・・・・・ない。辺りを見回してみても、どこにもない。 まさか停めた場所間違えたりしないし、見落とすような小さいものじゃないし、・・・・・ちょっとの間だからと思って鍵掛けなかったし。
どう考えても、盗られたこと確定だよねぇ・・・。
あたしは黙って、歩いて帰るしかなかった。
「お帰り、双葉。・・・どうしたの?」
いつもより少し帰りが遅くなったせいか、落ち込んでてその上歩き疲れたのが顔に出てたせいか、帰るや否や三咲兄が聞いてきた。何か言われるのも嫌で「なんでもない」って答えようかとも思ったけど、愚痴も聞いてもらいたかったしどうせいつまでも黙っておける話でもなかったから、あたしはちょっといじけた声で答えた。
「自転車、盗られちゃったみたい」
「えぇ?双葉の自転車?高校上がる時に買ったばっかりじゃない」
「うん。でも盗られちゃったものはどうしようもないじゃん・・悔しいけど」
「双葉、あれ気に入ってたのにね。どこ置いてたの?探しに行ったげようか」
「部室の前。あたしだってもちろん近くは探したよ。でも無かったんだもん」
「あ〜、和館の方って結構人通り少ないしねぇ。でも、駅前とかに乗り捨てられてるかもしれないよ。一応気にして見といてあげる」
「ん・・・ありがと・・・」
「にしても油断も隙もありゃしないなぁ・・・鍵掛けてたんだろ?」
・・・・・。やっぱ言わない方が良かったかなぁ。話し始めたらそりゃまあ、この質問は出るよね。ううう。三咲兄、あたしに同情して言ってくれてるのはわかるんだけど、掛けてなかったって言ったらやっぱ、怒られるよねぇ。
あたしは困って、ちょっと黙った。
「双葉?・・・・何、もしかして鍵掛けてなかったの?」
「・・・うん」
そうまで聞かれちゃえば、頷かないわけにもいかない。
あたしはちょっとうんざりして、お兄の次の言葉を待った。
案の定。
「そりゃぁ盗られるよ、あんな新しい自転車。最近自転車泥棒多いんだから。
いつも気をつけるように言ってるだろ?」
分かってるよ、そんなこと。
三咲兄の言うことが完全に正しいのは分かってたけど、分かってたから余計にかも、予想に違わない言葉だったのにやっぱりどうしてもカチンと来た。
「そんなこと言ったっていまさらどうしろっていうのよ、もう盗られちゃったんだから」
「双葉?」
「お兄、うるさい!そんなこと言われなくてもわかってるから放っといて!」
「双葉、ちょっと、」
「うるさいってば、お兄の馬鹿!新しい自転車盗られてショック受けてるのはあたしなんだから。お兄にはあたしの気持ちなんかわかんない!」
自分の言葉がどんどん気持ちを加速させちゃう。いまから思い返すと、ここであたしがさらに熱くなるようなこと三咲兄は何も言ってやしなかった。だけどあたしはやっぱりお気に入りの自転車取られたことが悔しくて、それが自分のせいだってことがなおさら悔しくて認めたくなくて。喚けば喚くだけよけいに気分悪くなるっていうのに止められなかった。
「おいおい、双葉、三咲兄、どうしたんだ?」
「・・・・陸兄」
いつの間にか二つ上の陸五兄が帰ってきてた。
三咲兄が口を開かないのを横目に、あたしは陸兄にさっきの勢いをぶつける。
「あたしの自転車、盗られちゃったの!あたしがいちばんショックなのに、三咲兄、鍵掛けてないあたしが悪いって言うから!」
陸兄はちょっと苦笑して、優しい目であたしを覗き込んだ。あたしの髪の毛をくちゃくちゃにしながら言う。
「そりゃ災難だったな、双葉。世の中にはひどいヤツがいるからなぁ。
鍵掛けてようがなかろうが、盗ってくヤツの方が悪いんだからな」
え?
あたしは、一瞬陸兄が何を言ってるかわからなかった。
うん、それはきっとあたしが、あたしが悪いって知ってたからだ。
も一度胸の中に陸兄の言葉が響いて、それからやっと言葉の意味が心に届く。
・・・すごく嬉しかった。
あたしは無意識にそう思ってて、でもそれは言っちゃいけないと思ってて、言っても仕方ないと思ってて、あたしが悪いなんて悔しくて。気持ちを押し込めるのに失敗して、三咲兄に八つ当たったんだ。
陸兄はあたしを慰めるためだけに言ってるんじゃなかったから。
その言葉はまっすぐあたしを慰めて、すごく嬉しかった。
そして、ちょっとむず痒い。
だって、やっぱりあたしも知っていたから。
あたしの方が悪いんじゃないかもしれないけど、・・あたしも悪い。
「兄貴だってそう思ってるって。鍵掛けてないヤツの方が悪いんじゃんか、って言ったときには『んな訳ねぇだろ、馬鹿野郎!』ってむちゃくちゃ怒鳴ってたぞ、昔」
へ?そ、それって?
少し落ち着いて、そして次に頭の中が疑問符でいっぱいになったあたしに、陸五兄はちょっと声音を変えて畳み掛けた。
「で、双葉。自転車盗られて凹むのはわかるけど、三咲兄に馬鹿とか怒鳴るのはまずいよな?」
「う、うん」
ぱちん!
「ひゃあ!」
陸兄は立ったままあたしを抱き寄せて、大きな手でお尻をぺちん!
「や、痛いよ、陸兄!」思わず陸兄の肩にしがみ付いちゃう。
ぱぁん!
「きゃあ!や、やだ、えっと」
ぺしん!
「ごめんなさい、陸兄!」
ぱしん!
「違うだろ、双葉?」
ぱちん!
「え?あ、ごめっ、ごめんなさい、三咲兄!もう八つ当たりしません!」
「ん、上出来だな」
ぱしぃん!
叫んだあとで三咲兄の顔をちらっと見たら、鍵掛けてなかったことも怒鳴ったことも全部ひっくるめてもう許してくれてるってことがわかった。
「双葉はもう充分嫌な思いをしたもんな。僕が重ねて言うことなかったよ」って静かに言われたら、ちょっとほっとしてそして後悔して、お尻の痛みだけじゃなくてうるっときた。「三咲兄・・・ごめんなさぃ・・・」あたしのこと、心配したから言ってくれたのにね。
あっという間に兎さんの眼になったあたしを、陸兄はからかう。
「お前、自転車盗られた上にお尻も叩かれるなんて、今日はよっぽどついてないんだな」
「・・・半分はお兄のせいじゃんか・・・。」
「ん?反省してねぇのか?」
「ふぇ?や、違う、あたしのせいだけどぉ・・・」
慌てたあたしに、陸兄も三咲兄も笑った。ぷう、とふくれると、陸兄がまたあたしの髪をくしゃくしゃにする。
「まあ、盗られたのはお前のせいじゃねぇけど、でも今度はちゃんと鍵掛けとけよ。マジで盗りやすいヤツから狙いたくなるんだから」
「わかってる・・・けど。お兄、それって、まさか」
あたしの疑問に陸兄は「まあ、若気の至りってヤツだ」と嘯き、三咲兄は頭を抱えてた。
「えぇ?ほんとに?陸兄、それサイテイ!」
「ほんとになぁ」
あたしの叫びを三咲兄すら咎めなかったし、陸兄はしみじみ答えるし。
肯定されちゃうとかえってドキドキしてなんかそれ以上突っ込めなかったんだけど。そのとき陸兄も三咲兄にお仕置きされたのかな?
いつかは聞いてみたいって思う気持ちはさすがにちょっと止められなかった。
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