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「フローリングの2DK。エレベーター付マンションの出来れば最上階で…」。賃貸物件を探しに不動産屋を訪れた一青年。コンサルタントのジャン・マルクが立ち上がり客を事務所に案内していく。経歴、職業を一目で判断。「25〜28才。地方育ち。大手企業勤務…」。ドンピシャリ、大手銀行で働いているそうである。おまけに青年は「お仲間」だった。ジャン・マルクは最上級の微笑を浮かべ、鍵束を手に立ち上がる。空っぽの部屋、熱い抱擁にクスクス笑い、二人で『ラスト・タンゴ・イン・パリ』ごっこと洒落てみる。翌日、「ジャン・マルク・ステヴナン氏(40)がマンションベランダから転落死」の記事がパリジャン紙の一面を飾った。 |
ジャン・マルクの死はパリのゲイ・サークルの間に少なからぬ波紋を引き起こす。浮かぬ顔をしているのは航空会社で男性添乗員として勤務しているグザヴィエだった。青年の手には数通の匿名手紙。「数千数万本のペニス、そのうちお前をリセットして零に戻してやる」。ジャン・マルクの死はこの脅迫状と関係があるのだろうか?パリ=モスクワ線での仕事を終え、自宅に戻ると部屋が荒されていた。パニックに襲われ、駐車場まで降りていくと誰かがグザヴィエを待ち構えている。以前たしなんだ武術のトレーニングが役に立った。九死に一生を得た青年は恋人の一人オマールに連絡を入れた。 |
グザヴィエ/オマールの二人組は独自調査を開始。幾つか思い当たるふしがあった。グザヴィエが小遣い稼ぎに繰り返している贋造カルティエ密輸を快く思っていない者がいる。束の間の情事の後で見捨てられた老教師は嫉妬と絶望に打ちひしがれている。以前ネナナチ・グループに絡まれていたホモ青年を見捨てたこともあった。一つ一つ可能性を潰していく。殺し屋に追われ、警察に頼ることもできない八方塞がりの状況、その中でもう一人の友人が殺されたという情報が流れ始めた… |
ヘテロな価値基準の中にゲイが紛れこんでいるのではなく、事物描写から人物の感性・立振舞いに至るまで全てホモセクシャルな世界(ゲイ・スタンダード)の内側で事件が発生、その解決までが語られています。男性の描き分けが巧みで各人の繊細な個人史がきちんとミステリーの筋に結びついている辺りに舌を巻きました。惜しむらくは最後、落とし所のツメの甘さが玉に瑕となっています。 |
元々は02年に発表された小説。97年に傑作『人を喰らう』を残した作家エマニュエル・メナール(この人もゲイです)が立ち上げた出版社シリブリスで公刊されたもの。当時シリブリスについて調べたことはあったのですが本作は完全に見落としていました。今後10年の間に「ボーイズラブ系フレンチ携帯ノワール小説の傑作」が出てきても不思議ではないはずですので、その時になって慌てないよう今から心の準備をしておきましょうか。 |
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