たくさんのきょうだい
「おかあさんのばかぁ!しんじゃえ!」
「「「高天!」」」

みんなで過ごしてた夕食後の居間。
「あ、そんな、・・高天?」
あたしが口を挟むより先に、うわあぁん!と泣いて高天は駆け出していった。行き先はたぶん子ども部屋。残されたあたしたちはみんな、ちょっと気まずい感じを味わう。
とりあえずあたしは言いかけたことを言った。
「父さんもお兄ちゃんも、みんなして追い詰めたら高天の行くとこなくなっちゃうじゃない」
もちろん高天が悪いんだけど、それにしてもよ。

「ん、悪かったよ、あんなこと言うから、つい」
お兄ちゃんは苦笑い。父さんはまだちょっと憮然としてるみたい。
あたしはそれに構わず、立ち上がった。
兄弟が多くて嫌なこともあるんだったら、兄弟が多くていいこともなきゃ嘘だ。
だからあたしは高天のところに行く。

お兄ちゃんは父さんと母さんと両方から怒られる嫌さがわかる。
そして、あたしなんかその上お兄ちゃんまでいる。
ほんと、嫌なの、よってたかって怒られるっていうのは。自分が悪いって内心思ってるときほど嫌なんだから、余計に。

寂しいし。誰もわかってくれないって、思う。
ほんとはそういうことじゃないんだけど、それはいまのあたしみたいに端から見ていればそうわかるんだけど、でも。
ほんとにそれは、ごめんなさいって言いたくなくなっちゃうくらい、辛いことなのだ。

ことん、と部屋のドアを開けると、高天は自分のベッドで泣いていた。
あたしはその隣、床の上に腰を下ろして、やりかけの編み物なんかしながら少し待つ。
最初ちょっとだけ高天の泣き声は大きくなって、それからだんだん小さくなって、ぐすぐす啜り上げるくらいになったあたりであたしは編み棒を置いた。
「たかま」
小さな声でささやいてみる。高天はくすん、としゃくりあげた。

「泣かなくてもいいんだよ?」
「だって」

高天はまた涙をこぼす。
「・・・おねぇちゃんは、怒らないの?」
しばらくぐすぐすしてたあと、そんなふうに問いかけてきた。

「ん?」
顔を向き合わせて、笑ってあげる。ほんのちょっとだけ、高天の顔も緩む。
ほっとしてくれて、嬉しい。言葉で言ってもたぶん伝わらないから。

言葉でも答えなきゃいけないけどね。聞かれたんだから。
むつかしいけど。怒らないよ、って言おうか、怒るけど、って言おうか。
あたしも、みんなも、高天に直してほしいことはあるんだ。
そういう意味では、だから、怒らないよって言ってあげられない。
でも、「怒らないの?」って疑問には、もっとさびしい重さがあるんだよね。
そんなふうに感じなくってもいいんだよって、伝えたいんだけど。

うーん、とあたしは考えて。選んだ言葉はこんなだった。
「おねえちゃんも、お兄ちゃんも父さんも、母さんもおんなじふうに思ってるよ?」
言葉にすると、高天また落ち込んじゃうかな?

高天はどうしたらいいかわかんない、って顔をした。
怒られてるのかな、違うのかな、それがそもそもわかんないって顔。
わかんない?
そうだよね、わかんないかも。怒られたときって、みんな笑ってくれないもん。嫌われちゃったみたいに思うものね。

おんなじふう、ってね、みんな高天が大好きなんだよ?

「高天だって、たぶんおんなじふうに思ってるよ。母さんにごめんなさいって、言いたいでしょ?」

高天は小さく頷いた。
ほーらね、ってあたしも小さく呟いて、高天のほっぺたを両手で包む。
「だからね、泣かなくてもいいんだよ」
さっきみんな、ちょっと怖かったかもしれないけど。
でも、みんな高天が嫌いになったわけじゃないんだよ。お願い、間違えないで。

「・・・」
高天は心細そうな目をする。やっぱりどうしたらいいのか、わからないでいるみたい。
だからあたしは手を離して、聞いてあげる。
「高天、母さんにごめんなさいって言えそう?」

高天はまず頷いて、それから、その後で首を傾げて、おずおずとあたしを見た。
「・・・おしり・・・たたかれちゃうよねぇ?」
あたしは、苦笑いするしかない。そんなことないよ、とは、言えないよ。
「まあ、たぶんね?」
もっと何か言ってあげるべきかな。でも、ほんとに、追い詰めたくないんだ。
手伝ってあげたいんだけど、そうしようとすると押し付けちゃうことになりそうで嫌。
だって、こういうときって、わかってるもん。
ん、でも、手伝って欲しいのもほんとかも。お兄ちゃんは、あたしにどうしてくれたかな。

「・・・行けそう?」
あたしは高天にちょっと笑いかけて、手を差し出した。
高天もちょっと照れたように笑って、でも怖いなって顔もして、でもあたしの手をとった。

よいしょって高天がベットを降りて、そしてあたしも立ち上がる。
きゅ、って高天はあたしの手を強く握る。
あたしも、ぎゅって握り返す。
そう、お兄ちゃんと手をつないで歩いた覚えがある。家に帰る長い道。
あれ、あたしが何したときだったかなぁ。

高天とあたしが歩いてるのは家の中だからすぐにもうリビングで、ドアを開けるときにはいったんぎゅうっと力が入った。あたしがドアを開けると、みんながこっちを見る。落ち着かないけど、しょうがないよね。

高天は母さんの顔を見ると、あたしの手を離してとてとてと走っていった。
母さんに抱きついて、見たらもう泣いてた。
「ふぇぇん・・・おかあさん・・・ごめんなさぁい・・・」

あたしも、お兄ちゃんも父さんも、ほっとする。
あたしは、お尻叩きは見たくなかったからリビングを出た。すぐにお兄ちゃんも出てきた。
「お疲れさん」
「高天に言ってあげてよ〜。ホットミルクでも用意しとこうか?」
「それはまずいんじゃないか?あれ、もともとは歯みがきするのしないので叱られてたんだよ?」
「え、そうなの?」

ぱしん!
「ふぇぇん!」
ぱしん!

あたしたちがくだらない話をしている間に、お仕置きがはじまっちゃったみたい。
高天は見られたくない、聞かれたくないだろうけど、リビングだとまあ、家のどこへ行っても聞こえちゃうよね。
母さんは静かな声で話してるみたいだ。

「死んじゃえなんて、二度と言わないでちょうだい」
ぱしん!
「うわーん!ごめんなさぁい」
「お約束できる?」
ぱしん!
「ああん!もういわないよぉ・・・ごめんなさい・・・」
ぱしん!
「ふえぇん・・・」

ちょっと静かになったから覗いてみると、高天はおしりを出したまま母さんにしがみついていた。
母さんももうすっかり優しい顔で高天を抱きかえしてる。
高天はまだぐずってるみたいだったけど、でも、ほっとしてる雰囲気は伝わってきた。
お兄ちゃんと目配せをし合って、そしてあたしたちの部屋に戻る。

「よかった」
呟いたら、お兄ちゃんがからかうように言った。
「高天も、優しいお姉ちゃんがいてよかったよな」
えへへ、とあたしは笑いながら、お兄ちゃんもお兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しいことがあるのかな、なんて思ったりした。

2007.2.10 up
ひさびさに短い\(^o^)/。
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