2 でも試してみたいかも
けど?
陸兄は何の気なしにっていう風情のごく軽い調子で、とんでもないことを言い出した。
「双葉、吸ってみたいのか?」
え、あの、その。もちろん答えはイエスなんだけど。
だって興味はあるし、千載一遇の機会だし、ねぇ?
でも。
陸兄はカマをかけたりはしないと思うけど、頷くのも怖い。
でもね、否定できるほどにはあたしは良い子じゃなかったりする。
だって吸ってみたいのは本当だもの、さっきお仕置きされたばっかりだとはいってもね。
・・・・・あれ?
そこではじめてあたしは気付いた。陸兄は煙草を吸うなとあたしを叱ったんじゃなかった。
人のせいにするような卑怯なことをするな、って。
や、でも、タバコは駄目だってのはもちろん前提にあるわけだけど。
陸兄?あの。質問の意図を取りかねるんだけど。
「旨いもんじゃないぞ?知ってるか?」
知らないわよ。だって吸ったことないんだもの。
や、だから吸ってみたいんだけどさ。
そう言うと陸兄はそうだよな、と頷いた。
「気持ちは分かるんだよなぁ、現に俺は試したわけだし」
えぇ?
「俺はあの時叱られたの吸った後だったからな。
一度吸ったら別にもう吸いたいと思わなかったしさ」
り、陸兄?
陸兄はあたしを見て悪戯な目で笑った。・・・ここで誘惑する兄貴ってあり?
けどそれはいかにも陸兄で、陸兄はその笑顔でさっきのタバコをぽんとあたしに手渡した。
「二度と吸うなよ?」
だから!それまだ吸ってないあたしに言う日本語じゃないってば!っていうか。
陸兄はさっくり部屋を出て行く。
あたしは今日三度目の逡巡をして、で、結局。
そのさっき取り出した一本の煙草を持って自分の部屋に上がった。
***
この日は土曜日で、めずらしくみんな揃っての夕食の後。
父さんと母さんが席を外したタイミングを見計らって、三咲兄は真面目な顔であたしに聞いてきた。
「双葉、キッチンに置いてた煙草、1本足りないんだけど知らない?」
「げ、兄貴数えてたのかよ」
「え。や、それは」
あたしが言いよどんだのと横で聞いてた陸兄がぼやいたのは同時だった。
三咲兄は怪訝そうな表情を浮かべたものか咎める視線を投げたものだか一瞬迷った、みたい。
三咲兄があたしたちのどっちを追及すべきか判断つけるより前に、陸兄の方が言い切った。
「ごめん、三咲兄。それって双葉じゃなくて俺」
「や、と、陸兄!」
「陸が?」
あたしの叫びに構わず、三咲兄は少し腑に落ちなさそうな顔で陸兄を見た。
陸兄はじっと視線を返す。
ややあって、三咲兄は剣呑な眼差しで言葉を続けた。疑問は脇に置くことにしたみたい。
「陸、「ごめん」
・・・・・。う、あ、えと。
何か言わなきゃと思うのに喉が張り付いた感じ。
「二十歳になるまで吸わないって、むかし僕と約束しなかったっけ?」
謝る陸兄を視線一つで黙らせて、三咲兄は答えられない疑問文を口にした。
お兄、怖いから!
や、あの、だめだ。だめだってば。
ここで黙ってちゃいけないってことくらいは、わかる。わかってる。
けど。
「あの、えっと」
「双葉は黙ってなさい」
ひぇ。
あたしの中途半端な言葉を三咲兄はぴしゃりと撥ね付けた。
「場所を変えようか」
三咲兄が言うと陸兄は参ったな、というような顔をした。
そしてあたしが見てるのに気付くと安心させるように笑ってくれる。
うぅ、だめ、やっぱだめだ。あの、その。
叱られるの、三咲兄を怒らせるの、怖いけどさ。
(だってだいたいまだあたしのお尻は痛いのよね、どうしても。)
陸兄のせいにするわけには、いかない、よね、やっぱり。
それにだいたい、まだ吸ってないんだし!(でも絶対叱られるけど!)
「あ、あの、待って、三咲兄、ごめん、それ陸兄じゃないから!
あたし、まだ吸ってないから。待ってて!」
叫んであたしは返事を待たずに自分の部屋に駆け上がり、今日一日の騒ぎの原因たる1本の煙草を持ってゆっくり降りてきた。・・・これ持ってお兄たちの前に戻りたくはなかったけどさ、でも、しょうがないじゃんね。
「あー、吸わなかったのか。偉いなぁ、双葉」
陸兄はその眼をちょっとだけ大きく見開いてあたしに笑いかけ、三咲兄は深ぁく深ぁく溜息をついた。
「どういうことか説明してくれるんだろうね、二人とも?」
うう、怒ってる・・・。
結局あたしと陸兄は、ふたりとも三咲兄のお部屋に強制連行・・・や、任意同行かな、させられて。
(物理的には逃げられるのに逃げるわけにはいかないっていう状況なわけよ、不本意ながら)
事と次第を仔細に問い質されることとなったのだった。
2007.06.23 up
えっと、ごめんなさい、長くなったのでというよりは仕上がらなかったので(-_-;)途中まで。
双葉ちゃん編は次回までだけど、どうもそれじゃ終わらなさそうですね^_^;。