薔薇姫の棘 2

―――言葉で説明してわかってもらえないようなら、ほかの手段をとるしかないね。

ほかの手段って何よ、と聞き返す間もなく、エリザはグラスランドに抱きかかえられてしまいました。

「や、ちょっと、何するの?」
「言葉でわかってもらえないから、身体で覚えてもらおうと思って」
グラスランドはソファーに深く腰をかけると、エリザを膝の上に横たえます。
「やだ、離してよ!」
「離してあげない。僕は君にわかってほしいことがあるから」
「いやよ!」

「あ、やだ!」

グラスランドはエリザが何と言って暴れても構わずに、そのスカートを捲り上げ、下着を下ろしてしまいました。
「いやだってば!何するのよ、ばか!」

「レッスンですよ、お嬢さん」

ぱしん!

「痛い!」
ぱしん!
「痛いってば!」

ぱしん!
「やだぁ、やめてよ!」

ぱしん!

グラスランドは黙ってエリザのお尻に平手を落としていきます。
エリザといえばこんな体験は初めてで、暴れて逃げ出そうとするのですが。そんなに力を入れて押さえつけられている感じもしないのに、なぜかどうしてもグラスランドの膝の上からは抜けられません。
ぱしん!

「痛いってば!鬼!」
ぱしん!

「やだ!ちょっと、何とか言いなさいよ!」
ぱしん!

「嫌なのはわかっているよ。お仕置きだからね」
ぱしん!
グラスランドは手を止めませんでしたが、ようやく、エリザに語り掛けました。
とても口惜しいことではありましたが、エリザはほんの少しばかりほっとしたことを認めざるを得ませんでした。

ぱしん!
「だったらやめなさいよ!痛いってば!」
「そういうわけにもいかないよ。僕は君にわかってほしいことがあるって、言っただろう?」
ぱしん!

お仕置きなんて初めてのエリザのお尻はもう真っ赤です。グラスランドは手加減をして叩いてはいるのですが、エリザにはそんなことはわかりません。
「嫌だってば!止めてよ!」
「わかってくれるまで止められないよ」

ぱしん!
「だから、何のことよ!」
聞いたら負けのような予感も、エリザの中にはちょこっとあったのですが、でもそんなものに構ってはいられません。だって、もうお尻はじんじんじんじん痛いのですもの。とはいえ、グラスランドの言うことを聞くつもりがあったわけでもないのです。
でもどうしたら止めてもらえるのか分からずに、エリザはそう喚いたのでした。

「さっき教えてあげたよね。初対面の相手に怒鳴ったりしないこと、自己紹介をすること。
君のさっきまでの態度は、どうだったかな?」
ぱしん!
「それが何だって言うのよ!あんたの言うことなんか、聞かないんだから」
ぱしぃん!
う・・・。こんなこと言い返せばまた叩かれるなんてことは分かってましたけど、でもエリザも後には引けません。
「そんなこと言ってる間は、お仕置きは終わらないよ?
約束してほしいんだけど。初対面の相手には怒鳴ったりしないで自己紹介をするって」
ぱしん!

「難し過ぎて出来ないかな?そんなことないよね」
ぱしん!
「何馬鹿なこと言ってるのよ!そんなわけ・・・」

あ、あぶない。
グラスランドの少しからかうような口調に馬鹿にされるのも我慢ならないのですけれど、言いかけた言葉は相手が求めている言葉だと気づいてエリザは慌てて押し留めました。
「何よ、引っかかったりしないんだから!」
ぱしん!

「うーん、別に引っ掛けたいわけじゃないんだけど」
ぱしん!
それは君にとって出来ないことじゃない。
そんなこと、もうさっきから僕には分かっているけど、いま君自身も気がついたよね?
口にはしませんでしたがグラスランドはエリザの反応に満足でした。
もうすこしだけ、先に進んでくれるともっと嬉しいんだけどな。

ぱしん!
「痛いってば!」
「そうだね。痛いね」
ぱしん!
「だったら止めなさいよ!」

そんなことをいったからって止めてはくれないことは、もうエリザにもわかっていました。
だけど黙ってはいられません。だって、もう、痛くて痛くて、喚かないわけにいかないのです。

「初対面の相手には怒鳴ったりしないで自己紹介をするって、約束できる?」
「・・・・・。」
約束する、って言えば、グラスランドは手を止めるでしょう。
それは、わかってる。
でも嫌なのです。誰かの言うなりになるのは、ましてやこんな、意地悪な教師の言いなりになるのは嫌。

そう思うエリザは、何と言い返したらいいかわかりませんでした。
そんなこと約束しない、そう言いたい。けれどそう言えばまた強く打たれるのも目に見えています。
ぱしん!

「自分が間違ったことをしてるって、わかってるでしょ?」
「あたし、悪くなんかないもん!馬鹿!」
ぱしん!
こんどのグラスランドの言葉には、反射的にエリザは言い返してしまいました。
あたし、間違ってなんかない。

ぱしん!
・・・・・。
エリザは決して認めません。
その気持ちは、グラスランドにはっきりと伝わってきました。けれどそれでも、グラスランドはエリザがちゃんと分かっていることを確信していました。

ぱしん!
痛いだろうに。そして、このままではどこにも進まないって、よくよくわかってるだろうに。
ぱしん!
「痛いわよ!」
うん、知ってる。

エリザはグラスランドの語り掛けに、どれも間違いなしに答えています。
その答えが素直なものではないにしても。
君は賢い。僕の言いたいことは、みんなちゃんと受け取っている。
それを受け入れたくないっていう、自分の望みも知ってる。それが、何の解決にもならないことも。

ね、君は知ってる。
出会った人に対して、ほんとはどんな態度をとらなきゃいけないか、ちゃんと知ってる。
ううん、どうすればいいかは知らないかもしれないけど、いま自分のとってる態度が正しくないってことは知ってるよね。そうじゃなきゃ、はじめからそんなふうに突っかかってきたりしないでしょ。
ねぇ。

君と僕のレッスンは、まずはここから。
自分の知ってることを、認めてあげてよ、エリザベス。
正しくないことは、どんなに意地を張っても正しくない。

「自分が間違ったことをしたって時には、何て言うの?」
「・・・・・。知らないもん!」

ぱしん!
グラスランドはひとつエリザのお尻を打った後、ゆっくり、はっきりと言いました。
「だったら教えてあげるから。ごめんなさい、って言ってごらん?」
「・・・・・。」

ぱしん!
大きく、もうひとつ。
「言ってごらん?」
「・・・・・。」

ぱしん!   ぱしん!   ぱしん!

沈黙が続いたあと、グラスランドはふと手を止めました。
「言えない?」
「・・・・・言えばいいんでしょ、言えば!」

エリザの答えに、グラスランドは声に苦笑を滲ませます。
「言えばいいんでしょって、エリザ?僕は心からの言葉がほしいんだけどな。
でも、今日はそれでいいよ。言ってごらん?」

「・・・・・・ゴメンナサイ」

それは見事なまでの棒読みでしたけれど。
グラスランドは手を止めてエリザを抱き上げました。

「よく言えたね。偉いよ」
グラスランドはエリザをぎゅうっとぎゅっと抱きしめます。
彼はほんとうにとても嬉しかったので、その声はエリザがどきっとするほどしみじみと響いたのでした。

何言ってるんだろ、このヒト。
あのゴメンナサイに、少しも悪かったって気持ちなんて入ってないって分かったはずなのに。

そう、エリザはちゃんと知っていました。ごめんなさい、ってどういうことなのか。
自分がほんとうには謝っていないことも。
「今日はそれでいいよ」グラスランドのさっきの言葉はその場しのぎのものではありませんでした。エリザにもそれだけは、確かにわかったのです。

今日はそれでいいよ。ごめんなさいって気持ちがついてきてなくても、これからの約束までできなくても、自分のとってた態度が正しくないって認めて伝えることだけだって、君にとって簡単なことじゃなかったって知ってるから。
だからね、ほんとによく言えたって、偉いって、思ってるんだよ?

口にされなかったその気持ちのすべてがエリザに分かったわけではもちろんありませんけれど、グラスランドが心からの言葉を紡いでいることはわかります。
ちゃんと言えて偉かったよ、と衒いなくエリザを褒める教師に、エリザはやっぱり腕の中でそっぽを向きましたが。もう彼の腕から逃れようとまではしませんでした。

「あらためまして、エリザベス。僕はグラスランド、よろしく」
グラスランドは茶目っ気たっぷりに腕の中のエリザに語りかけました。そして、こんどもエリザにはグラスランドが何を言いたいか分かってしまったのです。・・・ちょっと悔しくもあったけど、別にいま言わなくたってもう叩かれたりはしなかっただろうけど。
誰かの腕の中にいるというのはエリザにとって酷く久しぶりで、たぶん、そのせいでの気の迷いなんです、きっとそうよ。

「あたしは、エリザベス。・・・よろしく」

よろしく、なんて言ったこと、エリザはあとで散々後悔するのですけれど。
いまこの瞬間は、言ってみてもいいかななんて思ったりしたのでした。

2007.3.10 up
ゆっくり進みます。まだ行き先が決まってません。^_^;
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