「ほら、もう起きなよ、祥ちゃん」
「う〜ん、やだ・・・もうちょっと、寝かせてよぉ」
「そんなこと言ってると、遅刻しちゃうよ?ほら、」
「ん・・・あと5分・・・」
「もう。遅刻しても知らないからね?」
なんてやりとりを、あたしはちゃんと覚えてた。「祥ちゃん」って声を掛けられて、次に眼を覚ましたときにあたしが見た時計は7時38分。え??
さすがに眠気はどこかへ消えて、あたしは慌てて飛び起きた。
「わ、嘘!やだ、遅刻しちゃう!!」
「遅刻しちゃうって、祥ちゃん。さっき起こしたときにはあと5分って」
言ったかもしれない。でも言ったときには時計なんて見てなかったんだもん。とにかく今はそれどころじゃない。
「もう、修ちゃん、どうして起こしてくれなかったの?」
「祥ちゃん?」
ひやり、とした空気が一瞬にしてお部屋に満ちて、あたしは失言を悟った。
「わ、や、あのその、ごめん、ごめんなさいっ!」
慌てて叫ぶけど、修ちゃんは表情を緩めてくれない。
うわ、どうしよう。うろたえながらも身支度をして、修ちゃんが差し出したトーストに噛り付きながら同時に泣きつく。
「ごめんってばぁ・・・」
「祥ちゃんの本音は帰ってからゆっくりうかがいます。
僕ももう出るけど、祥ちゃんも気をつけてね」
にっこり。そこで出る丁寧語は、怖いって!
あたしもひきつった笑いを返すしかない。
そして慌ててトーストを飲み込んで、いつもの5分遅れで家を出たのだった。
仕事を終えて帰ってくると、今日はあたしの方が早かったみたい。
今日ばっかりは修ちゃん、残業で遅くなったりするといいのに。
なんて思いながらも一応腕をふるって肉じゃがをつくった。
うん、得意料理の中から温め直せばおいしく食べられるおかずを選んだの。
だってさ、何時にお夕飯が食べられるのかわかんないんだもん(>_<)。
「ただいま」
「わ!おかえりなさい」
煮込み終わってもうすることないって時刻に修ちゃんはちょうど帰ってきた。
「うぇ、えっと・・・ごめんなさぁい!」
「うん、そうだね。
でも一回口にしちゃった言葉はなかったことにはならないんだよ?」
ふぇぇ。
それにね、と修ちゃんは言いかけて、なぜか知らないけど止めてしまった。
ともあれあたしの方は、平謝りに謝るしかない。
そりゃあもうあたしが悪いのはわかってるから。
「ごめんなさい、もう言わない!ほんとに!あたしが悪かったからぁ・・・」
あたしが悪いのがわかってたって、だってお仕置きは嫌なんだもん!
とはいえ。
あたしのよく知ってる修ちゃんは、もちろんそう甘くはなくってさ。
「ちゃんと反省してるなら、いい子でお仕置き受けられるよね?」
にっこり。
あたしはその笑顔にかちんと固まっちゃうしかなくって、修ちゃんはそんなあたしをお膝の上にうつ伏せにしちゃった。ふぇ〜ん。
「祥ちゃん、何が悪かったのか言ってごらん?」
ぺちん!
「痛ぁ!!・・・えっと、あの、」ぺちん!
「ひゃあ!や、あの、えっと、修ちゃんのせいにしたこと!」ぺちん!
「うん、それから?」
ぺちん!
え、それから?「それから?ほかに何かあるの?」
わかんない、って言ったら痛ぁい平手が降ってきた。ぺちぃん!
「考えなさい。何がいけなかったの?」
ぺちん!
「ふぇ、わかんないよぉ」ぺちん!
「祥ちゃん、どうして僕のせいなんて言っちゃったんだと思う?」ぺちん!
「どうして、って・・」言っちゃいけなかった言葉の理由なんて聞かれても!
ぺちん!
「いたぁい!もう言わないからぁ!ごめんなさぁい!」ぺちん!
「ほんとかな?じゃあ僕が起こしてあげなくても大丈夫だね?」
ぺちん!
「え・・・・・」
あたしはまた固まっちゃった。
その一言で、修ちゃんの言いたいことはわかっちゃったんだけど。
修ちゃんのせいにできないなら、あたしのせいなら、あたしが起きなきゃいけないってことになる。すっごく当たり前だけどね。
だから何がいけなかったのって質問で、修ちゃんが求めてるもうひとつの答えは、あたしが自分で起きようとしなかったこと。
それはわかったんだけど、けど、・・・・・・・い、言えない!
だって。無理だよぉ!
ぺちん!ぺちん!ぺちん!
「祥ちゃん?」
ぺちん!
どうしよう。
言わなきゃお仕置きはたぶん、終わらない。けどだからって、明日修ちゃんの手を借りずに自分で起きれるかって・・・全然起きれる気がしない。
ぺちぃん!
痛い。痛いんだけど。どうしよう・・・?!
あたしはもうごめんなさいも言えなくなっちゃった。
だってごめんなさいがごめんなさいにならない。
あたしが悪かったってのはもちろんそう思ってるんだけど、けどもうしませんって言えない!(もうしない、じゃなくて明日からちゃんと「する」、なんだけどね。)どうしよう・・・。
ぺちぃん!ぺちん!ぺちぃん!
「ほら、もっとなの?僕の言いたいこと、わかったんでしょ?」
修ちゃんは何でもお見通し。手を止めないで聞いてきた。ぺちぃん!
「うぇ、でも・・・」ぺちん!
「でも、なあに?そんなに僕のせいにしたいの?」
ぺちん!
「そんなことない、違うよぉ!」
違う、って言うけど、違うって言えてない。だってちゃんと自分で起きるって言えないってのはそういうことだもの。ぺちん!
「祥ちゃん、わかってるんでしょ。言いなさい」
ぺちぃん!
ふぇぇん!
「い、言うだけでいい・・・?」
困り果ててあたしが絞り出した言葉には、相変わらずの痛い手が降ってきた。ぺちぃん!声はそんなに怖いわけじゃないのにな。でも甘くもない。
「祥ちゃんはそう思うの?」ぺちん!
う・・・。
「だって・・・」ぺちん!
「また今朝みたいなこと言いたい?どう、祥ちゃん」
聞かれて慌てて首を振る。もちろんあんなこと言いたいわけじゃない。
「そんなことない!ほんとだよ!」
修ちゃんは手を止めないままちょっとだけ笑った。
「そうだね、知ってるよ」ぺちん!
「祥ちゃんの気持ち、知ってるから。だからもうちょっとだけ頑張りなさい」
ぺちん!
「うぇ・・・」
ぺちん!ぺちん!
「泣いてもだめだよ。わかってるよね?」ぺちぃん!
「大事なことだよ、祥ちゃん。ひとのせいにするなんて、嫌でしょ」
ぺちん!
「・・・う、うん・・・」ぺちん!
「いい子だね。言ってごらん」ぺちん!
「うぅ・・・」
ぺちぃん!
「言えるから。祥子は大人だよ、ちゃんと言える。
僕のせいだなんて思ってない。だから言えるよ。頑張れる」
ぺちぃぃん!
修ちゃんは、叩き続けてた手を止めた。止め、ちゃった。
こんなところで名前をちゃんと呼ぶなんて、ずるいよ。
「うぇ・・・」
言えない、言わなきゃいけないのに。
言いたいのにさ。だって修ちゃんのせいだなんて思ってない。
・・・・・言いたい?
大人じゃない。でも、もちろん大人の歳だよ。
頑張れるのかな。わかんないけど。
「言いなさい」
命令形なのに、修ちゃんは優しく囁いた。
「・・・・・ごめんなさい・・・起きる・・から。
・・・・・自分で、ちゃんと起きるから・・・」
頑張ってみる、って付け足したのは、決意の表明っていうより自信のなさの表れだけど。修ちゃんはあたしをぎゅっと抱き締めた。
「祥ちゃんはいい子だよ。ちゃんと、頑張れる」
ふぇ。
ぽろんと零れたあたしの涙を、修ちゃんは指で優しく拭う。
「大丈夫、ひとりで起きれなかったらお仕置きしてあげるから。
いまのお尻で明日の朝も叩かれちゃったら眼が覚めるくらい痛いと思うよ?」
い、意地悪!
意地悪で優しい大人な修ちゃんにたっぷり抱き締められたあと、あたしは肉じゃがを温めに台所に立ったのだった。
|