取扱いにご注意(後)

「俺は悪くない!カッターでもナイフでも、同じじゃん」

父さんは俺の言葉に返事をしなかった。
一人で荒れてる俺はおいといて、兄貴に向かう。

「祐樹、部屋に戻りなさい。お前との話は終わりだよ。
高天と話をさせてくれ」
「え、でも」
兄貴は気遣わしげな視線を俺に向けた。
俺けっこう酷いこと言ってるのに。や、酷いこと言ってるから、だから、かな。

「お前の前で高天と話すのは、お互いに嫌だろう?」
それって、話じゃないじゃん!

父さんの言おうとしてること、俺にも、兄貴にも、わかって。
そりゃまあ、こんなに素直じゃなかったら、叱られないわけない。
「だけど、もともとは、僕が」

「いいから、さっさと出てけよ!」
兄貴に声を荒げてどうするんだろ、俺。
でも父さんにも兄貴にもどっちにも腹が立つ、もう、よくわかんない。
兄貴が、俺のことを気にしてくれてるのはわかるんだけど。
それはそれでむかつくんだよ。なんでかな。

「俺、悪くないもん、別に兄ちゃんのせいじゃないし!さっさと、出てけよ」
こーゆー言い方ってよくない。けど、言わずにいられない。

「お前がいないほうが、高天も落ち着いて話せるよ。さあ」
それはきっと事実だけど、それを父さんに言われるのもむかつく。ああもう。
「父さん、でも」

兄貴はしばらく父さんをみつめて、父さんは兄貴をみつめ返した。
ふたりがそのとき俺のことをどう思ってたかわかんないけど。
「・・・わかった」

兄貴は俺を見て、何か言いたそうにして迷って、でも何も言わずに部屋を出て行った。
言われなかったことに、俺は心底ほっとした。どうして、かな。

ぱたん、と父さんの書斎の重いドアが静かに閉まる。
部屋は急に静かになった。

1秒、2秒、・・・うーん、どれくらい経ったのかな。
そんなに長い時間じゃなかったかもしれないけど、結構長く感じる。
父さんが何も言い出さないのにこっちから何を言おうか、と思った、そう思ったくらいのときにちょうど父さんが口を開いた。

「高天、ナイフはしばらく使わないと、約束しなさい」

・・・・・。
それは、予想していたのよりはずっと、ましな言われ方だった。
っていうか、たぶん最後にはそういうことにならざるをえない。
こんだけ騒ぎになって、俺に使い続けさせてくれるなんてわけないってことはぶっちゃけ俺にも分かってて。

わかった、って言えばいい。
まあ、言ってそれで話が終わるってものでもないだろうけど。
嫌だ、って言っていいことなんて何もない。
でも。
でもでもでも。

「・・・いや、だ」
かすれた声で、俺は答えた。
兄貴みたいに素直になんか、なれない。なりたくない。
俺と兄貴は、違う。

父さんはその答えに、大きく息をついた。
「高天、どうしてナイフを学校に持っていった?」
「だから!カッターの代わりに使うからって言ってるじゃん」
「カッターを学校に忘れたから祐樹に借りたんだろう?
ナイフを持っていく必要なんて、どこにもない」
「・・・・・。」

言われなくたって、わかってる。さっきわかった。
わかったけど、認めたくないんだ。

「使ってみたい気持ちも、人に見せたい気持ちも、あるだろう。
だが、お前やお前の友達には、まだそれをコントロールするのは難しい」
そうじゃなければ、こんな騒ぎにはならなかったはずだ。
耳に入る言葉は、わかるけど、わかってるけど、わかりたくない。

高天、と俺の頭の中で兄貴が困った顔で囁く。
頼むから。謝れよ、って。
思えば思うほど、がんじがらめに縛られるようで。
悪かった、って兄貴が言うのに、耳を塞ぎたくって。 それ以上、動けなかった。

「おいで」
父さんは腕を伸ばして、俺の身体を引き寄せた。
抵抗しようと思っても、どこかで諦めてる俺がいる。
そのまま膝の上に倒された俺は、やっぱり口をきけなくって、
父さんはぐいっと俺のズボンを下ろした。

ぱしぃん!

痛かった、けど。痛いけど、だからそれが何なんだろう。
痛いの嫌なら謝れってことだけど、そっちの方がどうしても嫌で。
父さんは俺を叩き続けた。

ぱしぃん!ぱしぃん!

父さんは、何も言わなかった。もちろん、俺も。
痛い。痛いってことだけははっきりしてて、だけど、それはそれだけのこと。
謝れば終わる。だけど。

ぱしぃん!ぱしぃん!ぱしぃん!

どれくらい、叩かれたんだか。
痛いのはいつまで続くとも知れなくて、もういやだ、とは思う。
けど、このままじゃ終わらないこともわかる。
終わらせるって謝るってことで。
それもどうしてもいやだった。

ぱしぃん!

「高天」

同じところをぐるぐる回ってる俺のココロに、掛けられたのはむしろ静かな声。
や、父さんの声が静かなのは今にはじまったことじゃないけど、
静かで…そして温かだった。
俺まだ謝ってない、のに。
うわ、何か、すごく胸がざらつく。

「・・・いや、だ」

名前を呼ばれただけで、それ以上何か言われたわけじゃなかったのに、
俺はその気持ちを吐き出していた。
言っても、仕方のないことなのに。
でも、どうしても。
それじゃどこにも進めないのに。
でも。

お尻はじんじんと痛みを訴えている。
手は止まっているけど、痛いのは痛い。
・・・・・。
いつまで経っても終わらないのも、すっごくやだけど。
でも終わらないよね。俺まだ謝ってない。

「高天、深呼吸して」

は?

「いやだっ」
はぁぁ?
「何が嫌なんだろう?高天、探して、言ってごらん」
・・・・・。

自分の口からこぼれた言葉の意味すらわかんなくなってきた俺。
なんで分かんなくなってるって分かるのかな。だから聞かれたんだよな。
父さんは尋ねながら、俺の身体を起こして隣に座らせた。
座るとまたお尻が、痛いんだけど。
父さんは俺の目を拭って、それではじめて俺は自分が泣いてるって気づいた。

「それで?」
それで、って?あー、何が嫌なのかって聞かれてたんだっけ。
父さんはやっぱり静かな声。やっぱり、胸がざわざわするんだ。

自分の気持ち、全部はよくわからない。
いくらなんでも、深呼吸するのが嫌だなんてことはないよな。
答えられるのははっきり一つ、謝るのはいやだってことだけだけど。
答えてどうするんだ、そんなこと。

まあ、でも。どうせ答えなくてもどこにも進まないんだから、言ってもいいのかもしれない。
謝れってことじゃ、ないし。
父さんに見つからないように小さく深呼吸をしてから、ちょっと投げやりに言ってみた。

「謝りたく、ない・・・」
「そうか、それから?」
それから?・・・っていうか。これって温かい声に、入るよな。
「なんで怒んないの。それもやだ」
ざわついた気持ちを吐き出す。 それから、って聞いてる場合じゃ、ないんじゃないの?

「怒らない、とは・・・よく言ったな。いくつ叩かれたか知っているかい?」
え?
父さんは苦笑したようだった。でも、だって。
「知らないけど。でも」
俺はちょっとふてくされる。そりゃ確かにお尻は痛いけど、でも。

「まあ、そうだな。確かにお前は正しいよ。
それだけわかってて、それでも謝りたくないのはどうしてかな」
そうだな、って。正しいって、何がさ。
「別に俺、わかってない」
父さんはふーん、というように俺を眺めた。
「で、謝りたくないのはどうしてだい」
ひとの言うこと、聞いちゃいねぇし。

「理由なんか」
・・・。
ない、なんてことはなかった。理由は結構、はっきり、ある。

それを言うかどうかは、迷った。
謝りたくないってこと以上に、言ったってどうしようもない。
理由になんかならない。・・・理由にすること自体、叱られておかしくない。
でも、これが俺にとっての、動かない理由だ。
聞かれなかったら言わずにすんだのに、父さんが聞くから、言うんだからね?

「だってさ。・・・兄ちゃんみたいになんか、なれない」

理由になんかならない。人のせいになんてできるわけない。
だから、叱られるはずだと思ったのに。
「お前と祐樹は、よく似てるよ」
父さんの答えは、全然違うところにあった。

「どこが!」
・・・だって俺、謝れないのに。
兄貴みたいに素直になんかなれない。
ちゃんと父さんの言うことを聞いてさ、聞いたら考えて・・・間違ってると思ったら謝って。
やっぱ無理、ぜったい無理だって。

「祐樹にだって、いまの高天みたいなところはあるよ。
気付いている気持ちと、やらなきゃいけないこと、やりたくない気持ちとの間で苦しんでるときはある」
さっきだって、そうだったみたいだが。 高天には気付かせなかったか?

「でも、ちゃんと」
気付かなかった、わけじゃないけど。でも、だって、結果が違う。

父さんは、そこでちょっと微笑んだ。
「そうだな。祐樹はちゃんと謝った」
うん、だから。
だから、違う。分かってたことなのに父さんに肯定されると苦しくて。
けれど父さんは、またしても予想外のところに話を進めた。

「謝るのに手を貸してやらずにすむようになったのは、そんなに前ではないよ。
いつからだったろうか。お前の視線を感じるようになってからかもしれない。
大きくなったな、と思うよ。嬉しいけれど、ほんとは、すこし寂しい」
はぁ?
寂しいっていうのは祐樹には内緒にしといてくれよ、と頼む父さんに、思わず頷いて。
えっと、だから、何の話だっけ。

「よく似ているよ。むかしはいまの高天みたいに、父さんが背中を押したよ」
そんなこと、言われても。どうしても、違うよ。
「・・・でも。でも、俺、謝れない」

「そんなことはない。
謝らないままじゃ終わらないって、高天はよくわかっているじゃないか」
きっぱり言い切られる、けど。
「そもそも、謝らないまま終わりにされるの嫌なんだろう?」
なんで怒んないの、とは、驚いたよ。
ナイフのことだけ考えるなら、十分すぎるくらいには叩いたんだけれどな。

それに納得がいかないのは、高天だろ。
祐樹はどこにも出てこない。

・・・・・。

「謝りなさい。そして、しばらくナイフは使わないと約束しなさい。
それは高天の気持ちだよ」

そんな気持ちに、なれ、ないよ。
途方に暮れた胸を抱えて、父さんを見上げる。
「難しいかい。祐樹のことを別にしたら、理由は何かな」

・・・・・。
思いつかない。だって兄貴みたいになれない、それが唯一で最大の理由だ。
なりたく、ない。・・・なんで?
なんでかな。

「ナイフとカッターは違うよ。お前や祐樹の考えはどうあれ、父さんがそう思っていることはわかるね?」
静かに話す父さんに、俺は小さく頷いた。
「・・・・・兄ちゃんも、そう思ってる」
「そうだな。さっき気付いたようだ。高天もね」
え。

気付いてないんだったら、「祐樹も」なんて言葉は出てこないだろう。
ほんとによく似ていると思うんだがな、と父さんは続ける。

「まあいい、父さんはそう思っている。
だから、お前にまだナイフを使わせるつもりはない」
これにも俺は頷いた。父さんがそのつもりだってことくらいは、確かにわかる。
「よし。父さんはそれにお前自身の同意がほしい。
一方的な言いつけで済ませることもできなくはないが、
同意できない理由が高天の中にないのなら、約束してほしいんだ」

・・・、・・・、・・・・・。
「うん」
自分の中に理由がないって、父さんが見透かしているとおりで、頷く以外になかったっていうか。納得のいかないことを命令されるのよりは、迷ってることを約束した方がましだと思うから。迷ったけれどこれにも、頷けないことはなかった。

「ありがとう」
ありがとう、なんて言われることじゃないけど。
父さんが言うのは、俺の意思だから、ってことだよね。

「さあ、それで最後に難問だ」
う。

父さんはさっくりと難問を投げてきた。
「高天が謝る理由があるとすればなんだい?」
そんなのないって、つっぱねられたら楽だけど。
謝る理由。謝らない理由じゃなくって、謝る理由。

たくさんある、気もするけれど。
ナイフ、使ったから?
・・・でもそれ、そんなに悪いことだと思えない。

「わかんないよ。ナイフ使ったからだなんて、納得いかない」
いつまで経っても、素直になれないんだな、俺。
使わないって約束したのに、これを謝れないって自分でもわかんない。
そう思いながら、ほとんど口答えの気持ちで返したら。

「そりゃあ、納得いかないだろう。そこは謝らなくていいって、それこそ祐樹が言ったの聞いてなかったか?」
「え?いいの?」
確かに兄貴、そう言ったけど。ほんとにいいの?

「父さんが最初はそこを怒っていたのは確かだけどね。
まあ、でも。話を聞くとそこで責められるべきは祐樹のようだな」
・・・・・。
「それも何か、納得いかないけど」

「いい子だ。自分の行動を祐樹が引き受けるのは、納得いかないか?」
「・・・うん」
それは、そうだ。それこそ理由を聞かれても困るけど、絶対そうだ。
「それは大事な気持ちだな。でも、祐樹にも責任があるのは確かだろう。
刃物を扱うなら、それがどういうものなのか、貸すならその相手に何が起こるのか、ちゃんと考えるべきだ」

「でも気をつけろって、言ってくれたよ?ケガしないようにって」
「それはよかった。でもそれだけじゃ、足りなかったな」
「・・・・・。人に見せびらかすなって、言えばよかったってこと?」
「まあ、そうだな」
「でも、それって。俺が気付いてれば、それでよかった」
「ああ。お前が気付いても、よかったな。気付けないことではないだろう?」

・・・。いつの間にか、叱られてるのは俺で。 や、最初っからそうなんだけど、うん。
「それが理由?」
謝る理由。確かに兄貴もそう言った。学校に持っていったことは、謝れって。
それって、俺が気付けるはずだったからっていうことなのか。

「ああ、それが理由の一つめだよ」
え、まだ何かあるの?思わずそう思って、さっきの兄貴を思い出してちょっと笑った。
叱られるのって、やっぱりやだ。
でも兄貴も俺も、逃げようがないことってあるんだ。

「ほかにもあるの?」
「あるよ。高天、お前祐樹になんて言った?」
え?あっ・・。
忘れてた、忘れちゃまずいだろうけど。思い出すとさすがに、言い訳のしようがない。
「・・・・・ごめん。ひどいこと言ったって、思う」
たぶんわざと、兄貴が傷つく言葉を選んだ。

父さんは俺の頭をくしゃっと撫でた。
「素直だな。祐樹にも謝れるな?」
「・・・うん」

なんであんなふうに言っちゃったんだろ。
いまから思うと、結構恥ずかしい。子供っぽい。
カーッとなってるとき、無茶苦茶なこと口走ってる。
「父さんの話聞かなかったのも、ごめん」
それは兄貴にだけじゃないって気付いて、そう言ったら。

父さんは、そこでちょっと笑った。あれ?この表情、さっき見た。
「ああ、自分で気付いたか。偉いじゃないか」
そうだ、さっき兄貴はちゃんと謝ったって、そう言ったときの。
嬉しい?寂しい?さすがにそこを読み取らせるようなこと、させてくれないけど。

「これで話は終わりだよ。高天は、ちゃんと謝った」
そうなの、かな。
そうかも、しれないけど。それでいいの、かな。何か違うとも思う、けど。
お尻はまだちょっと、痛かった。

「それでいいんだよ。高天も、祐樹も、それぞれちゃんと考えてる。
そのうち、ちゃんと話が聞けるよ、謝ることだって。
いつまでだって、必要なら手を貸すけど」

いや、えっと、それはちょっと。だって、痛いし。
言うと、父さんはいっそう笑った。
「まあ、そうだな」

「さあ、話は終わったから。祐樹のところに行っておいで」
そうして父さんは、俺にナイフを渡してくれた。
「自分で返してきなさい」
「うん」

それはすごく、嬉しかった。使わないけど、だからこそ。

手の中のナイフは、ずっしり重い。使えるときが来るの、いつだろう。
うん、たぶん。早く大人になりたいんだって、俺きっと思ってる。
それって、兄貴みたいになりたいってことなのかな。違うのかな。
まあどっちでも、別にいいんだけど!

俺はナイフをきゅっと握り締めて、そして兄貴のところに行ったのだった。

2011.11.26 up
長い〜(>_<)。スパ描写は少ないのに、こんなに長くてごめんなさい。
これでも第一稿よりはスパは長く、その後は短いんですよ(<おいおい)。
読んでくださって、ありがとうございます。

ご要望は「優等生なお兄さんの背中を見つめながら、ちょぴっと葛藤する高天クン」でした。
「優等生」ってこんな比喩的な用法で大丈夫かな?と思いつつもこれで。
それにしても、たいっへんお待たせいたしました・・・お待ちいただかなかっただろうくらい長くm(_ _)m。
小学校のとき、紙飛行機流行ったんです。私はあんまりやってませんが(笑)、よく飛びます〜。
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