3 だめはだめだから逆にさ

・・・・・。

話を聞き終えた三咲兄は、再び深ぁく沈黙した。
お兄、沈黙が痛いって!
とはいえもちろんそんな抗議ができるわけもないから、あたしは小さくなってるよりしょうがない。三咲兄を見てる陸兄が何を思っているのかは、分からなかった。

嫌ぁな時間をたっぷり味わわされてから、ようやく三咲兄は言った。
「陸五、部屋戻ってな。後で行くから」

ふぇ。ひとりづつにされるってことはさ、やっぱりお仕置きがあるってことで。
そんなの最初からわかっちゃいるんだけど、でも、嫌なんだってば。

「ん。でも、三咲兄、双葉にはあんまり厳しくしないでやってくれよな、俺のせいだし」
この期に及んでそんなこと言ってくれる陸兄は優しいよ。
けどさ。
「聞けないよ。わかってるだろ?」
・・・・・。だよねぇ。はああ。

複雑な顔で陸兄が部屋を出て行ったあと、あたしはひとりで三咲兄と向かい合わざるを得なくなったわけだけど。まあ三咲兄の顔なんか見れたものじゃなかった。
「双葉?」
お兄は声を荒げたりはしないけど、だから余計に怖いんだって。

「うぇ・・・ごめんなさい」
吸ってないからいいじゃない、なんて三咲兄には通らない。
吸おうとした、それだけで叱られるには十分でさ。
下を向いたままでそう言うと、小さな溜息が聞こえる。

「双葉、謝るつもりがあるなら顔を上げなさい」
やだ、怖いもん・・・・・なんて理由になるはずもない。
正しいのは三咲兄の方。そんなのわかってるけど、わかってるだけに。

「双葉?」
「・・・・だって・・・・お兄の意地悪」
ああ、もう、あたしの馬鹿!

まずいこと言ってる自覚は十分あったから、余計に顔が上げられないまま身が竦む。
何やってるんだろ、あたし。わざわざ三咲兄を怒らせたいわけじゃあるまいに。
謝ればいい、謝んなきゃいけない、顔を上げてさ。
けどわかってたらそれができるかっていうと、全然まったく別問題なのだった。

「双葉」
お兄の声にきゅうっと縮み上がるけど、咎める言葉が続かなかったのに内心驚いた。
あんな言葉、厳しく叱られて当然だもの。

「いま僕の目の前にいるのが陸五だったら、どうしたと思う?」

ふぇ?
三咲兄の続けた言葉はさらに予想外なものだった。

陸兄、だったら?
あたしと代わってくれようとした、陸兄。
いまここにいたかも知れないお兄。

・・・そのせいで結局叱られる羽目になっちゃってさ。陸兄、ほんとごめん!
そう思った瞼の裏にあたしをあやすようなお兄の目が浮かんだ。

その優しい目で陸兄はあたしを思って、それで三咲兄にまっすぐ視線を向けるだろう。
だろう、じゃない、現にそうであったわけで。

・・・うん、陸兄は絶対に下を向いたままでいたりはしない。
あたしのせいで叱られるんだとしたって、陸兄はあたしのせいにもしないし、だから自分のこととして、それでまっすぐに顔を上げてさ。

そしてこれは間違いなしにあたしのせいで、陸五兄のせいじゃなくって。
もちろん三咲兄が意地悪なせいでもなくって(お兄は意地悪かもしれないけどさ!)。
・・・・・。やだ、あたし、おんなじことを繰り返そうとしている。

だめ、だよねぇ。
何で陸兄にあんなに叱られたっていうんだか。
そして何で陸兄が庇ってくれているんだか。

頑張れ、あたし。これはあたしのことなんだから。
逃げたいけどさ。だって煙草はやっぱりまずいわけでさ。
でも陸兄に庇ってもらえるくらいの妹ではいたい訳よ、あたしだって。

陸兄だったら。
三咲兄の言葉をぐっとイメージ。陸兄だったら。陸兄みたいに。
浮かんだ陸兄の目は、あたしに向かって笑いかける。
励まされてそれでどうにか、顔を上げた。

三咲兄にじいっと見られて怖くって、またすぐ伏せたくなっちゃったけど。
陸兄はそうはしないから。
「ごめんなさい!」

ちょっと勢い付き過ぎたのは大目に見てよ。これがあたしの精一杯だもの。
三咲兄の眼は一瞬だけ緩んだみたいにも見えた。

「何が悪かったのか、言ってごらん」
「・・・煙草、吸おうとしたこと。吸っちゃいけないのは、わかってたもの」
陸兄のせいじゃ、ない。
だから謝るのは、これしかなかった。

「そうだね」
三咲兄はあたしの髪を撫でた。
「あんなところに放っといた僕も悪かったけどね。ごめん」
そしてそうも言ってくれる。
あたしは首を振ったけれど(だって、ねぇ)、それはいかにも三咲兄らしかった。
だからって許してくれるわけじゃないところも含めて、だけどさ。

「双葉、おいで。
煙草は二十歳になってから。一本だけ、一度だけだってだめなものはだめ。わかるね?」
「うん。ごめんなさい・・・」

三咲兄のお膝に乗せられて。スカートを捲って下着を下ろすと、お兄はちょっと動きを止めた。
たぶん、まだ結構赤くなってるからさ。
ややあって撫でられる。それもちょっと痛いんだよね、実のところ。
でも三咲兄の手は、まだひんやりとして気持ちよかったりもしたんだ。

「それじゃ、ちょっと我慢しなさい」
それでもいつかはそう言われるわけで。
あたしは生唾を飲み込んで、ぎゅっと三咲兄のベッドの上のクッションをつかむ。

ぱちぃん!
痛ぁぃ!そりゃもう、かなり、最初っから。それも断じて三咲兄のせいじゃないわけだけど。
ぱぁぁぁん!

「・・・ふぇ、や、・・・痛ぁ・・・」
あっという間に涙で顔がくしゃくしゃになっちゃったけど、痛いって三咲兄には言いたくなくて、出したくはないけどどうしても零れる声も涙もみんなクッションが吸い取ってくれたらいいのになんて思った。
ぱしぃん!ぴしゃん!ぱちぃぃん!

「・・・もういいよね?」
うぇぇ。三咲兄はかなり早めに切り上げてくれたんだけど、あたしはしばらく泣き止むことができなかった。
三咲兄はあたしの髪や背中や、そしてそうっと気をつけて痛いお尻を撫でてくれてる。
あたしが落ち着くまで、ゆっくりと。

そうしながらお兄は言った。
「陸五のせいにもしなかったし、煙草も結局吸わなかったしね。偉いよ」
こういうことを褒めてもらうほどあたしは子供じゃないとも思うけど、三咲兄は律儀。
ちょっと甘えてみたくなる。
「まだ吸わなかっただけだもの」
あんまり素直じゃない妹のちょっと意地っ張りな科白に、お兄は笑った。

「ふうん、まだ吸ってみたいんだ?」
うぅ。頷きたい気もするけどそれも怖い。ほんとに吸ってみたいかどうかも、どうなんだろう。
吸いたいっていうか試してみたい、うん、たぶんまだ二十歳じゃないから吸ってみたい、けどけどけど。
それだけにまずいことは十分わかってるんだよね。だからどうしよう、って。
結局さっきもそれで火を点けなかったのだ。
煙草が手元にあるんだから、いま吸わなくてもまだ吸えるもの。
だからね、「まだ」吸わなかっただけなのよ、幸いにしてか残念ながらかわからないけどね。

頷こうかどうしようかあたしが悩んでる間にお兄は勝手に言葉を継いだ。
「双葉、君はきょう『結局』吸わなかった。そして、これからもね」
うーん。どうなんだろう。試してみたい、んだけどね。
でもこれからも(ええと、あと3年?)、吸っちゃいけないってことはそれは知ってる。

「吸いたかったけど、いろいろ考えたんだろ?
吸わない決心まではしなかったけど、吸いもしなかった」

さすが。お兄、どうしてそう言い当てられるのかな?
否定しなかったあたしにお兄はさらに言う。
「双葉は吸わないよ。これ、持ってて吸わないのなら持ってなさい」
ええ?
さっきの一本はまたあたしの手元に帰ってきて、あたしはちょっとうろたえた。
吸いたくなっちゃうじゃん!
「捨ててもいいしね。好きにしたらいい」
あたしにそれを渡しながら、三咲兄はもちろん吸うなと言ってる。

ちょっと窘めてくれて終わりだと思ったんだけどな、「まだ」って一言。
ね、やっぱり三咲兄は意地悪だと思わない?

「どんなに吸いたくても、二十歳までは吸わないこと、吸おうともしないこと。
約束しなさい?」
甘え損なったんだか甘やかされたんだか微妙で複雑なあたしの気持ちはさておいて、三咲兄はあたしを抱き起こして眼を覗き込む。異論を唱えられるわけもなかったからあたしは頷く。
「はぁい」
さすがに、これに返事ができなきゃあたしのお尻がどうであれお仕置き続行になっちゃうのは疑いないしね。

「よし」
三咲兄はあたしを膝から下ろしてぽんと頭を叩くと立ち上がる。
「それじゃ僕は陸五と話をしてくるから」
う。
「でも、三咲兄。あたしのせいだから・・・あんまりひどくしないでよね」
ああ、こんなこと言っても意味ないって十分わかってるんだけどさ。
でもつい。
「聞けないよ。わかってるだろ?」
たぶん三咲兄はわざとさっきと同じ言葉で返して部屋を出て行く。

あー、もう。陸兄、ごめんね。
陸兄を巻き込まないためにも吸いたくたって吸うもんか、とあたしは手の中の煙草を握り締めて思った。
2007.06.26 up
双葉ちゃん編はここまでで。陸兄編はどっちの視点で書こうかな。

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