ひとりじゃないひとり
「陸、これっていったい、どういうこと?」
兄貴が俺に突き付けてるのは、いわゆる”学校からのお手紙”。
提出物についてご家庭でもご指導を、とか書いてあるっぽい。
まあ確かにここしばらく宿題だのなんだのいろいろサボってたんだけどさ、思いの外、家への連絡が早いのはおそれいった。
「え〜っと、何で兄貴がそれ持ってんの?」
かなり繊細な個人情報じゃねぇの、それ。なんて戯言の答えがほんとに欲しいわけじゃねぇけど、ついつい口にしてしまう。
「話をそらさない。でも一応説明しておくと、母さんはこれを「分からなくて出来なかったから」って解釈したみたいだよ。「がんばったのにできなかった」ってね」
うわ。
で、それを兄貴に面倒見てくれって頼む前に俺に一言ほしかったな〜、って思うけど。
まあ、自分勝手な言い分。よーするに叱られたくないってだけだもんな。
「で、兄貴はそう解釈してくれてないわけ?」
「まあね、でも陸の話は聞くよ?で、「これっていったい、どういうこと?」」
「・・・・・。」
どーもこーも、たいした理由があるわけじゃない。
部活で眠かったとか、なんとなくかったるかったとか、ちらっと見てさっぱりわかんなかったとか。そのうち、そんな大したことじゃないって思うようになったとか。
うわー、言うと余計引っ叩かれるよな。
っていうか、・・・うん、このままじゃ我ながらまずいかも。
でも、叱られたくはないよな、やっぱり(いまさら無理か。)。
結果は変わらないかもしれないけど、ちょっとあがいてみる。
「ほんとに、わかんなくなっちゃったからさ。しょうがないだろ?」
兄貴にじーっと見られると、内心たじろぐ。
表には出さないように気を張ってみるけど、どうかな、どう見られてるんだろ。
ほかの理由よりましかなって思ったやつだけどさ、・・・嘘でもないけど、ほんとでもない。
どっちにしても、理由にたぶん、なってない。
案の定、兄貴が納得してくれるなんてことはなかった。
「わからないところはきっちり面倒見てあげるけど、」
げっ。
当然の展開だけど、藪蛇だったかな?
「けど、理由になってない。わかるために、いや、せめてわかってるところまで、何かしたわけ?」
え〜っと。
返す言葉なんて最初っからないんだけどさ、何もしてないから。
でも何か言えるかな、って、探してみる。
さっきいろいろ思った余計に叱られそうな理由でなければ、で、なければ。
俺はひとつ、矛盾した気持ちに裏付けられた答えを見つけた。
「いいだろ、別に。兄貴に迷惑かけるわけじゃないし、どうでもいいじゃん」
本音、だ。たぶん。
でも、きっと嘘だ。
叱られたくないって希望からすれば、最悪の答えのひとつだよな。
俺ってば、兄貴にケンカ売りたいのか?って我ながら突っ込みたくなる。
そーじゃないんだけどさ。モメたくもないし、叱られたくもない。
だけど言っちゃったのはきっと、本音だから。
きっとどこかでそう思ってる自分がいる。そうじゃなきゃ、こんなことにはたぶんならない。
けど。
このままじゃまずいかもって思った自分は。そしたら、どこに。
「・・・・・。」
鋭さを増した兄貴の視線を、ふい、とそらす。
本気なの、兄貴はそう聞きたそうで、きっと声に出して聞かれたら頷いていた。
けど、そう答えれば答えるほど、俺もどっかの迷路の中で自分がわかんなくなっていく。
お互いに動けない瞬間が続いて。
「陸、双葉にそう言えるの」
静かな兄貴の問いに、「双葉は関係ねーだろ!」俺は反射的に怒鳴っていた。
わかってる。兄貴にそんなふうに問わせたのは俺だって。
わかってるけど!
「三咲兄、そーゆー聞き方は、卑怯だ」
違う。たぶん、三咲兄より俺がだ。
双葉に言えないようなことを、自分に対して言えるはずないのに。
そーゆーことしか言ってない。その事実を突き付けられて兄貴に逆切れするなんて。
これ以上何も言えない。奥歯を、ぐっと噛み締める。
「そうだね、悪かった」
兄貴は、ムカツクくらい俺より大人だった。
「来いよ」
そして何の飾りもなく言い放つ。
だから俺は抗えなかった。
双葉は、関係ない。だから。
兄貴の膝の上で、やっぱり奥歯を噛み締める。
ぱしぃぃん!
分かっているけど、やっぱ痛い。
ぱしぃん!ぱしぃん!ぱしぃん!
「・・・・・。」
痛い、って言ってもしょうがない。止めてくれとか言えやしない。
勉強のことなんて、兄貴に何の関係があるんだって思うけど。
けど。兄貴に関係なくても、双葉に関係なくても、俺には。
このままじゃまずいかもって思った自分に目をつぶって、
兄貴になんか関係ないって言えたとしても。
双葉にだって、ほんとはきっと関係ない。だけど。
双葉の前で張りたい見栄があるんだったら、俺ひとりでもそうするべきで。
双葉がやってて見過ごせないなら、俺自身にも許せないわけで。
ぱしぃぃん!
何もかも、結局俺のこと。
双葉は関係なくて、でもだから、双葉に言えないような俺じゃダメで。
・・・・・。
俺がまずいって思うなら、言い訳してもしょーがない。
どうでもいいじゃんって、そりゃそーなんだけど、兄貴に迷惑かけるわけじゃねーけど。
ダメだ、俺はそこまで俺を見捨ててない。
双葉の前でどーでもいいなんて、言いたくはないんだ。
ぱしぃん!
ぱしぃぃん!ぱしぃん!ぱしぃん!
いいかげん、相当叩かれてるんだけど。
あーあ、もう、しょーがないんだけどさ。痛ぇ。
叱られるより前に気付いてたら、いいんだろうけどさ。そんなことできたら苦労しねぇか。
ったく、もう。ぐっと声を上げないように我慢してたら、ようやく兄貴が口を開いた。
「陸、ひとりでやれる?」
その質問はシンプルだ。
双葉も関係ない、兄貴も関係ないなら、そーなるよな。
「ん。とりあえず、やってみるよ」
しょーがねぇ。やらなきゃいけないんだもんな。
やってもわかんねーかも知れねーけどさ。それはまた、そのときだろ。
ま、できれば三咲兄のお手を煩わせるのはご遠慮申し上げたい。
だめなら、手伝ってくれるんだろうけど!穏当な手段とは、思えねーからな。
三咲兄はにやっと口をゆがめて手を止めた。
双葉に手伝ってもらってもいいんだよ?なんて言いながら。
それまたもちろん、ご遠慮申し上げますって。
「三咲兄・・・。双葉には黙っといてくれよ?」
これも自分勝手な話だけどな。でも!
俺にだって意地も見栄もあるさ。
「大丈夫、言わないよ」
我が儘に案外優しいお兄様。だから頑張れって言外のご注文とセットだけれど。
まあいいさ、どっちにしたって俺のこと。
ひとりじゃないからひとりでやれる。たぶん、きっと、なんとかなるさ。
2010.06.21 up
「キーな陸兄」がってなご要望をいただきまして、久しぶりのキーさんな陸兄。
100の質問とかさくさく書くと、陸兄はカーさんよりもキーさんなのに、
ちゃんと書くのはほんとに久しぶりだってのはなんででしょうね。
ところでこれは、先日の日の目を見せられるかどうかの双葉ちゃんとは別物です。
さてはてどうなることやらです。