相対論的こころ 2(前)

あたしはお兄ちゃんが好きだよ、でも。
お兄ちゃんがいなかったらよかったのにって思うことがある、っていうかいまそう思ってる。
全然お兄ちゃんのせいじゃないのに、・・・・・どうしたらこの思いが消えるんだろう。


「雪菜、あなた勉強はいいの?」

リビングでテレビを見ていたあたしは母さんにそう聞かれた。お夕飯も済ませて、ちょっと片付けも手伝って、母さんとおしゃべりしながらテレビを見ていたらただいま午後10時。まあそれくらいの時刻には簡単になるよね。
お兄ちゃんはとっくに自分の部屋で勉強をしている。
二学期に入ってからしばしばあたしはこんな時間の過ごし方をしてるから。
一学期より格段に勉強時間が減ってることはたぶん母さんたちも気づいてるだろう。

「・・・・・うん、いいの、今日は宿題ないから」
嘘。だいたい中学校で、宿題のない日なんてめったにありゃしない。宿題、というかすべきことが比較的はっきり決まってない英語の予習が最大の鬼門で。それから答えが手元にある数学の問題集も微妙なところ。
ちゃんとやらなきゃいけないって、一応は思ってる。
だけど、だけど。

こんなふうにだらだらして結局寝る間際に慌てておざなりに数問手を付けるだけとか。英語の予習は学校で友達に和訳見せてもらうとか。・・・・・いつまでもこんなことしてるわけにもいかないのも分かってるけど(だいたい、そう何度も何度もノート見せてなんて頼めないよ)、さすがに宿題をまったくやらないで行く度胸もないんだけど、ううん、答え写してたらやってないのとまったく同じだよねぇ。

あたしの返事に母さんはそれ以上かける言葉を失ったようだった。
あたしが宿題はないと言って、それ本当なの?と聞くような母さんじゃないから。
けれど母さんは何か言葉を探してくれている様子で、あたしがうっとうしいと思うのとちょっと言ってほしいと思うのと半々くらいで次の言葉を待っていたら。

「雪菜」
今日はお仕事遅くていまようやくお夕飯を食べ終わった父さんの方から声がかかった。

「雪菜、ちょっとおいで」
それだけの簡単な説明で、書斎に連れて行かれる。

父さんの書斎、古いのから新しいのから本の山でちょっと楽しい場所でもあるけど。
父さんと一緒に入ると、うーん、だいたい痛い思い出が付き物だったりする。
叱られる事柄に心当たりはあるけど父さんにはっきりばれてるつもりはなかったし、それにやっぱりこれでいいとも思えないけど直せるとも思えない、あたしはちょっとふてくされて父さんの向かいの椅子に座った。

「雪菜、いま母さんに答えるときに眼をそらしていたけど」
え、そう?
「そう?そんなことないよ、たぶん気のせい」
ってこの返事自体、父さんをまっすぐ見て言えるかっていうと。
や、言える、言えそうな気がする、だって気のせいとか言えちゃってる。だけど言えても言えば言うだけ嫌な気持ちが膨らんでいくのは、内心認めざるを得なかった。

「そういう言葉を重ねるのはやめなさい、雪菜が落ち着かなくなるばっかりだ」
「・・・でも、宿題はないんだから。嘘じゃないよ」
父さんの方はまっすぐあたしを見て言ってる。
って、あたしが視線を合わせられてないからはっきりは言えないんだけどね。
声は静かだ。まあ父さんに叱られるときっていつもそうなんだけど。

「宿題がないなんて嘘だろう、とは言っていないよ?雪菜、今日の宿題があろうとなかろうと、いまの自分の態度に雪菜自身が納得していないだろ?」
「・・・・・。」
もしかして、語るに落ちたかも。
けど、納得していないのはほんとだけど、でもだからってどうにかできるわけじゃなくって。だって、だけど。
どうして嫌なのかっていうその理由は、どうしても言いたくなかった。

ちょっと父さんの声が怖くなる。
「でも、そうだな。ひとつづつ確認しようか。
 雪菜、今日は宿題がないっていうのは、本当かい?」
「・・・・・。」

どうしよう。ばれてる、よねぇ。
ばれてる、と思いはしても、いやもうばれてるんだからと逆に思ってしまってか、あたしはつい意地を張った。
「ないって言ったらないの!放っといてよ」
・・・こういう言い方は、余計に嘘だって言ってるようなものなんだけど。

父さんはあたしのこの言葉には何も返さないで、ただ「おいで」とだけ言ってあたしの手を引いた。
「や、やだぁ・・・」
逃げる場所なんてありはしないし、昔っから「おいで」って言われたらもうその後の運命は決まってるんだけど。嫌々をしながら結局膝に乗せられたあたしのお尻に、痛い平手が降ってきた。

ぱちぃん!
痛ぁい!!
ぱちぃん!ぱしぃん!ぱちぃん!
「い、痛い!痛いってば、父さん!」
ぱちん!ぱちん!ぱちん!

「やあ、痛い!止めてってばぁ!」
ぱちぃん!ぱしん!
「雪菜、痛い!と止めて!の他に言うことはないのかい」
ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!
「いやぁ!だって!だって嘘じゃないもん!」
ぱちぃぃん!

「雪菜、意地を張っていてもお仕置きは終わらないよ」
ぱちぃん!ぱしん!ぱしぃん!
だよね。それは、わかってるんだけど。
痛いから余計に意地になった言葉を叫んじゃうのと、でも痛いからそのままごめんなさいって言えるような気がするのと、お尻も胸の中もぐちゃぐちゃしてて。涙だけは素直にいっぱいあふれ出る。

ぱちぃん!ぱちぃん!ぱしぃぃん!
「嘘はやめなさい。言わなきゃいけないことはなんだい?」
ぱしん!
「いたぁい!」
ぱちぃぃん!

「うぇ、や、いた、やだぁ・・・ぅ、ごめんなさい!ごめんなさぁい!」

嘘はやめなさいって言う父さんの言葉の静かさは、たぶんあたしの胸をすこし冷やした。痛いって気持ちがあふれてそれから。
「・・・ごめん、・・ふぇ、え、・・な・・さぃ・・・」
一度口を切ると、今度はそればっかりが出てくる。涙と一緒に。
だってもともとわかってて。でも、でも直せないって意味では分かってない。

・・・・・どうしよう。

ごめんなさいって言うことなんて、ちゃんと勉強することに比べたら断然簡単だ。
(そのひとことにこれだけ叩かれたあたしが言うのもなんだけど。)
ごめんなさいって言葉をあたしは繰り返す。その言葉は嘘じゃないけど。
けど!
たぶんあたしは同じことを繰り返す。だってだって、嫌なのだ。

あたし、一学期はそれなりにちゃんと勉強したつもり。
けど言われることは、お兄ちゃんはもっとよくできたから、もっと頑張りなさいって。
二つ上の3年生で学年トップを走ってるお兄ちゃんのこと、知らない先生なんていやしない。
「もう少し頑張れるんじゃない?」
そうかもしれない、けど。お兄ちゃん以上にできなきゃいけない?そんなの、無理だよ。
ちょっと挫けかけたどこかの単元テストで結果と一緒に投げかけられた「お兄ちゃんはあんなにできるのに」ってせりふは、あたしをかなりぺっしゃんこにした。

で、逃げてる。頑張ったってどうせ比べられてけなされるなら、頑張るのなんか嫌。

それじゃだめだって、ほんとのところはわかってるけど。
それでできてるんだったらこんなことにはなってない。


2007.09.15 up
続きます。ちなみにこれは、川本先生の前で祐樹君がキレるよりも前の話です。
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