薔薇姫の棘 15

その日、グラスランドはエリザにひとつ約束を乞いました。
「約束して、エリザ。
僕の授業がはじまる時刻、9時には勉強部屋にいるって」
エリザは無視しようと思ったのですが、グラスランドは構わず続けて。

「いつだって抜け出せるってわかったよね。
いつ、どこに君がいるかは、君が決めるんだ」

また逃げ出したら厳しくするって言ったくせに。
抗議すると「そうだよ」ってエリザには納得のいかない答えが返ります。

「やっぱり、意味わかんない」
この人の言うことは、いつも何かずれてる気がする。
いまもぎゅっと抱かれたし。
それってきっと、あたしが怒鳴らずに話したからだ。

「やらされるのと、自分で決めてやるのとの違いだよ。
もっとも、約束してもしなくても、さっき言ったとおり「いつどこにいるか」を決めるのは君なんだけどね。
決まった時間に勉強部屋にいなきゃいけないってことはもうわかったはずだから、いなかったら叱るけど、
叱られるからそうするって理由で、君は納得できるかな」

・・・それはヤダ。
よくわかんないこと言われてるけど、叱られるからそうするっていうのは確かに嫌だ。
でも、だから約束っていうのも、何か違う、どこかずれてる、そう思う。
よくわかんない、でもわかるのはグラスランドは言いつければ終わりとは思ってないこと。
なんだろう、確かに言われたからやらされるって嫌だけど。

「・・・違う」
「うん?」
わからないまま話すのに、教師は聞くよ、言ってごらんって響きを乗せてくれたから。
「なんか・・・だから約束っていうのは嫌」
「そう、なるほど?」
叱られるかと思ったけれど、まだ聞いてくれてて、だから気持ちを探す。
「叱られるから、も嫌だけど。や、やらないって言ってるわけじゃないけど。
うう、えっと、だから」

うまく言葉にできなくて、叫びそうになる。
「うん、伝わってるよ、エリザ。それから?」
その言葉、グラスランドは声に出してたのかな。
それとも、そういうふうに肩を撫でてくれたから、あたしがそう感じただけかな。

エリザは、ぎゅっと拳を握って言葉を探しました。
聞いてくれるから。
ここで怒鳴っても意味がない。言いたいことがあって言いたい、でも、何て言えばいい?

「約束なんてしない。したくない。
だって、約束したからじゃない。
やるけど。約束じゃなくて、叱られるからじゃなくて、よくわかんないけど、約束なんていらない」

言いながら、ちょっと声のボリュームがあがってしまったけど。
エリザが気持ちを吐き出すと、グラスランドはぎゅっと彼女を抱きしめました。

「わかった、エリザ。
その気持ち、大事にして」

グラスランドは内心かなり驚いて、いえ、後悔していたのですけれど。
いま、このとき伝える言葉に迷うことはありませんでした。

「話してくれてありがとう」

その言葉が口に苦いのは、彼が初日から幾度も彼女にいろんな約束を求めてきたから。
間違っていたとは思わないけれど、エリザがこんなふうに感じるとも思ってなかった。
考えが足りなかったことは否めません。

約束でなくてただそうする。
それは、自分の中にだけ理由があればそれでいいっていう誇り。
エリザがそう思うのなら、それ以上に大切なものなんてありません。

エリザの方はなぜグラスランドがありがとうと言うのかはわからないままでしたが、
どきっとするような、でもふわっとするような温かさを感じました。
「大事にして」と言われたけれど。
あたしの気持ちを大事にしたのはこの人で。

あたしの気持ち。あたしの気持ちって、なんだろう。
・・・やる、なんて言ったの後悔した方がいいかな。
そういうこと、ちょっとは思ったんだけど。
まあいいか、言っても言わなくてもやらなかったら叱られるの同じだし。
いつどこにいるかは、あたしが決める。
いつか抜け出すかもしれないけれど。抜け出さないかもしれないけど。

いろんなあたしの譲れなさが、尊重されたこの気持ちには詰まってる。
自分で自分が、完全に分かっているわけじゃないけど。
あたしはあたし。
自分の気持ちをグラスランドは大事にしてくれた。

「君がちゃんと伝えてくれたからだよ」
グラスランドの囁きにこくんと頷いて、エリザは話せてよかったと思うのでした。


2012.7.29 up
暑くて干上がりそうですね〜。
すみません、前回の続きのようで。といいますか幕間?
次の話の前振りにさくっと約束してもらうつもりだったのに、こんなことに。
次回か次次回にはスパがあるんじゃないかと思います・・・。

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