あたしだけ


「「知らない」じゃないでしょ、双葉。河原には子どもだけで行っちゃだめだよね?」
「・・・・・。行ってないもん」
「ふたば」
「行ってないもん、知らないもん!」

目をそらして大声出したって、それじゃあうそだって言ってるようなものだよね。
でもお兄ちゃん、怖いんだもん。
怒られちゃうってことはわかってるんだけど、つい言っちゃって。
そしたらよけいにに引き下がれなくなっちゃって、あたしは口をへの字に曲げた。

お兄ちゃんはちょっと怖い声を出す。
「双葉、僕は双葉を見間違えたりしないよ。
反省できないみたいだし、お尻を痛くしておこうか」
「・・・やだぁ!」

やだ、ってあばれたって、小学2年生と中学2年生じゃかなうわけない。
お兄ちゃんはひょいっとあたしを持ち上げて、ソファーに座り込んじゃった。
「やだやだ!それあたしじゃないもん!」
また言っちゃったらすっごく強くたたかれた。
ぱちぃぃぃん!

「危ないところに行くのもいけないけど、嘘もよくない」
ぱちぃぃん!
「いたぁい!やだぁ!」
ぱちぃん!
「やだじゃありません。行っちゃいけないって言われてるところに行ったのは誰?」
ぱちぃん!
「知らないもん!」

お兄ちゃんは大きくため息。ぱちぃぃん!
「いつまで嘘を続けるつもり?自分のしたことをごまかさないの」
ぱちぃぃん!ぱちぃぃん!
「正直に言いなさい。お友達と3人で河原で遊んでたでしょ?
僕が見えたから逃げていったんじゃない?」

そうなんだけど。だからさ、帰ったら怒られるって思っていやだったんだけど。
で、怒られてつい「知らない」って言っちゃったんだよね。
うそついたらそれも怒られるって、わかってるんだけど・・・。
「違うったら!うそじゃないもん!」
ぱちぃぃん!

「いいかげんにしなさい。いつまでも素直になれないんだね、悪い子だ」
ぱちぃぃん!
そんな言い方されて、あたしもムキになってた上に。
いつまでもうそをつき続けてることなんてできないけど、 ごめんなさいなんて絶対いえないから。
どうしていいかわかんなくって、だから言っちゃったんだよね、あんなこと。

「嘘だってなんだっていいじゃん!それに、うそつくのあたしだけじゃない!」
「双葉?」

陸兄がときどき怒られてるの、あたし知ってた。
あたしだけじゃないじゃん、だからべつにいいじゃん。
そういう気持ち、あるんだ。

でも、だからって。

ぱちぃぃん!
「・・・・・」
ひとついたぁいのもらってから、お兄ちゃん、黙っちゃって。
「・・・・・」
あたしもそれ以上、何も言えなかった。

「ふたば」
さっきのを最後に手も止めたお兄ちゃんは、深呼吸してからあたしを呼んだ。
膝の上から下ろしてくれて、たぶんこっちを覗き込んでる。
あたしはうつむいた。これってきっと、うそよりひどい。
お兄ちゃんの声が、さっきまでより静かだったのが、よけいに怖かった。

あたしが顔を上げられないでいると、お兄ちゃんはぽんと頭に手をおいた。
あ・・・やさしい。
それはそういう触れ方で、でもあたし、それでよけいにうつむいちゃった。
なんで、なんだろう。

「僕だって、嘘をついたことがあるよ」

ええと・・・?
次のお兄ちゃんの言葉は、そんなのだった。
そうかもしれない。そうかもしれないけど、そんなこと聞きたくない。
何なんだろう。自分でもよくわからないけど、あたしはそれに抗議したくなる。

「そんなこと、言ってない。陸兄が・・・」
「いま君と話してるのは僕だよ。ここにいない人のことを責めるのはやめなさい。
それに、僕でも陸でも同じだよ」
「・・・・・。」

ぴしゃりと言い切られたけど、やっぱりその口調は優しかった。
「嘘をついて、怒られたよ。それ以上に、苦しいしね」
・・・・・。
そういうこと、聞きたいわけじゃないんだけど。
じゃあ何が言いたかったんだろうって思うと、答えは空っぽ。

「双葉も知ってるよね、そういう気持ち。
誰かのせいってことにしたって、苦しくなくなるわけじゃないでしょ?」
そう、なんだけど。でも、でも。

「自分だけじゃないって言っても、自分のしたことは変わらない。
双葉はちゃんとわかってるから、だから下向いちゃうんだよ。
人のせいにはできないの」

そう言って、お兄ちゃんはあたしのほっぺたに手を添えた。
その手の動きにあたしがゆっくり顔を上げると、優しいのに怖い、怖いのに優しい お兄ちゃんの目が、じいっとあたしを見つめてた。

「わかるね?」
静かな声が、じんわりあたしの胸にしみこんで来る。
怒られてるんだけど、ただわーって言われてるときとはちがう。
あたしの言ったこと、聞いてくれて。それでちゃんとゆっくり、伝えようとしてくれた言葉。
聞こえないふりできたらいいのに。
ほんとは、ほんとは嫌だったんだけど、でもあたしはこくりと小さく頷いた。

「いい子だ」
お兄ちゃんは、少し笑ってあたしの髪を撫でる。
それから、ちょっとびっくりするようなことを言った。

「だけどね、ほんとは僕だって、気持ちはわかる」

えっ?

「誰かがやってたら、自分もいいじゃないかって思う。
「だめ」って怒られて、どうして自分だけって思う。
正しくないよ。だけど、そう思う気持ちはわかるんだ」

あたしはどう答えていいかわからなくって、お兄ちゃんの目を見返した。
お兄ちゃん、いつもはこんなこと言わないと思うのに。
どうしてだろう。

「その気持ちに飲み込まれちゃだめだけど、でも、それは自然な気持ちだよ。
だから、僕は双葉に間違ったところは見せたくない。
間違ったことは、したくない。
それは双葉のためだっていうより、結局、自分のためなんだけどさ」

それができてるかは、また別だけど。でも、そう願ってる。
その言葉に頷くのは、さっきと違って簡単だった。
あたしにとってお兄ちゃんは、間違ってるところなんてぜんぜん見えない存在で。
ときには、嫌になっちゃうくらいにそうだから。
できてるかどうか気にしてるなんて、はじめて知ったくらいだよ。
陸兄みたいにあたしと一緒・・・間違えたり、そうしたくないって思ったり、そんなことあるなんて思ってなかったんだ。

だからさ、つぎの言葉にはもうひとつびっくり。

「双葉、知ってて。陸五もたぶん、そう思ってる」

目をぱちくりしたあたしに、お兄ちゃんは真剣な目を返した。
そう、なの?
そうだよ、とお兄ちゃんはささやいた。
それができてても、できてなくても、結局双葉がやらなきゃいけないことは同じだけどね。

・・・うん。
陸兄がどうでも、三咲兄がどうでも、ひとのせいにしちゃだめだって。
うん、確かに陸兄が、いつでもできてるってわけじゃないけど、でも、それでも。

そこまで思って、あたしは気付いた。
あたしだけじゃない。
間違えるの、あたしだけじゃないけど。
間違えちゃいけないのも、あたしだけじゃない。間違えたくないのも。

・・・あたしだけじゃない、って、言い訳にならないんだ。
陸兄があたしのことを思ってくれるなら、なおさら。

「・・・・・。ごめんなさい」

陸兄に、ひどいこと言ったなって思って。
陸兄に言ったわけじゃないけど、でも。
お兄ちゃんはそうだね、って静かに言った。

「双葉、危ないところには行かないで。嘘もだめ。いいね?」

おいで、って言われて、仕方ないかなって思う。嫌だけど。でも。
お兄ちゃんのお膝で、ぎゅっと奥歯をかんでがまんする。

ぱぁぁん!
河原に行った分と、嘘をついた分。
しっかり泣かされて、ごめんなさいして。もうしない、って約束して。
ほんとはさ、もうしないかどうかって、わかんないけど。

もうしないってがんばるのは、あたしだけじゃないんだ。
陸兄も、三咲兄も、だからあたしも。
がんばろうって、思った。


2011.5.29 up
他所様でちいさい子を拝見して、書いてみたくなったのがひとつ。
そしたら去年からお蔵入りだったネタがだいぶ変形して実になったという。
お蔵にあるのは・・・ううむ?
ところでちいさいふたばちゃんにとって、「兄」なのは三咲さんだけでさ。
陸兄は「りくにー」って呼んでるだけの仲間感覚だったみたい。
三咲さんは三咲さんでまだ若いな〜って、こんな中2がいるかどうかはおいといても。
双葉ちゃんを意地にさせちゃうあたりはね、まだ練れてない彼なのでした(笑)。

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