薔薇姫の棘 7
庭師と別れたグラスランドは、エリザの私室を訪れました。
彼女は部屋の隅のソファーできゅっと小さくなっていました。
山吹の枝はテーブルの上。
柔らかなソファーの上で、けれど膝を抱え込んでそっぽを向いている娘の隣に。
グラスランドは静かに深く腰を掛け、ゆっくりと話しかけました。
「エリザ、怖がらせてしまった?ごめんね」
僕とコンフリーさんは別にケンカをしたわけではないから、悲しまなくていいんだよ。
かなしい?あたしが?
自分が悲しんでいるなんて言われるのは、エリザは嫌でした。
もちろん怖がってたっていうのも。
といって自分の中にはよくわからない気持ちがざわざわして重たくて、言い返すのも嫌でエリザはさらに深く膝に顔を埋めました。
ゆっくりと、グラスランドの手がエリザの肩に触れます。
そのまましばらく彼はエリザの肩を抱いていて、エリザはちょっと居心地悪い思いをしました。
何か、むずむずする。
でも同時に何だかそのままでいたくもあって、うつむいたままエリザの肩の力はすこしだけ、ほんの少しだけ緩みました。
「エリザ、山吹の花は綺麗かな」
それを待ってそしてゆっくりと掛けられる言葉。
エリザはすこし顔を上げてテーブルの上の山吹を視界に捕らえて。
それからこくんと頷きました。
「好き?」
短い質問にまた頷きます。今度は、ちいさく声も出ました。
「・・・うん」
よかった、とグラスランドが重ねた声は、エリザの耳にもやさしく響きました。
「僕も、コンフリーさんも、山吹の花が好きだよ。そして君も」
あたしも、山吹は好き。
「僕も、コンフリーさんも、君を好きだよ、エリザ」
あたしを?
それ、やっぱり何かむずむずする。居心地悪い。
少女の肩がこわばったのにグラスランドは今度は構いませんでした。
はっきりと繰り返します。
「僕も、コンフリーさんも、君を大切に思ってる。悲しまないで。
僕も、コンフリーさんも、そして君も、山吹を好きだよ、エリザ。この花を愛しんでやって」
花さえ愛しんでくだされば。さっきのコンフリーの声はまだエリザの耳に残っていましたが。
それよりも居心地の悪さにエリザが口にした言葉は、わずかづつほどけかけた気持ちにまた重たいかたちを与えてしまったような。エリザは自分で、そう感じました。
「・・・うるさいわよ!そんなこと言わずに、引っぱたきたかったら引っぱたけばいいじゃない!」
顔を上げて、グラスランドをきゅっと睨みつけたエリザに。
グラスランドは静かな視線を返して、そして彼女を脇の下から抱き上げました。
もちろん全身をぎゅっと固くしたエリザを膝に乗せて、・・・・・いえ、膝の上に倒してしまうのではなくて、膝の上に掛けさせたエリザをぎゅっと抱き締めるのでした。
「いまその必要はないよ、エリザ」
ありがとうって言えなくて、辛い思いをしたのは君だ。
「違うったら!」
「違わない」
「何で、もう、・・・黙ってったら・・・」
「うん」
押し問答の末出てきた「黙って」なんて言葉にも律儀に返事を返したグラスランドは、その返事のとおりそれからひととき沈黙しました。「黙って」といったエリザベスも、口を開きたくはありません。
ふたりの上に流れる静けさ。
胸の中のざわざわした重たさをどうしていいか分からないでもてあますエリザを、グラスランドはやわらかくでもしっかりと包んでいました。
叩けば、いいのに。
叱られるのなんて、すごくすごく嫌だったのだけれど。
エリザはどこかでそう考えていました。
そうしたら・・・そうしたら、こんなざわざわした気持ちじゃなくて、何かに片がつくのに。
ちょうど、今日の朝のように。
そう思ったらでも、それだけでちょっとお尻の痛みを思い出してやっぱ嫌だって慌てて自分の考えを打ち消したのですが。
それでもどこかで、彼女はそう考えていて。
そしてグラスランドがそうはしないだろうことも、何となくわかりました。
どうしたらいいのよ。
どうしていいかわからない。
どうしていいかわからないからさっきエリザはうるさい、と叫んだのでしたが、喚いても楽になれないってこともまたさっき分かってしまったのでした。
どうしたらいいのよ。
何も言えなくて、エリザは自分を抱いているグラスランドの胸をどん、と叩きました。
グラスランドはそれを咎めはせずに、ただエリザの腕を握ってそして彼女の顔を覗き込みました。
きっ、と怒っているようにも見える彼女の顔。
けれど揺れる瞳の中、きゅっと結んだ口元に途方に暮れている影があるのを見誤るような教師ではありません。
「エリザ、この花を愛しんでやって」
グラスランドは静かに口を開きました。
「コンフリーさんから伝言だよ。
水揚げをして―――水の中で枝元を切って、毎日水を換えてあげれば1週間は保つでしょう、って」
やってみる?と尋ねたグラスランドにエリザはこくりと頷きました。
それじゃあ、と教師は笑います。
リリィに頼んで、花瓶と鋏とバケツを用意してもらわなくてはね。
エリザを床の上に抱き下ろすと、ふたりは手をつないでリリィを探しに出かけました。
エリザのもう一方の手には山吹の花を抱えて。
「あら、綺麗な山吹ですね」
ぱたぱたと花瓶やらなにやら用意して、水揚げのやり方も(ええ、グラスランドよりはよほど要領よく)教えてくれたリリィにエリザベスは小さく呟きました。
「・・・ありがと」
リリィは「いえ、お嬢様!」と言いかけたのを止め、花のように晴れやかに笑って言いました。
「どういたしまして」
つられて笑顔を零したエリザは不意に、後ろから抱き上げられました。
やだ、聞かれてないと思ったのに。
グラスランドは何も言わずにエリザをきゅっと抱き締めて、またすぐにふわっと降ろしてくれたので。
エリザは自分の表情を教師に見られずにすんでほっとしつつ、はにかみながらリリィと笑いかわすのでした。
2007.8.11 up
手探りで進むひとたち。書いてる方も・・・むしろ書いてる方が^_^;。