| ピンポーンと玄関のチャイムが鳴って、誰だろう、とあたしは首を傾げながら覗き窓を見た。そしたら、三咲兄が立ってて、びっくり。・・・あ!やば、泊めてって頼まれてたのすっかり忘れてた。何にも用意してないけど、まさかいまさら追い返すわけにもいかないよね。・・・・・どうしよう。
 や、考えたところでどうしようもなくって、とりあえずあたしはドアを開けたのだった。
 
 「双葉、元気だった?」
 そんな挨拶とかお世話になるねとかお土産のこととか、玄関先で話せることなんてたかが知れてるしお互い寒い。それでもちろんあたしは三咲兄にお部屋に上がって貰ったんだけど、できることならそうはしたくなかった。案の定、部屋に入ったお兄が眼を見張ったのが分かっちゃったし。
 「・・・これはまた、すごい惨状だね」
 驚きの中にも皮肉も混じったりする三咲兄らしい声が響く。怖いよ、お兄。
 
 「う、うん・・・ごめん、お兄が来るのすっかり忘れてて!」
 「や、僕のために片付けてくれる必要はないけどさ。泊めてもらって文句を言いたくはないんだけど、双葉、いつもこんななの?」
 「・・・・・」
 うう、なんて答えろっていうのよ。
 
 そう、今あたしの部屋、めっちゃくちゃ散らかってるの。今、っていうかこの状況、めずらしいわけでもないんだけど・・・。それを素直に答えるのが得策かどうかは、かなり疑問だ。
 聞いてるCDのケースとか読みかけの本とか、マフラーとかコートとか、おやつのチョコレートとか。果ては畳んだ洗濯物とかケータイの充電器とかあれやこれやが床の上。何もかも部屋に散らばっていて、あたし自身もちょっとあんまりだと思う、けど。一回こたつに入っちゃうともう動きたくなくって、いろんなものが手の届くところに、っていうかあたりにそのまま。三咲兄が出張で隣街に来るから泊めて欲しいって言われたとき、片付けなくちゃ、とは思ってたんだけど。
 ・・・・・。
 三咲兄は昔っから、整理整頓とかうるさいの。
 
 「ありのままの双葉の暮らしが見れて良かったのかもしれないけど。
ちょっとこれはひどいんじゃない?」
 嫌ぁな雲行き。ねえお兄、あたしもう二十歳で、一人暮らし2年目の、大人だよ?・・・この状況でそれ説得力ないっていうのは、わかってるけど。
 言ってみたけどさっくりと、一刀両断だった。
 「ふうん、大人の双葉としては、これでいいって思ってるんだ?」
 「う・・・ううん・・・。」
 そんな聞き方、ずるい。これでいいって思ってるなんて答えたら、それはそれですっごく怒るに決まってるしさ。
 まあ、あたしも片付けなきゃいけないとは思ってるの。ただ、ちょおっと後回しにしちゃっただけで、ね?
 
 だから今日は大目に見てよ。あたしの切実な要望に、三咲兄は溜息で答えてくれた。
 「分かってたけどひとりではちゃんとできなかったんだろ?
 それなら誰かに手伝ってもらわなきゃな」
 えぇ?
 「だからお仕置き。おいで」
 そ、そんなぁ。
 
 「やだっ・・・。そんな、子供みたいな」
 「こんなに自己管理が出来てないんじゃ、ちっとも大人に見えないんだけど」
 お兄は言いながら、どうにか自分の座る場所を確保してあたしを膝の上に倒しちゃう。
 ぱしん!ぱしん! い、痛いよ!凄く久しぶりだから、尚更ね。
 「やめて!こんどからちゃんと片付けるから!」
 ぱしん!ぱしん!
 「うん、そうして欲しいね」
 ぱしん!ちっとも手加減なんかしてくれやしないの。オニ・・・。
 痛いから。暴れるあたしの手や足が、本とか鞄とかいろんなものにぶつかって余計にお部屋を散らかしていく。それはこんなときながら我ながら、ちょっとやっぱりナサケナイ。ぱしん!
 「痛ぁい!ごめんなさいってば・・・」
 「いっぱい痛い思いをしておいたら、その気持ち忘れないよな?」
 うぇ・・・。
 ぱしん!ぱしん!ぱしん!
 結局あたしはたっぷりと子供みたいに泣かされて、お部屋みたいなぐちゃぐちゃの顔をお兄の胸に埋めることになった。
 
 「コドモに返ったみたいだな」
 「・・・誰のせいよ・・・」
 人を子供扱いする意地悪兄は「まあ子供だから手伝ってやるか」なんて言いながら一緒に片付けも手伝ってくれて。あっという間、ほんの10分も経たずにそこそこ片付いたお部屋を見てあたしはちょっと悔しかった。
 こんなんだったら三咲兄を外で待たせてその間に片付ければよかったんだわ!
 「それができるならあんな部屋にはなったりしないと思うけど」
 お兄の冷静な指摘は聞こえなかったふりをして、あたしはふつふつと次回の片付けに意欲を燃やしたのだった。
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