その日、円花は朝からいろんなことがうまくいかないって顔をしていた。
体調が悪いのかと思ったぐらいだ。
「そんなことないです、元気です」 そんな答えが返ってきて、笑いはするんだけど微妙だぞ。
まあでも、思うようにいかないことって誰にでもある。
逆に気を遣わせるのも嫌だから、それ以上触れないようにしてたんだけど。
のどかな日差しの昼下がり。
俺の下宿でまったりしていた円花の携帯が不意に鳴った。
「取りなよ、俺は外に出てようか?」
「ありがと、でも大丈夫。ちょっとごめんなさい」
一瞬ためらったようにも見えた気がする、後から思えば。
しばらく円花は声を抑えて話していたが、そのうち俺にも聞こえてしまった。
「もういい、放っといてよ。電話切るから!」
おいおい。
電話の相手は母親らしい。
電話を切った円花は、しばらくこっちを向かなかった。
しまった、って思ってるんだよな。・・・それとも、怒って落ち着けないでいるんだろうか。
「円花、」
声をかけたら、向こうを向いたまま膝を抱えてしまった。
俺の目の前にいるのは、固く縮こまっているまど。
だけどほんとうは、それだけじゃないよな。
俺の目に二重写しで、はかなく頼りなげなまどの姿が揺らめく。
深呼吸をした。
怖がらせたいわけじゃない、放っておけないだけだ。
ときどき足を踏み外す彼女は、だけどとても素直だ。
付き合い始める前もその後も、窘めたことは何度もある。
「まど、」
「やだ、かけなおさない、謝らない。向こうが悪いんだもの」
まだ何も言ってない。でも、言いたいことは円花がわかってるとおりだな。
「お母さんなんだろ?何があったって、言っていいような口調じゃなかっただろ」
「いやっ、ゆうちゃんなんて何も知らないじゃない」
言うと同時に円花が息を呑んだのが分かった。
少し、待つ。円花も迷っているのが伝わる。
そして。
「・・・やだ・・・」
俺に聞こえるように呟いて、彼女はいっそう小さく硬く丸まった。
こんなに頑なになるのは、はじめてだ。
こんなに放っておけないと思うのも。
迷って閉じこもってそれが辛そうで。
頑なに閉じた扉の向こうに、素直な円花が確かにいるのに。
それはまど自身にさえ捕まえられない、まるでかげろうのように。
「まど、こっち向いて」
どうしたら扉が開くのか。
近づいて肩に触れたら余計に下を向かせて、だから俺はちょっと手荒な方法を決心した。
|