かたっと扉を開ける音がして、あたしは焦った。慌てて画面を閉じる。
部屋に入ってきた目敏いひとは、そんな様子にすぐに気づいちゃうんだ。
「こら、いま何隠したの?」
「え?ううん、なんでもないよ」
「嘘はだめ。正直に言ってごらん?」
え、ばれてる?何で?そんなはずないよねぇ。
「嘘じゃないよぉ。何でもないったら」
そしたらこれみよがしに溜め息をつかれちゃった。
「あのね、正直な君は嘘なんてつけないの。完全に眼が泳いでるんだから」
え?
「それにね、ずっとパソコンに向かってたはずなのに、いま何一つ画面が開いてないなんて。どう考えても不自然でしょ」
え?え??
あたしがさっきまでやってたのはオンラインのパズル。はじめると、結構途方もない時間かけちゃうんだよね。あんまりひどいから、ゲームは週末だけってことになってる。今日は木曜日なんだけどね。・・・・・。
「最後のチャンスだよ。正直に言えたら、隠そうとしたことは見逃したげる」
それってさ、それ以外のことは見逃してくれないんだよねぇ?
・・・。どう考えても賢い選択じゃないってわかるんだけど、見逃してもらえないのが分かっててほんとのこと言うのって、・・・・。
「ほら、言わなきゃいけないことない?」
優しく聞いてくれるけど、目の奥は笑ってない。だからあたしは、固まっちゃった。
「・・・・・。」
「困った子だね。そんなに叱られたいの?」
や、違う、断じて違うってば。だけどそんな反論すら喉に貼り付いちゃって出てこない。
パソコンデスクに掛けてたあたしは黙ったまま手を引かれてベッドで彼の膝の上。頼りの綱のスカートも下着も、あっという間に除けられちゃった。
ぱちん!
「痛ぁい!」
「うん、ちょっと痛い思いをして反省しなさい?」
ぱちん!
「やだ、やだよ!」
「ほかに言うことないの?」
ぱちん!
「やめてぇ・・・ごめんなさぁい」
ぱちん!
「何がごめんなさいなの?」
「・・・・・。やだぁ・・・。」
ぱちん!
彼はちょっと、手を止めた。
「あのね、ごめんなさいが言えるのはいいことだけど。
それじゃぁ反省してるって言わないよ?」
そうだけど。でも言ったら、怒るんでしょ?
「・・・・・。」
うん、いまさら往生際が悪いとは我ながら思うんだけど。っていうかさ、もうばれてるんだったら、わざわざ言わなくてもとか思ったり。だって、言いたくないよねぇ。ばれてなかったら、黙ってたいけど。やだな、ほんとにばれてるのかな、どうだろ?
なんでか彼は、私の胸のうちを見透かす。
「そうだね、このまま黙ってたら、隠し通せるかもしれないよ。
けど、ほんとにそれでいいの?」
・・・・・。
「見つからなきゃいいって、思った?」
・・・・・。
そんなこと、ないよ・・・。
そうやって聞かれると、否定しないわけにいかない質問だって気づかされちゃう。
でもさ、やっぱり怒られたくはないんだよ。ちょっとくらい、いいじゃん。・・・・・。
うぅぅ。ちょっとくらい、なんて彼の大嫌いな言い訳だってもう何度も思い知らされてる。言えないよぉ。
あたしは彼の膝の上できゅうっと縮こまる。何にも、言えないから。
声は続いた。
「見つからなきゃ何してもいいって思ってるなんて思わないけど。
でも、少しはそういう気持ちが生まれちゃうかも」
僕だってそうだよ、と、彼は話す。あんまり信じられないけどさ。いつも抑えてる、のかなぁ。
「でもそれでいいって思ったら、自分との約束、守れなくなっちゃうよ?」
ふぇ・・・。
彼のじんわりした口調は、ぼろぼろとあたしを泣かす。
僕との約束じゃなくて。自分で決めたでしょ?
自分で守りたかったんだよね。覚えてる?
あたしが、守りたかった?彼は不思議な言い方をして。・・・覚えてる、っていうかいま思い出した。
あのときは、早く寝なさいって言われただけだったんだ。けど、きりのないゲームに4時間も5時間もかけちゃったのが悔しくて、平日はゲームはやらないって宣言したのはあたし。ゲームしてなかったらさ、メールも書けたし本も読めたし編み物も出来たんだもん。眼も痛いしさ。
そのとき彼はあたしの髪をくしゃくしゃっとして、頑張れ、って言って笑った。君がその気なら手伝ってあげる、と言ったような言わなかったような。
「見つからなきゃいいってわけじゃ、ないよね?」
・・・うん。
あたしは躊躇いながら、でも頷く。彼の言うのは、嘘じゃない。
「そうだね。君はいい子だよ。だから自分から言ってごらん。
何してたのか。どうしなきゃいけなかったのか。」
言えたらきっと、明日から、自分で守れるよ。
・・・どうだろう。噛んで含めるような声が響く。明日から、に自信があるわけじゃないけど、でも、そこからしかはじまらないってことは、わかった。
「・・・・・。ごめん・・なさい。ゲームしてて、隠そうとして嘘もついた。 ・・・・・。」
そこで許してほしかったのは本音だけど、厳しいひとは、まだ待ってた。
「・・・・・。平日はゲームはやらない。ドキドキしながらやって、挙句に叱られるんじゃ割に合わないもの」
ちょこっと意地の混じったあたしの言葉に、彼はやっぱり頑張れって言って笑った。
「それじゃ、ちゃんと反省できたところでお仕置きだよ。
もうちょっと我慢しなさい」
怒ってるんだからね?そう言われると、逆らえない。
ぱしん!
反省はしてるけど、でもやっぱり痛かった。
「うぇ・・・ごめんなさいぃ・・・」
ぱしん!
「都合の悪いことを隠そうとして嘘つくなんて」
ぱしん!
「絶対やっちゃいけないことだよ。よおく反省しなさい」
ぱしん!
「ごめんなさぁい・・・!」
ぱしぃん!
それから。
「ゲームはやらないってことの方は、自分で頑張れるから大丈夫だよね?」
手を止めて、あたしの服を戻しながら言われる。
え、そうなの?あたしはちょっとびっくりして、それだったらちょっとくらいって一瞬思った(一瞬だよ?)。その途端に、ぱしん!
「こら、いま何かいけないこと考えたでしょ。
君が自分でわかってると思うから僕が叱らなくてもいいかなって思うんだよ?」
一人じゃできないっていうなら、いくらでも手伝ってあげるけど?
その物騒な台詞に、でもあたしはどっちの返事をしたらいいかちょっと悩んだ。
や、もちろんお仕置きされたいわけじゃないんだけど。でも、でも?
答えを探そうと見上げた彼の眼は、頑張れ、って言ってる。
そ、っか。あたしが頑張らなきゃいけないんだ。
「・・・・・。わかってる、よ。たぶん。頑張ってみる」
彼は笑ってまたあたしの髪をくしゃくしゃにする。
「いい子だ。頑張れ」
あたしも照れ笑いをして、そこでふと気づいた。あれ?
「もしかして、最初からそのつもりだった?正直に言ってたら、あたし、全然お仕置きされずに済んだわけ?」
さあねぇ。
はぐらかされて「ひどぉい!」って声を上げるあたしに、まあ自業自得ってヤツだよねなんて平然と彼は言う。そんなことは分かってるの。それでもやっぱり、ひどくない?
ちょおっと拗ねたあたしの頬を撫でながら、君は頑張れるんだからお仕置きの心配なんてしなくていいんだよ、なんて彼はやっぱりはぐらかす。
ほんと怒られるのって割に合わない、ってあたしは悔しく思うのだった。
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