これもまた、楽しい思い出?(中)
ドアを開けたら、怒られる。
分かってるから。分かってるから、ね、開けよう?
開けようとしたドアは重くって、ちょっと挫けそうになったりする。
分かってるってば、それも気のせい。あたしが逃げたいって思っているから。
逃げたくたって、そんなことできないからね。嫌でも何でもしょうがない。
怒られるのは我慢しないと。それはあたしのせいだからさ。
そんなふうに思う間に、重たかったはずのドアは開いた。
そう、そんなに重いわけじゃないはずなのよ。
「た、ただいまぁ」
小さな声にしかならなくて、けどさ「「お帰り」」って声はすぐに幾重にも返った。安心したあったかい響き、苦笑を含んだ声色、それからやっぱり怒っているよね。
顔を上げたらそこには予想に違わず、三咲兄の真面目な顔があった。
「た、ただいま・・・」
三咲兄は素っ気なく「おかえり」としか言ってくれない。怒鳴られた方がまだいいよ、って思ってみても仕方ない。
だけど沈黙は耐えられないよ。
「お、怒ってる・・・よね?」
ついつい聞いたら笑みさえ浮かべかねない顔で問い返されちゃった。
「最初の言葉がそれなの、双葉?」
「え、や、違うよ、ごめんなさい!」
違う、ってなに言ってるんだか。確かに間違えたよね、ごめんなさい!
三咲兄はこっちをじっと見て、あたしはいたたまれずにきゅっと眼を閉じた。
「まずは、母さんと陸五に顔見せてきなさい。
それから、僕の部屋においで。いいね?」
「・・・はぁい」
ほんの少しにせよ叱られるのが先に延びたのにほっとしてるあたしがいる。
・・・よく、ないよね、そういうの。
また三咲兄のお部屋の前でさっきみたいにどきどきするのも、嫌だなぁ・・・。
っと、だから、しょうがないんだってば!
考えるのを中断して、あたしは三咲兄の言うとおりにリビングに顔を出す。
「お帰りなさい、双葉ちゃん。卒業おめでとう」
「双葉、どこ行ってたんだ?兄貴、怒ってたろ」
「うん、まあ・・・。ただいま、母さん。心配かけてごめんなさいっ」
「いいえ、楽しかったんでしょう?お父さんがお帰りになる前でよかったわ」
母さんはほんわり笑い、隣で陸兄は苦笑する。
まったく、甘いんだから。お兄たちは口には出さないけどさ、絶対そう思っているよね。
「で、話は終わったのか、双葉?」
「まさか!・・・うう、行ってくるよ」
陸兄はもう一度苦笑した。「ま、頑張れよ」
気の毒そうに、でも仕方ないなって思っていそうに、あれ、それから何か言いたげ?
あたしの気のせいかも知れないけれど、尋ねるように陸兄の顔を見たらお兄は後でな、とあたしの頭にぽんと手を載せた。
やっぱり頑張ってこいって言われてるんだよね、これ。
「行って、きまぁす」
深呼吸して、お部屋をノック。
どうぞ、って言われてからお部屋に入るには、もうひと呼吸が必要だった。
最初からベッドに腰をかけてた三咲兄は、ただ静かにあたしを見つめる。
「ごめんなさいっ」って言ってしまうと、他に言うことはなくなっちゃった。
そこに三咲兄が返してくれたのは、結構容赦ないお言葉で。
「厳しくしないといけないね」
ふぇぇ。だけど否定はできやしない。
あたしはやっぱりぎゅうっと目を閉じちゃって、ちょっと震えながら、でも小さく頷いた。
三咲兄はあたしの手を取る。
すぐにぐいっとお膝の上に引き倒されるかと思いきや、そうではなくてひとときそのまま。
な、何だろ?
不思議に思って目を開くと、やっぱり真剣に見つめられてた。
怒って、ないのかな。
真面目な目の向こうにある感情って読み取れない。
もっとも三咲兄の場合、怒ってないからって怒られないわけじゃあ全然なくって、結局厳しくされちゃうことには変わりないけどね。
「怒って・・・ない・・?」
それでも怒ってないといいなって、思っちゃうんだ。
だからついつい聞いちゃって、またもそれは叱られる。「やっぱりそれが気になるの?」
そりゃあ気になる。気になるのってはしょうがなくない?
だけどお兄が怒るのも当然だからさ、気にしても仕方ないってのも分かるけど。
黙っていると、重ねて言われた。
「怒られるって、分かってたんだよね」
あたしは頷く。確かに分かってた。
「分かってて、わざとしたんでしょ?悪いことだよね」
わざとじゃないよ、って言えたらいい。でも三咲兄の言うとおりで、否定なんてしたくてもできなくて。
「怒られても仕方ないってことも分かってるみたいだけど」
だって、怒られないはずはないから。
連絡しないで、連絡受けないで、遅くなって、心配かけた。
そうしたくてそうした、それなのに怒られずに済ませようなんて、虫が良過ぎるよね。
「ごめんなさい・・・」
言えることってそれだけ。
三咲兄はちょっとため息をついて言い、その声にあたしは身を竦めないわけにいかなかった。
「分かってるのに、どうしてやっちゃうのかな。
謝れば済むって思ってるの?」
「そ、そんなことないよ!」
「じゃあどうして、あんなこと出来たの?連絡しなかっただけなら、うっかり忘れてたってことかも知れないけど、携帯置いて行ったのは、こっちからの連絡も受ける気なかったってことだよね?」
「うん・・・」
何でこう、お見通しかな。三咲兄は今日も嫌になるほど正しくて。
「ちゃんと謝れるのは、偉いけど。
それでしてしまったことが帳消しになるわけじゃないんだよ?」
「分かってるよ、そんなの・・・」
あ、やばい、だんだん。
声に不満が混じっていっちゃう。
ごめんなさいが言えて偉いねなんて、お兄に言われたいわけじゃないけれどさ。
ごめんなさいって思えなくなる、それってだめだよね。
泣きそう。
だけど、口を閉じたままでいると、嫌ぁな気持ちだけが胸の中で膨れ上がっちゃう。
あたしだって、そんなこと望んでいるわけじゃない。
ごめんなさいって言えば済むってものじゃないことなんて、分かってるけど。
でもね、ごめんなさいって言うしかないんだよね。それだって分かってるんだ。
あたしにそれを教えたのは三咲兄だよ。
ごめんなさいって思えなくなるのはだめだって、あたしが思う。
分かってるとかうるさいよとか、嫌な言葉は零れそうだけど。
けどさ、あたしだってそれは言いたくないんだよ。
怒られるようなことしたから。
それはあたしのせいだからさ。
「ごめんなさい」
お兄の声は、やっぱり怒ってるのかどうかはわからなくって。それでやっぱり厳しかった。
「確かに、そう言うしかないだろうけどね。
謝ってもしたことは取り返しがつかないってこと、ちゃんと覚えなさい」
ふぇん。
お膝の上って、こっちが悪いって分かっていたって嫌だよね。
だけど仕方ないからさ、我慢するしかなくってさ。
さっき一生懸命選んだふわっと軽い蔦の模様の白いスカート、三咲兄にかかれば一顧だにされずによけられて。
ぱしぃぃん!
「・・・・・!」
ふぇぇ、痛い!
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
「や・・・」
零れかける声をぎゅうっと飲み込んで。嫌だとか止めてとか言えないもんね。
ぱしぃぃん!
厳しくされちゃうの当然だからさ、我慢するしかなくって。
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
いつもよりずっと痛い。いつも痛いけどさ、それでも。
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
分かっててやったんだから、どうしようもない。
ぱしぃぃん!
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
多分、三咲兄の手ももう真っ赤だと思う。
ぱしぃぃん!
もちろん、あたしのお尻もそう。
ぱしぃぃん!
我慢しなきゃ。
やっちゃったことは変わらない。
怒られるの分かってて、やりたいことやって、それで怒られるのって、どうしようもない。
ぱしぃぃん!
ぱしぃぃん!
「出掛けるなら行き先を伝えるなんて当たり前のことだよね?」
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
「小学生じゃないんだから。この歳になってこんなことで叱られるの、恥ずかしいと思いなさい」
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
ぱしぃぃん!
「伝えなかったらどうなるかって考えること、まさかできない訳じゃないでしょ?」
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
ふぇぇん。
何も反論できない。三咲兄は正しくて、あたしは泣いているしかなくて。
ぱしぃぃん!
謝ることだってできないから、ただひたすら泣いていたら、三咲兄は怖い言葉を続けた。
「考えたけど伝えなかったっていうなら、一体、僕は何を叱ってあげればいいんだろうね?」
2009.4.11 up
1か月経っちゃいますよ!・・・ごめんなさい。挙句に終わっていないという。
仕事も週末も(でも主に仕事が)怒涛の年度末が過ぎてゆき。
4月になって急にまた混み出した(苦笑)満員電車の中とか帰りは半分船漕ぎながら。
(<満員電車での携帯の利用はほどほどに^_^;) こちょこちょ書いておりました。
どんなに忙しかろうと、そのひとときは至福です(笑)。
続きは明日か、来週か・・・。