一日エロ東方

 

二〇〇八年 五月十九日
(風神録・鍵山雛)

 


stomach

 

 

 里の外れに豪奢な屋敷を構える初老の紳士は、美しい女を飼っている。
 無論、鎖や首輪で繋がれていることはなく、時折、彼に寄り添って歩いている姿が見受けられる程度である。それならば囲っていると考えることも出来るのだが、その飼われている女は、ある日を境に姿を消す。それから程なくして、何事もなかったかのように新しい女が彼の隣を歩いている。
 以前の女が何処へ行ったのか、新しい女が何処から来たのか、詳しいことは誰も知らない。
 若い女がいた。若すぎる女もいた。熟れた女がいて、異国の女もいた。だが、どの女もみな美しかった。彼もまた紳士と名指されるほど礼儀正しい人間だったから、彼と女が並んで歩いているさまは綺麗な絵になった。
 もうひとつ共通しているのは、女は彼に心酔している、ということである。彼以外の男など見向きもせず、一時も彼の側から離れようとしない。
 人々は、彼が女を飼っていると噂した。
 だが、それはあたかも彼の勲章であるかのように取り沙汰された。

 

 

 また女が替わった。
 一週間前は腰まで伸びた銀髪が美しい女性だったのに、今は緑の黒髪が映える少女に替わっている。
 年端もいかない少女だった。だが醸し出す雰囲気は淑女のそれを思わせ、彼の隣を歩いていても遜色はない。娘でなく恋人、あるいは伴侶と見なすことも出来るくらいに。
 彼の女は、たいてい彼の腕に自身の腕を絡めて歩く。けれども、彼女は彼の二歩後ろを歩いていた。犬のように。召使のように。蟻の行列のように。
 青い血管が浮き出て見える手の甲を、身体の前で組む。胸元はざっくりと開き、露出が過ぎないよう紐で括りつけられている。色白というには不健康なきらいがある顔色に、小さい鼻と口が申し訳程度に添えられている。表情は無いに等しいが、人形と呼ぶには抵抗がある。
 彼は、後ろを歩く彼女のことなど見向きもせず、大人の歩幅で歩き続ける。彼女はやや小走りに彼を追い、彼がふっと歩みを緩めると、安心したように息をつく。すると、追い着くか否かという境に、彼はまた足を速めるのだった。
 その様は親子と呼ぶに相応しかったが、ひとたびふたりの表情を窺えば、そこに浮かんでいるのが思慕の感情であると気付くだろう。誰しも。理由はわからずとも。
 たとい、飼育の関係にあると邪推されようと。
「失敬」
 彼は、彼女に向けていた眼差しを声の主に返す。
 立っているのは凛々しい立ち振る舞いの女性で、その表情には険がある。敵意がひしひしと感じられる。彼は、敵意どころか女性に対する好意すら感じさせる口調で、「慧音様」と口にした。
「何か」
「そこの少女について、詳しくお聞きしたい」
「ああ」
 得心が入った様子で、彼は神妙に頷いた。彼女は彼を見上げている。自然、彼と瞳が合う。
「新しく我が家に仕えることになりました、召使いの子です。ほら、ご挨拶は」
 二歩後ろに下がっていた彼女が、二歩進み、彼の横に並ぶ。
「初めまして。貴女様のご高名はかねがね」
「ありがとう。でも、歯の浮くような台詞を言う場面じゃないんだよ、今は」
「……そうでしょうか」
 そうよ、と慧音と呼ばれた女性は頷いた。それから悠然と佇む彼に視線を向け、聴取を続ける。
「そういえば、以前私に紹介してくれた女性は」
「残念ですが、あまりに多くの皿を割るものですから、泣く泣く暇を出さなければならなかったのです」
「その前は」
「母親の病状が芳しくないということでしたので、実家に帰省致しました」
 歯軋りの音が聞こえる。
「……その前は」
「遠い、遠い旅路に」
 彼の口調は変わらない。
「言いたいことはそれだけか」
 慧音は、みずからの拳を強く握り締めている。親指を握り潰さんばかりにぎりぎりと、見る者に焦燥と動揺を与える音。けれども、彼は全く動じなかった。「何のことでしょう」と首を振る。その隣、黒髪の彼女が似たような仕草で首を振る。
「何か、勘違いをされてらっしゃる」
 物言いたげな慧音に、彼は柔らかい調子で言葉を紡ぐ。
「私は、彼女たちを愛しています。愛していました。それは今も変わらない。貴女は、何か勘違いをしているようだ……私はただ、彼女たちを養っているに過ぎません。そのかわり、彼女たちには仕事をして頂く。それで等価です。それ以上でも、それ以下でもございません」
 喋っているうちに身体が火照り、自分でも興奮していると察した彼は、少しばかり呼吸を整えてから、告げる。
「ですから、ご心配なく」
「さようなら」
 歩き始めた彼の後ろに続き、すれ違いざま、彼女は慧音に言った。
 振り返り、人の気配の絶えた通りを歩くふたりを眺め、慧音は人知れず眉に皺を寄せた。

 

 

 家に帰ると、彼女は居間に通された。彼が淹れてくれる紅茶を待つことしばし、片手にトレイを持った彼が姿を現した。慧音には召使いと紹介したが、こうして見ると彼の方がよほど召使いに向いている。
 ふかふかのソファに腰を落ち着け、彼女は差し出された白磁のカップを手に取る。手のひらに広がるかすかな熱と確かな重みが、鼻から口へ、瞬く間に浸透していく。舌でなくても、飲み込まなくても、この紅茶が如何に素晴らしいものであるか、彼女は瞬時に理解していた。
「頂きます」
「どうぞ」
 促され、器を傾ける。と同時に、琥珀色の液体が彼女の舌を満たす。
 鼻を通り、鼻に抜ける水の香りが、部屋全体に広がろうかという、その刹那。
「昔、私はある女性を愛した」
 おもむろに、彼は話し始めた。
 真正面に座る彼女と向かい合ったまま、目も逸らさず、自分は何も口に含まず。
 彼女は紅茶を啜りながら、彼の話に耳を傾ける。
「けれど、その愛にも終わりが来た。その人は、私を罵るように消えてしまったよ。何故なのだろう、と私は考えた。答えなど出るわけもないと知りながら、それでもなお答えを探し続けた。探さなければ、納得がいかなかったのだろう。時間の無駄、愚かさの極み……と、今なら嘲笑うこともできようが、当時はそうもいかなかった。――私も、若かった。全てのことに、答えを出さなければ気が済まなかった」
 彼は一旦言葉を区切り、膝の上にカップを置いてじっとしている彼女に、含みのある笑みを向けた。
「雛は、私のことを好きだと言ってくれたが」
 雛は、名前を呼ばれて驚いたように身を竦ませ、そのせいで紅茶をこぼした。真っ黒なワンピースに、黒い染みがゆっくりと広がっていく。
「私は、それが嘘だと思っている」
 動揺が波紋となり、カップに残された紅茶を小刻みに揺らす。おそらくは震えているであろう雛の肩に、彼は優しく己の手のひらを置いた。
「でも、それが嘘だとしても、私は構わない」
 彼は、以前の女と散歩をしているとき、川のほとりで倒れている雛を発見した。しばらくは彼の家で面倒を見ていたが、外に出歩くようになったのは、前の女がどこかに居なくなってからだった。
 その女性に介抱されていた雛は、彼に話を聞こうとした。が、明確な答えが返ってくることはなかった。
「私は、雛を愛しているからね」
 手のひらに力がこもる。雛の肩が強張り、それを解すように、彼の手のひらが彼女の肩を撫でる。
「どうすればよいのか、どうすればよかったのか。考え続けて、ようやく答えに辿り着くことができた。愛が終わらない方法を」
 彼の視線が、水面に落ちる。
「お互いが満たされたまま、永遠に愛し続けることができる。その理想を体現した魔法の薬」
 口の端を歪め、彼は穏やかに笑う。普段ならば情に満ち溢れた笑みと捉えられる表情も、話を理解していくにつれ、その表皮の裏に得体の知れない不気味な造形があることに気付く。
「――貴方は」
 声を発した途端、がく、と雛の身体がくず折れる。
 変調には理由があった。彼が淹れてくれた紅茶。彼は手を付けていなかった紅茶。それを何の疑いもなく飲んでいた雛。こういう茶会は何度もあった。彼が何故紅茶を飲まないのか、疑問に思うことはあった。だが、その紅茶に沈み込んだ虚ろな瞳の色を、ついぞ見抜くことはできなかった。
 辛うじて手のひらに収めていたカップが、雛の膝の上から零れ落ち、重厚な絨毯にだだっ広い染みを作る。琥珀色から闇色に沈んだ液体の中に、跪き、荒い呼吸を浴びせかける。胸を掻き毟るような動作は、身体の芯から湧き起こる淫靡な情動に由来するのか。いずれにしても、胸の前に掛け合わせていた紐とボタンを引き千切ったこと、それだけが全てであった。
「薬の効き目が薄いのは、個体差があるからだ。でも、根気よく、愛が芽生えるまで待ち続けた。そして、今、それが結実した」
 違う。
 咆えようとして、でも首が持ち上がらない。傍らに佇んでいる男の声は酷く低く、温和で耳ざわりのよい響きであることは確かなのに、どうしても、どうしても、頭の内側に虫が這い回るような気持ち悪さが先に立った。
「求めるあまり、薬を与えすぎてもいけない。病気になってしまう。――加減が必要なんだよ。思えば、私はそれをずっと模索していたのだろう。物言わぬ人形にならないよう、物心の憑いていない子どもに戻らぬよう、丹念に、ゆっくりと、愛を分かち合うことができるよう」
 そっと、死にゆく者の肩に手を添えるように、彼はうずくまる雛の肩に手をやった。
 意外に骨張ってごつごつした指の感触を知り、雛は、いっそ失神すれば楽になれるのかな、と試しに舌を噛んでみた。
「行こうか」
 だが結局は、身体が浮き上がる感覚と、胸の内側を駆け巡る見えざる炎の衝突に、意識が断絶寸前のところにまで追い詰められるだけだった。
「――あ、あっ」
 スパークする。
 悶絶する雛の頬をさすり、彼は音もなく微笑む。慈悲深く、今までもそうであったように。
 雛は運ばれていく。
 きっと、数え切れない女の無念が横たわるシーツの上に。

 

 

 未熟な肉体だった。
 だが、少女性という意味合いならば息を呑む。
 彼の反応もおおむね後者の意図を汲んだもので、少しは穏やかになった雛の呼吸と、それに合わせて上下する小ぶりな隆起を、舐め尽くして弄ぶようにじっと見つめていた。
「……ん、は、ぁ……、はっ、あ、貴方……」
 赤らんだ顔を持ち上げ、雛が彼に語りかける。彼は既に半裸となっていて、ベルトも幾分か緩めている。後はベッドに圧し掛かろうかという際に、雛は己の意志に反して荒れ狂う精神をどうにか押し留め、先程は発し得なかった言葉を繋ぐ。
「こんな、ことで……誰かを、縛れると」
「……縛る?」
 不思議そうに、彼は子どもっぽく首を傾げた。それから、一気に雛の上に覆い被さり、有無を言わさぬまま唇を重ねた。
「――――んんっ」
 突き放そうとしても、腕に力が入らない。唇は甘く、だがそれは薬の効能がそう感じさせているのかもしれない。感覚は判然とせず、意識は混濁していた。
「……ん、ぷぁ……、あ、ふ……」
 唇が離れる。目と鼻の先に、彼の顔が迫っている。
「これは愛だよ」
 愛は惜しみなく奪うものだと言わんばかりに、彼は雛の頬を愛しげに撫でる。嫌悪も拒絶も出来ぬまま、雛は彼の挙動全てを受け入れる。感情は確かに彼を否定しているのに、身体は満足に言うことを利かない。それどころか、男の肌と温もりを余すところなく許容するべく、心身が造りかえられている印象がある。
 かくも、薬の力はおぞましいものか。
 ――ならば。
「受け入れなさい」
 甘ったるい声に、意識が遠ざかる。視界が曖昧になる。
 みずから舌を差し出すことはせずとも、小さく、ほのかに口を開いただけでも、雛の心が陥落したことは明らかだった。それに乗じて、彼の手が雛の幼い乳房に触れる。
「う、ぁ」
 苦悶が零れる。薄桃色に彩られた無垢な乳頭は、雛自身も御し切れない煩悶によって硬く勃起している。彼が親指を合わせると、首筋を焼き切るような電流が駆け巡る。抓まれでもされたら――と、恐怖と期待が激しく相克する中、事実、そのような行為が行われ、雛は危うく意識を手放しそうになった。
「――――ん、あ」
 肌は白く、染みも、傷痕も、陰りすら見られない。少女性、処女性の極みに達し、理想的ですらあった。息を呑む。これからこの少女をまんべんなく貪れると自覚すれば、紳士の仮面も容易く剥がれるというものであろう。
 黒髪が胸の前に垂れ、鎖骨の上を波打つように流れていく。抵抗する余地もなく投げ出された手は、シーツを握り締める力もなく、彼に嬲られるごとに小さく動くのみだった。
「綺麗だよ」
 真実、嘘偽りのない言葉であろうことは、雛も理解していた。彼の瞳は、初めて出会った時と何も変わらず、透き通るような深緑をたたえている。純粋で、ただ欲するものを欲する心は、見た目の美しさに反し、ひどく禍々しい。
 彼はワンピースをめくりあげ、下腹部を露にする。張りのある太ももを撫で、軽く捻れば簡単に折れてしまいそうな足首を、小刻みに揺り動かす。ぱき、ぽき、と関節が鳴る。そのたびに、痛みか、もどかしさで雛の顔が歪む。
「あ、はッ……」
 熱を帯びた吐息も、しかし彼の興奮を助長させる結果にしかならない。指先がまさぐるのは、まだ陰毛もなく滑りのよい女陰であり、それでいて、ひくひくと突き入れられるものを求める様は、女の器官が醸し出すそれであった。
 彼が、驚いたように眉を潜める。
「そうか」
 そして納得した様子で頷いて、秘壺に指を突き入れる。
「――ん、ぐうぅ!」
 背を逸らし、喉の奥から震わせた悲鳴も、実際には甘美な嬌声としてしか響かなかった。事実、雛の膣はてらてらと鈍く光る雫を垂らし、その口をだらしなく開こうとしている。固く閉じられているはずの門扉は、その実いとも簡単に開け放たれた。
「経験はあるようだ。なら、感覚に戸惑うこともない」
 破瓜、あるいは未知なる世界に飛び込むが故の恐怖もなく、純粋に、快感を快感として味わうことができる。それはありのままの性交である。彼は、雛にそれを与えることができる悦びを、ただひたむきに感謝していた。
 ねじ入れ、突き込み、掻き混ぜる。そのたびに溢れ出す生温かい雫は、お預けを喰らった犬が垂れ流す涎のように、大量に、だらしがないほどに噴出する。音は瞬く間に水気を帯びたものとなり、彼の手のひらも噴き出す愛液の激しさにそぼ濡れる。
 雛の愛液で濡れた指先を、彼は雛の眼前に突き出す。
「さあ」
 どうすればいいのか、聞くまでないことだった。
 雛は素直に、彼の人差し指を口に含み、舌に感じる酸っぱい味覚に顔をしかめる。
「ん、ぅ……ちゅ、ぷちゅ……ちゅぷ」
 甘美な刺激に、彼は小さく呻く。小さな舌で、懸命に舐め取られている感覚に、みずからの怒張も硬くいきり立つ。
 頃合だった。
 緩めたベルトを一気に引き抜き、弾かれるままに逸物を露にする。雛に味わわせていた指を抜き、下半身を完全に露出する。
「――ん、はぁ……あ、あぁ……」
 雛は、ベッドの上に乗る彼の股間を目の当たりにして、声を失った。
 如何に雛が経験者であるといえども、幾度も使い込まれた男の分身を受け入れるには、雛の性器はあまりに未熟だった。お互いにそれを悟りながら、目を背けることができない。
 投げ出された足に手を掛け、雛の股を開く。潤滑油は雛の陰口を誇示し、誰に望まれずとも勝手に蜜を生み出し続ける。
「行くよ」
 来て、とも、来ないで、とも言えない。
 否定と許容が雛の頭の中で衝突し、弾け、火花を散らしている間に、彼の先端が雛の入口に触れる。
「――――ぁ」
 突き込まれる。
 叫びは喉の奥に沈み、痛みはあってないようなものだった。ただ、漠然とした衝撃だけがある。
「……くぁ、は、あぁぁ!」
 ようやく、悲鳴が零れる。だが、そこに悦びが混じっていないかどうか、雛には判断できなかった。彼の表情が満ち足りているところからすれば、雛の心身は確かに、彼の手の中にあった。
 一定の間隔で腰を振り続け、そこから逃げるように雛は身をよじる。だが彼の手は雛の細く締まった腰を掴み、決して逃さぬよう捕らえている。ある種の諦観が雛の脳裏をよぎる。諦めてもよいのではないか。逃げずともよいのではないか。あるいはそれは、落ちるがままに堕ちていく、底なしの快楽に対する諦観かもしれなかったけれど。
 契りは交わされる。一方的に、与えられるまま、奪われるがままに。
「はッ、ふ、んんぅ……かッ、あ、はぁぁ! ……や、んッ、いやぁ……」
 瞳から零れる涙を拭う力も失せ、雛は嗚咽を漏らす。こめかみに下り、耳の穴に落ちようとする健気な川を、彼の指が堰き止める。雛が泣いていること、それ自体に悲哀や歓喜を抱いている様子はなかった。
 愛液とカウパー液が肉棒の侵食を滑らかにし、雛の痛みを和らげ、ふたりに快感をもたらす。締められ、穿たれ、包み、犯し、身体のみならず、心まで満たされているような錯覚を得る。それが愛だと、彼は言うだろう。雛は、そうかもしれない、と思い始めてもいた。
 ――けれど。
「うぅッ……!」
 彼が、苦悶の表情を浮かべる。
 終わりの予感がある。雛も、直前で肉棒が引き抜かれる淡い期待など抱かず、ただ膣で射精される覚悟を決めた。
 そして。
「――――ぁ、んあぁぁぁッ!」
 彼よりも遥かに大きな声を上げ、雛は、射精を受け入れた。
 びく、びくッと下腹部で蠢く精液の勢いに、戸惑い、嘆き、如何なる思いか知れない涙を流す。彼はしばらく呻き声のようなものを漏らし続け、雛の膣に己の分身を埋没されたまま、種を植え付けられた雛の表情に見入っている。
「……は、はぁ、雛、雛……」
 何度も名前を呼び、とめどなく流れる涙を掬い、舐め取る。しまいにはみずからの舌で雛の涙を拭おうとし、むずがゆそうに顔を背ける雛を思い、苦笑気味に唇を離す。好い加減に萎えた逸物を引き抜くと、雛の中から多量の白濁液が堰を切ったように溢れ出す。どれくらい溜めていたのか、想像するに恐ろしい量である。
 雛は思う。これは全て彼の計算であって、それにはきっと、雛の月経周期も含まれているのだと。
 雛が最も受精しやすい時期に、彼は計画の終焉を用意した。
 何もかも、彼の手のひらの上だった。
「……はぁ、あぁ……ふ、ふぅ……」
 自嘲するように、雛は笑う。それを見て、彼もまた、口の端を歪めた。
 恍惚としている雛を慰めようと伸ばした手のひらは、しかし、最後まで届くことはなかったけれど。
 それもまた、仕方のないことだ。
「可哀想な人……」
 はっきりと、女の顔をして、雛は言う。
 ぞくりと背中に悪寒が走り、彼は直前まで伸ばした手を止め、後退る。だが、その手首は、今までぴくりとしか動かなかったはずの、雛の手に強く握り締められた。痛いくらいに。
「ッ――!」
 剥がそうとしても、頑として離れない。尚も、雛は寂しげに呟く。
「薬に頼らなければ、愛を確かめることもできなかったなんて……なんて、可哀想」
「……雛」
 名前を呼ぶ。目の前にいる人物が、かつての少女であったことを確かめるように。
「そう。雛」
 くすり、と笑う。身を起こし、胸元に下りた髪を指先で巻き取る。
 気がつけば緑の黒髪は、その緑が濃く広がっていた。
「貴方に拾われたのも何かの縁だと、頑なに信じていたけれど。それも終わり。あとはもう、私の使命を果たすだけになってしまったわ」
「……使命?」
「そう。使命」
 もはやオウム返しをするしかなくなった彼の頬に、雛はみずからの手のひらを添える。びくっと身じろぎをする彼の姿が、かつての雛と綺麗に重なる。
 犯された少女が、陰部から男の欲望を垂れ流している女が、使命という大層な言葉を口にする。けれども、彼には何故か、それが滑稽な嘘だとはどうしても思えなかった。
 慈悲深い笑みをたたえている少女は、きっと、使命と呼ぶに足る荷を抱えているのだと。
 何の根拠もなく、そう思えてしまったから。
「厄を集めるのが私の使命。私が引き受けるのは人の不幸、逃れることのできない絶望、そこから人を救い出せるほどの力はないけれど、せめて、私はその重荷をわずかでも引き受けましょう」
 言って、雛は彼の唇にキスをする。
 親愛や友好から程遠い、同情の唇だった。期せずして、彼はそれに気付いてしまった。雛の笑顔があまりにも優しすぎたから、彼ひとりが受け取るには、あまりに大きすぎる笑みだったから。
 だから、もう終わりなのだと思った。
「貴方は、この屋敷に取り巻く数多の厄」
 彼を押し倒し、既に萎え切った逸物を丁寧にしごく。逸物は見る間に以前の硬さを取り戻し、彼を上から見下ろしている雛の身体は、いつの間にか女として成熟していた。露になった乳房はたわわに揺れ、胸元にも伸びた深緑の髪は、紅いリボンで結ばれている。
「もう、終わりにしましょう」
 そう言って、雛は彼の逸物をみずからの女陰に導く。
「ん……」
 声が漏れる。こめかみを流れた涙は既に乾き切り、けれども、まぶたを閉じれば目尻が痛んだ。
 動けない彼に代わり、雛は腰を上下させる。きつく締め上げ、擦りあげるたび、放たれた精液が逸物を伝って彼の下腹部に垂れる。愛液と精液とが潤滑油の役割を代替し、成熟した雛の肉体が快感を助長させる。
 彼が苦しげに射精を訴えるまで、そう長い時間はかからなかった。
「ぁ、かッ……!」
 ――びゅッ、ごぷぅ……!
 射精する。先程にも負けぬ大量の精液が、雛の膣にあますところなく注がれる。それでも収まりきらなかった精液が逆流し、こぽこぽと音を立てて下に零れる。
 ――ずびゅる、びゅくッ、ぶぴゅぅッ!
 だが、射精は止まらない。
 射精直後の男性器は、最も刺激に敏感な状態になっている。それ故に、相応の刺激を加えれば瞬く間に射精を促すことができる。限度はあるにせよ、物理的に可能であることは確かだった。
「……はッ、ぐ……! うぁ……ッ!」
 ――ぷしゅッ、くぷぅ、ごぽぉ……。
 腰をくねらせ、肉襞をこねまわし、包み込むように、愛でるように肉棒を味わい尽くす。放たれた精液もまた男根を刺激し、彼を終わりのない射精に導く一因となる。
 雛は、彼の頬に手のひらを当て、その熱を感じながら、寂しげに呟く。
「だから、せめて」

 

 私は、貴方を愛しましょう。

 

 

 

 

 里の外れに豪奢な屋敷を構える初老の紳士は、美しい女を飼っていた。
 女たちは屋敷に閉じ込められ、呆けた者、幼児退行を起こした者、眠り続ける者、何らかの障害を来たしたまま、それでも健やかなまま発見された。彼は、彼女たちが手の施しようのない状態になってからも、全員の世話を見続けていたと考えられる。
 屋敷の地下室から、女たちに投与していたと思われる薬品が発見され、八意永琳による鑑定の結果、催淫薬の一種であると解った。
 彼は、自室のベッドに寝転び、心臓が停止した状態で見つかった。死後、一日は経過していたと見られる。
 彼の姿が裸であったこと、精液、愛液などから情事の最中、あるいは事後であったとし、腹上死であると断定された。
 尚、最後に目撃された黒髪の少女の行方は、以前(よう)として知れない。

 

 現在、その屋敷の存在は上白沢慧音が隠匿し、女たちは、彼女の庇護の元に暮らしている。
 時折、女が彼の名前を呼ぶことがあるけれど、時が経つにつれ、その名前も忘れられていった。

 

 

 

 



秋静葉  秋穣子  河城にとり  犬走椛  東風谷早苗  八坂神奈子  洩矢諏訪子

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2008年5月19日 藤村流

 



 

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