| 「祥ちゃん、図書館行くんじゃなかったの?」日曜の昼下がり。こたつで編み物してたあたしに修ちゃんはそう聞いてきた。
 「うん、行くよ・・・」
 まだ読み終わってない本もあるけど、今日が返却日。修ちゃんってそういうこと忘れないんだ。先々週は一緒に借りに行ったから。あれ?
 「あれ、修ちゃんは行かないの?」
 「・・・僕はもう読み終わっちゃったから、先週別のを借りてきたんだってば。先週一緒に行く?って聞いたの、覚えてない?」
 そうだっけ?そうだったかも。やだな、一人で行くのはメンドウだよね。
 「う〜。じゃあ修ちゃん、今日は行かないの?」
 「まあね、今読んでるのはまだかかりそうだし・・・でもお姫様がお出かけになるなら、お供しますよ?」
 「うん・・・」
 修ちゃんは笑って言って、あたしは編み目を数えながら半分上の空で返事をした。外は雨、読書にも編み物にもお誂え向きの日だけど、出かけるのは寒いよね。修ちゃんが行くんだったら、ついでに返してきてもらえたのになぁ。
 そうこうしてるうちにももちろん時間は経っていく。3時のおやつを片付けにかかったころに、修ちゃんはおんなじ質問を繰り返した。
 「祥ちゃん、図書館行かないの?」
 
 ・・・・・。
 行きたくないわけじゃないんだよ?でもお出かけはもうちょっと後で。だって雨だしさ、寒いしさ、ねぇ?
 「うん・・・」
 うやむやな返事を2回か3回。気がついたときにはお家の中でも雲行きがだいぶあやしくなってた。やだな、雨降りは外だけで十分だよ。
 
 「祥ちゃん、そろそろ行かないと間に合わなくなるけど、図書館行かないつもりなの?」
 「ん・・・そういうわけじゃないけど」
 「それじゃあ早く行かないと、閉まっちゃうよ?」
 「うん・・・」
 メンドクサイ。修ちゃん、代わりに行って来てくれないかな?
 「言っておくけど、代わりに僕が返しに行くのはなしだからね」
 「えぇ〜?付き合ってくれるんだったら、代わりに行ってきてくれてもいいじゃない」
 「何言ってるの、君が借りた本でしょ?そこまで甘やかしてあげるつもりはないよ」
 う〜。
 「まあでも、付き合ってはあげるから。だから行こ、祥ちゃん?」
 ・・・・・。
 ・・・・・。やだ、メンドクサイ。
 
 「祥ちゃん?」
 「だってさ、寒いし。雨だし。メンドクサイし。」
 「それで?」
 「・・・・・行きたくない」
 
 「気持ちはわかるけど、祥ちゃん」
 まずは修ちゃんは、説得にかかった。や、あたしも頭の片隅でそんな分析してるくらいなら、もうちょっと素直になれればいいのに・・・そうはいかないんだよね。
 「貸出期限は今日までなんだし、誰か次の人が待ってるかもしれないよ?」
 「こんな本予約してる人なんていないよぉ。だからさ、別にちょっとくらい」
 「ちょっとくらいって祥ちゃん、今日までっていうお約束なんだから」
 「今日返さなくたって、別に延滞金がかかるわけじゃないしさ」
 「お金の問題じゃないでしょ?他の人に迷惑をかけないの」
 「誰も困らないってば。困ってたら図書館の方から連絡が来るわけだし」
 「それってすでに図書館の人に迷惑かかってるじゃない。だいたい、そんなこと言ってみんなが決まりを守らなかったらどうなるの?」
 「あたしひとりくらい期限に返さなくったってどうってことないよ。そもそもみんなが守ってるわけじゃないしさ」
 「みんなが守ってなかったら、祥ちゃんも守らなくていいの?」
 「だって、何であたしだけ」
 「祥ちゃん。ほんとうにそう思う?」
 
 う・・・。
 修ちゃんは静かにはっきり問いかけて、あたしはココロの中ではたじろいだ。
 口を開けば開くだけ、イケナイコト言ってるってわかってる。でもでも、ほんとの気持ちも混じってる。
 たぶんあたしが今日この2冊を返さなくても、きっと、誰も困らない。
 どう考えても予約の入るような本じゃないし、予約がない以上図書館員さんの督促はまずは1週間以上は経ってからだ(うちの街の場合、ね)。
 それはほんと。たぶん修ちゃんも知ってるほんと。
 でも、それでも修ちゃんは今日返さなきゃいけないって言うし、・・・あたしもそれはわかってる。
 決まりは決まり。
 そこに引いてある線を守らなかったら、境界は果てしなく広がって、いつかどこかで誰かが困る。
 
 ・・・・・。
 あたしはぷいっと、余所を向いた。
 
 「祥ちゃん」
 なだめるような困ったような声が響く。
 「こんなことでお仕置きなんて、したくないんだけど」
 ・・・・・。
 あたしは、素直になれない。わかってるけど、ワカンナイ。
 たぶん、外が雨なのがいけないの。土砂降りみたいに泣いたら素直になれるかも。ふうっと修ちゃんが息を抜くのが聞こえた。
 「仕方ないね」
 修ちゃんの顔を見ないでふてくされたあたしは腕を掴まれて、ぐいっとお膝に引き倒された。
 
 ぱしん!ぱしん!ぱしん!
 今日のは、最初っからすっごく痛かった。いつも痛いんだけどさ、とりわけ。
 「祥ちゃん、今日は悪い子だったね」
 ぱしん!ぱしん!
 きつい痛みと一緒に、修ちゃんはあたしを諭す。
 「決まりは守りなさい。誰が守っていても守ってなくても、それは祥ちゃんとは関係ない」
 ぱしん!ぱしん!
 「守れないなら図書館を利用する資格がないよ。そんなの嫌でしょう?」
 ぱしん!ぱしん!
 「誰かに迷惑をかけてからじゃ遅いの。自分が同じことされたら困るでしょ」
 ぱしん!ぱしん!
 「ちょっとくらいならいいって考えてたら、切りがないよ」
 ぱしん!
 
 反論の余地なんてこれっぽっちもなくって、あたしはひたすら涙を零してた。
 言い返しもしなかったけど、ごめんなさいも言えてない。
 黙って泣くあたしに修ちゃんは、ひときわ強い一打とこんな言葉をくれた。
 「何よりね、意地を張って心にもないこと言わないの。
 僕がいま言ったことなんて、祥ちゃん、とっくに全部よく分かってるよね」
 ぱあぁん!
 
 ふぇ・・・。
 お仕置きは終わったらしくて修ちゃんはあたしを抱き上げた。
 子供みたいに頭を撫でられるとさらにいっそう泣けてくる。
 「もういい子になれたよね」
 これまた反論の余地がない言い方でそんなことを言われちゃうと、あたしは何だか恥ずかしくてやっぱり何も言えなくて。ね?と修ちゃんが覗き込んで聞いてくるのにどうにかこうにか頷いた。
 修ちゃんが笑う。
 
 「あー、もう図書館閉まっちゃったね」
 「・・・ごめんなさい」
 どっちにしても、こんな泣き顔じゃあちょっとすぐには出かけられなかったよね、なんてからかわれながらあたしたちはブックポストに返しに行って。確かに図書館員さんにこの顔を見られずに済んでよかった、なんてあたしは思ったのだった。
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