大変お待たせいたしました!楽しんでいただけるとよいのですが。
決まりごと
「ただいまぁ」
玄関のドアを開けたあたしの目の前には、三咲兄がちょっと怖い顔で立っていた。
う、あの、やっぱり?
ただいま、7時25分。・・・うん、あの。
あたしの門限は7時ってことになってて、うん、あたしも高校生になったことだしこれくらい見逃してくれるかと思ったんだけど・・・やっぱり、駄目?
「た、ただいま、三咲兄。・・・ごめんなさいっ!」
「お帰り、双葉」
母さんが心配してるから先に食事にしよう、って言われて。「先に」ってのはもちろん後があるからよね。
「おー、お帰り、双葉」
「お帰りなさい、双葉ちゃん。もう暗かったでしょ、怖くなかった?寒くない?」
食卓には母さんも陸兄ももうみんな揃ってて、確かにまあ、母さんからはいろいろと心配されてて。
でも陸兄はそう心配してる風でもないんだけどなぁ・・・それでもやっぱり、だめ?
母さん得意の春野菜のコンソメ煮込みはあったかくてとても美味しかったけど、他愛もないことを話しながらもやっぱり「後」が気になっちゃったりするのだった。
それでそれから。
あったかくてにぎやかなお夕飯の後だと、三咲兄のお部屋でのふたりだけの静かさが際立つ。
あたしを部屋に連れてきた三咲兄は、前置きも何もなく「おいで?」って言った。
どうして遅くなったのかとか、心配しただろ、とか、そういう話は一切なし。
や、その一言だけで意味はいやってほど分かるんだけどさ、もちろんお説教を聞きたいわけでもないんだけどさ、けど、問答無用でそうなの?
う〜〜、やっぱり、やだよ。
「や、あの、だって、ほら、あたしもう、高校生なわけだし」
「そうだね、それで?」
うう、意地悪。
怒鳴ったりなんかまずしない三咲兄。いつも冷静なだけにどれくらい怒ってるのかはわかりにくい。陸兄だったら、すぐにわかるんだけどな。(まあ、それが分かったからってどうなるものでもないんだけどさ。)
「だっ、だからさ、子供みたいに叱られるのはやだよ、やだ」
言ってはみる。けど三咲兄がじっとこっちを見つめると、次の言葉がどんどん弱々しくなっていくのだ。
「もちろん、叱られるのは嫌だろうね。けど、門限破ったのは誰?」
「それはあたしだけどぉ・・・。でも!」
高校は中学よりも遠いし、今週から部活も始めたんだし、ちょっとくらい遅くなっても。
「・・・もう子供じゃないのに・・・」
そりゃ大学生の三咲兄から見たらまだ子供に見えるかもしれないけど。
口の中だけでぼそぼそ言ったのは幸か不幸かちゃんと聞き取られたみたいで、やっぱり冷静な声で返された。
「もう子供じゃないからね。間に合わないって思ったら電話だって出来ただろ?」
うわ、そっちに来るの?
何のために携帯持ってるの、って続けるお兄はそりゃ正しい。
うん、三咲兄の前だと結局言い訳できなくなっちゃうんだよね。言ってみるんだけど。あれこれ言ってはみるんだけど、最後にはいつもあたしはしゅうんと小さくなっちゃうんだ。
「ほら、おいで、双葉。うちのお仕置きはこれって、わかってるよね」
三咲兄は軽く膝を叩く。
わかってるよ・・・わかってるから嫌なんだってば!
「やっ、やだ・・・ごめんなさいってばぁ」
「嫌でもダメ。叱られたくなかったら、決まりは守りなさい」
「・・・・・」
謝ってもダメ、なんだよね。ほんと、取り付く島もないんだから。
心配しただろ、とか言わないあたりが三咲兄なんだ。
あたしがルールを破ったってだけで、三咲兄的には必要十分なわけ。
そのドライさは有り難くもあるんだけど、でもごめんなさいも泣き落としも効かない理由でもあるんだよね、うう。
「おいで、次からは守れるようにね。双葉はちゃんとできるでしょ」
「・・・・・」
・・・できる、と思ってくれるならお仕置きはなしにしてくれても、なんて理屈で三咲兄は動いてくれない。結局お兄はぐずぐずしてるあたしの手を掴んで、膝に倒してしまったのだった。
ぱしぃん!
「や、痛、痛ぁい!」
ぱしん!
「うん、ちょっと痛い思いをしてもらうよ」
うぇ。
ぱしん!ぱしぃん!
「痛っ!ごめんなさい!」
ぱしぃん!ぱしぃん!
ぱしんっ!
「次からちゃんと電話する!心配かけないから!」
三咲兄が口に出さなくても、心配かけたってことは知ってるんだよね。
本音を言えば、今日くらいの時間なら陸兄みたいに気にしないでいてくれるのが嬉しいんだけどさ。(ま、それでも三咲兄はあたしを叱ると思うけど。う〜。)
「そうだね」
ぱしぃん!ぱしん!ぱしん!
「やっ、ごめん、なさぁい!」
ぱしぃん!
ぱしぃん!ぱしん!
しばらく叩かれてそれが幾つめだったのか分かんなくなったくらいでやっとあたしは解放された。
涙眼のところを三咲兄にきゅっと抱かれると、ちょっとほっとする。
少し経ってから腕の中からも解放されて、頭をぽんと叩かれて苦笑交じりで言われた。
「信用してるから。だから心配されるのは諦めなさい」
あ〜。心配してくれなくていいって思ったの、ばれたかな?
変な言い方だけどね。三咲兄の言いたいことはわかる。
30分でも、たぶんたったの10分だけでも遅れたら心配されるのは、
あたしが時間までに帰ってくるなり電話をするなりってことが信用されてるからだって。
信用してくれなくていい、とまではさすがにあたしも思いたくない。
こんこん、とノックの音がして、そして三咲兄が返事をする前に陸兄が入ってきた。
「兄貴、終わった?お袋が、ケーキ食べないかってさ」
「わざわざ買ってきたのかぁ?過保護だな・・・」
三咲兄が小さな声でぼやくのに、陸兄が笑う。
「ん、買いに行ったのは俺だけど。いいじゃん、双葉、食べるだろ?」
「うん!」
こんな時間に陸兄が一人で出かけるの、は・・・ありなんだよねぇ、うちの場合。
(あたしが出かけるって言ったら、たぶん止められはしないけどきっとお兄のどっちかが付いて来る。三咲兄だって、結局過保護なんだから。)
や、ありでいいんだけども。だってケーキは食べたいし!
暗くてもまだまだちょっと寒くても、自転車でも10分は掛かる洋菓子屋さんまで買いに行ってくれる陸兄は、優しいしさ。
「んで結局、双葉は今日何で遅くなったんだ?」
三咲兄の聞いてくれなかったことを聞いたのは陸兄だった。
あたしはなんだかどきどきする。
「えっと、あの、陸兄。・・・実は心配してた?」
「や、そんなでもないけどさ。んで?」
心配してないとか言うなよ、陸。三咲兄の呆れた声を向こうに聞きながらあたしは答える。
「や、あのね。部活始めたし・・・」
ここまでで止めておこうかと思ったけれど、でもそれはさすがにフェアじゃなかった。
「・・・ごめんなさいっ!終わってからみんなでドーナツ食べてたの」
あたしが言い終わる前に陸兄は大笑いした。三咲兄も苦笑い。
学校の裏には駄菓子屋さん兼パン屋さん?があるのよ。
これがね、私も今日はじめて行ったんだけど、実はすっごく美味しいの。
だいたい、6時過ぎに部活が終わったら、健康な高校生としてはお腹ぺこぺこなんだもん。
そうでしょ?
「双葉、それで今からケーキも食うのか?食い過ぎじゃねぇ?」
「いーんですぅ。ちゃんとカロリー消費したもん!」
からかわれてるだけだって分かるから、強気に言い返す。何でカロリー消費したかは、言いたくないけどさ(泣いて騒ぐと、疲れるよねぇ?)。
三咲兄はやれやれ、って顔で先にリビングに行っちゃった。
「まぁ育ち盛りってやつかぁ?んじゃ結局、門限何時にしたんだ?」
陸兄はまだあたしをからかってて、え?
予想しなかった言葉に驚いたあたしの顔に、陸兄も驚いたみたいだった。
「何だよ、交渉しなかったのか?馬鹿だなぁ」
「え、え?だって、」
それって、交渉できることなの?だってあんなに、叱られたのにさ。
「だってお前、その話じゃ7時に帰るなんて無理じゃないの?
何も兄貴だって、部活終わって友達と口も利かずに飛んで帰って来いなんて言いやしねぇよ」
「え、でも、それは」
確かに三咲兄もそんなことは言わないとは思うけど、や、だから電話しろって。
そう言ったら陸兄は首を捻った。
「毎日電話する羽目になるんじゃ、門限の意味なくねぇ?」
あ、うん。意味ないわけじゃないとは思うけど、ちょっと変ではあるよね。
「や、でも。無理だと思う・・・」
「何で?」
何で、って言われても。言い訳もさせてくれなかったんだよ?
「だって、叱られたのに。何で遅れたかも、聞いてくれなかったしさ」
「それは今の門限が7時だからだろ?決まり事なんだから、変えればいいんだよ。
頼んでみた方が、いいって」
「でも、無理だよ・・・。だって三咲兄、頭固いしさ」
「双葉?」
う、わ。地雷を踏んだというか、何というか。一気に雲行きが怪しくなったのは、肌で分かる。
分かりやすいのも、やっぱり嫌かも。陸兄ははっきりと、あたしを咎めた。
「言ってもみないで一方的に兄貴をけなすのは、卑怯だろ」
・・・・・。
ごめんなさいって言うべきなんだけど。
すぐには素直になれなくて黙りこくっていると、さっと手が出てきた。
「あ、嫌だ、まだ痛いのに!」
ぱちぃん!
立ったままスカート上げられちゃって、もうひとつ、ぱしぃん!
「兄貴に文句つけるんだったら、兄貴の返事聞いてからにしろよ。分かるだろ?双葉」
ぱしぃぃん!
「やっ、うん。ごめんなさいっ!」
陸兄はルールにはいい加減なくせに、こういうのは見逃してくれない。
ちゃんと謝れば、止めてくれるんだけどさ。
でもさっきからのお仕置きでもう十分お尻を痛くされてたあたしには、3発でも十二分に痛かったのよ。
「ん、いいだろ。もう言うなよ?」
「う、うん!」
ま、直接言って断られたら、石頭って大声で叫んでやればいいよ。
そそのかして笑う陸兄は、三咲兄のことをけなすな、とは言わないのだ。
うちのお兄達はあんまり似てない。・・・・・あ、や、結局うちのお仕置きはこれだってとこは、似てるのかもしれないけど!
「双葉ちゃん、ケーキ食べちゃうわよ?」
母さんの呼ぶ声がした。
「あ、ダメ、いま行くよ〜!」
声を返して、陸兄に聞いてみる。
「・・・8時って頼んでみてもいいかなぁ。7時半が無難だと思う?」
「さぁなぁ。8時でも理由があれば口添えしてやるよ。・・・まあでも、俺が分かるくらいの理由だったら兄貴は俺が口を出さなくたって分かるだろうけど。
それより双葉、早く行かないとサヴァランお袋に取られるぞ」
「わ、大変!」
ばたばたとリビングに向かいながらふと気がついて陸兄を振り返る。
「陸兄、あたしの好きなの覚えててくれてありがとう!」
陸兄は照れたようによそを向いた。変なの。
結局あたしの(?)サヴァランは、三咲兄が母さんを止めといてくれたおかげで無事だった。
こんどこそ心置きなくあったかくてにぎやかなひとときは、カロリーなんて無関係に毎晩こうだといいなぁなんて、ちょっと思っちゃったりするのだった。
2007.12.02 up
感謝企画リクエスト、むっつめ、最後のひとつです。
たいっへんお待たせいたしました。二週も開いた上にもう日曜日です、ごめんなさい!
お待ちいただけていましたら、大変嬉しいです。楽しんでいただけたらよいのですが。
ご依頼はお題が「うちのお仕置きはこれ」、
双葉ちゃんが高校か中学の頃、三咲さんからかお二人からとのことでした。
双葉ちゃんにとっての兄二人の位置関係、はクリアできたのかどうか。
ていうか、妹のケーキの好みまで把握している兄ふたりはちょっと過保護過ぎかもしれせん^_^;。
サヴァラン、美味しいですけどね♪双葉ちゃんはお酒に強いと、思います(^^ゞ。
リクエスト、ありがとうございました。
最後にみなさまにももう一度、10000Hit、ありがとうございました m(_ _)m。
これからもよろしくお願いします。