小ぢんまりと味のある温泉宿にね、彼とふたりで泊まりに来たの。そのときに見た、っていうか聞こえた話。だから、私のことじゃないのよ。それでもよければ聞いていってね。
まだ日は高くて、露天じゃないんだけど大きな採光のいい窓に面した岩風呂。窓の向こうには茂った新緑、カルシウムが多くて白塊が岩に張り付いているのも面白かったり。お風呂自体はおおきなひとつながりで、真ん中の竹塀で男湯と女湯を分けてある。だからまあ、声は筒抜け。「先に上がるから」とかそんな会話が余裕でできちゃうような(しないけどさ)。
で、そのとき温泉には私たちともうひと家族。お母さんおばあちゃんおばさんと赤ちゃん、お父さんと男の子、っていう六人連れだったんだと思うのよね。
男の子は結構はしゃいでいて騒がしかったから、お母さんがこっち側から「お尻叩いてやんなさい」とかお父さんに言ったりしてて。お父さんは「まあ、でも」くらいに軽くかわしていたんだけどね。
「あ、こら!・・・すみません」
急にお父さんの怖い声が聞こえて、推測するにたぶん男の子が彼にぶつかったか水をかけちゃったかそんなところかな。でも偉かったんだよ、その子はちゃんと謝ったもん。
「ごめんなさい」
ってね。私の彼が苦笑してるのが少し聞こえて、いえ、構いませんよくらいのことを言ったんだと思うんだけど。
「ほら、こっちに来い」
騒いでるだけだった間は鷹揚に構えていらっしゃったお父さんなんだけど、迷惑かけちゃったとなると厳しくて。
男の子も何にも言わなかったみたいだった。
ぺちぃぃん!ぺちぃぃん!ぺちぃぃん!
もちろん最初っから裸だし、お風呂だからね、どうしても音が響くよね。
「・・ゃぁ、いたぃぃ・・」
ぺちぃぃん!ぺちぃん!
男の子は声を上げるのを我慢してたみたいだけど、でもやっぱり我慢し切れなかったのだろう声が少し聞こえる。竹塀がおそらく朽ちてすこし開いてるところ、思わず覗き込んじゃった。
ぺちぃぃん!
男の子は岩に手を着いて、お父さんは横に立ってるみたい。微妙な角度で男の子の背中―――真っ赤なお尻とお父さんの手だけが見えて、どきどきしちゃった。
ぺちぃぃん!
「ごめんなさぁい・・・」
ぺちぃぃん!
あんまり覗き込んでてばれちゃったら私が叱られちゃうし、男の子のつるっとしたきれいな肌と真っ赤なお尻に当てられちゃってもう見ていられない。それでこっそりその場を離れて私はお風呂を上がったんだけど。 男の子の後姿はしばらく頭の中から離れなくて、温泉の効果以上に私は火照っちゃったのだった。
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