妹たちの夕方
1) 九重家
ちょっとその後が気になりはしたものの、こういう時の切り替えは兄譲り。
映画を堪能して、買い物にも付き合って、結構遊んだなぁって思う午後もついには日が暮れて。
出会った時とは別の組み合わせで別れて、双葉も兄と家に帰る。
「あ〜、やだな〜」
意味のない愚痴だとは、自分でもわかってる。
「そりゃ、そーだろよ。別に嘘つく必要なんて全然なかったのに、何やってんだ?」
「そうなんだけどさ。息抜きするななんて三咲兄も母さんも言わないけど」
雪菜の頼みがなかったとしても。受験生にはやっぱりなんというか後ろめたさがあるのだ。
しかしばれれば同じことで。
同じというか、叱られることになるからより悪い。
「ま、好きにすれば?俺は何にも言わねーし」
「う〜、ここでそーいうこと言わないでよ。
言わなきゃいけないから言うつもりでいるんだからさ。・・・言いたくないけど!」
「そーだな、悪かった」
「・・・・・。素直に謝られても気持ち悪い」
「はいはい、ま、がんばれ?」
無駄話をしている間に家の前まで来てしまって。
一瞬、兄と時間をずらして家に入ろうか、という気持ちがよぎったことは事実。
いや、そんなことしても仕方ない。なんて妹の葛藤も知らず、兄はさっくり玄関のドアを開けた。
「「ただいま〜」」
「お帰り。あれ、二人とも一緒だったの?」
残念ながら上の兄はすでに家にいた。
「うん、そうなんだ。・・・・・三咲兄、あの」
陸五はさっさと自分の部屋に上がっていった。双葉が何を話すのか、別に陸五にはばれないわけで。
いや聞いていたって口は出さないって、言われてるんだけど。
・・・あー、だめ、雪ちゃんだって言うんだし。祐樹先輩に言うって言っちゃったし・・・言ってないっけ?
「ん、どうしたの?」
リビングでニュースを見ていた兄は、部屋の入り口に立つ双葉の方を向いた。
う〜。
「ごめんなさい、・・・。」
やれやれ、とにかく何とか言った。後に控えているもののことは・・・考えたくない。
「どうしたの?」
三咲兄は同じ言葉でテレビを消す。そしてそれ以上は何も言ってくれない。
・・・・・。
「えーと、その、・・・・・。」
しーん。
続く沈黙にか、別の何かにか、三咲兄は少し眉をひそめたようだった。
「双葉」
静かな声だけど、ちょっと冷たい。怒ってる?
戸惑う妹に、三咲兄は続けた。
「何か知らないけど、悪いと思ってないなら、黙っていたら?」
え。
「・・・・・。」
双葉は反射的にむっとする。
じゃあ遠慮なくと思う自分と、謝ってるのにと思う自分。どちらも腹立たしさを伴っている。
「悪いと思ってないなんて、・・・」
「違う?それじゃ、言ってごらん」
「・・・・・。」
次の言葉には少し頭が冷えて、双葉はふうっとため息をついた。
謝ってる自分まで、否定されてるわけじゃない。
なんだか、手玉に取られてる。けどそんなふうに言われたら。
「ごめんなさい。ええっと、あの・・・今日、遊びに、映画に行ってた。雪ちゃんちで勉強するんじゃなくて。
・・・嘘、ついてた」
悪いと思ってないわけじゃない。
だったら言えるよね、って、そりゃまあ、そうで。
言えるようになると、気づくんだよね。確かにさっき、悪いとは思ってなかった。
言わなきゃ、と、言いたくない。それだけで迷ってる心って、悪いと思うこととは別物だ。
「ごめんなさい」
三咲兄は双葉の目を見て頷いて、「おいで」とそれだけ言った。
静かな声は変わらなくても、それを冷たいと思ったり、あったかいと思ったりする。
叱られるのは、やっぱり嫌なんだけど。
あたたかい声だって思えるのは、ほっとする。
三咲兄の横に立った双葉の腕は膝の上に引き倒されて、スカートも下着も除けられる。
そんな格好で手が出る前に、ひとことだけが言われた。
「双葉の言葉を嘘だなんて、僕たちは思わないよ。わかるね?」
「うん。ごめんなさい・・・」
ぱちぃん!
覚悟していたけど、それでもとても、痛かった。
ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!
裸のお尻に、三咲兄の手が振り下ろされる。
ぱちぃん!ぱちぃん!
痛い・・・。嘘ついた時のお仕置きって、いつもすごく、厳しくて。
ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!
ああもう。ばかなことしたなって思う。
ぱちぃん!
ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!
たっぷりお尻を叩かれて、ごめんなさい、もうしないって泣き疲れる。
あれ以上のお説教がないまま手を止めた兄は双葉の服を整えると、
「ちょっと頭冷やしてなさい」って部屋の隅で立ってるように言ってリビングを出た。
・・・・・。
たまに、ごくたまにそういうこと言われるけど。
兄が何を判断してそう言うのか、双葉にはわからない。
おとなしく言われたように立ちつつも、双葉は胸の中がぐるぐるあふれそうになるのを感じた。
三咲兄、まだ怒ってるのかな。あたし、反省してないって思われてるのかな。
もうしないって、思ってるんだけど・・・そう思うの、はじめてじゃないけどさ。
嘘ついたりしないって、約束するの何回目かな。数えきれないかもね。少なくとも、覚えてない。
ちいさいころから、何度も、泣かされたよね。今日のは別に、たいした嘘じゃないんだけど・・・。
・・・・・。
それは本音だけど、その考えがまずいってことも自覚する。
そう思ってること、わかっちゃうのかな・・・。わかっちゃうんだろうな。
たいしたことないだなんて簡単に嘘がつけるなら。そのうちすべてがたいしたことじゃなくなる、きっと。
だって。
「双葉」
部屋に戻った兄は、足元を見ていた双葉の顔を覗き込んだ。
「・・・ごめんなさい」
双葉はもういちど、心の底から呟いた。
立ったまま、抱き締められる。そして。
「その言葉を、嘘だとは思わないよ。わかるね?」
さっきと、同じ言葉が返される。
そう、どんなことだって、兄たちが信じてくれた言葉だ。
たいしたことじゃない、なんて。双葉が軽重つけられるはずもない。
「うん、ごめんなさい」
返事の代わりにぎゅうっと。
何度でも、抱き締めてくれるんだよね。
そして何度でも信じるって言ってくれて、ありがとう。
2012.09.17 up
おまけその1、双葉ちゃん編。
なんでコーナータイムなの?!・・・書いときながら、わかりません(^_^;)。
だって三咲さんがそう言うんだもん、
っていうか双葉ちゃんが要るって、いえ言ったわけじゃないけどでも。
長く書いていると(?)いろんなことがあるものですね〜(^^ゞ
ちなみに双葉ちゃんは、たぶん志望校には余裕です。
***
おまけ。
「それはそうと双葉、映画って。雪菜ちゃんと二人で行ったの?」
「え?・・・校則のことだったら、大丈夫だよ、雪ちゃんのお兄ちゃんが連れてってくれたから」
「雪菜ちゃんのお兄さん?・・・ああ、陸五とも仲のいい子だっけ。
ん、だから一緒に帰ってきたのか。え?陸五に連れて行ってもらったんじゃ、ないの?」
「違うよ、って、あれ?そうなのかな?いや、でも」
経過を話すと、呆れたため息。「へー、校則忘れてたって?」
「え、いや、だって、わざとじゃないよ。・・・ごめんなさいってば、結果的には破ってないし!」
怪しい気配に慌てて言い募る。
「わざとじゃなきゃいいってものでもないけど・・・まあ、奥山君に感謝するんだよ?」
脅かされたけど、お仕置きは免れた。
「言われなくても、感謝してます」言うと、三咲兄は笑った。
「楽しめたみたいで、よかったね」「うん」
受験生の、とある休日。たまには息抜きを楽しもう。