リクエスト一番乗りだったご依頼♪
ほんわかしていただけるといいなあ、と。
大事な私のティーカップ
何もかも、嫌になっちゃうことって、ないですか。
これはそんな日の、大事な思い出。
***
部活の友達と意見が割れてケンカして。それを顧問から叱られたのがまた納得いかなくて。
勉強してても気が散ってさ。そのこと自体にいらっとして。
読みたい小説すら頭に入らない。お茶でも飲んで気持ちを切り替えようと思ったんだけど。
台所に立ったとき、あたしはどうにも抑えきれなくなった。
「もう、やだ」
手にしたティカップは、それなりに長く使ってるものだったけど。
あたしはそれをわざと落とした、割っちゃうつもりで。
・・・割れると思ったカップは実際には床では割れずに、跳ね返って戸棚にぶつかり縁が欠けた。
ゆっくりそれを拾いあげたとき、陸兄が後ろにいたことに初めて気づいた。
やだ、見られた。そして聞かれた?
「おい、双葉」
「や、やだ」
逃げ出そうとしたあたしの手を、陸兄は捕まえた。
「いや、放っといてよ」
「できねぇよ、何やってんだ」
「どうでもいいじゃない。あたしのカップだよ」
「違うだろ、そういう問題じゃねぇって」
反射的に言い返す。そりゃ怒られることだってわかるのに、そうする自分も嫌なんだけど。
リビングに引っ張っていかれたら、三咲兄がいたのもついてなかった。
「陸、どうしたの?」
「双葉が、傷つけるから」
「だから、あたしのカップなんだから。割ったってなんだって陸兄には関係ないじゃない」
「割ったかどうかってことじゃねぇって、さっきから言ってるだろ」
「じゃあ何?問題ないなら放っといてくれればいいじゃない」
「そーじゃなくて!」
あたしと陸兄の会話は、全然噛み合ってなかった。まあ、これを会話って呼んでいいならの話だけど。
あたしはもちろん、陸兄も気づいてなかったらしいそのことを、言葉にしたのはもちろん三咲兄だった。
「陸が怒ってることと、双葉が叱られるって思ってることは、別なんじゃない」
言い争うあたし達を見かねたんだよね。
三咲兄の声はいつも以上に静かに抑えたものだったから。
そのときあたしには、言ってる意味、全然わかんなかったけど。だって叱られることなんて、分かってる。
「陸はちょっと考えてな、僕が先に双葉と話すよ」
「「え、それって」」
やだ、それは。二人から叱られるって最悪じゃない。
「双葉は自業自得でしょ。もう少し陸の言うことを分かろうとしてたら、こんなことにならなかったよ。
どっちにしても僕の言いたいことと陸の言いたいことは違うから、たまには二人から叱られなさい」
なに、それ。意味わかんない。
陸兄の言いたいことって何だろう。それを三咲兄はわかっているの?
「わけわかんない・・・」
「そのうちわかるから、ほら、おいで?
わざと何かを壊しておいて、叱られないなんて思ってないよね?」
それはそう、なんだけど。
だからって素直に謝れるわけじゃない。
「・・・・・。」
「いい子だ」
何にも、言わなかったのに。
三咲兄は黙ったあたしの頭を撫でて、そして手を引いてあたしを膝に倒した。
「やだ・・・」
「そうだね。いけないことをしたからね」
ぱぁぁん!
痛かった、とっても。だけど、これって。
ぱしぃん!
「痛い・・・」
「そうだね」
ぱしぃん!
いつも叱られる時の三咲兄と、違う。
痛いんだけど。それは変わらないんだけどさ、でも違うよね。
「カップを割ったの?」
ぱぁん!
「・・・欠けたの」
そこで終わらせたいけれど。
ぱぁん!
その答えにもさっきと変わらない強さで叩く三咲兄は、やっぱりたぶんいつもより優しい。
「・・・割るつもりだった」
ぱぁん!
「そう」
ぱぁん!
じんわりしみるお兄の言葉は短い。
ぱぁん!
そしてお尻もじんじん痛い。
ぱぁん!
ぱぁん!
やっちゃいけないことしたっていうのは、最初から知ってる。
ぱぁん!
「それで、何て言うの?」
ぱぁん!
ごめんなさい、って。
「・・・・・」
ぱぁん!
「言ってごらん、それがスタートだから」
声はふんわりとあたしを包んだ。
「言ってごらん。僕とはそれだけ。
僕がいま叱っているのは、わざとカップを割ろうとしたこと。実際に、欠いちゃったこと。
それを認めてから、それ以外に陸が怒ってることが何か、考えなさい」
「それ以外・・・?」
「それ以外。だけど、飛ばして先に進まないの。
それで、何ていうのかな」
言ってることはいつもと変わらない、のかもしれないんだけれど。
口調はどこまでも柔らかい今日の三咲兄に、自分がどうしてかたくなでいるのかもうわからない。
ごめんなさい。言えるかな。
それ以外、ってわかんないけど。
陸兄の方をちらっと見たら、心配そうな眼で見られてた。
・・・怒ってたくせに。でも。
「・・・・・ごめんなさい」
「そうだね」
謝ったからって三咲兄の声音が変わるわけじゃなかったけど。
起こしてくれて服を整えてくれた。
そうだね、そういうことだよね。
わかんないことがたくさんあっても。できるところからひとつづつ片付けるしかない。
「陸の話も、ちゃんと聞けるね?」
「うん・・・あ、はい」
睨まれた。言い直したらちいさく笑って、あたしの頭をぽんと撫でてリビングを出ていく。
・・・・・。
いてほしい?そうじゃない?
それもまたわかんないことだけど、それはともかく。
陸兄の前に座ったあたしは、いま分かってることを伝えた。
「・・・えっと、ごめんなさい、なんだけど。
カップ割ったこととか、すぐ謝らなかったこととか。
でもそれ以上はわかんない。・・・ごめんなさい」
「痛かったか?」
言わずもがなの問いは、やっぱり心配してくれたから。
そう思うときゅっと噛んでた奥歯が緩んだ。
「ううん」
痛いけど。でも三咲兄、優しかったし。
「無理すんな」
苦笑混じりの声にあたしも苦笑い。
だって、こういう時に無理をするのは、陸兄だってそうだから。
「大丈夫だよ、だから、ごめんなさいだから、・・・。
陸兄が言いたいこと、まだ分かってないけど」
心配してくれたんだから、陸兄が怒ってたのにはちゃんと確かな理由がある。
あたしにわかんなくても、陸兄にも三咲兄にもわかってるような何かが。
だから叩かれても仕方ないって思ったんだけど、さすがにそうは言えなかった。
「・・・怒ってる?」
代わりは、そんな言葉になっちゃって。三咲兄ならそれだけで怒られるかもしれないね。
でも陸兄は、あたしの聞きたかったことをなんとなくわかってくれたみたいだった。
「もう叩かなくてもいいだろ、・・・たぶん」
たぶん、って。
陸兄が気にしてることが何か、まだあたしにはわからない。
問いかける目のあたしに、陸兄は言葉を探してくれた。
「笑えるくらいだからさ、さっきとは違うだろ」
うーん・・・。
まださっぱりわかんない。言う陸兄も、試行錯誤みたいだった。
「割りたくてカップ割ったんなら、別にいいんだ。
兄貴としてはダメだろうけど、俺は別に。
だけど、・・・」
陸兄は言いさして、話を変えた。
「何を傷つけたかったんだ?」
・・・カップ、じゃない。
それはあたしにも分かる。
「何だろう・・・。だって、嫌なこといっぱいあったから」
甘えてるんだと思うけど、陸兄には話せる。あったこと、納得いかないこと、あれこれ話して、それで。
「・・・・・だからって、お気に入りのカップ割るなんて、馬鹿みたい」
結局その結論に行き着くしかない。
そしたら。
「まあ、そうだけどさ。それで凹んでまた苛つくのも違うだろ」
「・・・・・うん」
陸兄はあたしをなだめたんだろうか、それともたしなめたんだろうか。
わからなかった。
でも確かに、そうだなって思った。
「大事なのはお前で、カップじゃねぇんだ。
割りたきゃ割ればいいさ。けど、割りたくもねぇくせに割って凹むような真似するなよ」
「・・・・・うん」
強い、陸兄の言葉。
あたしは、あたしが大事かな。あたしは、あたしを傷つけたかったんだろうか。
そんなつもりだったわけじゃない。
だけど、わざと何かを壊したところで、まさか気が晴れるわけがない。
分かってるんだけどね。
ううん、いまならわかるんだけど。
だめなことはだめって、言ってくれたら。それは正しくて、だからわかる。
だけど、そういうことじゃない。
正しいのかどうか、よくわからない。
だけどきっと、大事なことだ。
「難しいこと、言ってないだろ。
やりたくないことなんてするなよ。それだけだ」
・・・・・。
難しいよ。
それは、何がやりたいことなのか考えろ、わかってろ、ってことだ。
何もかも嫌になったって、じゃあ何がしたい?・・・少なくとも大事なモノに当たり散らすのが答えじゃないよね。
そしてどこかで間違えたとしても、それに凹むんじゃなくて次を考えろって。
そういうこと考える。
そうして何かをする、何かをしない。
それが、あたしを大事にするってこと・・・なのかな。
「・・・・・。頑張ってみる、よ」
自信なさげなあたしの顔に、陸兄はまた苦笑いした。
「考え過ぎるな、って言いたいんだけどな。
まあ、それもお前だよ。
・・・まだ苦しいか?」
最後の言葉は笑いを収めて、真剣な顔で聞かれた。
ああ、そういうふうに心配してくれていたんだ。三咲兄に叱られる前から。
胸が痛いくらいに、温かくなった。
いらいら、むしゃくしゃしていた原因は、ひとつも片付いてはいない。けど。
陸兄の目を見てたら、それはそれ、って思えたんだ。
「大丈夫。ごめんなさい」
いらいらしたからって何かに当たっても、あたしが、楽にならないんだから。
自分を、余計に傷つけるなってことなんだよね。
わかってる、大丈夫。
やっちゃいけないってわかってることなら、しなきゃいい。あたしのために。
そうだよね、難しくない。
そんなこと、やりたいことじゃないってわかってる。
何もかも、嫌になっちゃうような日に。
それでも陸兄は、あたしを大事にしてくれる。三咲兄だって、もちろん。
だからね。あたしも。
「陸兄の言いたいこと、わかった。たぶん。
頑張ってみる、ちゃんとできる、きっと。・・・ありがとう」
間違えちゃうことも、あるかもしれない。さっきみたいに、苛々した気持ちに飲み込まれちゃうこと。
だけどさ、心配してくれた顔、たぶん思い出せるから。
いらいらしてたって、それはそれ。
自分でそれ以上に傷つけたら、あたしにも、陸兄にも三咲兄にも、言い訳できない。
陸兄は、「そうだな」って笑った。
さっきの顔や、いまの顔。
思い出したらたぶんいらいらした気持ち自体がほぐれるような、そんな気がした。
2012.11.25 up
リクエストは「双葉ちゃんが二人のお兄さんから厳しく優しく叱られる話」
「二人の」ってところに手がかかってますが、こんな感じでご要望に添えているでしょうか(心配)(^_^;)。
優しすぎたかな〜なんて思わなくもないけど、まあ、二人とも優しいですから(笑)。
陸兄も三咲兄も、書いててすごくほわほわ楽しかったのです。
リクエストありがとうございました♪
いらいらするのは風邪と一緒。温かくして、お茶でも飲んで、早く寝るのがいちばんです。
双葉ちゃんはそういう手段を、三咲兄に教わると思いますw
陸兄は、いろいろ間違えても自己嫌悪には落ちないタイプみたいです(^_^;)。
寒くなってきました。ほんとうの風邪にも、どうぞお気を付けくださいませ。