諍いをほどくもの(中)
「陸、何か言えよ」
だから、僕は陸五に言った。ここで双葉の背中を押せるのは、僕じゃない。
「・・・兄貴、でも」
「でもじゃない。双葉のために、言えることを言えよ。陸のためじゃなくて、双葉のために。
何があったって、叩いた理由にはならないよ。それを言えとは言ってない。
だけど、ほかにも言えることがあるだろ、双葉にこんな顔させといて」
「ん・・・」
ためらって、双葉を見る視線なんかそっくりだな、と頭のどこかで思いながら。
陸五だって、双葉と2つしか変わらない、僕から見れば小さな弟だ。
だけど、陸五は双葉の兄だ。幾つであっても、何があっても。
ちょっときついかなとも思うけど、自分ならこう、と思うことを陸に求めた。
「何で双葉は泣いてるの、陸五が叩いたから?違うんじゃないの。ちゃんと考えろよ」
「陸兄が、たたいたからだもん・・・」
ちょっと口を滑らせた言葉に、双葉が反応する。
陸五は、その声にひどく傷ついた顔をした。
「双葉・・・」
陸五が叩いたから双葉が泣いて、怒っているわけじゃない。
理由はもっと、双葉の中にある。
気づいたらしい陸五は言葉を探したけれど、うまくいかなかったようで僕に向かって呟いた。
「言えないよ。双葉が、そう言っちゃうのって俺のせいじゃん」
「そうだよ。で、それでいいの?」
ふうっと、陸五は息をついた。よくはない。陸五だって、そう思うんだよね。
少し俯いて考えていた弟は、それから顔を上げて僕と視線を合わせた。
何が言える?軽く手招くと、陸五はそっと寄ってきて双葉の頬に手を当てる。
「・・・双葉、叩いたのはごめん。痛かっただろ」
「いたかった・・・」
そんな陸五に、双葉は甘えた。
陸五は考えながら、ひとことづつ双葉に話す。
「俺は双葉にそれしか言えない、けど。
俺が叩いたから、双葉はそれを理由にしてる。それは俺のせいだから、俺は双葉が話せないのを責められない。
でも、双葉が辛いのは、俺のせいにしても楽にならないだろ。
頑張れ。叩いたことが邪魔になってるのは謝るから、三咲兄に話してみな?」
「・・・。だって」
頬を撫でられながら、双葉は言い返そうとしてその言葉が止まる。
「陸兄、怒ってない?」
「・・・・・。俺は怒れない、けど」
「双葉、自分で答えを知ってることを、聞いちゃだめだよ。
陸に怒ってほしくないと思うなら、ちゃんとお話ししてごらん」
「・・・・・。陸兄が、知ってるもん。・・・あたしは・・・。」
「悪くない?」
「・・・・・。」
頑張れ、と陸五がもう一度囁いた。双葉はちいさく首を横に振った。
僕はふうっと息をつく。
「いい子だ。双葉、何をしたの?」
「・・・・・。あぶないって、怒られた・・・」
「うん?」
「水門のところで、みんなで遊んでたの。そしたら、陸兄が通って」
「あぶないって言われたの?」
「・・・うん。・・・・・フェンスに、のぼってたから」
「言われたのに、やめなかったの?」
「ん・・・」
「じゃなくて。ちゃんとやめたんだよ、な?」
僕の質問には陸のフォローが入った。
双葉の反応からすると、それだけじゃなさそうだけど。
「うん・・・陸兄、怖かったから・・・。みんなが、もうやめようって感じになっちゃって」
なるほど、双葉はやめたくなかったわけだ。
叱らなきゃいけない状況じゃなければ、感情が素直に出る双葉の話しぶりは微笑ましいんだけど。
「それで?」
ともかく、先を聞く。それだけだったらこんなふうにこじれてないだろうからね、この話。
「・・・。・・・・・やめたんだけど、言うこと聞かなかった」
「ええと、どういうこと?」
双葉と陸五は、顔を見交わして気まずそうに黙った。
先に陸五が双葉から視線を外し、僕を見る。
「双葉はちゃんとやめたのに・・・叩く理由なんて、ほんとに、なかったんだ。・・・ごめん」
双葉は陸五の視線を追いかけて、そしてはにかんで言った。
「・・・・・。陸兄に、いろんなことゆったの。意地悪とか、うるさいなぁとか、いっぱい」
いつまでも双葉が聞き分けないで文句を言うから、陸五はついいらついて手を出したってことか。
それはどっちも相当いただけない。
僕は陸五をちょっと睨みつつ、やっぱり先に双葉に話した。
「なるほど。まずはよく言えました、かな。
でも、やったことはよくないね。双葉、陸五に謝りなさい?」
「・・・ふぇ。ごめんなさい・・・」
双葉は案外素直に謝った。
陸五はほっとした表情で双葉の頬をそっと撫でる。
「仲直りできた?」
ふたりが頷くのを待って、それから。
「ふたりとも、相手を責める気持ちに振り回されたね」
それは事実だから、返事はいらなかったけど。
ふたりの耳に届いたことを確認してから、続きを話す。
「もっと相手の気持ちを考えなさい。それから、自分の気持ちを抑えられるようにしないとね」
思わず手を出したり、文句を言ったりじゃ、すこしも相手に伝わらない。
陸の言いたかったことは、正しいことだったはずなのに。
双葉だって、せっかく言うこと聞いたのにね。
「双葉、陸五が危ないって言うんだったら、本当に危なかったんだと思わない?」
「・・・」
こくりと頷く双葉。僕と違って陸は、決まりだからって理由じゃ言わないからね。
「双葉にケガをしてほしくないから、言ってくれたんだよ。それは忘れないで」
「ん・・・。ごめんなさい・・・」
「じゃあ、おいで。あぶないことをしないこと、注意されてわがまま言わないこと。
もうしないように、ちょっと我慢しなさい」
「・・・うん・・・」
ぱちん!
双葉のスカートをふわっとめくって、ちょっときつくお尻を打つ。
ぱちん!ぱちん!
陸が少し離れて痛そうに顔をしかめた。
ぱちん!
ぱちん!
「う・・・。」
いつもだったら声をあげて泣く双葉が黙って涙をこぼすのは、たぶん陸五がここにいるからで。
ぱちん!ぱちん!
「ほら、おしまい」ぱちぃん!
僕も歳の数だけ黙って叩いて、それからぐっと双葉を抱き締めた。
「ちゃんと遊ぶのやめて、偉かったね」
「ん・・・」
双葉はほっとしたような困ったような顔をして、視線があたりをさまよった。
おやおや。
離してあげると双葉は陸五のところに寄って行く。
微妙な距離を開けて止まると陸五が苦笑して双葉を手招いた。
「陸兄、ごめんなさい・・・」
「俺に謝ることはないよ、双葉は」
ちょっとぶっきらぼうな声音で、ぎこちなく双葉の頭を撫でる。
抱いてやればいいのになぁって思うけど、まあ、それはあくまで僕の感情で。
しばらく待って、それから、声をかける。
「双葉、僕はまだ陸に話があるんだけど、いいかな?」
うろたえたように双葉は僕の方を振り返り、逆に陸五が双葉のその様子に表情を緩めた。
2013.09.01 up
双葉ちゃんはここまでで。次回はひさびさのキーさんな陸兄です。
実家の近くには農業用水の水門がありまして。これは周囲で遊ぶに手ごろな大きさ。
ほんとの川への水門は、怖すぎて近寄れませんが(笑)。
「よい子はここであそばない」なんて看板が立っていて、
別に私たちよい子じゃないからいいもんね、なんて思った記憶がありありと(笑)。
作中の水門はもう少し川も大きく深いイメージです。(川幅3mくらいかな)
前住んでたところの近くの水門(あれは何の目的の水門だったんだろう?)は
サイズは実家近くと同じくらい(川幅1メートル強)だけどすぐ先が暗渠で怖い。
・・・ともかく。
作中の水門は、むかし遊んでいてけがをした子どもがいるからフェンスが設置されたとか、
そんな場所じゃないかと思います。