アネステジア
〔2009年〕

アントワーヌ・シェナス著
     臨死体験、ゾンビ、シリアルキラー、人種差別、薬物禍
アフリカ魔術、SM、フリークス

ガリマール社 (パリ)
叢書 セリ・ノワール

Anaisthêsia / Antoine Chainas
-Paris : Editions Gallimard. -(Série Noire).
-308p. 15.5 × 22.5cm. -2009.

【あらすじ】
 黒人居住地域に程近い一角でビジネスマンの遺体が発見された。死体に置かれていた一つの指輪。年間500件の殺害事件が発生している街で取り立てて気にする者はいなかった。第二、第三の事件発生でようやくメディアが騒ぎ始める。「指輪の殺人者」。幾つかの証言が子供、あるいは小人を連れた若い女を描き出していた。  
 事件捜査に当たっているのはSPCU(都市部コミュニティー警察)殺人64課だった。交通事故によって離職していたデジレ・サンピエールが復職し、仕事場に異様な緊張が漂っている。アフリカ系移民の子供がこの職場にいるのを嫌がっている連中もいたが…それだけの話ではなかった。事故、臨死体験を経たデジレが「変わった」のは誰の目にも明らかだった。男の空気に漂う死者特有の腐敗感。触るだけ、喋るだけ、同じ部屋にいるだけで魂を抜かれてしまいそうだった。  
 「指輪の殺人者」が出没している乱交パーティーの情報をキャッチした。《ディオニュソスの饗宴》。デジレを含む殺人課の警官数名が現場に潜入。通路奥の個室にその「女」がいた。一見ありふれた顔立ち、よく見ると鼻に整形の跡があった。子供の頃、父親に21口径で鼻梁を吹き飛ばされたそうである。告白により女を逮捕。だがこの逮捕劇そのものが仕組まれた罠だった。ありえない素早さで動く「小人」が署を急襲、保護されていた目撃者を殺害後、容疑者を連れて姿を消してしまう…  

【引用】
 「お前さんが死とやったって噂だよ。金輪際痛みは感じないってな。本当か?」
 「…試してみるか?」
 

【講評】
 前作『ヴァーサス』で仏ノワール界を震撼させたシェナスの第3長編。主軸は連続殺人鬼をめぐるシンプルな鬼ごっこですが、デジレと同僚警官の関わった麻薬売買事件の顛末、主人公そのものを消してしまおうとする裏の動き、さらにデジレを取巻く人間関係(コカイン中毒の元娼婦ラシェル他)が複雑に絡みあった立体的な構成です。  
 本作を特徴付けているのが氷のように醒めた臨床的な筆致。柔らかくなり始めた遺体の肌に指をそっと押しつけた時の感覚をそのまま文章化した感じ。ニア・デス・エクスペリエンスを経た(元)死者の視点から「畸」と「異」に満ちた世界を描き出そうとし、かなりの精度・強度で成功しています。生々しい3Dのゾンビを撃ち殺すのも飽きてしまった、死のグロテスクの彼岸を見てみたい。贅沢で不謹慎、倒錯した紳士淑女諸氏にとって良い試金石となりそうです。  

【最終更新】 2009-05-18
Photo : "Brute Force" / Jules Dassin, 1947
] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010

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