取扱いにご注意(前)

「高天。そもそも、このナイフは一体どうしたんだい」

父さんはたぶん、かなり怒ってる、と、思う。
でも。
父さんが思ってるほど、悪いことなんてしてないって俺思うから。
だから、言いたいこといっぱいあるし、どうせ聞いてもらえないのむかつくし、
そう思うから謝るなんて絶対にできない。


事の起こりはここしばらく学校で流行っている紙飛行機作り。
でもってそれに使うカッターナイフ、っていうかナイフだ。

ん、紙飛行機っていっても、折り紙じゃないよ。
ちゃんと型紙があってさ、少し厚めのしっかりした紙をカッターで切り抜いて作るわけ。
きれいに切って、折って、糊付けして。
そのままでも折り紙とは比べ物にならないほど飛ぶんだけど、羽根の向きをちょっと変えたりするとまた変わる。
いつもうまく作れるとは限んないし、いつまでも保つものでもないから何機も何機も作ってて、型紙も一種類じゃないからいろいろ試してさ。
5年生の全クラスで大流行して、一時期は昼休みになるとグラウンドを飛行機が縦横無尽に飛び交ってた。
まあ、もちろんやらないヤツもいるし紙飛行機でグラウンド占拠しちゃまずいってことで今は体育館でやることになってるんだけど(あと教室で飛ばすなとかベランダから飛ばすなとかいろいろうるさいことになってる)、とにかく自作機が遠く長く飛ぶのがカッコいいってことは、どこでやったって同じだよな。

で、そこからようやく本題なんだけど。
さっきも言ったとおり、紙飛行機を作るにはカッターナイフが必要だ。
はさみでもできないことはないんだけど、カッターの方が紙が変なところで折れたりせずに上手くできる。
みんなも、俺も、自分のカッターを小遣いで買った。誰も、何も言わなかったよ。

ところが昨日、俺はカッターを学校に忘れてきちゃった。
で、家で作りかけの続きをやるために、兄貴のカッターを借りようとしたんだ。
そしたら。

「カッター?うーん、僕が持ってるのこれなんだけど、いい?」
そう言って兄貴が机の引き出しから出したのは、見たことのない「ナイフ」でさ。
や、最初はナイフだってこともわからなかった。
キーホルダー?赤色の5センチくらいの短いボディ。
そこから兄貴はナイフの刃を引き出したんだ。

「何、これ?」
「アーミーナイフ。ナイフとかはさみとかやすりとかいろいろ入ってるんだよ。
刃を引き出すときに手を切らないよう気をつけて」
どっか外国に行ってきた友達が、お土産だってくれたんだって。
使ってみると、結構便利なんだよね、って兄貴は言ってた。
それにまあやっぱり、格好いいしさ、って。

で、結局俺はそのアーミーナイフを借りて。いろんな刃物を全部引き出してみて
閉じてみて、ひとしきり遊んでからそのナイフをカッターとして使った。
結構すっぱり、よく切れた。

「ねえ、これしばらく貸してくれる?」
「気に入ったの?いいよ、毎日使うようなものじゃないし。
でも気をつけて使ってよ。ケガしないように」
「うん」

そんなやり取りがあって、そのアーミーナイフを借りた俺は。
まあ、いま思えばやめときゃよかったんだけど、それを学校に持って行った。
最近いつも筆箱にカッターが入ってる、それの代わりに。

別に、騒ぎにする気はなかったんだ。
昼休み、それを使って別の飛行機を作ってた俺の周りに、当然っちゃ当然だけど、いつもの面子が珍しそうに集まってきて。
で、見せてやってたら康之(ま、基本的には俺といちばん仲のいいヤツだ)が全然返してくれないからさ、ちょっとケンカみたいになって。
さすがに刃物取り合うわけにもいかないじゃん。だから口ゲンカで済んでたのにさ、
女子が先生を呼ぶもんだから話がややこしくなったんだ。
で、ケンカの原因がナイフってわかってそっちの方が騒ぎになっちゃったわけ。

結局、担任にそのナイフは取り上げられて。
もちろん学校でも怒られたんだけど、っていうか、関係ないものとか危ないものとか学校に持って来るなって言われたってさ、カッターはよかったのにこれはだめってどういうこと?
それはともかく、俺にはそのアーミーナイフは返してもらえなくて、
父さんが仕事から帰ってきてから先生はそれを届けに来たわけ。
届けに来たっていうか、苦情を申し立てに来た、ってことなんだろうけどさ。

「だから、兄ちゃんに借りたんだってば!父さんのじゃないんだから、返してよ!」

で、今に至る。俺はいま、父さんに書斎に呼ばれて怒られてるとこ。
そんなことしてる間に「ただいまぁ」と。
塾で帰りの遅かった兄貴が、帰ってきた音が聞こえた。

「・・・。ちょっと、待ってなさい」
父さんはふーっと息を抜いて部屋を出て行く。きっと、兄貴を呼んでくるんだろう。
父さんの出て行ったドアが閉まってから、俺ははぁぁと大きなため息をついた。

「え?学校にナイフ持って行ったって?」
父さんと兄貴が、話しながら部屋に入ってくる。
「そう。で、高天はこれはお前から借りたんだって言うんだが」
「だからほんとだってば!」
嘘だといわんばかりの父さんの言い方にカチンと来た俺は口を挟んだんだけど、
兄貴はちらっと俺を見て、黙ってな、って言うような目配せをした。

「それは、高天の言うとおりだよ、父さん。それは僕ので、昨日高天に貸した」
言葉の後に、微妙な間があった。
たぶん兄貴は「学校に持っていくとは思わなかったけど」って言いかけたんだよね。
そう思われたことに腹を立てたらいいのか、それが言われなかったことに感謝すればいいのか、俺はちょっと迷う。けど、そんなことより。

「どうしてそんなことしたんだ?」
父さんの問いかけは厳しい口調で。
というかそんなことすべきじゃなかったと、はっきり兄貴を責めていた。
「貸してくれたことの何が悪いのさ!だから、カッターと何が違うんだよ」
だから思わず、俺は学校でも父さんにも何度か訴えてる反論を繰り返す。
「高天、ちょっと黙ってて」
でも、そう言って兄貴が振り返って俺を見た目は父さんのほどじゃないけどちょっと怖くて、俺はしぶしぶ口をつぐんだ。

「どうしてって、それも高天が言ったとおり、カッターを貸してほしいって言われたからだよ。
最近僕はそれをカッター代わりに使ってるから、だからカッターを貸してほしいと言われてそれを貸したんだ。・・・・・。」

そこで兄貴は言葉を探したようだった。ちらっと俺を見て、そして父さんを見る。
「・・・父さんは、怒ってるようだけど。
わからない。カッターを貸しても、怒らなかったよね?」

「ほら!」
俺と同じことを言ってる兄貴の言葉に、俺は思わず勝ち誇って口を挟んだ。
「兄ちゃんだってそう言ってるじゃん!
俺、何にも怒られるようなことしてない!」
それなのに。

「高天、やめろって」

同じこと言ってくれたはずなのに、俺を止めたのは今度もやっぱり兄貴だった。
「僕は君の味方をしようとして話してるんじゃないよ。
自分が全部正しいとも思ってない。父さんの話、聞かなきゃわかんないだろ」
「でも!」
「・・・・・」

兄貴が俺に向けてる顔は、怒ってるような、困ってるような、ちょっとむっとした顔。
何か言おうとしてるのはわかる。でも納得いかない。聞きたくない。
せっかく、俺の思ってること言ってくれたのに。
俺の言うこと聞いてくれなくてもさ、兄貴の言うことなら父さんきっと聞いてくれるのに。

でも兄貴は、俺も間違ってるって言おうとしてる。
そんなことない。そんなの、納得いかない。

俺と兄貴の交わす視線を、父さんの声が遮った。

「カッターとナイフは同じじゃないよ、祐樹。
刃の厚さが違う、だから強度が違う、だから危なさが違う。
そして社会的な位置づけが違う。いまの高天に持たせるのは、不相当だ」

「なんだよ、それ!」
「だから黙れって、高天!」

俺はやっぱり父さんの言うことに納得いかない。兄貴が俺を止めるのも。
でも、兄貴のその声はどんどん大きくなっていって。
どんどん俺から離れていく気がする。
「・・・高天、君のせいにしたくないし、だからこんなこと言いたくはないけど。
そういう態度じゃ、話を聞けない子供には持たせられないって思われる」
「関係ないじゃん、そんなの!」

「関係あるよ、高天」
それに答えたのは、今度は父さん。
「自分の行動を自分で理解できなければ、危険なものは扱えない。
人の話を聞けないのは、自分の行動に目を塞いでいるからだ」
もう、なんだっていいけどさ。
父さんと兄貴と両方に叱られてる気がするの、すっごい嫌だ。

「それに祐樹、ナイフが危ないのは、カッターと違うのは、それだけじゃない」
「まだ何か?」
でもその口調で、兄貴だって叱られるのは嫌なんだなってよーくわかった。
そういうことで慰められる自分って、どうなんだろうとも思うけど。
どちらにしても、父さんの話はまだ終わらない。

「どうしてお前はナイフを使って、どうして高天は学校にそれを持っていったのか、
どうしてこんな騒ぎになったのか、考えたか?」
「え?」

どうして、って、だからカッターの代わりになのに。
だけど父さんが言いたいことはそういうことじゃないらしくって、
兄貴が考えてるのもそういうことじゃないみたいだった。

「・・・・・。考えてなかった、けど」
すこし経って、答えを見つけたらしい声が響く。わかった、けど、言いたくないって声が。
なんだろう、知らなかった。
こんなふうに、すっごくいろいろ、わかっちゃうんだなぁってこと。
でも、例えば、兄貴は言えるんだろうなってこと。
俺わかんないし、わかってもきっと言えないって思うんだけど、けど。

「格好いいと思ったから、だよ。それは認める。
見栄、かな。かもしれないけど。・・・そう思ってる間は使うなって、言うの?」
・・・。

それが父さんの言葉だったら、俺きっと、そんなことないって思えたのに。
兄貴が自分のこととして言うのを聞くと、胸の奥では否定できない。
カッターなら、別にみんなに見せようなんて思わなかった。
や、見せようとしたわけじゃないけど、でもわざわざ持ってったのはそういう気持ちで。
康之が見たがったのもそういう気持ちで。
・・・でも。
でもでもでも!

「お前に使うなとは言わないよ、祐樹」
「・・・・・。父さん、そこで区別する?」
「それが現実だ。高天にはまだ早い」
「どうして!」

最後に叫んだのは、兄貴じゃなくて俺だ。
だって、そんなの。そんなの!

「何と言ってもだめだよ、高天。お前にはまだ早い。
お前がそれを認められないならなおさらだ」

「ずるいよ、そんなの!」
「高天、」
俺は父さんに当り散らそうとして、今度もやっぱり兄貴に止められた。
止められた、っていうか今度は。

「高天、ごめん、僕が悪かったよ」

何でか、いまの兄貴はついさっきと違って、つまり、まだ何かあるの?って不満を持ってた 兄貴と違って。なんていうんだろう、そう、兄貴は何かに腹を括ってた。
そして本気で俺に謝ってる。
でも、どうして。

「僕がもう少し考えてれば、高天にこんな思いをさせずに済んだんだ。悪かった」
「何で、だって、」
納得いかない。ぜんぜん、これっぽっちも納得いかない。
「父さんにもごめん、だから、高天も」
使ったこと自体は僕の責任だから、学校に持っていったことだけ謝れって、
兄貴は俺に言ったんだけど。

納得いかないって。俺が謝んなきゃいけないっていうのもそうだけど、
それより何より兄貴が俺に謝るのに、納得いかない。
それで、思わず。

「聞きたくない!謝りもしない!
なんだよ、兄貴は一人で優等生になってればいいんだよ!」
・・・・・。
何でそういう言葉になる?何で言わなくてもいいことまで言うんだ、俺。
でも、これすっごく、むちゃくちゃ本音なんだ、きっと。

「高天、」

兄貴が、次の言葉に困っちゃってる。
きっと傷つけた。兄貴は優等生な自分が好きじゃない。
っていうかこんな言われ方したら、誰だって嫌だ、俺だって。

どうしよう。
ほんとは、兄貴に対して怒ってたわけじゃなかったはずなのに。
俺が父さんに叱られるのなんか放っとくことだってできた兄貴は、
でも、俺のせいじゃないって(そう言えるところは)言っててくれたのに。
でもいま、俺、兄貴に対してもひねくれてる。

「高天、やめなさい」
父さんが口を挟むの、当然なんだけど。
そうされればされるだけ、俺はどんどん頑なになっていくよりほかになかった。

「俺何にも悪くないって!カッターでもナイフでも、同じじゃん!」

2011.11.20 up
すっごく前にいただいたリクエスト、何年がかりにしてるのやら(1年半!^_^;)。
とりあえず、続きます。アーミーナイフって、こんなのです→wikipedia
つまりスイスのお土産ですv
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