◆ 検索でおいでになった方へ ◆
このサイトでは、お尻叩きのお仕置きが出てくるお話を置いています。
現実のお仕置きを推奨する意図はありませんが、ご理解のうえお進みください。
双葉ちゃん大人気、なリクエスト6つ目。
楽しんでいただけますように。
栞紐の向こうの国へ
「双葉ちゃん、手伝って〜」
「・・・・・うん」
夕食前の台所から母さんに呼ばれて、だけどあたしは本から目を離せなかった。
ここ数日、読み始めると止まらない、飲み込まれちゃうさすがの名作なんだけど、
いまほんとにいいところなんだもん。
彼が指輪を取って、ああ、でもこのまま最後まで行くわけないよね。
「双葉?呼ばれてるよ」
三咲兄が隣の部屋から声をかけてきたのにも生返事。
それから3頁くらい進んだだろうか、三咲兄がお部屋に入ってきた。
「双葉」
「え?」
あれ、三咲兄、怒ってる?
いまから思い返せばそれは当たり前なんだけど、夢中になってたあたしは
いまいちピンときてなくて、とぼけた返事になっちゃった。
三咲兄はあたしの手元の赤表紙本に目を遣ると、ふうっと息をついた。
「昨日とおとついは僕が、その前は陸五が手伝ったの、わかってるよね?」
えっと、そうだっけ?
覚えてなくて黙っていると、お兄は言葉を重ねた。
「今日は代わってあげられない。読みたいのもわかるけど、それは後回しにして行っておいで」
「・・・・・だって、いいとこなのに」
三咲兄に話しかけられた時点で、読むのは中断しちゃってるんだから、行けばいいのに。
まあそれも、後から思う話であって、たぶんあたしは三咲兄に邪魔されちゃったこと自体が嫌だったんだ。
「母さんが困ってるんだよ?だから、自分のしたいことはちょっと後に延ばしなさい、って言ってるの。
自分で本が閉じられないなら、取り上げなきゃいけない?」
「・・・・・。」
言えることなんてなかった。母さんが困っててもいいって思うわけじゃない。
でも、だからって、ちゃんと読むの止められるかって、・・・・・やだ。
三咲兄が代わりに行ってくれたらいいのに。
それも言えないことだって、わかってるけどさ。
固まったあたしに、三咲兄は手を差し出した。
わかる、わかるけど。いまのページに栞紐を挟む、でも、閉じたくない。
「悪いけど、にらめっこをしている時間は僕にもないんだ」
三咲兄は背表紙側から本をぱたんと閉じてしまって、するりとあたしの手から抜いた。
「行けるね?」
「・・・・・。」
返事をするのが悔しくて、あたしは黙って立ち上がった。
三咲兄の方を見ないで、階段を下りていく。
「双葉、」
お兄は何か言いかけたみたいだったけど、聞かなかった。
***
母さんとふたりで、餃子を包む。
「双葉ちゃん、ありがとう」と母さんが笑うのに、いつまでも仏頂面は続けられない。
おしゃべりしながら仕事をするのはそれはそれで楽しくて、さっきの三咲兄とのやりとりは何だったんだろうと思うけど。
でも、あの瞬間は本を読みたいって思っちゃうんだよね。
それじゃだめでしょ、って三咲兄が言うのもわかるんだけど・・・でも。
陸兄が帰ってきたころ餃子は無事に包み上がって、母さんが焼いてる間に三咲兄も降りてきた。
「双葉、お疲れさま」
「・・・・・。」
三咲兄はせかせかと食事を済ませて塾に行っちゃった。
美味しいよ、きれいに包めてるね、って忘れずに褒めてくれるあたりがまた三咲兄なんだけど。
お兄、今日はほんとに時間なかったんだ、っていまさらわかって、それもまたなんだかくやしい。
どうせ本は三咲兄が持ってるし、そう思って後片付けも手伝って、宿題もリビングで済ませて、それから。
自分の部屋に戻ったら、赤表紙本があたしを待ってて、あたしはかなり驚いた。
「お疲れさま、ありがとう」って三咲兄のメモが挟まってる。
・・・・・。
栞紐の頁を開いて数行文字を目で追って。
・・・・・どうにも落ち着かなくて、本を閉じる。
ほかにどうしようもなくて、あたしは三咲兄の帰りを待った。
(読んだことある別の本とかを読みながら、ね。)
「ただいま」
声が聞こえて、だから廊下に出て佇んでみる。
階段を上がってきたお兄は、あたしを見て優しく笑った。
「僕を待ってたの?おいで」
話もしないで出かけちゃったから、落ち着かなかった?ごめんね、って重ねてくれる。
あたしはそれに首を振る。
あたしにも、三咲兄にも、いろんな予定があって、それは謝られることじゃなくって。
・・・さっき、時間があったら三咲兄はお手伝い代わってくれたんだろうか。
そうしてほしいってことじゃない、ただ知りたいだけ。
でも、知っても仕方がないことだってわかってる気もするんだけれど。
「どうしたの?さっきのことなら、もういいんだよ。双葉、ちゃんと手伝って来てくれたでしょ」
あたしは、それにも首を振る。
「・・・たぶん、まだよくない・・・」
「どうして?」
「・・・・・。」
なんで、かな。あたしは、三咲兄が言うみたいには思えない。
ちゃんと、じゃない気がする。やっぱり、あたしはお手伝いしたくないって思ってる。
本を読みたい、後回しにはしたくない。三咲兄にさっきはごめんなさいって言いたくない。
でも。
でもいま、続きが読めない。・・・・・。
ぽつり、ぽつりと話をする。聞いてほしい、って思ってる。教えてほしい、なのかな。
三咲兄が聞いてくれるから、ちょっとずつ吐き出す。
「あ・・・。三咲兄、いまは時間いいの?」
「ん?気にしてくれてありがとう、大丈夫だよ」
そんな会話を挟みながら、三咲兄は何も否定しないで、全部ゆっくり聞いてくれた。
話し終えて、それ以上言うことなくなっちゃったけど、すっきりはしない。
三咲兄を見上げると、優しい視線が痛い。
「・・・・・。」
視線を合わせていられなくって、下を向く。三咲兄はあたしをなだめるように頭を撫でた。
「後回しにしたくないっていう自分の気持ちが気になるのはさ、
やらなきゃいけないことを知ってるからだよ」
どっちの気持ちもあるよ、誰でも。
双葉はどっちもわかってるから、明日はちゃんとできると思うよ?
そう言ってくれるのは、うれしい、かな。
でも、あたしがそう思えるわけじゃなくって、やっぱり首を振りたくなる。
三咲兄は、優しい視線に困った色を混ぜた。そして、少し考え込む。
「双葉、」
もう一度呼ばれたときには、ちょっと厳しめの声、になっていて。
「ごめんなさいって、言ってごらん。明日からはちゃんとお手伝いしますって」
「・・・・・。」
言えない。
三咲兄はそれを分かっていたみたいで、あたしにおいで、と手を差し出した。
あたしもそっと、手を伸ばす。
そしたらきゅっと、やっぱり優しく握られて、そのままお兄の膝の上に倒されて。
「わがままな気持ちに、負けないの。がんばれ?」って。
ぱちぃん!
「うぇ・・・」最初っから、ぽろぽろ泣けた。
「母さんのことを思い遣れない自分でいるのは、嫌でしょう?」
ぱちぃん!
「うん・・・」
ぱちぃん!ぱちぃん!
「いい子だ。そう思ってることを、ちゃんと僕は知ってるよ。双葉も知ってる」
ぱちぃん!
「ん・・・」
ぱちぃん!ぱちぃん!
「本を読みたいのも知ってる。そして、それをちょっと我慢しなきゃいけないときがある」
ぱちぃん!
「うん・・・」
ぱちぃん!ぱちぃん!
「がんばれ、言わなきゃいけないこと、言ってごらん」
そこで三咲兄は手を止めて、くすっと笑った。それから。
「言ってごらん、双葉ちゃん。言わなきゃどうせ、続きは読めないし」
「・・・ひどぉい!」
三咲兄は何にもひどくないんだけどさ。別に、三咲兄が読ませてくれないわけじゃない。
でも、やっぱりひどいよね。
思わず文句を言ったあたしを、三咲兄は笑って抱き上げた。
「言ってごらん?」
「・・・ごめんなさい」
なんだか、ふてくされてのあたしの言葉。
でも三咲兄は、手放しでそれを肯定した。
「よくできました。双葉はちゃんと大丈夫だよ。読むのが楽しいって知ってるんだから」
・・・・・。うん。・・・うん?
なんだか、変なの。読むのが楽しいから、後に延ばしたくないのにさ。
でも、言えなかったらどうせ、続きは読めない。ひどいけど、三咲兄の言うとおり。
「がんばる、よ。でも三咲兄、たまには代わって?」
このわがままを、三咲兄は聞いてくれた。
「そうだね、双葉だけが手伝うものでもないからね」
・・・そう言われちゃうと余計に、あたしじゃなくてもいいじゃんって言えなくなるって、
答えを聞いてから気づいたんだけど。
「続き、読んでくる」
あたしはそう宣言して、三咲兄は「いってらっしゃい」と笑った。
栞紐の頁から、とぷんと安心して黒の国への旅を再開する(物語の展開は、安心してどころじゃないけれど)。
いつでも、そうすることができるといい、けど。
「いつでも」のためには、いつでもそうするわけにはいかない。
がんばる、よ。
あたしはちいさく、手元の赤表紙本に呟いた。
2013.05.26 up
過保護だなぁと、あとで自分に呟いたかもしれない三咲さん(苦笑)。
私が指輪物語を読んだのは中1のときですが、この双葉ちゃんは小6です(^^ゞ。
いや別に、作中の赤表紙本が何であるかは決まってませんが(笑)。
胸が高鳴り息もつかせぬってところもあれば、重苦しさに畳み掛けられ息もつかせぬってところもある。
「いまちょうど、峡谷に角笛が鳴り響いたところなんだよ」とどっちにしようかと思ったんだけど
(そしてこっちの方が文章としてはたぶん据わりがいい(^_^;))、
どっちも止めにくいんだけど、重いところの方がより止めにくいし再開しにくいので、こうなりました。
したいことを中断するのは、でもやっぱり難しい。
この物語のこの箇所では、なおさらで。一気に読んだ作者が言うので、間違いなし(-_-;)。
だから、過保護でもいいから、背中を押してほしいって。
スパサイトって過保護なものだと、あらためてつくづく思ったのでした(笑)。