4 フェアじゃなくても

「陸、入るよ」

三咲兄のノックの音に、返事したくないってやっぱ一瞬強く思った。
とは言ったってもちろんそんなわけにはいかねぇってのは分かり切ってる。
「ん、」
ちょっと歯切れの悪い俺の返事にドアを開けた兄貴の顔は、まあそれなりに物騒なもんだった。

「陸五、いったい何やってんだよ」

三咲兄はベッドに深く腰掛けて、じっと俺を真っ直ぐ見る。
「ごめん」
机に向かう椅子に横座りしてる俺は、他に言える言葉を持ってないわけで。
見つかってしまえば、かなり怒られるだろうなんてことは最初っからよおく分かってた。

双葉は、謝ったんだろうか。
(ま、三咲兄がこっちに来てるんだから謝ってない訳がないんだけどな)
俺が唆したせいで兄貴にまで叱られる羽目になって、悪かったなぁと思う。
ひどく叱られたんでなきゃいいんだけどさ。

「・・・えーと、あの、結構叱った?」
思わず聞いてしまった俺に、三咲兄は冷たい視線を向けてきた。
「だったら?」
や、あの、ゴメンナサイ、だったらどうなんだ、と聞かれたって俺にはやっぱり返す言葉はないわけで。
ああもう!何を言えばいいんだよ!

俺のせいだと思う、のに。

俺のせいだと思うのに、双葉のせいじゃないと思うのに。
そう言った俺の言葉はさっきさっくり否定されてる。
ほかに俺が言えることって、もう何も思いつかない。

「・・・ごめん」
で結局、謝る。
それ以上の言葉がないことを見透かされる沈黙は、あんまり有り難いものじゃなかった。

謝ることが間違ってるとは、思えねぇんだけど。
兄貴はしばらくの沈黙のあと、つれなく言った。
「陸五、謝る気もないのに謝らなくていい」
ええ?
「んなことねぇよ、悪かったって思ってる」
俺の気持ちを否定される謂れはないと思うから、自然視線も口調もきつくなる。三咲兄とこんなふうに睨み合うのは、相当に久しぶりではあった。

「どうだか」
冷たく言い放ってまた口を閉ざした兄貴に言い返したいと思うのは、たぶん当たり前の感情だ。・・・で、何を言い返す?
「双葉が叱られる羽目になったのは、俺のせいだろ。そう思うから謝ってる」
その気もないのに謝ったりは、しない。
俺の反論は結局さっきの言葉と一緒だったから。兄貴はやっぱり否定で応えた。

「陸、さっき双葉を叱ったんだろう?双葉のことはお前のせいじゃない」
「けど!」
「あんまり見くびるな。双葉はそれもちゃんと分かってる」
「・・・・・。」

有無を言わせない三咲兄の口調。
そもそも双葉は分かってると言われては、俺にそれを否定する権利はないし、そのつもりもない。
けど、それでも。それでも俺のせいだとも、思うんだよな。

俺が納得してないことはもちろん三咲兄にも伝わっているだろう。
兄貴は俺が何かを言うのを待っていた。

けど、なあ。
謝ったら否定するくせに、あと何を兄貴は待っているんだか。
ゴメンナサイと言うよりほかに、言葉がないのに。

・・・・・あー、えっと、もしかして。
そのことを兄貴、怒ってる?

そう思った瞬間に、三咲兄と向かい合ってる視線へ無意識の問いが混じる。
たぶん兄貴はその変化に気がついて、すこしだけさっきと違った声音で言った。

「陸、言い訳してみろよ、聞いてやるから」
えーと。

たぶんこれは三咲兄としては、助け舟なんだろう。言い訳できるもんならやってみろ、できやしないだろ、ってことじゃなくって。(兄貴はそういう言い方も結構するから!)
いや、でも。
ほんっとうに悪くないと思ってるときなら言い訳だっていくらでもできるけど。
だからさ、俺、謝る気はあるつもりなんだけど?
三咲兄がどう思ってるかはともかく、俺自身はそう思ってる。

「嫌だ」

それで俺は、短く答えた。
兄貴はふうっと息をついて、「まあ、それもお前らしいか」と言った。

「双葉がさ」
いきなり、話が転換する。双葉が、何?
「ずっと下向いてたのに、お前だったらどうだろうって言ったらそれだけで顔を上げたよ。人のせいにもしなかったしな」
へぇ。えっと、その?それを俺に聞かせて、兄貴、何を言おうと?
ああ、双葉、偉いなと思いながら、片方で俺は混乱した。三咲兄はそのまま話を続ける。

「陸五はさ、慕われてて、見本にされてるわけ。わかる?」
「はぁ」
どう対応していいかわかんねぇから、間の抜けた返事になる。
兄貴は微妙にそれを楽しんでるような気が、しないでもない。

「で、そういう陸五お兄ちゃんに僕は言いたいことがあるんだけど」
三咲兄、そんな風に呼ばれると何か背筋がぞわぞわするんですけど。
俺は唾を飲み込んで次の言葉を待っていた。

「僕が双葉を叱ったのは、お前のせいじゃないよ。
 お前が謝るべきは、それじゃないだろ」

分かってないなら、探せ。そう三咲兄は言ってる。

そのまま兄貴は静かに部屋を出て行った。

・・・・・。
三咲兄が分かってるなら、説教されて引っぱたかれる方が楽なのに。
そう思いつつそう考えることはそれ自体格好悪いと知ってはいるから。くそ〜。
いつまで経っても兄貴の掌で転がされてるような悔しさを抱きつつ、俺は空いたベッドに転がって、天井を見つめて考え込んだ。


***


部屋でひとりで考える。三咲兄のくれたヒントは幾つかある。

言い訳してみろよって言葉も、双葉が俺を見てるってことも。
謝る気もないのに、ってのもたぶんそうだ。

さっき兄貴は最後には、俺自身は謝る気でいたってことを分かってくれた。
そしてそれは間違ってるって。
煙草を吸えばと双葉を唆したこと。そのせいで双葉が叱られる羽目になったのは事実なのにな。
それを謝ることのどこが間違ってるというのだろう。

「う〜ん」
わかんねぇ。
謝る気もないのに。言い訳してみろよ。
ぼうっと兄貴の声が耳に残ってて、俺は手探りで進む。

言い訳するとしたら?
双葉のことだから、俺には関係ないじゃん・・・なんて、やっぱりそれは言えねぇだろ。
だって俺が確かに唆したのだ。実際、吸って構わないと思ってた。
何しろ現に俺は吸ったことがあるんだからさ。吸うなって言う方がフェアじゃないって。

・・・・・。あ。
あ〜!

これ、かな?

確かにこれは双葉の問題じゃない。
双葉に言ったことだけど、双葉のことじゃない。
けど、これだとしたら。
・・・・・まいったな、また兄貴とやりあわなきゃいけねぇ?
なんせ俺は今に至っても、吸うなって言う方が不公平だと思ってる。

うげ、とベッドに突っ伏したとき、遠慮がちにノックが聞こえた。

「双葉?いいよ、入ってきな」
もそもそと起き上がって返事をすると、するりと双葉が部屋に滑り込んできた。
「あ、あの、陸兄、大丈夫・・・?」

心配そうに覗き込んでくるから、笑ってやる。
「気にするなよ、双葉のせいじゃないんだしさ。まあ、まだ今ん所は大丈夫」
話が終わってねぇことを言ったほうがいいのかどうか一瞬考えたけど、余計なことを伝えてさらに心配させるには及ばないだろ。
双葉は納得いかなさそうに、むう、と僅かにむくれた。

「だって、ごめん、お兄。あたしのせいでさ」
ああ、俺たちって似てんのかな。
双葉のせいだなんて全然思ってないけど(どこをどうとっても唆したのは俺の方だし)、そう言いたくなる双葉の気持ちは分からないでもない。
俺は双葉の頭をぽんぽんと軽く叩いて、やっぱり笑いかけてやるのだった。

「三咲兄が褒めてたぞ、ちゃんと謝ったし人のせいにもしなかったしって」
双葉ははにかんだ。まあ褒められても落ち着かないってのもそれもまた分かる。
「それに何より吸わなかったもんな」
そこで双葉は、照れて鼻の頭をかいた。

「吸ってみたかったんだけど、ね。でも、何か」
あ。

たぶん双葉は、俺のせいじゃないと言うために「吸ってみたかった」とそう言った。
けれども。
双葉は吸わなかったのだ。吸いたかったのだとしても。

無条件に、それは正しい。

俺よりもよほど双葉の方が分かってたってこと。
吸うなって言うのが不公平だったとしても、それでも吸わない方がきっと正しい。
あんまり見くびるな、って言われるのもそりゃもっともだ。

胸の片隅では一度ぐらい吸ってみたっていいじゃん、ってまだ思ってるけど。どうせ叱られたんだしさ。
たぶん不味いって感じると思うし、何事も経験じゃん?
だいたい、俺は吸ってみたんだから。
そりゃまあもちろん叱られたけど、もう吸わないとは約束したけど、それは守るけどでも後悔はしてない。

けど。
それは俺の本音だし、疚しいこととは思ってないけど、けどそれでも。
それが三咲兄の求めるところと違っているのは知ってるし、何より双葉が吸っちゃいけないって思ってるなら。

それなら俺は間違ってる。

俺の本音がほんとうに間違ってるかはわかんねぇけど。
少なくとも俺のものさしを、双葉に当てはめてはいけない。

「その『何か』を俺も三咲兄も褒めてるんだよ。唆して悪かったな」
「陸兄のせいじゃないよ!?」
うん。
双葉は双葉の判断で、吸いたいと思ったし手も出したし、でも吸わなかったんだもんな。
それはそれとして、でも俺は謝りたい。
それはやっぱり双葉の問題ではなかったから、俺は双葉の言葉に反論はせず黙って頷きかけるだけにしておいた。

「まあ、もう気にするなって。この先吸わなきゃそれでいいんだしな」
「うん」

ほっと安心したような笑い顔。ようやく双葉からその表情を引き出して、たぶん俺の顔も緩んだ。


***


双葉を返して、俺は三咲兄の部屋に向かった。
叱られに行くってのは、俺が悪いってわかっても幾つになっても、やっぱり嫌なもんだけど。

嫌だからしたくないってわけじゃない。
特に双葉が絡んでるときには。

三咲兄は俺が部屋に入っても何も言わなかった。
俺は何から言おうか考えたけど、結局出てくる言葉はさっきと同じで。
「三咲兄、・・・やっぱ、ごめん」

三咲兄は俺をじっくり眺めてから、問い掛けてきた。
「言葉は、さっきと同じなんだな。・・・で、何を謝ってる?」

「煙草を吸えばと双葉を唆したこと、だよ。けど」
そのせいで双葉が叱られる羽目になったことじゃなくって。

「ホントのところ俺自身は、俺が吸うなって言うことの方が不公平だってまだ思ってるけど。
でも、双葉がそう思ってないから」

だからさっきは、謝る気がないって言われるのも致し方なかった。
もう一度同じ場面で、きっと俺は同じことをしたから。

「双葉と、話したのか?」
「ああ」

三咲兄は、俺を見ながらしばらく何かを考えていた。
結構経って、最初に三咲兄の口から出てきたのはたぶんちょっと嫌がらせ混じり。

「陸が最初から吸おうとしたことも併せて叱っといてくれたら、僕も楽だったし双葉もあんなに痛い思いしなくて済んだのに」

ハイ、分かってます、ゴメンナサイ。
や、俺としては吸おうとしたことより人のせいにしようとしたことの方が重大な問題だったワケですが。(まあ、兄貴は別にそれを否定してるわけじゃないけどさ。)
三咲兄の言いたいことが全部繋がってるのは分かるから。悪いことは悪いと、最初っから教えてやれって。悪いコトの基準を俺の感情で動かすなと兄貴は言ってる。

双葉、ごめんな。
「・・・・・次はないけど、けどそうするよ」
「それが陸五の倫理観と違ってても?」
「するよ。双葉を俺のところまで引き下げたのは間違ってた」

答えを聞いて三咲兄はふっと息をついて頷いた。
「もう一歩進んだ方が、陸五自身楽じゃないかと思うけど。
まあ、いいだろ」

未成年が煙草を吸うのは悪いことだろ、一度でも、一本でも、陸の経験とは無関係にな。
僕はそれを揺るがすつもりはないし、陸がそう思ってないならそれを叱るつもりだったけど。

「叱る必要ないよな?自分の言葉、忘れんなよ」
陸がそう思えていないとしても、だ。

そこまで言った三咲兄はコンと俺を小突いて、話は終わりだ、と締めくくって笑った。
俺はちょっと拍子抜けしてそしてうろたえる。だって兄貴、双葉を叱ったろ?

「・・・三咲兄、えっと・・・叩かないわけ?」
「何だよ、叩かれたいのか?まあ頼まれてもその気はないけどな」
「や、だって、兄貴、双葉を叱っただろ」
「まあね、お仕置きはしたよ?手加減はしたけどあの状態じゃかなり痛かったと思うよ」
「それなのに俺には何もしないわけ?」

「叱られなきゃわからないわけでもないだろ?」
「や、でも」
「不公平だって言いたいんだ?」
「・・・そーだよ!」

俺だって決して叱られたいわけじゃないのに、こんなことを言わされるのは業腹だけどさ。
三咲兄は、やっぱり笑った。今度はすこし意地悪く。

「不公平に、してるんだよ。諦めろ」
ええ?
兄貴が何言ってるかつかみかねて眼を瞬いた俺に、三咲兄は笑いを収めて静かに言った。

「陸五、叱られて楽になるのはお前だよ」
甘えるな、と三咲兄は口には出さなかったけど、聞こえちゃうんだよな、何故か。
そう言われたらこれ以上抗うわけにはいかなくて。

「・・・三咲兄って、意地悪だよな」
しぶしぶ頷きつつ憎まれ口をたたいた。

こういう甘えくらいは許してほしい。
三咲兄はにやっと笑って、兄貴ってのはそういうもんだと嘯いたのだった。

2007.07.15 up
や、やっと終わった・・・!
ご覧のとおり事実上3章に分かれてますが、スパもなしで各々別章仕立てはあまりにあまりかと。^_^;
三咲兄は叩くかどうかだいぶ考えたのですが、陸兄が助け舟に「嫌だ」と答えた時点でこうなりました。
もともとは三咲兄と陸兄は双葉ちゃんを叱るところが違う、ってのを書きたかったんですけど。
陸兄まで怒られる羽目になるとは・・・(>_<) ここまでお付き合いくださって感謝します。
意味わかんない、ってところがあればご指摘ください。m(_ _)m

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