77777hitお礼8番めの双葉ちゃん。
諍いをほどくもの(前)


「陸兄がたたいたんだよ!三咲兄、怒ってよ!」

二人そろって帰ってきたと思ったら、泣きながら怒っている妹がリビングに駆け込んできて。
そして、憮然とした弟も後から入ってきた。
僕にまとわりつく双葉と対照的に、すこし離れたところにどすっと座り込む。

「どうしたの、いったい」
「だってね、あのね」
頬が痛いと訴える双葉。
「あたし、何にもしてないのに」「陸兄がいじわるするんだよ」「痛かったんだよ」
確かに怒っているのだろう、その苦情は次から次へと溢れていく。

ふたりがケンカをするのは、時折はあることだったけど。
陸五が何も言わないのが、かえって気になった。

何も言わないけど、ここにいる。
それはそれだけで、陸五の何かの意思の表れで。
だけど、弟が何を考えているのかを、推測することはできなかった。

「陸、双葉はこう言うけど」

双葉の言葉の隙間にどうにか質問を滑り込ませる。
「・・・・・」
答えはすぐに返らずに、逆に双葉が疑われたと思ったのか「ほんとだもん!」と主張を挟んだ。
君の言葉を嘘だと思ってるわけじゃないよ。
口にはせずに双葉を宥めるつもりで抱き寄せながら、陸五をずっと見つめていると。

「・・・そうだよ」

投げやりなような、挑むような、だけどそれだけでもないような。
陸五は僕を見つめてそれだけを言った。
同時に、腕の中で双葉がきゅっと身を固くした。

「双葉?」

双葉と、陸五を、交互に見る。
なぜか急に口をつぐんだ双葉。陸五は、最初からほとんど話さない。
陸五が双葉を叩いたっていうのがほんとだとしても、僕はふたりから何かをもっと聞かなくちゃいけないのだろう。

「双葉を叩いたの?」
まだ叱るときじゃなかった。すうっと息を吐いて、なるべく普段通りの声で聞く。
陸五は頷いた。
「どうして?」
「・・・別に」
別に理由はない、とはとても思えない表情で、弟はそう言った。

「双葉は、どうしてだと思うの?」
いまこれを双葉に聞いて答えが返る自信はなかった、むしろ無理だと思ったけれど。
「・・・あたし、悪くないもん・・・」
か細い声は、質問とは微妙に合わない。
思わず、なのだろう。陸五がいらついたように床をどんと拳で叩いた。

「陸五、」
「あ、ごめん・・」

ふたりとも、傷ついている。それだけはわかって、そしてそれだけじゃ僕も何も話せなかった。

ゆっくり息を吸って、そして吐く。
陸五と双葉が迷っているどこかの迷路に、一緒に迷うのではなくて。
だけどできるところから、ちょっとづつ解いていかなくちゃいけなかった。

「陸。理由はちょっと別にして。
叩いたのなら、それは謝った?」

はっとしたような、ほっとしたような視線で陸五は僕を見る。
「・・・まだ。・・・ごめん、双葉。」
言いにくそうではあったけど、真っ直ぐな言葉が返ってきて。
それを聞いた双葉は、余計に縮こまった。

「双葉、どうしたの?」
「・・・・・。」

ちょっとづつ、状況を推し量る。
陸五は、たぶん叱られることを覚悟でここにいる。叩いたことは認めるのに理由を言えないと言うのなら、
その理由はたぶん双葉にとって都合の悪いものなのだと思う。
双葉も、それをわかっているから黙る。だから余計に、叩かれたのが悔しいし、腹が立つ。

・・・それは、わからなくもない。
その理由が何であれ、叩かれるいわれはない。陸もわかっているから、理由を言わずに、ただ謝る。
でも。
それでもその理由を放っておいたまま、ふたりが迷路から抜け出すことは難しいはずだ。

身を固くしている双葉を、またきゅっと力を込めて抱き寄せる。
「陸五が悪かったって思っているの、伝わった?」
双葉は頷こうかどうしようか、迷ったようだ。

「・・・・・。陸兄、まだ怒ってる・・・」
かすれた声での訴えに、陸五が小さく息をのんだ気配を感じた。
僕は双葉のための言葉を探す。

「そうかもしれないね。でも、ごめんって言った気持ちが嘘じゃないのはわかるかな」
こくりと、双葉は頷いた。その頭をゆっくり撫でる。

「よかった。それじゃあ、次は双葉の番だよ。
陸五が怒ってるなら、それはなぜ?陸五が双葉を叩いたのは、どうしてかな」

「だって、陸兄が悪いんだもん・・・」
さっきと同じ、ずれた答え。だけどさっきより、双葉の気持ちはすこしわかった。
自分が陸五を怒らせてるのが、悲しいんだね。だから陸のせいならいいと、思う。
わかるよ、わかるけど。だけど、それじゃ迷い続けるままだよ。

「そうだよ、何があってもね、双葉を叩いたのは陸がよくないよ。
だから陸は叩いた理由を言わないんだ。
だけど、それは陸五の話。双葉は双葉で、言わなきゃいけないことあるんじゃない?」

「・・・・・。だってだって、あたし何もしてないもん・・・」
小さな妹は、腕の中で俯いてもっと小さくなる。

「さあ、どうだろう。僕の顔を見て言ってごらん?」
「・・・。だってぇ!陸兄も三咲兄も意地悪・・・」
まあね、陸に告げ口された方が双葉は楽かもしれない、けど。

「意地悪したいんじゃないよ?ちゃんと、仲直りしたいでしょ。
だから、双葉もがんばりなさい」
「・・・・・。陸兄が、たたいたのに。・・・・・」
眼に涙を浮かべて、頼りなく僕を見上げる双葉。
目を合わせて頷いてから陸五を見遣ると、双葉の視線もそれを追いかけた。

陸五は陸五で、僕たちを、というか双葉を見ている。
何か言いたそうで、でも黙っている。
そうだね、双葉のいうとおり、たぶん陸五はまだ怒っている。
だけど、それだけじゃない。怒っているだけなら、そういう眼にはならないよね。

「双葉、陸五も悲しいんだって、わかるかな」
「え?」
双葉は、そんなはずない、って顔をする。陸五も驚いた顔なのは、まあ、放っておいて。
「陸はそうは言わないかもしれないけどね。僕にはそう見えるよ。
双葉には、どう見えるかな」

「だって、陸兄わらってくれない・・・」
「そうだね。でも、どうしてそうなんだろう?どうすれば、いつもみたいに戻れるのかな。
今日、なにがあったの?」

「ん・・・」
双葉は、ためらって陸五を見た。

陸五は、すこしまだ怒ってる。というより、いらいらしている。双葉に、言いたいことがあるんだろう。
でも同時に、後悔している。叩いたことを、だよね。
だから、何かを言わない。それを叩いた理由にしたくない、叩いた理由にならないからだ。
だけど、何か理由があったんだ。もちろん理由にならない、だけど何かが。

双葉、がんばれ。
それは、双葉のためにも陸五のためにも双葉が言うべきことだから。

「陸、何か言えよ」

だから、僕は陸五に言った。

2013.09.01 up
ああ8月が終わってしまった・・・。
分割する長さですが、分割する話じゃないので(←自分の中で)まとめてupです。
ほんとは2分割がよかったんですが、2分割にいい場所がない(^^ゞ。

さて、77777hitリクエスト、8番目の双葉ちゃんです。ご覧のとおり、半分は陸兄ですが。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりして、なぜこういう話になったのかもう思い出せない(^^ゞ。
最後まで、お付き合いくださいませ。<(_ _)>


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