1 だって置いてあったんだもの

帰ってきたらキッチンのテーブルに、煙草が一箱置かれていた。
そりゃあもう、お嬢さん、私めが気になりませんかって言わんばかりによ。
封は切ってある。何本かは吸われてるみたい。
あたしはちょっと逡巡した後、一本を取り出してみた。

うん、煙草よね。

うちには煙草を吸う人はいない。
父さんも母さんも吸わないし、社会人になっちゃいるけど三咲兄も吸わない。
みんなカタいから。
陸五兄は吸いたいと思ってるかどうか分からないけど、ともかくまだ十九だ。
で、あたしはまあこの年頃の少年少女らしくそれなりに興味関心というか好奇心を持ってはいたところではあるものの、これまでそれを充足する機会はなかったってわけ。

わざわざ買ってまで、とは思わないんだけどさ。
だいたい買うところを見られるのもまずいし嫌だし、友達とつるんで試してみるなんて可愛げもあたしにはないし。
といって、興味がないわけじゃないのよ。ね?
この機会を逃したら、たぶんあたしが煙草を手にすることなんてほんとに二十歳過ぎるまでないような気もするし。

ねぇ。

ライターは一緒には置いてなかったけど、そういえばあたしの部屋にはお香を焚くのなんかに使ってるマッチがちゃんとある。ここではちょっと吸えないけど、けど、ねぇ?
あたしは再度逡巡して、で、結局。
そのさっき取り出した一本の煙草を持って自分の部屋に上がろうとした。

「お、双葉、おかえり」
わっ!
「た、ただいま、陸兄」
陸兄、いたの?
いや、陸兄が家にいても全然おかしくなかったんだけど、やっぱりどきどきしていたあたしは相当にうろたえて、それは陸兄の不審をかった。
「双葉、どうした?・・・ちょっと、その手に持ってるもん見せてみ」
「え。わ、それは、」
あたしがとっさにごまかせないでいるうちに陸兄はその身長差と腕力差をさっくりと活用して、あたしの手を逆手にひねって手の中に何があったかを見つけてしまった。

「えっと、あの、・・・テーブルの上に置いてあったの、あれ陸兄の?」
「何やってんだよ、双葉。だいたい、俺のな訳ないだろ」
あ、やっぱり?もうごまかしようもないけど、けどもしかして陸兄のなら見逃してもらえるかな、なんて。いや、まあ、そんなことないだろうとは思ったけどさぁ。

「たぶん兄貴が昨日の飲み会で成り行きで貰ってきたってとこじゃないか?・・・で?」
で?って。
や、あのその・・・・
「だってあんなとこに置いてあるから気になるじゃない」
あたしの口から出てきたのは、こんな言葉だった。

陸兄はさらに目を険しくしてあたしを見た。あとから思えば、あたしの手の中に煙草を見つけたときよりもよっぽど怖い視線で。でも、あたしはそのときはそんなふうに考える余裕はなくって、煙草を吸おうとしたところを見つかった、どうしよう、ってことばっかりで頭がいっぱいになっちゃってた。
「こんなのあんなところに置いていった三咲兄が悪いんだもん」
で、言い訳が続く。だってさ、認めてごめんなさいをいうには、あまりに。

「おい、双葉、そういうこと言うのか? 人のせいにするのは卑怯だろ」
ぴしゃりと言われる。陸兄は正しい、はずだけど。
「でも!」
やっぱり言い止められなかったあたしを睨んで、陸兄はあたしをソファーに連行しちゃった。

「や、やだ!」
制服のスカートがくしゃくしゃになるじゃない!
そうは言ってもあたしが陸兄に敵うわけない。陸兄のジーンズの上にお尻を剥き出しにされて、ぱちぃん!とキツイ平手が降ってきた。
「やぁ!痛い!」
ぱちぃん!
「誰が悪いんだ、双葉?」
ぱちぃん!
「や、だって!」
ぱちぃん!ぴしゃん!ぱしぃん!
足をばたばたさせて暴れながら、あたしは無駄と分かってる抵抗を続けずにはいられなかった。

ぱしぃん!ぴしゃん!
「だって何だよ。煙草吸おうとしたのは双葉だろ?」
ぱしぃん!
「だってあんなとこにあったら!陸兄だって試してみたことくらいあるんでしょ?」
ぱちぃん!
「おいおい、俺まで持ち出すのか。まあ試したことあるけどさ・・・そんとき俺がされたのと同じお仕置きを受ける覚悟があるってことでいいんだな?」
えぇ?
ぱしぃん!ぴしゃん!
「あの、ちょっと、それは」
勢いで言っちゃっただけの言葉なんだから、別に認めてくれなくてもよかったのに。
っていうかそれは・・・すごく怖そう。やだ!
ぱしぃん!ぴしゃん!
「やだ!」
慌てたあたしに陸兄は笑った。

「冗談だって。でも、俺のせいでも兄貴のせいでもないだろ、分かるよな」
ぱちぃん!ぱちぃん!
「ふぇ・・・」
わかってる、わかってるけどさ。けど。
ぱしぃん!ぴしゃん!
「や、もうだめ!やめてよぉ」
「人のせいなんかにするんじゃないよ。お前はお前」
うぅ・・・。

ぴしゃん!ぱしぃん!ぱぁぁぁん!
「痛ぁぃ・・・」
ぱしぃん!
「ま、厳しくしてるからな」
「もう・・・やだよぉ・・・」
ぱちぃん!ぱちぃん!
「ん、でも双葉が悪かったんだから我慢しな?」
うぇぇぇぇ。

いっぱい泣いて、ぼろぼろぼろぼろ泣いて。
たっぷりぶたれてようやく陸兄の手は止まった。
・・・まあ、確かにあたしが・・・あたしだけが悪いんだ。だってさ、痛いのってあたしだけだもん!
そこの帳尻が合わないんだったら、あんまりだよねぇ?

陸兄はぽんぽんあたしの頭を撫でて、ってか叩いて。
「三咲兄のせいだなんて思ってないよな?」
・・・・・。

「うん・・・ごめんなさい、陸兄も」
ちょっと恥ずかしかったけどちゃんとそう言うと、陸兄は笑ってあたしの髪の毛をかき回した。
「やだ、くしゃくしゃになっちゃうじゃん」
そうは言ったけどちょっとは嬉しくて、あたしはくしゃくしゃの髪の毛のまましばらくソファーで陸兄にぺったりくっついていたのだった。


「けど、双葉」
2007.06.16 up
先日ルカさまにいただいた絵を拝見しつつむらむらと(^^ゞ。
たくさん泣かせちゃう理由を考えてたら定番のに・・・と、それがまたずれていき。
続きがあります。そのうちに。

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