お仕置きの理由 2(後)

父さんの前で、あたしは立っていることしかできなかった。

「雪菜、こっちを向いてごらん」
父さんの、厳しくて静かな声がする。
下を向いてちゃいけない。顔を上げて、ごめんなさいって言わなきゃ。
でもそれは、わかってても難しい。
あたしはがんばったんだけど、うつむいたままごめんなさい、って言うので精一杯だった。
うう、あたしのばか。
そしたら逆に父さんが、あたしの顔を覗きこんできた。

そ、それも恥ずかしいんだよ、父さん。
あたしはちょっと奥歯を噛んで、ぐっと父さんの顔を見る。
勝手に覗きこまれるよりはその方がいい。
息を吸って、吐いて、それからもう一回チャレンジ。
「母さんにひどいこと言って、ごめんなさい」
今度は父さんの顔を見て、ちゃんと言えた。

父さんは頷いて、そしてあたしをぎゅっと抱いてくれた。
それから、静かな声で言う。
「言ってはいけない言葉だったって、分かっているね?」
あたしは頷く。そして、おいで、と言う父さんの言葉のままに、父さんの膝に体を預けた。
ぐっと身を硬くする。ほんと、やなんだけど。
「ちゃんと反省してるみたいだから、10回で十分だね?」 父さんの声が、遠い。

ぱしぃん!ぱしん!
痛っ・・・。あんまり声を上げないように、あたしはソファーの上のクッションをぐっと掴む。
ぱしん!ぱしん!ぱしぃん!
あたしのせいなんだから、我慢してようと思うんだけど、それでも痛いものは痛いのだ。
ぱしん!ぱしぃん!
うっ・・。つい声は零れてしまう。涙も。
ぱしぃん!ぱしん!ぱしぃん!

「はい、おしまい」
そうして父さんはもう一度あたしを抱き上げ、あたしの顔を覗きこんだ。
「今の雪菜は、もうすっかりいい子だね。いつもの、優しい雪菜の顔」
そんなこと言われるのは恥ずかしい。それにあたしの顔はいま涙でぐしょぐしょだ。
だからあたしは、顔を見られないように父さんにしがみつく。
父さんは怖いけど、でも、温かいのだ。そう、父さんは優しい。

そこであたしは聞かなきゃいけないことを思い出した。
「父さん」
「なんだい、雪菜?」
父さんの声はいつも低くて静かだ。怒ってるときでさえ。でも叱られた後はなおさら静かで、 その父さんの声、好き。

「どうしてお兄ちゃんを怒ったの?・・・悪いのは、あたしなのに」
父さんは笑って言った。
「さっきの雪菜のままだったら、雪菜のことも怒ってたよ?わかるかい?」
ん〜。やっぱり、そういうことなのかな?
「あたしたちが、昨日からケンカしてたせい?」
「うーん、半分正解、だな。けんかしたというよりも、仲直りしようとしなかったことだよ。 雪菜、いらいらしただろう?」
「・・・うん」
うん?確かにいらいらはしてたけど、ケンカしたってことと仲直りしようとしなかったってこと、それってそんなに違うことかな?それに、昨日は叱られなかったのに。
あたしは首をかしげて、わかんない、と示す。父さんはぽんぽんとあたしをあやすように頭を叩いた。

「雪菜は、実はわかってるよ。ヒントは、さっきの雪菜の言葉だ」
「あたしたちが昨日からケンカしてたせい?」
「いや。もうひとつ前」
「何だっけ?どうしてお兄ちゃんを怒ったの?」
「それから何て言った?」
「ええと・・・悪いのは、あたしなのに?」
「そうそう」
「それが?わかんないよ?」

父さんはぎゅうっとあたしを抱きしめる。
「覚えておいで、雪菜。人のせいにすると、いらいらするってこと。仲直りできないだけじゃない、雪菜が母さんに腹を立てたようにね、どんどんいらいらがはびこっていくんだ」
・・・・。
やだ、母さんのこと意地悪って思ったって、なんで分かるんだろう?
「自分がどうにかできるのは、自分だけだからね。人のせいにしても、何も、どうにもできない。
だからすごく、いらいらする。」
ん・・・。

「祐樹も言ってたけど、ビーフシチュー、ほんとにおいしくなかったんだって?」
あたしはためらいながら頷く。父さんは苦笑して、あたしの頭をこんと小突いた。
「でも母さんを責めても、おいしくならないだろ?余計に、いらいらするだけ」
確かに。
「ケンカもそうだよ。わかるかい?」
あたしはちょっと考えた。
「お兄ちゃんのせいだって思ってる間は、仲直りはできないってこと?」
「そう。雪菜は賢いね」

こんな風に褒められるのは、すごくむずがゆくって変な感じ。
だってさ、怒られるようなことしてたから、分かることだもん、これ。
「だからね、「悪いのはあたしなのに」っていう雪菜の言葉は、すごいことなんだよ」
うーん。何か、とんだ気がするよ?

「だって、少なくともさっきの夕ご飯のことは、お兄ちゃんのせいじゃないのは確かでしょ?
その分は、悪いのはあたしだし・・・昨日のケンカのことまで、そう思ったわけじゃないんだけど」
そして、お兄ちゃんは母さんに八つ当たったりせずに、ちゃんと抑えてた。
「今日は何にもしてないお兄ちゃんが怒られるの、やっぱり不公平な気がする」

「雪菜は、今はどう思う?昨日のこと。誰が悪かったのかな?」
うーん。あたしだけが悪かったわけじゃない、と思う。でも、お兄ちゃんが全部悪かったわけでもない。どっちも悪い・・・っていうか、どっちも悪くなかったかも。やだ、何でケンカしてたんだろ、あたしたち。
「・・・どっちも悪かった、のかなあ?」
「あるいは、どっちも悪くなかったか、だね」

父さんは、まるであたしの心の中を見透かしているみたいだった。
「不思議だろう?ひとつ気がつくと、みんな分かるんだ。 反対に、最初の一つに気がつくまでは、ずっと苦しい」
ああ、お兄ちゃんも苦しかったんだ。あたしも。
苦しいのにお仕置きされるなんて、なんかやっぱり不公平な気がするけど、でも、そうなんだよね。

叱られるときって、いつも、お尻叩かれる前がいちばん苦しいんだもん。変なの。
「気付いてほしいと思うし、気がつきたいだろ?父さんはさっき祐樹に、そう望んだんだ。」
うーん。
「お兄ちゃんはいらいらしてても、あたしみたいに母さんに八つ当たりしたりしなかったのに?」
「そう。父さんは祐樹に、もう一つ先を望んだ。」
・・・。それって羨ましい、のかな。でもそのせいでお尻叩かれるんだから、そんなはずないよね、あれれ?
訳のわかんなくなったあたしに、父さんはそっとささやいた。
「雪菜は自分で気がついただろ?八つ当たりの分は、さっきもう罰を受けたしね」
えーっと。これは、お兄ちゃんのこと羨ましがらなくてもいいって言ってくれてるんだよね、きっと。父さんはぎゅーっとあたしを抱きしめる。

「雪菜が言ったとおり、八つ当たりをしなかった祐樹は、偉かったよ。きっとすごく、苦しかったのに」
うん。あたしあんなにいらいらして、やな気持ちだったのに。
ついこんな言葉がこぼれ出た。
「・・・もしかしてケンカするって、すごい損?」

何をいまさら。変だよね、お兄ちゃんや高天とケンカして叱られたことなんて、もう数え切れないくらいあるのにさ。
でもそう思ったんだよ。苦しい上にお仕置きされちゃ、割に合わない。父さんは笑った。
「もちろん。・・・でもよりいい兄妹になれる、大事な経験だ」

それは笑いを含んでいたけれど、すごくまじめにびっくりしちゃう言葉だった。
でも、また泣いちゃうかもしれないって思うくらい、嬉しかったんだ。

「雪菜、母さんに謝ったかい?」
父さんはまじめな声を出す。
「うん」それは自信を持って言える。けど。
「祐樹には?」
「・・・。謝った、けど。」
なんかひっかかる。なんか間違えてるような、足りないような気がする。

「けど?」
「・・・けど、なんだろ。ごめんなさいは言ったんだけど・・・」
「だけど?」
父さんの声は、あたしは間違っていないから、言ってごらん、って言ってるみたいに聞こえる。
けど、何だろ?
「・・・何をごめんなさいしたんだか、あたし、わかんない。・・・ありがとう、かも」

お兄ちゃんは、結局あたしにテレビを見せてくれた。ヨーグルトだって、無理やり取っていったりしなかった。あたしもCDを消したけど、・・・そういえば、あたしお兄ちゃんがありがとうって言ってくれないって怒ってたんだっけ。あたしも言ってないのに、それって結構虫のいい話だよね。
父さんはぎゅうっとあたしをまた強く抱く。

「言っておいで」
そうして父さんはあたしを床に下ろしてふわっと押し出した。
「雪菜はすごくいい子だし、雪菜と祐樹は、うちの自慢のいい兄妹だよ」
「うん」

確かにたぶん、ケンカして、いらいらして、苦しくってそのあとだから分かるんだ。
あたしのお兄ちゃんはいいお兄ちゃんだってこと。
そしてお兄ちゃんが、あたしのこともそう思っててくれるといいんだけど。
2006.12.2 up
ようよう一段落。管理人はビーフシチューが大好きです(*^_^*)。
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