サンタ
クロースってほんとにいるの?
「ほらほら、二人とも、ケンカしないの。いい子にしてないとサンタさんが来ちゃうよ?」
お菓子の取り合いでケンカを始めかけてた小さな弟と妹に掛けた言葉は、言ってから自分でもあれ?と思った。
「お兄ちゃん、それって変だよ〜!いい子にしてないと、サンタさんが来ないんでしょ?」
「そーだよ、変だよ兄ちゃん。サンタが来たら嫌なの?何で?」
仲良く突っ込んでくださって、お菓子の問題はどこへやら。それはそれで結構なことで。
そう思いながら僕は自分の言葉にくすくすと笑いが止まらなくなってしまう。
ま、そうだよね、変だよね。
だけどさ、言い間違えたわけじゃないんだよ。
ひとりで笑っていたら、息の合った弟と妹はもういちど仲良く突っ込んできた。
「三咲兄、ひとりで笑ってるのって気になるよ」
「そーだよ、お話ししてよ、お兄ちゃん」
困ったな、あんまり進んで話したいことでもないような気もするんだけどさ。
とはいえ二人が気になる気持ちだってもちろん分かる。
一度気にし始めるとしつこい双葉にお話をせがまれて、結局僕はご要望にお応えしないわけにいかなくなった。
「昔ね、僕がまだいまの双葉より小さかったとき。
僕はサンタクロースに会ったんだよ」
言ったら双葉は「ほんとに?!」って目を輝かせた。
陸五は「嘘だろ、それ?」って疑わしげな目を向ける。
まあ、無理もないけどね。双葉の反応の方がちょっと意外だよ。
でもついたしなめて、というかからかってしまうのはちょっと意地悪かもしれない。
「さあ、ほんとかどうか僕にも分からないよ。でも、嘘だと思うならこのお話はここでお終い」
「あ、もう、陸兄のばかぁ。やだ、お兄ちゃん、お話ししてよぉ」
「え〜、俺のせい?や、ごめん、兄貴、どーぞ続けて」
双葉が陸五を睨むから、陸は少し困ってる。
僕はこんどは双葉の言葉遣いをたしなめてから、さすがにそれ以上は焦らさずに話しはじめた。
「昔ね、陸五が生まれたばっかりの年だよ。
だからそのときの僕は、いまの双葉よりひとつ年下かな。保育園の、きいろ組」
「お兄ちゃんもむかしは保育園に行ってたの?」
おやおや。子どもって、そういうところが気になるのか。
そうだよ、って笑って答えてから、先へ進む。
「その年ね、僕はあんまりいい子じゃなかったんだよ。
母さんは陸五にかかりっきりだったからさ、僕はいろんなことがしたいようにできたし。
父さんも結構忙しかったんじゃないかな、何してもあんまり見つからなかった」
ま、もともと見つかりたくないことを見つかるようにやっちゃうような可愛げは僕にはないけど。
さすがにそんなことは弟や妹には話さない。
「お兄ちゃん、さびしかったの?」
え?
答えにくいこと聞くなあ、双葉。そんなふうに聞こえた?
そう聞こえないように言葉は選んだつもりだったけど、あなどれない。
でもね、そう簡単に頷ける質問じゃないんだよ、それ。
「どうだろうね。弟ができたのは嬉しかったよ?」
答えはここまで。さ、先へ行くよ。
と思ったら話は微笑ましくも有り難く、脱線する。
「あたしは?」
あはは。
「双葉が生まれたときも、嬉しかったよ」
「双葉、お前さっきから話のじゃまばっかりしてねぇ?」
「あれ?」
ちゃんと聞いてるんだよね、陸五も。さ、今度こそ先へ進もう。
「その年のクリスマス、プレゼントは父さんの時間があった日曜日に先に買ってもらったんだ。
もちろん、ほんとにもらったのはクリスマスの朝だったんだけどさ。
父さんと母さんの部屋の、押入れのなかにしまってあったよ。
だからね、プレゼントがもらえるってことは分かってたわけ。僕が、いい子じゃなくてもね」
うわ、我ながら可愛げのない4歳児だなぁ。
プレゼントは確か、機関車の模型。いまから思うと、父さん、結構奮発してくれてた感じだね。
もちろんそのころはそんなこと知らない。
いい子じゃなくてももらえるプレゼントに、どんな想いが込められているかも、ね。
「それで、サンタさんは?」
はいはい、先を焦らないの。
「そのとき僕はね、サンタさんなんていないって思ってた。
プレゼントは父さんと母さんが買ってくれるんだし、いい子にしてないとサンタクロースが来ませんよ、ってあちこちで言われるたびにちょっとイライラした」
陸がかすかに苦笑する。覚えがある気持ちなんだろう。
それともいままさにそう感じてる真っ最中かな。それとも、まだ信じてる?
揺れてるころかな。信じてない、人から言われるとちょっといらっとしつつも、心の底から否定はしたくない感じ。
「それで、その年プレゼントがもらえるって分かってた僕はね。
クリスマスが近づいて、悪いことをいろいろした。
生垣の花をちぎっちゃったり、眠ってる陸五のほっぺたをつねって泣かせちゃったりね。
テレビをずーっと付けっ放しにしてたり、お手伝いを忘れちゃったふりをしてみたり。
そういうのをごまかすために、嘘をついたりさ」
双葉が大きな目で聞いている。
言わずもがなだけど「真似しちゃだめだよ?」って囁くと、うん、ってしっかり頷いた。
「そんなの、たいしたことじゃないじゃん」って陸五が呟くのはきっと僕のためなんだけど、
陸五の頭を撫でつつも言わないわけにもいかないこともある。
「確かに、4歳児のできることっていうのは限られていたけどね。
でも、悪いことをしようと思ってした悪いことって、たいしたことないとは言えないんだよ」
困った顔をしている陸五にも、やっぱり言わずもがなのことではあるんだけどね。
「とにかくその年僕は、そんなふうに悪い子でさ。
しかもわざと、いい子でいたくなかったから悪い子だったんだよね。
いい子じゃなくてもプレゼントがもらえるって、確かめてみたかったっていうか。
ちょっと違うかな、いい子じゃなくてもプレゼントがもらえるんだったら、
何でいい子じゃなきゃいけないんだろう、って思ったというか。
サンタクロースなんていないのにさ、
どうしてクリスマスにいい子にしてなきゃいけないんだろう?ってね」
「ほんとだ、どうして?」
双葉がほんとに不思議そうな顔をしたから、少し今度は僕が困る。
ほんっとに疑問に思われて、さらに実行に移されちゃうとまずい。
だけど、答えを教えてあげられるってものでもないんだよね。
答え探しの邪魔にならないように、答え探しの役に立つように、話していければいいんだけど。
「さ、どうしてかな?」ひとまずそれだけ返しておいて、話を続ける。
「そしてその年、いろんなことしたのに、結局全然叱られなかったんだよね。
叱られなかったっていうか、見つからなかった。
もちろん僕自身は知っていて、そしてそんなことして気持ち良いわけもないから不機嫌にふさぎ込んではいたんだけれど、どうしたの、気分悪いの、って母さんに聞かれた覚えはあるけどとにかく叱られることは全然なかった。
結局、僕はいい子だって思われててさ、それはそれでその時はすごく嫌だったんだけど」
双葉は首を傾げてる。
どうした?って聞くと、だっていい子の方がいいのに、って言う。叱られない方がいいよぉ、って。
それで僕はそうだね、って答える。それは、ほんとにそうなんだよ?
そのやり取りに陸五はやっぱり苦笑いしていて、僕はふたつ違いのふたりがいまこんなに違うんだ、ってことに改めてちょっと驚く。そのうち双葉にも、僕らの気持ちがわかるだろう。いや、わからなくていいんだけどさ、・・・たぶん分かるようになるんだよね。
「そんなふうにしてやっとクリスマスイブになったわけ。
ちょっとごちそう食べて、クリスマスケーキも食べて、それでベッドに入ってから。
父さんが枕元にプレゼントを置きに来るのを見張ってよう、なんて気持ちはなかったわけでもないけど結局子どもの常でいつの間にか眠っちゃってさ、で、次に気がついたとき、枕元に誰かいたんだ」
「誰?」
「もちろん最初は父さんだって思った。
で、プレゼントを置きに来たんだろうから、顔を合わせるのも気まずいなって思って寝たふりをしてたんだ。
そしたら、聞いたことのない低くて静かな声が聞こえるわけ。温かい声ではあるんだけどさ」
「それでそれで?その声、なんて言ったの?」
「三咲君、起きなさい、って。もしかしてもう朝なんだっけ?とか思ったんだけど、薄目を開けても部屋は真っ暗で。
や、真っ暗じゃないな、暗がりにぼうっと橙の光が部屋を少し照らしているような、そんな感じ」
「ほんとに?!それで?」
先を聞きたいなら黙ってろよ、って陸五が双葉に注意してる。
ほんとに、って聞かれても確かに僕は困るからね。
ほんとなのかな、夢だったのか、実際、僕にはわからない。
「三咲君、起きなさいって何度も言われるからさ、寝ぼけ眼でベットに起き上がったんだ。
不思議なことに、部屋はちっとも寒くなかった。
そして、僕の目の高さと同じ高さに、見たことのない大きな人が身をかがめていたんだ」
「父さんじゃないってことはさすがにはっきりしてたからさ、やっぱりちょっとぼんやりしながら『だれ?』って僕も聞いたんだ。そしたら答えは『サンタクロースじゃよ』って。さすがに目が覚めたよ」
嘘だあ、って言葉を陸五が零しかけてあわてて口を閉じた気配がする。
双葉は息を呑んでいる。
まあね、僕も嘘だと思ったよ。「嘘でしょ?」って最初に出た言葉はそれだったもんね。
「嘘ではないよ。君がわしを呼んでいたからの、こうしてお邪魔したところじゃ」
「うそ!だって、呼んでないよ?!呼んだことなんてないよ」
大声を上げたつもりだったけど、実際には囁き声になった。夜って、そういうことあるよね。
「呼んでいたよ、強く、強く」
「そんなことないよ。だって、サンタクロースなんていないもん!
プレゼントは父さんがくれるしさ、サンタクロースなんていらないよ!
僕が呼んだなんて嘘だよ」
うわ、ひどいこと言ってるよね。
どう聞いても、本人の前で言うようなことじゃないよ。
本人でないかもしれないとしても、ね。
「言いたいことはまだあるかの?」
サンタクロースは静かに聞いた。
「・・・・・来てほしいなんて言ってない」
僕はそう呟いたよ。それはね、ほんとに本音だった。
だってさ、あんなに悪い子だったんだし。
サンタクロースがほんとにいたとしたって僕のところに来てくれるはずなんてなかった。
「そうじゃの、それもそうかもしれぬ。わしは君にプレゼントを持って来たわけではないからのう」
その言葉に、少し僕はほっとして、そしてもちろん不思議に思った。
「じゃあ、何しにきたの?」
この質問って変だよね。いつの間にか、サンタクロースが来たってことは認めちゃっているんだから。
「三咲君は知っているかの、サンタクロースはいい子のところにだけ行くのではないのじゃよ。
いい子にはプレゼントを持ってくるが、悪い子のところには鞭を持ったサンタクロースがやって来る。聞いていないかね?」
「そうなの?」
っていうのは双葉の声。「だから、黙ってろって」っていう陸五の声。
そのときの僕の返事はこうだった。
「し、知らない」
知らなかったのは本当だけどね。
知らないって言ったのは、でも、そうじゃなくって怖かったから。
だってさ、自分がいい子じゃないなんてことは、ずっとずっと分かってたことだから。
鞭を持ってくるなんて言われたら怖いでしょ?
まあ、往生際が悪いんだけど。自分でしたことなのにさ。
「ふむ。それではいまから覚えるのじゃな。三咲君、君はいい子だったかね?」
答えられなくてさ。
答えはわかってるのに、答えられなかった。
でも、嘘をついていい子だって言えるなら言いたかったってわけでもないんだ。
それはそれで、逆にくやしい。
黙ったままベットに腰を掛けて下を向いてる僕の頭に、サンタクロースの大きな手が乗せられて。
その手が静かに動くのにつられて顔を上げたら、サンタクロースと眼が合っちゃうんだ。
優しい目なんだけど、やっぱり厳しかったのかな。
星をたたえてるみたいにきらきらしていて、吸い込まれそうな夜みたいな目。
涙があふれて、慌ててまた下を向いた僕の目から、ぽとりと落ちた。
「自分でよく知っているようじゃのう。三咲君、君はいい子だったかね?」
「・・・・・いい子・・じゃ・・ない」
「そのようじゃの。罰をあげねばならぬな」
そうして僕の代わりにベッドに腰掛けたサンタクロースは、僕を膝の上に乗せてパジャマを下げてしまったわけ。
ぺちぃぃん!
叱られるのってすごく久しぶりでさ、痛かった。
「痛ぁいぃ」
「ふむ、悪い子だったからのう。どんなことをしたのか、自分で言えるかの?」
ぺちぃん!
「ふぇ、陸に意地悪した」
「ほう、可愛い弟なのにのう。あの子はまだ三咲君に手が出せんのにな」
ぺちぃん!
「ごめんなさい!・・・ひどいことした」
ぺちぃん!
「そうじゃのう。それから?」
「うぇ・・・、お庭の白いお花ちぎった」
ぺちぃん!
「可哀相にのう。三咲君が千切ってしまわなければ、まだ咲いていられたかもしれんの」
ぺちぃん!
ひとつひとつ、したこと全部言わされて、そのたびにお尻を叩かれた。
「それから?あの日、お友達の和希君になんて言ったかの?」
「え、あ・・・。和くんになんかできないよって、・・・言った」
それって、積み木で遊んでたときの、優しくない言葉。
ぺちぃん!
父さんも母さんも知らないこと、僕も忘れかけちゃってることまで、聞かれてさ。
なんか、すっごくいっぱい、思った以上に悪いことしてた。
・・・わかるんだけどね。悪いことをしてると、心がとげとげするでしょ?
そういう気持ちが、次の悪いことを呼ぶんだよね。
最初のサンタさんとのやり取りも一緒でさ。
嫌な気持ち、何でも否定しちゃう気持ちでいると、思いやりのないこと言っちゃうよね。
いっぱい叱られて、結構泣いた。
「もうないかの?」
いつしかそう聞かれたとき、ほんとにもう、思いつかなくって。
隠してることも、隠せることも、なくてさ。
なんだか、そのことにすごく、ほっとした。
「ふむ、三咲君、君はいい子になれたかの」
叱られたことはもういいよ、って言われてるのが分かって、
それで、もう残ってることってなかったから、その質問に僕は頷くことができたんだ。
「うん、あ、じゃなくて、はい。大丈夫」
そうしたら、抱き上げられてまた目を覗き込まれて言われた。
「そうじゃの、大丈夫じゃの。三咲君のことは三咲君がいちばんよく知っているからのう」
いい子だ、って。
ちょっと恥ずかしいけど、がんばろうって思わせてくれるような声だった。
サンタクロースの腕の中は温かくて、母さんや父さんに抱かれているような気持ちになった。
いい子だ、ってね。きっとサンタクロースはどの子にも最後には必ずそう言うんだよ。
プレゼントを持ってきてくれるサンタクロースも鞭を持ってきてお仕置きするサンタクロースもおんなじサンタクロースだからね。それが言いたくてサンタクロースはやって来るんだ。
僕らもみんな、いい子になりたいってほんとのところは思ってる。
だからサンタクロースの言うとおり、確かに僕が呼んでいたんだよ、きっとね。
そしてサンタクロースは僕を丁寧に寝かしつけてくれた。
もちろん僕は眠ってしまって、気がついたらクリスマスの朝。
枕元には機関車の模型が置いてあったよ。
「おはよう」って起きていったら、母さんがちょっとびっくりしたみたいに笑った。
「あら、おはよう」
それから、いいことあったの?って聞いて、それで自分で笑い出した。
「私ったら何を聞いているのかしらね。だって今日はクリスマスだものね」
「いいことあったよ?おはよう、それでプレゼントありがとう、母さん、父さん」
いいことって、もちろんプレゼントだけじゃなかったんだけど、それは父さんにも母さんにも内緒。
サンタクロースに会ったなんて、おとなに言うことじゃないよね。
「それで、それで?次の年もサンタさん来たの?」
双葉の元気な声が響く。
「あれが最初で最後だったよ。きっと僕のところにはもう来ないよ?」
「え〜、どうして?」
今度は不満げな声だね。
双葉にはまだ分からないかな。それは寂しいことじゃないんだけれど。
陸五はわかるようなわからないようなで考えているみたい。
「双葉のところには来るかもしれないよ?プレゼントを持ってか、鞭を持ってかはわからないけど」
「え〜?ふたば、いい子にしてるもん。サンタさん来なくても大丈夫だよ」
あはは。怖いサンタさんの印象の方が強くなっちゃったかな?
僕がサンタクロースに教えてもらったのは、誰が見てなくても自分は自分が知っているってこと。
ちゃんとわかったつもりだからさ、たぶん僕のところにはもう来ない。
来たらさ、悲しませるときのような気がするな。それはちょっとご遠慮したい。
サンタクロースは怖くない。や、怖いけど優しいよ。
強く強く呼んでいる子どものところには、たぶん、サンタクロースは来るよ。
胸が凍えている子どもには、あたりを暖めるプレゼントを持ってきて。
囚われて足掻いている子どもには、断ち切るための鞭を持ってくるんだと思う。
それで教えてくれるんだ。
サンタクロースがもう来なくても、やっていけるための智恵を。
ねぇ、僕は、君たちがサンタクロースに会えるかどうかは分からない。
会えた方がいいかどうかも分からないけど。
サンタクロースはほんとにいるよ?たぶん、きっと。
ほんとにほんとに願ったときは、たぶんきっと助けてくれる。
双葉と陸五がそれを信じ続けてくれるといいと胸の中で黙って祈って、きょうの僕のお話はこれでお終い。
2008.12.23 up
大掃除もせず休日をいちにち潰して、一気に書いたクリスマス♪
や、ネタを思いついたときは三咲さんの話じゃなかったんですけれども。
ふいに三咲さんが話し出すんだもの!そしたらすらすらはまって進むのだもの!
意外に神秘親和的な一面を見て、作者ながらびっくりです(笑)。
ところで、このお話の三咲さんは6年生、陸五くんは2年生、双葉ちゃんは年長さんです。
たぶんこれで合ってるはず・・・。陸君は、兄貴という単語を使い始めたお年頃です(笑)。