これもまた、楽しい思い出?(後)

「考えたけど伝えなかったっていうなら、一体、僕は何を叱ってあげればいいんだろうね?」
うっ・・・。淡々としているくせに、涙も引っ込みそうなお兄の言い方。
これって、怖い。

一瞬真っ白になったあたしの頭に、次の瞬間、ぱしぃぃん!って。
ぱしぃぃん!
お仕置きは終わっていなくって、痛かったんだけど、痛いのやだけど。
痛い、ってことに悔しいけどさ、少しだけ、胸の奥のどこかでほっとしてしまった。

まだあたし、叱られてる。
ぱしぃぃん!

痛い。
けどさ、痛い以上にあんな言葉で放り出されるのは嫌だ。
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
有り難いことに、なんて絶対に、絶っ対に言わないけどさ。
お尻の痛みとお説教は、とにもかくにも終わってなかった。

「分かってて悪いことして、分かってたように叱られて。双葉、それで何か変わるの?」
「・・・」

何か変わるの?わかんない。
変わらないと、いけない?
だって怒られるのはどうしようもなくてさ。
ぱしぃぃん!
痛いのもしょうがない。
それは確かに、分かってたように叱られるってこと以上じゃないかも知れないんだけど。
ぱしぃぃん!

「ねぇ、双葉。」
ぱしぃぃん!
「謝れば済むってほんとに思ってない?」

「・・・そ、んなこと・・・」
ぱしぃぃん!

どうだろう。
そんなこと、思ってたつもりはないけど。
ぱしぃぃん!

ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
痛いけど。
「我慢しなきゃって思ってるの分かるけど」
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!

「我慢すればいいって思ってない?」
ぱしぃぃん!

・・・・・、あの、その。
どうだろう。
「どうなの?」

どう、だろう。
「わかんない・・・」
ぱしぃぃん!

分かんない。
お兄の言ってる二つって、実際何か違うのかな。
我慢しなきゃっていうのと、我慢すればいいっていうのと。

我慢しなきゃなんだけど。
だって、怒られて当然だもの。
我慢しなきゃって思っているのと、謝れば済むっていうのと、同じ?

そうかな。
だってさ、我慢するしかないのにさ。
謝ればいいなんて思ってない・・・・よ?

「分かってて、どうしてそんなことできたの、ってさっき聞いたよね?」
「うん・・・」
ぱしぃん!
「分かってたのか、どうだか。
どうして行き先残していかなかったの?」
ぱしぃぃん!

「・・・・・だって、どこ行くか、分かんなかったし・・・」
「そうかもね。だけど、全然手掛かりなし?」
ぱしぃぃん!
「・・・うう。そんなことないけどさ・・・」

「それはどうして言わなかったの?」
「・・・。それは・・・」
言ったら、そこに探しに来るかもって、思って。
・・・。
「どうして?」
お兄の声は、答えなんてみんなとっくに分かってるような、だけど答えないでは済まされない、そんなふうに響く。

「・・・探されたく、なかった・・・」
ぱしぃぃん!
だろうね、ってため息みたいな呟きが零れる。
もちろん事情聴取はまだ続いてて。
「携帯置いて行ったのは?」
ぱしぃぃん!
そんなの、同じ答えだって分かってるくせにさ。

「・・・それも。呼び戻されるの、嫌だったから」
ぱしぃぃん!

「どうして、呼び戻されたくなかったの?」
え。そんな当たり前のことまで聞かれるの?
「だって、せっかくみんなと楽しんでるのに」
ぱしぃぃん!

「せっかく、ね」
「だ、だから今日くらい」
「今日くらい、ねぇ」
皮肉混りの口調で返されるのにも、文句は言えない。
でも、だけど、だって今日くらい。
それもあたしの正直な気持ち。
悪いことだって分かっているけど。
・・・それって、謝ればいいって思ってるのと一緒なのかな。

「どうして、呼び戻されると思ったの?」
「え、だって、遅くなるかもって」
「遅くなったら、どうして?」
「え?だって」
・・・。

「だって、心配するだろうから」だよねぇ、答えは。
うう、分かってる、分かってたってば、心配かけるってことは。
それでもやっちゃったんだからさ、今さら否定のしようはないわけで。
分かってる、分かってたはず。
言いたくないけど。
叱られるの、しょうがないけど。

・・・。叱られるの、しょうがないけどさ。
叱られるから言いたくないのかな。
あたしの中にある答えは、多分、違う。

「双葉、答えられないの?」
「・・・・・。」
「いつまでたっても帰ってこなくて、連絡する方法もなくてさ。
僕らがどんな気持ちかって、分かってた?」

分かってる、分かってた、って。
言わなきゃいけないと思うけど、言う資格もないかも。
そして言いたくないっていうのも本音。
分かってた、つもりだったけど。
分かってなかったのかも知れなくて。
分かってるつもりでそこは無視してやっちゃったことはほんとにほんとで。
自分のことしか考えてなくてさ。
母さんやお兄たちの気持ち、分かってたなんて言えないよね。

「言うことあるでしょ、双葉。もう一回言ってごらん?」

・・・・・。
確かに、言わなきゃいけないこと、あるけど。
さっきは言えたのに。言わなきゃいけないのに。
口が重い。

やっちゃったことなんだからさ、いまさらどうしようもないのに。
否定なんて出来ないって、十分わかってるのに。
叱られるのだってしょうがないのに。
・・・・・叱られるのが嫌で言えないわけじゃない、よね。

固まっちゃったあたしを起こして、そして向き直って。
三咲兄はひと息吸って名前を呼んだ。

「双葉。」
え、えっと。

「自分がしたことから目をそらすのは卑怯だよ」

ずきん。

分かってる。
分かってるなんて言えないってことも、分かってる。
陸兄なら怒鳴られてたかも、三咲兄は静かに話すけどさ。

三咲兄らしくない、っていうか。・・知らなかった、三咲兄もそういうこと言うんだね。
それはあたしのしていることが、そうでしかないってことかも知れない。
「・・・・・。」
出さなきゃと思った声はまた声にならなくて、あたしは唇を噛んだ。

そんなあたしに、お兄は、やっぱり声を荒げるわけじゃない。
「双葉、」
何度も名前を呼ばれるね。
静かな響きはゆっくり胸に広まっていく。

「ごめんなさい、って思ったんでしょ?」
う、うん。さっきあたし、もっと分かってなかったけど。
でもさっきも今も、ごめんなさいって思ってるよ。

「言えないの、認めたくないの、叱られたくないからじゃないでしょ?」
あんなに、我慢していたからね。
三咲兄は淡々と言い、あたしは小さく首を縦に振る。
言えてない以上、理由なんて関係ないんだけどね。

同じ調子で三咲兄が続けた言葉は、謎掛けみたい。
「言えてたことが言えなくなった自分を、大事にしてあげていいんだよ?」
あの、その?
言わなくていいって言ってるわけじゃ、ないよねぇ。
「え、えっと?」

「どうして言えなくなったのか、分かってるでしょ?
どうしなきゃいけないのかも、分かってたでしょ。
そこまでは間違ってない。だから、最後の最後で間違えないの。
逃げちゃう自分でいたいわけじゃ、ないよね」

「・・・・・。」
さっきのあたし。いまのあたし。
ごめんなさいって言えてたあたしと、言えなくなったあたし。
どれだけ思いやりのないことしたかって、分かってたつもりで分かってなかったあたしと、 そんなあたしが見えちゃったから見たくないって思ってるあたし。

目をそらしてていいなんて、思ってない。そんな自分でいたいわけじゃない。

三咲兄は口を噤んだ。
待たれてる。分かってる。待ってくれてる。
あたしはみんな分かってるって、黙ってる三咲兄はそう言ってる。
あたしはすべきことができるって、これ以上の三咲兄の言葉がなくても。

そうじゃなきゃいけない、んだよね。
叱られるために謝るんじゃなくってさ。
気付いたあたし、目をそらさないあたし。
それはそういうあたしであるための、大事な言葉だ。

言いたくないよ。そりゃもう、もちろん。
そこに見えるあたしって、結構酷い。
ああ、そうか、それより。

「ごめんなさい、三咲兄。心配させて、ほんとに」
心配かけたんだよね。相当、やきもきしたんだよね、たぶん。
自分勝手なことして、ごめんなさい。

叱られるためじゃなくって、あたしがそうすべきっていうのも二番目で。
ほんとに、ほんとに心配かけてごめんなさい。

目をそらしたいそのあたしって、あたしにひどいんじゃなくてさ。
その先に相手がいるって思ったら、言いたくないって言う余地なんてないよね。
目をそらすなんてことできるはずないのに。
・・・・・ほんとに、分かってなかったなあって思わされるの、かなしいけどさ。

三咲兄は微かに目を瞠った。
そうしてあたしの目を見つめて、それから頷いてあたしの頭を撫でた。
「無事に帰ってきてくれて、よかったよ。
大きくなったね。卒業、おめでとう」

あれ、何だか。今日たくさん聞いたおめでとうと、ほんの少し、違う?
「え、えっと?・・・ありがとう」
それからごめんなさい。
言うと「もういいよ」って三咲兄は笑った。

「・・・母さんと陸兄にも、もっかい謝ってくる」
「そうだね。行っておいで」
しなきゃいけないことで、しないではいられないこと。
でもしたいわけじゃないことの背中を三咲兄はそっと押す。

母さんは「あらあら、またどうしたの?」って笑っていたけど。
陸兄はこう言った。
「謝るなよ。楽しかったか?」
「え、えっと、うん!で、でも?」
ごめんなさい、なんだけどな。

「兄貴と話が済んでんだったら、後はいい思い出持ってろよ。
お前が楽しくなかったんならさ、俺たち心配した甲斐がねぇじゃん?」
そ、そうかな?
それでもそれってやっぱり、心配かけてごめんなさい、じゃない?

言った言葉に陸兄は答えてくれない。
「楽しかったんだろ、もう一度同じことあったらどうする?行かねぇか?」
「えぇ〜?」
行かない、なんてことはない、よね、たぶん。
楽しかったもん。それがダメだって、陸兄は言ってない。三咲兄もさ。

「行くよ、行くけど。携帯は持っていくし。
もうちょっと、心配かけないようにする、よ?」
うん。「もうちょっと」、ね。

だから陸兄は謝るなって言うのかな。
心配かけてごめんなさいなんだけどさ、それはほんとにそうなんだけど。
今日のあたしは間違えたけど、違う方法選んでも、心配は多分ゼロにはならないね。

「ま、そーだろな。そう言えるんなら俺にとってはそれでいいさ。
いい一日でよかったな」
おめでとう、そのひとことを陸兄は少し照れたように言ってくれた。

いろんなことあった卒業式の一日を、いい一日、楽しい思い出に。
クラスのみんな、陸兄と三咲兄、母さんと父さんとそしてあたし。
みんなのお蔭でそうだったから、そうなるように、あたしも呟く。

卒業、おめでとう。


2009.4.26 up
4月中かかって卒業式とは、それこそ言い訳のしようもないですね^_^;。
その上あちらさまにもこちらさまにも不義理を重ねているところ。
携帯機の中では紆余曲折が収拾つかなくなってましたが、
とにもかくにもひと段落。(さすがはPCです(苦笑)。)

しかし高校入ってすぐにまた門限で怒られるんだよなぁ・・・(^_^;)。
や、これとあれは私にとって全然違うものなんですが、客観的にはいかがなものか(-_-)。

09.7.29 微修正しました。

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