エロ東方
二〇〇九年 九月二十日
(風神録・犬走椛)
『シロガネの刃にケダモノの牙』
欠伸の音は、存外遠くまで響いたようだ。木の枝から鳥が飛び立つ。少し申し訳なく思いながら、それでも再び大口を開ける。眠いものは仕方ない、鳥も運が無かったと諦めてほしい。犬走椛は、闇夜に舞うフクロウの翼を見送る。
滝を背中に、切り立った崖の岩肌を陣地とする。寝ずの番といえども、特に気負う必要はない。そも、下っ端も下っ端な白狼天狗の身からすれば、ここを突破されたとしてよもや妖怪の山が陥落しようなどと思うはずもなかった。自分はただ、こうして暇な仕事に没頭していればよい。手に負えないことは上に報告すればきっと何とかしてくれる。時折、厄介な仕事を回されることもあるが、巨大な責任を負わされることもない楽な立ち位置だ。将棋もできるし。
だが、時には辛いこともある。
「……んん」
茣蓙の上に膝立ちして、立てた太刀に寄りかかる。鼻の奥がむずむずする。強いて言えば喉の奥も、更に言えばお腹の奥もむずむずしている。しばらく前から、鎮まりこそすれ完全には消え去ってくれない疼きがある。
その正体を、椛は心得ていた。
「……薬、貰ってこないとなあ」
小さく尖った鼻の頭を擦り、独りごちる。
――発情期。
幻想郷には、もとは獣でありながら人の形を取るようになった者が数多く存在する。そして全員に当てはまる訳ではないが、それぞれ繁殖に最も適した時期、発情期を持つ。人の形を取る際、それを無視する者たちもいるにはいるが、その影響を確実に受ける者たちもいるのだ。
白狼天狗である。
何せ、包み隠さずに言えばやりたい盛りのフィーバータイムであるから、仕事も何もあったもんじゃない。ところ構わず何やかんやと口に出来ないお祭り騒ぎである。山を降り、人里に下り、同種に限らず、あたり構わず子孫繁栄に勤しむようになる。世に言う人と妖のハーフが生まれる時期も、この発情期が大きく関係しているのではないかという見方もあり、その筋で研究が進んでいるとかいないとか。
閑話休題。
流石に、このままいくと山の品格が疑われると踏んだお偉いさんは、とある有名な薬師に発情抑制剤の開発を依頼した。ものの数日としないうちに薬は完成、錠剤の飲みやすさもあり、山の発情フェスティバルは瞬く間に鎮火した。
けれど、薬には副作用があった。薬師もそれを伝えていたのだが、さして大きな問題が起こらなかったこともあり、品質の改良も無いまま現在に至る。
して、その副作用とは。
「……ん」
きゅ、と胸の先が痺れる。特に何があった訳でもないのに、自然と強張っていくのがわかる。とりあえず、舌の根元を浅く噛んで欲求を堪える。
椛も、発情期には山から支給された薬を常用しているのだが、たまに薬を飲み忘れると、ふって湧いたように気分が高揚してしまう。外的接触、妄想の類に耽っていた訳でもないのに、唐突に。
この薬、発情を抑えることはできても、欲求そのものを消し去ることはできない。ピークを過ぎた頃に、ひとり遊びなどでもして発散すれば問題はないのだが、椛はあまりそういう趣味もないので、この時期は常に発情しようとする本能と理性がせめぎ合っているのだった。
本来は最低でも二人一組の警備を椛ひとりが請け負っているのも、そういう理由があってのことだった。可能性は薄いが、もし、知らないうちに変な喘ぎ声を出していたり、相手に襲い掛かったりしたらと思うと気が気じゃないのである。
「……はー」
興奮が鎮まり、溜めていた息を吐き出す。
人の姿と化して何年が経つのか、数えるのも億劫だ。それでもまだ獣の性に引きずられるとは、己が未熟である証なのだろうか。項垂れて悩む。
が、それも束の間。
「――、――」
千里眼。
気配を感じる。獣の感覚と尋常ならざる視野が、森に分け入ってきた侵入者の存在を気取る。身体を預けていた太刀の柄を握り、盾を引っ掴み、舌に合わせていた歯を上下ともかちりと合わせる。臨戦態勢。狼の構えに従う。
位置特定。
「――ッ!」
岩を蹴る。小石が弾けて、滝つぼに落ちる。
夜の闇にいくら樹木が生え揃っていたとしても、狼の身体は難なくそれらを避けてくぐり抜ける。土の感触、風の匂い、闇の色、森の熱。目に見え、肌に感じる山の息吹を経て、椛は開けた場所に雄々しく立ちはだかる二匹の狼を発見した。
急制動。若干、土埃が舞う。
――ざぁ、と風が吹いた。
こちらは、獣の形を維持した白狼である。通常の狼よりも一回りは大きく、覆いかぶされれば完全に隠れてしまいそうなほどだ。
知らずと、唾を飲み込む。
「……天狗、か?」
人の言葉だ。狼の声ではない。少なくとも、人語を解する程度には長きを生きる獣らしい。黒く光る四つの眼に対し、いっそう警戒を強める。
「如何にも。あなたがたは、このような夜更けに何用ですか」
太刀の柄を握っているのは、攻撃する用意があると知らしめるためだ。敵意、害意の類はまだ感じ取れない。が、不審だ。それだけの理由があれば、剣を取る権利はある。
「いや、なに。近くを通りがかったものだから、我が娘の姿を拝んでおこうかと」
もう一匹は何も喋らない。ただ同意するように低く頷くだけだ。
椛は問う。
「その方のお名前は」
「シロという」
「……シロ?」
聞き覚えのある名前に、緊張が緩和する。手のひらが緩み、柄を握り締めていたせいで滲んだ汗のべたつきを思い知る。
シロというのは、ちょうど椛の後輩にあたる若い白狼天狗である。人に化けるようになって日が浅いが、天狗を志してから役職を与えられるまで数年も経っていない。そんなとんとん拍子の背景には、彼女の誠意と生真面目さと、形容しがたい何かが作用していたとの見方もある。椛にはよくわからないことだが、いい子であることには変わりない。
彼らの話によれば、自分たちはシロの親族だという。
緩みかけた手のひらを締め、柄の感触を自覚する。
「彼女なら、今は非番ですが」
お引き取り願えますか、と暗に告げる。決して好意的でない椛の視線にも、怯む様子は見受けられない。盾を前に掲げると、狼は気だるげに鼻を鳴らした。
「ふむ。別段、悪行に及ぶ訳でもないのだが」
椛は何も答えない。
途端、狼の口がだらしなく開く。
「ただ、娘の発育状況を確かめたくなったもので」
がしがしと地面を踏み、土を荒らす。渋く、低い声とは裏腹に、その下卑た口調と来たら。いつか、上司に連れられて赴いた人里の酒屋に屯していた、性質の悪い助平な酔っ払いによく似ている。
知らず、椛の眉間に皺が寄る。
何も、今日に限って盛りのついた獣がやって来なくてもいいだろうに。
「なんといいますか、胸の張りがどのような具合になっているのか、我が手で確かめてみないことには、何事も始まりませんで」
「……はぁ」
同意、肯定の意味に似て、その実、諦めに等しい溜息を吐く。もういい。話はわかった。早々に片を付ける。刃を突き出し、正々堂々と宣戦布告を行う。
彼らがシロの親族であるかどうかの真偽はともあれ、彼女に何らかの危害が及ぶ可能性がある以上、自分が最終防衛線になるよりほかなかった。本当に親族だった方が洒落にならないけど、と心の縁で不謹慎なことを考えもして。
「ご心配なさらずとも、あの子はまだ子どもですよ。それ故、過保護な保護者には速やかに退場して頂きます」
狼を睨み据え、一撃のもとに斬り伏せんと刃を起こして。
もう一匹、狼の姿がないことに気付いた。
眼前の狼が不敵に笑う。表情は少なくとも、同種の笑みは椛の目に色濃く映る。
――不覚。
「ッ!」
気付いた瞬間には死角を取られていた。右か左か、身を護るべく引き寄せた盾に、鈍重な衝撃が与えられる。重い……!
体重を乗せた狼の爪が、斜め上から椛に襲い掛かる。受け流そうにも、重力と大地に挟まって身動きが取れない。下手に堪えれば身体が折れる。骨が軋む。取れる選択は、多少の痛みを代償として、盾を捨てること以外になかった。
「くぅッ……!」
うめく。狼の爪が椛の衣装を浅く薙ぎ、行き過ぎる狼の毛が椛の鼻に掛かる。疾風怒濤、一瞬の交錯であったが、獣の血は確かにその匂いを嗅ぎ取った。
狼の、雄の匂い。
背後に、狼の足音を聞く。警戒を怠ってはならない。盾は弾かれ、服も裂かれた。不利な立場にいることを自覚せねばならない。それなのに。
「ん……ぅ!」
びりびりと、鼻から脳に抜けて、背中を伝い全身を巡る官能が、椛の精神を蹂躙していた。薬の副作用。普段から発散していれば何のことはない刺激も、溜まりに溜まった欲求は些細な切っ掛けを撃鉄として暴発、椛の身体を瞬く間に焼き尽くす。
――熱い。
「は、あぁ……!」
目を瞑っても、暗闇の中で火花が散る。スパーク。もはや、敵のことに構っている余裕はない。己が己でなくなる衝動に耐え、これを乗り切らなければ、犬走椛は犬走椛を再開することができないのだ。
だが、敵はこの好機を逃さなかった。
「王手」
雄弁な白狼は嘲り笑う。
身悶える椛に、寡黙な狼が背後から覆いかぶさる。椛は悲鳴を上げる暇も与えられず、沈黙のまま地面に叩き伏せられた。手のひらから太刀が零れ落ち、狼がそれを弾いて手の届かない遠くにまで放り出す。
狼の身体の下、低くくぐもった呼吸が響く。それは喘ぎ声に似て、慟哭に似て、けれどそのどちらも官能的であるとさえ思えた。
「さて、参りましたな」
狼は、面白がるように呟く。
天狗を打破し、防衛線は既に越えたも同然である。椛の言を信用するなら、シロは妖怪の山にはいない。狼たちの目的は確かにシロであるが、同じ狼の雌ならば、据え膳食わぬは男の恥というものである。
寡黙な銀狼が身体を起こすと、その下には地面にうつ伏せて動かない椛の姿が見える。四肢を押さえつけられているから動くに動けないのは解るが、何より、乱れた呼吸と小刻みに震える身体が興味をそそる。白狼は「ほう」とほくそ笑み、前脚で椛の頭を強引に上向ける。
そこには、だらしなく唇を開き、その隙間から舌を垂らす淫らな雌の顔があった。
「どうやら、その気のようで」
「ち、ちが……」
虚ろに緩んだ瞳の奥が、かすかに抵抗の意志を見せるものの、身体は容赦なく椛の精神を蝕む。間近に感じられる狼の獣臭さが、人の形を成してなお椛の根底を揺さぶるのだ。
白狼はもう、椛の言い分など聞きもしない。何を言われても、そんなものは焦らしているだけだと知っているから。発情した雌は目を見ればわかる。雌がその意味を知らなくても、雄は行為によってその正体を突きつけることができる。
「やれ」
白狼が顎でしゃくると、銀狼は静かに頷き、その鼻を椛の尻に摺り寄せる。
「あ……!」
袴を剥がされ、下着もあえなく破り捨てられる。腕の拘束は解けたものの、露になった下半身を隠そうともがいているうちに、すぐさま白狼の脚に再び押さえつけられた。
「往生際が悪いですよ。ここからでも、湿った匂いがわかるというのに」
「侮辱するな……!」
だが、突き出された恥部は確かに湿り気を帯びていて、銀狼が鼻を当てるたび、その荒い鼻息に応じて彼女の入口が濃く匂い立つのだ。
いつの間にか、椛は地面に膝を突いていて、みずから腰を上げてお尻を突き出すようにしている。さながら、受け入れる準備はできているのだと相手に知らしめるように。
そこに、銀狼の舌が這う。
「ひぎぅ……!?」
視界が弾け、意識が飛ぶ。
気持ちいいのか息苦しいのかわからない。ほぼ初めてに等しい経験だった。どうにかなる、と本気で思い、一体どうなるのだろう、と淡い期待を心の片隅に抱きもする。
銀狼が舌を動かすたび、くちゅくちゅと淫猥な水音があたりに響く。下唇を噛みながら漏れ出しそうな喘ぎ声を堪え、それでも悦びの混じった声を完全に止めることはできない。
「あぁ、はッ……く、はぁ」
気が付けば、腕の拘束は既に解かれ、椛は心の誘われるままに四つんばいになっていた。千里眼ほど優れていなくとも、四つんばいなら雄と雌とが繋がっている様子をつぶさに眺めることができる。そうしたい、と心が察したから、椛はそうしているに違いなかった。
そうして、銀狼が固く滾った男根を椛の入口に押し当てたとき。
「……あは」
確かに、椛は笑った。
――ずちゅっ。
一気に突き入れる。
「ん、あぁぁ……!」
悲鳴とも、歓喜とも言えない声。押し出され、吐き出された息は微かに震えていて、椛は体内に呑み込まれた狼の逸物をまじまじと見つめていた。
いっぱいに広げられた淫口に、槍にも似た陰茎がぶちこまれている。そのための器官とはいえ、まさかここまで挿入できるものだとは椛も思っていなかった。
まして、自分が受け入れる側になることなど。
「ふあ、あぅ……!」
乱暴に腰が振られ、煩雑な思考も乱雑に掻き乱される。頭の中が、卑猥な音と自分の喘ぎ声で埋め尽くされる。
銀狼のモノを完全に収め切るには、椛の身体はまだ小さい。だが、それでも無理やり奥深くまで突き入れようとして、体の中がペニスに潰されそうな錯覚を抱く。引き抜かれるときには、胎と膣を丸ごと持っていかれるような感覚を得る。
銀狼からすれば、椛の小さな身体はそれだけで優秀な穴であり、すべりもよく、締まりもよいとなれば興奮も快感も加速する。腰の振りは徐々に早くなり、息遣いも荒く激しいものになる。
「……んッ、うぁ……!」
――じゅぶ、ぐちゅっ。
中途半端に開いた唇から、だらしのない涎が地面に垂れ落ちる。目は虚ろ、土を掴む爪は硬く、けれども握り潰す力はない。
人間同士のように、ぱしんぱしんと肌を打ち付け合う音は響かず、ただ静かに水音が聞こえるのみである。椛の背中に圧し掛かりながら、人と獣の交尾を楽しむ。
「がぁ……!」
初めて、銀の狼がそれとわかる声を出した。限界が近いということらしい、腰の動きもいっそう速まる。
前後に揺さぶられ、声を上げることも出来ず、椛は歯を食いしばって陵辱に耐える。
意識が朦朧としながらも、いつか来る終わりを待ち望んで。
「……ぐぅ……!」
うめく。
それと同時に、銀狼が深く腰を突き出し、椛の膣に己の肉棒を深々と突き刺す。
――ごつんっ、と、椛はお腹の底に雄の先端がぶつかる音を聞いた。
「あ」
視界が、白に染まった。
瞬時、狼は椛と繋がったまま身体を回転させ、尻と尻をぶつけ合うようにする。犬の交尾は、その射精時に男根を膣の奥深くに突き刺すため、お互いの尻を合わせるのだ。
見計らったように亀頭が膨れ上がり、ぐ、と最後のうめきが漏れる。
そして、容赦なく、射精。
――びゅるるるっ!
あまりにも大量な精液が、とめどなく椛の子宮に送り込まれる。びくりと震えるたび二波、三波が注ぎ込まれ、子宮は瞬く間に満杯になってしまう。そこからあぶれた精液が、男根と膣の狭い隙間を伝って逆流する。
ごぽり、と溢れ出た白濁液が、ゆっくりと地面に零れ落ちる。
「あぁ、はあぁ……」
快感に咽び、恍惚の息を漏らす狼と比較しても、椛もほぼ同格の快感に打ち震えている様子だった。何かを欲するように舌を出し、頬は紅潮し、目はどこを見ているのかもわからない。
「ぐ」
一分もの間、ずっと続いていた射精も打ち止めとなり、銀狼がようやく陰茎を抜く。その間際、亀頭のカリが膣の入口に引っかかり、最高潮に達しようとしていた椛にとどめを刺した。
「あッ……んう、んんんッ!」
びくびくと身体を震わせ、膣から雄の出した精液を垂れ流しながら、椛は絶頂に達していた。
その瞬間、ぽんっと狼の耳が生え、同じようにお尻からぽんっと尻尾が生えた。
ふさふさのそれらはまさしく狼のものであり、今まで椛が隠していた狼としての証に違いなかった。絶頂に達し、気が抜け切ったために耳と尻尾が見えるようになったということか。
いずれにせよ、抵抗の意志がないのは明らかだった。
「結構」
白狼がうつ伏せになった椛を脚で転がすと、土にまみれた袴が爪で引き裂かれる。比較的小ぶりな乳房が露になっても、特に焦って隠す様子もなし、他人に腹を見せていることも意に介していない。服従の証。あるいは、意識が朦朧としているのか。
銀狼が場所を退き、白狼がその配置に居座る。何かを欲するように見上げる椛の胸に、白狼は押し潰すように前脚を置く。
「あ……」
跳ね返り、弾き飛ばすほどの弾力は期待できない。ただ、柔らかく押し返すくらいの淡い感触が、椛が雌であることを静かに主張している。
ぴくぴくと震える乳首を刺激するような繊細さは、もとより狼が持ち得ない分野である。然るに腰を突き入れるか引き抜くかの単純さに陥り、人の形を成すまでになった椛には些か物足りなさがあることも事実だった。
けれど、白狼はにやりと笑う。
「首に手を回せ」
命ずる。
椛は言われたとおりに狼の首に両腕を回し、その後ろで手を組む。密着した状態のまま、程無くして、使用済みとなっていた椛の花弁に白狼の逸物が宛がわれる。
――ぞくり、と、椛の背中に冷たいものが走った。
「手を離すと、痛いかもしれませんよ」
底意地の悪い声と共に、躊躇なく椛の膣を貫く。
――ぶぢゅっ!
「くぅ、あぁ……!」
中途半端に腰が浮き、それでも手を離せば狼の巨根が椛の腹を破るかもしれぬ。狼は身体の構造上、正常位を行えない。が、ある程度の高さを確保すれば、正常位に近い格好で膣に挿入することも不可能ではないのだ。
あたかも赤子を抱っこするように、しがみつかれるようにして行為に及ぶことさえ。
――ぶぴゅ、じゅぶ……!
先程射精された精液が、新たな肉棒に掻き回され穿り返されて、椛の太ももを伝い地面に落ちる。椛も辛うじて足は地面についているが、突かれるたびに腰が浮き、身体が持っていかれる。射精され、身体が敏感になっている最中、いつまでもしがみついたまま耐えられるはずもない。
爪先は震え、耳は強張り、尻尾もピンと立って小刻みに揺れている。
限界だ、と訴えるように腕の力を強め、締め付ける。狼がうめくのは、気持ちよさからか、女の懇願が強すぎるためか。
「そろそろ……!」
腰の動きが速まり、終わりが近付く。組んだ指も徐々に解け、突き入れられるたびにその衝撃で拘束が弱まる。
「あ、うあぁ……!」
引きずり落とされる直前、その爪を無理やり狼の首筋に食い込ませる。痛みと共に狼を抱き、唇を噛み締めると同時に膣をも引き締める。
「ぐぅッ……!」
結果、それが致命的となった。
我慢に我慢を重ねて腰を振り続けていた狼も限界に達し、椛が待ち望んでいた終わりが来る。
歓喜。
「あッ……!」
銀狼と同量、あるいはそれを越える量の精液が、椛の胎内に放出された。
――びゅく、ずびゅるるっ! どくっ、ぶぴゅっ……!
どくん、どくん、と狼の肉棒が脈打ち、精子を次々と送り込む。銀狼のそれと混ざり、掻き回され、どちらがどちらの子種かもわからないまま、精子は椛の奥を目指し、そして多くは逆流して体外に漏れる。
「は、あぁ……」
せめて射精が終わるまでは崩れ落ちるまいと、椛は息も絶え絶えになりながら、狼にしがみついたまま腕を離さない。そして、まだ膣の中に収まっている狼の逸物が萎み始めたと見るや、椛はようやく抱擁を解き、受け身も取らずに地面へと倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
尻尾を振る余裕も、恍惚に身悶えて歓喜の声を上げる余裕もなく、椛はただ荒い呼吸を繰り返すのみ。憔悴しきって、目の焦点も合っていない。狼が二匹、様子を窺っても何の反応も見せない。哨戒天狗も形無しである。
袴も、下駄も、頭襟も外れ、天狗の位を示すものは何も着けていない。耳と尻尾が揃い、裸に等しい格好で、女陰から雄の精子を垂れ流す椛は、何のてらいもないケダモノだった。
それを目の当たりにして、白狼は満足げに笑った。
「ご満足頂けたようで」
当面の障害を排し、白狼は本来の目的を達するべく山の奥に足を向ける。だが、一方の銀狼は、やはり押し黙ったまま椛を見下ろして微動だにしない。
不審に思い、股間を見やれば何のことはない。彼のモノは今もなお熱く滾っていて、鼻息も荒く、たった一回の交尾では一匹の雌も孕ませられぬと意気込んでいるのであった。
やれやれ、と白狼は嘆息するが、気持ちはわからないでもない。天狗を犯す。それも同種の、極上とはいかないまでも相当の上玉である白狼天狗をだ。目的の雌とは異なるが、彼らにとってどの雌も同じような対象でしかなく、要するに、性欲の対象としか捉えていないのである。
発情期であればこそ、それもやむを得ないと考えることもできようが。
「手短にな」
延長戦を認める。
勢いよく鼻を鳴らし、前脚で土を蹴り、椛に鼻先を近付ける。匂いを嗅げば精液のカルキ臭が鼻をつくが、その奥から這い出る雌の甘蜜の香りが狼の性欲を助長させた。
「……だ、だめ」
辛うじて、椛は細々とした拒絶の言葉を吐く。が、白狼は意に介する様子もない。ゆっくりと椛に覆いかぶさり、暗闇にも照り輝く雌の尻にその股間を摺り寄せ。
からん。
金属の音。
二匹の狼が背後を確認すると、そこにあったのは不自然に倒れた椛の盾であった。何故、盾がひとりでに転んだのか、その正体は遁走する一匹のリスが教えてくれた。偶然にも、不自然に傾いていた盾がリスに揺らされ、近くの石に当たったのか。
が、真の問題は別にあった。
「――?」
銀狼が視線を戻すと、とうに椛の姿はない。白狼も完全に椛の存在を失念していた。ほんの数秒、だがそれさえあれば十全であることを、狼たちも先程実践してみせたはずだ。
青褪める。
「――退けッ!!」
警告。
ひゅん。
風切り。黒い空を裂き、狼が闇夜を貫く。
地面に落ち、土を抉っても、標的は既に退避した後だった。舌打ちする。爪は深く大地に食い込み、小さな犬歯も黄金の月に鋭く牙を剥く。
犬走椛。
「違えたか」
白狼が愚痴る。タガが外れたか、気が違えたか、いずれにしても、瞳の色が金に輝いていれば何を馬鹿なと笑いたくもなる。
椛からの返答はない。彼女はただ、袴の切り端のみを身体に纏わりつかせたまま、空に向かって猛々しく咆哮する。
凱歌。それとも、宣戦布告か。
――おおおぉぉぉおおおぉぉぉぉ!
首を上向け、喉を反り返らせる。咆哮はまさに狼のそれに等しく、そう遠くない未来、援軍が駆け付けてくることは想像に難くなかった。
遊びは終わり。戯れている間があれば、早々に先に進めばよかったものを。それをしなかったのは獣の油断か、椛の姦計か。
咆哮が収まったと同時、椛は低い体勢で地を駆ける。
速攻。あれこれ思索を巡らせている余裕はない。
「囲むぞ」
銀狼と連携を図る。相手の頷きも確認せず、二匹は別々の方向に跳躍する。一瞬、椛が両者の存在を見失い、束の間、静寂が訪れた。
地に足を根付かせ、くんくんと周囲の空気を嗅ぎ回る。強烈な精の臭いは、椛自身の胎内から湧き出ているものである。が、その一方、精を吐き出した者の現在地も関連付ける。
上。
――ひゅん。
先程、椛が取った軌道と似て、それよりも鈍重な衝撃が走る。目に見える速さの一撃は、わざと椛に見せ付けているかのようだった。地面を更に深く抉り、張り出た木の根をも容易く砕き折る。一歩も動かない椛をよそに、銀か白か知れない狼はまた姿を隠す。正確には、視認できない速さで絶えず跳び回っている。
ご苦労なことだ。
ふん、と椛は大きく鼻を鳴らす。がしがしと、後ろの脚で土を蹴る。身を低く構え、猫が欠伸をするように前脚を伸ばし、耳と尻尾をピンと立て、それらを小さく震わせて。
虚空を裂く狼の爪は、次第に椛の周囲を切り、断ち、打ち砕いていく。枝が爆ぜ、土が弾け、草が燻る。
椛は、首をぐるりと回し、目的とする物を瞬時に探し当てた。
金の眼が輝き、狼に囲まれていることも厭わず、一直線に死線を駆ける。
その視線の先にあるものを、いち早く見咎めたのは白狼だった。堪え切れず、叫ぶ。
「太刀か!」
距離が近いのは銀狼だった。機先を制した椛と競争して、どちらが早いか。五分と五分。得物を持たれると不味い。太刀を構えてもそうそう埋められる戦力差でないと信じているが、仕留めるのに時間が掛かるのは明白だ。芽を潰しておくに越したことはない。
狼に背を向け、獣の姿勢で駆ける椛と交差するように、銀狼が地面に突き刺さっている太刀を狙う。意識は太刀に集中していた。危険性を論じるなら、椛もまた、恐れるべき障害であるはずだったのに。
太刀に意識を割き、速さのみを求めたばかりに、その姿が千里眼の範疇に収まる。椛の視界に、銀狼の体躯が映る。
椛が躍動する。
「――伏せッ!!」
警告は、わずかに遅かった。
重く、筋肉を圧迫し、骨格を軋ませる破壊音が轟く。硬く握り締めた拳がひとつ、銀狼の腹に捻じ込まれている。深い一撃だった。あれほど速く速くと急いていたのが嘘のように、一瞬のみ、完全にその速度を殺される。
そして時は動き出す。
断末魔の悲鳴も出せず、銀狼はあらぬ方向に吹き飛ばされる。みずからの速度も重なり、木々を薙ぎ倒し、受け身など取りようもなく、頭から背中から転がるように地面に伏せる。
結局、椛の太刀には手が届かなかった。
それもそのはず、太刀は、人の手を持つ者だけが掴めるもの。
椛は、その柄を撫でるように握り締め、打ち据えた一匹と、今は姿を現しているもう一匹の侵入者を前に、雄々しく仁王立ちしてみせる。刃を舌で舐めて不敵に微笑むような、低俗な趣味は持ち合わせていないけれど。
ここに、形勢は逆転した。
一歩退く。椛は動かない。肩と背中に袴の一部が引っ掛かっている他は、丸裸にされた格好であるのに、彼女は羞恥の色を見せる様子もない。獣は裸であるのが通例であり、その肉体にこそ価値があるというふうに。だが彼女は天狗だ。袴も下駄も頭襟も、いわば獣の意志を天狗の範疇に収めるためにあるのではなかったか。
ならば、それらが全て剥がされ、獣の証として耳と尻尾を取り戻した今は。
「……いやはや」
苦笑。
白狼は、銀狼を置き去りにして逃走を開始する。その後ろを椛が追う。脚はほぼ等速、始めの距離が縮まらない限り、白狼は山から離脱することができる。無論、妨害があることは予想して然るべきだが。
焦りはない。万全を期したとは言い難いが、失敗もあり得る。が、逃げ切れぬと知りながら強行する愚を犯すほど哀れではない。そのために、二匹。一方が捕まっても、それを囮にして逃げおおせる。単純だが有効な算段だった。共にその協定を承諾し、この計画に挑んだ。
二匹とも、自分が捕まるはずがないと思いこみ、結果、白狼はその賭けに勝ち続けていた。だから安心していた。それは油断と言い換えてもいい。一度、踏み越えたはずの障壁に再び遮られるなど、あってはならない事態である。
けれど、動揺はなかった。
白狼と椛の距離は付かず離れず、木々を避けながら巧みに森を駆ける俊敏さは目を見張るものがあるが、かといってどちらかが突出しているわけでもない。持久力を考えれば、体格において勝っている白狼に分がある。
引き分けはやむなし――しかし、負けはない。
安い賭けだ。
暗闇に響く二重の足音を断ち切るように、地を駆けながら、椛は太刀を構える。わずかに速度が落ち、彼我の距離が幾分か空く。白狼は小さく首を椛に向け、その距離と、刃の長さを見極める。遠い。振っても、投げてさえ、届く範囲にはない。
だのに、椛は緩やかに太刀を構える。身を低く屈め、獣が駆けるように、刃の切っ先を地面すれすれに置いて、瞳は確実に白狼をじっと見据えて。
両者の距離は徐々に開いていく。椛の表情も見え辛くなる。振り向けば速度が落ちる、それだけ逃げ切れる確率が減る。だから振り向かなければいいはずなのに、どうしても、白狼は椛の顔が気になった。
届かないと知りながら、何故、既に獲物を仕留めたような笑みを浮かべているのか。
――ぞくり、と、背筋が凍る。
言葉にはできない。それは直感でしかなかった。
椛はぼそりと口にする。
「犬走」
白狼は咄嗟に這いつくばる。
ぎらりと光ったのは、瞳と刃だった。
直後に、斬撃。
届くはずのない距離を越えて、限りなく零に近い地表を薙ぐ一閃。音はなかった。ただ、空気が震え、切り裂かれる瞬間を確かに見た。それと同時に、椛の胴体をゆうに越える大木の数々が、太刀の振るわれた範囲全て、軒並み断ち切られているさまを。
だから、切り崩された樹木が次々と倒れこむ音を聞いたのは、そのわずかに後だった。
椛がどういうふうに太刀を振るったかはわからない。特別なことをした様子はなかった。彼女はただ身体の赴くままに刃を振るい、結果として、カマイタチのように周囲の全てを薙ぎ払った。やはり、椛は体勢を低くして、ありきたりな太刀を地面に垂らして佇んでいる。
獣の立ち姿で。
「……ッ!」
戦慄が走った。何か、まずいものと相対している実感があった。歯向かうべきでない何者か。呼び起こしてはならなかった何か。気付いても既に遅く、取り返しが付かないのだとしても、時間を巻き戻せない以上現実から目を逸らして逃げ続けるしかない。
幹を踏み越えて走る。我武者羅に、ただ椛から逃げ切ることだけを考え、後ろなど振り返る余裕などありはしなかった。体力の配分も考えず、木の根に躓き、幹に身体をぶつけても、どんなに格好悪くても逃げなければならなかった。
あれは、自分たちとは違う。
あんなものが、同じ狼であるはずがない……!
「――ッ、はッ!」
急に、視界が開ける。
森を抜け、逃げ切ったという歓喜に包まれた次の瞬間、踏み締めるべき大地はどこにもなかった。彼がもっと冷静なら気付けたはずだった。山の麓に広がる森の地形、逃げている方角、猛々しく流れ落ちる滝、その下を流れる川の行き着く場所。
滝つぼに流れ落ちる水の音さえ、白狼には聞こえていなかった。
その耳に聞こえていたのは、静かな、天狗の息遣いだけだったから。
「不覚……!」
誘導された。
視界には、もはや清廉な滝と切り立った岩壁しかない。飛べなければ落ちるのみ。白狼もまた長きを生きる獣であるから、岩壁を蹴って地面に降り立つくらいは容易であった。
だが、椛がそれを許さない。
足場を失った白狼に代わり、一歩、二歩、三歩と助走をつけ、滝つぼに落ちる白狼を狙う。手には太刀、対象を刺し貫くように、強く握り締める。
いよいよ距離が詰まり、肉薄の瞬間が訪れる。
「ま、待て……!」
最後の懇願は聞こえない振りをした。ただ、犬歯を見せて鋭く笑う。
楽しい時間をありがとう。言葉には出さず、笑顔をその答えとする。
太刀を翻し、その拳を白狼の胴体に叩き付ける。地鳴りを彷彿とさせる鈍痛、白狼の目が裏返る。
そして、もう片方の拳に、満月にも負けぬほど輝かしい弾丸を。
――白光。
雷鳴のような眩い閃光と、肉の焼け付く臭い、耳にこびりつく呪われた悲鳴が、妖怪の山に轟く。
数秒が経つと、何か巨大なものが滝つぼに落ちる水音が響きわたり、何の罪もない鳥が驚きのあまり止まり木から飛び立っていった。
一刻が経ち、同族の咆哮を聞いた天狗が現場に駆けつけると、哨戒の犬走椛が二匹の狼の首根っこを掴んで待ち構えていた。
彼女は何故かびしょ濡れで、何も身に纏っておらず、それでいて実に清々しい表情をしていたとか。
「そんなことがあったのですよ」
と、射命丸文が詳しく言って聞かせても、シロは「はー」と気のない返事を発するのみであった。耳をぴくぴくと忙しなく動かし、尻尾を絶え間なく揺らし続けているさまを見ると、真面目一辺倒な椛と比較してしまうのも無理からぬ話だった。
鴉天狗を前に、気の抜けた表情を晒しているのは一匹の白狼天狗、名をシロという。他ならぬ犬走椛の後輩であり、例の件で目標とされていた人物である。だが、当人にその自覚はなく、被害者というなら椛の方がよほど酷い目に遭っている。いささか気の抜けた様子でいるのも、親愛なる白狼天狗の先輩が何か大変なことになっているらしい、と説明を受けたためだった。その実、事態を正確に理解できていないから、どこか白痴な印象を与えてしまう。
理解が追い着くと、今度は羞恥に頬を赤らめて、内股になって俯いてしまうのだが。
面倒くさいですねえ、と文は隠さずに言う。
「あ、だから、休んでるんですね……先輩」
擦り合わせた太ももの内側に手を差し込んで、シロはもじもじする。
この時期はこういう手合いが増えるなあ、と文は抑制剤の話を思い出す。
「ま、それもあるけど。本当のところは、神格のある樹木を無差別に切り払ったから謹慎受けたんですよ」
「え」
「間伐ならまだしも、あれだけの量をバッサリだから無理もないわね。侵入者を捕まえた手柄はさておき、手段は選ばないと。私たちは天狗なのですから」
しゅん、とシロは力なく尻尾を垂らす。わかりやすい。
椅子にぺたんと座り込むシロと、テーブルに手をついて佇んでいる文。あまり見ない組み合わせだ。
暇を持て余した文が白狼天狗をからかいに行くと、椛のお気に入りであるともっぱらの噂のシロがしゅんと項垂れていた。これ幸いと、事情を説明することにした次第である。
実際には、侵入者を許したことより、天狗が輪姦されていた事実が明るみに出ることの方がまずい。ただでさえ、この時期の白狼天狗は以前にも里でしょっちゅう淫猥な事件をやらかしているのだ。これ以上の猥談は、白狼天狗、ひいては山の品格を疑われる。
確かに、椛が消耗していることは確かだろう。あれだけの立ち回りを演じて、抑制剤のせいで溜まりに溜まっていた性欲を解放され、縦横無尽に駆け回った疲労は並々ならぬものがある。
文は、その一部始終を目の当たりにしていた。正確には、椛の咆哮を受けてから、だが。
「先輩、そんなに強かったんですか」
「圧倒的、という表現が適切でしょう。あんなものは、闘いでも狩りでもないわ。ただの戯れ。……全く、闇雲に年を重ねただけの狼が、仮にも天狗を出し抜けると考えるなんて」
憐れむように、文は手のひらを返した。シロは曖昧に笑う。
「でも、だいぶ溜まってたのね……あの子、相当酷い格好してたみたいだから」
「え」
「それはもう、孕んじゃうんじゃないかってくらい」
「ええぇえ」
動揺しながらも、尻尾を振って興味津々とばかりに鼻を鳴らすシロ。共に白狼、発情期の最中にある獣だから、そういう話になると食いつきがよい。文自身も、からかい甲斐のある白狼天狗に気を良くして、件の夜に起こったであろう諸々を、真偽を問わずあることないこと語り出す。
と。
「うちの後輩に何を吹き込んでるんですか」
「あ」
「あ!」
姿を現したのは、話題の犬走椛だった。無論、服は着用している。天狗の意匠たる袴と頭襟ではなく、軽めの服装ではあったが。
いちばん目立つのは、普段の椛を見慣れている者からすれば、初めて見るであろうその耳と尻尾である。
「あら、似合ってるじゃない」
「……それはどうも」
「そうです! すごく可愛いです!」
「可愛いはやめて」
賞賛を辞し、むずがゆそうに耳を摘まむ。こちらの尻尾はだらしなく垂れたまま、左右にぎこちなく揺れている。首周りがきついのか、薄手のセーターをしきりに引っ張っている。
「謹慎中なのに、うろちょろするのは感心しないわね」
「証人喚問ですよ。見たくもない面を拝んできました」
「あぁ、件の駄犬」
得心が行く。椛は苦虫を噛み潰している。やや頬に赤い色が根ざしているのは、あの夜の淫行を思い出したせいか。
椛に捕らえられた二匹の狼は現行犯で身柄を確保、白狼天狗のシロと血縁関係にないと判断が下され、処分は山のお偉いさん方の判断に委ねられた。が、一応は被害者の要望も聞いておくべきだということで、椛の召喚と相成ったわけだ。
「叶うなら、去勢にでも処したいところでしたが」
「ま、それに近い処分が下ったのですから、構わないじゃありませんか」
「他人事ですね」
「他人事ですもの」
はぁ、と椛は隠しもせずに溜息をつく。
どんな処分が下ったんだろう、とシロは聞き出したい気持ちを抑え切れずにいたが、ふと垣間見た文の壮絶な笑みに、行き過ぎた好奇心は身を滅ぼすという至言を思い出した。
「耳も尻尾も、似合っているんだからそんなに恥ずかしがることないじゃない。元々、野を駆け回る狼だったのでしょう」
「……今と昔は違いますよ。いつまでも引きずっていられません」
「なのに、まだ尻尾を振ってるということは……そんなに気持ちよかったの?」
「……知りません」
「ふーん。へー」
そっぽを向いて赤面する椛の貴重な姿を見て、シロは胸のどきどきが止まらない。
「ところで、お腹の方は大丈夫?」
「大丈夫、とは」
「孕んでないかってこと」
「……あのですね」
耳の毛を掻き、まぶたを閉じ、口をしきりにもごもごさせてから、視線を逸らして死ぬほど恥ずかしそうに回答する。
「……過去、仕事も放り出して情事に耽る不届きな白狼もいたもので。その挙句、妊娠でもしたら品位も地に落ちます。ですから、あらかじめ哨戒天狗の生理周期を確認しておき、危険日にシフトを組まないよう配慮しているのですよ」
この時期だけですが、と補足する。顔を真っ赤にしながら懸命に答える椛の立ち姿は、先日の獣性を微塵も感じさせない。まさしく初々しい生娘そのものであった。
「なるほど。するとつまり、非番の日に襲えばそれだけ妊娠する確率が増すということね」
「余計なことは書かないでくださいね」
「ふ……私を誰だと思っているのですか」
椛は黙して答えなかった。
しょんぼりする文を無視して、椛はこちらを凝視しているシロに目配せする。「はい!」と無駄に元気よく返事する後輩に不審なものを覚えながら、「配置に戻りなさい」と告げる。
耳と尻尾をしゅんと垂らし、わかりやすく落ち込むシロ。さぼっていたのは事実なので、言い逃れもできようはずがない。項垂れるシロの背中をぽんと叩き、部屋を辞す前に、軽い挨拶だけ文に送った。
「そういうわけですので。仕事に戻ります」
「椛もやることないときは大将棋してるじゃない」
「ぐ……でも、私は持ち場を動きませんよ」
「ふうん。ま、そういうことにしておきましょう」
またね、と手を振って、会釈する二人の白狼天狗を見送る。
足音が遠ざかり、仲睦まじい彼女たちが居なくなってようやく、文は静かに息をついた。あの様子だと、もう一波乱あるかもしれない。確証はないが、シロの椛を見る視線には、ただ尊敬する先輩を見る以上の感情が込められていた。椛も、シロ自身も気付いていない可能性は大いにあるが、この時期は幸いにも発情期。理性よりも情欲が重視させる季節である。性欲が背中を押し、本来ならば許されざる行為に及ぶ切っ掛けにもなり得る。
「ゴシップも、うってつけのネタですからね」
天狗がどうこうと言いながら、ネタになるとあらば退く道理はない。
懐に隠していたカメラを取り出し、ほくそ笑む。新聞には載せなくても、椛とシロに対する切り札になるかもしれない。その手札を使い、更に愉しむこともできそうだ。天狗としての格差だけでは命じられない行為も、あるいは。
「……ふふ。私も、あてられたかしら」
あの夜に似合う、淫靡な表情を滲ませて。
射命丸文は、ちょろっと舌を出した。
秋静葉
秋穣子
鍵山雛
河城にとり
東風谷早苗
八坂神奈子
洩矢諏訪子
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