一日エロ東方

 

二〇〇九年 三月二十八日
(風神録・河城にとり)

 


『第三回! 河城にとり大展覧会』

 

 

 東風谷早苗は、妖怪の山の麓に佇んでいた。
 彼女はその手に折り畳まれた新聞を握り締めている。
 文々。新聞が声高に訴える幻想郷の食糧危機(鳥肉的な意味で)、その片隅に記載されている広告には、『第三回!河城にとり大展覧会』とある。好評につき、と注釈がついているわりに、一体どんな出し物があるのかは明記されていない。
 どうせこの時期は暇なんだから行って来なさいよ、と神奈子に送り出されたはいいものの、わかっているのは場所と主催者のみ。あとは、何か展示されているものを見たり聞いたりするくらいか。
 早苗は、もう一度新聞の広告欄を開いた。
「多くのご来場、お待ちしております……だって」
 そうは言うものの、会場とされている場所に十分ほど佇んでいるのだが、人っ子ひとり来やしない。無論、麓といえども妖怪の山なのだから、何の心得もない人間がおいそれと立ち入れる場所ではないだろうが、それにしても。
 目の前には、見上げるほどに高い大滝が轟々と水飛沫を飛ばしている。会場は、ここになっているはずなのだが、振り向けども、振り仰げども、人の姿も妖の影もありはしない。
 謀れたとは考えにくいが、そも妖がそれほど厳密に時間を守るとも思えない。まして、どういった類のものが展示されるかもわからない展覧会であることだし――。
「おや」
 早くも諦観が滲み始めていた早苗の表情に、一筋の光明が差す。聞き覚えのある、人懐っこい声に振り返ると、そこには展覧会主催者と目されている河城にとりの姿があった。いつも重たそうに背負っていたリュックも、蒲の穂も持ち歩いていないようだ。さすがに、主催者ともなるといろいろ動く必要があるということだろう。
「もしかして、展覧会の?」
「えぇ、時間通りに来たのはいいんですが、どうにも手持ち無沙汰で……」
 苦笑する。
 対するにとりは、どことなく気まずそうな早苗の心情など知る由もなく、展覧会の来客だと知るとにぱーっと明るい笑みを浮かべた。そんな嬉しそうな顔をされると、早苗も「もうそろそろ帰るつもりでした」とも言えなくなる。
「だね。人間と違って、ここいらの妖怪は予定なんて平気でぶっちぎるからさ、あんまり時間は当てにならないのさ。でも、展覧会はちゃんとやってるよ。……よし、これも何かの縁だ、今回は私が直々にご案内してあげよう」
 任せなさい、と言わんばかりに胸を叩く。
 折角のやる気を殺ぐわけにもいかないと、早苗は傾きかけた帰路への誘惑を断ち切る。興味がなければ嘘になるし、どうせ帰っても境内の掃き掃除くらいしかすることはないのだ。あるいは、神社にふらりとやってきた妖怪たちと親交を深めたりも出来るだろうが、それを言うなら、この場でにとりと一緒に展覧会を見て回った方がよっぽど縁を深められる。早苗はそう考えた。
 鼻息も荒く、滝の裏側に回ろうとするにとりの後ろに付く。
 若干、飛沫が強すぎて濡れるだろうかとも思ったが、何らかの防御結界が敷かれているのか、不思議と飛沫が降りかかることはなかった。滝の裏側にはお誂え向きに深い洞窟があり、多少薄暗くはあるけれど、ヒカリゴケやらに着色料を足したような色合いの照明がそこかしこに配置されていて、視界そのものは決して悪くない。
「広いんですねえ、意外と」
「そうだよー。暇なときは、みんなしてここで宴会したりもするんだよ。機会があったら参加してみてね、度数は保証しないけど」
 妖怪の酒好きは異常である。こと天狗と来れば、鬼と並んで酒好きと知られている。日本古来の力ある妖怪は、神々を含めて酒と切っても切れない関係にあるのだ。
 大滝が奏でる轟音から徐々に遠ざかり、照明の色合いも少しずつ赤みを帯び始める。
 洞窟の奥からは、ふたりの足音以外にも誰かの話し声が混じるようになり、数人の気配も感じられる。大盛況というほど混雑しているわけではないにしろ、売れているのかどうなのか判然としない新聞の隅っこの広告にしては、なかなかの宣伝効果であったと推察される。
 地面にもそれなりに厚いカーペットが敷かれ、ベージュの壁紙が薄い照明を最大限に際立たせている。あちこちにテーブルが配置され、乱雑のようでいて細かな計算がされているようにも見える。全体的にスペースは広く取られており、展示品を眺めている客、展示品の説明を行っている妖、漫然と見て回る客、彼女たちが悠々とそれぞれの楽しみ方を満喫出来るように配慮されている。
 にとりは、会場の入り口まで辿り着くと、立ち止まり、仰々しく挨拶をしてみせる。
「いらっしゃい! 河城にとり大展覧会へ!」
 両手を広げて、自分の城を自慢げに公開する。
 早苗は、どこに焦点を合わせるべきか、借りてきた猫のようにあちらこちらに目を泳がせていた。
「……えーと、……」
 言葉に詰まる。
 視線を彷徨わせれば彷徨わせるほど、展示品が目に入る頻度は高くなる。そのたびに頬は火照り、目線を外せばまた別の展示品が視界に滑り込む。いたちごっこ、堂々巡り、悪循環、デフレスパイラルハリケーン……。早苗も自分が何を考えているのかよくわからなくなってきた。
 口当たりの良い表現をするなら、桃色空間。人によってはパラダイスとも言えるだろう。だが馴染みがない者にとっては未知の時空である。硬直してしまうのも無理はない。
 にとりはそんな早苗の困惑など知る由もなく、どうだいと言わんばかりににこやかな笑みを浮かべている。羨ましい。この桃色空間において、そんな屈託のない笑みをこぼせる妖怪が心底羨ましいと早苗は思った。
「……あう、あう」
 言葉にならない。
 好い加減、目を逸らすのも辛くなってきた。しかし前を見据えるのもしんどい。現実を直視することのなんと難しいことか。それでも前を見なければならない己の業を嘆き、早苗はとりあえず眼前のテーブルに置かれている『それ』に目を留めた。

 言い方を選べば、大人の玩具。
 ぶっちゃけると性具である。

 どうしようどうしよう。
 早苗の精神はパニックを引き起こしていた。瞳はたとえるならナルトを絵に描いたようなぐるぐる巻きであり、指と指を絡ませ合うさまは懇意の少年に想いを伝えられずにいる生娘と称するに相応しい。
 だが現実におけるナルトは渦潮のごとくそれを飲み込む鳴門海峡であり、想い人の少年もズボンを下ろして第二次性徴の成れの果てを熱い滾りと共に少女へ体当たりすることも厭わない。過酷である。残酷である。
「……ぁぅぁぅ」
 声を発することも躊躇われる。
 にとりは何故か誇らしげに眼下の張り型を指差し、あれこれと説明している。早苗は半分くらい聞こえていなかったが、半分くらいは聞いていた。
「ねー、これでっかいでしょ? 仲間うちでも入るのか入んないのかって話題になってたんだけど、結論からいって『入るか入らないかじゃない、入れるという心意気』てなところに落ち着いたみたい」
 何の話だ。
「もうちょっとやわこい素材もあるんだけどね、これは熟練者用かな」
 にとりは木製の張り型をこんこんと突付き、ちょうど雁首にあたる箇所を指でなぞる。
「早苗は、どういうのを使ってるの?」
「え」
 聞きますかそれを。
「えー……、と、いや、ちょっとこれは大きすぎるんじゃ、ないか、と……」
 ごにょごにょ。
 指をもじもじさせてぼそぼそと喋る早苗は、既に発火寸前であった。何を隠そう、早苗は花も恥らう乙女であるから、あれこれをそういうことする状況になったことは未だにないわけである。
 確かに、なんというか、下の方に指先を伸ばしたりしたことがないとは言い切れないが、いくらなんでも子どもの腕くらいある張り型はレベルが高すぎる。失笑クラスである。目を逸らそうにも視覚的な暴力及び知的好奇心は早苗の心を捉えて離さない。
 別に興味があるとかそういうわけではなくて、いや全くないかと言われればそんなこともないのだけれども。もごもご。
「はは、そうだよね。妖怪でも無理あるっていうんだ、ましてや人間なんだから無理もない。ただ無闇にでかいだけが逸物じゃないってのは、まあ、極論かもしれないけど真実だと思うよ」
 次行こうか、とにとりは先を促す。次のテーブルに移動するにとりの後ろで、早苗がおそるおそる張り型の表面に触れる。硬い。心なしか、どこか粘着的な手触りがする。どこの誰かも知れない体液の触感を思い、背筋に冷たい水が滴り落ちるのを感じる。
「早苗ー?」
 びくッ! と弾かれるように指先を離し、何食わぬ顔でぎくしゃくとにとりの後に続く。明らかに様子がおかしい早苗を見て、にとりが冗談混じりに提案する。
「使う?」
 ぶんぶん首を振る。もげそうな勢いで。
 なんとなく事情が飲み込めたらしいにとりは、それでも次の性具の説明に入る。今度は性具を顔の位置まで持ち上げて、早苗にもよく見えるように解説する。
「これはローター。原型は向こうの世界から流れて来たものなんだけど、似たようなのはこっちにもあったんだよ。張り型は挿入中心だけど、ローターは豆っこの刺激中心だから、用途によって道具が変わる。でかいだけじゃ全ての需要を賄うことはできないってことさね」
 ちなみに、震動は水力らしい。どっちにしろ濡れるから多少水が飛び散っても問題ないのだそうだ。
 段々と高度な話になって来たので、早苗は考えるのをやめてはいはい頷くだけの人形になろうかとも思ったが、展覧会という環境が彼女に安易な逃避を許さなかった。残念ながら。
「……、ぁ、くぅん……、ん、はッ」
 どこからともなく、押し殺したような声が漏れ聞こえてくる。
 声の主を何とか捜し当てようとして、『試着室』のプレートが見えたあたりで考えるのをやめた。
 試着室て。
「……えーと……」
 目が泳ぎまくった結果、ローターを全開で震わせているにとりと目が合った。
 流石は水を操る程度の能力。
「こう、ムラムラするひともいるんだよね。だから試着室」
 ご丁寧に解説されました。
 涙が出る。
「あぁぁぁんッ!」
 あっちはあっちで昇天したらしい。おめでとう。
 それからローター近付けるのやめてくださいにとりさん。
「あは、楽しいねー」
「……帰りたい……」
 心底そう思う。もうやだ。頭が熱くて火を噴きそうだ。心臓は早鐘を打ち、手のひらは異常なほど汗を掻いている。この瞬間ほど、自分が初心者であることを呪ったことはない。が、熟練者であることが必ずしも素晴らしいことではないと、初見の張り型を思い出して結論付ける。
 続けざまに、にとりはボールギャグやら低温ロウソクやら麻縄やらの説明を施す。主催としての親切心と、妖怪としての嗜虐心が上手い具合にブレンドされて、山に越して間もない新人をここぞとばかりに責め倒す。耳を塞ぐのも踵を返すのも、風祝のちっぽけなプライドと羞恥心がそれを許さない。
 ボールギャグを仕掛けようとするにとりの手から逃れ、助けを求めるように視線を泳がせても、どこぞで見たことのある巫女と魔法使いが烏天狗にセクハラ問答を受けている真っ最中だったりした。
 もうだめだ。
「このローション、水を一滴落とすだけでそりゃあもうぬるぬるべとべとの長持ち仕様だよ。きゅうりとかに最適だね」
 普通に食べろ。
「あの、すみません、急用を思い出したので、即座に帰ります」
 己の限界を感じた早苗は、愉しそうに話し続けるにとりの解説を遮り、ぺこりと頭を下げる。一方、にとりは不満げに唇を尖らせる。明らかに信じていない。疑われるのも無理はない状況なので、早苗もそんなにすんなりと話が進むとは思っていなかったが。
「えー、そうなの? ほんとに?」
「ほんとにほんとです。だからボールギャグ近付けるやめてください」
 どうしてもその絵面が見たいのか、中腰の体勢でボールギャグを構えるにとり。早苗は迎撃も辞さない構えで臨み、周囲に警戒の目を飛ばしながらじりじりと後退する。
「でも、試着室空いてるし」
「お気持ちだけで胸がいっぱいです」
 ちなみに、試着室から出てきた人物にも心当たりがあったのだが、お互いの幸せのために緑の髪は見なかったことにした。いろいろとストレスが溜まることもあるのだろう、よくわかる。
「あ、ローションこぼしちゃった」
 わざとらしい動きと共にローションが散布され、おまけにどこからともなく水滴が落ち、たちまちぬるぬるべたべた空間が形成される。
 だが早苗はこれを読んでいた。
「甘い……!」
 飛翔。天高く舞い上がり、勝利の笑み。
 そして低い天井に頭を打つ。
「うぎゃぅッ!?」
 意識が遠のく。まぶたの裏に星が明滅する。
「……ぷぷ」
 にとりは笑っていた。
 屈辱的な響きに何とか意識を取り戻し、その勢いで展覧会から離脱する。
 会場は、にとりがばらまいたローションによりてんやわんやの大惨事に陥っていたが、笑いが絶えないところを見るとそこそこ楽しい感じに収まったらしい。尽きることのない爆笑を背中に聞き、早苗は後頭部を押さえながら低い洞窟を滑空する。
「いたたた……」
 全く、ドジを踏んだ。
 天井に頭をぶつけたこともそうだし、展覧会における辱めもそう。元はといえば神奈子から勧められるままに展覧会に赴いた自分にも非があるのだが、神奈子も早苗自身もまさか山の性具祭りだなんて夢にも思っていなかった。
 大滝の轟音が懐かしく、洞窟の入り口でしばらくその音に聞き入る。飛沫が頬にかかれば、この熱も綺麗さっぱり冷めてくれるのだろうけど、それは洞窟から出た後に取っておこう。
 まぶたを閉じれば会場の展示物がよぎるから、なるべく瞬きはせずに洞窟を出る。
 速度を上げれば頬を切る風も冷たさを増し、空から降り注ぐ日差しの強さも感じない。このまま天高くどこまでも飛んで行けたらと、逃避じみたことを考えながら、早苗は守矢神社までの帰路を急いだ。

 

 ただいま帰りました、と報告しても、社務所の中には誰の気配もない。
 早苗が今日出かけることは二柱とも知っているから、それぞれどこかに出かけたのだろう。深く考えず、早苗は軽く頬を叩きながら自分の部屋に戻る。歩くたびにみしみしと軋む廊下がいやに懐かしい。
 ここに来て、ようやく身体を取り巻いていた熱も冷めた。部屋の扉を閉め、何もする気が起きずに床に座り込む。嘆息し、額を撫でる。
「はあ……、……ん?」
 そこで、ポケットに不確かな違和感があることに気付く。
 ゴミでも突っ込んだかなとポケットをまさぐり、いやに硬い感触であることに首を傾げながら、造作もなくそれを抜き取る。
「……」
 と同時に、手を離して床に落とす。
 からからと軽い音を立てて、どこかに水が入っていたのか、雨に濡れそぼった犬が身体を震わせて水滴を飛ばすように、その身をぶるぶると小刻みに震わせた。
 ローターである。
 いつの間にか早苗のポケットに滑り込んだのか、はたまたこれもにとりの陰謀か。
 いずれにしても、守矢神社にローターは降臨した。
 降臨してしまった。
「……、……え?」
 早苗は、自分の体温が0.3度上昇するのを確かに感じた。

 

 

 

 



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2009年3月28日 藤村流

 



 

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