大天使〔アカペラ小説〕

ヴェリボール・チョリッチ


〔初版〕 2008年
ガイア社 (ボワセック)


Archanges (roman a capella) / Velibor Colic (Čolić)
-Boissec : Gaïa Editions.
-156p. -13×19cm. -2008.


   

 鷲をあしらった金と黒の旗が揺れている。ある晴れた冬の朝、静かな田舎村に軍隊がやってきた。略奪と殺戮の開始。軍を率いていた3人組は一軒家に入りこんでいく。主人のアブダラーは妻と共に射殺される。13才の少女センカは錆びた銅線で口を縫われ、強姦され、耳を殺ぎ落とされる。少女の血は驚くほど黒かった。窓の外で小さな田舎村は燃え上がり始めていた。

 敗戦後、3人組はそれぞれの運命を辿っていく。「総理」ことヴラッドは目を閉じで回想を始める。隣には巨犬コーレンがいた。首輪は人の眼を数珠繋ぎにしたものだった。男はこの犬と共に殺戮を繰り返してきた。戦争末期に被爆、両手両足を失った「丸太」として小さな病室で生き長らえる。戦争犯罪人と化し、毎晩やってくる天使を相手に孤独と恐怖感を紛らわせている。

 ヴラッドの「息子」はリンツ=ザグレブの列車内で果てていた。ビールの飲みすぎでトイレに入った瞬間、後ろからやってきた男に押し倒され、喉元をナイフで掻き切られていた。

 「元大佐」エスドラスはニースに流れ着く。市民公園のベンチで寝泊りし他のホームレスから「ロシアジン」と呼ばれていた。歯は抜け落ち、肌一面にヘルペスが浮き上がっていた。半ば錯乱した意識の中で自分は猿だと思い始める。ある月夜、別な錯乱の途上、男の元に亡霊少女センカがやってくる…

 ボスニア亡命小説家チョリッチが初めてフランス語で書き上げた仏作家デビュー長編。人の腕が切り落とされると肩から刺青の蝶が舞い上がったりします。死にかけの男を訪れた天使の胸には塞がっていない銃痕が二つあったりします。ボルヘスとカフカ、さらに『ガルガンチュア』まで練りこんだ驚くべき質感と言えるでしょうか。

 01年の『マザー・ファンカー』仏訳がセルパン・ノワールから出ていたように、チョリッチはどこかで現在の「黒」と結びついている作家です。幻視綺想色が濃いため純粋なロマン・ノワールとは呼べませんが、20世紀型の「死」を抱えこんでしまったこの作家のリアルは果てしなく黒く、深いのです。


Photo : "The Doorway To Hell" / Archie Mayo, 1930
] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010

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