一日エロ東方

 

二〇〇八年 五月十三日
(風神録・秋穣子)

 


『芋と情緒と女心と秋の空』

 

 

 収穫祭がある。
 実りの神さまであるところの秋穣子は、人間たちの収穫祭に主賓として招かれることが多い。それらしき使者が穣子のもとに訪れ、これこれこういう日取りで収穫祭が行われるので、もしよろしければ穣子様も是非ご参加くださいという申し出を受け、穣子は密かに心を躍らせながら里に向かうのである。
 いつもなら、静葉が私も連れて行けーとごねるイベントが強制的に発生するのだが(そして穣子はそれを一蹴するのだが)、舞い散る紅葉に見惚れて呆然と座りこんでいる静葉から、穣子の前に立ちはだかることができるような生気は感じられなかった。とりあえず、姉のほっぺたに河城式油性ペンで厄っぽいぐるぐるを描き、余裕を持って出発した。
 穣子が里の外れにある会場に足を踏み入れる頃には、既に宴もたけなわである場合が多い。そこに、秋の神様をお招きしてうんぬん、有り難いお言葉をうんぬんという堅苦しい概念は存在しない。どんちゃん騒ぎに神が混じっても、気負わずに楽しめるくらいの雰囲気が漂っている。やはり神という存在は意識しながらも、下手に媚びへつらいご機嫌を伺うような真似をする者はいない。
 それは、神にとっても非常に心地よい空間だった。
「あー、おちつくわー」
 適当に設けられた席に腰を落ち着け、穣子は供えられた作物をあれこれと啄ばんでいた。たまに旬でない食べ物まで供えられているのが気にかかるが、まあ細かいことは気にすまい。口に含んだブドウの甘みを感じながら、真昼間から飲み比べになど興じている人々の乱痴気騒ぎを傍観する。神様という立場から、あるいは乙女という自我から、進んでその場に参加することはないけれど、見ている分には十分に楽しい。お酒は好きだけれど、少なからず乱れた姿を見られるのは好ましくない。信仰に関わる。まあ、人間と飲み比べたところで、酔い潰れることはないのだけど。
「穣子様も、如何ですか」
「ん……今日はいいかな」
 促されても、席から離れはしない。穣子の席は一般の席と変わらない高さにあり、誰でも気軽に穣子と接することができる。里に最も近い神様と呼ばれることは、素直に嬉しい。強いばかりが、敬われるばかりが神様ではないのだ。
 穣子を酒宴に促した男も、よっこらせと穣子の隣に座る。特に囲いやら絨毯やら特別な仕切りがされてあるわけではないから、人一人が混じれば神の神々しさなど簡単に透過する。けれども近しさと馴れ馴れしさは異なるもので、男も、穣子をちゃんと秋の神様として見ている。そこに明確な違いを見出すことは困難だし、そもそも言葉にはできない感覚かもしれない。
 でも、確かに違うのだ。
 冷たくはなく、厳しくはない程度の、差異が。
 眼下にうごめく民衆を見下ろすような、絶望的な段差ではなく。
「飲みませんか」
 酒宴に飛び込むのは気が引けるから、隣り合って、一対一で飲むことを勧める。その心遣いが、少し嬉しい。
「じゃ、頂こうかな」
「どうぞ」
 徳利を傾け、杯に注ぐ。ちょうどいい波紋が水面に広がり、空の太陽が光を満たす。
 のどかさに酔い痴れる。
「ん、ぅ……」
 喉が浅く焼き焦がれるような、酩酊の呪いが胸元まで染み渡る。毒か薬か、その定義は飲む人によって多種多様に移り変わるだろうけれど、少なくとも、穣子にすればそれは間違いなく薬の一種だった。
「はぁ……」
 恍惚の吐息を漏らす。それを見て、男も微笑む。

 ぶほぉ。

「……」
「…………」
 無言。無言である。
 宴の喧騒に掻き消されるはずの異音はしかし、絶妙に音階の間隙を縫い、その気の抜けた音を広場全域に知らしめた。故に、無言である。
「……穣子様」
「……や、やぁねぇ」
 男は穣子を見る。穣子は隣の男を睨んでいる。
 言うな。言うなよ。絶対に言うなよ。
 唇を噛み切らんばかりの悲愴な表情から、穣子の羞恥が見て取れる。男は頷き、爽やかな笑みを浮かべたまま口を開いた。
「皆の衆!」
 ざわ、と周囲の視線が一斉に穣子に注がれる。
 ……超絶嫌な予感がした。

「穣子様が放屁なされたぞぉぉぉ!」

 よし埋めよう。
「いたいいたいです穣子様」
「ああぁぁもおぉぉなんで言っちゃうのかなあぁぁ!」
 裸足で容赦なく蹴りをくわえながら、一般民衆の反応を窺う。と、理由は知らないが(理解したくもないが)、何故だが異様な盛り上がりを見せているご様子。さながら地面の下に棲んでいる大ナマズが地震を起こしたような、ドドドドドじみたうねりが彼らを取り巻いていた。
 やだもう泣きたい。
 蹴り疲れ、顔を真っ赤にして頭を抱えていると、何やら肩を叩かれた。見上げれば、あの男がにこやかに微笑んでいるではないか。死ね。
「死んで……」
「いやいや、穣子様。皆も喜んでおります」
「いや意味わかんないし……」
 蹴られすぎて頭がおかしくなったのだろうか。いや、それ以前に、乙女がおならしたことを大声で発表するなんて真似する人間が、正気であるわけがない。そうに違いない。
 尚も男は語る。
「彼の幻想郷縁起には、こう記されております。――豊穣の神、秋穣子が収穫祭において放屁した翌年には、例年に勝る豊作が約束される――と」
 されねえよ。
 ていうか誰だよそれ書いたの。公然に放屁とか書くなよ。ばかじゃないかもう。
「もうやだ……みんな死んじゃえばいいのに……」
「皆の衆、祝杯じゃああぁぁぁ!」
 なんだこの流れ。盛り上がるなよ。怖いよ。
 穣子はただ黙りこくって膝を抱えそして頭を抱え、供えられた芋を素直に食べてしまったことを心から後悔した。あるからと言って、好きだからと言って食べなければならないということではないのだ。場を読む力、先を読む力、これからの幻想郷には空気の読める人材が必要である。そう、たとえば、周りにおならをした人がいるからといって、こいつおならしたぞ! と槍玉に挙げられることのないような――そんな、ささやかだけど、平和な世界――穣子が求めていたのは、ただそれだけの平穏だったのに。
「穣子様!」
 まだいたのかこいつ。
「なに……どうせ、どうせ私はおならしましたよ……でもみんなだってするじゃん……? 女の子も、みんなするもん……幻想抱かないでよ……幻想郷だからって……」
「大丈夫です、匂いはほとんどありませんでしたから!」
 フォローになってねえ。
「それはそうと、わたくし、このご報告を里の皆々様にもお伝えせねばなりませぬ」
「あぁ、そう…………、ぇ」
「それでは!」
 あくまで爽やかに走り出そうとする男の背中を、穣子は今後こそ殺すつもりで蹴り抜いた。
 ぐほぁ、と転げ回りながら吹き飛ばされる男に、祝杯をあげていた人々が釘付けになる。しかし穣子は周囲の視線など意に介することなく、男の襟首を強引に掴みあげた。
「あんたねえぇぇ!」
「な、何かご不満な点でも」
「ご不満じゃない点をあげつらねる方が難しいわ!」
 がくがくと首を揺すり、どこまでも乙女心を解さない男へ折檻を続ける。
「く、くるしいです、穣子様」
「私の方がよっぽど苦しいわぁぁ! あんたがもし里のみんなにそのこと言い触らしたりなんかしたら、わたしゃもう生きていけないわよ! 恥ずかしくて!」
「ど、どうしてですか……喜ばしいことじゃないですか」
「全ッ然喜ばしくない!」
「な、何故……穣子様は、里が飢饉に見舞われてもよいと?」
「あぁそうね、あんたみたいな場の雰囲気を解さない人間が量産されるくらいなら、いっそのこと滅亡した方がいいかもしれないわね里」
 完全にやさぐれた穣子は、苦笑し、世間を鼻で嘲笑う。
「しかし……」
「しかしも案山子もない! 言い触らすな! そして戒厳令を敷け! あんたお偉いさんでしょ、それくらいできるわよね!? いやできなくてもいいからやれ! とにかくやれ!」
 首が引っこ抜けるくらいがくがくと揺さぶり、穣子は男を脅迫する。もはや神の威厳など欠けらもなく、そこにいるのは、赤っ恥を掻いて体裁を取り繕うのに必死な初々しい乙女でしかなかった。
「困りましたね……」
「困らない」
「喜ばしいことなのに……」
「喜ばしくない」
「穣子様は、何がご不満なのですか?」
「わかれ」
 ちっともわかっていない様子で首を傾げている男に、どうすればわからせることができるのだろう。このまま男が生き続ければ、第二、第三の犠牲者が必ず出てくることになる。それは由々しき問題である、というより、穣子がおならして喜んでいる収穫祭の参加者も同罪じゃないか。それとも、神様だから、神様が放った屁はむしろ神聖なものであるという解釈なのだろうか。神聖と言わずとも、きっと何か意味がある行為なんじゃなかろうかと、人間は邪推しているのではないのか。なるほど。
 ていうかおならに大した意味なんかねえよ。あほか。
 真面目に考えて損した。
「もういいから、あんたは今起こったことを歴史から消し去って、そしてあんたも消えろ」
「何故私が」
「わかれ」
 真剣に、瞳の奥底まで睨みつけて、言う。
「うーん……」
 なかなか首を縦に振らない男に業を煮やし、穣子は意を決して男を物陰に連れこもうとする。男もきょとんとしていて抵抗すらしない。
 なんだなんだとわらわら着いて来ようとする男たちを視線のみで制し、穣子は参加者に「私が帰って来るまで絶対にここを出るな。禁を破った者は蹴り潰す」と言い残し、薄暗い雑木林の中に消えて行った。

 

 

 周囲に人影のない場所まで来ると、穣子は事の成り行きを把握していない男をまずしっかりと起立させた。
「これから何をするのか、わかってる?」
「さあ……」
 本当にピンと来ない様子で首を傾げるものだから、穣子も怒る気も失せてしまった。朴念仁もいいところである。そんな男に口止め料を支払ったところで、果たして効果があるのやら。不安極まりないが、手をこまねいて見ているよりは遥かにマシだ。
 意を決する。
「ッたく、しょうがないわね……。んとに、もう!」
 ぷりぷりしながら、男の下半身を手のひらで叩く。びくッ! と突然の衝撃に腰を引く男に対し、穣子は打ちつけた自分の手のひらをまじまじと見つめている。
「……あんた、もうガッチガチじゃない! 意味わかんないとか言っときながら!」
「申し訳御座いません……」
「いや、まあ、いいんだけど……誘ったの、こっちだしさ……」
「いけないとは思いながら、穣子様の生足でぼこぼこに蹴り尽くされる興奮に耐えきれず……」
「そっちかよ」
 穣子はげっそりした。
 朴念仁でありながら生粋の変態でもある男が、それなりの地位にいることにも驚きを禁じ得ない。大丈夫か里は。
 何やら羞恥に蝕まれているらしい男は、ちらちらと穣子を表情を窺っている。やれやれ、と穣子は肩を竦め、「仕方ないわねえ」と嘆息した。
 前屈みになっている男に歩み寄り、そっと身体を添わせる。ふッ、と耳たぶに息を吹きかけ、隙を見せた瞬間に男の股間へ指を伸ばす。そこはやはり布越しでもわかるくらい雄々しく屹立しており、秋の寒風にも負けない熱を帯びている。
「ッたく……男ってのは、どうしてこうも貪欲なのかしら」
「申し訳御座いません……」
「まあ、いいんだけど……そこに付けこんじゃう私も私だから」
 言って、淡く微笑む。
 円を描くように雄の象徴を撫で回し、その感触を確かめる。男の鼻息も次第に荒くなり、穣子に送る視線もひどく熱い。その熱っぽい眼差しを柔らかく受け止め、穣子は男の下袴に指を掛け、もったいぶるようにゆっくりとずり下げていく。
 不自然に盛り上がった部分を過ぎると、男の逸物が絶妙のタイミングで穣子の眼前に出現する。バネ仕掛けのようにびぃんと跳ねて現れた赤黒い棒に、穣子は一瞬、我を失った。
「……ほー」
 そして変な声が出た。
「み、穣子様……」
「……あ、いや、ごめん。あんまり久しぶりなもんだから、なんだこれって思っちゃった。はは」
 笑い、男の肉棒を前に、ひざまずく。
 吹きかかる吐息に男は身悶え、期待に満ちた目で穣子を見下ろす。穣子は甘んじてその期待に応え、おろし立ての筆を握るような仕草で逸物を包みこんだ。
 早くも男が苦しげに呻き、しょうがないわねえと穣子は微苦笑した。
「じゃ、いくよ……。かぷ」
 噛んだ。
「ぎゃあぁー!」
「うはは、さんざん赤っ恥掻かされた仕返しだぼけー」
 意地悪く呟き、苦悶する男の逸物を擦る。それは決して先程のような復讐の意味でなく、ただ純粋に、男を快楽に導くための行為に過ぎなかった。
 浅く噛み跡が残っている箇所を、まだ短い舌の先で舐める。それなりに時間の経過した肉棒はやはりどこか汗臭く、どう言い繕おうと逃れようのない性行為であることを強く実感させた。
「ぺろ……んぅ、やっぱり、あっついね……火傷しそう」
 染み付いた汗を舐め取り、換わりに潤滑液としての唾液を付着させる。ぴちゃぴちゃと卑猥な水音が雑木林に響きわたり、男は不意に周囲を見渡した。
「……不安? 誰かが見てるんじゃないかって」
「いえ……」
「むしろ、見られたら興奮するとか」
「それは……否定しませんが」
「否定しろよー」
 穣子の声にもはや毒はなく、硬質化した肉棒を舐めることに一所懸命である。口止め料としての意味合いはあるが、それを作業と思えば思うほど嫌な気分は増すものだ。ならば自分も楽しんだ方がよいというのが穣子の考え方である。神様の考え方、かどうかは、統計を取ってみなければわからないことではあるけれど。
「ん……ちゅ、じゅる、ぷちゅ……」
 少しずつ、いやらしい音を立てながら唇をスライドする。深々と飲み込まれる分身を目の当たりにし、男は小さく腰を引いた。逸物とそれを伝う神経が、瞬く間に脳を堕落させる。快楽は容易く人を溺死させ、めくるめく地獄に誘う。落ちていると気付かぬまま。踊らされていると知らぬまま。
 懸命に、時折苦悶の表情を浮かべ、男の逸物を頬張る穣子が秋の神様であるなどと、素性を知る者であってもにわかには信じがたい。それほどに穣子の顔は淫靡で、手も、唇も、醸し出す雰囲気までもが穣子はただの女であると訴えていた。
「くちゅ……、んっ、ぶちゅ、ちゅぅ……!」
 男の太ももに手のひらを添え、唇と頬の裏の粘膜とで陰茎をしごく。粘り気を帯びた咥内はひどく水っぽく、それでいて異常なほど温かい。舌の先は巧みに亀頭を刺激し、勢いに任せて鈴口の中に侵食することもあった。そのたびに、腰が震える。
「ん、むッ……ちゅぽぉ……、あはは、きもちいいんだ……?」
 つん、と固く滾る肉の棒を指で弾く。てらてらと鈍く光る男根は、赤黒く輝きながらぴくぴくと動いている。呼吸が荒いのは男のみならず、穣子も同じだった。見るな、と忠告しておきながら、誰かに見られているかもしれないという背反した恍惚を抱く。
「ん、うぅ……変態なの、うつっちゃったかな……」
 ふと、みずからの恥部に指を伸ばす。彼女が思ったように、そこは明らかに湿っていた。
 ちょろんと舌を出しながら、困ったな、と困っていない様子で呟く穣子に、男はそっと囁きかける。色気を塗り潰すほどの欲望をもって。
「あ、あの……ひとつ、お願いしたいことがあるのですが……」
「……んー、なによ、言ってみて」
 みずからの唾と、男の先走り汁で濡れそぼった陰茎を、穣子は何の抵抗もなく上下に擦る。強すぎず、弱すぎず、肉棒の最奥から一滴残らず搾り取るように。水音は続く。
 男は言った。
「あ……」
「あ……?」
 聞き返す。
「足で……お願いします」
 一瞬、目が点になる。
 いまさら羞恥に頬を染めているらしい男を見上げて、その意味を唐突に理解してしまった穣子は、彼の逸物を思い切り蹴り潰そうかと考えて、悦びそうだからやめた。
「あし……」
「です」
「正気?」
「です」
 こくんと頷く。不覚にも、その仕草が子どものように可愛らしく思えてしまった。
 そうなればもう、穣子は彼の懇願を拒絶できない。曲がりなりにも肌を重ねている以上、ここにあるのは愛の営みであり、お互いが求め得るからこそ生まれる性欲の宴だ。なればこそ、どちらかが求めさえすれば、わずかなれども情欲を抱いている限り、欲望は際限なく受け入れられる。
 たとい、それが変態的な行為であろうとも。だ。
「……まあ、口でできて、足でできない理由もないもんね……」
 言うが早いか、男はいそいそとしゃがみこむ。準備が早い。気が逸っている、といより我慢の限界なのだろう。逸物も、ぎりぎりまで張り詰めているように見える。
「……やっぱり、きもちよかったんだ」
「えぇ、勿論」
 そう、至極真面目な顔をして言うものだから、穣子は不意を突かれて返す言葉を失ってしまった。こういうのは反則だと思う。さっきはおならがどうこう言っておいて、ここにきてこれか。意味がわからない。穣子も自分が何を考えているのかわからない。はー、さっぱりさっぱり。
「い、いいから、するわよ! ほら、それこっち向けて!」
「それ、とは……」
「これだよこれ!」
 蹴る。
 あふん、と案の定気持ちよさそうに呻く男に底知れないものを感じながら、穣子もまた男と向かい合うようにしゃがみこんだ。必然、お互いの表情が曝され、急に気恥ずかしさを覚えたりもする。が、欲望を満たすことを止められはしなかった。
「ん、うくぅ……やりづらいなあ……」
 胡坐を掻いている男の股間に向けて、穣子は素足を伸ばす。ぴくぴくと鳴動する逸物に足の裏が触れると、男は切なげに鳴き、逸物も大きく動いた。ぬめり、というえもいわれぬ感触が穣子を襲う。
「ひゃぅ!」
 変な声が出た。
 手で触れるのとは異なる感覚に驚き、足が離れる。興奮の行き場を失った男根が上下に揺れ、男の顔には、相も変わらず切なげな表情が張り付いている。
 なんとなく、罪悪感を抱く。期待に応えられなかった故だろうか。
「あ、ぅ……ごめん、なんかびっくりしちゃって……」
 言って、再度、足の裏をぴたっとくっつける。同時に、冷たいのか温かいのか判然としない感覚に苛まれ、一瞬のうちに、掘り炬燵に足をつっこんだような熱を感じる。
「あ、つぅ……」
 と、恍惚混じりの声が漏れる。片足を肉棒にひっつけたまま、もう片方の足も、その反対側から挟み込む。ぬめぬめとした感触は、苔の生した岩の上を歩いている時と似ている。だがそれよりも水気が濃く、それよりも遥かに熱い。じんじんと、足の裏から背中を経由し穣子の脳みそまで、一直線に不埒な感情が駆け上る。踏んでいるのか撫でているのか、こすっているのか挟んでいるのか。明確な区別はつかないけれど、今はっきりと言えることは。
「あふっ」
「こ、この……変態ッ!」
 罵る。
 だがそれもまた男には全て快感に変わるように思え、穣子は怒りと興奮の行き場を無くして唇を噛んだ。むーっと睨みつけられた男は、猫が鳴くようにあふっと息をこぼした。きりがない。
「ああもう……ぐちょぐちょだし、あついし、かたいし……ていうかこれ、私が舐めたやつなんだもんなあ……複雑……」
 しばし、足の裏で男根を挟み込み、感触を味わうようにその体勢を保つ。どくどくと脈打つ男性器は、手や舌で感じるものと異なり、いとおしいものを愛でているというよりは、汚らわしいものを足蹴にしているという感覚が強い。試しに、片足で男根を蹴り押し、男のおへそにくっつけてやったら、より激しく男根がびくびくッと反応した。先走り液もこんこんと溢れ出す。
 そんなに足が好きなのかこいつは。
 穣子は辟易した。
「……えいっ」
 今度は、ネジを回すように、足で挟んで肉棒を捻る。ずりゅぅ、と皮がきれいに滑る。男が、痛みか快感かで蹲るように悶絶する。声にもならないようだ。
 その反応に嗜虐心を駆り立てられた穣子は、逆回転で肉棒を捻り、次は順回転というふうに、何度も何度も肉棒を捻った。竹とんぼを飛ばすような要領で、穣子の足は巧みに男の逸物を攻める。
「ふふふ……なに、こんなので興奮しちゃうんだ……? ほんと、どしがたい変態ね」
 冷たく言い放ち、みずからの唾と先走り液で粘り気を帯びた足を、一旦男根から離す。それでも尚、男根は怯まずに動き続ける。その逞しさを見て、穣子は淫らに笑う。
「こんなに、おちんちんびくびくさせちゃって……恥ずかしいとか、みっともないとか、思わないの?」
 言いながら、亀頭の下のくびれを親指で触れ、男の下っ腹に強く押しつける。今度は男根に爪を立て、痛みすら感じられるように仕向ける。食い込む範囲は徐々に深くなり、亀頭もすこしずつ赤く黒く腫れ上がっていく。
「やだ、しんじらんない……どんどんおっきくなってる……もう、射精しちゃうんじゃない? 踏まれてるのに。蹴られてるのに。そんなのを気持ちいいとか言っちゃって!」
 語気を強め、穣子は更に親指の爪を鈴口につける。あッ、と男が呻くも、ここぞとばかりに穣子は激しく攻め立てる。爪が、尿道をすこしずつ押し広げる。
「広がってるよ、あなたのいちばん汚いとこ、私に見られてるよ……? どう、感じちゃう? 気持ちいいの? もうはっきり言っちゃいなさい。でないと、もう何もしてあげないんだから」
 言い切り、締め付ける力を弱める。この短時間に、足で攻める技術を見事に習得した穣子の手腕も恐ろしいが、何より恐怖せねばならないのは、どんなに攻められてもそれを快感としか受け止められない、被害者なのか加害者なのかわからないこの男に違いなかった。
「は、はい……すごく、ものすごく、気持ちがいい、です」
「ふうん……じゃあ、こんなのも?」
 見下ろすように、見下すように、穣子は足の爪で亀頭を引っ掻いた。ガリッ、と音がするくらいの衝撃で。
「…………ッ!」
 我慢しきれず、男が前屈みになる。
「あれ、まだ終わりじゃないよー?」
 すかさず、穣子の左足が男の胸板を踏む。つっかえ棒に引っかかり、悶絶する余地を失った男は、無意識のうちに自分の手で肉棒を押さえようとする。しかし。
「だーめ」
 今度は、穣子の手が男の手首を掴む。両方とも。
 非常に滑稽な光景だが、恍惚の神に弄ばれているふたりのこと、こんな格好もまた悦ぶべき状態だと安易に受け入れる。かくて男はみずからの性器を守る術を失い、足をもって穣子に性器を弄られる。
 穣子の足は、親指と人差し指の間で、器用に亀頭を挟み込んでいた。くぱくぱと尿道口を開け閉めして、留まるところを知らない先走り液を搾り取ろうとする。
「きたないなぁ……なんで、こんなにたくさん出てくるのよ。もう卑猥なことしか頭にないんでしょ。ばかじゃないの?」
 せせら笑い、足の裏で肉棒を擦り上げる。
 手のひらで擦るように肉棒はよく滑り、よりいっそう煩い水音を立てる。手より調節が効かないぶん、予想外の衝撃を加えることもある。だがそれは男にとってのご褒美であり、その苦悶は穣子にとっての悦びでもある。
「ん、ふっ、ん、はぁ……、ほらぁ、さっさと、射精しちゃえば? あなたに溜まってるきたないの、全部吐き出して……ん、みっともなく、気持ちよさそうな顔してるとこ、ちゃんと見せてよ」
 最後は、むしろ懇願に近い響きだった。
 それが契機となり、男の呼吸が急に荒くなる。穣子もそれに乗じ、亀頭に刺激を集中させる。
「はぁ、あは……さぁ、はやく、はやくいきなさいよ……! 白くて、濁ってるやつ、いっぱい、いっぱい、射精して……!」
 足の裏でねぶり、爪の先でこする。片方の足はいつのまにか幹を支え、小刻みに男根を揺さぶる。
 限界が近づいていることは、ふたりとも知っていた。
 そして、その引き金を引いたのは、穣子が思い切り亀頭に突き入れた、親指の爪だった。
 男が、唇を噛んだ。
 ――びゅくッ、びゅるるるるッ! ごぷッ!
「んぅ、ひゃあぁッ!?」
 予感はあれど、心の準備はしていても、やはりいざとなると射精の勢いに穣子は驚いてしまった。それでも、男の顔からは目を逸らさない。
 天上高く噴き上がったかに見えた精液は、溶岩のようにどぽどぽと穣子の素足に降りかかり、瞬く間に素足を陵辱する。噴火はまだまだ続くようで、穣子は足に付着した精液の違和感も忘れ、搾り取るように男の肉棒をこするしかなかった。
 ようやく、射精の終わりが見えた頃、男と穣子の目が合う。恍惚に我を失っていた男と裏腹に、穣子は彼のそんな姿をしかと目に焼き付けていた。言うなれば、それが呪いであり、報復だ。
 尤も穣子は、そんなことなどもうどうでもよかったのだが。
「やだぁ、べっとべと……」
 びくんびくんと跳ねる肉棒から足を離し、こびりついた精液を指先で掬い取る。舐めようかどうか迷い、折角だからと思い切って舐めてみる。やはりその味はひどく苦く、とても飲み込めたものじゃなかった。
 それから、まだ若干陶然としている様子の男に、情事の終わりを宣告する。
「こんなことまでしてあげたんだから、あなたはもう私のものよ。だから、勝手に人がおならしただとかそれを言い触らすとか、ふざけた真似はしないように。いいわね?」
 人差し指を立てて、男の唇にぺたっとつける。子どもだましだが、性交において男はみな子どもに還る。故に、その心理を巧みに突けば、相手の心を支配することなどいとも容易いのだ。
 ましてや、もとから穣子を神として崇めている彼においては。
「はい……穣子様……」
 男は、崇拝するようにうっとりと穣子を眺め、穣子に抱きつくべく突発的に襲い掛かる。
「しつこい!」
 そして蹴り飛ばされた。
 男は笑っていた。

 

 

 

 最終的に、収穫祭にて穣子が放屁したという噂は瞬く間に広がり、結局はあんなことをした甲斐もなく、秋穣子は「いつも芋ばっかり食べてるから以下略」とか「彼女の飛行原理は芋の大量摂取による以下略」とか「おならぷう」とか不名誉な渾名を付与されることに相成ったのだった。
 その罰を一身に受けたといわれる例の男が、里に噂をばらまいたという科学的根拠は、今のところ明らかにされていない。

 

 

 

 



秋静葉  鍵山雛  河城にとり  犬走椛  東風谷早苗  八坂神奈子  洩矢諏訪子

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2008年5月13日 藤村流

 



 

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