはいませんが、男が目を覚ました場所には菫色のスーツケースが一つ、中にはタイプライターが収められている。このタイプライターを使って男は執筆を始めます。ところがこのタイプライターは(話がややこしくなってくるのはこの辺りからです)夜、男が寝ている間に独りでに執筆を始めてしまうのですね。その日何が起こったか勝手に書き始めてしまうのです。

Raoul: Et pour vous faire le très court, ça raconte une histoire d’un homme qui se réveille frappé d’amnésie incomplète, qui ne se souvient absolument pas de qui il est. Par contre, il est… il se souvient évidemment de plein de choses, [...] mais il a perdu toute notion d’identité. Ce qui fait dire à Dantec : "cet homme est libre", ce qui est un truc assez interressant effectivement, l’homme s'est affranchi totalement son passé, on a passé, on a formaté le disque dur mais vierge [...]. Dans cet espèce d’hôtel ou loge, maison, c’est pas bien précisé, et bien, il y a une valise violette, et dans cette valise violette il y a une machine à écrire. Cette machine à écrire va lui permettre d’écrire, sauf que cette machine à écrire -c’est là que les choses se corsent un peu- vient d’être écrite tout seule, la nuit, quand le monsieur dort, ce qui lui est arrivé la journée.

 
こういった「実験的な」発想は作家と世界との関係性、作家の役割について考察していく口実になっている。ラウール氏は発想の重要さを認めながらも「個人的にはピンとこなかった」のと手厳しい評価を下しています。次いで冒頭に収められた短編「空の北へ」に展開、「似たような表現の繰り返し」に辟易したと本音を漏らしつつ、「考証が良くできており」SF型の方法論が上手く生かされている点で高い評価を与えています。最後の「王子様の世界」については主人公が悪党に「正義の制裁を喰らわす」という発想が「危なっかしいかな」とやや保留気味の言い回しとなっています。
内容全体を紹介し終えた時点で14分経過。残り2分弱でラウール氏は全体のまとめに入っていきます。「『アルテファクト』は読み手を挑発(アジテート)する作品である」と指摘、「読む価値はある?」というアリスさんの質問に対して「あるよ」と答えながらも、次のような形で新作評をまとめていきます。

ラウール: アルバン・ミシェル社から公刊されたダンテック新作『アルテファクト』ですが、個人的には失敗作ではないのかな、と。

Raoul: [...] Je pense que "Artefact : machine à écrire 1.0", le nouveau Dantec publié chez Albin Michel est, à mon sens, raté.

理由は「思弁的考察が多すぎる」から。とはいえ「それでも面白いことには変わりないよ」とフォローは忘れません。「ダンテック自身がとっつきやすい(フレカンターブル)かどうか別にして、[…]『アルテファクト』は非常に入りこみやすい(フレカンターブル)作品ですよ」が番組の結語となっています。
出版社の宣伝文を鵜呑みにし作品をべた褒めしているダンテック愛好家が多かった中で、出版直後の新作を「失敗」と言い切れる経験の蓄積が凄いのかな、と。批判のための批判ではなく、最初期から作家を追い続けてきた上で愛情のこもった発言になっている辺りも好感度高し。やはりダンテックをデビュー時から追っている批評家ユベール・アルチュス氏の論考(Rue89紙、09年7月29日)とも近い微妙な距離の取り方を感じさせるものです。
個人的にも『レッド・サイレン』以外のダンテック長編はすべて「不完全・未完成」という気がしているのですが、一方で『アルテファクト』は(作家履歴のリセットを行った)第二期ダンテックの始まりを告げる意味で重要だったという確信があります。07年秋、『アルテファクト』が放たれた時に読み手たちが震撼し、心を震わせていた一瞬の記録。その一つを日本語で紹介できて良かったかなと思います。
番組内容紹介にOKを出してくれたラウール・アブデル氏に感謝。仏語採録は時間を見つけてもう少し手を加えますね(まだ数ヶ所採れてないので)。パリに行く機会があったら番組収録に立ち合わせていただきます、是非是非。
Photo : "The Seventh Victim" / Mark Robson, 1943
] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010

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