■ 日記のふりをした日記でないもの ■


すなおなことば
2011.08.08
「料金は100円になります」
えっ?って一瞬思ったのはほんと。
2時間まで無料の駐車場、確かに、2分オーバーではあるんだけどさ。
いつもだったらこれくらい、大目に見てくれてるのに。
黙ってお支払いはしたんだけれど、あたし、実は納得できてなかった。

「ねぇ、ひどいと思わない?」
お家に帰って修ちゃんに愚痴を言うと、「う〜ん」ってお返事。
ほんとは、ここで気付いてやめればよかったんだ。
修ちゃんとしては賛成できないけど、あえてあたしを否定するのは止めようって思ってくれた、 そういうお返事だったんだよね、これ。

だけどあたし、気付けなかったから。
うん、それって結局「納得できてなかったから」なんだよね。
で、続けちゃって、虎さんの尾っぽを踏んだわけ。
「だって、いつもだったらおまけしてくれるのに、機械じゃないんだしさ」
「ほんのちょっと遅れただけなのに」
「融通きかないんだから、管理人さん、ひどいよ」
そのくらいにしておいたら、って途中で言ってもらったのにそれでも止められなかったあたしに、 修ちゃんはちょっと息をついて指摘した。

「祥ちゃん、本気で管理人さんがひどいって思ってる?」
あたしは、内心ちょっとひるんだんだけど。
・・・・・遅れたあたしが悪いって、たぶん最初からわかってて。
でもそれを修ちゃんに言われたくはなかったんだ。
「だって、あれくらい」

変わらないあたしの言葉に、修ちゃんの表情ははっきりと曇った。
そういうの見えてるのにね。
どうしてそこでごめんなさいって言えないのかな、あたし。
ごめんなさいが言えなくたって、せめて人を責める言葉は止めたらいいのに。
「あれくらい見逃してくれない方がおかしいんだよ」
ここまで気付いちゃえば、口にした言葉は苦いのに。

修ちゃんはあたしの顔をじっと見た。
ちょっと膨れてふいと目をそらすと、「困った子だね」って囁かれて。

「お膝に来る?祥ちゃん。言わない方がいいこと言ってるって、
わかってるよね」
「やだ・・・だってだって、あたしが悪いんじゃないもん」
あたし、子どもみたいなこと言ってる。
その返事に修ちゃんはあたしの腕を引き、ぐいっと体を倒してしまった。

「ほんとは、お膝の上じゃなくてもわかるはずなのにね」
そんなことを言って、スカートをあげて下着を下げちゃう。
「や、やぁだ」
あたしの抗議には構わず、いたぁいお仕置き。ぱしぃん!
「や、修ちゃん、やだ、止めてよ!」
「うん、止めてあげたいんだけど。どうしたらいいの?」
ぱしぃん!

「えぇ?やめるのあたしじゃないもん・・・。やめようよぉ・・・」
ぱしぃん!
「そうかなあ。祥ちゃんは全部わかってるって思うんだけど。
決めるのは祥ちゃんだよ。だから、早くやめさせてくれないかな」
「そんなの・・・!だって」
「うん、だってなぁに?祥ちゃん、自分の気持ちとよく相談してから
言ってごらん。ほんとに言いたいこと、素直な気持ち」
ぱちぃん!

修ちゃんの手は痛いのに、その声は優しかった。優しいっていうか、静かって
いうか、もしかするときびしいの?励ましてくれるの?怒ってるの?
「素直な気持ち」だなんて、どうしてここで、そんな言い方。
言いたいことを、素直に言っちゃったのに。
・・・それを言っちゃいけなかったことは、知ってるんだけど。

ぱちぃん!ぱちぃん!
何を言えばいいのかな。何を言わなきゃいけないのかな。
結局、あたしの言えたことってこんなこと。
「も、やだぁ…」
やさしい修ちゃんは、それを否定はしなかった。
「うん、それも素直な気持ちだと思うよ。それから?」
ぱしぃん!

「ね、祥ちゃん、がんばって。
いちばん言いやすい言葉が、いちばん素直な気持ちってわけじゃないんだよ」
ぱちぃん!
「素直になりたいよね。手伝ってあげるから」
ぱちぃん!
「泣いてもいいよ、痛いって言っても。それでゆっくりでいいから考えて。
つい口から出ちゃう言葉じゃなくって、ほんとにほんとに言いたいこと」
ぱしぃん!

考える前に言わないで。傷つくのは祥ちゃんだから。

修ちゃんはそう言ってあたしを叱った。

考えて、って修ちゃんは言う。考えなくてもほんとは知ってる。
管理人さんは真っ当にルールを適用しただけだってこと。
ひどい、なんて言う筋合いのことじゃない。
あたしが、もう少し早く戻ればよかったのに。そんなの逆恨みなんだよね。

「痛い・・・」
「うん、そうだね」
ぱしぃん!
それから?って修ちゃんは口にしなかったけど、待ってるって知ってた。
ねぇ、早く止めさせてくれないかな。声じゃなくてたぶん修ちゃんの手のひらから、その気持ちは伝わってくる。
・・・早く、じゃなくても待っててくれるだろうけど。
でも、あたしが痛いから。だから「早く」って思ってくれるんだよね。

「う・・・」
「うん?」
ぱしぃん!

言えるかどうか、考えて。考えなくても言わなきゃいけないわけだけど。
嫌なこと、言っちゃったから。あたしを、傷つけるようなこと。
修ちゃんを悲しませるようなこと。だから、ごめんなさいって。
気付かずに言ったんじゃなくって。わかってても気持ちに流された。

それはそれで素直な気持ちなんだけど、
ほんとにそれが言いたいことなの?って叱られてる。
もちろん修ちゃんが正しくて。だって、いま嫌ぁな気持ちでいるんだもの。

考える前に言わないで。よく考えて、言ってごらん。
ほんとにほんとに言いたいこと。

「・・・言いたくない、のに」
ぱしぃん!
「そうかな。よぉく考えて?」
ぱちぃん!
「だって・・・」
「言いたいこと、あるんじゃない?」
ぱちぃん!

だって、を繰り返してもどうにもならない。
っていうか、それじゃ考えずに言ってるってことでしかない。

「がんばって。いま祥ちゃんはちゃんと言葉を選んでる。
もうひとつ、選んでよ。選べるから。待ってるから」
ぱちぃん!

修ちゃんが待ってくれてて。よく考えて選んでって言う。
待っててくれて、ずっと待っててくれるから。
ずっと選ばないままでいられたらいいのに・・・ううん、いたくない。

「・・・・・。う・・っと、あの」
修ちゃんが待っててくれるから。それであたしは、声を絞り出した。
「ご・・・ごめんなさい。悪いのは、あたしで。管理人さんは悪くないのに」
ふぇぇん。
そこまで、何とか言って、後はもうあたしは泣いてしまった。

「祥ちゃん」

修ちゃんは、やっぱり優しい。
あたしの身を起こしてその両腕でふわっと包んでくれた。
思わず、あたしは修ちゃんにしがみついちゃう。
修ちゃんはきゅっとあたしを抱き締めて、背中を優しく撫でてくれてた。

「ふぇぇん」
「祥ちゃんはいい子だよ。もう泣かないで」
「・・・だって・・・ごめんなさい」
「うん、自分でそう言えたんだからさ。言いたかったんでしょ?」
どうなんだろう。でも、いまはほっとしてる。
あたしにそう言わせてくれる修ちゃんは、すごいなって思うの。
「・・・ありがとう」
修ちゃんの抱く腕がすこし、きつくなる。

「僕じゃないよ。祥ちゃんが言ったんだよ?ちゃんと言えて、よかったね」
「でも、ほんとは、・・・」
最初から、嫌なこと言わなきゃよかったんだよね。
修ちゃんはやさしく笑う。
「次は、言わずにいられるよ。きっと大丈夫」
・・・。どう、だろう。

自信なさげな顔のあたしに修ちゃんは繰り返す。
「大丈夫、何もかも、最初から祥ちゃんの中にあったんだから。
僕は祥ちゃんに聞いただけだよ?ほんとに言いたいことはなぁにって。
大丈夫、信じてよ。次はきっと大丈夫」

だからね、がんばって。

修ちゃんにそう囁かれると、がんばらなきゃって、思うけど。
でもね、「考える前に言わないで。」それって結構、むつかしい。

やらなきゃって知っててもつい訴えちゃうあたしだけれど、
修ちゃんは放り出さないでいてくれる。
「もし最初に間違えちゃっても、祥ちゃんは絶対どこかで気が付くよ?
まずはそこから考えてごらん。きっとそのうち、最初から気付けるよ」
・・・・・。
がんばれるかな。がんばる、よ?

「うん、祥ちゃんはいい子だよ。言えたこと、気付けたことを覚えてて。
大丈夫、僕は大丈夫って思ってるから。だから祥ちゃんも信じてよ」
修ちゃんの微笑みに、つられてあたしもふんわり微笑む。

笑ってみたら、何故かがんばれるかもしれないって気持ちになって。
あたしの微笑みに修ちゃんが嬉しそうな顔をするから、余計にそう思った。


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